ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

音楽とは(ソロコンサート感想の続き)

 

音楽は雄弁だ。

何も言わずに聴き手に語りかけてくる。

 

それは1月15日のござさんのソロコンサートにて。

場所は浜離宮朝日ホール

 

観客席とござさんの間には、目に見えない熱気が渦巻いていた。

生配信ともCDアルバムとも違う生演奏ならではの一体感。そこにいる観客席のファンとの阿吽の呼吸で独特の響きとリズムが生み出されている。

 

ござさんの一挙手一投足を固唾をのんで見守る観客席の人々。

鍵盤から放たれる音。

ホールの空間いっぱいに広がる波動。

ござさんの思いをのせた音は静かな浜に寄せる波のように、聴衆の意識の奥の岸辺を洗う。

超絶技巧の演奏であっても一つ一つの音が語り掛けてくる。

観客席で見ている人々はみんな、そのままござさんの手に乗り移ったみたいに流れる音楽と一体となって響きを味わい、劇的な展開に胸をうたれ、和音の一つも噛みしめているようだった。

ござさんはピアノと対話していたし、ホールの空間そして観客もろともに一つの楽器になって音楽を生み出していた。

 

 

一度、このコンサートの感想は投稿している。


だけどもうちょっと言いたい。アーカイブ期間も終わったのに本当すいません。

そもそもこんなにも今回長い感想になったのは、自分はやっぱりソロコンサートをずっと待っていたかららしい。

 

この記事にいまいちまとめられていない事を、思い出してどっかでツイートしたので要約すると。(それぞれの当時の感想も貼る)

ねぴらぼは斬新な試みで意表を突かれた。そしてセッションが生み出す思いもよらない展開に手に汗を握っていた。また、初回のねぴらぼは自分がコロナ流行後初めて体験した配信・無観客ライブであり、この時期以降配信の文化が根づいてきたことを勘案すると感謝しかない。
ねぴらぼライブの感想 2020/7/24 - ござさんの魅力を語る部屋
一瞬先は、未知の世界 - ござさんの魅力を語る部屋(ねぴらぼinvention)

 

また、ござの日ライブでは自分は不完全燃焼だった。周知のとおり、本来は有観客で(レストランの料理と共に楽しむ形式で)開催されるはずだった、初めてのライブ。それが目に見えない何かにあっさりと握りつぶされ、どこにも不満を言えないし自分は陰でこっそり泣いた。
5月3日は、ござの日です - ござさんの魅力を語る部屋

 

ソロアルバムが発売されるに及んで、やっとござさんの音楽が手に取れる形になり、前から夢見てたことが現実になると思うと居ても立っても居られなくなって記事にした。(※実際のソロアルバムの感想は、それこそ不完全燃焼なので貼りたくない)
重大発表 - ござさんの魅力を語る部屋

 

こういった経緯があって、開催にこぎつける事ができたソロコンサート。

なんか自分の中ですっと解決できた気がした。

 

ござさんの動画を初めて見た時から(自分は髯ダン動画だった)、意識のどこかでずっとわだかまっていた強烈な違和感。

※初めてこのビジュアル見て、ピアニストの動画とは分からずに偶然見たわけです。


なんでサングラスにキャップにこんなダサい格好で、通りすがりの駅で弾いてるの?

そんなシチュエーションなのになんでピアノはそんなに素敵なの?

というか素敵を通り越して、自分は何か鋭利な刃物で心臓を一撃されたような決定的な衝撃を受けて、意識がどっかに飛んでいったとでも言おうか。世界が塗り替えられて頭で考えるより先に手が動いてたというか。(そんで気づいたらこの部屋でなんか書いていた)

 

たぶん、この気持ちが引っかかっていたから?

どうすごいのか、うまく表現できないな!!!でも、とにかくこんな通りすがりに聴いてていいものじゃない。もっと幅広くこういう人がいるんだって知ってもらいたい。

また、もっとちゃんとした所での演奏もきいてみたい。

とか言う意識をずっとどこかに抱えていた。

 

 

大きなステージに立つ正装したござさん。

フルコンサートグランドピアノを操る勇姿(に見えた)。

席を埋め尽くす観客。

割れんばかりの拍手。
(歓声も聴きたかったけど今回はわがままは言わない。)

 

今回開催されるかどうか最後まで分からなかったから、この光景を画面越しにでも実際に目撃できたので、自分の中での矛盾が解決できたのだと思う。

実際に見える観客席もさることながら、コンサートホールで響くござさんの演奏の素晴らしさに一番衝撃を受けたのかもしれないけど、とにかく

「ござさんのピアノを」

「目の前で聴いてる人がいて」

「みんな感動してるみたい」

という事実を見届けた事で、満足です。

 

 

 

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以下、吹奏楽関連のものすごいマニアックな話題に入ってそのまま帰ってきません。

現実世界よ、さよーならー。

離脱する方、今のうちにどうぞ。

また、参考に貼った動画が約50分×あります。そのためこれ以降はお時間がある人向けです。

 

とにかくリアルコンサートでホールに響くござさんの音は圧倒的に美しかった。

この現象を何といえばいいのか……

アーカイブ期間が終わってから、この何物にも替えがたい感動にもう二度と会えない現実を直視したくなくて、本来こういう思考は解決できないから嫌いなんだけど、でも割り切れずに自分はネットをさまよっていた。

ござさんの過去の動画?ねぴらぼinventionのアーカイブ

それぞれに大好きなんだけど、自分が余韻に浸りたいのはそこじゃない。

もうどうにもできないのでピアノ動画から一旦離れてみることにした。

 

ピアノ動画を聴くようになるまではよく聞いていた吹奏楽関連の動画。Youtubeのおすすめに流れて来たのでちょっと選んで聴いてみたのである。すると昔Youtubeで見た事があるかもしれない、という動画を見つけた。

 

※この動画はTVのドキュメンタリー番組です。一つが50分くらいあります。ご注意ください。

【天国の丸谷先生に捧ぐ】復刻版「ブラスの星~前編」大阪・淀川工科高校吹奏楽部【ABCテレビ ドキュメンタリースペシャル#8】 - YouTube

※後編はさらにコンクールに内容が絞られていますが貼っておく。

【天国の丸谷先生に捧ぐ】復刻版「ブラスの星~後編」大阪・淀川工科高校吹奏楽部【ABCテレビ ドキュメンタリースペシャル#9】 - YouTube

 

概要を説明しておくと、この番組は2002年3月放送、ABCテレビの番組なので大阪で放送されたものだと思う。ここで取り上げられているのは動画の題名の通り、吹奏楽について。大阪府淀川工科高校吹奏楽部についてのドキュメンタリーである。

ここの顧問の先生の訃報を最近耳にした。

その先生は自分が部活で吹奏楽をしていたころから知らない人はいないくらいであり、いわば憧れの存在。

その人が鬼籍に入られたと聞いて、一つの時代が終わったんだなと色々思う所があった。そこで以前見た事がある動画を見つけ、懐かしくなって見返してみたのだが。

 

この先生の言葉がいちいち考えさせられるのだ。

動画を以前いつ見たのか覚えてないが、自分はピアノという楽器にもう一度出会って、ござさんの演奏を聴くようになってから、音楽に対する視点が変わったからだろうか、この番組は今見ると全く違う印象を持って迫ってくる。

 

その先生の名は、丸谷明夫先生。

たぶん音大卒ではなかったと思う(部活で吹奏楽をされていたかな?)。音楽の指導は全部現場で身につけられたはずである。叩き上げというか指導者に向いていたというか。なるべくしてなったとしか思えない。

この部活に入ってくる子も大体は初心者と聞いた。そこからあのレベルに育てるのにはどうやってるんだと思ったらやっぱり練習量だったが、それ以前に子供たちがついてくる、慕われる魅力みたいのがあるんだろうなと思って番組を見ていた。

その先生は指導の厳しい事で有名だったが、こうやって見返すと生徒への温かい視線、音楽への熱い思い、あくまで生徒のためには、教育上どうしたら成長させられるかというのが発想の原点のようで、(晩年には色々揶揄される事もあったが)やはり吹奏楽界としてというか人間として惜しい人をまた一人なくしたなあ、と思う。

中学から上手い子をスカウトして集めれば、演奏はすごくなるかもしれない。

でも育てるって、音楽って、そういうんじゃないよね。

ってこの番組見てると、思う。

 

 

この時現地で聴いた淀工の演奏がYoutubeにあった。番組の2002年よりは前だけど。

1995年 第43回 全日本吹奏楽コンクール 大阪府 府立淀川工業高等学校吹奏楽部 バレエ音楽 「ダフニスとクロエ」 第2組曲より - YouTube

 

 

番組の中で取材に応えてる部員の言葉。(動画前編 8:27頃)

「どういう時が楽しいですか?」

「出来ない所が出来るようになった時が嬉しいです」

まずこの部員の返事を聴いて、自分の下手ながらもやってるピアノの練習で、この問答はぴったり当てはまることにひそかに驚愕した。

ピアノやってもその進歩具合は亀より遅い状況だけど、やってもムダ、とかどうせ練習しても一緒、という思考に陥りやすいけど、そんな中「昨日よりマシになった所」を自分で見つけることで、モチベーションを保ってるところはあるなあ、と思ったので。

 

 

また、登場する丸谷先生の話される言葉を拾ってみた。練習中厳しく指導されてる様子が映ってるが、こうやって話されてるその眼には限りなくあたたかく、人情味にあふれた光があるのだ。

 

「音楽には答えがない。だから、難しい。」(動画前編 7:40頃)

答えがないから、その解釈は聴く人の数だけあるのだろうし、自分なりの表現を求めて演奏家は日々研鑽を積むのだろう。

(この場合は教える方針に正解がないという意味だと思うが)

 

 

「歌うことが出来なくてどうしてうまく演奏できるだろうか、いや無理だ。」(動画前編 9:40頃)

センテンスの感じ方、リズム、間合い、全て歌えないと演奏できないって最近もピアノ界隈でどっかで耳にしたんですけど。やっぱりそうなんやな、それをそんなに短く的確に言われてて、これもハッとした。

 

 

「負け戦には学ぶべき教訓がある。

だから、負けたほうが成長できる。

勝ったらその瞬間から油断が始まる。

人生そのものだ。」(19:15頃)

 

この勝ち負けっていうのは番組の中、部活動の中であって今の自分の自由なピアノ活動には関係ないけど、でも上手くいった時、そうじゃない時があって、うまくいかない時は何が駄目だったのかを考えると言う意味では、やっぱり共通点があるなと思った。

 

 

自分はござさんのホールの音を思い浮かべている。

そこに近づいてみたい。

実際無理だけど。

でもピアノに関わるのはやめませんので。

往生際悪いようだが、こうやって音を追求するってどんなことなのかを再認識できたので、ちょっとピアノ動画から距離を置いてゆっくり考えられたのは、良かったのかなと思う。

 

 

※参考資料:実際のコンクール動画。TV番組より13年前だけど。時代的に画質が悪いですが、すいません。

1989 大阪俗謡による幻想曲 淀工 - YouTube

 

 

 

ソロコンサート

この記事は、2022/1/15(土)浜離宮朝日ホールで行われた、ござさんのソロコンサートについてです。

配信アーカイブもあり、1/21まで視聴可能です。お求めは下記リンクからぜひどうぞ。(ここを読んでる人は多分視聴されてるとは思われますが、一応念のため)

eplus.jp

 

 

ござさんがネット上でピアノ演奏を流し始めたのは2009年8月ごろらしい。

画面には無言でピアノを弾く手だけが映っていた時代。

 

そんなネット投稿動画の黎明期を経て、

ござさんの演奏スタイルはゆっくりと変遷をたどっていく。

※参考動画(投稿:2019/5/12)

 

 

手だけの配信から、

サングラスとキャップ被ってストリートピアノへ。

配信ではペンギンマスクつけてみたり。しかし視界は500円玉の世界だったそうだが。

 

でもどの時期のござさんも、自分にとってはござさんだ(そりゃそうだ)

いろんな演奏スタイルの移り変わりが今のござさんを形作っているのだ。

この紹介動画の冒頭で述べられている「すべてのジャンルのピアノを弾きたい」という野望っていうのを思い出してみよう。

今回のソロコンサートを聴くとその野望は見事に実現されているのではないかと感じる。

それまでの道のりは決して平坦ではなかっただろうけど。

 

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

 

不吉な記憶と、一抹の不安

さて、自分は夜公演のチケット持ってましたが、諸事情によりドタキャン、客席を空席にしてしまい申し訳ありませんでした。なので配信をリアタイで見てた視点から書きます。

自分がドタキャンした諸事情の原因は、コロナウイルスである。

全ての元凶はそこ。

ござさんのリアルコンサートは以前にコロナウイルスの感染拡大により中止。

または、ござの日ライブは無観客で開催されている。

「いちいちこのコメントを持ち出してくることないでしょ?雰囲気悪くしないで」とか、「これ以上傷口に塩を塗るな」とか言われそうだが、自分としてはこのトラウマに正面から向き合って乗り越えないと、先に進めなかった。

お守りがわりに以前自作したキーホルダーをいつも横に置いて眺める毎日。 

今回も、夜の部の公演を配信でラストまで見届けるその瞬間まで、心のどこかで気が抜けなかった。(神社に祈願に行ったものの安心できるわけではなかった。)

何があるか分からないという緊張感。

だから今回、誰よりも観客ありのコンサートやりたかったと思ってたのは、そして無事終えて喜んでるのは、ござさん自身だと思う。途中のトークでも「10年以上配信でやってるので実際のお客さんから目の前で拍手をもらうことはほぼ初めてと言っていい」と言われていたし。

 

さて。

コンサート開始時間から、ござさんの登場まで少し間があった。

配信の自分たちは画面の前でござさんのピアノをBGMに聴いていたからいいのだが、現地では静かに待たれていたのだろうか?

そこへござさんが衣装の裾を翻しながらゆっくり現れ、じっと客席を見つめながら、左右、2階席も眺めながら、丁寧にお辞儀されていた。

その姿に客席のすべてのファンから贈られる、割れんばかりの鳴りやまない拍手。

自分はこの光景ですでに号泣してるわけです、こっちは画面越しにだけど。何かにつけ泣きだしているので、ハンカチとタオルが手放せなくて大変でした。

ほら、大丈夫だったでしょ、ござさん。

ファンは実際に居ましたよね?

その姿をご覧いただけて、自分は満足です。

 

 

外見が素敵な件

さてござさんはどんな衣装で現れるのか。自分の最大の注目点(そこか)。

タキシード?燕尾服?

そんなわけないですよね、堅苦しい

 

さて実際にござさんが着てたのはベージュの上下にベージュの長い上着……

落ち着いたホールの内装に合わせたような色合いと、ゆったりした風采。

なんとなくねぴらぼの時みたいなレトロな印象がある。

 

しかし今回の長い上着はニット……?

いや違う!?

コートかな、横から見るとちゃんと後ろにベルトついて、ノーカラーのトレンチコートって感じ?靴も合わせてて、バングルもつけてて、髪もパーマかかってて素敵です。

スタイリストさんありがとうございます。

この通り、途中のトークでござさんも「さっぱり話が通じなかった」と話されていた💦nonchiさん、大変な現場だったと思いますが、ござさんのあたたかい人柄を形にしたみたいな素敵なセットアップしてくださって、ありがとうございました。

髪形も、ねぴらぼinventionの時からござさんが「この髪形気に入りました!」(振り返り配信から)と言われていたパーマで真ん中で分けてるセットだった。「ござさんらしさ」を意識してくれたコーディネート、型にはまらないけどきちんとした組み合わせ。

おかげでござさんものびのびと演奏できていたのではないかと思います。コンサート聴いてたファンとしても、感謝です。

 

【※参考資料】この時の髪形がござさんは気に入ってるらしい。 

 

これを書くに当たっての自分の視聴環境

PCにヘッドホン、そしてこの周辺機器を接続してます。いわゆるサウンドカードです。

これの特徴。

録音環境が良くないと思われるところの音を、非常にリアルに拾う。たとえばストリートピアノ。まるで目の前でピアノが鳴っているかのような臨場感。

・では録音環境が良いところの音はというと、その音のよさを拾ってさらに立体的かつ繊細に表現してくれる。自分が集音マイクになったかな?って錯覚する。

つまり最高の音響の朝日ホールの音は、ほんとにその場で震えてる弦のうなり、ござさんの呼吸まで聞こえて来そうな再現度で聴けたといって過言ではない。

この自分にとっては最強アイテムを片手に、配信聴いての印象を書いてみます。

 

 

演奏を振り返る

さて今回(おそらく余りの高倍率だったからだろうか)夜だけから、昼夜2部制に変更されたわけですが、そのためござさんの身体的負担は相当なものになったと思われる。

だいたい1回のリサイタルで、ピアニストは2~3キロ?くらい痩せるらしい。そのくらい体育会系並みに体を消耗するのがピアノ演奏。誰ですかピアニストは箸以上の重い物持っちゃいけないとか言ってるのは?

というわけで自分が配信で見た夜公演はトーク部分も椅子に掛けての進行となっていたのですが、途中で息切れされてたのは気のせいか。

それでも最後の最後まで熱のこもった演奏。

文字通り身を削って今回のコンサートに全て捧げられていたのだと思う。

燃え尽きても何も残らなくてもいいや、と今持てるだけのありったけをつぎ込んだというか。そこにござさんのこのコンサートに賭けていた熱量の大きさを感じる。

(これだけの規模の)コンサートでお客さんを前にしての晴れ舞台。

どれだけここで演奏するのを楽しみにされていたか。

そしてお客さんに演奏を届けることが出来るのをどれだけ嬉しそうに話されてたか。

だから自分も全身全霊を賭けてその演奏に、その全力でぶつかってくる姿勢に正面から向き合おうと思う。

 

ござさんの音楽家人生の第1歩をこうして見届けることができて、ファンとしても感無量。

 

しかも楽器はとびきり最高のスタインウェイさん。

スタインウェイさんを操る……ちょっと違うな?「初めての場所ではまずそのピアノと仲良くなり……」「楽器ごとに特色を見極めて……」と多分去年2/23のスタインウェイ配信で言われていたと思う。

今回の会場のスタインウェイさんとも、仲良くなれてたと思うんです、リハ動画のツイートを見るからに。その動画見て後頭部殴られたかのような衝撃が凄すぎて、コンサート行けなくなりふて腐れ捨てかけてた(持参するはずだった)手紙を探し出し、発作的にブログに仕立て直して投稿しましたもんねえ。拗ねて引っ込んでる場合かっていう。

 ↓ ※応援記事

 

 

アルバムのタイトル「EnVision」

envision【他動】〔将来起こり得る良い事を〕心に[思い]描く、想像する

出典:envisionの意味・使い方・読み方|英辞郎 on the WEB

ござさんのアルバムはオリジナル曲のほかは主にアレンジ曲やJAZZの曲で構成されている。自由自在に鍵盤を操る演奏から無限に繰り出される多様なアレンジ。それがござさんのピアノの看板に掲げられた聴きどころだ。

それらのアレンジを駆使して作られたソロアルバムはこのツイートにある通り入念に考察を重ね、アレンジや構成を練りに練って隅から隅まで作り込まれたござさんアレンジ集。これぞござさんの世界観、それをあらわす決定盤である。

これを聴けばござさんがわかる。

ソロアルバムは、いわばござさんアレンジのステレオタイプ

どれだけ作り込んでたのかというと「長い時間をかけてた」とご自分で発言する位。

この「あるもの」がソロアルバム、だと思う。なぜなら本来有観客の予定だったござの日ライブに合わせて、本来リリースの準備がこの頃進んでたのではないかと思うから。

 

 

これに対しソロコンサート(に代表される、配信も含めてのライブスタイル)は即興の醍醐味を味わえると思う。

今回のコンサートで演奏されたのは12年を数えるネット活動歴でも代表曲とされるものばかり、しかしどの曲も過去の生配信ライブも含めて二つと同じアレンジはない。いつ聞いても新鮮な驚きと新しい発見がある。

ござさんのピアノは一期一会の演奏というか、発想が化学反応起こして思いもよらない演奏になってたりするところが面白いのだ。

今回のソロコンサートではアルバムをベースにしているから即興演奏とは少しニュアンスが違う。しかしその場で考えたのだろうか、CD収録とはアレンジが違う。そしてCDも、コンサート版もそれぞれにその楽曲の違った表情を様々に引き出している、という意味でどちらも素敵。

この無限に出てくるアレンジの発想に盛り込まれた、溢れんばかりのオリジナリティ。

これこそが、音楽家という人生を選んだござさんの手に握られた最強の武器だ。

ござさんの動画、生配信、たくさんYoutubeに残ってるけど聴き飽きた(そんな事態、未来永劫あり得ない)というのではなく次の投稿も楽しみだなという気持ちになるのは、いつ聴いてもそこに新鮮さを感じるからだろう。

 

「いいピアノですから」(2/23のスタインウェイ配信より)と、かつて憧れと慈しみのまなざしで見つめられていたグランドピアノ。

今回、晴れてファンの方を目の前にして実際にこのピアノを弾ける。その喜びをかみしめるかのように、一つ一つの音をピアノと対話しながら、確かめながら紡ぎ出してる、気がする。

 

 

一つ鍵盤を押すと。

ペダルを踏むと。

スタインウェイが表情豊かな音にして返してくる。

低音は威厳のある重々しい土台となって。

高音は軽やかな羽根の様に舞う。

心なしか一つ一つ音を確かめてるようにゆっくりのグリッサンド

また複雑なコードを押して生まれる様々な表情の和音は、風が吹けばそよぐ木の梢のざわめきと、それに伴ってゆらめく木漏れ日のように繊細な移ろいを見せる。

それらが反響し合い、生まれてくる音楽はより一層魅力的な表情を持って自分達聴衆に語り掛けてくるかのように余韻を残す。

さながら一幅の絵巻物のよう。

また音の一つ一つに物語性を感じる。それぞれの音には意味があって、それらで美しい叙事詩が紡がれているかのようだ。

 

 

 

各曲の印象

※専門的なことはわかりません。

イントロは多分コード進行とアルペジオだけ?(←素人はわかってない……)

でも自分は、ストピ動画でも生配信ライブでもこのイントロとか曲のつなぎの何でもないエリアが好き。色々な方法を試してるようにも見えるし、でもその考えてるような展開も含めて、曲に入るまでの部分が好き。

今回も自分が見たのは夜公演の配信だから、昼公演でこのピアノとは仲良くなってるはずだけど改めて時間を置いたことで、このイントロの演奏は、鍵盤の状態を確認する準備だったのかもしれない。そういう目的があったとしても最初に鳴る一音、その瞬間から全て音楽になってるところが、すごい。

え……何言いたいか分かります……?💦

 

 

清新の風

こうして魅惑のイントロダクションから、いつのまにかござさんの世界にいざなわれていったのであった。曲紹介の出し方までロゴを組み合わせたかっこいいフォントで出され、10/29の追加発表配信?からさらに工夫が加えられた感じで、運営さんありがとうございます。

この美しいピアノの響きと永遠に戯れて居たいという風情のござさんの手から徐々に主題があらわれて曲名に気づき、早速自分は画面前で泣いていた。

この曲を初めて聴いたのはいつだっけ、ねぴらぼinvention?その時はバンドと一緒の演奏だったと思うが、今回ソロピアノ演奏ということでリズムとかベース部分とか「指足りない現象」になるはずが、吹奏楽をイメージされているこの曲、みごとに色んな楽器のニュアンスまで細やかに表現されていてさわやかな五月の風を感じる(冬だけど。なんのこっちゃ)。

この曲が持つ爽やかで瑞々しい曲調、明るい風が吹き抜けていくような清涼感。どこまでも広がる青い水平線と白い雲、そこに降り注ぐ太陽のあたたかい陽ざし。

スタインウェイのやわらかな音色が、この曲の持つ未来へ拓けていくイメージを優しく包む。緊張感に少し震えながらも、ねぴらぼinventionで初めて聴いた時に思い浮かべた通りの大海原へ向けてゆっくり漕ぎ出していくござさんをのせた船を、そっと後押しするかのように。

 

何でこの曲が最初なんですか?反則ですよね?落ち着いてコンサートを鑑賞させていただきたいのですがリアタイしてて早速ここで言葉をなくしていた。

 

 

シチリアーノ

この曲は分類上クラシック、だったはずだ。しかしそうするとこの旋律は管楽器独奏と伴奏楽器のセッションが向いてるってことになる。しかし敢えてござさんのアレンジはボサノバ調。分類どうするの?JAZZ?と悩んでるとこの後の曲全部悩むことになるので深く考えないことにした。

でも自分はクラシックベースでイメージしよっと(ヒネクレてるなあ)。この曲はフォーレシチリアーノのアレンジである。フルートの奏でる陰のあるしかし美しい旋律と、ハープ、管弦楽が織りなす古風な曲。起源はルネサンス時代=15世紀までさかのぼる。

曲名のもとになってるシチリア島イタリア半島の先に浮かぶ島。そこを支配する王朝は目まぐるしく変わり、古来様々な民族が往来した地中海において宗教や文化・物流が交錯する交差点のひとつを成していた。

シチリアーナ - Wikipedia

シチリアーナ レスピーギ - YouTube

古楽器つまりリュートチェンバロ、そして室内楽で演奏されていた時代の貴族の邸宅を思わせる原曲に、敢えて、ボサノバアレンジ。

何でそういう発想が出てくるんだろう?古風な舞曲調の曲が現代のリズムで甦るって言えばいいんだろうか?不思議な組み合わせ。

陰がある旋律の中に、時おり明るい南イタリアの眩しい光が差し込んでくる。軽快なJAZZの歩調と合わせて気分も軽くステップを踏んでみるのだ。

 

海の見える街

ござさんの解説によれば、スタジオで「多重録音」によりアルバムに収録されてる曲である。発売記念コンサートを合わせて開催することが分かってたなら、なんでわざわざ多重録音までしてこんな複雑なアレンジにしちゃったんだ?ソロコンサートでも「あっ指たりなくて間違えちゃった💦」っていうのは通用しないぞ。という、いたって素朴な疑問が自分の脳裏をかすめた。

しかし「無理ぽいじゃん?」というお題に敢えてチャレンジするのがござさんのポリシーなのか。年末年始、集中的にこれを弾き込んだというような表現でもわかるように、物凄い量の練習をこの曲に費やしてきたことが伺われる。トークの中では「ラテン寄りアレンジ」と分類されているこの曲。

本来ジブリの映画で、カモメが飛び交う海のシーンで流れてたBGMのはず。

今回、ござさん2人分によるグランドピアノでの迫力ある演奏は、映画のクライマックスかのような印象。ござさんが2人いるだけあって複雑な和音の重なりも見事に表現されている。

 

合間のトークは座って話されていた。

そりゃそうか。

立って話してるのは漫才師くらいのものである。しかしござさんは座っていながらも客席から微笑を誘うというか、演奏の時の張り詰めた緊張感から一転して和やかな雰囲気をつくりだしている。絶対に無意識だと思うけど。生配信の合間でさえIQ3になるのに、こんな全身全霊の演奏の合間のトークなんて絶対に意識なくなりつつ喋ってるでしょ。

こんな自然に場の空気を一気に変えて、ピアノ1台きりのステージでトークでもお客さんの心を掴むとは、しかも作為なくそれができるとは恐るべしござさん。座ってステージで話すだけでお客さんの笑いをさらうなんて、噺家ですか?プロだったんですか(何のだ)。

トークで笑いを取るって、かなりの高度な技術だ。

聞いているのがいつもござさんの配信を聴いてるファンばかりなのを差し引いても。演奏の最中はIQ3になってると言いながらも、ちゃんとトークになってます。

※ちょっと待ったぁ!!!マスク、病院現場から言わせてもらえばウレタンマスクは効果があまり期待できません。お客さんが何百人も入ってる(みんなマスク有としても)現場ではサージカルマスクつけてほしいです。色つきのやつもあったはずです。

ついでに言えば、鼻が出ていたのでマスクとしての意味がありません。もったいない。アスリート並みに体力消耗していたからというのを差し引いても。

 

この後のトークでもポッケからいちいちメモが登場し、曲順から話題に仕込むネタまで網羅した、完璧なカンペが用意されていた。しかもIQ3だから「変な事言ってすいません」というオチまでメモに完備されている。どんだけ用意周到なんですか。思わず自分も画面越しに気付いたら笑ってたし、緊張もちょっとほぐれたかもしれない。

じゃなくて改めてお客さんを前にして堂々とコンサートが開催できたことにまたお辞儀を繰り返し感謝してるござさん。

ほんとうに……!!!

ストリートピアノ動画で見る光景そのものです。ステージに立とうがちっとも変わらないその姿勢。こっちが頭下げたい。

自分も有観客コンサート開催が人生の目下の目標だったのでそれが達成できた今、もうこれで死んでもいいです。(でもアーカイブ聴きたいんで死ぬのはやめとこ)

 

 

アネモネ

最初にこの曲と出会ったのはこの時である。

時にねぴらぼのアーカイブ期間が終了し、その熱気が冷めやらぬ中。ござさんは癒しが欲しいだなんて、ねぴらぼお疲れだったんだなとか、次のオリジナル曲を考えてるなんてもう次のステップを踏み出してるんだなとか、自分もこの曲を聴いて考えるところはあった。この時期、公式にござさんのオリジナル曲と銘打って発表されてる曲は他に無かったし、この曲も名前もずっと付けられてないままだったと思う。しかしその後Youtube動画のEDに使われていたりして、今回の作曲はそこがベースらしい。

個人的にこの曲には非常に思い入れがある。詳しくは省略しますが。

曲そのものが持つ、暖炉の前で静かに置き火が燃えているのを眺めるような優しい空気が辺りを包む。ござさんの解説とは違うけど、当初の動画につけられていた題名のとおり、自分はこの曲には癒されるのだ。

この曲を無事にコンサートで聴けて、自分はこの日現地に行くのがドタキャンになり色々メンタルちっくになっていたがそういう些細な悩みはどうでもよくなった。

ござさんが一つ一つ丁寧に作り出す和音の響きが、そっと肩を叩いてくれた気がする。

そうだな、自分は元気でいよう。ござさんは多分ずっとピアノ弾いてるだろう。今日の楽しそうな姿をみてそう思った。元気でいれば、いつか見に行ける日もあるよ。

アネモネーーーこの曲につけられた花の面影がふんわりしたちぎり絵みたいになって自分の手元にいつのまにか手触りの感触を残す。またござさんのピアノが聴ける日までその感触を自分は握りしめているだろう。

 

 

ショパン即興曲 As-Major Op.29(Arr.Aleksander Michałowski

 

新しく譜読みして練習されたと語られていた曲はこれの事かなあ。クラシックは厳格な解釈の歴史があると思うが、ござさんのピアノはショパンらしさを踏襲して控えめな美しさを主張しながらも、全編が艶やかに輝く。

 

はっきり言ってござさんのコンサートでクラシックを聴くことになるとは思わなかったんだ。自分はピアノは習ってたけど嫌いですぐにやめてるし、ござさんを知ってからピアノを聴き始めたので、ある意味クラシックの演奏を極めてる人の極め具合には興味がない。ござさんの演奏とクラシックピアノの世界の振り幅が違い過ぎて、自分ははっきりとござさんのピアノに寄り添いたいから。

しかしツイートを見る限り譜読みしてるってことは配信でおなじみの黒鍵や幻想即興曲とか革命とは違うだろうし、何だろう?と思いきや全く自分の知らない曲だった。原曲を聴いてみたら素直で明るい感じだったけど、この編曲版はもっと複雑な和音で超絶技巧の粋を極めたような曲。しかしその中でも旋律のラインははっきり浮かび上がっていて、どうなってるのかよく分からない(こなみかん)。

クラシックは自分にとって速さとか正確さ、解釈するのに必要な教養を競う体育会系競技みたいに見えて、本来自分は興味がない。それとは無縁に魅力的だなあと思う曲や、素敵だなあと思う演奏にはクラシックとか分野を問わず意識が向くのだけど。

落ち着いた貴族のサロン向けみたいなロマン派風の曲が、ござさんが演奏してると俄然鮮やかな色彩を与えられたかのように躍動的に動き出す。

原曲の持つ上品な旋律が、ござさんの語法に置き換えられて元の姿以上に素敵に響く。

 

 

ALL The Things You Are

と、ここで突如スタンダードJAZZがきました。

クラシックとJAZZは全然指使いというかコードが違うから両方弾きこなすのは難しいって聞いた事ありますが。そんな事やってるから脳のメモリがなくなるんだ。なるほど。

ここでガチの素人の自分はそんなふうにJAZZと思って聴いてましたが、ネット上で有識者の方からご教示いただき、どうやらござさんの伝家の宝刀、混ぜるアレンジがここで発動していたようです。

何を混ぜていたのか?前の曲のクラシック、ショパンの曲です。その旋律、モチーフがさりげなく使われていました。

そもそもモチーフとは?

モチーフ - Wikipedia

ここにある通り、「動機」「楽曲を構成する最小限の単位」「独立した楽想を持った最小単位の音符の集まり」というほどの意味である。これのまとまりを主題と呼ぶそうな。

ふうん。

JAZZのコード、リズム感にどうやってショパンを混ぜ込んでいるのかという人智を超えた謎は解明できないとしても。お洒落なJAZZの進行の中に、なんとなくクラシックの上品な香りがまざっている。よく聞かないと分からない程度に、さりげなく。

正統派クラシックからJAZZへ、色々な意味で全く違うジャンルに変わった所でお客さんが自然に次の曲になじめるように、前の曲を残り香のようにそこはかとなく配置してみたのだろうか?こういうことをやり始めたということは、ござさんいよいよ本領発揮かなと思った。ガチガチ緊張状態から、ちょっと一皮むけたかな?アドリブも目にも止まらない勢い。「繊細めな感じ」ん?どの辺が……?この好きにやっていいんだよ状態の演奏が一番生き生きとされているのかも。

コード進行の工夫?こっちはわかんないです(こなみかん)

 

 

このあたりから曲の解説トークがいよいよ迷走を極めてきます。メモも全くお役に立てていないようです。ああ無力感。IQ3の境地。

だってよく考えたらそりゃそうですね、昼夜2公演全部暗譜してて、しかも「昼公演と違うアレンジで」夜公演をやっているわけです。ということは昼の部でやったアレンジを覚えててそれをベースに夜の部では違ったアレンジにした、ということになる。

これを全部暗譜でやってのけてるわけで、更にその場で微妙にアレンジを変えたりしてる。そりゃ脳内メモリが無くなって、そこから後は回転しなくなるのはしょうがないというもの。

別にトークなんぞに労力を割いていただかなくて全然いです。

 

この曲をござさん風に分類するとプログレだそうだ。(再び)どの辺が……?7/8拍子だから?このアレンジの原点は昔のツイート動画に端を発していると思う。ほかにも、ソロアルバムに載ってる曲はどれも軒並みかなり古いアレンジ動画がベースになっているはずだ。でもどの曲の動画もこの記事にリンクは貼らない。今までの過程を経て今のござさんがあるわけで、歩んできた足跡は忘れてはならないが、でもそれはあくまで過去の記憶にすぎない。

参考にそれぞれの動画を聴き比べようと思ったが、今回のコンサートと比べるとたぶん想像以上に違っているんじゃないかと思ってあえて過去動画は聞いてない。聞いてしまうとコンサートのアーカイブを素直に感動できなくなる気がしたから。

そこで今回のアレンジは「プログレ」です。拍子もアシメントリーな感じ、和音の進行も独特。原曲はレトロモダンな春の東京をバックに咲き乱れる桜―――コンサートの舞台ではさらに盛り上がる豪華版となっているようです。

レトロじゃなくてもプログレでも、通奏低音のように刻まれる不規則なリズムに乗って、澄んだ水のような旋律がゆらゆらときらめく。畳みかけるようなコードに胸が高鳴る。川岸の満開の桜並木の下を歩いていると、不意に吹いてくる風に一斉に花吹雪が舞うような絢爛豪華な光景が思い浮かんだ。(え?あ、今1月ですが何か)

 

どんなときも

このアレンジも成り立ちの動画は古い。これぞござさん、という不思議な軌跡を描く和音進行。

原曲は90年代を代表するヒット曲で、槇原敬之のまっすぐな歌声と誰もが共感する歌詞が人気だった。街へ出るとどこへ行っても流れていた曲。そんなテンポの良い明るい原曲だが、ござさんのイメージは色合いが違うようだ。

 

不思議な和音進行でためらいながら歩を進め、時には戻りながらも階段を1段づつ踏みしめて上がっていくような感じ。

降るような満天の星空から一つ一つ星が流れるのが見える。それを眺めて逡巡している胸の内を見透かすようにござさんの透明な音がゆっくりと問いかけてくる。

この歌詞がござさんの人生をそのまま表している気がして、原曲の元気な曲調はともかくござさんの古いアレンジ動画の画面を見ながら、自分の知らない時代のござさんの長い音楽活動に思いを馳せてみる。その道のりは半端なく長く、平坦には程遠い厳しい道のりだったはずだがずっとござさんはピアノを弾いてきた。

ただピアノが大好きなござさん。

練習は大変だ、ピアノなんてやめよう!とか思わなかったのかな?

答えは奏でられる音を聴けばわかる。

あるわけないでしょ。

 

 

(時間の都合で月のワルツ葛飾ラプソディの部分は省きます、すいません)

↑時間があれば書くかもしれないけど一応諦める。

 

夕さり

この曲名は古語に由来する。用例は古く万葉集にさかのぼる。要するに夕方を表す言葉だが、日の出ではなく太陽が沈むさまにも趣があると捉えるのは日本人ならではの感性かもしれない。

ござの日ライブでもソロアルバムの感想でも、自分はこの曲についてちっともまともな感想がつけれていなかった。(当社比)

なぜだろう。

自分は本来前向きな思考するように心がけてて、ネガティブなツイートも(そんなに)しない。で、この曲名見て「夕方ってこと……?寂しそう、そんなイメージ暗くて好きじゃない」と思ってアレルギー反応というか食わず嫌いだった感はある。CD聴いててもいまいち気持ちが入ってなかったのかもしれない?

 

この曲を表現するなら去り際の美学というか、最後の瞬間まで美しいというか。

日本人はそこに美しさを感じてきた。紅葉を美しいと感じるのも、色彩の妙ももちろんだが、散っていく間際の最後の華やかさを楽しんでいるともいえるだろう。

落ち着いてこの曲と向き合ってみて、そういうわびしい感性というのがちょっとわかったような気がした。自分がござさんのピアノが好きなのはこういう面からかもしれないと、ちょっと思った。

決して派手ではなく、落ち着いた渋い色合いのなかに密かに光るものがある。その光はいつまでも輝きを失わない。主張しないけどそれはそれで美しい。

ただコンサートでの演奏はその渋い色味を磨いて黒光りする漆器のような豪華アレンジとなっていたけど。

夕日の描写:沈む間際、燃え盛る太陽の紅色の片鱗、みたいな情熱がほとばしる。

 

 

 

Secret base

この曲は自分は黙って聴いている。

ねぴらぼのステージ、初めてライブというものにござさんが出ているところを(無観客だったけど)画面越しにでも見て、演奏を聴いた。

原曲は10代の女の子のバンド構成だったとか、色々カバーされてて気づいたら高1男子も知ってたとか、そんな基本情報はここでは問題ではない。

この曲も、どんなときもと同じで歌詞を思い出してみよう。著作権上ここに歌詞は書かないけど。

ただ、自分が初めて見たステージがねぴらぼで、その後色々なことがあったなあ、と黙って思い出したい。

というよりこの曲もコンサート版特別アレンジ?なのか、ござさんの何か言いたそうな含蓄のある和音、それを最大限に聴かせるホールの長い残響。

 

別に自分は多くは書きません。ござさんにも、ファンの皆さんにも様々な思い出とそれぞれに抱える気持ちが胸を去来している事でしょう。いろんな思いを巡らせて。

この曲は今までのござさんとこれからのござさんに黙ってエールを送るもの、という位置づけでよろしいのではないでしょうか。

 

 

DannyBoy

DannyBoyも、ござさんの配信ではおなじみのレパートリーとなっている。しかしコンサート版はまた別だ。

「これで最後の曲です」とござさんの言葉に、客席から上がる名残惜しさのあまりの悲鳴のような声。ここのトークで「アンコールは無しです」と前置きしながらも、きちんとまたしても全方位にお辞儀を繰り返し、何度もファンにお礼をのべているござさん。

お礼が言いたいのは自分の方だ。

 

ござさんは万感の思いを込めたような視線でファンで埋まった客席をじっと見つめている。聴いてくれてありがとう、とでもいうかのように。

いつまでも名残惜しいファンのためにだろうか?DannyBoyのアレンジはこのコンサートでやったジャンル総集編とも言えるような、みんなが楽しめるものに仕上がっていた。バロック調のようなクラシックアレンジから、JAZZ風?とか軽快なアレンジを経て壮大なクライマックスへなだれ込んでいく。鍵盤いっぱいにござさんの指が巡って、客席の方々も息をのんで行方を見守るだけ。

ピアノとござさんから、客席を隔てるものは何もない。そこには生のピアノの音が空気を媒介してお客さんへするどく突き刺さる。

プラズマが閃くみたいに残光の軌跡も鋭く、聴く人の脳裏に強烈に印象を残すだろう。

 

ほんとなら終演のこの拍手、自分も混ざっていつまでも手を叩いていたかった。

最後までお辞儀を繰り返すござさんに、生で演奏を届けてくれていたござさんに自分も生で喝采を送りたかった。

 

ただ会場で聴くほかに配信も選択肢に上がる世の中になって、それだけはコロナウイルス流行以降で唯一いい方の変化なのかもしれない。こんな会場で聴くだけのピアノコンサート、従来なら行った人だけが楽しめるエンタテイメントだったから。全く同じことをねぴらぼの感想でもござの日ライブの感想でも書いた気がするが、やっぱりありがたいから。

 

 

 

 

後日談。Youtubeでの振り返り雑談配信。


何故振り返りで雑談だったのにツイキャスではなくYoutubeだったのか。コンサートには色々なお客さんが入られてて、配信も幅広いファンの方々がアクセスしてると思う。そんな中ツイキャスだとYoutubeとは視聴者層が段違いに少ないし、届けたい人達にこの振り返りトークとコンサートのお礼の話が届かないんじゃないか、と懸念されたのではないか?

単なる推測だけど。

ここで抜け殻の如く、言葉を発音するのもやっとな様子で、幻か何かのようにフワフワと話すござさん。もうね、お疲れというかそんな表現では語れないレベルで色々体力を使い果たして、力が入らなかったんじゃないでしょうか。スタインウェイさんと一緒にござさんの情念は全部あのステージで昇華してしまって全く残ってないんじゃないか。

このござさんの抜け殻である何かの存在を見ながら、思う存分完全燃焼できたんだと思って自分は嬉しかった。じゃあ自分も完全燃焼しようと思って感想をちゃんと書き残そうと思った(途中で2つくらい抜けてるけど)。

しかしござさんの視界には次のステップが、これからの景色が広がっているようだ。そんな事を話しながらも毎日ピアノの練習してるんでしょうけど。

 

 

 

(自分の中で)リアルで聴いてほしいと思う人

ご両親。それと、ピアノ教室の恩師の先生。

絶対に聴いててほしかった。なんなら現地へご招待されててどこかで聴いてくれてたらいいなと思った。

ござさんの音楽活動の片鱗にも登場もしないしかすりもしてないように見える、ござさんの周囲にいたであろうピアノ関連の大人たち。自分は最初から不思議だったのだけど、そして感謝してるのだけど、小さい頃からこれだけの腕前(アレンジやJAZZは大学以降に身につけられたとしても)があれば周りの大人たちは絶対音楽活動や方向性に介入してくるのが世の常だけど、ござさんに関わってた大人たちにはそういった動きを感じない。あくまでござさんの好きなように弾かせてくれてたのだろう、今のござさんのスタイルはそういった自由な経歴なしには成り立たない。

だからこそ、ピアノ奏者として大成(したと言ってももういいでしょう?)し、こんなふうにファンの支持を得て立派に演奏してる姿こそ、小さい頃からござさんのピアノの練習を見てきた人たちに絶対見てほしい、と思う。

こっそり運営側がこのアーカイブをDVDにしてご両親にプレゼントとかしてくれないかしら。サプライズ的な。無いか。

 

 

ネットピアニストの楽譜集に一緒に載った方々。

いつもお世話になっている事務員Gさん、いりすさん、ずっしーさん。

いつも交流されている菊池さん、ものはっぱさん、tjさん、gaoさん、ぜろいちさん。

もうどの人もネット上で有名になってしまった今、堂々と客席にはいらっしゃらなかったかもしれませんが。

そしてみんなそれぞれの道を独自に歩み始めてる今、方向性が違ってきた人もいるかもしれませんが。

「昔のネットの世界は顔出しすると別ジャンルの配信者になってしまうので手だけがデフォでしたね、顔出しタブーでした」という時代からのござさんを知ってる方々。

今ござさんの新たな旅立ちにあたって、その場に立ち会って門出を見守ってくださってたら嬉しいなというか……

 

ものはっぱさんも労ってくれていた。見に来てくれていたのかなあ。

※このツイートはサブアカ。ものはっぱさんは本アカウントのほうは

ものはっぱ / MonoHappa (@m0n0happa) | Twitter

で活動されている。

 

 

また菊池さんから感想もいただきました。ありがとうございました。

 

ピアニストさん達はそれぞれに演奏の特色が違うし、来てる仕事の内容もそれぞれだなーと思ってるので、菊池さんも以前のように気軽にござさんとコラボしたり、フラッとストピに現れたりというのはもう中々無いかもしれない。

でも自分の中で勝手に菊池さんの存在はござさんと二人でセットという設定なので、これからいろんな仕事が来るに従って方向性の違いが出てきたとしても、お互いリスペクトし合う存在としてこういう節目は見守ってくれてたらいいなあと思う。

 

 

 

ござさんへ

本番前のロビーに森閑とした空気がとばりをおろす。

どこか遠くから響き渡る、まるで百合の花束のような気高い音色。

その華やかな芳香を思わせる音に誘われて分厚い防音扉を開くとーーー

そこには本物の客席を前に、広いステージに置かれた大きなコンサートグランドピアノと、まるでお互い会話するみたいにピアノを弾き込むござさんの姿。

さながら旧知の相棒と最後の入念な打ち合わせをするかのように。

 

この光景は夢とか幻ではなく、実際のコンサートホールです。

眺めていると本当にコンサート開演前、指定席に向かおうとホールに入ると練習してるござさんを発見した、というような錯覚に陥ります。

 

 

今回自分は諸事情により現地へ行けませんでした。そこで色々放棄してメンタルちっくな思考回路になっていたところでしたが、今日は落ち込んでもいられないということで朝からライブの成功祈願に出かけてみた。何かしていれば思い詰めることもないから。

いつもより早い出発時間、いつもと違う一張羅の服と荷物、いつもと違う運転ルート。

本来の今日の朝の光景だった設定で出かけてみた。気分だけでも、シチュエーションだけでも同じにしたら気分が上がるかと思って。

行き先だけが違う。

そこはご神木がある神社。

 

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ご神木を避けて国道が走ってる。

この何にも動じなさそうなご神木を見て、気持ちの整理をつけてみた。

いつまでもしつこくテンション下がってるわけにはいかない。今回行けなかったからって何なの?配信でばっちりパソコンの高音質で聴けるじゃん?何よりござさんは「楽しみ!」って言ってて、実際にコンサートにはお客さんも入る。最高じゃん?

 

というわけで、ござさんへ書いてた手紙もクシャクシャポイするのはやめ、今の気持ちをどこかに書いておきたいのでここで記事にすることにした。

応援したかった気持ち。

以下、手紙の文章そのまま。

 

 


拝啓

寒気厳しき折から、お障りなくお過ごしでしょうか。ござさんにおかれましては益々ピアノの練習にご研鑽を積まれておられる事と存じます。

 

そしてこの度はソロアルバムのリリース、そしてソロコンサート開催されます事、誠にお慶び申し上げます。

 

ござさんにとってはこのコンサートは今までの音楽活動の集大成と捉えられているかもしれませんね。朝日ホールの空間が、ござさんの繊細にして緻密な音作りをさらに劇的に演出してくれることでしょう。

思う存分、ピアノの音を楽しんできてください。

そしてその最高のパフォーマンスがあれば、観客の皆さんは心の中でBRAVO!と叫んでくれると思います。

 

今までネットで演奏を聴いてきたファンにとってはようやく正面から堂々と応援できる機会を得たという感覚です。これで漸く応援のスタートラインに立てたと思っています。

 

ござさんのピアノの音は、自分の人生に彩りを与えてくれた唯一の存在であり、自分は生涯、息長くずっとござさんを応援していくつもりです。

 

ピアノに、音楽にいつも真摯に向き合われているところ。

また配信やストリートピアノで深々と頭を下げられて挨拶されている姿。

そして、何よりも一度聴いたら忘れられない素敵なピアノの音!

何も飾らなくても、その演奏がござさんの魅力の全てを物語っています。

そういった点を全部合わせて、大好きです。

 

これから益々厳寒の候となって参りますが、くれぐれもお身体を労っていただき、また近々配信でお元気な姿を拝見できます事を楽しみにしております。

 

乱筆失礼致しました。

                           敬具

 

 

 

 

 

1/5生配信ライブ

 

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新年明けましておめでとうございます。

絵とか書けないので、家の鏡餅の写真を置いておきます。

え??

大丈夫ですよね???

完っっ全に間に合ってますよね???

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

新年の抱負(実行したい)

このブログは意図的に内容を書けるわけではないけど、ござさんについてのみ(たまに他の事も)発動する字幕みたいのが不規則に流れて来るので、それをがんばってまとめてるのがこの部屋です。なんか魂の叫びみたいな?だから時々注文つけたり文句言ったりするかもしれないが。いい事ばっかり書くとは限りません。(※ただ、あくまで時間的にできる範囲での話です。書きためてた年末分の下書きはバタバタしたまま仕上げられてないのでボツです。そういう過去は振り返らないスタイルで行きます)

読みたい本とかも、こうやってツイートしとけば半ば自分に強制力が働くからやらざるを得なくなるし、取りこぼしが無くなるwwwww戦争と平和とか何年かかってるんだ。

 

ござさんの抱負は「ピアノを弾く」だった。じゃあ自分もピアノがんばります。というか自分みたいな素人はがんばってコツコツ少しづつ練習するしか未来が拓ける道はないのだったΣ(゚д゚lll)ソウダッタ……

 

懐かしい日常の風景

去年はコロナで親戚がほぼ誰も来なかった。

しかし今年は最近移動が緩和されていたのもあって、いつものお正月の顔ぶれが2年ぶりに揃った。いつもグループLINEでコミュニケーション取ってたからいいやと思っていたものの、会ってみると子供たちは背が伸びて(というか姪っ子が一人増えていて)、成長なりに遊んだりケンカもしたりして、またお餅をつき、一緒に初詣も行ったり、やっぱり会ってみないとできない、わからない事は沢山あるなと思った。

と、そんなきれい事は置いといて、とにかく1歳児が今年はいるから例年とは違って気が抜けない。「違う家で知らない人ばかりに囲まれ、聞こえるのは外国語みたいな方言ばっかり」(by妹)の中、姪っ子が少し慣れてきたのは10日の滞在も3分の2を過ぎたころ(笑)。ママ=妹が背を向けただけで常に大泣き。何でも口に入れる。歩けば2、3歩で転ぶ。

こんな調子で姪っ子や子供たちを必死でみんなで相手しつつ、久しぶりの「いつものお正月」を過ごせて、それなりに楽しかった。

日常が帰ってきた気がした。

この貴重な時間を目いっぱい楽しみたかったので、その間ネット世界に対して自分の意識はオフになっていた。ネットを眺めてはいたけど、その時は自分の居場所はそこには無かった。(なんか愚痴は言ってたかもしれないが)

 

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 ↑ こういうスイッチがプチッと切れていた感じ。(なぜかこのスイッチ盤NATIONALの文字が上下逆だがそこは問題ではない)

色々バタバタしててそもそも紅白も箱根駅伝も記憶にございません。ふと我に返ったのは妹一家が関東まで帰った次の日くらいだった。

あーとにかく1歳児さんに何も事件がなく、上の甥っ子にも元気で楽しく過ごしてもらったようで、何はともあれ一安心である。また高1男子には負う所が大きかった。甥っ子と毎日お風呂に入ってくれたり、ちびっ子の喧嘩の仲裁してくれたり。どうもお世話になっております。

 

そこで肩の荷が下りたので、現実世界に戻ってピアノの練習を再開し、こんなのを書いている次第です。

 

 

ピアノの世界を思い出す

さてパソコンの電源も久しぶりに入れ、ピアノもほぼ2週間ぶりに練習してみて、思った。

腕が動かない!指もフラフラして力が入らない!すぐ疲れる!

ござさんのピアノ動画も久しぶり過ぎて、生配信も直視できなかった。なんか照れる(勝手にやってろ)。

 

そう、この記事は1/5の生配信の感想です。前置き長すぎ(定期)。

妹たちが関東へ帰っていく日の朝、何かと思ったら配信のお知らせが来ていた。朝早くのお知らせ……多分それから寝る所だったんですねなるほど。

 

自分は年末年始の疲れに加えて仕事始め以降の疲れもあって、リアタイで聞いてみたのはいいけどたぶんそのまま寝落ちした気がする。

 

スタインウェイ……?

過去にもスタインウェイ配信で凄い演奏あったような……

スタインウェイピアノ配信! 2021/02/23 - YouTube

その配信の感想記事。

この当時、配信ライブでは初めてだったスタインウェイのピアノの音色を楽しむというよりは、今見るとおっかなびっくりな感じでピアノに対峙していたござさん。

(今はメンバー限定の配信アーカイブだが)その演奏は、渚のアデリーヌひとつ取ってみても、華やか且つ煌びやかな響きにあふれていて豪華絢爛、目もくらむようなまばゆい光が辺りを覆い尽くすっていう感じ?

例えて言うなら。

社交界のデビュータントの令嬢やご子息方が、初めて華やかな衣装をまとって公式な舞踏会に出席するため、周りの装飾に目を奪われながらも、こういう大理石の階段を息を詰めて一段ずつそっと昇っていくっていう光景を思い浮かべた。

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(画像リンク:ガルニエ宮 - Wikipediaいわゆるパリオペラ座)

 

 

そんなピアノを触ってはいちいち感動したり驚いたりしていた季節は過ぎたと言っていいだろう。その間の色々な舞台での経験とかグランドピアノ配信の積み重ねが、演奏スタイルに厚みと落ち着きをもたらしているようだ。

 

今回は、(幻想即興曲の後に)「こうやって弾くとこういう風に響くんだなっていう勉強になります」とか具体的に目的をもって演奏(という名の練習)をされてる気がする。

去年のスタインウェイ配信が豪華絢爛なら、今回の配信は思慮と機智に富んだ落ち着いた演奏。すっかりスタインウェイさんとも仲良くなられて、相手の出方を把握したうえでこちらの持ち札=アレンジを自由自在に使いこなすっていう余裕を感じる。

今回の配信をイメージで例えるとすれば。

ウィーンの美術史美術館とかぴったりなんじゃないだろうか??

装飾一つとっても、彫刻にもなんか落ち着きを感じますよね?(自分だけ?)芸術と学問の神様のご加護を感じません?(自分だけだな)

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(画像リンク:美術史美術館 - Wikipedia

こっちの建物はガルニエ宮と同時代、19世紀後半にハプスブルグ家がウィーンの都市改造の一環としてウィーン城壁を撤去しリングシュトラーセ(都市環状道路)を建設した際、その沿線に自然史博物館と対になる建物として造られたもの。

 

ゆうても、知らないよここどこだよ?ってなりますよね?

スペイン-ハプスブルグ家から送られたマルガリータ王女の肖像画で有名なとこです。

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(画像リンク:ディエゴ・ベラスケス - Wikipedia

なんのこっちゃ。

横道に外れついでにもう一ついってみよー。この絵でも有名です(他にも名画揃いな所ですけど)。フェルメール(真珠の耳飾りの少女とか描いてる人)の、「絵画芸術」。

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はい、くわしくやってるとどんどんオタク道に外れていくので、「あーなんか落ち着いた色合いの絵だなー」とか「静かだなー」とか「今回の配信もこういう理知的な雰囲気を感じるなー」ぐらいに思っていただくのが目的です。

おかしいなこの項目のお題が「ピアノを思い出す」だったはずなのに。話題がずれまくってる。元に戻らなくちゃ……

 

えーと今回の配信についてですね。

服が懐かしい黒いシャツだったのでそこが感激です(そこ?)

この時のインタビューが初お披露目のシャツ。その後12~1月のグラピ配信とか動画でも使われてたシャツ。自分的に色々思い出の時期で、このシャツ見ると色んな出来事を思い出すのです。

 

じゃなくて。この記事はピアノの感想についてだったはずだ。おかしいな。

 

ピアノとシンクロ率が高い件

シンクロですか……そういや年末の紅白でエヴァンゲリオンが話題になってたような…?紅白見てないから詳しく知りませんが。

じゃなくて。

今回の配信は落ち着いてるって上で書きましたが地味っていう意味ではありません。スタインウェイの特徴?音の質とか反響とかを分かったうえで(どっかでスタインウェイのピアノありましたよね最近。10/29の追加告知配信とか?)それを前提にアレンジ考えてるんだなーという意味で落ち着いてる、と書いたまでです。

だから演奏もやたら豪華、というよりはより半端なく劇的に演出されて感動の嵐、といったところでしょうか。その演出のバリエーションが真に迫ってて息が止まりそうです。

ねぴらぼといいござの日ライブといい、本番直前になるとござさんは半端ないレベルでほんとにピアノの前に缶詰になってひたすら練習されてたので、今回も「血反吐をはく(10/2の重大発表より)」くらい練習されてるようですし、きっとお正月明けに配信あったらすごいんだろうなあ、と年末バタバタしながらぼんやり思ってましたが、そういうありきたりな自分の空想は軽くすっ飛ばされていったのでした。

 

今回の配信は3部に分かれると思います。(そんなの見たらわかる?まあまあ……)で、自分はそれぞれのパートごとにわけて永遠にリピしてる。

ござさん、シンクロしちゃったというかもうピアノそのものになっちゃったんじゃないの?と思う。ござさんの本体はピアノで、姿が見えてるござさんは配信になると幽体離脱して出てくる思念体なんじゃないのと思う。

なんのこっちゃ……

まー気にせず行こう。

 

左手のリズムがかつてないレベルで正確?かつキレキレ。※ポピュラーピアノの左手講座 - YouTube(多分この動画で解説されてるやつかな……ずっしーさんが命名してくれてた)

低音のガツンとくる響き(flamingoとかブルーボッサあたりの)。やっぱスタインウェイさんは低音もぼやけずにはっきり主張してくる。ござさんはそこをお気に召したのか、BASS音域をフルに使って伴奏っていう範疇を超えてそれだけ聞いても曲になりそう、みたいな左手になってる。

かといってじゃあ高音はうるさいのかというとそんな事はなく、繊細なきれいな響き。四国では見られないのでリンクを貼りますが、こういう凍てつく空気に浮かび上がる氷の粒、みたいにきらめいている。

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(画像参照:ダイヤモンドダスト|北海道観光公式サイト GoodDay北海道

 

ともかくござさんの演出によってはっとするほど綺麗になり、また心臓を鷲掴みにされるような真に迫ってくる展開になり、……気づいたらどの曲もまたリピートしてしまうのだった。

どれがすごいって、全部すごいです。(こんだけ前振りしといてなんという陳腐な感想……)

曲の説明だけ見るとおなじみの曲揃いですが、最初のワルツ・フォーデビーからしてお洒落なアドリブ満載、一月一日で昔ながらの季節感を出しながらも、あとはどこかござさんの世界へ飛んで行ってしまっておりました。

 

ここで突然営業部員と化す自分。対象はこれを読んでるメンバーシップ入ってない人。

これはちなみに生配信のため、一定期間たつとメンバーシップ会員向け動画コーナーへ入れられてしまいます。勿体ないと思うんですよね?これだけの文化遺産(と敢えて表現しよう)、メンバーシップ会員に独占させてていいのでしょうか?

しかしそういう制度なのでやむを得ない。

そこで。会員登録すればこの動画が好きな時に見れる!ラーメンプランのグレードにすれば期限も無し!

いかがでしょうか!もし資金に余裕があれば、ぜひご検討くださいませ!

(別に何の回し者でもなく、ただ自主的にここで叫んでるだけ)

 

とにかく剣聖のアクエリオンまで、1曲たりとも聞き逃せません。どの曲も胸をえぐられるような、良く言えば力強く勢いにあふれたものになっております。

特筆すべきは最後のメドレータイム。なんと30分以上やっていた。どの曲も、配信中の勢いのまま、さらにひねりが効いてます。

 

なんかこう書くと月並みにしかならないけど、今回の配信はとにかく聴いてみる事だと思う。色んな意味で既成概念がぶっ壊される気がする。そしてござさんのいる別宇宙へ気付いたら連れ去られているのだ。

 

 

ござさんにおける年末年始の展望

年末年始、ござさんは何をされてたかというと。紅白を見てたりその後の深夜番組を見てたそうな。お酒とつまみをちびちびやりながら。紅白見るにしても、ござさんちはTV無いじゃん。と思ってたら、ご実家に帰られてたのでした。「その時だけです」とか強調されてましたけど深夜番組も含めて見てたってことは大晦日はご実家で泊まってたんですね。そういうふうに何気なく帰ってきてくれて、お雑煮も食べてくれて、ご両親はお喜びの事と思いますがね。何も紅白見るために帰ったんですよ的な事言わなくてもいいんですよ。

ていうか、「お雑煮が余ったからもらって、タッパーに入れて持って帰りました」っていうのがどういう状況なのか理解できない。

お雑煮って、お出汁(お澄まし又は味噌)でお餅を炊くんですよ?余ったらお餅が溶けるじゃないですか。お雑煮のお出汁が余ったって意味ですかね。それで、レンチンしたお餅をお出汁で食べなさいって意味なのか?なんかよく分からないけど超気になる。

 

そういえば年末年始のござさんのコメントがあったので振り返ってみよう。直接リプすればいいのにって…?照れるし(←ダメだ、やっぱ勝手にやってろ)

この点については、自分が感謝したいところだ。

なぜなら従来の自分の認識、つまり

ピアニスト=音大を出た人がクラシックを弾いてる」

ピアノ演奏=解釈にも教養が必要な、堅苦しくて敷居が高い高貴なジャンル」

「つまりピアノは一般人が聞いてもどうせ分からない難しい音楽」

という観念を真逆から覆してくれたのがござさんのピアノなので、その演奏に出会ってなかったら一生ピアノを弾いてみるどころか聴くことも無かったと思われるから。

世の中ではこういう狭い世界を飛び出して、ジャンルとか色んな垣根を超えて実際にピアノ奏者さんたちが色々模索しながら活動されている。自分はその入り口がござさんだけだった話。

とにかく昔と比べてピアノを聴いたり演奏するにあたって手段やジャンルの垣根は非常に低くなっていると思うので、そういう意味で感謝したい。

 

 

「後世まで芸術として伝わるかどうか」ですか?

自分にとってはござさんの作る音が芸術であって人生になくてはならないものですけど、何か?

芸術とは。

表現者あるいは表現物と、鑑賞者が相互に作用し合うことなどで、精神的・感覚的な変動を得ようとする活動を表す。(※芸術 - Wikipediaより)

……なるほど、表現者と鑑賞者は相互に作用しあうのか。

それはさておき、ござさんの事にのみ発動する字幕が流れて来る自分としては、ござさんのピアノは唯一無二の芸術ってことです、この定義によれば。

 

自分はお正月が終わったところで、ピアノの世界に意識が戻ってきた。

その間聴いてないブランクが長すぎたのもあるが、久しぶりにピアノの事を思い出した時、心にぽっかり穴が空いたような、何ともいえない寂寥に支配されていた気がする。

この満たされない虚無感はなんだろう?

それは、

「ござさんのピアノには聴かずにはいられない謎の引力があるから。」

≪長い事聴いてなさ過ぎて成分が足りなくて気付いたらメンタルぽくなっていた≫

と定義することで説明がつく。それが芸術ってことじゃないのかなあ?人間の本能に訴えかけてるというか。

その表現が時代を超えて受け入れられるかどうかが、後世まで芸術として伝わるかどうかだと思う。

ござさんの演奏、ござさん独自のアレンジ、ござさんが残した楽譜……そういう記憶が後世に受け継がれるかどうか?

取りあえず自分はおばあちゃんになってもござさんのピアノを聴きますがね。

 

 

 

 

地味だけど大きな変化

そういや余裕といえば。象徴的なのは、配信序盤で回線の不具合で放送がオフラインになるくだりがあったが、その後対策を講じられてあっさり配信を再開されたところ。

ござさんいわく「ビットレートを下げました。画質は悪くなったかもしれませんが音質はそのままだと思います」云々。

この配信の最中のトラブル発生に対しての冷静な落ち着きぶりをご覧ください。すごいの一言です。

そこでいつかの配線不具合だった配信を思い出してみよう。

 

この時も(有線接続までやって)様々に工夫されてはいたようだが、回線接続の成否というのは運もあるらしいから努力だけでは解決はできない。

それだけに今回の配信において、その鮮やかな対応が何気ないように見えて、自分にはいっそうその背中(半分しか見えないけど)が大きく感じられた。

ピアノと関係ないといえばそれまでだが、ネピフユ振り返りツイキャス(確か2/3ごろ)かどこかで「グランドピアノ配信の目的」について語られてて、それが「配信スキルを極める」だったと思う。そのためにキャリーケースいっぱいの機材を持ち運びながらも配信できるかどうかはWifiの具合によると言うロシアンルーレットみたいな状況だという裏事情が説明されていた。

「色々なピアノを演奏できる」というスタジオの利点を生かすためにどこでも配信できる技術をマスターするのが目的、つまり配信の内容を充実させることも含めてピアノ練習の一環でもあるし配信内容も向上するから視聴者サービスにもなってるという意味だろうか。

ほんとはござさんにグランドピアノ、それもいいやつを購入してもらって家で思う存分練習してもらいたい所なのだけど(それには自分が援助できる資金はホコリみたいのしかないが)、スタジオ配信にはこういった一家言を持っているようだったので、そこはござさんの自由に練習してもらえばと思う。

そういう所も含めて、ござさんの動静はそもそも安心して見ていられる感じがする。

理由が分からなくても「ござさんのやる事にはなんか意味がある」から黙って見とこうって思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソロアルバム

 

★★ 1/6以降、曲ごとに少しづつ後半を追加しています。いつ仕上がるかは未定です。全部できたらツイートするかもしれません。

 

 

 

唐突ですが。

この部屋の目的って、何でしたっけ?

 

 

その理由はござさんの第一印象にある。

 

自分が初めて聴いた動画は、髯ダンメドレーだった。


投稿されたのは2019/12/25、ちょうど約2年前。

場所は新百合ヶ丘駅のストリートピアノ。

このころ「顔出し」と称し、生配信ライブではペンギンマスクだったござさんは、ストピではサングラスにキャップといういでたちであった。

 

一言でいうと?

垢抜けない。

 

しかし。

 

こんな演奏できる人が、配信ではペンギンで、ストピではサングラスで、匿名でひっそりとピアノ弾いてるだけって、絶っっ対に納得いかない!

 

と、強烈に矛盾を感じたのだが、どうしたらそれが解決するかという糸口も見えず、ただどこにも気持ちの行き場がなくて、しょうがないからこの部屋の中で叫ぶことにした。(最初Twitter上に書こうとしたら文字制限が140字で全然足りなくて断念した)

ござさんのこの動画を見つけたのが2020/2/28。当時コロナウイルスが猛威を振るい始め、ストピは次々に閉鎖されていた頃。その後ござさんの活動の展望も立たなくなり、それを応援してる自分の今後もまったく想像つかないしで、閉塞感しかなかった。

そういう状況を思い出すと色々変わってきた今、この部屋の存在意義としては役割を終えたのじゃないのか?と、最近思う。あの居ても立ってもいられないような根拠のない焦燥感は、今は感じない。

 

でもござさんの動きをリアルタイムで見ていたいし、心配するどころかモタモタしてるとござさんの勢いにとっくに置いて行かれそうな勢いで最近すごいので、とりあえずこの部屋に書き続けることにしよう。

ござさんがツッコミどころ満載な所は相変わらずだし。

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

今は2021年:令和3年も暮れようとしている年の瀬のころ。

ウチの家では、高1男子が今まで生きてきて一番というくらい盛り上がっていた。

「ちょっと聞いて!!!!!大事件なんだけど!!!」

Youtubeで、劇場版AKIRAが12月28日まで無料公開してるって!!!!」

「マジで??前から超気になってたんだよね!!!」

友達から「作画がいい」っていう評判を聞いたのがきっかけらしい。そこがポイント、自分が勧めようものなら調べようともしなかっただろう。

とにかく知るきっかけなんて、何だっていい。そういう10代の若いころにあの映画を見るっていうのは、色んな価値観を持つきっかけになるというか、人間的に幅が広がる気がするので、固定観念が定着してしまって久しい大人としては推奨したいところだ。

彼にとっては大事件である。

こういう年代に出会った作品はひょっとしたら人生観を左右したりするから。

 

では、自分にとっての大事件とは?

中3の頃に出会った漫画は確かに今でもファンである。あの衝撃は昨日の様に、手に取るように思いだせる。

また勉強は全然しなかったけど、吹部の活動は楽しかった。

しかし決定的に人生観を左右したのは、ござさんを知ったことだった。(冒頭の下り参照)

 

 

それ以来の転機といっても過言ではない10/2の重大発表。

 

その重大発表の内容を振り返ると。

これ聞いて、自分の中では何のことやら一度には飲み込めなかった。まったく現実味に欠けていた。なんていうの?正月とリオのカーニバルとクリスマスと七夕と復活祭と秋祭りが一気に来た感じ。こから思いついたことを勢いだけで(上に貼った記事に)整理してみたものの、ノリがどうにも上滑りしていった感は否めない。

 

これ関連で、CDアルバムについてまだ書けてなかったので、考えてみました。

(※ソロコンサートが終わったらその感想はまた別に書くと思う。)

(※グッズについて書く時間は今の所全くなさそうである)

 

 

 

CDアルバム発売時の実況中継(未遂)

それは穏やかな秋晴れの勤労感謝の日、11月23日のこと。

とあるポストにて―――

 

壁|ू•ω•)♪ コソッ

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壁|д・)っ チラッ…

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壁||  • . •๑)┣¨キ┣¨キ★

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あれ?いつまでたってもCDが来ないぞ??

(´。つД⊂゚。`)ウワアアアアアーン!!!

 

よく考えたら注文したかどうかもわからない!どのサイトで注文したか忘れた!確認メールもどこ行ったっけわかんない!消したのかな!えーいもう一枚注文しようか!?

というわけで10/4?の予約開始時に、調子乗って何も考えずノリでネット注文してたため、記憶がさっぱりないのでした。(なじみのamazonnではまだ販売してなかった)

待っていたのはこれの事である。注文時に焦ってて発送日なんて確認しなかったから、いつ配送されるかもわからなくて当然と言えば当然。自業自得である。

twitter.com

 

そこでCDが届かない中、落ち着いて考えてみたのだった―――

 

 

自分にとってのCD

今までネット上で聴いてきたござさんのピアノ。ニコニコ動画からYoutubeに至るござさんのピアノ活動は、すべてWWW(World Wide Web - Wikipedia)を通して発信される、いわば実体のない信号みたいな存在だった。

生配信アーカイブもすべてweb上。

いつでも、どこでも、いつまでも(物によるが)楽しめるのが、ネット上の音楽。

生活スタイルが多様化した現代では、理想的な鑑賞スタイルなのかもしれない。

 

しかし昭和アナログの世界から来た自分は、音楽メディアといえばカセットテープ、MD。買うと言ったらCDのこと。

 

持ってるCDはほとんどが中古で手に入れた輸入盤とかが多いし、ござさんを知るまではこの分野をYoutubeで聴くことも多くなっていた。(この分野のCDは輸入盤とか、廃盤に名品が多いからでもある)

 

でも自分はあくまで音源としてはCDに焼き付けたデータが一番精度がいいと思ってる、生粋のCD信者である。録音したCD-R等は劣化していくので、保存には向いてないし。

今はサブスク全盛期?そんなのはあくまで利便性の都合、あくまで販売戦略の一環なのであって、メディアとしてはCD一択だろう。という面倒なくらいのCD信者。

というわけで。ござさんを知ったころから、いつかはCDという形で手に取って聴きたいという夢があった。

 

そんな自分には、千載一遇のチャンス。

CDがなかなか配送されないだって?

じゃあ自分で店まで見に行けばいいじゃないか!

店頭の棚で実際にござさんのCDが売られてる現場を目撃してみたいし!

現実に目にすることで、実際に存在するんだと実感できるかもしれない!?

 

しかしうどん県の現実は厳しい、という事実をまざまざと突きつけられたのだった。

単に在庫を置いてないのだ。あろうことかTレコードに。

後日K-POPの追っかけをやってる同僚に確認したところ、この店はK-POPをダントツに推してて、その筋のファンには聖地?らしい。情報を事前に仕入れてなかった自分が悪いのだが、その日はひたすらテンションが底なしに下がりっぱなし、帰りに行きつけの中古CD屋でオスカー・ピーターソンを買って車で聴きながらござさんの面影に浸るも、その夜はショックで(?)熱が出て寝込んだ。更にあきらめの悪い自分は数日後2件目のCD屋を訪れるも、もちろん置いてるわけもなく………

 

twitter.com

ござさん本人がお店で、CDを売ってる現場で感慨に浸ってたそうなので、その様子を想像することで自分は満足することにしました。

自分の手元に(配送されたので)CDがある。ブックレットも。

 

それだけで、十分現実離れしてる気がする。

重大発表の当時と一緒で地に足がつかず、自分の気持ちはフワフワとその辺をさまよっているのです。

 

 

メディア戦略

サブスクリプション

CDとして売り出したことで、同時にネット上でも有料動画として各種サービスでダウンロードできるようになったようです。

いわゆる1曲いくらで買える、または月あたり定額サービスってやつらしいです。

え?自分ですか?

ほぼござさんの動画を中心に視聴してるのでそんなの利用したことありませんし、今回CD買ったのでこれからも利用する予定はないです。CDからパソコン、スマホにI-Tunesでダウンロードできたし。

そのサブスクに上がってきたこと自体が、有料で売ってるんだなあーと自分としては実感できましたが。

 

ここで突然、自分は営業部員と化す。

いきなり変身。

営業の対象は一人、つまり職場のlightなござさんファンのことである。日々多忙を極めているらしくまた色々な配信や動画を幅広く聴いてるらしいので、今回のCDリリースを宣伝はしてみたものの反応は薄かった。

しかし各種サブスクでも購入できるよ!と伝えてみたところ、

「じゃあLINE Musicで着信音に設定してみます」

Youtubeなら無料で全曲聴けるんですか?」

と、えらい乗り気であった。前向きにご検討いただき大変感謝しております。今後とも末永くご愛顧いただきたいものです。なぜなら同僚はyoutubeをTVで鑑賞してるので、何気なく家で流しといていただければ子どもさんも聴いてくれるかもしれないからだ。

Youtubeのサブスクチャンネルは、自動でつくられたものらしい。そしてその視聴時間や視聴回数は間接的に?ござさんの収入につながるらしいので、結局聴いてさえくれればこっちのものである。(身も蓋もない言い方だなあ…)

lightなファンにも手軽に楽しめるツールがあったから、営業部員としては勧めやすいのである。色んなスタイルでござさんを応援してくれたらありがたいことだ。

CDとかコンサートとかグッズは中々勧めにくくても、やっぱ演奏を聴いてくれるのが一番嬉しいじゃないですか?

 

 

CDの物理的な弱点

そんな完璧に見えるCDにも当然弱点はある。それは更新、つまりアップデートできない媒体という点だ。

最近パソコンでもスマホでも、ネット環境下のハードウェアに搭載してるソフトは通信環境の進歩からか、しょっちゅうアップデートをかけられている。

そういうリアルタイムでの更新がかからない、アナログな媒体だということだ。

サブスクに上がってるそれぞれの曲も連動してるからそこに更新はかからない。

 

しかし自分はござさんに関してはそこは全くどうでもいい。1mmも気にならない。

ござさんのレパートリーは随時入れ替わりながらも2000曲前後はある計算だ。さらにアレンジも計算にいれると実質レパートリーは無限大と言っていい。カバーしてるジャンルも一つの物に特化してるわけではない、といいつつもどの時代のどの分野も実に鮮やかに手中に納めてる。

今回のCDの選曲が「めっちゃ悩んだ」らしいが、さもありなん。これだけの得意な曲の選択肢の中から10曲余りに絞るのは、ある意味断腸の思いで選ばれたのではなかろうか。というわけでござさんはある分野、あるアレンジなどに特化したCDっていう売り方も期待されてると思う。

今回のCDは「あらゆる世代、あらゆる年代」への印象を大切にしたいというござさんならではのコンセプトが伺えるが、ござさんのレパートリーの特徴的には色んなパターンでいくらでも演奏出来るはずだ。

 

今出てるCDは1日ごとに情報は古くなっていくが、ござさんの演奏の変化とレパートリーの維持状況を見れば、新しいCDが出されるのも何ら夢の世界の話ではない。

ツイートにもあったじゃないですか。

「1st アルバム」って。

個人的には生配信と投稿動画だけを追うのでも精いっぱいだが、CDを出したからには、次の新しい情報のリリースを要請されるのは世の常というか逃れられない宿命ともいう。

ござさんはそういう世の中からの期待に、必要以上に周到に準備してる気がする。新しい曲を覚えるばかりか、色んなジャンルの音楽の開拓までやってるから。そういう意味でも自分は全く懸念してない。

 

 

 

 

 

CDの成り立ちに関する一考察

前置き長すぎ問題(定期)。

 

今回のCDは、いつ録音されたものなのだろう。それはこのツイートがヒントな気がする。つまり、2~3月?もっと前?

ねぴらぼ発表配信(2020/12/19)ですでに、お料理食べながら来年の抱負について手でマルを作ってるからなあ。

 

この3月の後に何があったのかというと「ござの日」のソロライブの告知である。当初の予定ではソロライブはお客さんが入る予定であった(告知後、緊急事態宣言で無観客に変更となったけど)。つまりCD発売、その記念のソロライブとして当初は予定されてたんじゃないだろうか。

思い出してみよう。

「ござの日」の演奏曲ラインナップは、そういえばCDと一緒みたいな気もする。オリジナル曲が増えたり、アレンジとか演奏形態に変化はあったとしても。

 

しかし無観客ライブとなったことで、そもそものCD発売を当面見合わせる事となったのかもしれない。販売戦略上、お客さんが入らないライブにタイアップでCDを抱き合わせ販売したとしても、実際の話題性に欠けるのは致命的な欠陥だからだと思う。

まずCDを売り、

「あの曲が好き」「あの演奏が素晴らしかった」

と話題を作ったうえで、リアルライブで実際に演奏を聴いてもらう事で

「お気に入りの曲、生で聴くとさらにすごかった~!」

とか、感想を口コミで広げてもらう事でさらにCDの売り上げにつながる………

という作戦が、お客さんに実際に聴いてもらわない事には始まらないからだ。

 

だから実際レコーディングは終わっていたとしても、「いつかまたお客さんを入れて上演するコンサート」ができる日まで、CDはお取り置きされてたんじゃないだろうか?

 

ここで改めて自分は想像した。

レコーディングしたCDをそのまま握っていたござさんを。

 

あの時自分は何してたのか?

ござの日にお客さんが入らないと決定した事実にショックを受け、「お客さんの前での演奏をあんなに楽しみにしてたのに、ござさんの心境は……!」ってなって立ち直れずにいりすさんに相談に行ったりしていた。冗談じゃなく心臓潰れそうだったから。

いりすさん・・・!(大真面目でしたよ自分は)

しかしそんなんでくよくよとお悩み相談室に駆けこんでいた自分よりも、ござさんの心境をちょっとでも具体的に想像できてたらそんな下らない愚痴はどっかの棚にしまいこんでいただろう。その負のエネルギーはプラスに変換して、せいぜいござの日配信ライブの感想にでも注ぎ込めばよかったのだ。(いやあれも十分一生懸命書いたが💦)

 

 

というわけでここからが感想です(もうええから)。

 

CDの感想

あれ、ジャケの感想ですか?

BEMANI CDの発売時、ジャケが入ってなかったと言って手作りまでしてたにしては、今回ジャケについての言及が無いって?

あんな正面向いてるジャケはずっと伏せてて見てませんので、感想も何もありません。

しかも視線は鋭くこっち向いてる。

一体自分にどうしろと?無理ゲー。

以上。

 

その鋭い視線は、あんまり多くを語らないござさんだけど今回のCDには演奏でもアレンジでもその時出来る限りのベストを尽くしたんだっていう、演奏家としての矜持を密かに現してる、とも言えるかもしれないが。

ただジャケはパンフレットを兼ねている。その中の解説は読んでみた。それはあくまでござさんの公式見解。それを踏まえたうえで自分なりの感想でも書いてみようかと思ったので、あんまり深く読み込んではいない。

 

 

ちなみに自分はパソコンからは、ITunes で聴いている。その方がより音がきれいな気がするから。それとサウンドカードのセット。これによってスタジオ録音の精緻な音がさらに鮮明に浮かび上がってくる。

 

録音はVoltaスタジオ。ここのピアノの音がまず素晴らしくて、自分は大好き。

 

ねぴらぼでの演奏曲がYoutubeに上がっているが、あの録音を思い出しても今回の演奏はさらに味のあるものに仕上がっている。

※参照リンク:この動画にござさんの曲、secret baseが収録されていた。
NEO PIANO CO.LABO. (20/07/24配信) メンバー4人のソロパート映像 - YouTube

この時は聴いてる自分も初めてのことだらけ、ござさんも「全く記憶がありませんねえ…」(副音声版のトークから)だったらしいけど。

菊池さんが「その6連の和音が……リハモが……!」(記憶が定かでなくてすいません)といちいち呻いていたことでも有名な曲である(当社比)。

歌詞にある通り、「10年後にまた会えることを信じて……」その10年というのはござさんのネット投稿歴をそのまま表してるとすると、色々思う所はある。少なくともいりすさんとgaoさんは10年来のネット仲間ということになるからだ。

 

「どんなときも。」は、原曲の旋律があまりにも有名、でもそれを複雑な和音に展開させててこざさんの独特なコード進行が全面に渡って使われている。それとこの曲の歌詞を合わせて考えるとこれもござさんの生き方を投影されてるようで、一つ一つの音に考えさせられる。

この次がシチリア―ノ、そしてJAZZの葛飾ラプソディ……

多分アルバムとして通しで聴くことを前提に演奏されている気がする。

重大発表の時にちらっと言われていた「じっくり聴くことにも適しているし、BGMとしてさりげなく流すのにも最適なアレンジにしました」という表現がここにきてしっくりくるな、と思った。

BGMとしてなんぞ機能するわけもないのですけど、あくまでやってる作業に集中してれば、作業の手は止めないという意味です。ちょっとでも聴き入ると、アウトです。

 

ちなみにシチリアーノは、レスピーギの「リュートのための古風なアリア」のが自分は好きなのだけど、フォーレの版もロマン派らしく美しい曲で、それにボサノバ調アレンジっていう斬新な表現をされている。少し悲しい影を落としてる旋律に軽快な表情が加わり、自分としては意表を突かれる展開。どんなときも。を聴いた後に、寂しそうな曲ではあるが、なんとなく後味は悪くない。冷たそうでいて、さわやかな印象。

 

この後にいきなり元気な跳ねてるストライドJAZZの葛飾ラプソディなので驚くのだが、しんみりとした雰囲気を引き摺るでもなくここで気分転換してくださいと言う意味に自分は解釈し、楽しく聴いている。こち亀は兄が読んでいたジャンプに連載で載っていたので、アニメは知らないが両さんの元気な様子を彷彿とさせるアレンジ?荒唐無稽なようで人情溢れる登場人物たち。ござさんいわく「どうアレンジしようとも原曲がいいので」、素晴らしい演奏に仕上がるそうな。なるほど。

参照リンク:一人合奏版:【ネピサマ】リベンジ!ござの新居お披露目Live! - YouTube

ソロ版:葛飾ラプソディ(こち亀OP)ピアノで弾いてみた - YouTube

 

 

年末の時間無い時に書いてるので、省略形かつ単なる書き散らしですが、いいですか。(いつもぎりぎり)

(また1/5以降に時間があれば補足・訂正するかも。ほぼ書きっぱなし状態……)

 

 

ここから個人的思い入れによる個人的感想です。

要するにどうしてもアネモネと清新の風について書きたいだけです。

アネモネ

始めて聴いたのはこの動画だった。この時は、30秒あまりの曲の素案みたいなもの?

 

この曲も好きだったのだが、配信で弾いてくれたのはこの直後の2020/8/6くらい……?

それ以後お蔵入りしていたといったらいいのか?

自分はひょんなことからこの曲を演奏してみる機会に恵まれた。初心者でも演奏できる優しい曲……!と思いきや、ゆったりした曲なのに和音が複雑で全く覚えられない(ござさんアレンジのどの曲も共通)。しかしござさんの素敵な曲を仕上げたい一心で必死に練習した記憶がある。

(ござさんのどのアレンジにも共通するとして)弾いててクラシックとかPOPSとかでよく聞く定番進行というか、決まった型みたいな和音の展開があると思うんだけど、楽譜を見るからに「何でそんな展開なの……?その理論はどっから出てきたの……?」という謎の音の組み合わせがずらりと並んでいるのだ。いつも、こういうアレンジを生配信で即興で考えているとしたら、やっぱり驚異的、どういう思考回路してるのか想像つかない。「アレンジは色んな人がやってるパターンを踏襲して……」とか言われてたが、身に着けたからといって即座に生演奏で自分なりに使いこなすとなると、全く別問題なのでは?

そんな謎の組成から成るござさんアレンジだが、うまく和音が弾けると、超絶素敵な曲なのだ(言わなくても分かってますよねすいません)。この何とも言えない耽美な響きを持つ和音展開を弾く楽しみを覚えると、もうござさんアレンジ以外弾きたくなくなる厄介な病気にかかってしまうのだった。題して、ござさんアレンジ依存症候群。

かくして演奏の練習もござさんの曲、生配信とか動画もござさん以外の演奏はどこかが物足りなくなるというループから抜け出せなくなる、負のスパイラル。

色々聞いてみたい気はするのだが、どちらにしてもこれ書いてピアノの練習してると、ござさん以外の動画は今のところ全然追えない。

※tjさんの演奏だけには、いつも大変お世話になっております。ござさんのピアノ聴きながらこれ書くより、100倍速く考えがまとまる救世主なので。あんまりにもあっさり書けるから、むしろ最近は本当に切羽詰まるまでtjさんの動画には頼らない、という縛りを自分で設けてみたくらい。

 

この曲にちゃんと名前をつけて育ててくれていたことに、感謝しかない。

 

パンフレットによればコンセプトは冬から春先への転換期、胸を躍らせて楽しみに待つ気持ちを表してみたらしい。だけではなく冬自体にも寒い以外にも色々な表情、様々な魅力があり、厳しいだけではない、ということのようだ。

この辺が繊細な季節感を捉えてるござさんならではの表現。

アネモネ、いつかは自分もちゃんと弾いてみたい曲である。

 

 

清新の風

 

この記事はねぴらぼinventionへ向けて、応援のつもりで書いていた。しかし内容がちょうど清新の風にぴったり?なので再掲してみる。(ここで出した画像は、10/2重大発表の記事で再び使ってる)


この曲と、オリジナル曲:夕さりが、ねぴらぼinventionとござの日ライブを経て、長い旅を終えて自分らファンのもとへやってきてくれた。とでも言おうか。

この2曲は生配信の中で弾いてくれたこともあったので、まったく行方不明のアレンジだった、というわけではない。(※初心者の自分には難しすぎだと思われ、そのため演奏するとかそういう視点では考えない。)

パンフレットを見ると、着想はやっぱり吹奏楽もあるとのこと。でもこの曲も、他にも色々な要素を元にしているようだ。テーマはござさんらしさ。アレンジという意味でも、色々なジャンルの音楽をベースに取り入れているという意味でも。

 

 

 

 

 

 

Danny Boy

 

アルバムの最後を飾る曲。締めくくりという意味なのか、ござさんは「エピローグとして」位置づけているようで、解釈もご自由にとのこと。今回のアレンジはなぜか3部に分かれてるようだ。なぜ?単にバリエーションを3つ思いついて、どのパターンも捨て難く、全部採用しちゃったんではないかなあ、ござさんのことだから。

自分は、ござさんにとってのアルバム制作を振り返るイメージを提示されたと思って聴いている。聴き手としてはアイルランド民謡のこの曲は、どこか日本の昔の風景を思い出させるような、郷愁を誘うメロディ。「最近の曲はコードが複雑で……」と言われていたので、こういった「シンプルな構成の曲」が自由にアレンジできて思いが込めやすいのかもしれない。

 

ファンとしても、この曲は色々な場面で演奏されてきたし、自分は自分なりにこの曲に思い入れがある。この曲を初めて聞いたころを思い出すから。

 

 

DannyBoyは月刊ピアノの連載用アレンジである。参考に一連の関連動画も貼っておく。

月刊ピアノ5月号「ダニーボーイ」クラシック風アレンジ - YouTube

月刊ピアノ6月号「ダニーボーイ」Take5風アレンジ - YouTube

 

そういえば、この動画が投稿されたのはコロナが流行し始めて学校が休校になったころ、(開催されなかった)コンサートの告知もまだだったころだった。

この動画はスタジオツアーとしてガン見してて演奏は二の次だったのだが(ごめんなさい)、でもDannyBoyのアレンジとしては大好きだったのだけど、CDの方をを聴いてみるとやっぱりその工夫というか発想の進化に思わず唸る。

(このペンギン動画の最初がスタジオツアーで最後にペンギン姿で手を振りまくって椅子から落ちてるのを除けば)月刊ピアノ掲載アレンジはひたすら綺麗な響きというか儚げな美しさを持っている。当時の情勢はコロナの流行初期でマスクが店から消え、学校も休み、スーパー行くにも理由が要って、買いだめされてにオートミールが品切れ問題になっていたころ。意味もなく世の中は不安で溢れていた中、せめてペンギンで笑わそうというか綺麗な演奏で癒されてほしいという意図があったのか、と今となってはそう思う。

 

で、今回のCDの演奏はどうかというと、この曲の中にまずアレンジが3パターンあるがどれも説得力があって力強い。演奏が賑やかでうるさいという意味ではなく。(どれもJAZZがベースだとは思うけど)最初は囁きみたいな静かな調べから始まる。DannyBoyと聞いてまずみんな思い浮かべるであろうイメージ。

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(画像出典:アイルランド - Wikipediaアラン諸島 - Wikipedia

今までやってきた、模索しながら進んできた道をゆっくりと振り返るござさん。色んなことがあったな、とでも思い出しているかのように。

それから、テンポよくスイングJAZZのリズムに乗って曲調が明るく変わる。この辺がYoutube専業、ピアノ専業としてやり始めて環境が激変していってからのことを指してるのではないだろうか。ウォーキングベースにのって奏でられるアドリブも、足取り軽く心地よいリズムを刻む。

最後のJAZZアレンジは壮大とでも言おうか、スイング風のリズムが終わっていったん間を置き、左手のトレモロ(?)風な伴奏に乗って今から広い大地へ駆けだそうとでもするかのような、劇的な決意みたいのを感じる。つまりこのアルバムの最後を飾る部分は、これからの活動に当たって黙して語らないござさんの心境を表してるような、そんなイメージで低音が効いてくる。

 

解釈もご自由にとのことだったので、自由にイメージしてみました。

 

このアルバムをじっくり聴いてみて思った。

BGMにって、無理。

それぞれの曲が全く違うし、色々考えてしまうので自分はBGMにするにはうわべだけ、単なる音の羅列として聞き流している。結局年末の色々な作業中はずっと聴いていたのだけど全然内容は頭に入らない。

この感想を書こうと思って、また1曲づつ聴きなおしているところ。

 

即興アレンジがそもそも即興のレベルじゃない演奏のござさんだが、それがCDを作るとなって徹底的に考え抜いて作り込んできたんだなと思わせる、手の込んだ演奏になっていた。

即興アレンジが、屋台とかビュッフェのカウンターでお客さんの注文に合わせて出される料理だとすると?

CDは料亭で板前がお品書きの内容を練りに練って仕上げてきた料理みたいな完成度。

 

というわけで感想を思いついてるのはいいけど、少しづつ考えながら書くと思います。

全部書けるとしたら相当先になると思われます。あしからず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅葉のころ

今は、クリスマスも間近な年の瀬の時期。

しかし今回のお題は秋のYoutube動画。

 

秋と言えば。

 

突然ですが、ちょっと愚痴っていいですか?

ウチの職場は病院だが、今年の秋、9月から助走をつけて10、11月~12月も巻き込んで、数字ベースでいくと史上最高レベルで忙しかった。担当は予約や問い合わせとかその他をやる部署。やる事は多岐に渡ってて、ここの所ずっとお茶を飲むための片手も空かない勢いで忙しい。お茶くらい飲ませてほしいんだけど。

思い出してみよう。じゃあ8月はどうだった?夏はコロナの影響か、ウチの部署は不自然に暇だった(つまり予約申し込みが激減してた)。その反動か、秋以降今に至るまでずっと忙しく、自分ははっきり言って最近、いい加減スタミナが切れ気味である。

とか色々あって、疲れてる時は脳死状態なのでこれも書けませんでした。(書き始めて少しやっては寝落ち、の繰り返し、下書きだけが山積み状態)

あー、愚痴ってすっきりした!

 

目次:リンクで各項目へ飛べます

 

 

 

季節は巡る

そういう日常に疲れて、自分はふと思い立って紅葉見物に行っていた。正確には、秋メドレーの動画が上がってたので、自分も秋の気分に浸りたかったというか。

※紅葉見物は去年も行った。(↓参考画像:去年の紅葉、場所は今年とは別)

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コロナ流行の折、そういう自然だけは人間界のごたごたに関わりなく毎年変わらない表情を見せる。調子に乗りすぎた人間たちは自然から無言の懲罰でも受けてるんだろうか。っていうくらい、自然の風景は変わらずにそこにある。

 

 

去年行ったのは観光客も多い有名なお寺だったが、

今回行ったのはもっと鄙びた所。

ひっそりと山あいに佇んでいたお寺、地元では別名をもみじ寺という。人影がまばらに散見されるだけの、こぢんまりした静かな境内だった。コロナ流行の影響で毎年恒例のもみじ祭りも中止の模様。

森閑とした、物音ひとつしない空間。

そんな中「ニャー」と鳴き声。って………?

この猫さん、お迎えの挨拶?なのかお腹を上にして自分の靴の上でごろごろと……自分の知ってる猫とは何かが違うんですが。初対面の人に、あり得ない!?お寺のご主人に、お客さんには挨拶しろって言われてるのだろうか(そんなわけない)。

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とにかく山門でこのように辺りを見張ってて(?)、さながら門番である。その後自分が境内へ入っていくと、「こっちやで」と誘導してくれていたのか、奥の方の紅葉の合間にいつのまにか猫さんは姿を消していた。

お客さんみんなをそうやって散策に案内するのが仕事なんだろうか?
猫が住職をつとめる寺。いいじゃありませんか。

 

っていう話題は置いといて。

ここを訪れたのが11月11日、紅葉には一週間ぐらい早かったかもしれない。そもそも平日で、イベントも特に無くてもみじ見物の人影もまばらな場所だったため、人混みとか雑踏が苦手な自分はすっかりくつろいだ気分でゆっくりと楽しめた。

日常に忙殺されてるのをちょっとでも忘れられたのが良かった。

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このお寺に行く途中に寄った場所もレアなので貼っておく。ため池の堰堤なのですけど。建造物としてレアですが、通りすがりには絶対に行かない場所なので……

やっぱり紅葉には一足早かった。でも自分はこの堰堤から放水してるっていう、田植え時期以外はふつう見かけない光景に出くわしたので、尚更レアだった。

 

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紅葉の色合いに癒され、ため池でマイナスイオンを浴びてきて、リフレッシュできた休日だった(またの名を有給消化)。

ござさんのYoutube動画を聴きながらのドライブ。

ソロアルバム発売の2週間前のとある木曜日のことであった。

 

 

 

秋の音色

そのころ投稿されていた動画というのは、その名も「秋メドレー」である。

 

www.youtube.com

 

このサムネ動画のキャッチコピーを見ると、浄化だそうだ。

前回のディズニー動画のキャッチコピーは「熱演」だった。ござさんのストピはいつも熱演じゃないかっていうツッコミは置いといて。

ディズニー動画の時にこのストピの立地についてまとめてたので、リンク貼ります。


テーマが浄化というか、このピアノが浄化される音色なのだ。

最初の指慣らしタイムも好きなのだけど、まるで映画のポスターか何かのように

「めくるめく幻想の世界へようこそ」

って感じで一気に別世界へ持って行かれそうである。

自分だったら鈴を振るようなこの可憐な音色が聞こえたら、どんなに遠くからでも無意識に引き寄せられてきてぼーっとそこに立って聴いてるだろうけど、果たして通りすがりの人達はせわしなく通り過ぎていく。

なんで?

ここは駅だからです。

今からある用事を前に、また仕事を終えて家路を急ぐ人たちが交錯するところです。

最終演奏という所からも、もう夜の時間帯かもしれません。

ござさんのピアノは、「すごいから聴いて」っていうより、例えばこの時間帯なら「今日も一日お疲れ様でした」ってな具合に、周りにいる人が何が聴きたいかっていうシチュエーションに、曲とアレンジを合わせてきてる気がするんです。

なので、通りすがりの人が足早に歩きながらこの音色聴いて何か癒されてたら、いい感じなのではないでしょうか。それがござさんが目指してるスタイルな気がする。

実際立ち止まって聴いてる人もいるのかもしれないが、集まるのが憚られる昨今、遠巻きに聴かれていたようだ。ありがたいことです。

 

 

その音が吹き抜けの構内に広がって、ハープみたいな上品な響き。

 

秋。

そこに日本人は散り際の美しさを見出す。

儚い命に思いを馳せるというか。散りゆく紅葉の短い間の燃えるような色に情熱を感じると言うか。

冬に向かっていく、景色が緑から色を失っていく様をわびさびで表現するというか。

(自分はミーハーで和歌の本を買ってみたが、どの時代も秋の和歌が質量ともに群を抜いて多かった。反対に夏の和歌は絶滅危惧種かっていうくらい、少ない。)

 

最初の指慣らしの終わりも、ちょっと不思議な音。

JAZZの枯葉も、このピアノにかかれば教会のオルガンふうな厳粛かつ華麗な曲になる。ちょっと影がある辺りが、JAZZふうだけど。

 

ここで曲の途中から忘れて動揺したから童謡という、この寒い中さらに寒くなる親父ギャグはスルーです。寒さに弱い自分はこれ以上寒風に身を晒すわけにはいきませんww

 

この動画の聴きどころは、同様です。(あれ?間違えた)風立ちぬのJ-POPも、JAZZも素敵ですけど、童謡は「皆知ってる」以上に郷愁を誘う、何か深層心理に訴えかけられるようなものがある。

童謡はPOPSだったものから唱歌、民謡まで由来は様々だが、ござさんにかかればアレンジで曲調をがらっと変えつつ、お洒落な印象に統一され、しかしどの曲もはっきり特徴が違うから最後まで展開を楽しめる。(あんまり分かってない人が書いてます)

 

明るくかわいい虫の声。小学校の頃雑誌か何かのおまけについてた小さなプラスチックのレコード?で聴いていたような。

 

そこから一転、ここで本気アレンジの赤とんぼがキタ。夕暮れがだんだん早くなる中、稲を刈り取ったあとの田んぼに飛び交う赤い影、みたいな。

曲を一歩進むと景色が違う、とはこのこと。

鍵盤をじっとガン見しながら弾くござさん。本気でアレンジ考えると鍵盤ガン見になるんでしょうか?

楽しくて明るい、以外の感情を思い出す。

 

そういえば、赤とんぼの歌の内容とは?

この歌詞は一人称。歌っているのは、赤とんぼを「負われて見た」人である。おんぶされてたということは、おんぶしてたのは誰か?お母さん?いや違う。「15になって嫁に行った姐や」だ。

つまりお母さんじゃない、15にもならない姐やがおんぶして子守してくれていたという意味だ。姐やというのは姉ではなく、子守の目的で幼いころから奉公に出されていた近隣の(つまり貧しい小作農の)子女、ということだろう。

 

赤とんぼ(作詞:三木露風

夕焼小焼の、赤とんぼ
負われて見たのは、いつの日か

山の畑の、桑(くわ)の実を
小籠(こかご)に摘んだは、まぼろし

 

十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
お里のたよりも、絶えはてた

夕焼小焼の、赤とんぼ
とまっているよ、竿(さお)の先

(参照:https://media.toriaez.jp/y3046/64051.pdf)

自分はこの歌を聴くと、小さい頃に見た(正確には親が見てた)朝ドラのおしんの幼少期を思い出して絶対泣く。タオル必須案件。

それにござさん本気モードのピアノ演奏って、反則である。

戦後の農地解放までは、ウチも小作農で家は掘っ建て小屋だったらしい。祖父は10になると大阪の商家へ奉公に出されていて、祖母も、貧しさのせいで幼いうちにきょうだいを4人亡くしている。

この歌、他人事とはとても思えない。

 

 

※さらに、同様の意味を持つ歌をもうひとつ。

五木の子守歌

(リンク:五木の子守唄

おどま親なし 七つん年で ひとの守り子で 苦労する
おどまいやいや 泣く子の守りにゃ 泣くといわれて 憎まれる
つらいもんばい 他人の飯は 煮えちゃおれども のどこさぐ

 

おどんが打死(うちん)だちゅうて 誰(だる)が泣(に)ゃてくりゃか
裏の松山(まつやみゃ) せみが鳴く
せみじゃござらぬ 妹でござる 妹泣くなよ 気にかかる

おどんが打っ死ん(うっちん)だら 道ばた生けろ
通る人ごち 花あぐる
花は何の花 つんつん椿 水は天からもらい水

つらいもんばい 他人のままは 煮えちゃおれども のどこさぐ
ねんえした子の可愛さむぞさ 起きて泣く子の 面(つら)憎さ
おどんがお父っぁんな 山から山へ 里の祭りにゃ 縁がない

(以前リンク貼ったことあるような…?まあいっか)

赤とんぼは、「負われて見ていた」つまり子守されてた子のほうが成人してから思い出を歌にした事が指摘されていますが、こっちの歌は「子守奉公をしていた姐や」が、子どもに聞かせるではなく労働歌として歌っていたらしい。

そう思うと、聴いてて余計悲しくなる。

 

 

・・・・・Σ(゚д゚lll)ハッ!!!

なんか暗くなった!

やばい!

 

ここはもう一つの動画を思い出してみるに限る!

 

 

同じ場所のストピ動画がもう一つある。

ただしコンセプトは正反対…?

 

 

情熱的なござさん

 

www.youtube.com

「日本のバラードトップ3」勝手に選んで駅で弾いてみました - YouTube

 

これが投稿されたのが12/5。

それにしてはいまだに着てる服は秋の、というか7月頃の動画から着てる7分袖の涼しそうな夏服。………この動画に映り込んでる人がみんな薄着なので、まだ暑い季節に撮ったのだろう、ということにしとこう。

 

大正時代の名建築でジブリ弾いたら調和しすぎてやばい!? - YouTube

春、5月ごろ投稿の、旧古河邸撮影のこの動画から変更したんだっけ?動画編集ソフトをそれまでのとは変えたということで、今回のバラード動画も「字幕のフォントを容赦なく派手にしていきます、これでこそYoutuber」っていうスタンスではなく、どことなくお洒落です。すっきりとした画面構成。

 

「帰宅中の人も多い中、駅構内によく響く」ってことを意識されてるとあるから、やっぱ通りすがりの人にも、心にしみじみとくるような演奏を心がけてるんでしょうか。

 

共通のコンセプトは?

スタイリッシュで、お洒落。

 

ちなみに自分がござさんを知った最初の動画は髯ダン動画である。まだサングラスに帽子時代のころ。コロナウイルスもまだ存在が明らかではなく、ストピに大勢のギャラリーがつめかけて都庁ピアノも大賑わいだったころ。

それからコロナ流行の時期はストピ動画の投稿がなく(だからねぴらぼがあって驚いたし、嬉しかった)、投稿動画としてはずっと過去に投稿されたストピを聴く毎日だった。あのころのござさんは、

何を弾くかも、その時の気分、シチュエーション次第。

演奏中に何か起こっても、乗り切る。

好きな曲になるとノリノリになってしまう。

っていう自由さを感じた。

(※資料リンク:この動画で首がぴこぴことなってる辺りが、ノリノリである

不審者が都庁でクリスマスメドレーを弾いた結果wwwwwwww - YouTube

【マリオ・ゼルダ他多数】ゲーム音楽メドレーをあまりに熱演で弾きまくったら…!? - YouTube

 

要するに心底楽しそうなのである。

今考えてみると、このころは家ピアノはFA08、まだ介護職時代で合間に生配信をしてたくらいなので、楽器として生ピアノ弾けるだけで純粋に楽しかったのかもしれない。

この頃から定期のグランドピアノ配信が始まるまでには、まだ一年を要するわけで。

 

そこへ来ると、最近ここ半年前後のYoutube動画は、最初からテーマも決めて(そうじゃないのもあるようだが)やってるような気がする。

演奏はあくまでも即興のようだけど。

 

 

ここへ至るまでにグランドピアノ配信を通じて、演奏が天と地ほど変わったのは言うまでもないと思う。

アレンジは?昔からすごかったですよ。それだけは今も昔も人間技とは思えない事やってますよね。

ピアノの演奏っていう意味です。ござさんを知った頃から生配信も大好きでどの回も鬼リピし、思い余ってこのブログまで開設してしまいましたが、今になって当時の生配信をじっくり聴いてみて思った。

どの回もそれぞれにすごいのだけど、やっぱ今現在のござさんのピアノが好き。

 

生配信は言うに及ばず。

ストリートピアノを聴くともっと違いを感じる。

なんていうんですか、落ち着きがあるというか演奏に説得力?理論?自信?みたいのを感じる。即興演奏で勢いでやってるのには違いないんだろうけど。

そういうとこが、介護職辞めてがっつりピアノ練習できるようになり、色々勉強もされてきた結果だと思う。

コソ練の成果っていう意味です。

ござさんが頭の中で描いてるであろうアレンジ像に、実際の演奏が追い付いてきたというか実現可能になってきたというか?

 

独特のアレンジで一歩先はわからない。

なのに曲の展開にぐいぐいと引っ張られ、コード進行(?)に謎の説得力を感じる。

ここで「この先どうしよう!」ってなって守りに入ってる演奏より、自分はござさんの挑戦的な(?)アレンジが好き。

ストピを聴いてる人も、そこに心を掴まれて足を止めるのだろう。

 

 

自分の趣味(別に、悪趣味では決してない):

ストピでござさんの音色をどこからか耳にし、フラフラと吸い寄せられ、気がついたら聴き入ってて、ハッと気がつき「そうだ、急いでるんだった!」とアタフタとどこかへ消えていく人を、見つけること。

 

今回の動画みてたら、バラードを情感たっぷりに演奏してる所に、曲を知ってたのか演奏にうっとりしたのか学生が二人「ねえねえ、ちょっと、素敵じゃん?」っていう感じでじっと聴いてるところを発見した。

 

そうだよね、素敵ですよね?

自分はバラードを聴いてときめく気持ちになるっていうのは長年忘れていたけど、ござさんのピアノにはいつもときめいてる。

(しかし、実際にござさんのストピ演奏現場に出くわしたら、たぶん挙動不審になって手が震え、何か物陰に隠れ、陰で聴いた挙句泣いててハンカチで拭き取ってる怪しい人と化してるだろうなあ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番外編――ものはっぱさんJAZZライブ

★★注:番外編です★★

★ものはっぱさんのライブの感想です★

 

それは12月10日、いつも通りの金曜の夕方。いつも通りの夕御飯の時間のこと。

金曜の仕事終わりにしては気持ちというか体力にまだ余力が残ってた。

その時、7時ちょっと前。どういうタイミングか覚えてないけどこのツイートを見かけた。RTだったのか??覚えてない。

Premiumライブ・・・?

そういえば先月この話聞いてたけど、年末にそんな暇ないと思って深く考えずスルーしたような・・・(ござさんの配信聴くのだけでも精いっぱいだった)

確かPiascoreスタジオさんのこの形式のライブは一時間くらい・・・今日はちょうど姪っ子も居ないし、ひょっとして静かに聴けるんじゃない?

ご飯と家事の時間が素敵なJAZZ空間になるんじゃない?

そう思って衝動的にチケットを買ってみた。あくまでその場の思いつき。

※ちなみにこのライブのアーカイブは12/24(金)まで視聴可能である。チケットはまだまだ販売中。購入サイトは上のツイートからどうぞ。

 

 

 

目次:リンクで各項目へ飛べます

 

 

 

と、ひょんなことでものはっぱさんのツイキャスライブを聴いたわけです。

で、気がついたらこの感想書いてるわけです。

目の前で誰かがずっと字幕を流し始めたので困るので書きました。ここに下書きをメモするまでずっと延々流れてくるので、非常に困る。

なんのこっちゃ?

ええ、ござさんの感想も5つくらいが下書きのまま滞ってるんですけどね。

その他家事も山積みなんですが、ほったらかしです。(大掃除は高1男子のおかげでだいたい目途がついたので良しとする)

 

従来のイメージ

ものはっぱさんのピアノといえば?

硬派(昭和風)。

………ちょっと違うな?

道を踏み外さないアレンジというか、クールでまじめ。

決まりを守る人。

スタイリッシュでお洒落。

という風に聞こえて、

やらなければいけない事とか優先すべき事をほったらかしてそっちのけにしてでも、気づいたら聴いてしまう謎の魔力というかブラックホールの様な吸引力を持つというキャラではない。

と感じられた。

自分はいつもござさんのピアノを聴くのが精いっぱいで時間がないのもあるが、そんな中色々放置して聴いてしまうという一線は超えないという、まだ理性を保てる境地というか。

端正というか品行方正。

守るべき分別を思い出させてくれる。

ちゃんとしなきゃ!と背筋が伸びる。

 

ネピサマとかで通り一遍の配信の感想を書いてみたが、ものはっぱさんのピアノは自分の中のどこかで腑に落ちなかった。だから感想がそこだけ不自然に短かったはずだ。

 

 

食わず嫌いだった可能性が微レ存

去年のござさん邸でのgaoさん結婚式2次会ツイキャスの感想より。

そして酔っ払いの調子のまま、tjさんのそのノリのまま、みんなに自己紹介インタビューが始まった。一人につき質問3件まで大サービス。

 みんな茶番劇www

この雰囲気の中ものはっぱさんがマジレスしてるのが印象深い。本当ちゃんとした人だなあ、いろんな意味で。人間としてイケメンだわ。タイプの女性像とか聞かれて、「その人なりの価値観?世界観?感性をしっかり持ってる人。流行に乗ってても、自分の見方を確立してる人」だったかな?なるほどと思った。俺と気が合う人とかいうよくある意見じゃなかった。情報があふれてる世の中、自分なりに取捨選択できないと生きていけないっていう意味か。

(去年10月の記事:社会人ピアノサークルなる集まり - ござさんの魅力を語る部屋 から)

人柄も、ピアノも素敵なんである。

ピアノはオールジャンル弾かれてる。とりわけご本人の意識としては「JAZZアレンジが持ち味」とのこと。自分もそう思う。今回のライブもJAZZオンリープログラム。

なんで今までそこまで聴いてなかったんでしょう?存在はござさんとほぼ同時期に知ったのに。JAZZの知識があんまりにも無かったからとっつきにくかったのでしょうか。

そのクールというか都会的なお洒落な和音は、田舎民の自分にはあまりにもなじみが無かったからでしょうか。

・・・要するに単なる食わず嫌いだった説を提唱しよう。

 

ピアノは人柄を表す

とにかく夕食のBGMになんとなく聴いてみたんです。スマホにイヤホンでしたので音質は良好でした。ただウチの高齢者両親たちの賑やかなトークのせいで雰囲気ぶち壊しでしたので、アーカイブでリピートしましたけど。

このように(他のYoutube配信も含めて)待ち受け画像からしてスタイリッシュ、全てにおいて洗練されてる。

 

※また普段からツイキャス配信を頻繁にされていて、その画面には今演奏中の曲名が表示されており大変親切な設計である。その他あらゆる点で溢れんばかりのホスピタリティ、聞いてて何の心配もなく安心して楽しめるのである。しかも時々配信中に歌われててかっこいいし、かと思うとTwitterのつぶやきは(サブアカが)面白いし、色々多才ぶりに驚くばかり。先生って呼ばれてるのをよく見るが、さもありなん。

なんで自分は普段のツイキャスをあんまり聴きに行ってなかったんだ?時間がなくて配信を追い切れてなかったのもあるけど、だから、腑に落ちなかったんです(語彙力)。

………一つだけいいデスカ?

なんで今回、床にペットボトル直置きなんですか?

タンブラーとかコップは?

(以上、気になるのはそのどうでもいい1点だけデシタ)

そんなどうでもいい事は置いといて。このピアスコアスタジオには特筆すべき点がある。

4カメラ体制によるスイッチ切替の多角的視点での放送。

お洒落な内装に季節感あふれるリース飾り、雰囲気あるカラーのライトアップ。

しかし何といってもここのイチオシはピアノそのものだ。

スタジオの楽器:SEILER(ザイラー)のピアノ

参考リンク:SEILER(ザイラー)|ピアノブランド紹介|株式会社グランドギャラリー

このピアノの音が知的で上品な響き。

もともと第二次世界大戦以前はポーランド、今はドイツに生産拠点があるらしいこの銘柄のピアノは、どういう経緯でこの日本にやってきたのか分からないけど、それが港町横浜にあるという所から、自分は勝手に外人居留地みたいなハイカラな印象を持っていたのであった。(全然違う所で使われてたのかもしれないけど)

ヨーロッパの貴族のサロンで演奏されるような優雅で奥ゆかしい音がする。

今回はJAZZオンリーライブ、クラシックの曲みたいな華やかかつ優美な雰囲気とは違った演奏なんだろうかと想像してみた。以前にもここのツイキャスライブは聞いた事があるし。

 

 

★★注意喚起:以下、ネタバレです★★

ネタバレの内容を含むため、ライブをまだ見ていない人は読むのをお控えください。

 

※何度も言うが自分はJAZZについてはさっぱり聴いてこなかったし何も知らない。なので素人の独り言と思ってこんな感想はその辺に打ち捨てておいていただきたい。

※また、ものはっぱさんの配信は自分は上記の通り「どこか腑に落ちなかった」。

あんまり今まで聴いてなかったので今回の感想は偶然ひらめいたというか、いつもの様子を知らない通りすがりの一見さんが言ってる印象と思ってください。

 

 

 

 

 

では。

配信リンクを開くといつもものはっぱさん自作のサムネ画像と、そしてバックに流れるいつものオリジナル演奏。これがまたかっこいいんである。この辺にも配信を楽しく待機できるような工夫が感じられる。みんなでカウントダウンしようというわけですね。自分はぎりぎりでチケを購入したため、サイトに行ってみるとすでにカウントダウンが始まっていましたが。

 

今回のライブは大きく分けて3部構成だった。

第1部

スタンダード曲の新たな解釈によるスペシャルバージョン

この最初の音を聞いて、この感想書こうと思いついたと言っても過言ではない。だいたい、このスタジオのライブ聴くのはこれが初めてではない。じゃあなんで今回感想書こうかと思ったのかというと、だから思いついたからです。(←説明になっとらん)

ライブのオープニングはAutumn Leaves日本名でいう枯葉である。自分も時々ござさんの配信で聴いていた曲。ものはっぱさんの配信では時折歌われてたりしておなじみの曲、言わずと知れた有名にして定番曲、のはず。

しかし今回のアレンジはそういう自分の数少ない予備知識とは全然違う方向からやってきた。

「あれ、なんか違うぞこれ。」byものはっぱさん

その通り。

JAZZの独特な陰のある和音。

それでいて、都会的。

洗練されててクール。

渋い。

「多くは語らないけどシンプルにかっこいい人」

ってのを想像させる。

ここで勝手にイメージを引用します。

 

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(画像引用サイト:紅の豚 - スタジオジブリ|STUDIO GHIBLI

 

 

はいすいませんでした、横道にそれました。

 

 

スタンダードって何?

この最初のスタンダードナンバーが、今までいまいちJAZZが何なのか分かってなかった(今も分かってないが)自分にもすんなり聴ける?アレンジだった、のかもしれない。

 

はーい、しつもーん!(突如挙手するリスナー)JAZZ初心者から言わせてもらっていいですか?あんだけござさんの生配信でJAZZ聴きまくっといて今更ですけど。

JAZZのスタンダードナンバーって、

いったい何なの??

スタンダード=「基準となるレパートリー」って意味だと思っていた。

しかしJAZZは奏者によって特にアドリブが全く違うらしいじゃないですか?

JAZZの7割はアドリブ(だったっけ)って言うし。

スタンダードナンバーの楽譜集=いわゆる黒本に至っては旋律とコードしか書いてなくてあとは全部奏者がアレンジするようになってますよね?

奏者によって全く異なる演奏になるのに、スタンダードってどうゆうこと。

おかしいじゃん。

「これがスタンダードナンバーの曲!」っていうのは、じゃあ誰が決めたの?

中には映画音楽やディズニー、ミュージカルが元の曲もあり由来も様々。

ますます分からない!

っていうアレルギー反応みたいのがあって、今まで聴いても聴いてもいまいちJAZZっていうのがすんなり飲み込めなかった。ものはっぱさんの演奏が今まで腑に落ちなかったのはそういう原因もあるかもしれない。

「JAZZってかっこいい!」

って言っても、どこに焦点を当てて聴いたらいいのかさっぱり見当つかない、的な。

(※ござさんのJAZZはそんな全くの門外漢にも有無を言わせず聴かせる説得力?があってわけもわからず聴いてましたが、詳しく語れって言われたら「さあ?」ってなる…)

 

というわけで、今回のスタンダードナンバーは、自分みたいな分かってない民にも実際の演奏でどういうことか解説してくれるっていう意義があった気がする。

ジャズ・スタンダード - Wikipedia

ここにも解説されてる通り、長い年月をかけて多くの人に親しまれてきた定番曲、というほどの意味らしい。だから、年代によってその定義が違ってくる、らしい。日本で言う民謡とか唱歌みたいなもの?←違う

で、ものはっぱさんはそれぞれの楽曲が「なんで長い間多くの人に親しまれてきたのか」っていう背景に基本的な解説を加えながら、かつ今回は新しい解釈で今までとは一味違ったアレンジ、個性的なアドリブで聴かせてくれる。

だから、今まで何回聞いてもどこかでピンとこなかった何かが、新しく新鮮な印象で聴けたっていうか納得できたっていうか(全く説得力無いな………)

 

というわけで、最初の演奏聴いて思わず目が釘付けになり、そのままずっと聴いててますます気に入り、思い余ってこれ書いてるという次第です。

自分が超絶気に入ったのは、なんといっても独自に主張してくる左手。

いつものクールで落ち着いたアレンジから一歩踏み込んで、冒険的かつ実験的な演奏。

和音一つ一つに、次への展開への提案?挑戦?みたいな薄氷を踏むようなハラハラ感がありつつも、全体としてすっきりとスタイリッシュにまとまっている(語彙力皆無)

相変わらずJAZZは門外漢ですけど、そんな自分も「なんでかっこいいのか」何となくでも納得できたっていう意味で、このライブを聴いた意義は大きかったと思う。これでものはっぱさんの代名詞というか、ルーツ(トークより)であるJAZZをより楽しめる(理屈はわからないが)と思うし、JAZZの原曲を聴きに行ってもそれぞれの奏者の特色を聴き分けて楽しめばいいんだな、というのがわかってきた。

この境地に至るまで、つまり、ござさんに始まりネットピアニストさんの演奏聴くようになってから、年が明けたら丸2年。苦節2年ともいう。ここまでの年月は試行錯誤するのに必要だった期間ということにしておこう。

 

枯葉に続いて、

Fly Me to the Moon

Over the Rainbow

All the Things You Are

と、自分でも知ってる(というかピアノ配信で覚えた)名曲を弾いていただきました。

どの曲も色んな演奏聴いてきて(ネットで知ってからだから2年足らずだけど)色んなアレンジが思い浮かぶけど、今回のライブでは新しい解釈でありながら、奇抜な奇をてらったものではない、でもその曲の新たな一面を知れたというか、まるで新しくその曲を知ったかのような新鮮な驚きを与えてくれる演奏だった。

(こっそり小声)Fly Me to the Moonを知ったのがアニメ:エヴァンゲリオンのEDテーマとしてで、まさかそれが往年のJAZZの名曲とは露知らずだったことは、内緒である。しかしアニメなのに毎回曲のアレンジがなにげに違ってて、でもあくまでアニメ編集スタッフの演出なんだな、工夫しててすごいなとしか思ってなかった若い頃が懐かしい…

 

 

第2部

ビル・エヴァンス特集コーナー

 

参考リンクコーナー:

ビル・エヴァンス - Wikipedia

【ビル・エヴァンス】なぜ人気? おすすめアルバムは? 知っておきたい4つのポイント | ARBAN

 

「特に沢山聞いてきたJAZZピアニストです。有料配信ライブでJAZZオンリープログラムとなればこの人はどうしても外せません」
byものはっぱさん

なるほど?その人なら、自分でも知ってるぞ!

ちなみに自分の前もって持っていた知識:ビル・エヴァンスは、ワルツフォーデビーを作曲した人。以上。時代背景も知らなかったしチック・コリアさんとミシェル・カミロさんとどう違うのかもさっぱり知らなかった。その二人と比べれば、ワルツフォーデビーって綺麗な曲だなあ。というくらいの印象。

ライブを聴いた感想:無知って、人生の無駄遣いだなあ。

この特集コーナーはものはっぱさんの講義から始まった。さすが先生と呼ばれて然るべき、全然門外漢の自分にもよく分かる懇切丁寧な案内書みたいなコーナーである。以前画像で調べた時、どの写真も眼鏡に髪もピタッとなでつけてる地味な人って印象しかなくてそれ以上人物的に興味を抱かなかった記憶がある。あの時ビジュアルはほっといてもっと曲とか演奏動画とかちゃんと調べれば、もうちょっとJAZZも詳しくなれた……かもしれない。でもまず外見から入るミーハーキャラだったんです、その頃は。

じゃあなんでそもそもござさんのピアノを、しかもサングラス時代のストピ動画聞いて気に入ったのかって言われると、それは気に入ったからです(←説明になっとらん)

今回のライブでワルツ・フォー・デビー以外の曲を知ったわけですが、JAZZの曲というにはキレキレなウォーキングベースとかハイテンションなアドリブ、という特色は影をひそめていて、美しい曲を書いてたんだなあ、という印象が残る。和音も綺麗で上品。ものはっぱさんの特徴とも言える「浮遊感のあるコード」にも通じるところがあるような音楽性。

特に晩年の幸せだったとは言えない私生活を知ると、この美しい中にも影があると言うよりは、分かりあえない寂しさ?満たされない思い?みたいな、綺麗だけではない隠れた表情を曲のどこかにそこはかとなく感じる。というか私生活が壮絶だっただけに、音楽活動だけはどこまでも美しさを追求してる気がして、そこが余計壮絶に感じる。

JAZZスタンダード曲のほとんどがアメリカにおけるアフリカ系の人達によって担われていた(いわゆるブラックルーツ)中、それらの曲が黒人の悲哀と影を表現しているとすれば、ビル・エヴァンスの曲は都会的で洗練されてる。しかしJAZZ演奏家としては名演の録音も多く、多方面に影響を与えているようだ。

っていう、親切な解説コーナー。

門外漢としては、非常に助かります。

JAZZのこと何もわかってない自分には心底ありがたく親切なサービス……!

そしてこの深い楽曲解析と考察から生まれる、曲の本質が洗い出されてるような解釈に基づく演奏。ものはっぱさん特有のどこか不思議な和音進行から、聴いててどこが着地点なのかよくわからない展開。

ある意味この作曲家を選んでいただいて、初心者の自分はよかったのかもしれない。

ここでJAZZはJAZZでもクラシック寄りのカプースチン特集コーナーだったら?と考えると、そんな難しい曲の解釈は絶対自分には無理で、多分このライブも途中で脱落していたかもしれない事を考えると、ありがとうものはっぱさんと感謝しかないのだった。

 

色々ものはっぱさんのことが分かったような気がする、長いようで短い1時間である。

目からウロコともいう。

 

もう一つだけいいデスカ?

ビジュアルはそのままでかっこいいと思われるので、別にメイクはなくても全然大丈夫だと思います(←個人的主観)

 

 

第3部

ものはっぱさんのオリジナル曲

なんとこのライブに向けて新曲を作られてきたとのこと。どんなのだろう?

曲名:「Curtain」つまり、カーテンです。

 

過去ブログからカーテンの写真でも貼っとこうかな。

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「ゆらゆら揺れ動く感情を表現」まさしくカーテン・・・?それか、風に揺れて動く木漏れ陽みたいな?

またしてもコードは二転三転して定まらない。

不安な影というよりは、物思いにふける繊細な心理を描写…という感じか。そんな夜中に悩まなくても…あ、でも自分もこの部屋の構成を考えるのはなぜか夜中である。

悩むのに適してるのだろうかそういった時間は?

 

 

また、もう一つオリジナル曲からSpectrumも演奏されている。

 

 

 

 

 

 

ご本人から、ライブの演奏プログラムが投稿されている。これをご参考に、今からでも視聴チケットで配信を鑑賞なさってはいかがでしょうか。

12月24まで視聴可能となっております。

クリスマスまでの期間、心も温かくなる素敵な演奏をいつでもあなたのそばに。配信だからスマホタブレットその他モバイルツールからどこでも視聴可能。寒くなってまいりますが、気分が華やかにテンションも上がるちょっとプレミアムな配信ライブ。

お部屋の中でゆったり楽しんでみましょう。いつもの日常がお洒落に変わります。

(あれっ?いつのまにか宣伝調なんですけど、自分は何の回し者でもない……ライブの印象をそのまま書いてみたらこうなったんだ💦)