ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

ござ×Budo 2台ピアノコンサートin防府の感想

★そのうち完成したらTwitterに投稿します

★★★この記事は半分までの書きかけです★★★まだ更新中★★★前半の被害妄想はネタです★★★ひるまずに後半を読んでいただきたいが、まだ更新中★★★

 

 

2025/11/24防府市の、ござ×Budo2台ピアノコンサートに行ってきたので感想を書いてみた。

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

《もしこの部屋を初めて読むひとがいたとしたらという前提で》

この日記部屋はござさんファンが書いています。

今回の記事は、Budoさんのピアノを初めて生で聴くにあたり、コンサート前後の自分の印象を忌憚なく申し上げるものである。

 

「信用に足る」という結論を得るに至った経緯について

ところで結局Budoさんてどういう人なの

Budoさんのキャッチフレーズといえば。

コンサートで開口一番に口にされているごきげんよう、みなさま~~~!!!!!」という、従来のクラシック演奏会ではあまり見かけない賑やかな挨拶が筆頭に挙げられるだろう。

逆に自分はこの賑やかなキャッチフレーズがどうにもなじめなくて、ピアノを聴く以前の問題でBudoさんが苦手だった。(ござさんのトーク量が限りなく必要最低限なのに比べ、対角線上にあるからだ。)結局Budoさんのピアノってどういうものなのか自分はあまり知らないままだった。

 

そして自分は用心深く、他人を全く信用してない。石橋を3度叩いて結局そこは使わずに自分の持ってきたスペアの石橋のほうを渡るくらいには、他人の言動を頼みにはしない。

よってBudoさんとかいうネットピアノ界隈に彗星のごとく現れた謎の存在など簡単に信用するわけもなく、ましてYoutube動画チャンネルなど簡単に登録するわけもなく、

なんか視界に入ったけど目の錯覚やろ

気のせいちゃう?

そのうち視界から消えるまで放っとこうか

と思っていた。

苦手なものや正体が謎の存在は初めから認識の外に置くという、ある意味で自己防衛本能が発動していた。人間の精神構造における無意識のフィルターが働いたとも言う。

 

ござさんが、いきなりなんでBudoさんと2台ピアノ?

特に今年3月の岡山にはじまりその後の4月の桜音夜、8月のバレエ音楽とピアノのコンサートと続く2台ピアノDUOの報を聞いたが、このコンビが今年に入って突如降って沸いたように結成された経緯がまず謎だった。自分の中ではござさんと二台ピアノといえば、菊池さんとのコンビだったからだ。ふたりのピアノには即興があるからこその緊張感、衝撃、昂揚感があって、聞いてる方も演奏する方に負けず劣らずスリルを味わっているので、エンタメとしてはこれ以上面白いものないんじゃないかと常々思っていた。

Budoさんとござさんのデュオとなると即興演奏とかアドリブをやるというイメージがわかない。自然とレパートリーはクラシック寄りになるのではないのか?ござさんの守備範囲の中ではクラシック曲はほんの氷山の一角でしかないのに、このデュオはお互いに強みを相殺してしまうのではないのか?という疑念が消えなかった。

(この疑念は3月の岡山公演でキングクリムゾンの曲をやっていたことでちょっと修正されたけど)

 

被害妄想

さてBudoさんとの二台ピアノはクラシックが基調であり即興要素がないとなると、どのような演奏になるのだろう?と全く予想がつかなかった。結局自分はBudoさんの生演奏はまだ聞いたことがなかったので。

 

そんな中舞い込んできたこのツイート。

今思えばこのツイートは当時コンサート行こうか決めてなかった自分みたいな浮遊層へ働きかけるリマインダーだったのだろうけど。結局自分はこれ見て行くことに決めたからまさしく役割を果たしてたのだけど。存在感ありすぎてリマインダーを通り越してるんですよねこれ。

(前からツッコミたかったが)このインフォメーションアカウントのアイコンが紫の背景を背負った少女漫画。ベルばらかガラスの仮面みたいな。Budoさんは少女やったんか。なんでやねん。

さらにこのツイート、動いてて喋ってる。ふたりの距離がなぜか近いんですってばよ。

視線の焦点がいまいち合わないイラスト動画、AIか?ござさんの衣装が和服なのは桜音夜のスタイルをAIに読み込ませてるからなのか?というかござさん、こんな顔だったか、そんな外人みたいな彫り深いイラン人みたいなのじゃないような…?AIの精度ってこんなもんなのか、いまいちだな……

じゃなくてBudoさんはそっくりじゃないですか、なんか18世紀ロココ調の王侯貴族みたいな恰好してて似合ってるし、なんなんだ…?本人が華やかイケメンだからか、あ、そうか……

っていう具合に一瞬でいろんな考えが瞬間風速的に過ぎていった。

とどのつまり、

このAIイラストござさんは、「鄙びた里に都から謎の文化人が現れ、上手いこと言って勧誘する口車にまんまと乗せられて、黙ってついてく純朴な演奏家」に見えた。

今思えばまんまとBudoさんのプロモーションに嵌まっていたのだが。

 

さらに妄想が捗る------------

時代と設定を変えて解像度を上げてみると。(←上げんでいい。)あのAIイラストはさしずめ、ござさんが女衒ぜげん拐騙かいへんされそうになる場面といったところか?(正確にはちょっとシチュエーションとキャスティングが違うが)

※女衒…女を遊女屋に売り飛ばし仲介料を取る職業。特に甘言を弄してだまして連れてきたりする悪徳業者。

※拐騙…かたる。だまし取る。かどわかす。油断している婦女や子供をひっかけてさらう、かたって騙すの意。

この構図のBudoさん、信州や上州、東北の寒村に東京からやってきて「いい就職口を斡旋するから」と拐かして農家の娘を連れ去る女衒ぜげんそのもの、にしか見えなかったんですよ。綺麗な晴れ着を広げて「ちょっと働けばすぐにこのようなものも思いのままに手に入りますから、お嫁入りの持参品にもぴったりですよ!」と両親へのアピールも怠らないから余計悪質、みたいな。

んで実は上州や諏訪、東京の紡績工場で栄養失調になるまで働かされ、体を壊して労咳(=結核)に冒され、使い物にならなくなったからってぼろ雑巾のように吉原の女郎屋に売り飛ばされ、亡くなると供養もされず無縁仏として遊郭の隣の投げ込み寺に捨てられるんだよ、きっと!ござさん、その話しかけてくる一見きらびやかな恰好してる人は実は悪徳詐欺師の誘拐犯かもしれんのですよ?????「準備はいかがですか?楽しみですね♬」とかいって見つめ合ってる場合じゃないですよ!!!!!どうか目を覚まして、こっちの世界へ帰ってきてくださいお願いござさん~!

 

(----ここまで実際にコンサートに行くまでの自分の被害妄想)

 

結果論からいうと、ござさんは甘言にかどわかされて連れ去られたのじゃなくて、吉原の投げ込み寺にも放り込まれてなくて、ちゃんと目的地で素敵なピアノを弾いていた。(そらそうよ)自分が今回行ったのは防府だったが、現地までピアノ聴きに行ったのは、その事実を目で確かめに行ったからだと言っていい。

なんでこういう妄想になったのかというと、要するにBudoさんの生音で実際に演奏を聴いたこと無かったからで、先入観って怖い。

自分は知らない人は信用しないのだ。知らん人にござさんが攫われようとしてたらそりゃ警戒しますって。(だから違うって。)

 

「結局Budoさんは信用できるのか」という2023年以来の疑惑とその収束

ござさんファンとしては2023年のSummer Piano Junction以来、Budoさんのことがよくわからなかったためその存在を正面から認知しようとするには至らず、あくまで素通りし続けてきた。

ここにきて上記の「2台ピアノコンサートっていっても結局Budoさんは信用できるのか」という疑惑がもちあがったため、現地に行って演奏を聴いた結果如何いかんによっては、自分はここの部屋で疑惑通りだったと書く可能性もあった。いや、そんな能動的な行動はあまりにも主観的過ぎるため控えたはずで、もしそういう結果だったとしたら多分、何も発言せずここの部屋も更新せず沈黙を貫いていたことだろう。この部屋でいま書いてるということは、予想と結果が違ったからだ。

 

防府でコンサートを聴いてきたが、ござさんはちゃんとピアニストとして舞台に立っててちゃんとBudoさんの奏でるクラシックと見事な対を成していた。自分の疑っていた「胡散臭いプロモーションに巻き込まれて客寄せパンダみたいに使われ、弾きたくない曲とかつまんない演出に加担させられるかも?」という不安は見事に払拭ふっしょくされたのだ。

ではござさんのアレンジの世界観とBudoさんのクラシックの表現はどのように対を成していたのか、以下に具体的にレポを述べていく。

 

防府のござ×Budo 2台ピアノコンサート レポ

(気を取り直して)えー、妄想にお付き合いいただきすいません。ここからちゃんとピアノの感想書きます。

ああっ石を投げないでください。

 

なんで開催地が防府なのかという考察

今回の二台ピアノコンサートは、前日の鹿児島公演に続き、山口県防府市で開かれた。ときは2025年11月24日。多分に漏れず今回も前日から中国地方は快晴、ござさんの晴れ男の威力のおかげである。

市の規模は自分の居住地と非常に似てて人口11万人、そこにこうした攻めた企画を招致いただいて、なんというかその慧眼に敬服するばかりです。自分の住んでる辺りではこんな冒険的なイベントは見かけない。

鹿児島もそうだが、こうした地方都市を回っていただく事で、その距離なら行けるファンがいたり、または全く新しい客層を発掘できたりする可能性はある。こういう興行は利益にはつながらないとは百も承知ではあるが、ステージも非常に身近に感じられるこうしたコンサートはファンとしては色んな意味でありがたい存在だ。

 

謎の声だけオープニング

会場はJR駅前の地域交流センターアスピラート。円い外周とガラス張りが印象的。このほかにもっと大きな収容人数のサルビアホールというのも近くにあるようで、掲示板を見ると多種多様なイベントが活発に開かれている雰囲気だった。

現地でいつものござさんファンと集合して、コンサート前から高まる期待で話は盛り上がったが、しかし羽目を外してはいけないと心のどこかで自重しながらホールに向かう。

さて現地に行ってみると前日の鹿児島から追っかけて連日参加の人が意外と多くて驚く。何よりこのコンサートはBudoさんのファンもたくさん来られていたから初めて見かける人も多かった。そんな中ござさんファンとしてどのように振舞えばいいのかと意識して、自分は無駄に肩に力が入って緊張していた。自分たちの振舞はすなわちござさん界隈という標識をつけられて見られていると思えばいい。

 

このホールはチケを取るときに自分で座席が選べたので、任意に前寄りの列を取ったファンたちでホールは前のめりに埋まっていたようだ。

暗転する客席に突如流れてくるBudoさんのアナウンス。

ごきげんよう、みなさま~!クラシックからポップスへ、音楽と歴史が織りなすグラデーションをお楽しみください」

内容を要約すればこんな感じのBudoさんの落ち着いた語り。自らコンサートの水先案内人として姿を見せずにナレーション入れるという演出は自分には新鮮に映った。単に突拍子もない挨拶でインパクトを与えてただけではなさそうで、この演出に共演としてござさんも参加するとはどういう展開になるのか?見てて気持ちの整理がつかなかったが、そうこうしているうちにBudoさんが登場し、演奏が始まった。

1ベートーベン ピアノソナタ「悲愴」第二楽章(Budoさんソロ)

スクリャービンエチュード Op.8-12 嬰ニ短調

Budoさんが演奏を担当した映画の「ベートーヴェン捏造」から劇中使用曲?タイアップ企画?でYoutube動画も出ていた曲、ピアノソナタの悲愴。

ピアノの音は演奏者そのものを表現し写す。生の音がホールに響く様は、どんな肩書を連ねた名刺よりも演奏家としての真の姿を如実に偽りなく描き出すのだ。

Budoさんの音は、明るくやわらかな手触りで、ビロードのように広がる素敵な響きだった。

イメージと違っていてとても意外だった。Budoさんといえばストリートピアノの月光くらいしか動画を見てなかった自分には非常に新鮮に聞こえた。Budoさん体格よさそうだし(?)ガンガン鳴らす大音量一辺倒だったらどうしようとか、色々考えていたパターンを全部素通りしていって、少し自分はほっとした。

 

アスピラートホールはステージの形を含めてオーバル型つまりゆるやかな楕円形の輪郭をとっていた。ピアノという元来は室内楽の小さな空間で演奏するように設計された音が、繊細な響きはそのままに伸びやかに天上に抜けていくような音響効果が感じられる。

Budoさんの天真爛漫な素直な音にはクラシック曲がもつ陰鬱で哲学的な雰囲気がない。自分は知らなかったが一度海外へ行かれてたときはピアニストへの夢を絶ってた時期があったそうで、そこから再び音楽を志したという点に、迷いとか何もかも吹っ切れた覚悟みたいなものが見える気がする。どんな形でも音楽が好きなら結局人生はそこに戻ってくることを目の当たりにして、今耳にしている音にも心なしか別の角度からの色彩が載せられ、奥行きと深みを増したように感じた。

(タイアップ参考動画:)

 

もうひとつのプログラム、スクリャービンの悲愴。この曲は名前こそ悲愴とつけられているが、ショパンの革命に曲の構成が似ているらしい。でもロシアの曲には凍てつく冬を耐え忍ぶ精神みたいなのが隠されている気がして、作風がロマン派であれその後の現代音楽であれ、雄大かつ壮大なスケールの大地を思い起こさせて渋くて好きだ、みたいなことをMCで言われていた(たぶん)。こういうの好きなんですよ、クラシックをひととおり学んで修めてるひとのこだわりの一曲みたいなのが。いわゆるCDのB面曲みたいな選曲にひそかに名曲がある。

 

過去動画より:あくまで楽曲としての参考までに。

 

以下、コンサートの曲の参考に、既存の動画をそれぞれに貼っていきますが、あくまで楽曲としての参考です。

今回の素晴らしいホールでグランドピアノでの音響とは本質的に別物の録音状況が多いことをご理解いただいた上での視聴をお願いいたします。

コンサートのイメージが壊れるという方は、ぜひ次回の2台ピアノ公演まで待っていただき、ご自身の耳でほんとうの二人のアンサンブルを体感されてはいかがでしょうか。

 

妍を競うわけではないビジュアル

(※この写真は鹿児島の公演です。防府ではござさんの髪が巻いたのではなく、センターでふんわり分けた風になっていた)

この日の衣装は、Budoさんが前身頃にタフタ?じゃなくてフリンジのついた凝ったジャケット、ゆったりしたワイドパンツになぜか黒いエナメル調の下駄ふうな靴。相変わらずおしゃれ。いつも衣装にこだわってるふうで、それこそ事務所の仕立てたスタイリストがセットアップ決めてるんでしょと思っていたが、でも言われるまま着てると、まるで衣装に着られてるみたいな違和感を感じて不格好にうつるものだ。たぶんBudoさんのもとからのセンスなのかもしれない。そう思って桜音夜の衣装を紐解いてみると果たして私物を合わせてコーディネートしていた。エナメル調の下駄もこのときに和服と合わせてたらしい。なるほど。

しかし下駄だけあってピアノのペダルに支障が出るだろと思っていたら、下駄を脱いで演奏を始めるBudoさん。最初のごきげんよう、みなさま~!の挨拶で感覚がバグっていた自分はもうそこは気にならなくなっていた。ピアノが素晴らしければなんでもありだ。

 

ござさんの衣装はスタッズのついた襟のジャケットにギンガムチェック千鳥格子?の蝶ネクタイをつけてグレーの革靴ていう、これでキャスケット被ったら古き良き19世紀の新聞記者かな?みたいなクラシカルスタイルだった。コンサート後半でジャケットなしのベストになってたのもかっこよかった。

ござさん、Budoさんと共演する際には気のせいか衣装の着こなしがすっきりしてて似合ってて、ヘアメイクも気のせいか?ちゃんとしてると思うんですよ。気のせいかもしれませんけど。いえご本人はいつもピアノにただ真剣に向き合ってるだけだと思いますけど。こういう凝った衣装がだんだん自然と板についてきたみたいな、水が合ってきた感じがする。

このスーツをずっと着こなすために太れないからダイエットしてる説を聞いたが、そうじゃないやろ練習しすぎで痩せてるんやろと思う。リサイタルだと1公演で2~3kg痩せると言われてるピアニスト界隈、ダイエットしてどうするんだ、演奏家生命を縮めてちゃ意味ないですよね、もっとちゃんと食べて体格維持しててほしいところですが。(滲み出る大阪のおばちゃん風の余計なお世感感)

ただ、後で考えたら全体的に正統派クラシックの曲が多かったから、この衣装はBudoさんのピアノともちょうどイメージが合っていて、コンサートとして統一感があってよかった。

 

Budoさんと絡んだ仕事がふえてきたことで、公式からの情報が質量ともに段違いに増えて嬉しい。供給過多で追いつけない(喜んでる)。

エリーゼのために 民族音楽ふう(ござさんソロ)

Youtube動画でゲーム音楽風アレンジと題して投稿されている最新曲のアレである。民族音楽ふうに、とMCで言われていたが、要するにRPGのBGMは中世ヨーロッパふうだから、つまり古のケルト音楽とかそういうイメージで名づけられたのではないだろうか。イメージはゼルダとかファイナルファンタジーとかそういう展開。

Budoさんから「じゃあ僕もベートーベン風なお題で」と引き継いでソロ演奏を担当したござさんだが、まずふたりでお互いに看板曲を持ち寄って披露し合ったというところか。この看板曲を含むプログラム全体のラインナップが、前回の岡山2台ピアノで演奏されたというプログラムと比較しても段違いにこなれてきているというか、単に機械的に代表的持ち曲を交互に並べたのではなくて、衣装だけじゃなくて演奏自体がトータルコーディネートされてる感じがした。(いや演奏がメインではあるのだけど)

ワルツになり、ケルト風?の音階でスケールが入り、さらに転調するという、題名こそゲーム音楽風とつけられているがこれ以上ないくらい実験要素だらけで斬新だ。最近出されたばかりのアレンジをまず最初のあいさつ代わりのカードで出してくるあたりが攻めてるなござさん。

 

【参考動画】

 

ここでござさんは短いMCを挟んで次の曲を紹介されていた。なにげない季節の話題をしながら世間話のようなとりとめもない自然なMCをコンサートで聞けるとは、ほんと生きててよかった……(大袈裟)。と思うくらいにござさんが自然体だったのが印象的。

BudoさんのMCからの流れを受け継いで、「クラシックからだんだんPOPSにうつりかわっていく(?)演奏をお楽しみください」とか?なんとか、コンサートの最初のソロ演奏を飾る挨拶をされていて、こういう冒頭の挨拶はいつもは曲の説明とか手短に言って終わりだし、何かと勝手が違うコンサートで新鮮だった。

ん……?基本的にはソロでやってきたござさんが、このコンサートでのデュオをもしかして楽しんでる…?と思ったのはこのときだ。なんでもセッションですらも一人シンセ録音でやってしまうござさんが、ひょっとしてクラシックが基調のコンサートを楽しんでる………?

あれ………?この仕事は仕事として受けたビジネス需要案件じゃなかったんですか…?(しつこいな)

このへんで自分の強固な被害妄想がだんだん認識が変わってきたと思う。

4 冬の曲セレクション(ござさんソロ)

-----演奏曲リスト-----

雪 バロック
白日(King Gnu)バロック風(部分的に)
Subtitle(Official髭男dism)
ロマンスの神様(広瀬香美
ジングルベル

MCをしながらござさんは次の曲について、いつもみたいに何にしようかなーと考えている風で、季節の曲でもう寒くなってきたから(?)冬メドレーにしましょうか!??と言いつつ、イントロを弾きながら曲目を思案するふうにスケールを流して演奏しはじめた。

自分は聞きながら、今日の実質メイン曲はこれだなと勝手に認定した。

ござさんの即興って短い一曲から配信とかの長い尺全体まで、どういう捉え方しても演出が映画なんですよね。なんならフレーズそれぞれにさえも、ござさんの演出が仕込まれてる。その演出が真に迫ってて魅入られるんですよね。映画って、監督以下様々な専門スタッフが長い年月かけて作り上げる総合芸術だと思ってるんだが、そういう丹念に練られ熟成されたストーリーを感じる。ござさんがすごいのは、このストーリー性のある音楽を、長い音楽活動の中でも毎回違ったものを提供してくるところ。

時間、季節、場所、客層、あらゆるものを考慮してお客さんに寄り添った音楽を、しかもその場で、上記の通りの熟成されたクオリティでサラッと用意してくる様は何回生で見ても驚愕でしかない。

童謡の雪やこんこが今回のクラシカルなスタイルにぴったりのバロック風?バッハみたいなアレンジでかわいらしく、かつ格調高くメドレーの冒頭を飾る。それから白日も冬の歌詞だったか、これも原曲通りから一転してバロック風な装いになっていた。INVENTIONみたいな律動のなかにメロディとリズムが浮かぶ。それからヒゲダンのsubtitleがきて(これも歌詞が冬かな)客席から思わず小さな歓声が漏れた。ドラマチックな展開と切々と歌い上げる旋律から一転してスキー場で必ずかかってたロマンスの神様になり、最後に短くジングルベルのフレーズで締める。

これから間もなく到来するであろう木枯らしの季節、雪が舞う厳しい気候のなかにささやかな楽しみを見出す人々の心情を鮮やかに描き出す。

この短い中にも起承転結というよりは人生の生と死、裏表、喜怒哀楽すべてを詰め込んだかのような、圧倒的な表現力が垣間見えるのだ。

ござさんの中に無意識に育まれてるエンターテイナーの精神。なんとしてでも楽しませてやるという気概と胆力にあふれている。

自分らファンはござさんの奏でる音楽に惹かれ、またその根底に流れる静かな情熱に敬服しながら、今日もピアノの周りに集う。

 

現場での市場調査アンケート……生身のファンとの邂逅

さて、ここでBudoさんも登場してのトークになったが、ござさんからの発案で、ソロコンサートではもはや定番となった感のある「今日来られてるお客さんの地元はどこかアンケート」が実施された。

山口………ちらほらと手が挙がる。この人数が、人口11万人という自分の地元と同規模の地方都市にしては、この攻めたジャンルのコンサートにチケット買ってくる人がこれだけいるということが自分にとっては意外だった。ほんとうにありがたい。

鹿児島から連続で来られてる人は???………お二人が想像するより多かったようで、驚かれていた。いや自分も意外だった。でも鹿児島に飛んでる航空便多いから、時間さえ余裕あればそういうことも可能なのか?と驚いた。

関東………こっちはもっと多かった?ような気がする?なぜなのか。関東で開催される芸術・音楽関連イベント、演奏会はクラシックだけでも年間1万件を超える規模で自然と音楽ファンの絶対数が多く、普段から音楽を聴く習慣があって、こうした2台ピアノという攻めたジャンルのファンも従って多いだろうと想像はつく。さらに、首都圏発着の交通機関の便利さ、また住民の所得の高さからくる財力も、遠征を容易にしていると思われる。

海外………そこでBudoさんかござさんかどっちだったか、じゃあ海外から来られた方はいらっしゃいますか?とお題を振るも、手は挙がらない。

沖縄………いったんアンケートは終わりと言いかけてござさんが「あともう一つお聞きしたいんですが?沖縄から来られたという方は?」ともうひとつお題を投げかけるも、やっぱり手は挙がらなかった。

「ですよね~~~!」と、さもネタだったというように顔を見合わせて微笑むふたり。

……………ちょっと待った。

海外にも沖縄にもふたりのファンはいることに変わりはないのでそこを失念してもらっては困る。というかふたりはネットで活動するピアニストを公言してるなら、全国、世界各国、どこにでもファンはいることを自覚しなければいけないのでは。

このござさんのアンケートが「通信回線を通してモニター越しに会話するバーチャルな演奏家とファン」というござさんの従来の視点から脱却するためなのは百も承知なのですけどね。ええ。

バーチャルじゃなくてリアルに実在するファンの実態をもうちょっと解像度上げたくて、現地に足を運ぶファンはどこから来てるのかを知りたいだけという素朴にして純粋な疑問があるのはわかります。そこに重箱の隅をつつくようなこと言って誠に申し訳ありませんけど、ここで目に見える範囲のファンの実態を、ファン界隈の全ての総意と誤解しないでいただきたいのです。

沖縄と海外は単に物理的にコンサートにアクセスする手段を得るのが難しいだけであり、それは地方民の自分もあんまり変わらない状況であり、ネットを通じて相変わらず今日も元気にござさんのピアノを待ち望んでることに変わりはないので。

 

キングクリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン(精神異常者)」(2台ピアノ)

自分は単なる吹奏楽オタクなのでこういったロックミュージックは全く不案内であり、この曲もふたりの2台ピアノで初めて知ったため通り一遍のことしか書きません。ご了承ください。

(このアレンジの初披露は前回の岡山公演だった。そのときの予告動画があったので参考に置いときます。ただし、このときは初演もまだの練習動画だっただろうから、ふたりの呼吸が微妙にずれていた。Budoさんもタイミングを慎重に計っているように見える。)

あれから4~5回?の本番を重ねてきたからか、今回、特に一瞬の僅かなずれみたいなのがぴたっと合うようになってて、曲として仕上がってきたなーと思う。

今までの2台ピアノ曲でいう所のルパン三世みたいな物だろうか、JAZZとPOPSとロックの要素があってリズムというかキメを合すのが難しい曲。そういう経緯をへて新たな境地を開拓するふたり。客席からみて左側のスタインウェイにはBudoさん、右側のピアノにはござさんというフォーメーションで挑んできたがござさんはタブレット楽譜?を譜面台に置いていたようだけど全然見てなかった気がする。持ってきたものの、もう見なくても呼吸が合うということか。

前回の岡山公演でたぶんメイン曲に据えられていたのに今回コンサート中盤でこれ出してくるの(実際この後コンサートは休憩に入った)、じゃあ今回のメイン曲はいったい何なんだと内心自分はちょっと戸惑っていた部分はあるが、メモを取るのに精いっぱいでそんなことをツッコミいれている暇はなかった。

(※追記----事前にTwitterで練習動画が公開されていたハチャトゥリアンの剣の舞が今回のメイン曲のひとつでした。事前にわかってたのに感想に抜けてたのでここに補填します。感想自体は曲順通りに書きます)

 

勝手にコンサートの概要を分かったつもりになっていた。

アドリブとJAZZとベースラインと16分ビートの牙城がそびえるところに、Budoさんの雄大かつ繊細なクラシックの表現が融合するんですねわかります。

この曲はBudoさんから提案されたと耳にして今回のコンサートで自分はそこが一番以外だった。だって少なくともこのデュオでは、こういう曲はござさんの専売特許ですよね、従来は。それにしては始まってみると聞いてた話と違うじゃないの!(←喜んでる)となって、なんか調子狂うぞ。

「やってみたかった」とはBudoさんの談というのをどっかで聞いた。確かに調べてみたらプログレッシブロックの金字塔であり次代を超えて色褪せない名曲。

殴られるみたいな重い冒頭のフレーズから始まり見事にこの聴きごたえある原曲が再現されてて、ロックファンの人には特に印象深かったのではないだろうか?原曲の重厚でシンプルな構成、ギターソロと一人倍音かな?っていう癖のあるボーカル、それらの中に聞こえてる倍音まで逐一ピアノの内声で全部拾ってる気がして、それがピアノアレンジをして原曲のゆがんだ迫力を的確に表現してる気がする。ござさんのアレンジの妙がなせる業。

その下でうごめくウォーキングベースが得体の知れない不気味さを増幅させてて、この曲がもつ秘めた狂気がフラッシュバックしてくるようだ。そして若者が内包する時代の矛盾が映し出されたような、目まぐるしく動く変拍子。これをピアノで合わせるのは至難の業なのでは。曲も後半の変拍子の中に突如現れる連続のキメ、数えてても絶対拍がずれそうで聞いてるほうも怖い。一か八かの博打みたいなキメをなぜか合わせてくるふたり。ほんと怖い。

圧巻は、中間部のアドリブ。何かがはじけてる。Budoさんのパートはアドリブなのか最初から決めてるフレーズだったのかわからない。ふたりとも時間も数字も拍もわすれて魂の応酬に没頭してる観があった。

 

【原曲の背景を勝手に補足---無駄に長い】

この曲名の、21世紀というのは20世紀に生きたロックバンドの当事者から見ての架空の世界であり精神異常者はつまり当時の精神分裂病、今でいう統合失調症のことを指すらしい。

キング・クリムゾンはイギリスのロックバンド、そしてこの曲が作曲されリリースされたのは1969年。

1969年に何があったのか思い出そう。というか、何があったのかというよりは何が行われていたのかというと、それはベトナム戦争の惨禍が全世界に知られ広まることで欧米社会に反戦運動、ひいてはアメリカの公民権運動が高まりを見せた時代だ。カラーテレビで一般人に戦争の悲惨な実態が知らされた初めての戦争ということも大きく影響しているだろう。真の独立を目指して道半ばで斃れた革命家ホー・チ・ミン亡きあとゲリラ戦で徹底抗戦する北ベトナム。彼らの泥沼の罠に苦しむ傀儡政権南ベトナム軍ことアメリカ軍が報復に北ベトナムを激しい北爆に晒すことで、(ガソリンが原料の)ナパーム弾、7000万L以上のダイオキシン、その他あらゆる弾薬、化学薬品、そして地雷をベトナム人の土地に撒き散らした。

フランスとのインドシナ戦争を入れるとベトナム独立戦争はかかった時間が膨大で利害関係も一枚岩ではなく、ここに簡単に述べることはできないがベトナムに降った火薬の量はアメリカが絡んだ分だけでも第二次世界大戦の数倍、地形が変わるほどの爆撃は隣のラオスカンボジアにもおよび、そして対人地雷と化学物質に汚染された国土はいまもなお人々を蝕む。

今も世界のどこかで戦争は行われていると言うが、それを言うならベトナム戦争は世代を超えて後遺症や地雷など被害は再生産され、今も続いているし終わることは無い。

こうした中で米軍のベトナム帰還兵は今でいうPTSDに侵されて廃人になり、また自ら命を絶つ者も多かった。今でいう軍の後方支援としてメンタルケアとか行われていなかったと思われる。(参考にベトナム戦争の動画を貼りたいが、ひたすら残虐すぎてこの感想記事の本筋からずれてくるため自粛)詳しくはNHKスペシャル映像の世紀第9集の「ベトナムの衝撃」を参考にされたい。キング・クリムゾンが歌う精神異常者とは、米軍の帰還兵およびベトナムで戦火にさらされたすべての丸腰で無実の一般民を指すのだろう。欧米で熱を帯びていた反戦運動とヒッピーの群れはあまりにも戦争の現場から乖離していてここで語るのは控えたい。

ちなみにナパーム弾とは。ガソリンを主原料にした爆薬で、原型は第二次世界大戦で日本の木造家屋を効果的に全焼させるために開発されB29に搭載されて空襲で投下されたあれである。飛び散った爆薬は粘着性を持ち、また研究によってなお遠くまで飛散するように進化した爆薬がベトナム熱帯雨林や木造の民家の村に投下されたらどうなるか、考えるまでもないだろう。

 

【引用サイト:歌詞と和訳】

zeppelin2nd.hatenablog.com

lyriclist.mrshll129.com

【資料:ナパーム弾による北爆の無音動画】

 

 

-----休憩時間------

 

ここでIntermezzo 休憩を挟んで、後半冒頭の曲は2台ピアノだった。Budoさんがお色直し的にジャケットなしの白いブラウスで登場。前半の曲が盛りだくさんの重い曲が多かったのでイメージを一転する目的かと思われた。

フォーレ「ドリー組曲」より子守歌(2台ピアノ)

結論からいうと、この曲はコンサートから4日後の11/28にこの動画シリーズ第二弾として出されたメドレー動画に収録されている。

※もう一個資料、このメドレー動画の感想。

さらに結論からいうと、コンサートのホールでの演奏は、動画収録の音響も相当高度な処理がされてるけど、しかしやはり生音の演奏は別格に素晴らしかったことを申し添えておきたい。

自分はこの日を待ちきれずに、前日鹿児島公演に参加した方から、演奏曲情報をリークして入手してたのでこの曲が演奏されることは予想範囲内ではあった。そのときはまだこの動画が出される事を知らないので、自分は予習したい派のため曲名を知っておきたかったのだ。

#ござぶどう #ぶどうござ の二台ピアノのスタイル

この曲と、そして後半の白鳥の湖、そしてノクターンの曲が、それまで自分がピアノ、そしてござさん、2台ピアノに対して抱いていた素人ならではのイメージの息の根を止めたというか、完全にとどめを刺したと言っていいだろう。

ここでフォーレの子守歌がコールされ、一瞬自分は「その曲目当てにここまで来たんじゃないんや」と心の中でつぶやいた。やっぱりコンサートといえば舞台に映える派手で華麗なクラシック曲が登場すると思うじゃないですか。前半最後がキングクリムゾンのプログレだったから余計に。なんだろ、シューマンとかグリーグか、モーツアルトか?とか想像してたとこにフォーレ

あれ?2台ピアノ曲で弾く曲なのそれ?(曲名はリークで知ってたものの納得できてなかった)

……元々2台ピアノの曲でした、ドリー組曲のの子守歌。ブツブツ言ってすいません。

ええ、ほんとにピアノ曲に詳しくないんで。全く知らないんですいません。

要するにパートがたくさん分かれてるから鍵盤でやると2台ピアノか連弾か、になるらしい。

え???でもござさんとbudoさんなら、それぞれ一人で弾けちゃいますよねこの曲?という疑問はこの際挟まないでおこう。そういう問題ではなく、一人で弾けるからどうこうではなくて、このコンサートではふたりで弾くことに意味がある、のではないか?という仮説がどこからか出てきた。

ピアノは基本的にソロの楽器だけど、アンサンブルはそれぞれの個性的な音色が交錯して一つの物語を紡ぐところが面白い。この2台ピアノの曲は、お互いのパートが呼応し合うように互い違いにパートが分かれていて、一人が呼べばもう一人が答えるというようにフレーズは進んでいく。

夢のような響きのホールにBudoさんの奏でる明るく伸びやかな旋律がゆったりと巡る。

ござさんが刻む伴奏はそれに優しく歩調を合わせて寄り添う。しかし伴奏のリズムは時計よりも正確に思え、控えめながらもはっきりとした輪郭を以て旋律を導いているように見える。

 

この曲ばかりは、現地で聴かないと二台ピアノの正体は見えてこなかったかもしれない。この曲を聴きに現地に行ったのかもしれない。後で思えば。

ホールに拡がる、触れば壊れそうな儚い調べは聴く人すべてを包んで夢の世界へいざなう。曲調が愛らしいから、だけではない。この体験を思い出したくて、自分はおやすみクラシック動画をヘッドホンとサウンドカード装着のサラウンド環境で繰り返し反芻している。

そう、まるで繭が揺りかごの中でまどろむように。

 

目指すところのデュオの概念---クリスタルコーラ

ここまで聴いてきて、コンサートの最初から演奏でもトークでも印象的だったのは、Budoさんがござさんをひとりのピアニスト、演奏家、アレンジャーとして立ててくれてたというか、前に出してくれていたというか、距離感を正しく保ってお互いに音楽家として認識し合ってくださってたことだ。

いやそれ当たり前やろと思われるかもしれないが、菊池さんとござさんの二台ピアノを見慣れてきていてトークも最小限に、休憩の隙あらばピアノ弾いて、どっちかがアレンジすればアレンジで無言で返すとかいうやりとりを見慣れてきた身には、会話でコミニュケーション取られてるのは逆に新鮮だったのだ。

いや?違うぞ?

ござさんはオールジャンルを手掛けてて、逆に言えば何かをメインに武器にしてるということはなくて、ご自身はといえばセッションするとベースラインで支えるのが好きとかいうあまり前に出ないポジションのことも多くあって、自分らファンは個性的なベースラインを聞くみたいな楽しみ方してたので。(え?少なくとも自分はいつもそうだ。ソロでやってても目が行くのは左手のベースラインだ。)

対等な演奏家として対峙してくださってるということが自分には目から鱗だった(なんか表現違うけどまあいっか)。

これを演奏会半ばではっきり認識して、客席で自分は涙が出そうでしたよね。いや別に当たり前の事でしかないのかもですけど。大袈裟すぎるやんちゃんとピアノ聴きなよと言われればそれまでですけど。嬉しかったんで個人的に心の中で喜ぶくらいは許してください。

ござさんのピアノの音をクリスタルみたいな音?クリスタルガイザーと言われていた。なんていうんですか?ファンとしてはそれは初めて聴いたときから思ってたんですけど、ござさんのアレンジにはほかのピアニストさんが様々に言及されてたと思いますけど、こういうふうにクラシックピアニストさんの口からござさんのピアノの音自体について表現されてるの聞いたことなかったんで(自分が知らないだけかもしれないが)、ああ他の人もそういう風に思ってくれてるんだとそこが嬉しかったです。

ござさんはBudoさんのピアノをどう思うかとお題を振られ、うーんと考えた末にござさんはネタに走ろうと思われたのか?ちゃんと砂糖が入ったコーラと答えられていた。ガツンと重くて刺激的だから、という意味らしい。(?)クリスタルガイザーがミネラルウォーターだから飲み物つながりだろうか。

いや、ネタではなく、最近糖分ゼロのコーラとかあるからそういうのじゃなくて、重みと厚さのあるピアノだという意味なのだろう(と思う)。Budoさんの音はそういう迫力を兼ね備えている。

そこでコンビ名をつけるとすれば、クリスタルコーラですね!?ということになり、ここに晴れてピアノデュオ"クリスタルコーラ"が誕生したのだった……

じゃなくて。

"ふたりの目指す音楽を一言で表すなら「New クラシック」ということになるだろうか、もうそれは #ぶどうござ #ござぶどう という新しいジャンルですよね、これを新しいジャンルとして確立できるようにがんばりましょう!!!"

会話をそのまま描き出すとこうなるのだけど、なんですかねこの自分の想定から大きく外れた展開は????

ここに来るまで、記事の前半の通りにヒネクレてた自分はこの展開が現実のものかどうかもいまいち把握できてなくて、ただBudoさんの圧倒的な牽引力に引きずられるように、半ば夢遊病患者みたいに機械的に客席でうなずくのだった。

新しいジャンル、それは自分がこの日記部屋でひとりでブツブツつぶやいていた「ござさんていう新しいジャンル」とほぼほぼがっつり被るやん………?え?Budoさんはござさんの軌道を修正することなく、クラシック分野と融合させて、新しい #ぶどうござっていうジャンルに挑戦してくれるってことなん????まじで?????

えええ?ちょっと展開早すぎて……置いてかないでください………

 

7   サン・サーンス「カルメンファンタジー」編曲:ホロヴィッツ(Budoさんソロ)
8   モーツアルト「魔王」編曲:リスト

BudoさんはMCで「ここのホールの響きが素晴らしいので、昨日演奏した曲(ベートーベンの協奏曲「皇帝」?)から、ちょっと変えてみます。」と言われ、カルメンファンタジーはそのままで、もう一つの曲を変えてリスト編曲版の魔王にしたようだ。

( ↓↓この二台ピアノプロモーション動画の中に、8月のバレエとピアノの夕べのコンサートの演奏が短く挟まれていて、そこでカルメンファンタジーのラスト部分が収録されている)

カルメン・ファンタジーはござさん曰く(確か言ってた)「日本人でこれ演奏してる人は何人もいない」という難曲?らしい。

サン・サーンスのバイオリン曲といえば序奏とロンド・カプリチオーソとか、超絶技巧の曲を思い浮かべるがこのカルメンファンタジーも多分に漏れずバイオリンの難曲で、それをピアノに映したのがホロヴィッツだけに、弦楽器の技巧とは別の意味で超絶技巧。跳躍あり、高速パッセージのカデンツにオクターブの16分音符フレーズ(シフラの熊蜂的な)とかもう何でもありの、サン・サーンスの作風がもつ優雅で洗練された雰囲気が一転してガチ勝負曲に変貌していた。(自分はふと思った。菊池さんもこれ好きそうだが演奏してたっけ…?菊池さんはリスト好きだからフランス系の作曲家は通ってないのかもな……)

クラシックの美しい旋律を愛でるのは他の曲に譲るとして、カルメンの名フレーズにのせたまるで手品みたいな妙技を堪能する時間。Budoさんの真の姿が垣間見えるとき。

キング・クリムゾンの曲がござさんとの共演で回を追う毎にどんどん息が合ってきたように、この曲も舞台を経るごとに演奏がこなれてくるのかもしれない。公演に通うのは、こうして演奏家と曲がそれぞれに場数を踏んで変貌していく様を目撃できるところに醍醐味があるのかも。

 

それはいいが、ホールの響きの良さにさそわれて二曲目に魔王をもってきたのは迂闊だったのではないでしょうかBudoさん?カルメンファンタジーがすでに超絶技巧曲なのに、続けてリスト編曲高速オクターブ連打だらけの乳酸地獄曲。しかしBudoさんの剛腕により、不可能の領域は捩じ伏せられ見事ソロパートの〆として実装されたのだった。アナログな世界で目の前に繰り広げられているとは信じ難い離れ業。

 

 

9 トロイメライ(ござさんソロ)

自分のメモは曲の事はちゃんと書いてる(シロートながら)のに、なぜかMCのことは概念しか残ってないのでしょうがないから意訳して書いておく。内容が通じればいいだろう(言い訳)。

「Budoさんの編曲ものにインスパイア(?)されたので、昨日は黒鍵エチュードアレンジだったところを僕もちょっと変えました。」

ということでBudoさんの激しい2曲の次は箸休め?という意味か、ござさんの選んだソロ曲はトロイメライだった。穏やかにクールダウンする目的か?要するにプログラム中のチルい要員なのだろう。

このアレンジの歴史は古く、もうこの時点で完成を見ている。さらに楽譜も有料サイトに出されている。

 

(※このアルバム版アレンジになると後半の二周目はアドリブとウォーキングベースが加味されていてJAZZの香りが漂う)

 

今回のコンサートはここまでJAZZに振り切ってはいなかった。

今回ござさんの演奏を始めて聴く人というか、防府の地元の人だったりBudoさんのファンつまりクラシックファンもたくさんいたことをかんがみてなのか?耳に優しく懐かしさを誘うトロイメライだった。

Budoさんの2曲連続で超絶技巧曲というアドレナリンを投与された身には、まるでほうじ茶とこしあん饅頭を出されたくらいにはこの郷愁を誘う曲が身に染みた。

 

ござさんが黙って出してくるひねりのある和音は、シューマンの夢見る甘い展開に微かな刺激と渋みを添えている。中間のJAZZふうなリズムから原曲のゆったりとやわらかな音に戻ってきて、ふたたび心が安らぎを得るのだ。一歩進むごとに違った景色を見せるような不思議な展開がゆったりと刻まれていき、最後の一番感情が高まる音に聴き入ろうとして、そこで一瞬音の流れは故意に停められた。

ござさんの手は鍵盤に向いたまま。

わずかだが生まれた空白の間隙かんげきは客席を睥睨へいげいし、ホールは水を打ったように静まり返る。満場の注視の中、ござさんの操る鍵盤は息を吹き返して一つずつ和音を刻む。静寂の中に拡がる響きの変化を、ござさんは客席に問い質す。聴衆はそれぞれの胸の中に音楽の帰結を見る。

 

さてここでBudoさんが登場し、ふたりによるMCが始まった。

フォーレの子守歌はほんとはこのコンサートに先行して公開されているはずだったんだけど、それが大人の都合か偉い人の予定か何かでコンサートの演奏で初披露となりました。順番が逆になってしまったが、まあそれもいいでしょう?関連して、次に演奏する白鳥の湖ももうすぐ、来週位には公開されて聴けるのではないでしょうか~~お楽しみに!

--------およそトークの大意はこんな感じだ。

なんなんですかその大人の都合やら偉い人の予定って?もうすぐ公開されるってことは、フォーレの子守歌はエンドレスで楽しめるようになるってことですか?あの夢のような時間をまた体験できるってほんとですか?ていうか次に演奏する白鳥の湖も??

と、サラーっとMCで触れた割には情報量多すぎてさっぱり頭に入ってこなかった。あんなに疑いながらこのコンサートに来た割には、自分はフォーレの子守歌の演奏がそのくらいには気に入っていたからだ。

そして次に演奏する白鳥の湖もなんか動画になって投稿されるの???まじで??

(※この動画はおしなべて上記のBGMになるという意味で疑問は後日解けた)

 

10 チャイコフスキーバレエ音楽白鳥の湖」から情景(2台ピアノ)

ここでいう白鳥とは、サン・サーンス「動物の謝肉祭」の白鳥ではなくチャイコフスキーの作った三大バレエ音楽のひとつである「白鳥の湖」から情景の場面のことである。

参考音源:オケ版

 

いわゆるクラシック音楽って詳しくない人でも、耳にしたことある旋律の筆頭に上げられることは必至だろう。チャイコフスキーの曲って、今でいう人気CMのキャッチフレーズかな?っていうくらい、親しみやすくて耳に残るものが多い。彼がもし現代に生きてたら、間違いなく広告代理店からあらゆるメディア・あらゆる広報向けにひっきりなしに仕事が来る売れっ子つまり、出す曲全部ヒットして、街で、TVで、ネットで毎日どこかで人気のフレーズが流れてるようなヒットメーカーになってたこと間違いなし。

 

当日実際に演奏されたアレンジで、翌週に動画でも投稿された白鳥の湖を貼っておく。メドレー形式の最後の曲。

 

ふたりの手元が客席からは見えなかったのでどういう役割分担で演奏を進めていたのかは当日わからなかったけど、どうやらBudoさんが旋律をシンプルに担当してたらしく、高音キラキラふりかけをござさんが合間で入れる担当なのはわかった。

シンプルな有名な旋律に左手は単純にデフォルメされた最低限の伴奏、オケの細かい動きは一切省略してひたすら綺麗な高音キラキラで旋律の合間が埋め尽くされる。

これを生で聴いて、控えめに言って最高だったわけです。

この曲がもつ優雅な魅力とバレエの舞踏から離れたゆったりしたアレンジ、高音が埋め尽くすことで加味される宝石みたいな輝き。迫力ある管弦楽の息吹をそのままイメージとして残しながら、幽玄の世界へいざなう。

バレエ音楽でこういう楽しみ方もあるのかと、今まで鑑賞してきた価値観がひっくり返される様子をまざまざと見せつけられた気がした。

 

夢見るドリーの子守歌、そして優しい白鳥の湖。この特徴的なプログラムの並びを眺めて、自分はこれらのベクトルが指すところは何なのか必死で考えた。

だってちょっと考えてもおかしいでしょ。

ソロでクラシック界隈でも屈指の難曲カルメンファンタジーに魔王も弾けちゃうBudoさん。

ござさんに至っては生配信で即興アレンジして、いろんなパターンでクラシック曲を弾いてたりする。

二人とも2台ピアノであのアレンジやるキャラで売り出してないと思うんですよね?

あまりにも美しい白鳥の湖の余韻に浸りながら、自分は思考の片隅でいろいろシュミレーションを展開しつつ、しかし答えは出なかった。

 

MCでも意思疎通できてる説

白鳥の湖とドリーの子守歌に感じた違和感に対する回答の片鱗が、その後Youtubeに上がったBGM動画だったんですが。

BGM動画単体の感想記事でも述べたが、この動画は単なる個人が投稿したものではなく、録音環境、音響処理、映像、すべてにプロの業が関わっていることは明白だ。そこに動いている資金を考えても、コンサートと連動するプロジェクトとして何らかのスポンサーまたはプロデューサーが動いていることを匂わせている。

つまりこれらの曲、演奏、そしてこの二台ピアノコンサートも全部トータルで演出された既定路線という仮説を立てることができるのだ。

だとすると、ここのMCで話されてることも全部台本があって台詞を喋ってるだけということになる。

 

自分がコンサートに来るまでに感じていた被害妄想はこのときも完全に消えたわけではない。この時点でBudoさんが女衒でないという保証はどこにもなかったし、ござさんが連れ去られるという危険性も否定できたわけではないのだ。

素晴らしい夢みたいなピアノに酔いしれながらも自分はどこかで正気を保っていた。ござさんとBudoさんの一挙手一投足、セリフの端々まで神経をとがらせ感覚を張りつめて見ていた。

 

しかし。

ござさんの表情、発言は明るく前向きで、Budoさんへの隠し切れない信頼感がにじみ出ていて、和やかな雰囲気に思わず客席の我らも顔がほころぶのだった………

おかしいな、どう考えても台本通りの営業トークにしては呼吸が合いすぎているぞ?

ござさん曰く「二人で、こうきたらこう、みたいな通じ合ってる気がすると思ってます」

Budoさんもまた、何かとござさんにMCでも演奏でも焦点を当ててくれていた気がする。ごきげんよう皆さま~!」という賑やかな挨拶はあくまで第一印象であり、Budoさんの本領はこうして素のまま相手の懐に飛び込んでコミニュケーションできる所なのかもしれないぞ?と思えてきた。そう考えたらあの明るく伸びやかで素直なピアノの音にも説明がつくぞ…?

( ↑↑ まだ完全にBudoさんを信じてるわけじゃなかった)

 

ここでござさんの二人が信頼し合ってる的なトークに対し、Budoさんの言うには

「ござさんは東京を出るときの空港に集合する電車を乗り間違え、今日は右肩をどっかにぶつけてました」

とかいう返しであり、鹿児島に行った人から聞いた「ふたりが泊った所の窓からの景色が、Budoさんは桜島見えて最高でした~!って言ってんのにござさんは冷静に駐車場しか見えませんでしたよ?って返してておもしろかった」という夫婦漫才みたいなやりとりの続きですか?みたいなお笑い要素まで盛り込まれてて、なんかこうエンタ―テイナーとして完璧すぎませんかBudoさん。

人を笑わせるって高度なコミニュケーション技術だと思う。一種の才能。難しい。人って簡単に笑わない。むしろ冷静に見てる。っていうピアノメインのコンサートで自然にお客さんを笑わせれるピアニストって貴重だと思います個人的には。

 

そこでBudoさんが何やら取り出したるものはなんと、ござさんの来年のソロツアーのパンフレット!!!!!!?????こうやって宣伝コーナーの話を振ってくださるんですよ、ありがたい……ござさんはライブではほっといたら演奏する曲のことしか頭になさそうだし……

 

そしてBudoさんも12/4に予定されてる重大告知について、あらためて伝えられていた。

(↑ この動画の内容は記事の最後で考える)

 

何から何まで予想通りというより理想通りになってて、旨い話には裏があるという定説を思い出してふと我に帰ったりする。どこからどこまでが現実…?いやーそれにしてはピアノのアンサンブルの仕上がりが尋常じゃないんですよね…?

ござさんが楽しそうなのが何よりもここが現実世界であることを物語る。それは営業用のポーズではなくて…?信じていいんですか…?

それからBudoさんによる最後の曲の紹介。

「残念なことを言わなきゃならないんですが、なんとこのコンサートは次の2曲でラストなのです・・・・」

「え~~~~~!!!」

と、自分は今回もライブの醍醐味である客席から(何か)コールってのを思いっきり(小声で)叫んできた。ブーイングだけどそれはご愛敬。

「なんと!この曲は前菜みたいなもので、メインはもうひとつの曲なんですよね?」

「メインとしてノクターン、有名な9-2を用意しました」

か何かトークの詳細は置いといて、なぜか剣の舞は前菜でメインはノクターンとかいう謎理論が展開されていた。うんうんともっともらしく語りうなずきあう二人。全然わかってない客席の皆様を置き去りにしてふたりは演奏の準備に行ってしまった。

 

どっちがメイン曲かそれは置いといて、まず剣の舞を聞こうじゃないですか。

11 バレエ音楽「ガイーヌ」から剣の舞(ハチャトゥリアン)(2台ピアノ)

この曲は予告動画ふうに事前に公開されていた。

(コンサートの構成上、この曲がメインっていうふうなチラ見せ。菊池さんとの2台ピアノにおけるファランドールとかアイガットリズム変奏曲の位置づけみたいなもの。このチラ見せにまんまと引っかかり、自分はこれがメイン曲じゃん!と思い、ガイーヌ全曲の抜粋メドレーくるかもなと一所懸命に調べて予習にいそしんでいた)

果たして当日演奏されたのは純粋に剣の舞の部分だった。いわゆる演奏家のアンコールでも人気、クラシック知らない人でもどっかで聞いた事あるであろう有名なフレーズ。

この曲のフォーメーションは客席から見て左側にござさんが陣取り、跳躍するベースラインをやる。原曲でいうティンパニがひたすら一定のリズムで繰り返すアレ。ティンパニだから鍵盤に移すと音が飛んでシビアな動きだが、右手は別の内声をやってるので左手で跳躍せざるを得ない。さらにござさんは大好きなベースラインだから(?)4拍ごとにアクセントつけたりして変化つけて遊んでるようにすら見えた。

客席から見て右側に、連打および中間部の旋律(内声含む)を担当のBudoさん。厳しい連打が続くのは周知の事実だが、魔王に引き続きこの曲も短距離走みたいな瞬発力を発揮しててむしろ連打なのにフレーズ歌ってる感があって優雅。中間部のアルメニア民謡風フレーズも流麗な歌い方。ここが平盤になると曲全体が薄っぺらくて硬直した印象になるところで、民謡ならではの表現が生きる。

 

作曲者ハチャトゥリアンアルメニア出身のソ連時代の作曲家だが、作風は社会主義リアリズムの王道を行くと揶揄されつつも強烈な民族色を前面に打ち出し、アルメニア民謡が随所に盛り込まれた曲を多く作っている。社会主義リアリズムとはソ連の労働者を賛美する大衆にも分かりやすく写実的な描写を主とした、共産党が主導する芸術のイデオロギーだ。政治の道具として個性を消され党の要請する偶像的な創作を強制されたとして今では批判されている。そんな中でロシアの一地方の民謡を主題とするという王道を行きながらも強烈な個性を遺したハチャトゥリアンは、当時から傑出した存在だったと言っていい。

21世紀の精神異常者もシビアな合わせのキメが連続していたが、剣の舞こそ一触即発のバトルの様相を呈していた。その一瞬のすきに下降グリッサンドが華麗に入る。掛け合いの中に二人一緒の16分音符の和音で動くフレーズが入ったり一瞬の油断も許されない。客席全体が息を呑んで行方を見守っているようだった。

その張りつめた空気の中間部でなぜかBudoさんが立ち上がったかと思うと、フラ~~~~~っと2台ピアノの隙間が形成するS字カーブを抜けてござさんのピアノの手前、ちょうどスタインウェイマークがある所に来た。

「いやこれは演出だよね・・・?」

と見守っていたがBudoさんはござさんがガン見?している譜面台のタブレットをそ~~~っと持ち上げてパタンと閉じて譜面台の横に置く。ござさんは?????という反応しつつ楽譜閉じられても普通に弾いてて、やっぱ楽譜見てなかったんかい!と自分は心の中でツッコミを入れた。そうこうするうちにBudoさんはござさんと交代してスタインウェイの方に座り、ござさんは代わりにBudoさんの居たほうのピアノに移動した。

今思えばピアノを交代しただけで、なんてことは無かったのかもしれないが、あのもはや魂で合わせてるレベルの応酬の中をいきなりBudoさんが立ち上がって歩いてくるとか、見てる方は控えめに言って息が止まりそうなスリリングな瞬間だったことを報告しておきたい。

これを演出の妙と言わずして何という。

誰の発案なのか?たぶんあの場面もう一回見てももう一回息が止まりそうになる自信がある。

 

演出といえば曲の後半、合いの手の拍をござさんが手拍子と足のリズム取りで代替していてそれにも度肝を抜かれた。リズムもまさに二人で同調してて素晴らしかった。

※参考動画:タイミングで言えばこの部分(頭出し済み)。

 

一定の旋律が繰り返される中、突如挟まれる別のリズム。

歌うとするなら、タタ タタ タ(×2回) と言えばわかりやすいか?

ござさんはこの下線部の ス 部分を手拍子、 タタ 部分を足リズムでやってて、特に足リズムがめっちゃ強調されてて、ござさんの隠された情熱がこの短い瞬間にほとばしるようだった。

はい、見てるそこのあなたも画面の前でご一緒に。いきますよ?

タタ タタ タ(×2回)

はいもう一回、タタ タタ タ(×2回)

できましたか???

やっぱ自分でリズム取ると面白さが段違いですね!

 

たぶんこの剣の舞はまたどこかで2台ピアノでお目にかかる事ができる、ことになるのを祈っておこう。

 

12 ノクターン Op9-2(2台ピアノ)

剣の舞は前菜でこれがメインと表現されていたのはなんなのか。

あの迫力の曲をして前置きとのたまい、このロマン派を体現したような夢見る曲をコンサートの主軸に据えるとは?何言ってるのかちょっとわからないんですけど・・・?

と自分はまるで狐につままれたような心持でただ言われるがまま、舞台上の進行を追うしかなかった。こうなると完全にBudoさんの術中に嵌まったというか掌中で転がされてるというか、うまいこと演出に呑まれたネギ背負った鴨というか。

まるでまな板の上の鯉のごとく、次のノクターンにいいように翻弄されるだけの客席の面々。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンコール 革命

 

 

 

 

 

 

さいは投げられた

 

 

 

 

 

ソニー音楽財団における #ぶどうござ #ござぶどう の企画について

 

上弦の月が皓々と眩しく夜空を照らす。

ひんやりした空気がさっと頬を撫でていく。

どこまでも澄み渡るピアノの音が冷涼で爽やかな余韻を残す。

まるで、ほんのりと青白く透き通るが、原野に美しいとばりを降ろすかのように。

 

おやすみまえのクラシックBGM~Piano~ Played by Goza&Budo

 

森閑とした漆黒の夜の闇に拡がる、綿毛のように温かな手触りと甘やかな響き。

その音色は耳にした全ての人を心地よい世界へといざなう。

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

この記事では、Youtubeで2025年3月28日公開の第一弾動画、それに昨日11/28公開の第二弾の感想を書く。

【第一弾動画】

 

【第二弾動画】

 

ソニー音楽財団

2025/3/28にこの動画の第一弾が出されたのは、5/3に行われたこども音楽フェスティバル2025へのプレリリースとしてだったらしい。

その前後、岡山の二台ピアノ、桜音夜、そしてこのフェスティバルと8月に行われたバレエとピアノのコンサートなど、ぶどうさんとござさんの2台ピアノ企画は今年に入って様々な形で取り上げられているように思う。そんな中、ここまで手が込んだ(たぶん編集も大掛かりにRemixが入っていると思う)長編の動画を上げられていることについて、特に掘り下げて考えてみたい。

このソニー音楽財団は営利目的では無いようで、このBGMも純粋に子供向けチャンネルの動画として編集してくださっているらしい。

ござさんファンとしては、営利目的の音楽以外の要素が絡まないところで、楽曲に真摯に向き合える場を作ってくださったことに無上の喜びを感じるために、あらためて謝意を表します。

 

プレスリリースの解析

この企画はソニー音楽財団からプレスリリースも出されていた。いわゆる、主催者から公式に報道機関に向けて出された情報(PDF版)。

https://www.smf.or.jp/wp-content/uploads/SMFPR251128_oyasumi-2.pdf

これをもとに音楽系の各ニュースサイトにおやすみクラシック動画の記事が一斉に出されていた。

プレスリリースつまり公式情報だから自分もここに自由に引用して解釈を書きます。書いていいってことですね。この動画の聴きどころも簡潔にまとめられていたので抜粋していきながら。

 (よく見たら3/28公開の第一弾動画のときもプレスリリース出ていた。

https://www.smf.or.jp/wp-content/uploads/SMFPR250327_oyasumi.pdf

しかしそのときはまだ様子を見ていたのでここでまとめて振り返ることにする。様子を見ていたというのは、ござさんとぶどうさんの2台ピアノについてである。自分はござさん熱血単推しの急進的過激派なので、この2台ピアノはござさんとどういう関係になるのか慎重に注視していたともいう。)

 

"多彩な音の表情"

(第一弾はCDでいうところのいわゆるオムニバスクラシックものによく入っている曲という印象だった。BGMとして非常に使い勝手がよく自分は移動中など静かに寝たいときにヘビロテで使っていた。絶対に寝れるという安心と信頼の動画だった。)

今回の第二弾は、選曲がより掘り下げられているというか、真にリラックスできるクラシックの名曲を揃えた感じで、ござさんとBudoさんそれぞれのこだわりが出ている気がする。どの曲も癒しと静かな感動を与えてくれる歴代の名旋律を備えていて、もはやBGMとしての選曲を超えていて普通に通常のオーケストラ版でアルバムにしてほしいラインナップだが、そこをピアノで統一するという挑戦的な企画。

それぞれの名曲を活かす絶妙な音遣いが鍵盤に、弦の振動にこだまして、えも言われぬ幽玄の境地をつくりだす。

 

"Budoによる甘美で柔らかなピアノ・ソロ"

自分はBudoさんの演奏はYoutubeでストリートピアノ動画を聞きかじった程度だったので、ストリートとは違った新しい姿をこの動画で見た気がする。Budoさんはクラシック奏者としてこの2台ピアノの演奏にアクセスしていると思うので、グランドピアノの音色や曲の解釈は王道を行っているのだろう。BGMとしてデフォルメされた演奏もまた、独特のこだわりが感じられる。

 

"ござによるクラシックの名曲のオリジナル・ピアノ・アレンジ"

信頼と実績のござさんのクラシック・ピアノアレンジ。老若男女問わずお楽しみいただけることをお約束する安定の仕上がり。いいえ決して怪しいニセ営業活動ではない。

数あるござさんのアレンジ、演奏動画のなかでも今回のBGM演奏に近いのではないかと思われる演奏動画を置いておきましょうか。たぶんこの記事を読んでいるひとはござさんの演奏にお詳しいから不要でしょうけど、一応。

 

とりあえずこれかな・・・

(ガサゴソ)
(ちょっとなんでこれ持ってきたの!!!???ペンギンマスクじゃん!それはコロナ流行のころまでのコスプレでしょ!)
(えっでもピアノのアレンジは癒し系っていうならこれが一番近いですよ…?)
(今はもうペンギン被らないことになってんだから、ほら早く差し替えてガサゴソ)

 

やっぱこれかな・・・

(ちょっとーっ講座動画持ってきてどうすんの!代表的クラシックアレンジだってば!)

(えーでも今回のBGM動画、冒頭は亜麻色の髪の乙女だからドビュッシー繋がりで…)

(そうじゃなくて、ぱっと聴いてわかるやつが要るんだってばガサゴソ)

(えーでもクラシックとなんかのジャンルのコラボアレンジはたくさんありますけどねえ…クラシックだけのメドレーだと癒し動画無いんですよねえ…)

 

じゃあこれとか・・・(当該箇所の頭出し済み)

(あーーーっ何やってんのござさんの生配信は全部メンバー限定でしょうがーっ)

(えーでもこれだけ一般公開になってましたよ?)

(そんなわけ……あったわ……この回クラシック要素少ないけど最後がベートーヴェン7番から愛の夢だわね……癒し系でないにしても一応クラシックアレンジだな)

 

∑∑( ゚д゚ )ハッッ

(ササっと身だしなみを正して体裁を取り繕う)

何のこと言ってたのかわからなくなってきたが、そうそう、ござさんのクラシックアレンジは多種多様なアイデアにあふれてるというお題ですね確か。

ござさんのピアノはリクエストに応じて千差万別のバリエーションを誇り、今回のおやすみ前のクラシックというお題にも必ずや、これ以上ないくらいぴったりなというか想像を超えてくるアレンジが施されている。

芸術家は個性が大事と言います。その場に応じて如何ようにも対応でき、それでいてござさんらしさを失わないアレンジが最大の強みかと存じます。

 

"2台ピアノによる温かなアンサンブル"

アコースティックな響きは複数の楽器、つまりアンサンブルになるとより倍音が積まれて相乗効果をもたらす。でも、交響曲を思わせる豪華で煌びやかな響きというよりは、BGMとして求められる一定のテンポと穏やかで抑揚をおさえたものになっている。

隠された情熱が燃え上がる一面が時折垣間見えるところに、ござさんとBudoさんそれぞれの思い入れが感じられる。

 

ロケーション

第二弾動画の収録スタジオは、たぶんここ。

銀座のYAMAHA地下のスタジオだと思うけど、最高の防音室で撮らせていただけたのは月刊ピアノ連載でYAMAHAにお世話になっている縁からだろうか(ござさんからの視点でいうと)。最高の防音設備と録音環境で、プロの手による動画編集で出されたひたすら心地よさを追求した響き。

ござさんの襟にスタッズのついたシンプルなスーツ、Budoさんの凝った幾何学模様のニット、そしてYAMAHAスタジオの抽象的な背景。高画質で素晴らしい映像美が、音楽だけではなく視覚でも存分に楽しませてくれる。

 

画面の背景

また、「映像には安らぎを誘う欧州の風景を厳選して使用」と言及されている。

(第一弾はどこか演奏が硬いというか固い感じがした。ピアノのアンサンブルも2台ピアノとして組んだ直後だったからかもしれない。背景はストラスブールの木組みの切妻屋根が目を惹く中世の街並み。古来ドイツとフランスに挟まれ紛争の只中にさらされたアルザス地方。その名残をとどめるゴシック様式の教会建築は静謐な空気を湛え、ピアノの音の中に古人の祈りが聞こえる気がする。)

今回の第二弾の背景にはプラハの実写の街並みが使われていた。(場所は下記のマーク)

プラハPrahaはチェコフィルのお膝元、スメタナの故郷。パリと並ぶ中世以前からの歴史を持ちながら、ドイツの宗教革命、ハプスブルク家、そして冷戦時代の旧ソ連という大国の支配と監視下に置かれ続けてきたからだろうか。重厚で堅牢な佇まいのなかに隠されているのは不屈の精神、秘めた情熱。

プラハ城を望むカレル橋と橋桁に立つ聖人ヤン・ネポムツキーの像、ヴルタヴァ川左岸の国民劇場などどいった風景に混じって現代の街並みが描写される。それらの風景は、悲願の独立を勝ち取るまでの数々の民族の戦いをずっと無言で見守ってきたのだろう。長い年月を経た味わい深い背景が、ふたりのピアノ演奏にいっそう落ち着きと静けさをもたらしている。

 

BGMというジャンル

この入念なつくりのBGM、こども向けのチャンネルに留めておくのはもったいないから大人も鑑賞させていただきたいので、ここに記事にまとめて拡散したいと思う。

 

BGMっていうひとつのジャンルがあるらしい。

作業向けとか勉強用とか睡眠前音楽とかあるようだ。

昔はCDでBGMみたいなアルバムを売ってたし、そもそも電子音楽ができる前は自然の虫の音とか鳥の声、せせらぎの音、カエルの鳴き声とかを耳にしながら、また蛍雪時代というように視覚的には蛍とか雪を見ながら作業していたはずだ。今のネットの動画にも、そうした自然音をBGMとして流してるものもある。

自分が知るうえで一番視聴者数が多いのはこれかもしれない。2022年から(前身の動画は2019年くらいから数年間)ずっと配信してて、どういう仕組みなのかは知らないが、lofiとしてrimixされた音楽を流してる。この視聴者数が常時1万人いるように、また他にも星の数ほどBGM専門チャンネルがあるように、ネットでBGMを作業中に流すのは今やポピュラーかつ一般的になりつつあるのかも。

 

このジャンルの音楽は、聴き手が脳で作業してることは音楽鑑賞ではないわけで、本来の作業や、または睡眠の邪魔をしないよう、なおかつ作業のたすけとなるような何かインスピレーションが来るような不思議な作用が求められる。

どういう根拠があるのか知らないけど、その目的には

一定のテンポ、音楽の一定の速度

抑揚の抑えられた落ち着いた展開

これらのふたつの要素が必ず必須として求められる傾向があると思う。

 

そこで、ネットでピアノ聴くようになってから、個人的にずっとそれ以外聴かないことにしてるという愛用チャンネルがあるのでそれも置いときます。それはtjさんのBGMチャンネルです。このチャンネルは単なるBGMとしての機能を超えてて、思考を妨げず、しかし思考にBGMが干渉してきて見事に整理され、新たにミラクルな角度から閃くという、まるで最終兵器みたいなスペックがある(個人の感想)。最終兵器すぎて魔法のようにサラサラ作業が進むため、あくまで禁断の奥義、最後の一手として隠しておくのが良いでしょう(意地っ張り)。依存しすぎると禁断症状が出るという諸刃の剣。

( ↓↓これは26個全動画の再生リストです)

 

さて。

今回のおやすみクラシック 第二弾動画のすごい点は、BGMとして素晴らしいクオリティながらきちんとクラシック音楽としても成り立ってる所だと思う。

BGMは上記の通り何かをする背景に流すのが目的なので、BGM自体の音楽性は(民族風、POPS、クラシックなどジャンルは違えど)おしなべて個性が均一になりがちだけど、今回の第二弾動画はその存在自体が個性的。

プレスリリースの最後のコメントから。

ピアノの音色と景色がゆっくりと溶け合い、心が自然と整う最上級の睡眠リラクゼーション動画として仕上がりました。"

BGMとしてもありきたりな選曲ではなく世界観が秀逸で、魅惑の旋律揃い。

それでいて、クラシックの演奏としてもそれぞれの曲が持つ本質をみごとに体現している。あくまでBGMの体裁をたもちながら。

 

亜麻色の髪の乙女

このアレンジはござさんの月刊ピアノ楽譜と似ている。たぶん記事執筆と動画撮影が同時期だったのもあるかもしれないが、このBGM動画にも意外なトップバッターとして艶やかな華を添えている。低音が効果的に同心円を描く中で、印象派ならではの憂いを含んだ響き。

マスカーニの歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲

個人的にこの曲が動画の白眉。冒頭のフレーズをAメロ、Bメロと仮定すると、前半で穏やかにしかし静かに盛り上がりを見せている。しかし、さらに感情が最高潮に達するはずのサビのクライマックスであえて表現とテンポを崩していて、抑制された中に隠しきれない情熱が見え隠れしており、余計に楽曲の魅力を際立たせたものになっている。

ドヴォルザーク交響曲第九番新世界より」第二楽章---愛称「家路」

この動画でござさんはBudoさんと共に徹頭徹尾一定のテンポ、一定の音量と表現を保っているが、この曲の中でこっそりとJAZZふうにリズムと和音を崩している。

澄ました顔で演奏しながら、

「  壁│|'ω')チラッッ

   キョロ(・ω・`三´・ω・)キョロ

……30分も動画あるし、この曲にはIAZZぽいの似合うし、ちょっと遊んでみようかな…?」

と、何食わぬ顔でお茶目ないたずらっ子みたいなちょっかいを入れたアレンジを黙って挟んでくる。それでこそござさん。きっと心の中では、常にどうやって遊ぼうかと隙を狙っているのだ。

この「新世界より」第二楽章はござさんの生配信で即興アレンジの名演奏の数々がアーカイブに残っていて、それらの演奏がおもにJAZZアレンジであり楽曲にも非常に似合っていたが今回はちょっと控えめにというところだろうか。

今回のグランドピアノによる至高の演奏が、今の時点では最高のアレンジだろう。クラシック曲としては。

フォーレの「ドリー」から子守歌

フォーレパヴァーヌ

この二曲で対になっていると思う。長調の子守歌、短調パヴァーヌ

子守歌の明るく愛らしい旋律が伸びやかに響く。

弦のピチカートを再現した伴奏部に載せられて、パヴァーヌの崇高にして哲学的な旋律がつつしまやかに語られる。原曲の管楽器と違ってピアノの簡潔な音が、楽曲の雰囲気をよりいっそう神秘的な瞑想の中に誘う。

 

スクリャービン:左手のためのプレリュード

リスト:愛の夢

シューマントロイメライ

ござさんのピアノしか聴いてこなかった自分はBudoさんの演奏の経歴については不案内なため、この動画で聴いたそのままを感想にしてみる(そんなん需要無いだろと石を投げないでください…)。Budoさんはここで衣装をリボン付きの鮮やかな紅葉色のニットに変えてきた。フォーレを挟んで、ござさんとBudoさんで前後半に3曲たっぷりソロがある。第一弾動画の、今現在での持ちレパートリーを演奏した感があったところから、さらにお互いの曲に統一感があって動画としてまとまっていると思う。

ここでプレスリリースにあったBudoさんについてのコメント、甘美で柔らかなピアノ・ソロ。

Youtube動画で見た限り、力強い表現とダイナミックな響きが特徴だった気がするので、甘美で柔らかな音と言われて意外だった。正確には2台ピアノコンサートでBudoさんのピアノの様々な側面に触れることができたけど、それはまた別稿で語る。

左手のためのプレリュードで片手だけながらも迫力の音を響かせつつ、あくまで平常心を失わない。愛の夢が甘美な旋律のことを指していると思うが、しかし感情に奔ることなく見事に夢の中へいざなわれる。

Budoさんの真骨頂はトロイメライかと思う。BGMの制約の中、抑えめの怜悧な音がはっきりとBudoさんの世界観を形作っていたので。

 

動画の真価

今回の30分あまりの動画の最大のみどころは、鮮明な画像、アグレッシブな選曲、素晴らしい音響効果、どれをとっても特筆ものだ。

しかしこの動画ならではの魅力と言えば。

BGM特有の耳ではっきり聞き取れるゆったりしたテンポの中で、ござさんとBudoさんがそれぞれに鍵盤と正面から対話し、心行くまで語らうことで、グランドピアノのポテンシャルが想定外の形で引き出されたところにあるのではないか。

鍵盤と弦の鼓動を魂で聴き分けながら、打鍵の前と後、いわゆるフォロースルーのあとまで残る余韻が消えるまで耳を澄ませるふたり。

ひとつひとつの音の繭が壊れないように、そっと鍵盤の俎上に置く。

 

クラシック音楽のこの曲の解釈はこうと外部から与えられるのではなく、互いに語らって目指しているのであろう地点に向かい統一した観点のもとに演奏が展開されているように見える。まるで深く蒼い海の中から恐ろしいほどの数の群れをなしてあらわれる小魚のように。ふたりが紡ぐ音は一歩引いてみるとひとつにまとまっている姿は壮観ですらある。

 

チャイコフスキーバレエ音楽白鳥の湖」から情景

ほんとうのこの動画の白眉はこの曲だろう。異論はないですね。

精神性、アレンジの気高さ、ふたりの演奏のアンサンブル、どれをとっても段違いに素晴らしいです。

チャイコフスキーバレエ音楽といえば、バレエのない音楽だけの場面でも最高に盛り上がることで有名で、この白鳥の湖の有名な情景のテーマは劇中でも屈指の名場面、大編成オーケストラが鳴り響く迫力の中でオデットとジークフリート王子の悲しい運命が踊られるのですが(バレエの舞台だと)。

ござさんのアレンジにより、メロディメーカーとしても名高いチャイコフスキー特有のキャッチーな旋律を、悲劇性を内包した物語のままに鏡に映すがごとくBGMに変換している。Budoさんがメインの旋律を厳かに奏でる中、ござさんがキラキラした高音をふりかけアルペジオで追加することで、荘厳な原曲は幻影の彼方へ消える。

まさに、睡眠へ誘う音楽の締めとしてふさわしい。

 

 

この記事は純粋に動画の感想として書いた。

これらの曲のいくつかが演奏された2台ピアノコンサートの記事はまた別稿で書く。今準備中。時系列が逆になってすいません。

(感想の内容は全く別の物となる予定)

 

 

 

 

 

 

外郭と本質

 

今回の内容は、この記事の解析版です。

抽象的すぎたため具体的に説明します。

 

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資本主義と市場原理

ここでいう市場とはピアノ公演の興行のことである。

コアな観客は能動的にコンサートの情報を取りに行って、コンサートに合わせて予定を調整する。

そこまでの動機を持たない、予定あれば行くとか、偶然知ったから行くことにしたとか、消極的な姿勢でいるところでコンサートに行くことにする可能性のあるお客さんをどう呼び込むか。

音楽に関わらずすべての興行におけるマネジメントはこういう浮遊している層がどう動くかにかかっていると言っていい。

そこでうまく世の中のニーズに合致したお題を提案できてるコンテンツは生き残ってるわけですが、ピアノ公演の多様さを見てみてもそれぞれに全く違う要素で売り出してて、見所は千差万別だ。

 

クラシックファンとまでは言わないファンを上記の通り浮遊している層と呼ぶことにしよう。浮遊してる層はまずホールに行かない、いつもは音楽を聴かないなどと広告を打とうにも目にしてくれる機会がなさすぎてファンに取り込むのは至難の業。

ここでbudoさんの売り方に注視してみる。

何より目を惹くのがビジュアル。

・中性的イケメン

・衣装が常に舞台で映えるような華やかさを失わない

budoさんはYoutube活動の初期はパジャマ着てたと前回の記事で書いたが、今の衣装もパジャマかどうかという違いだけでやっぱり見た目の印象は一番大事なのである。

ほかにもアー写もかっこよくてお洒落なのがふんだんに揃っている。

Youtube動画では常に名乗ってて視聴者に直接語りかけてくる。

それらのビジュアル要素が全体的に

「なんとなく目にしただけの通りすがり要員」

を、

「ちょっと気になるから動画聞いてみるか」

とか

「暇だし、近くだからコンサート行ってみるか」

とかいう次のアクションに呼び込む力を秘めてると思う。

 

ファンの動向を市場原理に任せるというのはこういうことだ。例外なく、音楽以外の要素が鍵を握る。

ここではbudoさんの活動に見られる資本主義的な要素を考えてみた。資本家と労働者という関係とは違うけど、対価を払ってくれるファン=雇用主とすればそこに商品価値としての自らの活動をプレゼンしてアピールするのは必要不可欠なことなのだ。

 

ここでござさんを考えるとこうした要素は必要最低限の事務的作業に絞られているのでこの点では観客との接点は考えられない。ござさんはいまだにどこかでファンとご自身をバーチャルな関係と捉えられている節がある。

つまりござさんの活動においてはファンの純粋な「絶対に!!!!!!!!!!生で聴きたいんです!!!!!!!!!!!!!!」という需要だけが一方的に存在し、ござさんがそれに応えていろんな場所で演奏してくださってるのであり、商業的動機は微塵も介在しないように思われる。

そもそもリアルの有料コンサートを前提とせずに、ネットで旺盛にピアノを介して発信し続けるござさんには上記の資本主義的理論はあてはまらないので、ここではあくまで一般論で考えたい。

ござさんのパターンはこの日記部屋の他の記事で議論し尽くしているのでそれらをご参照ください。

目的としての演奏

budoさんの場合

資本主義を実際のピアノコンサートに置き換えると、演奏は雇用主=投資家=ファンと演奏家の間に交わされる主要コンテンツの中身だ。

商品価値があるってピアノにおいては

・その人のピアノが聴きたい

・もう一度、何度でも聴きたい

という動機がファンをして現地のコンサートに動員するのであり、クラシック音楽については演奏そのもの、アコースティックなピアノの響きそのものが演奏を個性づけるファクターとなっているようだ。

しかし純粋にアコースティックな音の違いだけで演奏会を選ぶファン以外にも決め手が必要なのはネット動画や配信でよくピアノ動画が聞かれてることからも明らかだ。

 

そこでbudoさんはクラシックレパートリーの中でも個性的な選曲や現代風なアレンジで知られる曲を選んで、ダイナミックな演奏や個性的なビジュアルと合わせ、個性あるコンテンツに仕上げていると思う。

そこに加え、ござさんとコラボすることでクラシック曲以外、ピアノ曲以外のレパートリーを開拓して従来聞いてくれてた人以外にも幅広く訴求するという戦略らしい。

この計算され尽くしたマネジメント、思わず唸るものがある。

「良い演奏しても、存在を認知してもらい聞いてもらわなきゃ意味が無い」

を王道でいってるんですよね。

 

ござさん以外にもこのような何の分野でもアレンジするし即興するピアニストは何人も思い浮かびますよね?彼らともbudoさんは演奏会でコラボされてるようで、発信は多角的、あらゆるターゲットを狙っていて、かつ隙が無い。

でもbudoさんの硬派な演奏は健在であり、そこは堅持してるところが従来からのファンも維持できてる理由かなと思う。そのうえでうまくクラシック以外の要素を載せれているというか。

 

ここではbudoさんの活動姿勢をちょい掘り下げてみた。

 

ござさんの場合

ござさんは、budoさんとちょうど真逆だと考えれば簡単である。要するにレパートリーにクラシックをホールでの演奏で取り入れることができると考えればいいからだ。そういう意味でこの考察記事ではあまり掘り下げることはない。

ただござさんはずっとネット生配信で活動されてきたから、ホールでピアノ弾くというのは響きも楽器もその場所で違うと思うしコラボするピアニストによっても演奏はまったく違うものになってくると思うので、回数を重ねるごとにござさんの演奏もまた円熟味を深めていくだろう。

前回の記事でも書いたけど、ござさんのレパートリーにはピアノ曲じゃないクラシック曲もたくさんあるから、というかそういう曲のピアノへの編曲版は過去にもたくさんあるようだけど、そういった編曲界隈にござさんのアレンジをして堂々と切り込めるという夢の舞台を見れるという嬉しさはある。

ござさんがひとり生配信で指が足りないなーといいつつ電子ピアノで演奏されてたアレンジが、まさかここで2台ピアノで聴けることになろうとは。聴いててあー抜けてるなーと思ってた音も完全に拾われてて(当たり前だけど)感動。

こうなると、あれもこれも気になりすぎる。ほかに何の演奏が来るんだ。

 

【おまけ資料】

というわけで何度再掲したかわからんけどござさんのピアノ曲以外のレパートリーを実際の配信の演奏と共に貼っておきます(メンバー限定公開の配信アーカイブが多いです、すいません)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【予習】2台ピアノの応酬のゆくえ ござさんとbudoさん

今週末のござさんとbudoさんの2台ピアノコンサートについて、予習してみる。

予習するっていう触れ込みで、今まではこの部屋では出演者の面々のそれまでの活動を振り返ることが多かった。しかしここ2年くらいあんまりチェックできてなくて特にbudoさんの動画は未確認のことが多いので、予習と言いつつもあくまでコンサートに行くまでの自分の主観によるイメージである。

 

 

 

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すれ違っていた記憶

自分の記憶が正しければ。

ござさんとbudoさんの共演はこのときが最初だったと思う。2023年7月の東京オペラシティ、Summer Piano Junction 。(演奏会に行けなかったのでこのときのレポ記事は書いてないけど、代わりにリハやアンコールの演奏とおぼしき動画を上げておく。)

 

どうやらこのときのメンバーである米津さんと同様に、budoさんはクラシックピアノをベースに活動されているらしい。この動画の出会って0秒セッションというキャッチフレーズは確かにリハでいきなりセッションしてるからあながち間違いではない。

↓ 部分的なシーンはTwitterにも上げられている。

 

当時自分はこの部屋でござさんに焦点を当てるべく動画視聴のテーマも偏っていて、極度に視野が狭かったため、これらの動画を一瞥いちべつするも「ござさんの演奏部分が短いし、ござさんは企画に主体的に関わってなさそうだから」という理由であまり掘り下げて追及はしなかった。

 

クラシックの敷居

ござさんに全振りする以前に、自分はクラシック分野のピアノ曲は苦手でほとんどレパートリーを知らない。(ござさんの配信でやっと徐々に覚えてる次第。)なぜなら小さい頃ピアノ習ってたけど苦手でやめたから。それ以来先入観としてとにかくピアノ曲は嫌だった。だから今までピアノの演奏家や曲のことは詳しくないし興味もなかった。

ござさんのピアノを聴くようになって、クラシックがレパートリーの主役として前面に出されてなかったことが、自分にとってはピアノ視聴の敷居を下げてくれるのに大いに役立っていた。

どの演奏家を選んで聞いたらいいのか基準がわからない

かつてピアノ苦手だった民からの視点で言うと。

ピアノって基本的にソロで弾く楽器で、オーケストラとの協奏曲やデュオコンサートなどの合奏形態もあるけど、でもプロの演奏会は原則リサイタルとして開かれる。そこでピアニストリサイタルって星の数ほど開かれてるわけだけど、ピアノにアレルギーがあった自分としてはそれぞれの演奏家の違いがわからなかったのでクラシックコンサートに足を運ぶ気にはなれなかった。

最近ピアニストは人によって音も演奏も全く違うということを知ってから、なるほど現地のホールで聴くと印象が違うのかもと思ったけど。

それにござさんのピアノを聴いてて思うが、演奏家を選んで聞きに行くというよりは、なんでもいいから現地で聞いてみて、実際に心に残った人の演奏会を掘り下げてリピートするのがいいのかもしれない。

コンクール受賞歴とか、第三者が決めた肩書というのは芸術を鑑賞するうえで全く手がかりにならない気がする。

曲の聞きどころや演奏のすごさもいまいち実感がわかない

かといって現地で聴くにも、クラシック曲って西洋の伝統芸能だから、歌舞伎とか能・狂言には色々由来があるようにクラシックを楽しむにはある程度ベースになる教養が要るのかも?と思って猶更なおさら敷居が高かった。

でも敷居を下げるという役目では最近クラシック分野はエンタメと融合してて面白い企画が沢山出てるので、そういう意味では知識がなくても直感的にクラシック曲の面白さや魅力を伝えてくれるイベントは多いかもしれない。

のだめカンタービレ関連の演奏会とかフェスなどが特に、従来はクラシックに縁がなかったファン層の裾野を拡げることに貢献していると思う。

自分はのだめの漫画やアニメは見たこと無いのでやっぱりよくわからないけど。なぜってのだめの漫画の絵が苦手だったから。それは個人的な好みの問題だけどのだめの物語の舞台が音大ピアノコースという、明らかに自分がアレルギーがある所だったことも関係してるかもしれないが。

 

budoさんと演出

さて、2023年のSummer Piano Junction が自分がbudoさんを知ったきっかけと書いたが、実際にピアニストさんなんだーと認識したのはそのときだったが、何か違和感があった。

そこでよく思い出してみるとbudoさんのピアノをはじめて聴いたのはたぶんこの動画だったのかもしれない。

2020年7月ごろ、コロナ流行の全国的行動制限が徐々に緩和されてきてやっと学校とか職場へ外出が始まったころ、でもイベントとか旅行は軒並み中止されてて街角に人がいなかった。

つまりござさんファンの自分には第一回ねぴらぼ開催(2020/7/24)の直前で今思えば大きな転機だった。しかし仕事場以外に外出できなかったのでネット動画でひたすらピアノを聴いていたことに変わりはない。

 

そんな中、目に留まったピアノ動画のひとつ。浦和美園のストリートピアノ。

なんかパジャマの人がピアノ弾いてるな?という謎のビジュアルで街角で本格的クラシック弾くという動画がいくつか上がっててて、目を引いた。

今見てみるとほんとにパジャマで街角でピアノ弾いてて、というかピアノにでかける電車の中からすでにパジャマで(そりゃそうか)、よく考えるとやばくないですか?パジャマで電車乗るんですよ???相当目立ってるんだけど、当時コロナ流行の最中で電車も都会なのにガラガラだったからできたのかもしれない。

その後、ござさんのピアノ活動が多角的になってきて、それを追っかけてたこの部屋の更新も2日に1回投稿とかいう常軌を逸したペースで忙しかったため、budoさんのチャンネルを登録することはなくその後時は過ぎていったのだった。

 

クラシックピアノは好きじゃなくて、ござさんとか当時のネットピアノ8人衆の動画を追ってた自分が、他にも数あるYoutubeのストリートピアノ動画でなんでbudoさんの動画を目に留めてみてみようと思ったのか?

しつこいようだが、それはやっぱbudoさんの恰好がパジャマだったからにほかならない。

結果論だけど。

今はクラシックピアニストとして活躍されてるbudoさんのファンを全て敵に回した気がするが、でも。

普段クラシック聴かない人が興味持つきっかけって、演奏じゃない些細な面白ポイントだったりしますよね。要するにエンタメ的要素が決め手なんじゃないでしょうか(素人目線)。

ここで思い出そう。ござさんはじゃあなんで自分の目に留まったのかといえば。それは一にも二にも演奏が衝撃だったからだけど、ストリートピアノにおいてはサングラスとキャップっていう普通の人通り越して不審者ふうスタイルだったから(でも後で調べるとそれは作戦じゃなくて単に顔出しNGだったからというのが余計に演奏とのギャップでしかなくて、更にのめり込んだ理由でもある)。というか配信ではござさんはペンギンだったから。

人前でパジャマで弾くのとペンギンマスクの狭い視界でピアノ弾くのと、どっちも体張っててそんな無理して演奏してた様子は今思えば不憫でしかない。しかし自分みたいなYoutube見てた(けど音楽じゃなくてそれまでは野球とか見てた)民をピアノの動画に勧誘するには、そのくらいミーハー層を引き寄せるインパクトがないと、大量のお薦め動画のサムネの中で流れて行ってしまう。

 

しかしビジュアルに訴えてでもなんでも、興味を持ってくれないことには始まらない。

(何かの漫画から)印象に残ってた台詞を借りると、

「事実かどうかなんてどうでもいい、面白ければいいんだよ」

ここで語弊があるが、事実はどうでもいいのではなく事実は事実としてあるが、しかし面白いきっかけがなければお客さんは事実にアクセスしてくれないから意味が無い、ということを言いたい。

 

それにbudoさんの動画、しょっちゅう「budoです」って挨拶がサブリミナル効果みたいに差し込まれてるし、個人で作られてたにしてはすでにエンタメとして完成してる感がある。これをコロナ流行の中でプロデュースも特になく自分だけの編集でやってたのだとすると、やっぱりbudoさんはそもそもの人柄が面白いのに違いない。

だって我らがピアノの オタクかつ変態にして 職人の菊池さんとござさんは、動画でもひたすらピアノの演奏しかアピールしてないし、面白さとか意外性とかも全部ピアノで表現してる感がある。

 

ござさんが今はペンギン被ってないように、budoさんも今はパジャマじゃないので、今は忘れられた情報を掘り出してきてすいません。

しかしこれらの演出が目を惹いたのは無料Youtube動画だったからで、それが実際のコンサートへの現地動員へつながるかどうかはまた別問題だと思う。

結局それぞれの本来のジャンルを生かすのがファンを獲得する正当かつ最短ルートなのかもしれない。きっかけとして面白さは必須なのかもしれないが、本来の演奏そのものに興味を持ってもらえることが長く演奏を聴き続けてもらう要素なのかも。

 

標準装備と拡張性

ふたりのデュオは振り返って見ると結構回数を重ねていた。去年ごろは自分が追えていなかっただけで。冒頭に掲げた2023年のコンサートから始まり、その後の平安神宮での月音夜とか桜音夜コンサート、岡山でホールでの2台ピアノ、バレエ音楽でのコラボコンサート、あと先月のピアノバトルへのゲスト出演とか、けっこう色々なシチュエーションで出演されている。

 

だがそれらの出演は確か配信なども特になかったから全容はわからない。今回自分は山口県防府に行くが、生でふたりのデュオを聞くのは初めてだ。

【参考資料:たぶん前回デュオコンサートin岡山のダイジェスト】

ござさんの演奏を埋める最後のピースがクラシックなのだと思う。(絶対値ではなくて全体のレパートリー分布図から相対的に言って)

ござさんの設計図が物理的な音という媒体を通じて立体的に書き起こされ、4手ピアノによって音楽として現実世界に立ち現れるのだ。

ござさんとか菊池さんがよく言ってる

「ここをピアノソロにアレンジすると、ここちょっと指足りないんですよね」

が現実にカバーされるのをこの目で見れるということになる。

ござさんにとってピアノは第一言語だから、クラシックという異文化と交流するステージであり、budoさんとのデュオはさながら文明の交差点。

新たな刺激に出会ってそれぞれの文化はまた独自の発展を遂げていく。

 

自分はござさん激烈単推し原理主義の急進的過激派なので、ピアノはいつもはござさんの配信しか聴かない。budoさんのことはパジャマの動画で見てたけど同一人物だとつながったのは最近だと言っていい。

そのためbudoさんから見た場合の、デュオが持つ可能性というのは自分にとっては未知数なのだけど、しかし異文化に触れて新たな境地を開拓するという意味では、ござさんと同じなのかもしれない。

お互いの出方を探りながら、近寄る方法を模索する。

絶対的テリトリーを死守しつつ鍔迫り合いを繰り返す。

斥候が様子をうかがって水面下での接触を試みるも成功するとは限らない。

一触即発の危機を孕み、なおかつ融和路線を探る……

 

そういう意味ではござさんとのデュオは、協調というより先日のピアノバトルみたいな要素が強いのかもしれない。

お互いに譲らない、超えられない一線がある。

近寄ろうとしてるわけではないけど反発するわけではない。

 

新曲はガイーヌの剣の舞

リハ中のお知らせも届いていた。ござさんが上げられていた動画は月の光。

誰かのお誕生日だったようですけど、こないだの配信ではスルーしてほしそうでしたのでスルーします。おめでとうとか祝うとかいうのは自分も苦手だし。性格が新聞記者寄りなもんで隙あらば批判してツッコミ入れてdisる派だし。

さて、この2台ピアノアレンジは、5月ののだめコンサート前に上げられていた動画で披露されていたと思う。

 

さて今回の新曲は何なのかというと、それはbudoさんが上げられていた。

どうでもいいがぶどうさんのこの掛け声、一回ぶん多くないですか?気のせいですか。

岡山でのデュオではキングクリムゾンのロックバンドだったから、今回はクラシック曲からという塩梅あんばいなのかもしれない。そうやってレパートリーの均衡を保つのか、お互い最低限の距離感を保ってるのか。

 

【※原曲】

※ぶどうさんのやってる主旋律が原曲でいうところの木管楽器とかの高音、ござさんの左手がティンパニ(だから当然音程が跳躍しててシビアな動きで理不尽な感じ)、ござさんの右手が内声つまりチェロとか中音域のハモリ

 

この曲はソ連の作曲家、アルメニア出身のハチャトゥリアンバレエ音楽「ガイーヌ」から剣の舞である。バレエ音楽だから8月のバレエ音楽の夕べのコンサートでやったのかというと、現地に行ってないからよくわからないけど伝聞ではそういう情報は無かった????????ので今回が初公開かもしれない。たぶん。おそらく。すでに初演済みだったらすいません。

 

ガイーヌの曲はほかにもコンサート映えする華やかでかっこいい曲多いので、いろいろ抜粋してメドレーになってたらいいなという願望を唱えてみる。

剣の舞は多分に漏れず元々ござさんのソロピアノで配信で弾いてた曲として、レパートリーにあった曲としては古典的存在に分類されるけど。2台ピアノでどういうアレンジになってるのか楽しみではある。

 

budoさんのレパートリーで自分が知ってるものは冒頭に上げたSummer Piano Junctionだとラフマニノフとか?ショパンとかが中心なので、他に何が出てくるかそっちも楽しみではある。

 

【リマインダー:もう一度、2か所のコンサート情報】

 

防府の情報はこちらから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しまなみLovePiano2025 ござさんとストリートピアノ

 

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寝耳に水

異常気象かというくらい暑かった今年の夏も終わろうとする頃、目に入ったお知らせ。

この頃個人的に忙しく、お知らせを見てとりあえずその日は空けとこうと思いつつなんの準備もしないまま日々は過ぎた。

(お盆前には鹿児島と山口での2台ピアノコンサート開催決定というお知らせもあり、それも予定は空けとこうと思うだけで全然世の中についていけないまま。)

 

ござさんとストリートピアノ

久々のストリートピアノという言葉通り、ござさんがストリートピアノに出かけたのは、公式情報では2023年だからちょうど2年前のことだった。

 

 

ござさんが仕事を辞めて音楽専業になったきっかけは都庁ピアノの菊池さんとの連弾動画だったと思う。(それにはタイミングとしてストリートピアノブームとコロナ流行に伴うYoutube視聴の増加が重なっていたこともあって)

しかしそういうタイミングはあくまで偶然の賜物にすぎない。

そもそもござさんのストリートピアノは、

遊園地に来た時みたいなわくわくする昂揚感

とか、

抒情的なしっとりとした雰囲気

とか、

あらゆる感情がつめこまれた人生の縮図?作り込まれた一編の映画?みたいな濃厚な要素で埋め尽くされている。

「演奏を一音聞いたら一瞬でござさんとわかる」という都市伝説がまことしやかに囁かれる、幻のござさんの生音。それはホールでもストリートでも変わらない圧倒的な存在感を放つという。

 

ストリートピアノは生配信と並んでござさんのピアノの双璧を成すと言っていい。

なぜなら即興でやっているときがアレンジの妙が最も冴えわたるから。

切れ味鋭い刃のような発想、水を得た魚のごとくホームグラウンドを縦横無尽に駆けまわる自由な手。

 

今は即興演奏は生配信だけで聴け、ストリートピアノ動画はあれ以来上がってないけど、Youtube動画投稿には編集に天文学的な時間が必要みたいなので、ほかにも月刊ピアノの楽譜連載とかコンサートとかいろいろ活動の幅が拡がっている今、ござさんはストリートピアノに活動の重きを置かないことにしたのだな?と自分は納得することにした。

自分がござさんを知ったのはストリートピアノのヒゲダン動画なので、今あるストリートピアノ動画だけでも膨大な数とレパートリーが投稿されてるし、いつまでもそれらのアレンジは輝きを失わないから定期的に自分はそれらの動画を聞いている。

今のござさんのYoutube動画は決め譜のスタジオ録音に移行してるからピアノの活動は新たなフェーズに入って(もう2年くらい)経つのだけど、だからといってストリートピアノを振り返る権利はファンから奪われたわけではないと思いたい。

 

旅で得るもの

昨今のストリートピアノブームの隆盛により、近年多様なイベントが開催されてきたが、ござさんも多分に漏れず出演されてきた経緯はある。PIANICに勝浦とかニコニコ超会議フジロックもストリートではないけどイベント的な出演ではあった。

そこで久しぶりにまたストリートピアノに出演されることになった理由は?それはこの場所からの景色がいいからかなあ。最近毎年このSAでストリートピアノのイベントとしてYAMAHAlovePianoが招聘されてて、ピアニストさんもよくゲストとして訪れていて、毎年の行事として今治市民のなかで定着してるという実績があるみたいだし。

そこに事務員Gさんが、行ってみようよとか何とか言って四国まで連れ出してきてくれたのでは?と愚考する。

 

そもそもDr. Capital氏との配信の中で、そのピアノを海外で弾けば大人気間違いなしですよ?どうですかアメリカにいらっしゃっては?とか熱心に勧誘されてたけど、すげなく断わってたし。(出典:2020/11/3の有料配信「まいど!Dr. Capitalの部屋Vol.2」より)

(このダイジェスト動画ではトーク部分は省略されてるから旅行の話は残ってない。ただ前半部分でDr.のリズム講義があってこのチャンネル勉強になるし、後半はござさんとのギターとピアノの共演(部分)が収録されてる)

旅行していろいろな土地を見分することも人生の糧になるのに。様々な風土、景色、料理やその土地ならではの風習とか音楽とか、そこに行かないとできない、味わえない経験はたくさんある。それにDr. Capital氏の言うように、慎ましく感情を抑えるのが美徳とされる日本と違って海外の人は感想をストレートに言ってくれるから、ござさんのピアノは絶対反響あるよっていう意見は、見てて自分もうなずけるものがあった。

このときにござさんが誘いを断わってた理由が「だって旅行するとピアノの練習できないじゃないですか!?」だった。

言われてみてなるほどと思いつつ、

「それじゃござさんの全国演奏の巡業の旅は夢のまた夢じゃないか?ござさんファンはネット経由だから全国どころか国境を跨いでたくさんいるのに?」

と2020年の当時、コロナ流行の背景もあいまって暗澹たる気持ちになり絶望した記憶がある。

その後東京のコンサートから大阪での開催、様々な人との共演、京都の桜音夜とか多様な場所で様々なテーマでピアノを演奏されてきて、ござさんのピアノはますます感情をゆたかに湛えた瑞々しいものになってきたと思う。またそれぞれの場所でファンの方々を前に演奏することで、観客の生のレスポンスを肌で感じられたはずだ。

ござさんにとってはそれぞれの初めての土地での演奏は、薄氷を踏むような一種の冒険を伴うものなのかもしれないけど、ピアノはそうした障壁を言語を介さずに取り払ってくれる魔法のようなものだから心配はいらないだろう。

 

それにファンの立場からいうと、子育てに介護に仕事に勉強、誰しも人生のステージの途中で手を離せないときはあるもので、そうそう簡単に遠征してコンサート行ける人は多くはない。配信してくれるからこそピアノ聴ける人が恐らく多く居るように、コンサートやイベントも近くでやってくれたら行けるという人も多いはずで、ござさんはその稀有なピアノの音を生で届けるべくいろんな所に行ってほしいと思う。

そういう意味で今回、四国へきてくださり、感謝の念に堪えません。

以前四国へはこのとき桜音夜の帰り?か何かで尾道とかそこから四国に?とか、どこかをぐるっと回ってゆったりとした日程で帰られたと言われていたのを配信?で聴いた気がする。

 

このときと違って今回は晴れてござという名前でゲストに招待されての演奏だ。

これこそ四国に住んでる、近くに来てくれたら行けるかも?という潜在的なコンサートの観客となってくれそうなファンが、身近にピアノを聴けるチャンスじゃないですか。

しかもピアノは、かのYAMAHAlovePiano。

 

杞憂

lovePianoは、ござさんのyoutube動画にも多数演奏が上げられてて、首都圏の他のストリートピアノと並んでよくイベント会場に設置されてる可愛いペイントが特徴のピアノ。

(例:これはlovePiano3号機、蜂蜜と遠雷バージョンのペイント)

自分はござさんを知ったのとコロナの外出自粛が重なったこともあり、当初はスーパーに行くこともできずに備蓄食料のカレーを食べながら、売り切れで手に入らないマスクを補充するためにガーゼで手作りマスクを縫いつつ、片っ端から動画を見る毎日だった。リアルコンサートで聴くのは全く見通しが立たなかった。ストリートピアノ動画に出てくる、すぐ横でノリノリで聴いてる人になりたいなあと心底願いながら、あり余る時間を全動画リピするのにつぎ込み、全演奏のアレンジやら進行やら覚えてしまう始末。

 

さて今回のストリートピアノ。前日の警報が出るかと思うくらいの土砂降りから一転し、分厚い雲がみるみるうちに去り、開催時間が近づくにつれて紺碧の空が覗く。ござさんの行く先はいつもきれいに晴れるから、雨雲にはそのときだけ避けてもらったのだろう。晴れ男ござさんの威力おそるべし。

さて今回のlovePianoは6号機。星野リゾートとのコラボ企画のピンク系のかわいいイラストが施された、しまなみ海道の拠点SAにぴったりのピアノとなっている。

 

しかし四国の人が行きやすいロケーションで素晴らしい景色で弾いてくれるのは嬉しいが、観客が今治にどれだけ集まるのか?自分にはさっぱり見通しはわからなかった。(石橋を叩いて渡る性格なので)

でもそうしたSAに休憩に訪れた旅行客がふと足を止め、演奏に癒されるのがストリートピアノならではの醍醐味では?とも思うし。ござさんなら周りで子供たちが遊んでたら子供たちにも聞いてもらえるような演奏にするだろうし。聞いてる人みんなが楽しめるコンサートになるといいな。

しかし一時間て想像つかないなあ、どうなるんだろう…?と半信半疑のまま自分は現地に向かった。

 

家から片道90分の道のり。前日緊張して寝不足のまま高速を飛ばしたのでヨロヨロしつつ、現地で空きっ腹にフードコートのカレーを放り込んだあと、開始直前まで車で仮眠。開始前30分になりタイマーで起きたら下記のござさんのお知らせツイート来てて一気に目が醒めた。全然熟睡できてないまま(=_=)眠い眼をこすりつつ二階の展望室にあるピアノの所に向かう。

そろそろ、交代でピアノ弾いてる一般の人とか子供たちの横にござさんが出てきててニコニコしながらピアノ聞いてたり一緒に拍手してたりするんかなー?そういう光景だとほほえましいなー、と思いながら。

1階のフードコート・おみやげ等販売フロアから吹き抜けになってる階段を上がると、全面ガラス張りの通称リフレッシュルームにピアノが置かれていた。ピアノのある部屋から見える景色もこの写真の角度と一緒で、青い海と空が広がる中に来島海峡大橋が一望できる、まさに絶景。

 

( 資料:SA2階の雑な見取り図 青い線は全面ガラス張り 展望テラスの前面は柵)

そこにいたのはピアノの周りでおそらくござさんの登場を待ってる沢山の人だった。ガラス壁のこちら側も合わせてまだイベント始まる30分前なのに優に50人は下らない。

は??

沢山の人????

なんでやねん。そこは笑うとこじゃない。ボケじゃないんや。

ストリートピアノ楽しんでる子供たちは?

その横でニコニコしながらござさんもイベント始まるまで一緒に拍手してたりして、一般民の演奏を楽しむじゃなかったんか?

(↑↑↑思い込み)

そうこうしてるうちに、子供たちじゃなくて自分がよく知るござさんファンがピアノの横に置いてるハロウィン仮装用の帽子を被り、ござさんアレンジ曲のトロイメライを弾き始めたではないの。は???????来るって聞いてないんですけど?そういや、出発しますってTwitterで見かけたけどその時まで忘れてたし(失礼)。

ご本人が登場するまでにご本人アレンジ楽譜の曲で盛り上がる現場。

観客はそうこうするうちにもどんどん増えていく。通りすがりの人というより、どうみてもござさんファンしかいない。だって誰も立ち去らないから。次の人の演奏もござさんのアルバム収録曲であるオリジナルのアネモネで、ピアノの周りは否が応でもイベント開始に向けてカウントダウンの様相を呈してきた。ガラス壁の向こうの畳エリアも壁の手前の椅子エリアも観客はすし詰めになっていく。

なんかカオスな状況になってきてスマホカメラを構えたものの時は遅かった。人が映り込まないように撮るには無理すぎる。でも鍵盤とピアノ弾く手が左からよく映る角度だったから良しとしよう(苦し紛れ)。

どうやってアクセスされたのか謎だけどここまで遠征してきてくれたファンの人がたくさんいて、ご本人登場までの時間を、イベントの同じlovePianoで、ご本人アレンジの楽譜をファンが演奏して一緒に盛り上がれる現場。

ござさんファン界隈ってすごくない????

(ドヤァ))))))←ピアノ弾けん人

ござさんがアレンジした、一般民でも弾ける曲がたくさんある。ここで弾いてる人がいるということは、確率から言ってここに来てない人でござさんアレンジを弾ける人はもっと居ることを示唆するからだ。ピアノ弾くのが好きで、ピアノの演奏が好きなファンでこのイベントの観客は構成されてるのだなと、その一員に紛れ込めてることにしみじみと幸せを噛み締める。

 

ふと気づくと自分の前に幼児を連れたお母さんと乳児を抱っこ紐で抱いてるお父さんの家族連れが立ってたが、人込みの中座る場所無いなあ~とつぶやきながら外の展望テラスへ出て行くのを見た。「ちょっと待ってください………!!」と自分は心でつぶやいたが何もできない。リアル世界の子育てで忙しい彼らにござさんを知ってもらうには?実際観客に小さい子はほぼ居なかった。それは今自分が考えるお題じゃないし、現実はなるようにしかならないし、自分にできる範囲でござさんを応援するのが一般民のつとめと思い直すことにした。

目に見えることが全てじゃないと心のどこかに留めおきながら。

 

いつもの風景

さてイベント開始時間が迫るにしたがってもはや満員電車かなと思う現場、そのカオスな空間に陽気なイベントスタッフさんが声を張り上げて何かピアノの横で説明されている。丁寧なことにガラス壁の手前でも再度説明してくださった。

「え~ござさんは今、1階で蛇口から出てくるミカンジュースをご堪能されていますのでもう少々お待ちください(ではなく)、今ラジオを収録されているため少々お待ちください(だったっけ)、ござさんはここを通って来られますが人見知りなため、その際に話しかけたり、触ったりすることの無いように重ねてお願い申し上げます」……だったような気がする。

細やかな気遣いがありがたい。

ファンには共通認識だけどイベントスタッフさんが重ねて注意喚起してくださり、なんともほっこりする空間が醸成されてきた。

その満場の人混み(おそらくほぼ全員がファン)の中を、ピアノの鍵盤柄の黄色いシャツで登場されたござさん。あれは忘れもしない、ニコニコ超会議の弾いてみたコーナーで着てた河谷シャツ。けっこうしっかりした縫製でよく見ると両脇にポケットついてる。パリっと……パリっとした素材にそのまま折り目が入って……これ店で売ってる状態みたいにきっちり家で畳んでてそのままリュック入れて持ってきたなというのが一目でわかる……なんという几帳面さ……(そんなのどうでもいいから)

登場してナチュラルに吸い込まれるようにピアノの前に座り、無意識に演奏始めようとするござさん。すかさずスタッフさんがイベント開始のMC入れてくださりナイスタイミング。挨拶ですよござさん!wwwwwいつも無言でイントロから始まるので自分はうっかり失念していた。回りの人たちも違和感なく眺めていたwwww

 

当日のセトリ

@pinksaurs 氏から提供いただきました。
※実際の演奏は、Twitter等で# しまなみlovePianoで投稿された動画を各自検索いただき、該当の曲をききながら思い出してください。
自分の撮った動画は編集処理が追い付かないため昭和と平成メドレーだけしか載せません。
 

 

イントロ---ハナミズキと海の見える街

「え~何も決めてないんですけど……何から弾こうかな?」

という独白なのかMCなのかわからないことをつぶやきつつ、アルペジオで演奏を始めるござさん。弾きながら考えてるあたり素のいつもの配信ぽいというか、こういうときのござさんのアレンジはいつにも増して冴えてる(当社調べ)、と相場が決まってる。自己紹介とか楽曲の説明とか、気候の挨拶とか、持ち時間を通してそういうトークほぼなかったけどそれはいつものこと。

 

抜けるような紺碧の空と海。ではなかったけど、ガラス壁の向こう側の展望テラスには、潮の香りを載せてほどよく涼やかな風が吹いていた。

あのときニコニコ超会議の配信アーカイブを画面に穴が空くかと思うくらい繰り返し見てすっかり覚えてしまった柄のシャツで、目の前の(ガラス壁を隔てて)あんなに近いところで、lovePianoを演奏されてるところを実際に目にすることができて実感はあまりなかった。しかしピアノを弾いた瞬間にござさんとわかるその音で、殴られたみたいに意識はピアノに吸い寄せられて釘付けにされるのだ。

いつものおなじみの曲、ストリートピアノだから原曲寄りのよく耳にするフレーズ。

でも初めて聴くのかと錯覚するような新鮮な表情、いつもより豪華に聞こえるし、聴衆への無言にしてこれ以上盛れないくらい精一杯のサービス精神がピアノ演奏の全てにあふれてる。

海の見える街は2台ピアノ編曲で1枚目のアルバムに収録されてて楽譜も発売されてる。しかし当日の演奏はそういう攻めた演奏ではなく、原曲のイメージを損なわないのにひたすら豪華に盛り上がるアレンジとなっていた。

遠路はるばる来られたファンの方もいらっしゃった会場で、ござさんなりの最初のウエルカムボード。

「海が見える街だなー、と思いながら弾いてました」

以前、ストリートピアノで千葉の勝浦に行かれていたこともあったが、あのときの海とはまた違うであろう多島海で穏やかな瀬戸内の海を見ながらの演奏、楽しんでいただけてたら、同じ瀬戸内海沿岸の住民としては嬉しい限りだ。

 

ジブリの曲

短い自己紹介を挟んで、次のお題は海の見える街つながりでジブリのメドレーとなった。抒情的なイントロで雰囲気を醸し出し、しっとりめのバラードとかで観客のオーディエンスを攫っていくのがござさんの常套手段。イントロの2曲が挨拶代わりだったとすれば、それ以降の演奏曲はどれも、あとでよく繰り返し聴けば聴くほど繊細に作り込まれてている。

ジブリの曲に思い入れがあるのは自分が小さい頃からジブリ映画と同時に育ち、青春時代を共に過ごして台詞も一言一句全部覚えているから、だけではない)

あいさつ代わりのイントロ曲を終えたござさんは、次の2歩目にして人の心に土足で踏み込んできたと言ったらいいだろうか。土足ってキタナイ印象ではなく土足で踏み込むという慣用句であって、遠慮会釈なく容赦がないという意味を持たせたい。

無防備だった感情を有無を言わせず攫っていくというか。

ストリートピアノで最初のメドレーがジブリって、みんな知ってる可愛い曲ならべて子供さんも楽しんでくださいってイメージありましたけど。

 

以下煩雑だけどいちいち語りたいから書く。

あの夏へでまず自分の感情は陥落させられた。

可愛いススワタリのBGMのはずの風の通り道も感動RPG巨編の旅立ちからクライマックスへみたいな物語を秘めている。

クライマックスからさらにヤマ場へ、もののけ姫とアシタカ𦻙せっ記。青白い月夜の下、山犬のモロの君から厳かに語りかけられているような映画のシーンを彷彿とさせる、ひとつひとつ念を押すというよりダメ押しで重く響いてくるキメの和音。

茫然自失のところにナウシカの回想シーンで流れてくる有名な曲が軽快に流れてくるがアシタカ𦻙記に心を囚われたままでそれどころではない。ナウシカも軽快そうに見えて謎の不協和音とかを潜ませていて一筋縄ではなく不穏。

次の青春映画みたいな感動の和音にのせてカントリーロードから時には昔の話を、それにトトロが、締めでトリを飾る曲としてかわいらしく且つこれ以上ないくらい華やかに語られる。

Youtubeにもたくさんござさんのジブリ動画は上がってるから参照に動画貼ろうかと思ったが、あまりにも当時からござさんのアレンジは変化を遂げた。

今は過去は振り返らないようにしよう。

それらの過去動画、そしてござさん手作りの数々のアレンジ講座動画を見慣れてると、だいたい「イントロはこう、中盤はこう展開して、次にこれの場合は締めはこうだな」とか先が読めてくるんですよね。しかし大体そういう付け焼刃のテンプレ知識はテンプレでしかなく、ござさんのとめどなくあふれてくるアイデアにあっさり裏を掻かれて、もう脱帽。

ひとことでいえば手のひらの上で転がされてると言えばいいだろうか。

 

 

昭和と平成あたりのメドレー

ござさんは演奏曲の候補とか曲順を紙のメモでポッケに突っ込んだままシワシワになってどっかいってわからなくなる。という過去からめでたく脱却され、このたび(というかだいぶ前から)携帯のメモアプリ?に書いてきてそれ見ながら喋る技を習得されました。

そのメモアプリを見ながらのトーク

「ストリートピアノも今回久しぶりですが、毎回何弾こうかと、その場で考えております」

………曲名考えてきてないんかいwwwww

自分はガラス壁の向こうに居たら思わず持ってる何かでしばいてツッコミ入れてたかもしれない。ガクっとこけそうになるのを携帯で撮影中のためなんとかこらえる。

そしてござさんはなんとなーく目前に詰めかけたすずなりのファン達を眺め回し、

「なんとなく、し…昭和か平成かなみたいな感じがしますので、昭和か平成らへんの曲を弾きまーす。(スタッフさんからリクエストはどうですか?の声かけに応えて)あ~リクエストか~、でも、ちょっと弾きたい曲弾こうかな?欲が、出ております」

と、さっそく弾き始めた。

昭和か平成って、分かってらっしゃいますね。いや配信始められた最初からお分かりだったと思いますけど。介護の仕事の中で高齢者向けの曲も覚えたということでしたが、しかしニコニコでの配信はそれより前に始まってたんですよね。そこに集ってたファンは当初から老若男女問わず幅広い世代が居たという認識でよろしいですか?若い層に活動を訴求したければ今時の曲を網羅するとか、ショート動画やインスタにTikTokとか若者向けのプラットフォームはいくらでもありますけどそういうサービスを拡充しようとされてない時点で、ファンは自然と(ござさんのレパートリーから言っても)昭和か平成に集約されてくるのは自明の理ですよね?

それが良いのか悪いのか、若いファンが少ないということはござさんファン界隈は先細りしていくコンテンツなのかという危機感も抱きそうになるが、しかしござさんの生配信におけるチャット欄見てても新しくファンになられた方とおぼしきコメントが散見されるし、年齢が高くなってファンが滅亡しそうかというとそれよりは、年齢が高くなったらござさんのピアノに惹かれるようになるのでは?という仮説を立てたい。

逆に言えば、ござさんは生配信も長いし投稿動画も5~10分と長めのが中心、アレンジからもレパートリーからも、ある程度の人生経験を積んでこそあの深淵な世界観を理解し心に響くようになるのではないだろうか(仮説)。

ござさんファンの中でお若い方はそれなりに成熟されている、精神年齢だいぶ高めな方なのだろうとお見受けする。

ひとことでいえば若者向けに発信するにはござさんのアレンジは渋いのだ。

かつ、音楽的にも理論は複雑で一筋縄にはいかないし、凝った前衛的な作風の編曲が多い気がする。

音楽を深いところで追究するござさんと、通り一遍のアレンジでは満足しなくて流れ流れてござさんのピアノに行きついた筋金入りのマニアックな音楽好きのファン界隈。

イベント始まる前にござさんアレンジの曲をファンの人が演奏されてるの見て、ファンとして誇りに思うとかなんとか書きましたが、そういうのはござさんファンならではなのかなーと思う。マニアックな音楽好きというか、ござさんの旺盛な情報発信に応えて音楽を自ら発信することの面白さに気づいたファンの集まりというか。

 

ゆるーく昭和か平成らへんと銘打ったメドレーもまた、ジブリのアレンジと並んで勝るとも劣らない名曲、名アレンジ揃いだった。

ござさんのレパートリーは古今東西ござさんが手を尽くして探し出した、ござさんの眼鏡に叶う楽曲の数々で、昭和と平成つまり昔のJ-POPもまた流行とか著名な曲とかいう垣根を超えて選ばれたものばかりだった(当時流行ってたものもあるだろうけど)。

 

【モザイク加工済み動画:これだけ資料として載せときます】(あとの演奏動画はTwitterからしまなみlovePianoのタグで検索してください)

昭和と平成の曲 .mp4 - Google ドライブ

このメドレーの中にこっそりとプリテンダーが混ざっててちょい待ったそれ最近じゃね?とひっかかるけど、ツッコミはせずそっとしとこうと思う。その後、松田聖子風立ちぬとか昭和の顔ぶれの曲で何事も無かったかのように元に戻ってたが。(風立ちぬへのつなぎのアルペジオが綺麗すぎて泣ける)それから楓とチェリーというスピッツの伝説にして不動の名曲で締めるという、こだわりが垣間見える曲順。

後で繰り返し聴けば聴くほど、このラストあたりで胸がいっぱいになって泣ける。

 

これらの曲で懐かしいのはこの動画。

ござさんのYoutube動画はもはや聞き込みすぎて自分の血となり肉となってる。でも宝物のようなこれらの動画群も、配信とかこうしたリアルで聴ける演奏が最高で、記憶を上書きしていってるから、今となってはこれらの思い出の動画たちはあくまで自分の中では思い出であって振り返るべき過去の道標となった。懐かしいけど決してそこには戻れない。

 

しまなみlovePianoの当日も集まっていたファンのために弾いてくださったし、このストリートピアノ動画でも駅を行き交う人々にはいろいろな世代がいるだろうという想定でこういう選曲をされていたのだろう。

ござさんの姿勢にはあくまで何らかの特定の層に決して焦点を当てずに、できるだけ不特定多数の人に不作為に偶然響くものがあればいいなという姿勢が感じられて、それって演奏者としての本質だなあといつも聞いてて思う。

 

既視感のある演歌

この次に演奏されたのは「苦しい理由ですが、海峡つながりで」演奏された津軽海峡冬景色のアレンジ、それと宝島。ござさんのMCによればこれらの2曲は動画に収録済みでそのうちYoutube動画として投稿されるとのこと。そこでストリートピアノに集まってくださった方々へ先行公開しますという触れ込みだった。津軽海峡冬景色はこの間の10/28東京芸術劇場で開かれたピアノバトルコンサートのゲストとして、ござさんが披露したソロ曲の新アレンジなので、そこで有料公開してからストリートピアノで二次公開し、そのあとにYoutubeで一般公開という手順で、チケット販売のように段階を踏んでていい感じのファンサービスになってて凄いなと思った。

初めての浜離宮でのソロコンサートでカンペを書いた紙をポッケに突っ込んだまま出しては固まり、頭真っ白になって次はなんでしたっけと詰まってたのを思い出すと、ストリートイベントとはいえ大勢のファンを前にスラスラ進行しててすごい。

もうニコニコ生放送の幻のリスナーとか実在するかどうかわからんのじゃなくて、

「実際に目の前にたくさん集まってて、『津軽海峡冬景色』の名前を出すと、あー10/28のピアノバトルの曲披露してくださるんですかって即座に反響の歓声やら拍手やらが上がる」

というリアルなファンたちを目の当たりにしてござさんも手応えを感じてるんだなーと実感できてよかった。

そうかと思えば、

「色々弾きましたが、今何分くらい弾いたんですか?あ、30分?まだまだ行ける!!!」

という素の感じのつぶやきに、

「あ~ほぼ弾きっぱなしで楽しいな、いつものYoutubeライブとあんま変わらないな、今どのくらい?30分、まだ半分残ってるじゃないですか、やったwwwww」

という本音がチラッとのぞいてて、ほんとファンとしては嬉しいやら楽しいやら。

 

演歌といえばクラシック曲を演歌風にしようという試みの動画があったが、今回は逆だ。このときはクラシックを物悲しくするとか、こぶしをつけてというふうに加工していく様子がよくわかる。

 

今回の津軽海峡冬景色、ひととおりは原曲のままの展開で(和音はすでに不穏だったけど)、そこからどんどん曲調が逸れていって異次元に連れていかれたまま呆気にとられ、帰ってこれない観客たち。世の中の理不尽さ、やりきれない気持ちが込められてるのが演歌だと思うがそのような現世のしがらみは浄化されたというか謎バーナーで別燃料に化学的置換されたというか。

キラキラ高音アルペジオが追加され、長調になり、一部のフレーズが半音ずつずれながら繰り返す。上の過去の動画がクラシック曲を演歌風アレンジにというお題だとすると、この津軽海峡冬景色は演歌をクラシック風アレンジにというお題なのだろうか。でもモチーフにされてる候補のクラシック曲はさっぱり見当つかないので各自想像してみてください。というかこの記事ツイートに上げるのでわかるひとはリプで教えてください(切実)。

演奏家、編曲家とかいう芸術とか創作畑で生きるのにただひとつ必要なのは個性だと思う。ござさんをござさんたらしめてるのはまさしくその個性で、すなわち幅広いレパートリーと攻めてるアレンジの両輪から成るのでそれをござさん自らの演奏で聴けるところに醍醐味があると思うから。

 

思い出の宝島

この曲のピアノアレンジと初めて出会ったのはござさんのピアノであり、コンサートという舞台で聴いたのは(配信だったけど)第一回のねぴらぼだからもう5年前のことでもはや懐かしい。舞台で弾くのはおそらく初めてだったござさんの演奏を(ファンの)みんなで画面越しに固唾を呑んで見守ってたのだ。そう思うと、顔ぶれは違えどまたこうしてファンのみんなでござさんを囲んで宝島の音色に耳を傾けている光景に、自分は胸がいっぱいになってしまった。

それにあの時と違って今回の演奏は(動画にも撮ったらしい)原曲寄りだったのだけど、演奏もアレンジも今のものが数段というか次元が違うレベルで好きなんだ。そりゃ5年も経ってたらそうだろうと言われればそれまでだが、今の演奏はござさんがピアノと出会ってからずっと、絶え間なく続けてきた不断の探求がもたらした賜物だと知っているだけに、余計かけがえのない尊いものと思える。

 

圧巻はアドリブパート。原曲のアドリブを踏襲してるんだけどさらに洗練されて研ぎ澄まされている。同音連打しながら高音へ上がっていって弱起のタイミング?(アウフタクト)で入る(原曲なら単なる合いの手である)2つの音をキメとしてピックアップしてるあたりから、ささやかな長さだけどござさんのオリジナルアドリブが追加されてて、下降するアルペジオで華麗なアドリブで曲は締めくくられる……

という前にテーマのフレーズが再び繰り返されて、ここだけ謎のタメがあって、右手の高音が謎のコードを分散和音にしたみたいな不可解で幾何学的な音がわかりやすくバレバレに混ぜ込まれている。

「は?なんだそれ聞いた事ない音なんだが?」

と思ってるうちにあっけなく曲はラストを迎え、なんともいえない「今の変なのをもうちょっと聞きたかったのにシャッター下ろされた感」に襲われ、置いてきぼりにされた気持ちの持って行きようがどこにもなかったけどそんな感慨に浸ってる暇はなかった。

曲の合間、ござさんのトークはうっかりすると30秒で終わる勢いで、寸暇を惜しんで次の曲をさっさと弾き始めてしまってスマホの録画ボタンを押すタイミングすら失うからだ。

 

愛すべき、守るべき左手

ここでそろそろござさんの息が切れてきた。なんか生配信の2時間然り、この1時間のストリートピアノ然り、ラストが分かってるからそれに向けてスタミナを使い果たすべく考えて選曲してるように見える。最後で動けなくなってもいいくらいのラストスパートかけてゴールテープ切るマラソンランナーみたいに。ゴールしたらその後の事は考えてないとでもいうように。

 

息が上がりつつ、なぜか「最近覚えた曲多いから」と楽しそうに米津玄師メドレーを選ぶござさん。なんでや米津玄師はハチ名義のボカロも含めると乳酸地獄の曲も多いやん。もうござさんのテンション的には終わりに向けてノーストップメドレーの様相を呈してきた。このラスト直前が最も勢いがあって脂の乗り切ってるアレンジを出してくる(配信を聴いてる感覚だと)。

飄々とした風貌と素朴なトークを早々に切り上げて、ござさんがピアノに向かったほんの瞬きするほどのわずかな時間、その間隙が強大なピアノの磁場をもって周りを支配する。指練習の運動すら場の空気をさらっていって一変させた。誰も物音も発さず話し声も衣擦れの音すら聞こえない。

米津玄師の曲は上記に述べたとおりござさんはボカロ時代から好きだったようで、同じ作曲する界隈的に共鳴するものがあるのか?ほかへの楽曲提供含めて全曲網羅されてるのではと思うくらい、米津玄師の曲は逐次的にレパートリーに入ってきてるように思う。

 

ここでガラス壁の向こうから、つまりピアノの左側が見える位置で動画撮ってた自分は、海の幽霊が始まって思わずスマホ放り出して人込みの前に出て鍵盤を見に行きたい衝動に駆られたが、かろうじてスマホから目線を外してちょっと鍵盤をガン見するにとどめた。

(練習配信までやって動画撮影にこぎつけたあの海の幽霊ですか!?ストリートピアノでやっちゃうんですかそれ!!!!!!!!!!!しかもその超絶技巧アレンジをなぜか一般向けに楽譜販売もしてるというあの謎の曲ですか!!!!!!!!!!!!!!!!!!)

あるにはある、ストリートピアノで海の幽霊の動画。5年前の米津玄師メドレーが。単体の海の幽霊の動画もある。でも何回も言うけどあの頃とは演奏もアレンジも違う。過去のござさん無しでは今のござさんは存在しないが、しかし自分はリアルタイムでござさんのピアノに伴奏してきて、今時計を巻き戻したくはない。過去どうだったのかではなく、これからどう変わっていくのだろうという未知の部分への畏敬の念を込めて、そのわずかな変遷をも逃さずに瞬きももせず見つめていたい。

 

ここで演奏されていた曲は人気の打上花火から単体でyoutube動画にもされていたまちがいさがし、アイネクライネなどどれも往年の名曲。ござさんが打ち出す渾身の独創的な和音が胸を打つ。周りの人々は懸命に携帯カメラを向けつつ、しかし劇的な曲の展開に撮影する手はどこか上の空でおざなりにされ、放心したように目はござさんに釘付けだったのが印象的。

自分はガラス壁の外から撮っていたが、#しまなみlovePiano のタグでTwitterにあげられてきた動画でピアノの後ろから撮影されたものを見ていただけるとわかりやすい。

驚異の跳躍でとびまわる左手が躊躇なく的確にベースラインを支えてて、あらためて人間業ではない。

このメドレーでいえばM七八、KICK BACK、LOSER、そしてIRIS OUT。このビートにのって、ラストに向けて原曲にもある華麗なピアノアドリブソロが、同音連打の緊張感の上に再現される。

ピアノの後ろの畳エリアに陣取ってさえいれば、そしてたぶんまだ座れるスペースはあったのにガラス壁の向こうから見ていたのは今となっては後悔しかないが、あんな近いところでござさんのピアノ見るのは小心者でチキン野郎の自分には無理だった。

というわけでこの神業の左手はTwitter動画で堪能させていただく事にします。

(この左手は当日演奏の他ジャンルの曲にも多々のアレンジで使われてたが)理論的にはずっしーさんの解説をお借りすることにした。

 

ござさん自身も解説動画を作られてはいるが、概念でしかない題名とサムネのせいでいまいち内容が普及してるとはいえない気がする。

 

ござさんの理論はずっしーさんの慧眼により陽の目を見たと思う。「全ジャンルの音楽をピアノで弾きたい」という野望をもって音楽専業の道を選ばれたござさんにはこの技法はもっと看板として掲げられていいと思うんだが。でもござさんはどういう演奏を観客に届けたいという結果は強調したとしても、その手段はできるだけ隠蔽しようとするのだろうな。その演奏に至る過程はさりげなく獲得したとでもいうように。

そこまでどれだけの年月と練習が必要だったか考えただけでもわかりそうなものだし、あらためてじっくり見てるだけでも腱鞘炎になりそうであるが。この動画の通り、非人道的な動きは封印していただいて持続可能な範囲で演奏していただけたらと願うばかり。

 

アンコール

ほとんどスタミナを使い果たしたといっていいこの時点で、後で動画を見てみるとござさんは汗は飛ぶわ背中も汗かいてるわでもう疲労困憊であろうと思われた。

しかしガラス壁越しに見てる自分からはそんな様子はわかるわけもなく、横のスタッフさんの助言を通してござさんからあと持ち時間は5分であることが伝えられると、自分らファンは親しみを込めて「え~~~」という。現場でこういうやりとりしたかったんですよ、コールアンドレスポンス(ちょっと違う)。古くは笑っていいとも!の客席でもやってたそうですね!とかのアレ。

そこでござさんからリクエストを募るという提案があるも、観客からは様々な声が飛んでござさんはあくまでそれを指名では取りたくないらしい。この距離感で平等にランダムに聞くとか自体が無理があるけど。そこでリクエストで聞こえたのかなんなのか謎だが、アンコールはTank!から始まった。それからミックスナッツ、ルパン三世へとござさんの代表的アレンジ動画の曲が続く。どれも、もうここで動けなくなっていもいい系のスタミナ使い果たし曲。配信でいうラスト蛍の光の直前。

その勢いのまま、ござさんの脂の乗り切ったリズム感がほと奔る。自分ら観客も振り切られないように必死でついていく。

あと5分ってきいてこれらの代表的アレンジを3つ並べ、ほどよくサビを含めた尺でちょうど寸分の狂いもなく時間通り収めてくる感覚が機械より正確でもはや怖い。

さらにスタッフさんとともに一旦終わりの挨拶。

「またダイエット中なんですけど、あ、でも痩せすぎないように気をつけます」

ここで観客から悲鳴ともつかないブーイング?が上がったのは気のせいか。だってこれ以上痩せてどうするんですか。ござさん、この年になるとある程度の皮下脂肪は生きていくうえで必要なんですよ。でも内臓脂肪は病気のもとなのでそれを減らすと言う事でしょうか。

 

ここでスタッフさんから御提案いただいたのか?もう1曲アンコールしてくださることになり、再び観客からリクエストが飛ぶが結局選ばれた?のはなんとショパンエチュードの10-4だった。

まさかこれも生で聴けるとは思わなかったです。もう別に自分はそこで人生終わっても悔いはなかったです。ござさんを知った頃、ペンギンマスクでピアノ弾いてる変な人だな!?と思いつつショパンの曲って別れの曲しか知らなかった頃にペンギンのままでしょっちゅう10-4弾いてて一体何がどうなってるのかわからなかったけど、もうちょっとちゃんとした環境で聴きたいぞ?と気になって仕方なかった10-4。

いや別に自分はテクいピアノが聞きたかったとかそういうのではなく。もはやこの曲もあのペンギンマスクと共に自分の中では思い出の曲だったので、懐かしいあの時代の記憶を生で再現してくださった気がして、嬉しかったので。

 

動画撮影

このイベントが始まる直前に、スタッフさんから告知があった。

「ござさんから、演奏の静止画と動画は自由にSNS等のネットに投稿可ですと、さっきお知らせがありました」

とのこと。

自分はそもそも上記で述べたとおりこのイベントにお客さんがどれだけ来られるのか未知数だと思ってたし、そもそも投稿できないだろうからこっそり自分用の動画チラッと撮れればいいや程度にしか思ってなかった。

そこへ全編撮影可、全部どこでもどれでも投稿可って言われた経験もなさすぎてあまりのことにどうしたらいいのかわからなかった。

ここで投稿可としてくださった理由を考えてみる。

それは何よりファンが拡散することによりござさんのピアノの宣伝になるからだと思うが、同時にこのとき来られてなかったたくさんのファンの人にもござさんの演奏が伝わるように、だと思う。

また、ござさんが自らのチャンネルで投稿されてきたストリートピアノ動画という画一的な見慣れた編集ではなく、ファンの目線から見たストリートピアノでのござさんという新鮮な切り口の動画がネット上に流れるのも新たな拡散の手法ともいえるかもしれない。

でもそれは逆にいえばファンの目線からの動画であり、ござさんの意図する切り取り方や見せ方とは違うものになる可能性を孕んでいるのだけど、それも全部含めて許可が出されたところに、その場で居たファンはござさんに信頼されてたってことなのだろうかと振り返りながら、それって有難いことだなあとしみじみと噛み締める。

いわずもがな。ネットに投稿された動画たちは自分というファンから見てだけどござさんへの冷静な情熱にあふれてたので。何より動画を通してござさんへの思いを無数のファンの方と共有できてるんだなあと幸せな気持ちに浸れるから。

 

後日譚

その後、11/3に今治のコミュニティラジオでござさんのインタビューが放送されたが、ござさんのピアノの来歴が丁寧に振り返られてて、これ以上ないくらい細かい情報で貴重だった。

印象的なのは受験ってなって普通はそこで「習い事のピアノ」ならやめるところ、受験勉強50分ごとに10分ピアノ弾いていいという自分なりの決まりを作られてたってところで、つまりピアノは休憩にカウントされてたという事実。なるほど、今でもコンサートリハーサルの休憩だよって言われたら我先にピアノ弾くわけですね、納得。

受験終わったら晴れて堂々と好きなだけピアノ弾いて良くなったというわけでまたピアノ三昧の日々に戻り、大学生時代のビッグバンドでJAZZ習得時代に話題は進んでいったが……

もうこのくだりが面白すぎるんですよね。

さらに「ピアノが職業となった今でも、配信は趣味として楽しくやれててそれだからこそ続けられている」

というのが、どのジャンルのプロもトップアスリートも、共通してるのは先生とか師匠から怒られるまで、怒られてもなお練習してたとかいうエピソードはよくあるけど、それに酷似してませんかね。(向き不向きもあったにせよ)好きなことは頭に入るしずっと続けられるし身につくってほんとだなあ、としみじみ思う。

あと最後のござさんからのリクエスト曲が「2台ピアノのための組曲第二番 作品17 第二楽章 ワルツ(ラフマニノフ)」。

好きな理由は「情報量が多い曲」。

 

それ聞いて何か腑に落ちた気がした。

ござさんの好きな曲は情報量が多い曲。転調したり、コード進行が面白かったり?とかいう意味だろうか。流行ってる曲でもこれらの点でつまんなかったらたぶんレパートリーには入らないのだろうし、しかしござさんの弾く曲は時代をそして国境を越えて古今東西の名曲が集められてるが、それもこういう基準なのかもしれない。それが全てじゃないだろうけど、少なくともこの基準に合致しなければ練習する候補には入らないのかもしれない。

ということは、ござさんの配信でメドレーにしょっちゅう入ってくる椎名林檎とかヒゲダン、それから米津玄師の曲はどれも作り込まれた展開が面白い曲という仮定をたてることができるけど……?または最近の曲は昭和とかの時代と比べて構成が複雑で忙しいと言われてたことがあったから、これらの最近の曲はどれも情報量が多いという意味では共通しているのかも。

そうすると情報量が多いというだけではござさんのレパートリー構成の多様さを紐解く鍵には少々理由としては弱い気もする。

 

考えてるときりがないのでこの記事はこの辺で筆を於くことにする。

 

 

 

 

 

ソロツアー大阪公演:2025.6.8 に行ってみた(約半年を空けての感想)

ござさんのピアノの概観

畢竟ひっきょうござさんのピアノをして唯一無二の物とならしめているものはリズム感なのだと思う。

無論その他にもござさんのピアノを構成する魅力は無数にあるが、やはり筆頭に来るのは天賦てんぷのものと思えるリズム。無数の音の海から感じ取れるリズムをすべて掌中にして、ござさんの感性をそのまま鍵盤に自由に映し出す。

まるで熟練の画家が、デッサンの無数の線から一瞬で必要な線だけを的確に拾うかのように。

独特のわずかな間隙かんげきが劇的に音の流れを演出する。

休符(と言えるのなら)もまた音楽を構成する重要な要素なのだと聴くたびに痛感する。

 

いや、天賦のリズム感という表現はござさんに失礼だった。

様々な音楽のジャンルからヒントを得てござさんが学校だったり、多忙な仕事の合間に(!)独自の手法で自らひらき体得されたものだからだ。

リズム感に限らず現在のござさんのピアノは16年の配信生活を経て、もっと言えばピアノと出会った就学前ごろからずっと(入試の時期を除いて)絶え間なく続けられてきた探求がもたらした賜物たまものだ。

練習でも課題でも勉強でも研究でもなく、探求だと思う。

好奇心と興味が湧く所にこそ才能は必然的に芽生える。

 

じゃあリズム感と並び称されるござさんの魅力といえば?

 

あらゆるジャンルを領域に収める柔軟さと度量と包容力?

原曲以上に原曲らしい、原曲を知り尽くした者にしか成し得ない演出?

複雑なコード進行と豊富なバリエーションの内声がつくりだす、心に訴えかける響き?

 

それらも全てござさんのピアノの素晴らしいところですが、

しかし、何を置いても、ござさんの魅力はお茶目なとこでしょ。

え?そんなのピアノに関係ないだろって?

でもそのお茶目なとここそが、ござさんのエンターテイナーピアニストたる所以です。

いいですか?異論は認めません。

※ここでいうお茶目なところとは、ピアノの演奏におけるお茶目なところです。

2019-2020年の配信とかでペンギンマスクかぶったりしてましたけど、それは昔のことになりましたけど、そういうところも含めてお茶目。

 

聞いてて思わずクスっとさせられるウイットの効いた展開

洗練された音とメロディの中にこっそりござさんならではの隠し球が仕込まれている。

配信とかでござさんの興が乗ってくると、常識外れな驚愕の発想が繰り出されてきて、知らない曲でも心が弾んでワクワクする。誰でも分かるようにちゃんと計算されてるのがすごい。

さらに知ってる曲だと、仕込まれたネタがわかって余計してやられたって脱帽する。

 

(下の目次でツアーの曲名を書いてます。ネタバレになります念のため)←そんなのこの期に及んでもういいからさっさとやれ

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

仮定と仮説

さてこの記事は2025年6月8日の、ござさんのソロツアーの大阪公演について。

ツアーでなんとなく違和感を感じたのが整理できたので、いちおう感想を書いてみる。

 

違和感といっても仮定でしかないが、たぶん自分は上記に述べたワクワク感を以てソロツアーに行ったのだと思う。無意識に、いつもござさんのピアノに期待してたのはワクワク感だったのだ、たぶん。

いや?ソロツアーは演奏もグランドピアノもホールも全て素晴らしく、リクエスト即興演奏にアドリブにオリジナル曲に、ござさんのピアノは縦横無尽の大活躍でした。

今思えば。

 

今思えば、去年二枚目のソロアルバムを出してからちょうど一年後のツアーで、初の全国四か所ツアーで、しかも「同じ曲というか同じ演奏だと飽きるから」それぞれの公演で曲を変えるつもりとか途中の配信かなんかで仰られてたし、つまりそういうことだ。

 

意表を突くアイデアの即興で魅せるというよりは。

初めての全国ツアーで、アルバムも2枚目になってオリジナル曲も新しいアレンジ曲も増えて、さらに新しいyoutube動画の投稿も増えた。

だから今のござさんのピアノをファンに提示することで共有したかったのかなあ?と思ったりした。

例として奥の細道を引用してみる。

月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。

《現代語訳》月日というものは、(過去から未来へと)永遠に旅を続ける旅客であり、(したがって)来ては去り、去っては来る年もまた旅人である。(船頭として)船の上で一生を暮らし、あるいは(馬子として)馬のくつわを取りながら老いを迎える者は、毎日が旅であって旅を(自分の)すみかとしている。(風雅の道に生涯をささげた)古人の多くも旅の途上で亡くなっている。

(「奥の細道三省堂 古典シリーズ より)

 

一か所にとどまらず刻一刻とござさんのピアノは姿を変えていく。

 

(そんな中、生配信での即興演奏はござさんのレパートリー維持には欠かせない習慣として、自分らファンにとっても今のござさんのアレンジを常に体感できるイベントとして、すっかり定着した感がある)

リクエストという形で自由な即興アレンジを残しつつ、今のアルバム曲とYoutube投稿動画曲というファクターで、ご自身のアレンジの草案というか記録というか通過点としたかったのかもしれない。

というのが自分なりに出してみた仮説。

 

ーーーはたして結論まで書いてから比較してみた結果、この仮説は合っていたと言っていいだろう。

 

ソロツアー大阪公演の印象

この検証は後付けで事後報告。

安易にいつもの生配信最後のノーストップメドレーみたいな神出鬼没のアイデア勝負みたいなライブなのかな?楽しみー♬と思って行ったものの、予想通りにはならなかったので、やっぱり実際行ってみてからの事後報告で良かったと思う。

去年から告知されてた4か所ツアーなのだから周到に構想が練られててしかるべきだったのだ。

現実のライブ自体も久しぶりで、フワフワした気持ちのまま行ってきた現地の写真でも置いときます。

FFさんが案内してくださって、コンサート前に中之島見物に行ってきた。大阪市立図書館と、中央公会堂。これを寄付で戦前に建てたってところに大阪商人の気概みたいなのを感じる。

 

中之島のある大阪市梅田から高槻市はだいぶ離れててほぼ京都との境目に近いのだが、とにかく当日はフワフワしてたのでこれくらいしか現地ホールの様子撮ってません。

これ見て余計にフワフワしましたよね。

掲示板にポスター上がってる!

ほかの錚々たるイベント掲示物と並んで!

ちゃんとツアーって書いてる!

すごー!!!!!!!!!!

と舞い上がっていた。この写真撮って満足して他の写真撮るのほぼ忘れてたくらいに。

ありがたいことに自分は高槻民のFFさんにご案内いただき、現地で他のファンの方々にもご挨拶できたし、時間まで隣のホールの瀟洒なカフェでくつろいでみたりしたけど、緊張してたのでコーヒーがどんな味だったかさっぱり覚えてない。

 

ただ大阪といえば梅田というか大阪市内が良いホールの数は群を抜いて多いし(たぶん)、高槻は京都寄りなのになんでだろー?とは思った。しかしファンとしてはちゃんと良いホールで、良いピアノで演奏聴けたらそれに勝るものはない。はい、何も文句ありません。

会場は見たところほぼ埋まってたし、地元住みのピアノ習ってるのかなーって感じの子が親に連れられてきてたり、男性2~3人組の人も多かったり、配信のチャット欄見てるだけじゃわからないござさんファンの実像に触れられた気がした。

思ったよりも老若男女様々なファンがいるなあ、というかピアノコンサートにしてはやっぱござさんのファンには男性が多い。ゲームとかJAZZとか、そういう分野からだろうか。いや今時性別で考えるの自体が無意味だった。

とにかく全国四か所ツアーある中で、この公演にもこれだけ来られてるんだなあとほぼ席を埋めたお客さんたちをこっそりと眺めつつ、自分はいつものようにござさんにブツブツと心の中で話しかける。

「ほら~、ござさんのファンってたくさんいるじゃないですか。誰ですか?ステージから見るまでほんとに(配信の画面の向こうにいる)ファンの人って実在するかどうかわからないとか言ってたのは!?」

 

今回の演奏については時間が経ちすぎているため、単なる印象しか書きませんのでご了承ください。そもそもピアノの事はなんもわかりません。

大阪はツアー後半2か所のうちのひとつということで、前半2か所(札幌と名古屋)とは曲構成が少々違うらしいが、自分はあまり情報をチェックしてないのであくまで大阪公演の印象として書きます。

(※感想を書く都合上、実際の演奏順とはだいぶ異なります。皆さんそれぞれにあの日のことを思い出しながら脳内補正してお読みください)

 

イベントで演奏されていた曲:ベートーベンの交響曲7番

今回演奏されたバージョンは、5/3に開催されたのだめカンタービレのコンサートで演奏したアレンジが元みたいです。(誰でも知ってる名曲を子供にもわかりやすくっていうコンセプト)のだめのアニメで扱われた曲はピアノ曲が中心だったけど、今回ソロ曲として題材に交響曲を選んだところがいかにもござさんらしい。

ソロツアーではほぼ全部ござさんアレンジなのがいいところ!ござさんらしさを満喫!

ピアノ配信 リクエスト募集中 2022/09/13 - YouTube(※メンバー限定公開)

(↑↑ このように配信のメドレーで即興演奏されてたので、昔コードとか楽曲分析されたことはあったのかもしれない)

今回のアレンジはのだめフェス用に仕上げられただけあって、よそ行きの澄ました表情。古典派の王道を行く名曲が鍵盤に忠実によみがえる。

そんな緊張感あふれる滑り出しだったけど、始まってしまえば伸びやかな旋律に乗ってグランドピアノが高らかにコンサートの開幕を華々しく告げる、そういうふうな華麗な演奏だった。

 

 

 

↑↑ この動画にござさんの野望として「すべてのジャンルのピアノを弾きたい」と語られているので、生配信の即興ではなくレパートリーとしてグランドピアノで仕上げられてくるのを目の当たりにすると、今更ながらあの野望は本気だったんだなと愕然とする(どこかで信じることができてなかったんだな?すいません)

【参考資料】ござさんのピアノからはオーケストレーションが感じられるのだが、一人でピアノの鍵盤ひとつでどうやってるのか謎は尽きない。以前生配信から好きな演奏のリンクをあつめて記事にしたのがあるので貼っておく。

(※ ↓↓ メンバーシップ限定配信のリンクが多いです)
ござさんのピアノと管弦楽・吹奏楽曲 - ござさんの魅力を語る部屋
徹底的にマニアック!編ーーござさんのピアノと管弦楽曲 - ござさんの魅力を語る部屋

 

こうしたアレンジもまたござさんの中で消化され遷り変っていくのだろうが、今のござさんの姿を映して切り取った演奏、それがソロツアーの横顔。

 

膨大なレパートリーからアレンジが引き出され変容していく様をいつも配信で目撃できるのが、ござさんというピアニストを同時代に知るファンならではの特権だ。

それに対しレパートリーがひとつの完成案として、束の間通りすぎていく瞬間を目撃するのがコンサートの舞台だとしたらそれも一期一会の縁というもの。

ファンはいつも、そのファンにとっての新しいござさんに出逢える権利を持っている。

 

アルバム曲のアレンジから:トロイメライ月のワルツ

今2枚のアルバムという形でいつでも手に届くところにござさんの解釈版の演奏が存在するが、前項に書いた通りそれはすごく幸せなことだ。それは数あるござさんの演奏の歴史から紡ぎ出されたひとつの解答であり、ファンは捕まえようとしてすり抜けていくござさんの幻影を刹那的に手に入れたのだ。

天つ風  雲のかよひぢ  吹きとぢよ  乙女の姿  しばしとどめむ
(古今集 僧正遍照)

よく知っている曲のはずなのに、晴れの舞台で披露されたレパートリーたちはちょっと澄まし顔をしていたり、華やかな装いに仕立てられていつもより眩しく見える。(たぶんこっそり和音とかをいつもより多めに盛ってたりするのだろうけど。わからないようにこっそりと。)

 

トロイメライはアルバムに入る遥か昔から、ござさんの個人出品の楽譜サイトにアレンジはすでに上げられていてご存じだった方も多いかもしれない。

【楽譜】トロイメライ / シューマン ジャズバラードアレンジ / ロベルト・シューマン (ピアノソロ / 中級) - Piascore 楽譜ストア

この曲は2枚目のアルバム、fantasiaに収録されて陽の目を見た。Twitter動画にはほかにもまとめられてYoutubeに上がってるのもあるが、Twitter投稿すら無くレパートリーに在庫があるかどうか安否不明の曲も数えきれない。実際配信で弾く間隔が空くと、自動的に在庫から排除されるらしいから油断できないし、こうやってアルバムに歴史的名アレンジが収録されたときの安堵感は言葉には言い表せない。

 

しかし実際にその実体が公的に披露されると、そこからの変容の余地がなくなった気がして(気がするだけなのだけど)、これ以外のアイデアを鑑賞する権利を取り上げられた気がして(だから気がするだけ)、無駄に焦るのだ。

ずっと実体が不確かで定まらないござさんのアレンジをアルバム収録やスタジオ録音の動画などできちんと手の内にすると、やっぱりこれ以外にもあるんじゃないかという本能的な焦燥感が募る。

どっちやねん。わがままはいいかげんにしろ。

と、天の声が聞こえる。

トロイメライはロマン派の幻想的な曲だけど、ひとつひとつの和音を実験的に置き換えたような、音が進むごとに違う景色を見るような不思議な解釈のアレンジ。コンサートの幕開けのベートーベン7番に続いて幻想的なこの曲を配置することで、華やかな雰囲気と共に聴く人に考えさせるような不思議な和音でござさんの世界に誘い込まれるような錯覚を覚える。

 

月のワルツは後半の冒頭を飾る曲だったが、これもはっきりしたござさんアレンジ原曲の三拍子がさらに強調されていて、豪華に盛られた和音と相まってにみるみるうちに観衆を惹きこんでいった。

これらアルバム収録済みのファンにもお馴染みな顔ぶれも、コンサートで出会うとさりげなくドレスアップしてて気が抜けない。目立たないようでいて美しい装飾に、手塩にかけたアレンジを晴れの舞台に送り出すござさんのさりげない親心を感じる。

 

さて、このへんでござさんの当日のいでたちについてメモしておこう。

札幌ではシャツ自体は身頃がアーガイル紋様の縫い付け模様で、ひねったデザインになっててお洒落でした。ツアーということで衣装に統一感を出されていたのか、ネクタイ?スカーフ?が札幌はラベンダー色、名古屋はエビフライ色?で大阪は水の都だから青とか?と予想してたが、阪神タイガースをお題にした黄色と黒だった。なるほど?関西といえば阪神タイガースですよね!(その後:今年は優勝して何かと話題でしたし。)

ぱっと見わからなくて、黄色はお好み焼きとかたこ焼きの生地とかマヨネーズの色で、ソースの色がスーツの黒なんだなと思ってました。全然違った、残念。とことんクイズに外れた気持ち。ござさんはファンを掌で弄んでこそっていうお茶目な面があるので絶対そこはお好み焼きだと思ったのにな。

コンサート聞いてる限りではネクタイの黄色は気にならず、以前にも着てた黒のタイトな襟付きスーツだったから、フォーマルぽくかっちりした印象でよかったです。

 

黒鍵などのショパンエチュードメドレー(?)

ショパンエチュードをござさんの配信で聞くまでほんとに初心者向け練習曲と思っていた(ほんとに)。そのくらい小学生の頃のトラウマからピアノ曲苦手で全然知らなかったが、ござさんのピアノ聞いてエチュードっていい曲多いじゃん?って気に入って、クラシックピアノの曲はだいたいござさんの配信で覚えたまである。

だから今回のアレンジ曲って自分みたいな初心者でも知ってる有名なエチュード中心に組んでくれたってことですか?(違)と思ってテンション上がった。

去年のコンサートでもCHOPIN SYNDROMEとかベートーベンの悲愴とかクラシック曲は演奏されてたわけではあるが、どれも自分にとっては宝物のアレンジだが、この黒鍵アレンジでさらに円熟味を増し、奥行きがでてきた印象がある。

楽譜を追うだけではなく内面の深みが加わったからこその味わい。ござさんが歩んできた人生そのもの。一気呵成にはこういう変化は不可能だろう、という時間の重みを感じる。

 

軽やかに黒鍵のモチーフが駆け巡る中をそれぞれのエチュードのフレーズがあるときは宝石のようにきらびやかに、またある時は陰翳いんえいのかげりを見せながら、ござさんが味わっている響きを同じ空間を通して共有するという、贅沢なひととき。

 

クラシックって、コンクールとかで「評価される」分野の一つだと思う。体操とかフィギュアスケートみたいに、採点競技的なある意味アスリートが数字を争うみたいな面がある。

音楽で争ってるのは表現なのだけど、しかし順番がつくことに変わりはない。

でもほかのジャンル、JAZZとかPOPSとかアニソンにゲーム等BGM、民謡や教会音楽とかあらゆる分野の音楽には順番はつけられないじゃないかと、ござさんの音楽からはそういう無言の疑義が提唱されてるように見える。

 

この曲はツアー終了後にYoutube動画で投稿されていた。なんでもいいからござさんの宝石みたいな演奏をいつまでも何度でも視聴できるって、ネットならではの特権だなあと思う。ネット上の情報は脆弱性も指摘されてるけど、しかし映像付きっていうところはCDでは体験できない譲れないところであって、今になってみればどっちも捨てがたいところだ(なんという我儘な選択肢……)

 

 

映画音楽メドレー

それぞれの項目で全く別のこと書いてるが、ござさんくらいあらゆるジャンルを手掛けてる人になると多角的にじゃないと全容を語れない。ソロツアーというござさんの今を全部聴ける演奏だとなおさら。

さてござさんはソロピアノ以外にもJAZZ、ビッグバンドアレンジとか、シンセ使った多重録音とかいろんな形態の演奏も自由自在。そこで映画音楽という主に管弦楽だったり器楽曲が主流の曲っていうのは、レパートリーがピアノ曲にとどまらないござさんにまさにぴったりのジャンルだと思う訳です。

 

参考までに今回メドレーのモチーフとされてた配信が2023年夏のネピサマに残ってるので貼っておく。

このときは生配信ということでバックトラックを録音されててそこにアレンジを重ねられてたが、今回のツアーではバックトラックのパートも含めてソロで演奏されていた。

つまりこの配信冒頭の15分くらいのメドレーに曲目も大体似てるのでこれを聴けば追体験できる(楽器は違うけど)。今回のソロ演奏でも、ターミネーターのリズムが随所に組み込まれてたので。

 

今回色んな意味で違う状況だけど、たぶんこの時のメドレーをベースにしてるはずだから、自分はソロツアー思い出したいときはこれを聴く。

ツアーのメドレー曲目をついでにメモしておくと。

TERMINATOR (ターミネーターのテーマ)
He's a Pirate (彼こそが海賊) (パイレーツオブカリビアン)
Part of your world (リトルマーメイド)
The Final Bell (ロッキー):ジャズ風
キャラバンの到着
My favorite thing(私のお気に入り) (サウンドオブミュージック)
Another Day of Sun (ラ・ラ・ランド)
Over the rainbow (オズの魔法使い)
I will always love you 
Raiders March (インディー・ジョーンズ)
Flying Theme (E.T.)
ターミネーター(移調))

Hedwig's Theme (メインテーマ)(ハリーポッター)
STAR WARS メインテーマ
ターミネーター
20世紀FOX OPタイトル 

今回、最後の締め方がちょい減ってる以外はネピサマと同じメドレーです。

なんでこれを寸分たがわない曲でメドレーで覚えられてるのかが謎ですが。

いや正確には全然違う演奏かもしれない。ていうかネピサマは生配信でずれたら駄目だからかテンポが抑えられてた感あるが、今回のソロのほうがむしろ迫力は勝ってた。

 

 

それに今回はグランドピアノ生演奏だから、この動画でロッキーの左手がスルスル動いて難所って言われてたパートは右手に移行してたし、「私のお気に入り」の左手ベースはやたら強化されてて全体的に豪華装飾に彩られてた感はある。

自分的にはE.T.のキラキラパートががっつり盛られてたのと、あとスターウォーズのキメがばっちり決まって最後の20世紀foxのエンドロールにつながってて楽しかったです。

それからアルマゲドンとかニューシネマパラダイスとかいくらでも映画の名曲は尽きないのだけど言い出すときりがないのでやめよう。

 

このストピ動画より前に都庁ピアノの映画音楽動画もあるが、それらの動画を通して音響をサウンドカードで補正しながら、実際にいつか聴けるのかなこの凄い演奏が、と夢見ながら待ってた部分あるので、ござさんのMCで映画音楽が挙げられるに及んで自分は思わず膝を打った。ていうか心の中で快哉かいさいを叫んだ。

 

生で聴くござさんの映画音楽は、というかほぼオケ曲だから実質管弦楽曲として、とにかくフルオーケストラの響きをグランドピアノで聴くていう体験はもう何物にも代え難かったです。原曲の和音と楽器構成を追って単にコピーするんじゃなくて、それぞれの楽曲のリズム感まで精緻に拾ってて、ベタッとした均一感がなくて立体的(伝わらない)。

これ聞いて、はるばる遠征してきてチケ代払った甲斐があるというものという感慨に浸っていた。

 

昔のアレンジ曲から

THE GARDEN OF EVERYTHING 〜電気ロケットに君をつれて〜

この曲は、歌劇イーゴリ公の「韃靼人の踊り」がモチーフとして引用されている。

この12年前の動画を今回のツアーでふたたび演奏されたらしいという噂を札幌、名古屋公演の頃に耳にはしていた。

12年の時を超えて甦る名演奏と名アレンジ?

Tank!とかおよげ!たいやきくんに続いて昔の動画を再演奏ムーブきてるのだろうか!?って、一瞬でいろんな 妄想 連想が脳裏を駆け巡った。

そりゃこの動画をはじめ、ござさんを知った当時手当たり次第に一番古い動画にさかのぼって全部動画は覚えてしまうまで延々聞きましたし。それをまた今の演奏とアレンジで聴けるとか、なんていうんですか?細々と聞き続けるしかできませんけどファンやってて良かったなとしみじみ思った。(自分が行く大阪で演奏されるかどうかわからなかったけど、聴けるというほうに望みを賭けた)

今までの足跡を含めて全部がござさんのピアノだから、それぞれが胸に抱く当時のござさんの音色を曲の思い出と共に振り返る。

これこそリアルタイムでござさんを追う醍醐味。

だからツアー前半での演奏情報はあったものの、あらためてMCでこの曲名が挙げられて客席からは驚きと当惑と喜びが混ざり合ってどよめいていた(と思う)。

 

ラーゼフォンというアニメとか、歌手の坂本真綾氏とか作曲の菅野よう子氏とか自分はござさんのピアノで知ったので曲の背景は知りませんけど、)というわけで自分にとっては韃靼人の旋律が出てくる曲の後半のイメージと左手16分音符奏法が駆使される演奏が印象に残ってる。

しかしホールで聴いてみて、楽曲のメインは冒頭の瞑想に耽る所じゃないの?と感じた。

だからござさんのアレンジも忠実に原曲の展開を追う。

神秘的に、かつ静かに朴訥に語り出すござさんの手は、徐々に曲が展開していっても落ち着き払っていて、格調高く丁寧に響きを紡ぐ。いつものお茶目ないたずらっ子のござさんは完全に影を潜めてしまっていた。今だけ教会で敬虔な祈りを捧げているかのように、ござさんはピアノの音に真摯に耳を傾け対話する。

サビの16分音符を伴う輝きを経て、最後の高音に儚くフェードアウトしていくまで、ファンもまた固唾かたずを呑んでその世界観を見守った。

客席が皆耳を傾けて、来し方を思い行く末に夢を馳せていたかのように。

(まあござさんが歩む道は夢じゃなくて明日、現実的な毎日の練習の日々なのですが)

 

※ツアーのあとに動画が投稿されたため、時系列が逆だけど参考資料に貼っておく。

これでツアーでのいにしえの記憶への邂逅は幻ではなくなり、ファンはみんないつでもござさんの今の姿に会えるようになったというわけだ。ござさんもまた今の姿をファンと共有したいと思ってくれてるのだろうか。

 

【参考資料】ちなみにこの曲後半の左手はいわゆる16分音符ビート奏法なので、参考に過去のござさんの解説を置いときます。

みんなで練習しよう!!16分音符ビート!(自分は無理です(ФωФ))

 

※(また、2020/3/5生配信《メンバー限定》の解説によるとポリリズム?クロスリズム?(違う、ポリリズムは右手と左手でリズムが違うやつ)なんも考えてませんけど左手をパラパラってやるやつです」だそうです。

  顔出しピアノ リクエスト受付中! / Piano live 2020/03/05 - YouTube

要するに左手は無意識で動くまでにリズム形式として動作に無意識に落とし込まれているのだろう。いきなりこの曲の後半部分を演奏しはじめてて驚きます。配信の解説によれば、ほかにもござさんが16分音符ビートアレンジしてる曲はたくさんあるらしく、そこに妥協しない姿勢があの迫真の演奏を生んでいるのだろう、と腑に落ちる。左手をパラパラとかいう雑な認識のわりに、その精度を落とす気はさらさらないらしい。

確かに、16分音符ビートアレンジはござさんのピアノの生命線。

 

Tank!

「電気ロケットに君を連れて」に続き、菅野よう子氏の曲が続く。この曲もアニソンで、TVアニメCowboy BebopのOPだ。自分はこの曲なら知ってたというか、レンタルビデオ屋で偶然借りて観たことがあった。ビッグバンド編成の名曲で自分も大好き(でも作曲家は知らなかった)、アニメの作風も大好きだし、ござさんアレンジの動画見てまさかこの曲をピアノで弾くとは!???って度肝抜かれたのは覚えてる。

上記に挙げた電気ロケットに君を連れてとは作風が180度違うし、とにかく菅野よう子氏が手掛ける領域が多岐に渡るというかいわゆる多才、鬼才なのだろう。

ござさんはアレンジする観点から、作家というか作曲家、創作を糧とする同士みたいな目線で、これと思った人の曲を蒐集してるように思える。(だって、電気ロケットに君を連れて~THE GARDEN OF EVERYTHING~ ってググったらラーゼフォンのOP主題歌CDシングルに収録されてたB面曲のデュオ曲ですよ?ラーゼフォンも知らんかったのにそんな曲一般人が分かる訳なくない!!????????? (………必死で同意を求める)

 

とにかくコンサートも後半に入り、ござさんがギアを上げてきたなと空気感で伝わってきた。曲のアレンジ、リズムを練り直して緻密な動画を上げられていたが、ライブはワンテイクの一期一会の演奏、曲と一体となって包まれる別次元の感覚。原曲のコンガとかボンゴのパーカッションリズムまで細かく拾っててまさにラテンJAZZの熱いリズムに血沸き肉躍る。息もつかせない疾風怒濤のアドリブ、そしてラストの2回のカデンツもばっちり決まって(このカデンツ自体は原曲には無いと思う)、まさにliveならではの臨場感あふれる鬼気迫る展開で一気にラストまで持っていかれた。

 

これもまた電気ロケットに君を連れてに続き、今の姿のござさんに会える曲です。3000曲を下らないという都市伝説のあるござさんのレパートリーで、昔と今の両方の姿を楽しめる曲は数少なく貴重な存在。

 

リクエストコーナー

さてコンサートも佳境にさしかかり、MCするござさんも息切れしてまったく喋れてない。つくづく、ピアノ演奏って有酸素運動だなあ。ござさんは鍛え抜かれたアスリート。あ、鍛えないといけないはずだが鍛えてるとは言ってない。しかし(生配信などで)むき出しの筋肉が覗く前腕が全てを物語ってる。体幹も鍛えられてないと演奏の迫力はここまで出ないはずだ。

いつも思うけど、MCを誰かアナウンスの人を雇うとかしないのだろうか。しかしその場だけのアナウンスの人だとMCがまるで他人事みたいに棒読みになりかねない。やはりアスリートが競技後にインタビューに応えるように、ご本人が話されたほうがいいのかもしれない。

 

さてここでござさんのライブ名物、リクエストコーナーがやってきた。言われてみれば毎回その場で客席から希望曲を募られてるのに、またしても自分は候補の曲を考えていくのを忘れてしまっていた。

まあいいじゃないか、名曲だらけの数あるござさんのレパートリーの中から各々が思い入れのある曲、レアな曲でこれこそは!と思う曲を持ち寄ってるのに、その渦中にわざわざ参戦する必要はない。自分は黙って歴戦の勇士たちが挙げる名曲から何が選ばれるのか、ござさんの眼鏡に叶う曲は何か?を楽しみに見物する観衆と化していた。

ござさんは確か目をつぶって客席を指さされていたような(たぶん)?あくまで恣意的に誰かを選んだことにはしたくないらしい。曲選びは偶然の産物。どこまでも公平性を貫きたいのですねわかります。

かくして選ばれたのは下記の三つ。

マドンナたちのララバイ

って曲は自分は知らなくて、やっぱり横槍入れずに見物しててよかったと心底思った。誰の曲なのか、岩崎宏美?イメージが昭和っぽい。昭和から平成初期にかけての歌手って例外なく歌唱力ありましたよね。そしてなぜか言われてすぐ弾けるござさん。レパートリーの昭和曲の豊富さを思えば不思議ではないが、なんでその時代の空気感を実際に生きてないと知り得ない曲の、微妙な間合いとかまで完全にご存じなのでしょう?自分は知ってる時代と5年ずれるともう分からないんですけど?

時代を超えて名曲を探るセンサーていうかアンテナが半端ないと思う。

Everything

この曲はござさんファンなら誰もが知るMISIAの名曲、はじめてのねぴらぼライブで演奏された思い出の曲。生配信で印象的な演奏を聴いた人も多いと思う。

ソロライブという記念の舞台でグランドピアノで弾いてもらうってそれだけでも稀有な体験、その場にいる誰にとっても。採用された方おめでとうございます(遅)。

この曲は生配信演奏の切り抜きがYoutubeにあるけど、やっぱりライブでの演奏はライブならではなので、全く別ものだからここには貼らない。

ござさんの生の音がピアノから流れてくる、それ自体が稀有な体験ですし。

もう多くは書きませんので、皆さんがこの曲に対して抱いてる思い出に浸るだけで充分、客席でも涙ぐんでる人がいたような。この曲とダニーボーイは(人前じゃ泣けないがもし一人だったら)泣く自信ある。

音ゲー曲の蠍火

この曲は昔のニコニコ時代、あんだば先生時代の動画があるので置いときます。

これはござさんに言わせればテクい時代の演奏、リクエストした方も超絶技巧枠で希望した感ありますが動画資料としてはこれしかない。いや生配信では最近?も頻繁に?演奏されてて演奏自体はアプデされメンテナンスされてるはずだけど、グランドピアノの演奏という今の形態では残ってないので、この曲もまたファンの方々にとっては生で聴けるとあって垂涎の的ではあっただろう。まさかライブで弾いてくれるとは自分も思わなかった。

この曲をひょんな拍子で音ゲーって知るまでは動画題名の通り、クラシック曲の協奏曲ピアノソロアレンジだと思ってて本当にすいませんでしたm(_ _)m。

とにかくゲーセンの音ゲーで機械から流れてくる音を、全部拾って耳コピするのが音ゲー弾いてみた界隈のお約束らしいが、演奏も耳コピもどっちにしても人間業ではない。

ゲーム音楽音ゲー曲、ときて色々ござさんファンは思うところもあるだろうが、当のござさんは毎回の配信、ひとつひとつ丁寧な動画投稿、様々なイベントやステージを通しての演奏経験を重ねることでピアノ自体に真摯に向き合ってるので、自分も何も言わずに演奏に向き合うことにする。

こっそり心の中で演奏聴きながら泣きたい曲っていえばこの音ゲー分野のほうである、自分は。

 

一旦落ち着く曲:夕さり

さてTHE GARDEN OF EVERYTHING~電気ロケットに君を連れてに続き、Tank!ときて、さらにリクエストに音ゲー曲という乳酸地獄にして体力的にチャレンジするお題を乗り越えるに及び、ござさんはMCもついにままならなくなり、

「この辺でいったん落ち着きましょう……」

とのたまいながらオリジナルの夕さりを次の曲として挙げた。

ござさんにとってピアノは手足であり言語。癒しを求めるのもまたピアノを通してなのだろう。自分ら客席のファンもコンサートのここまで休憩もそこそこに、息せき切ってござさんについて伴走してきたので、この曲を通してござさんの癒しの演奏から恩恵を賜ることにするのだった。

楽曲をアコースティック的に見れば全然落ち着いた休憩にならないと思うが、そういう物差しで計ってないのだろうと思うので。

 

この曲は2021年リリース(だからもう4年前)の初めてのソロアルバムに収録されてるが、サブスクにも上がってきてるので動画を貼っておく。

 

吹き渡る風にもそこはかとなく寂寥が感じられる夕暮れ時。明るい陽の光よりも儚さのある夕暮れに美意識を感じるところは、日本人ならではの感性なのかもしれない。

夕さりの演奏には穏やかで物悲しさのただよう中に、流麗なフレーズが見え隠れしていて時々はっとさせられる。つややかにきらめき、一瞬の間隙に輝く音に、夜のとばりが降りる前の夕さりの風景の美しさが鮮やかに切り取られていて思わず息をのんだ。

 

古典のうち和歌から、夕さりのことばが使われている代表的な歌を引用しておく。

秋の雑歌 崗本おかもと天皇の御製歌一首
夕されば小倉の山に鳴く鹿は今夜は鳴かず寝ねにけらしも
万葉集 巻八)  

夕されば野辺の秋風身にしみてうずら鳴くなり深草の里
藤原俊成 千載和歌集 秋上259 )

 

 

コンサートが終わった時ホールから外に出ると、夏至も近い頃ようやく暮れなずむ空が拡がっていた。地平線から覗く山吹色の光が雲をやわらかに染めあげて、静かに近づいてくる夕闇との境界線はあいまいになっていく。

 

 

ふたたび昔のアレンジから

ここでふたたび曲の感想に戻る。上にコンサート後の風景写真があるが時系列が逆でも気にしない。夕さりとくれば一緒に思い浮かぶのは、ホール出た時の風景ですので。

さて演奏途中に癒しコーナーを設けて休憩した後はラストまで突っ走るのはござさんのピアノではお約束(出典:都庁ピアノのカービィメドレー動画)。かくしてこの後の2曲は精魂尽きるまでやりきっていいんだな!????的な、ある意味挑戦であった。いつもの配信がちょうど2時間でペース配分というよりその時残ってる余力をすべてラストのメドレーにつぎ込む、あの感じ。

リミッター外して正体を現した敵を前にしたときの、あの理由はわからないけど不気味な雰囲気。いや敵じゃありませんけど。

 

名探偵コナン メイン・テーマ

コンサートのトリを飾る曲はコナンとルパンであった。

この2曲がきたことでコンサートが終わったあと、感想ブログは当面見合わせることに決めた。といっても過言ではない。当初は理由はわからなったけど、とにかく性急に書くのはやめたのだった。

(全くの主観でしかないし、個人的に夏まで忙しかったということもあったけど)今思えば、時間を置くことで、主観じゃなくて客観的に見れるようになるまで待っていたのかもしれない。

主観というかコナンとルパンは個人的に、小さい頃からTVや漫画で親しんできた作品であり(コナンは青山剛昌氏の前作YAIBAに続き、第一巻発売から読んでたし)、あまりにも身近な作品でメインテーマも身近な曲だった。ござさんのチャンネルでも配信や動画で昔から演奏され続けていて、聞いてて曲の進行を(コードわからんけど)覚えてしまうほど定番曲だったし、ルパンはコンサートでも頻繁に聴いた気がする。

今回はじめてのソロツアーなのだし、一人舞台なのだから曲構成も自由に設定できる中で、特にござさんはレパートリーが実質無限で生配信でリクエスト通らないレア曲にも名曲が多い中、ツアーではそうした滅多に耳にしないアレンジとか、ソロならではの凝った選曲とか、そういう展開を期待してたのはある。

それよりなによりお茶目なござさんは、(あくまでピアノの演奏を以て)ファンが右往左往、上へ下への大騒ぎの大混乱に陥ってるのを見て「よーしもっとネタを投下してみよう」とか思う派だろうから、メドレー曲とかアツいプログレ曲とかで熱狂的アレンジで盛り上がったり、意表を突いた演奏で客席のファンを当惑させたりして悦に入ってるござさんが見たかった。

( ↑↑ ヒネクレたファンの歪んだ願望)

 

でもよく考えよう。

自分がござさんを知った約5年前は、生配信聞けばパソコンスペック不足からか通信が不安定。ストリートピアノも録音の音質が気になる。後になって見れば見るほど。

「ござさんのアレンジ決定版みたいなのをいつでも聴ける形で最高の音質で聴きたい」

という願いは、2枚のアルバムをはじめとする様々な形で、ござさんと自分らファンは長い年月をかけてその場所にたどり着くことができた。

 

自分はコンサートというのはつまりライブだからあっと驚く即興の仕掛けを(心のどこかで)期待してたのかもしれないが、でもソロツアーというのは長年の即興配信で育まれたアレンジのアイデアの集大成でありそれを披露する場所。

いえいえソロツアーでもござさんの仕掛けた罠に観客はまんまと引っかかって度肝を抜かれるやら、ござさんの誘い込む不思議な世界に恍惚とするやら、じゅうぶん掌の上で転がされてたと思う。

今思えば。

 

なのでラストの2曲は代表曲の決定版アレンジが来ると半ば読めていたといっても過言ではなかったのだ。

今思えば。

前に投稿されていた動画の演奏を生で披露する初めてのツアー。まだアルバムにも入ってない新アレンジ。

 

昔から配信でおなじみだけど、単体動画のアレンジ構成としてはござさんのレパートリーに今年の3月ごろ新しく仲間入りした全くの新顔。いわば我らファンには初対面。全国各地に足を運んだファンに、ござさんが用意してくれたプレゼントとも言う。

そりゃ実際に対面してみるとイメージを遥かに超えてまるで生き物みたいな躍動感にあふれていた。西部警察に似てるのは同じ大野克夫氏作曲の名曲だからでもあるけど、どちらも時代を超えて親しまれてる名曲なのだけど。

Youtube動画で見た時はどこか教科書的な、画一的な印象を受けた。

しかしホールで目の前で聴くと、swingのタメというかストライドもウォーキングベースもアドリブも、ネイティブ方言の話者独特の節回しが加わっていて、数字とか楽譜には載らない微妙な感覚の差があった。

マズルカならポーランドシュトラウスのワルツはウィーンフィル、日本にも日本舞踊とか歌舞伎とか演歌とか、その風土で育った者にしか出せない味がある。

ござさんのYoutube動画とコンサートを聞いて感じた違いはそこで、正確に言えばこのアドリブ部分は毎回違うからアドリブなのであってYoutube動画のアドリブは何ていえばいいのかわからないけど、とにかく投稿動画からさらに弾き込んでリズムを体に叩き込まれてるように感じた。

JAZZだというとまた正確にはJAZZとは何なのか論争が始まるので深くは考えない。

 

当日曲名聞いて咄嗟に浮かんだのは「そんな昔から聞いて知ってる曲よりももっと珍しい曲ありますよね?」だったのでまあ自分が浅はかだった。自分もまたござさんのソロツアーなる公演を聴くのは初めてだったので、無駄に勢い込んでたというか何もかも詰め込まれてたのを期待してたのはある。何もかも一気に期待しすぎである。

レパートリー曲は3000を下らないござさんの、たかだか2時間のソロ公演でそこまで詰め込まれてるわけもなく、ござさんの演奏はこれからいくらでも(配信とかコンサートで)聴けるのだし、このコナンの曲もまたこれからさらにアレンジが磨きこまれてJAZZを染み込ませるように言語を会得するようにものにしていかれるのだろう。

この公演だけ聞いて性急に何かまとめようとするだけ時間の無駄。

 

自分は個人的に、アレンジのどこかに企みを忍ばせるござさんのお茶目さが好きなのであってそういう展開をどこかで期待してたに過ぎない。これを割り切るのにちょっと時間がかかったのでこの記事が遅くなった(ということにしといてください)。

それよりYoutube動画の「おしゃれにアレンジ」とかいう、いい加減で適当な画一的で一般的ネーミングがあまりにも的を得てないのが悪い気がする。

もっとご自身の演奏を的確に把握なさったほうがよろしいかと存じます。

あまりにもあのアレンジの売りを訴求し損なってて、潜在的ターゲット層であるJAZZファンを幅広く逃してる観しかしない。

視聴数稼ぎが目的の羊頭狗肉ようとうくにくでは信用を損ないますけど、しかしあまりにも………

動画はクリックして聞いてもらって初めて威力を発揮するのです。逆に、単に待っててもお客さんは声を掛けてこないだろうと言及しておこう。

 

ルパン三世のテーマ’80

この期に及んで別にここで言うことは無いですね?

言わずと知れたござさんの名パートリー、ねぴらぼライブでも菊池さんと2台ピアノでバンドとの共演という豪華キャストで演奏されてたことが昨日のように思えます。

しかし自分はソロツアーの演奏のときにちゃんとセトリをメモしてたのに、この曲のところ、ここちょっと抜けてるんですよね、おかしいですね・・・

ねぴらぼで配信なのに衝撃を受けた自分としては、もう旧知の馴染みすぎてコンサートでこの曲が出てくることに旧態依然としたところを感じたのかもしれない。

あまりにもこの曲を現実で聴くまでに年月が経ち過ぎたというか。(ねぴらぼ以降でコンサートで演奏された歴あったっけ、あったらすいません)

この曲は生配信でも動画でも全曲アレンジ覚えるまで聴いたので、もう曲自体を一編の固有名詞として自分の中で認識してて、コンサートで聞くにはあまりにも既知の存在すぎた。

 

(2017年の動画)

 

果たして今回のアレンジはこの動画に沿ったものであった。

いや?サビのあとのアドリブゾーンがこの菊池さんとの連弾後半部分のいわゆるすごい鬼畜ベースと酷似してたような?この鬼畜ベースラインだけでもこの動画では両手でがっつり弾いてるんだけど、ツアーの演奏では一人だから左手だけでやってたような?このベースラインは外せないんだというかこのアレンジ持ってくるんだと思った希ガス

(あまりにも期間が空いてて記憶が曖昧で、違ってたらすいません)

(この左手鬼畜ベースラインが好きすぎてこの連弾動画も展開を全部覚えてしまった。)

 

今回現実に目の前で聴けて、何か不思議な感覚だったんですよね、ものすごく旧知なのに初対面というか。生き別れで両親から話聞かされてた双子の兄弟に会った感じというか(わかりにくすぎる)。)

 

グランドピアノでこの曲が(ねぴらぼの2台ピアノから)5年越しに現実に聴けて自分は感無量でしたけどでも素直に喜ぶ気はなかった。

つまり、コナンとルパンの曲に、この感想記事が遅れた理由は詰まっている。

ござさんのルパン三世の動画も原曲のビッグバンドとかベースラインとか吹奏楽版とかの要素を盛り込んで編集されたらしく、2017年の動画アレンジですでに完成されてる観があるけど、自分は選ぶなら菊池さんとの連弾版が好きなんだ。コナンのも菊池さんとの連弾はアップライトのストリートピアノ動画で音質は今思えばよくないのだけど、あっちが好き。(おふたりともアレンジの傾向が似てるからだけど)

できました!って完成版で出てくるより、ござさんでいえばストリートピアノで行き当たりばったりでやってる何もかも未完成のアレンジが、攻めてる感じがするから好き。ござさんアレンジを聴く醍醐味はやっぱり即興だと思ってるので。

 

でもこれは今だから言える贅沢な悩みでしかなく、この記事の中でこっそりボソボソつぶやいて終わりにしときます。

なぜならござさんのストリートピアノでの即興演奏はその録音環境から、菊池さんチャンネルにあるコナンの動画と同様に音質はいいとは言えなかった。だからござさんが音楽専業になって一番自分が待ち望んでたのは、ござさんの名義で出されたアレンジ版をきちんとした録音環境で聴くこと、つまり今出てきてるスタジオ録画とかアルバム曲なので。

それらの曲を満を持してトリに2曲もってきたところで違和感を唱えるのはファンとして根本的になんか違う気がしたけど、しかし真っ向からはいえずにこの感想まとめるのも遅れたというわけで、すいません。

 

いや、こうして曲目を並べてまとめると十分にサプライズ要素にあふれた攻めた選曲でしたけど。

 

しかし自分がござさんのアレンジに求めてるのは後ろから殴られるとか寝首を搔かれるみたいな意外性と衝撃(物騒な話になってきたな(;'∀'))

 

 ↑↑↑

要するにこういうことです。容疑者ござさんはこの動画の中で、やむを得なかったとか、成り行きで仕方なくなどと、明後日の方を向いて白々しく供述しております。さも被害者ぶってますが明らかに確信犯です。

絶対マスクとサングラスの下でこっそりほくそ笑んでるに違いありません。

ござさんはピアノでそういうイタズラして「なんもしてませんけど?」ってピンポンダッシュで逃げる小学生みたいにシラを切るのです。

 

今回のソロツアーの選曲も、自分としては、綱渡りの緊張感とか背水の陣で一歩も引けない絶体絶命の危機とか、そこからの劇的展開みたいなのを期待してたんですよね。

今回ライブなのに肝心の大トリ曲が破綻寸前の儚さながくて寂しかったというか。

 

それらの手に汗握る展開は毎週生配信で楽しめるのでむしろ満足なのかもしれない…?

(レパートリーが3000以上ある中で、それらをほぼ毎週重複せずにしかも過去に同一のもののないアレンジに替えてくるっていう点を思い出すと、毎週の生配信とかそんな軽々しく言えるものではないが)

今落ち着いて考えると、生配信はもう長い事音ズレとか通信が不安定なことはないし、一番劇的に変わったのはミックスナッツあたりからのYoutube動画で、音色が格段に素晴らしくなった。だんだんホールで生のござさんの音を聴いたときの印象に近づきつつあると思った。

オンラインのネット上で聴くござさんの音と、現実世界のござさんの演奏に壊滅的な乖離はもう見られない。それはそれで、ネットピアニストござさんのファンとしては幸せな事なのだろう。

 

 

目撃者

何度も書いてますがござさんの演奏の命運を握ってるのは攻めたアレンジによる即興だと思ってる。

現に、それを欠いた演奏は自分は未だかつて見たことが無いし、その要素を欠く企画やイベントに出演せずに演奏活動をござさんが続けられてる事実はファンとして感謝すべき幸せなことだ。そういう姿勢でプロとして、職業として続けられてることは稀有なこと、決して当たり前ではないからだ。

ござさんはござさんのピアノを以てござさんたり得るし、何事も全てピアノで表現する。それを当たり前のように享受できるって、ファン冥利に尽きるのだ。

ござさんは存在も言語もピアノそのもの、日々姿を変えてひとときとして同じところにはとどまらない。

冒頭の方で書きましたけど

月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして 、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。

Youtube動画やアルバム収録アレンジがござさんの一瞬を切り取った静止画だとしたら。

ソロツアーは今のござさんを客観的に映した活きた物語、ドキュメンタリーだったのかなあ。一編一編違う編集の。それぞれにある程度尺がないと、ござさんを一通り語ることはできないだろう。

 

この8月のバレエとのコラボコンサートに向けて出されたbudoさんとのインタビューの中で、(インタビューの主題がバレエ曲というクラシック素材だったこともあるが)Youtube動画って尺が短すぎると(クラシック)曲としてのよさを失う、と語られていた。

 

いつもの生配信もそうだけど、ござさんのアレンジを解釈して捉えると一本の映画観るみたいなストーリーが浮かび上がる。斬新な切り口で、まず「おとなしくメロディを弾き(都庁の丸サ動画の中で菊池さんのコメント)」、そこから思いもよらぬ方向から畳みかけて鮮やかに着地する。

起承転結を語るにはある程度の尺が要るということだ。

そしてコンサートで観た映画のような世界は二度と上映されない。

次に観るときは別の物語が綴られるのだ。

ござさんがMCの間に言われていた。

「同じ曲やると飽きちゃうので色々なセトリを用意してます」

(昔の映画館は入れ替え制じゃなかったから同じ映画を一日中繰り返し観れたというシステムあったけど、そういうのじゃなくて)

やっぱりござさんのアレンジの真髄はその場の一発勝負なのであり、自分らファンも鋭い刃が閃くさまを目に焼き付けに、現場に足を運ぶ。

ござさんも場所ごとにそれぞれ地域の人が来てくれることを楽しみに、楽しんでアレンジされていたことだろう。

 

アレンジの変遷といえば、Twitter動画に沢山のアイデアが最近も投稿されている。ござさんがインタビューで言及されていた短い動画っていうのはこれも含むと思う。だから特に# もつけずに時間の海の中に埋没させているのであり、発掘されるのはござさんの意図するところではないかもしれない。(ファンが個人的な好みで引用しつぶやくのは関係ないと思う)

それらのアレンジの片鱗は単にアイデアのメモランダムでしかなく、その断片をござさんの音楽の看板として捉えられるのは不本意なのだろう。

イデアYoutubeアレンジ講座として昔のように投稿されなくなったのは、音楽専業として業務が多岐に渡ってきて、動画作成に単に時間を避けなくなったからと推察する。それはファンとしては喜ぶべきことなのだろうし。べつにアレンジ講座として解説してくれなくてもござさんのアイデア自体はTwitterには少なくともどんどん投下されてるところから、発想自体は決して枯渇してないみたいで、お元気そうで安心しています。

何ならあれだけのペースで毎週二時間配信されてるのに、もう16年続いてるのに(ニコニコ時代はひと枠30分みたいだけどそういう問題じゃなくて、)なぜか毎週記録更新する勢いでアレンジの切り口は新鮮さを失わないからだ。

 

いわば今ござさんと同時代を生きてる自分らファンは、生き馬の目を抜くようなアレンジの変遷をリアルタイムで目撃できてるという意味ではラッキーなのだろう。

またどこかのコンサートで、ピアノ演奏の現場で邂逅できたら幸運だ。

 

 

 

 

 

NEO PIANO GAMERS (ver2.0) に行ってみた

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

【警告】自分はござさんファンなので、感想とはいえ不自然に内容がござさんに偏ります。何卒ご了承ください。

 

愛称は"ネピゲー" (ver2.0) 

さて、今回第二弾のNEO PIANO GAMERS(ゲーム風にver2.0と名付けられている)コンサートに行ってきたので、思ったことを書いてみる。

NEO PIANO で始まるこのアカウントは、2020年のNEO PIANO CO.LABO. が配信で開催されたことに始まる企画で、ござさんはその後一連のNEO PIANOコンサートに全部参加されていたので、ござさんファンの自分としては今回も必聴のイベントだった。

メインプロデューサーは事務員Gさんだったし、ござさんにとってはホームグラウンドみたいな環境で、素晴らしいホールで自由に弾ける、夢みたいなコンサート。

 

第一回と並べてみると新しいロゴもできていたりして、よりゲームっぽくなってきた。(こっそり上の方にピアノの鍵盤とゲーム画面風のツタも見え隠れする)

おそらく版権使用申請されてないので曲名は公には伏せなければいけないけど、申請するとなると膨大な事務作業と版権使用料が発生するから配信は無理なのだろう。過去のねぴらぼコンサートでもゲーム音楽は取り上げられなかったと思う。

 

そう、このコンサートは神々の趣味の世界を我々シロート(シロートでない観客もおられたとは存じますが)が素晴らしい環境で垣間見ることができるのだ。

プロデューサーの事務員Gさんら運営の皆さんのご厚意のもと、

"ゲームを愛し、ゲームに育てられたピアニストたちの華麗なる遊び🎹"

を堪能できることに感謝したい。

そして事務員Gさんが尽力したのはコンサートの運営だけではないことを後で知ることになるのだけど。

※昭和生まれでゲームは頭が悪くなるからと迫害されてきた時代の民としては、今のゲーム文化と音楽が世界中で受け入れられ親しまれている状況には当惑する以外ない。当時はサブカルチャーって呼ばれてましたよね?2000年代一桁までは。ゲームほかアニメも。いつのまにメインカルチャーになったんですか?気づいたらクールジャパンとか呼ばれててサブカルコンテンツは海外へ輸出(?)される主力産業(?)扱いされてて、まじでいつの間に?って戸惑う。

そして家に唯一あったファミコンスーファミは「女の子だから」と言って触らせてもらえなかったから今は誰でも平等に遊べててうらやましい。そんなわけで自分はゲーム音楽をマリオとドラクエ3以外ほぼ知らない。明らかにこのコンサートで想定されてるメインの客ではないけど、ござさんのピアノ聞きたさに行ってみたら、ゲーム知らなくてもゲーム音楽は楽しめたってことを言いたいのでここにまとめるものである。

 

本編の前に:過去記事の史料置き場

さて去年の第一回ネピゲーの感想記事を置いておきます。ご参考までに。今回の内容とかぶってるかもしれませんが、あしからず。

生の音

さて、ねぴらぼコンサートも当初の2回はコロナの影響で配信のみだったことを考えると、こうして都合さえつけば現地で聴けるようになったのは実に感慨深い。

そもそもの出演者がネット上で活躍していた人ばかりだったし、そういう意味でも画面とスピーカーを超えて実際に生の音を聴けるようになったことも大きいと思う。

生粋の吹奏楽オタクで演奏はホールで聴くに限るというこだわりを持つ自分にとって、生の音を聴くということは何物にも代えがたい体験だからだ。というか音楽は生演奏を聴くもので、近所のチャリティコンサートだろうが高校の部活の演奏会だろうが、演奏会があると見るや自分は絶対に現地に行って聴いていた。

(ここでいう生の音は吹奏楽オタクだったから管楽器が好きだったけど、ピアノはアレルギー反応起こしてたけど、聞いてみれば素晴らしい楽器だし素晴らしい演奏もあるなと思うようになった。食わず嫌いというのは恐ろしいものだ)

どんな音楽でも奏者が誰でも、生で聴く楽器の音には、絶対に人の心を打つ目に見えない力が宿るのだ。

音楽は生の音に触れてこそ、聴く人にとって命を吹き込まれ活きた音になる。

この魔力とも言える影響力は時として恣意的に使われた歴史もあるしそこから目をそらしてはいけないけど。最近だとソ連では労働を賛美し政府の方針を支持する音楽以外作ってはいけなかったし(ショスタコーヴィチ交響曲第八番は長年発禁となっていた)、ワーグナーと二―ベルングの指環全4章、バイロイト音楽祭ナチスの広報に使われたことは記憶に新しいし忘れてはならないのだ。

しかしだからこそ今の純粋に音楽を楽しめる時代を大切にしたい。

いつ生の音に、行きたいコンサートに行ける機会に巡り合えるかわからないとしても、憧れの存在としてずっと心に秘めていたい。

 

コンサートの印象

ここからしばらくおまけコーナー(長い)

ではコンサート当日のことを振り返ってみる。

ちょっと個人的な行程を書いていくので飛ばしていただいて結構です。

なんちゃってヘリツアー

ござさんは当代きっての晴れ男としてピアノ界隈では有名(当社比)なので、今回も自分は傘も持参せず。だって地元のうどん県の空港はこんなに晴れていたので。

せっかく上京するので下記のようなおしゃれな店をFFさんに予約していただき、期待に胸を膨らませて飛行機で飛び立ったのだった。お店の予約はコンサートぎりぎりだったけれども、だって田舎にこんなお洒落な店ありませんのでね。

 

しかし果たして飛行機の機内放送では「関東地方では雷雨が予想され……」と客室乗務員の上品なアナウンスが流れる。なんだって?そんな身も蓋もないことシレっと言わないでくれ。なるほど中央アルプスを過ぎたあたりから、窓の外は分厚い雲が広がり始めた。ラピュタの竜の巣かな?と見紛うほどの立派な積乱雲が通り過ぎていく。

「傘持ってないの致命的なのでは……(;'∀')」

と気が気ではなかったがそこはさすがござさん。晴れ男の御利益ありがたすぎる。関東平野の上空は見事に晴れていて羽田も近づき、着陸前アナウンスを待ったが一向に座席上シートベルトのランプは点灯しない。到着時刻もだいぶ過ぎて座席の液晶パネルを見ると飛行機の現在位置は埼玉県から栃木県南部を北上していた。

なんでやねん。

ステルスハイジャックに遇って自分ら乗客はどっか外国にでも拉致されるのか。

しかしそういう事件ではなく(そらそうよ)、羽田でバードストライクと事後処理による滑走路閉鎖があり、着陸機の枠が大幅に制限されて降りれないため上空待機していただけだった。確かにただでさえ羽田の着陸滑走路は首都圏の満員電車と同様に、パンク状態ですからね。ほかにも天候不順などもあるだろうし、安全に空港が使えるのは空港管制官と操縦士の方々のご尽力の賜物です。ありがたいことです。

とにかく自分の搭乗機はいつもなら飛ばない関東平野北東部を旋回してて、のどかな利根川流域と青々とした稲のなびく田んぼや工場地帯を眺めながらちょっとした高度を飛ぶヘリクルージングみたいなもんかな~と自分はのんきに考えていた。

有楽町で逢いましょう

が、とにかく到着予定時刻は30分以上過ぎていて当然待ち合わせは既に遅刻、自分は滑走路の端っこ、ターミナルの果てに着けられた飛行機を降りると慌ててモノレールに跳び乗る。FFさんに指示された降車駅は有楽町。なんか有楽町で逢いましょうとか聞いたことあるな、なんだっけ。とぼんやり考えながらJRに乗り換える。山手線の車窓は高層ビルが立ち並んでて、前来たときも有楽町って高層ビル沢山あったよね、と思いながら停車駅で降り、なんか高層ビル増えたな、多すぎん?再開発なのねーと思いつつ改札を出てふと駅舎を振り返った。

そこに書いてる駅名は新橋。レンガ造りのアーチが印象的な日本最初の駅……

有楽町と違うんかい!!wwwwwww

なんのことはない、降りる駅をひとつ間違えていた。あわててFFさんにDMで錯乱した連絡を入れるも、アホちゃうんとか寝言は寝てから言えとかいう罵詈雑言は飛んでこず、元のホームに戻って今来た進行方向の山手線にすぐ乗れば次の駅だからという優しい的確な指示をいただく。

1時間遅刻で有楽町に着いたものの目的地のビルって三つが繋がってるけどどれやねんと迷いながらも到着出来てよかった。もう四時だったというのに席は満員で行列できてるような人気店、行列嫌いの自分はひとりだったら素通りしてるようなところをご予約いただき、感謝の念に堪えません。

この上に乗ってる桃がもう明日には食べれないようなレベルで熟してて気絶するほど美味しかった。一歩間違えば腐ってる扱いのフルーツ、ふつうは店では出さないというかお目にかかれない。こういうお客の回転の速さがあるからこそレギュラーメニューで出せるんだろうなあ都会ってすごいなあと変な意味で感心していた。

今回の目的はお洒落なカフェでパンケーキ食べることだったので念願かなってもう思い残すことは無かった(違)。まじでこういう店は田舎に無いので(県にひとつくらいしかないとか、現実的じゃない)。

 

---ここまでおまけコーナー:余談は終わり---

 

聖地:浜離宮 1.7秒のこだわり

夕暮れで日も傾く中、ちっとも涼しくない舗道を浜離宮までバスを使いながら歩く。

浜離宮ホール、ここはござさんファンの自分にとっては特別な場所だ。コロナ流行後にはじめて有観客コンサートが開かれたのもここだし(行けてないけど)、あのときは「拍手貰って、ファンの人って実際にいるんだって実感しました」とか言ってたことを思い出す。MCとか頭真っ白になった言われてましたし、ご自身で曲説明のときに真剣に曲名出てきてませんでしたものね。

前回のネピゲー第一回もここで開催されたし、メンバーがさらに増えてふたたびここに集まることができて感慨深いです。まさか第二弾を本当に開催してくださるとは(すいません懐疑的でした)。

前回のネピゲー記事でも書いたかもしれないがここのホールは事実、響きが素晴らしい。

どのように素晴らしいのか、その理由は公式サイトをご覧ください。

※他の解説記事も。残響のメカニズムは科学的に実証されているという記事です。

このホールは室内楽に特化して設計されているらしい。

特にピアノのために。

残響の設定が1.7秒。他の音楽ホールが2秒くらいという基準に対して故意に短く切っているのは、この1.7秒がピアノという楽器の響きを生かすのに最も適した残響時間だからという理由らしい。

長すぎてもピアノには適さないという意味だ。

しかも、ここには常設のグランドピアノがなんと5台もあるという。今回使用されていたのはどちらもスタインウェイだった。

そんな場所で四人のピアノを味わえるという贅沢さ。

 

ホワイエに張り巡らされた格調高い白大理石、そしてコンサートの案内ポスター。

こんな写真を余裕もって写せるようになったところが自分も慣れてきたのかもしれない。当初、生のござさんステージで見るだけで息が止まりそうでしたし、現地着いてから頭真っ白で写真撮っても後で見ると使えないのばかりだったので。

で、今年は、前々回参加した八女のコンサートから、もう配信も無いんだなと思ってコンサートでは曲名とかメモすることにしてみたのだが、(後ろの席の方とかゴソゴソしててすいませんでした)そこで八女と大阪高槻のソロコン、そして浜離宮でボールペン片手にメモしてみて気づいた。

使用するボールペンは三菱uniのジェットストリーム、インクがさらさら書けて音もせず筆圧も軽く書け、よってコンサートの暗闇でサッと書けて実に重宝している。

………はずだったのだけどここのホールで書いてて、なぜかサラサラ書いてるボールペンの運筆音ていうか紙の音が響くのだ。

えええええええ????ボールペンの書いてる音だけですよ??????べつに演奏中メモ帳めくったりしてませんよ????書いてる音だけなのに響くの????

演奏中、完全に証明が暗くはならなかったためにちょっと書こうと思ったりしたのだが、残響がするのに気づいてあわてて最初の一文字でやめた。

ボールペンすら響く浜離宮ホール。建材から厳選し、また徹底して残響の美しさを追求した設計であることがわかる。すばらしい。ここ世界遺産とかに指定できないのか。

 

ピアノの配置:事務員Gさんの哲学

ゲーム音楽のコンサートということで原曲の作風も多岐にわたり、それらの演奏を生かした舞台設置にするには何が最善なのか、プロデューサーの事務員Gさんは常にこの点に腐心していることだろう。

自分が知っているクラシックコンサートでの二台ピアノ配置というのはグランドピアノ同士が正面に向き合って客席から見て横に置かれてる風景だが、しかしピアノの個体によって音が違うようにホールもそれぞれに響きが違う。

ござさんのコンサート聴きに行って、常にピアノの配置が変わってるなと思ったらこういうこだわりをもって工夫されていたらしい。このツイートは鍵盤の見え方に言及されているが響きの点でもこれがこのホールにはベストだったのかもしれない。

また、このことについては下記のスペースでも(最初の30分くらいで)詳しく語られている。

 

実際のステージでの見え方。

ほどよくステージから離れ、左右ほぼ中心の席だった自分の視点では左側のメインのピアノがやや鍵盤が客席側に向いてて手元が両手ともよく見えた。

右側のピアノはそれに対して左右対称の角度ではなくやや鍵盤は客席よりは右側の壁向きになってて、自分の席からは鍵盤がまっすぐに(ござさんのピアノ配信の如く)見えた。


このアップの写真が一番わかりやすいか。(左側のピアノの鍵盤の角度から)

どちらともピアノの蓋を外していて、どのように音が響くのだろうと思ったら。

物理的にピアノの蓋から反射して直線的に跳んでくる音というのではなく、ホール全体が鳴っている感じがした。ボールペンが響くのと同様に、ピアノもそこで鳴っている音が自然と耳元で聞こえている、不思議な感覚。

どこのホールとも違う感触がする。

だめだこの響きを体験するともう他のホールに戻れないまであるぞ。

そんなことあってたまるか?それぞれのホールにはそれぞれの独特の音の広がり方があって、それぞれに良いんだ。ちょっとピアノ以外のコンサートも久しぶりに行ってみてこの麻薬中毒状態から脱出しなきゃいかんかも。一瞬リセットしないとピアノ沼にはまりそう。というかピアノのリアルコンサートでないと満足できない沼にはまりそう。それはコンサートが絶滅気味の田舎では致命的性癖なんだよね君(誰に言ってるんだ)。

 

ゲームの時間

四人のピアニストそれぞれのお目当ての人を見に集まってきたファン。ロビーと客席は幕開けを待ちきれない彼らの熱気と興奮で埋め尽くされていたが、開始前のアナウンスが流れると、さざ波が引いていくように静まっていった。

さっきまでのざわめきが嘘のように静寂が支配する。(写真は上のと幅が違うだけで同じ写真。)


前も第一回ネピゲーで自分はここのホールの土を踏んだ。(地方民だからそれまでここに来たことはなかった。)とはいえ、自分にとってここのホールはいつまでたっても一生特別な意味を持つ場所だ。

このホールはござさんが初めてソロライブを開いた場所だからだ(コロナによる無観客公演を経て)。第一回ネピゲーの感想でも書いたやろという声が聞こえるが、そうかもしれないが、しかし何万回でも繰り返し言う。

ここはござさんにとっての出発点だと自分は思ってるし、出発を飾るにあたって最初のソロアルバムを携えて、これ以上ない素晴らしい響きで、満場のファンの「生の音でござさんのピアノと出会いたい」という切なる願いをかなえた場所なので。

 

ついでにいえばこの時、コロナが再度流行の兆しを見せてて自分は直前一週間前になって、県外に出かけることに職場からストップがかかり(病院だから)、現地鑑賞を断念して確か配信でこのコンサートを聴いた。この悔しさも一生忘れない。チケットはまだ捨てられないで取ってある。(曲目は分かっても、配信の音は生の音とは全く別物だ)

でもあの時のござさんとは、その後の様々なステージやイベントでの演奏、経験を超えてまた違ったピアニストに変貌している気がする。

ソロコンサートも、ネピゲーも、その時のござさんなのだし、自分らファンは聴きに行ったときの姿と音でござさんを堪能すればいい。世の中のことには全て何かの意味があるのだ。

そういう巡り合わせなのだろう。

 

四者四様

今回は参加者の四人が最初に登場し、コンサートはMCで幕を開けた。

事務員Gさんは珍しく、かっちりしたスーツにスタンダードなネクタイ。まるでサラリーマンの出勤風景。Gさんいわく「保護者…?違うな、僕、スタッフというか裏方っていう立ち位置で……」というがGさんは今回はメイン出演者だ。保護者でも引率者でもないんだよ。

という意味なのか何なのかござさんは「ほぉーーーーん」と、高をくくったような嘲笑を浮かべる。

いや?違うな「Gさんだけ何かっこつけちゃってんですか、なんですか保護者って、参加者なんですよ今回も!?がんばってくださいよ??」っていう煽りだったのか。

なんでもいいから、もう何百万回(ちょっと盛った)聞いたかわからないござさんのほーんが聞けて演奏も始まってないけど自分の今回の目的は果たせた(違)。あれは忘れもしない3年前、このホールで初ソロライブの時はマジで曲名忘れてましたもんね…それがGさんにツッコミ入れるってほんとーにござさん変わりましたね……

もはやこのホール、ホームグラウンドと化してるもんな、ありがとうって何回言っても足りないよ事務員Gさん……って自分は早速感極まってここで泣きそうだったが頑張って平静を装った。

 

瀬戸さんはイメージ通り(?)のかっちりした黒シャツに黒パンツに黒革靴の全身トータルコーディネート。自分の中での先入観はトラディショナルスタイルを着崩さないイメージ。姿勢もめちゃ綺麗。背中に物差し入ってるのかと思う。

今回の主役は瀬戸さん🎉🎉なので、主役らしく正統派で外さないスタイルでした。

継続は大切というか瀬戸さんのゲーム音楽への誠実な視線が生んだ驚異の耳コピ精度の名演奏の数々が、おのずから瀬戸さんの存在感を物語る。守備範囲はあらゆる分野に及んでてピアノカバーの公式アルバムも出してるくらい、ゲーム音楽においては瀬戸さんは主役であり基準であり指針。なんていうんですか?母なる海みたいな存在。みんなそこに帰ってくる。

 

ござさんと菊池さんは今回瀬戸さんに胸を借りていた。名目的には。というかコンサート前の認識ではそうだった。ゲームという看板を出すにあたって拠り所となる大樹は瀬戸さんっていうイメージだ(そしてそれは間違っていなかった)。

ござさんはソロライブだとスーツにネクタイだったりするところ、今回はノーカラージャケットに胸元がチェックのひねったデザインのシャツ。肩ひじ張らない息抜きスタイル。こういう恰好のときのござさんは一番のびのび自然体だ。今回のゲーム音楽はアニソンとかボカロと並んでニコニコ動画時代からのござさんのホームグラウンドだから、いちばん素が出せるから。

ジャケットは多分これだな。

 

菊池さんはいつも通りなので説明不要ですかね…?いや、いつもどおり(メーカーなんだっけドクターマーチンか?)黒の厚底ブーツに全身ほぼ黒だけどいつもアシメントリーなデザイナーふうのロングカーディガン着ててそれが毎回違う気がする。帽子も白地のコットンで夏ふうなカジュアルなやつ。

いつも思うんだけど、菊池さんはマスクもないしアー写も素敵なのがたくさんあるけど、でも自然体の菊池さんは見たこと無いんだよね(それはリアルコンサートを追ってないからだけどな)。そこにいるんだけど、素顔も見えるけど、しかし演奏において「菊池亮太はこういうイメージです」っていう菊池さんが提示したアバターをファンに見せてて、実体の菊池さんは見えないみたいな感じがするな。

眩人の使う妖術か。

いうてもピアノの音自体はその人の人間性が否応なく現れるので、そこで菊池さんの人柄はさらけ出されてると思う。なのでそんなバリケード張らなくてもいいんだよ菊池さん。ピアニストっていうソロ楽器奏者である以上、そこは避けては通れないんだよ。

カーディガンが菊池さんにとっては平安時代の貴族女性が素顔を隠してた扇みたいなもんかもしれないけど、そんなのいらないと思うけど。

ぶっちゃけこんだけピアノで食べていけるくらいファンがついててしかもうなぎのぼりに増えててピアノの仕事もアグレッシブなのが目白押しなのだから、そんな素顔隠すカーディガンは要らないと思うなあ、正々堂々とピアノを前面に押し出せばいいのに。

(ここまですべて個人の偏見。)

 

前置きが長い。

※自分はマリオとテトリス以外全くゲーム知らないし、やったことないし今からもやる予定もない。ゲーム音楽はござさんとか瀬戸さんの動画・配信で全部覚えたし、それ以外の知識がないので、この記事はゲームの全くの部外者が通りすがりに聴いたという体裁で読んでください。

※また事務員Gさんの指示どおり曲名は記載しないため、各自想像で補完してください

 

主役は瀬戸さん

さてコンサートの冒頭は瀬戸さんのメドレーで幕を開けた。

最初四人がそろったところで事務員Gさんの

「世界の終りの日にお集まりいただきありがとうございます」

っていう時事ネタを盛り込んだボケが披露されるも、

「いやそんな今日で世界が終わる訳ないじゃないですか」

とソロ演奏の前に冷静にツッコむ瀬戸さん。(このやりとり冒頭じゃなかったかもで、順番は怪しい)

瀬戸さんは事務員Gさんの引っ掛けには巻き込まれないキャラですよね。でもござさんと菊池さんという天然もしくは故意にボケる担当が控えてるので事務員Gさんの心労は察するに余りある。

 

お題は、瀬戸さんのチャンネルの数ある耳コピ曲の中でも、群を抜いてアレンジ数が多い人気ゲーム。90年代から世代を超え、ゲーム機を受け継がれて伝えられてきた。初期曲OPだったら自分でも知ってるくらいもはや定番と化している曲を筆頭に、抒情的な場面などの描写を挟みながら、ボス戦が次々と登場する手に汗握る展開。鍵盤弾く以外の演出もあったり、それは観客も参加したいぞと思いつつタイミング的に絶対無理なので黙ってアレンジの行方を見守るのみ。

ていうか最初からこんな飛ばしてていいんですか瀬戸さん?

それメイン曲としてラストにお取り置きするんじゃなかったんですか?

ここでやっちゃうんですか?

って聞いてる方が戸惑う勢い。ほんとにいいんですかね・・・・うっかりここでごちそうさまでした言って帰りそうになる豪華さ。

いやいいんだ主役は瀬戸さんだから。

 

最初からこのテンションのまま突っ走る構成。今回も第一回に引き続き休憩なし2時間で、気づいたらラスト曲だった。このような機会もったいないから少しでも多く演奏を盛り込みたいのかと思ったけど、いやそうじゃない、単に勢いのままにやってたらこうなったのかもな(いやいやいや)。

ござさんのソロ

続いてござさんにバトンが渡された。コンサートの序盤ということで、瀬戸さんの演奏されたゲーム音楽の別の版のOP曲に続き、様々なゲーム音楽のOP曲を繋げて弾いていくござさん。

ゲームのOP曲って、今から冒険とか格闘技ものとか色々ストーリーが始まっていく未知の世界の扉を開ける、ちょっと不思議な胸躍る雰囲気があると思う。(第一回の感想でも同様なこと書いてるかもしれないけど。)ござさんはそうした数々の名作OP曲そのままに、コンサートにきてくださった聴衆の期待感とか昂揚感をも織り交ぜるかのように、まるで一つの曲であるかのようにまとめていく。この展開がもう手慣れてるというか職人の域というか、ニコニコ生放送時代から手になじんだジャンルで長年の配信生活の中で醸成されてきた持ち札の多さを物語っていた。

メドレー最後の三曲目には現代風な分散和音がこっそり隠されてて、あれ?いつもおなじみアレンジとそこ違くない?という味変も忘れない。こういう細かい工夫が、飽きっぽくゲーム音楽にも馴染みの無い自分みたいなのも楽しくゲーム音楽を聴ける秘密なのかもしれない(←もっと勉強しろ)。

チルい曲も弾こうということで唐突に往年の名曲まで登場してただ驚くばかり。それここで弾いてくださるんですか!?(2回目)しかし左手がJAZZ風のリズムをこっそり潜ませてて、やっぱりあまり休憩にもチルい雰囲気にもならなかったのだった。いやござさんは結局これが通常運転だ。

事務員Gさんのターン

前回同様に、事務員Gさんの分担はここでは懐かしい曲の分野だ。とかいう機械的な順序はさておき、いつも通り流暢な語り口のMCで観客を自然に曲の世界に惹きこんでいく。職業としてここ最近5年間ラジオ番組を持たれていただけあってトークは安心して身を任せて聴ける。ござさんのMCは何かあったら大変と聞いてて身構えるのだけど事務員Gさんは安心。

トークをだいたい意訳してみる。

ゲーム音楽はいわば今までの僕たちを作ってきた音楽ジャンルといっても過言じゃないです。ゲーム音楽に育てられたというか。そこでこういう仕事してると楽譜作ったりする機会もありますけど、楽譜に出てくる音楽用語って、だいたいイタリア語なんですね。そこでイタリア語の曲名のものをひとつ演奏してみます。音ゲー曲というか、以前ゲーム音楽公式オーケストラコンサートに僕出させていただいて、そこで自作アレンジを演奏したんですよね、その時のものです。」

トークはだいたいイメージ。

というわけでイタリア語の曲名の、鍵盤で遊ぶ音ゲー曲が演奏され、またスマホアプリゲームで使われてる(原曲はフリー音源サイトから)BGM曲も取り上げられていた。

総じて古い。

しかし音ゲー曲は事務員Gさん自身がアレンジされた楽譜ということもあって分類は中級者用とのことだが、さらに今回ネピゲー特別仕様として、和音を豪華に盛ってた(らしい)。曲名の語源は研究とか探求とかいう意味のようなので、音楽を探求する姿勢というなら今回の出演者全員に共通することなのかもしれない。

今回の客層として自分みたいな年齢の男性も単独で参加されてたり、古参の事務員Gさんリスナーとかいにしえの80年代90年代のゲームファンも混じってた可能性も高いから、こうしたリアルタイムで流行ってるわけではない曲も今回のコンサートでは(街中で聴く機会もないだけに)存在意義があったかなと思う。

懐かしく現代も語り継がれているRPGの名曲

さてこのスマホゲーム音楽に続いて事務員Gさんが「僕もチルい曲を」といって演奏されたのは、誰でも知ってるRPGの名曲だ。チルいというか最近流行りの言い方にすればこの曲はエモいのだ。

郷愁を誘う、侘しく寂しい旋律にもどこか美しさを秘めた、エキゾチック=異国風、東洋風な曲調。

草原の泉のほとりで遊牧民が馬を放牧している様子。

艶やかな毛並み、鍛え上げられたしなやかな体格の葦毛の馬が、ゆったりと泉で水を飲んでいる。

目を閉じるとそんな情景が浮かぶ……

この曲名は、今のウズベキスタンの古都名に酷似してる。まさに東西の十字路、遊牧民族の興亡を何代も経験し、その壮麗な街並みは世界の中心と呼ばれ讃えられた。

もはやRPG曲のピアノカバーとしては古典中の古典である名曲で、事務員Gさんがここでこの曲を取り上げるのは一周回って目新しさが無いと自分は一瞬思ったが、そんなアンチみたいなツッコミはやめて、ただこの名曲の調べに身を任せることにした。

事務員Gさんも、長いピアノ配信歴を振り返りながら、長年携えてきたであろうこの曲のアレンジと共にしみじみと往年の苦労を噛み締めていたのかもしれない。この定番曲を弾いたのにはそんな理由があったのかなという想像がふと脳裏をかすめた。

 

ゲームに育てられたゲームの申し子菊池さん

さて次にカーディガンを翻しながら登場した菊池さんが披露したのは、やったことあるゲーム曲メドレーだった。

事務員Gさんがラストで弾いたチルい曲もこの分野のRPGとかぶっていたので、菊池さんは

「じゃあ流れを引き継ぐということで」

といって同じチルい曲からメドレーは始まった。

このRPGの歴史は冒頭で瀬戸さんが演奏したゲームよりも古く初版は80年代にさかのぼる。まさに菊池さんの人生とともに歩み育ってきたゲームと言っても過言ではない。ほかにも誰もが知るゲーム音楽を挟みつつも主にはこのRPG曲を中心にメドレーは進む。

四人の演奏聴いてて、こういうコラボコンサートだとはっきり目に見えてくるが、演奏スタイルがわかるというかそれぞれが確立してきたなと思う。

菊池さんのピアノは誰が聞いても一瞬で「あ、この人ピアノでご飯食べてるな、ピアノが仕事なんだな」ってあきらかに分かる。空気が違う。

菊池さんのピアノの特色は自分にとってはテクい演奏で、あまりにもテクに走ってて自分は以前はというか知った当初(ござさんと同時位に)は菊池さんは怖い人だった。ねぴらぼで多少イメージ変わったけど基本的には怖かった。というかねぴらぼの四人の中で相対的に菊池さんは怖い人のカテゴリだったというか。それから年月を経て菊池さんのピアノはいろんな舞台をこなされていくことでだいぶ様変わりし、テクいだけではない表情というか深みというか味わいを備えてきたと思う。

この怖いほどのテクに情緒が加わることで、菊池さんのピアノが踏む舞台は一気に多様性を持ってきたと思うし、そういう意味で「あ、この人ピアノでご飯食べてるな」って客観的なイメージを持てるようになった。自分基準では。

以前のテクいピアノにどうにも違和感があって、このテクあるならもっと別の表現もできるはずだ、そういうピアノ聞いてみたい、このテクでもっと別のジャンルの曲弾いたらどうなるんだろうっていう自分の願望が昨今叶えられつつある。

菊池さんのピアノは今なお変化の途上にあるといっていい。

 

それぞれの表情

ではほかの出演者のピアノは?

菊池さんのピアノは不可能なことは無い、規則とか存在しない現代音楽とすれば。

瀬戸さんはバロックとかクラシック、そのアレンジはピアノ界隈すべての基礎であり帰るべきところ。原曲そのままを堅実に生かす。

ござさんはアドリブが全てのJAZZ。

事務員Gさんはプロデュース界隈だからあてはまらない(そのままやな)。

 

忘れられた遺跡を訪ねてーーござさんと菊池さんの二台ピアノ

ござさんと菊池さんは飄々とした風体でフラッとあらわれ、いつも爆弾発言をボソッとつぶやいて驚愕の演奏を披露し、ピアノファンに立ち直れない衝撃を与えていく。

5月の八女コンサートで

フランスのクロード・ボリングさん作曲の、『フルートとジャズピアノトリオのための組曲』から第一曲『バロックアンドブルー』

とかいう未公開の誰も聞いたこと無いアレンジをいきなりステージに放り込んできたように。

今回も寝耳に水、曲名聞いて聴衆は「は??????えっ??????もう一回言ってくれます?」ってなってる客席を置き去りにしたまま、菊池さんとござさんはさっさとセッションをスタートさせた。

なんでやねん。こういう目玉の曲こそ事前に動画公開するなりデジタルパンフレットでも作って流布させるとかなんかあるだろ、これ目当てにお客さん増えるかもしれないのに???なんでここでこれっきりの舞台で配信もないのにサラッとやっちゃうの??

あ、そっかゲーム音楽だから曲名は伏せなきゃでしたね、シークレットでもなんでもなく規則だった。

ござさんのレパートリーは多岐にわたってて、それらを維持するには毎週の配信でまんべんなく弾いてもカバーしきれるものではない。どうやって記憶を保ってるのかそれはシロートには推し量ることはできない領域。とにかく数あるレパートリーの中でゲーム音楽も膨大な量にのぼり、ゲームって言っても各種テレビゲーム、音ゲー、東方、とかジャンルも数えきれない。よってレパートリーで演奏されたからと言ってござさんの配信でリクエストしても演奏されるとは限らない。アレンジがござさんの記憶から散佚してしまえばそれまで、形として残ってないアレンジだからもう永久に戻らないからだ。

今回弾かれた曲もそんないにしえの記憶のひとつで、もはやレアすぎて配信でリクエスト投げても滅多に拾われるわけもなくもう失われた文化なのではないかという説がまことしやかに囁かれていた。そんな曲は他にもたくさんあるし。

というわけで自分らファンは動揺するやら嬉しいやらよくわからない感情の中、気づいたら二分足らずのこの曲は疾風のように過ぎ去っていった。

もっと余韻を噛み締める時間ください。

 

長さ自体は二分足らずだがその中にプログレ変拍子バロック音楽風アレンジ、原曲のギターふうな装飾音、いろいろ言及するところもありすぎる。ござさんの配信で聞いてから、音ゲーに全く不案内だった自分は原曲を聴きに行って「これピアノでやったってほんとですか」と二度見してまた配信に戻ってやっぱり自分の目と耳は信じられないとかいう経験した曲なので、なおさら思い入れもありすぎた。音ゲー経験者の諸先輩方に至ってはいうまでもなく。

ござさんが主に和音担当、菊池さんが旋律っていうだいたいの分担はあれど、左右で16分音符交互にやるところ?をなぜか二人で交互にやってて、なんでできるんだ神業じゃんって実際に見てもやっぱり目と耳が信じられない。

 

驚愕なのはこの曲はリハで決めたってところだ。前日?当日?リハとは。練習してきた曲を合わせて当日のmcの流れとか確認するのがリハじゃないのか。おかしいやろ。

 

瀬戸さんソロ(詳しくないから省略)

ソロ曲2曲でしたが、自分はゲーム曲に不案内のため詳細は割愛します。(全部の曲が不案内ともいう)

どっちもバトルが主題のゲーム(言いにくいな)、二曲目は「クソゲー、もとい神ゲー」という瀬戸さんの台詞がヒントです。この曲名を知らなかったので瀬戸さんが一瞬キャラ変したのかと思いましたがすいませんでした。

ひとことでいえば、左手でドラムパートのリズムと右手で旋律やってたとして、どこで対旋律担当してるのかわからないところでしょうか。たぶん右手で2,3人分こなしてるのでしょう。何やってるのかやっぱりよくわかりません。

 

事務員Gさんとござさんの二台ピアノ

楽譜交換タイム

ここでも二曲演奏されていたが、それぞれの曲でござさんと事務員Gさんは楽譜をお互いに担当してて、紙かタブレットデータかで楽譜を交換されてた気がする。どっちの曲だったか、たぶん最初の曲がござさんアレンジ(たぶん。)最初の曲は、瀬戸さんソロ曲の二曲目と同じゲームで「流れを引き継いで」いた。ここも同様にゲームを知らないのでアレンジの詳細は省く。

瀬戸さんソロも圧巻だったけど二台ピアノは文字通り「原曲に忠実にすると指足りない」問題も解消するのでさらに原曲の迫力が増していた。

🦑と🐙です。ヒントです。アレンジは詳しくレポできません。

しかし事務員Gさん、演奏曲多いですよね・・・?事前に「練習やりすぎて肩凝った」かなにかツイートされてましたが確かに。すごいラインナップです。ここまでガチの事務員Gさん初めて見たかもしれない。それで気合入れて今日スーツだったのかもしれない。

 

もう一曲は、ゲーム知らなくてもこれなら知ってるというくらい今も人気のゲームのBGM。こっちは奇抜なリズムも難解な和音もなくて事務員Gさんいわく

「この曲、オンコードの塊で、さすがに記憶が飛びます」

(オンコードって普通のコード和音の展開形というか活用形で余計に覚える事多い)

だそうで、ほんとにお疲れ様です。

事務員Gさんとの演奏では、ござさんがほんとにのびのびピアノを触ってたし自由に振舞えてた気がして、だからアレンジも本来の姿を現してたと思う(なんとなく)。

 

自分はコンサート中は携帯の電源を切る。え?当たり前?そうですよね、なんか音がしたら困るので。というわけでホールに時計もなく、ほんとに気づいたら終盤に近付いていた。しかし当の観客席ではあまりにも怒涛の展開すぎて、もう終盤が近いとは夢にも思わなかったし、すばらしすぎて永遠に終わってほしくなかった。

瀬戸さんと菊池さん二台ピアノ

ここで満を持して登場した感のあるまじでテクいピアノアレンジ(語彙力)のふたりによる二台ピアノ、だからまじで原曲に迫っていた。

ひとつ言いましょうか、この曲も今日?のリハで決めたらしいです。リハとは(2回目)。菊池さんのあまりの鬼畜スケジュールに、リハをする余裕がなくて菊池さんはほぼ構成も前日か当日決めてきた感じがするが、そういや最初の「やったことあるゲーム音楽メドレー」もやる曲は決めてなかったとかその場で考えたとか言われてたので、まあ菊池さんをもってすればなんでもありでしょうね(もう投げやり)。

お題は海外の人気ネットゲーム。💀

ボス戦闘曲と、それとゲームの名前を冠した標題曲。

迫力に満ちた展開を、満員の客席で固唾をのんで見守る。

そして二曲目の標題曲、瀬戸さんの人力ディレイによる美しい残響が尾を引いて残り、ペダルのタイミングもふたりで息を合わせて静かに終わる。

この人力ディレイがほんとにこの世の物とは思えない美しさで、つくづくこのホールの設計の威力をまざまざと見せつけられた気がした。

 

ふと瀬戸さんを見てて思い浮かんだ偉人がいる。

偉人ていうか奇人ていうか貴人、趣味人。

京都の裕福な青物問屋に生まれながら、家業は早々に兄弟に譲って日本画の道に進んだ絵師、伊藤若冲

狂気を感じるような、とても江戸時代の肉筆画とは思えない、実物より実物に迫る筆致で動植物を精緻かつ華麗に描いた日本画家。

誰からの依頼も受けず、スポンサーの恣意に不本意に動かされることもなく、ただ一途に描きたい対象に向き合った芸術家。

 

瀬戸さんのゲーム音楽に対する向き合い方を見てると、ふとそんなことを思い出した。

なんか似てるなと思った。

 

さてここで菊池さんが本日最大の失言を犯す。まあ通常運転だけど事務員Gさんは口から心臓が出そうなほどびっくりしたでしょうねえ。毎日がお化け屋敷みたいなスリリングな業務、自分には無理です。

「さて、実は!さっきの曲がラストだったんですよ・・・!」

と言いかけて客席からはお約束のブーイングを飛ばさせていただいたが、はたして大慌てで舞台袖からまろびでてきたのは顔色が変わり引きつってる事務員Gさん、と笑いをこらえきれないござさんと瀬戸さんの面々。

事務員Gさんが開口一番、

「駄目じゃないですか今から四人でやる曲で実はラストなんですって言わなきゃ…!」

もうなんか、宿題やってきたけど違うとこの問題やっちゃった学生が提出物出して先生に呼び出し食らってるとこにしか見えません。笑うとこじゃなくなってきたぞこれ。

 

今から四人でやる曲ははたしてラストなのかアンコールなのか分からないままグダグダ進行でスタートした曲はみんなおなじみファミコンが発売された当初からの長寿ゲームにして今もゲーム会社の看板ゲーム、のボス曲だった。

ござさんと菊池さんが左のピアノ、瀬戸さんと事務員Gさんが右のピアノで、低音伴奏部分と高音旋律16分音符を2人組で交代して担当していた感じ。

曲は知らなかったけどおなじみの有名なフレーズが織り込まれていたので自分でもなんとなく気づきました。

 

さて最後のほんとのアンコール曲は何にします?って話になってなぜかここで事務員Gさんがソロでやった三曲目のエモい有名RPG曲になるという不思議な展開となった。

誰ですかこの曲にしようっていったのは?

それは菊池さんです。この曲はコンサートの合間でしょっちゅうフレーズの片鱗がいろんなアレンジに隠されてて(菊池さんにより)、隠れテーマソング状態となっていた。

しかしこの曲は事務員Gさんの所の記述で触れたとおり、自分にとっては、また多くの人にとってもそうだろう、感傷に浸る曲だから、ネタ的に潜り込ませるフレーズとはまた違う気もするのだった。

 

ネピゲー次回も待機です

このように二回のコンサートをもってしてもゲーム音楽の世界は広く深い。とてもカバーしきれるものではなくそれぞれに熱いファンも多い。公式のオーケストラコンサートも多く開催されている。

しかし公式開催とは違って、こうした特色あるピアニストの独特な解釈がピアノカバーの醍醐味であり、そして実質オーケストラに匹敵する倍音を擁していて公式の解釈よりはるかに手に汗握る展開を味わえるピアノコンサートはこれ以外に無いので、個人的にはまたあったら聴きに行きたいと思っているところです。

ゲーム音楽を有料コンサートでやるにはハードルも多く、今回のコンサートも実質グレーゾーンなのかもしれませんが、プロデューサーたる事務員Gさんには何卒継続した開催についてご尽力を賜りたく存じます。