AさんとBさん
そこはとある日本家屋の一角。
窓の外にはちぎった綿のような雲が浮かぶ。
寒空の下、縁側に出るとぴりっと乾いた空気が肌を刺す。
慌てて閉めたガラス窓の向こうには、満開のさざんかの木が見えた。まるで生き急ぐように、紅色の花弁はこぼれんばかりに華やかな彩りを競う。
折しも和室のTVからは「懐かしの歌謡曲」という番組が流れ、さざんかの宿が聞こえてきた。
「でもさざんかといえば『たき火』の歌じゃなあ……そう思わんか?」
部屋に戻り、半纏を羽織ってコタツで暖を取る二人の人影。
机の上にはミカンと煎茶の湯吞みが並ぶ。
「いい天気じゃのう、ばあさんや~~」
「……何を失礼な。こんな部屋でミカン食べてますけど、ウチはばあさんじゃありませんし」
「悪い悪い、冗談じゃ~」
「今日、『インターネット老人会』なるワードを耳にして、懐かしいなと思ってね。そうすると自分らは、年齢はともかくインターネット老人会の立派な正会員だし」
「確かにインターネットを始めたのはWindows 97、98、MEとかの頃でしたものねえ」
「ポストペットのモモにおやつあげたりとか」
「そうそう」
「謎の文字だけチャットサービスとか」
「あったあった」
「DOSV端末もまだまだ現役でしたねえ」
「ベテラン勢はまだパソコン通信とかやってたなあ」
「プロバイダはNiftyやBIGLOBEで、ブラウザはIEにネスケ」
「ADSLなら最先端、ダイヤルアップ回線だったしとにかく遅くて重い」
「テレホーダイの時間になるとさらに混んでた」
「そこら辺にWindowsやらPhotoshopの正規ソフトが堂々と落ちてて拾いたい放題」
「ただ、2ちゃんだけは怖くて入れない(´・ω・)」
「……??なんか今、会話の頭数増えてなかった?」
「???気のせいじゃないの」
「ふうん……」
「ていうか古代に遡りすぎでしょ。もうちょい10年くらい時代を進ませましょうよ、せめて2000年代まで…」
「ござさんもその時代は2ちゃんでセッションして大活躍だったですねえ」
「もうちょい後の時代になるとござさんの活動はニコニコ生放送がメインで、_さん名義で登場しますし」
「あの、_さんってナンデスカ?」
「ニコニコではHNを登録しないでも放送できたんです、その時自動的に割り振られた記号が _です」
「じゃあ最初はござさんは名前無かったわけですね、放送も終始無言でリクエスト拾ってたらしいですし」
「ほかにも2ちゃんではbansou さん、つまりバンソウさんとか色々名義が一定してませんでした」
「つまり_ はアンダーバー、略してあんだば先生って愛称がついてたのはそこから」
「『ござ』さんて名前はその後のリスナーアンケートで選ばれた名前ですよね」
「あの頃の生配信のアットホームな雰囲気も懐かしいですねえ」
「同接10人~100人位の世界だったそうで、リクエストも気軽に拾えたのでは」
「変わったアレンジとかも面白そうでした」
「現在とは弾いてる曲もだいぶ違いそうですね」
「要するに2ちゃんとニコニコをメインフィールドとしてたござさんは、ゲーム曲とかアニソンとかがメインレパートリーでした」
「今はファンも増えたし、ああいう配信はもう無理なんだろうなあ」
「うーんそれはちょっと寂しいかも(;ω;)」
「そういやこの間もござさんはレパートリー表からランダムで拾っていく配信をツイキャスでされてたな」
「個人的にあのやり方が合ってたんじゃないの」
2000曲のレパートリー表からランダムで弾いていく無言練習放送https://t.co/fJCm8ewmVk
— ござ 🎹1/15日ソロライブ (@gprza) 2022年12月15日
懐かしかったで賞:ポストマンパット
— ござ 🎹1/15日ソロライブ (@gprza) 2022年12月15日
誰も知らないで章:リムスキーコルサコフのトロンボーン協奏曲第3楽章
※以前、この記事の後半でもチラッと書いた
「実際あれは、レパートリーのメンテナンスやってたんでしょ」
「10年以上同じどころか増えていくレパートリーを完全に維持するのは難しいしね」
「あれですか、棚の手前に新しいのを置くと奥のが取れなくなるっていうあれ、そうそうローテーションだっけ???」
「違うんじゃないですか、在庫と帳簿が合ってるか定期的に見て、欠品を確認とか」
「それ棚卸しっていうんじゃないの」
「そうかも」
「なるほど、逐一在庫を調べてたら意外な発見があったり、実は帳簿に載ってなかったりして、そういう作業をすることで思い出すこともたくさんありそうですね」
「ほら、最近来月のコンサートに向けてガチで練習されてるでしょうし、決まったプログラムの曲を弾き込んでるとこういった記憶の断片とかはどっかに行ってしまいそうなので、この合間の配信は必要不可欠なのかもですよ」
「あのツイキャス練習配信は、直接の目的はレパートリーのメンテナンスですけど、結果としてインターネット老人会の文化を今に伝えるという意味もありそうですね」
「そういやそもそもそういう話題でしたね」
「文化というのは継承する人材があって、それを受け入れられる土壌があってこそ成立するものですから」
「お祭りとか、継承するのが困難な民俗行事とかは、重要無形民俗文化財とかの形で大切に伝えられてますしね」
(※大切に継承される地域の行事の例 生里のモモテ 文化遺産オンライン )
「ふうん、メンテナンスしないと自然と淘汰されていく文化ってことか……」
「だからござさん自体が重要無形民俗文化財みたいなもんなんじゃないかな」
「国宝っていう噂も聞きましたけど」
「それって修理するのも厳格なルールがあるじゃない、ちょっと違うかも。無形民俗文化財は、構成する色々な要素が絡んでて、ものというよりはある現象を継承してるというか」
「われらインターネット老人会の文化が忘れられたといっても、世の中には何の影響もないのかもしれないけど」
「でも音楽ってその時代を思い出す玉手箱というか、タイムマシンというか、思い入れがある人にとってはかけがえのない宝物だったりするから」
「聴いてる人にとっても宝物だけど、何よりもござさん自身にとって、その時代に親しんだ音楽とそれを取り巻く環境は、まさに若いころ(いや今もお若いです)、青春の真っただ中を共に生きた思い出の生き証人なんだろうな」
「(アニソンとかになると俄然生き生きと輝きだす姿を漠然と思い出している…)」
「アニソン然り、ゲーム音楽とか東方とか音ゲーとかボカロとか要するにニコニコ動画の分野というか……あと学生時代に覚えたJAZZもそうなんじゃないかな」
「ござさんから発信されるものを鑑賞するのも文化の継承の一環だけど、それを分析して体験するっていうのも継承活動のひとつだよね」
「分析して体験ってなんですか」
「ようするにござさんアレンジを自分でも弾いてみてその秘密に迫ってみるってことですね」
「そんな変態じみた偉大な編曲なんて素人に分析なんかできるんですか?」
「なんかわかんないけどとりあえず弾いてみることですよ、ほらアルバム曲と連動して公式楽譜集も発売されてますし。あれは絶対ファンにも弾いてみてよって言われてるんですよきっと」
「うーんそういや、月刊ピアノのアレンジ楽譜連載に関して、ファンの音楽に関しての偏差値を底上げしたいとかなんとか言われてたっけ……」
「そうそう、それそれ。弾いてるうちになんか分かってくるかも」
「そんな単純な問題かなあ……」
「いいからやってみましょうよ」
「やってますよ、月刊ピアノのアレンジ楽譜見て、和音を押さえてみては『わああ~~、ござさんの曲と同じ響き~~(そりゃそうだろうな)』って遊んでます」
「じゃなくて、なんか曲弾いてみましょうよ」
「ええっ!!?なんでそうなるの??だいたいこの部屋はインターネット老人会の太古の時代を懐かしむ良スレじゃなかったんですかぁぁぁ!??」
「過去の歴史を振り返るのも重要だけど、それだけじゃおなかいっぱいにならないでしょ。人生、前を向いて生きなきゃ。新しいことに挑戦していかないと、懐古厨って言われますよ」
「いいじゃないですか別に懐古厨でも……懐古厨ってのは過去に固執して現在を否定する嫌われ者のことですよ……ウチはござさんの曲聴いてるだけで幸せです…」
「だいたいねえ、ござさんの楽譜はソロアルバムの楽譜集も、過去に出されてた単発の曲でも、必ずyoutubeに参考演奏の動画がそれぞれ上がってますし。いい演奏はまずいいお手本の演奏聴いてインスピレーション受けることが大事。ほらほら上達する手段は目の前に並べられてますよ、チャンスです」
「いうてもござさんがあれだけの年月をかけて血のにじむような鍛錬と研究を積み重ねてつくりあげた音楽の世界は、素人にはちょっとかじるのも骨が折れますし」
「愚痴を言っても始まらない!ほらつぶやいてる暇があったら練習しましょ!どっかに隙間時間はあるはずですよ、そういうのを活用することです」
「それって何億年かかるんですか案件ですね……」
実際の生配信から見る
懐古厨は過去に固執しすぎという説もあるけど、忘れ去られた記憶を呼び戻すのも概して悪い事ばかりではない。
12/18の生配信でも、いにしえの風習が復活していた。
画面に映る鍵盤が演奏してるシンセの鍵盤と連動して、押した音が画面上に流れるていう、要するにMIDIデータ画面、ござさんいわく「以前流行ってた」やり方だ。
流行ってたのは要するにこの時代である。(生配信からの切り抜き動画)
この過去の動画や配信を見ても分かる通り、鍵盤は画面に対して水平にも表示できる仕様のはずだ。なんで今回だけ縦なんだ。
……それは、たぶんどういう和音で弾いてるのかが筒抜けになるというか?即興アレンジには一定の割合で発生するコードと違う音も全部見えるからというか……ござさんの秘密大公開っていう状態だからかもしれない。昔とはリスナーの人数規模も全く違うし。なんせスロー再生すれば、楽譜無くてもあわよくば鍵盤通り、同じように演奏できますものね。理論上は。自分は素人なのでそんな名人芸みたいなのとは無縁ですが。
いにしえの記憶、昔は2ちゃんといえばトイレの落書き、Twitterもその派生みたいなひとりごとをつぶやく場だった(らしい、知らんけど)。
フォロワーさんが増えてからは独り言の連投みたいなのは減ってる() とはいえ、ござさんこそ、その時代からの生粋のネット住民という意味では今も変わらないキャラのはずだ。
最近服装もすっかり垢ぬけてお洒落になり、Twitterの内容もピアノの演奏もなんか万人向けになった気がするけど、ござさんは重要無形民俗文化財なので、その演奏の希少性は絶えず修復して守られなければならないのであった(なんのこっちゃ)。
この間されていた、ご本人曰く「ハマってる」練習方法の、ランダム方式配信。
2000曲のレパートリー表からランダムで弾いていく無言練習放送https://t.co/fJCm8ewmVk
— ござ 🎹1/15日ソロライブ (@gprza) 2022年12月15日
たぶんこのランダム方式練習は、今回(12/18)の生配信ではっきり成果が見えている気がする。チャットから自然に(?)拾われていてもちょっと珍しい曲が選ばれているから。
ほっとけば記憶の網の目から落ちていく曲ばかりの所を維持修復していくのは大変な作業である。文化財保護活動にはただ敬服するばかり。
最近の曲が無いじゃないかって?
洋楽メドレーされても、比較的新しい曲認定されてたのがBTSの曲とかAviciiさんの曲で、1970年代に引っ張られがちって言われてましたねえ。昔「洋楽なんて全然知りません」発言されてましたけど、どのへんが?って思わず心の中でツッコミいれました。
じゃなくて新しい曲が無いですけどね。
この動画の通りすべてのジャンルのアレンジを手中に納めて自由に演奏したいっていうのが最終目標だとしたら。そんな膨大な音楽の海を制覇するべく探索の旅に出ているござさんには、主に新曲を中心に習得するっていう作業は物理的に無理なのでしょう。
4分で分かる「 ござ 」 / Goza's Piano Channel - YouTube
「ピアノ以外の部分はポンコツ」ですって……?
まあそうかもしれないですけどね……否定はしないですね……
論点はそこじゃない。
ござさんは新曲レパートリーを売りにしてないようなので、自分もそれは気にしていない。新曲アレンジ聴きたいならとっくの昔に他チャンネルに鞍替えしてるでしょうし。(というか新曲もちょっと気になるので原曲聞いてみたり色々してるが、結局ござさんのアレンジに戻ってくるっていうループ中)
それは置いといて。(置いとくんかい)
「洋楽なんて軽ーく再生数が1億回超えるって。Happyとか、10億回やで。なんでって?そりゃ英語で歌ってるし。日本人も英語で歌うたえば世界中の人がきいてくれるのになーもったいないわ(←身も蓋もない理論やな)。」
とは、ウチの洋楽好きな男子の渋いお言葉。(日本の歌は米津さんなら聴くらしい)
なるほど、洋楽にも新しいかどうかは関係なく需要はあるんだ……いやそれは英語で発信してるから、らしい。奴の持論によれば。
古今東西の名曲を自由にアレンジするござさんはその辺の日本以外に発信すれば全く違う視聴者層をすぐにでも獲得できそう。しかし、ござさんは自宅にこもって異文化を摂取することには余念がなさそうだが、違う言語圏へアピールする気は毛頭ないらしい。
(男子の言葉を借りれば)もったいない。
(同上)すぐに再生数に反映されるだろうに。
めっちゃ横道にそれた。
だからインターネット老人会なんですって。
なんにしても色んな意味で現代のトレンドは追わないのがござさんチャンネル。
選曲は少数派向けで決して視聴者数増加には1mmも貢献してなさそう。
でも一般人向けに受ける方向に行くと、ござさんチャンネルの命であるサブカルていうかニコニコ動画ジャンルのアレンジ演奏が放つ精彩は一瞬にして色を失うだろう。
菅野よう子さんじゃなくて 坂本真綾さんメドレーとかをご覧ください。一目瞭然です。名曲が多いのに演奏履歴は過去に埋もれ、リクエストが通らないことで有名だったこのジャンル(?)も最近よくメドレーにして弾いてくれます。今回もレア曲ぞろいです。さらに「Tank!は菅野よう子さんが作曲しただけであり、歌手である坂本真綾さんメドレーには入れることができないんですすいません」と毅然と言い放つ、謎のこだわり。(だってさあ、最初菅野よう子さんとか~~、って言ってたじゃん……)
アニソンで有名な水木一郎さんの訃報に際して追悼する旨のチャットが流れてきて、「それについては一家言ある」とばかりに持論を展開するござさん。
『しんみりすることはない。アツイ男でしたから。』
『本人がおられなくても、曲はいつまでも生き続けるから、あんまり寂しくないです』
そう誰にともなくつぶやいて演奏してくれた曲はどれもござさんの愛着が込められてるように感じた。リズムがこの配信でピカ一のキレ(?)、ベースラインもばっちり効いててどの曲よりも弾いててござさんが楽しそうだったのが印象的。
ほんとにアニソン好きなんだなあ……って再認識した。
というわけで(どういうわけ)、そっくりそのまま自分もそういう持論を展開させていただきます。
名曲も懐かしの曲も、季節を感じる曲も長い音楽の歴史の層からみんなござさんが見つけてきてくれて命を吹き込んでくれるから、素晴らしい曲もさらに生き生きして見えるので。
亡くなっても、だれかの心の中にいる限りは、覚えてくれている限りは命がある。
ほんとに亡くなるのは誰からも忘れ去られた時。
ござさんは(独自の選曲で)自分らリスナーに色々な音楽の楽しみ方を提案してくれているみたいに思う。全く新しい切り口から、知らなかった曲を聴けるので自分は退屈しない。ていうか知らない曲にもいちいちかっこいいな、とか今の裏拍やらベースやらが好きとか、こっそりと自分にしか分からないようなニッチな突っ込みを入れて楽しんでる。
いろんな曲に日の目が当たるようにっていう工夫はランダム練習配信以外にも、人力でも解決しようとされてるようだ。
つまりチャットから拾う昔ながらの手法。
それで拾うのに限界があるからランダム手法を思いついたのだろうけど、それでも最後のメドレーではひたすらチャットを見てる。生配信の途中では拾えなかったジャンルとかレア曲とかを拾おうとして?目を皿のようにして画面を見るござさん。
その手法は相変わらず敷居が高く、拾われる可能性は限りなく低い難関で、初見さんはチャットの速さと飛んでくるリクのジャンルのカオスぶりにびっくりしてリクエストされてない気がしますが、でもござさんはござさんなりに、だれも傷つかない方法でいかに平等にファンに接することができるかを考えてくれてるのだろう。
最後のリクエストタイムを心なしか前倒しにしてまで時間を確保してる感がある。
何もかも解決できる魔法のワードはないから。