★そのうち完成したらTwitterに投稿します
★★★この記事は半分までの書きかけです★★★まだ更新中★★★前半の被害妄想はネタです★★★ひるまずに後半を読んでいただきたいが、まだ更新中★★★
2025/11/24防府市の、ござ×Budo2台ピアノコンサートに行ってきたので感想を書いてみた。
【チケット先行受付中!】
— ござ Staff (@gozapiano_info) 2025年8月25日
『ござ×Budo 2台ピアノコンサート』
11月23日(日祝) 鹿児島・川商ホール(鹿児島市民文化ホール)
11月24日(月祝) 山口・防府市地域交流センター アスピラート音楽ホール
第1次オフィシャル先行受付
8/23(土)12:00〜8/31(日)23:59https://t.co/9Pd9qgNDoA pic.twitter.com/Th5XFZ4Sa7
目次:クリックで各項目へ飛べます
- 「信用に足る」という結論を得るに至った経緯について
- 防府のござ×Budo 2台ピアノコンサート レポ
- なんで開催地が防府なのかという考察
- 謎の声だけオープニング
- 1ベートーベン ピアノソナタ「悲愴」第二楽章(Budoさんソロ)
- 2スクリャービンのエチュード Op.8-12 嬰ニ短調
- 妍を競うわけではないビジュアル
- 3エリーゼのために 民族音楽ふう(ござさんソロ)
- 4 冬の曲セレクション(ござさんソロ)
- 現場での市場調査アンケート……生身のファンとの邂逅
- 5キングクリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン(精神異常者)」(2台ピアノ)
- 6 フォーレ「ドリー組曲」より子守歌(2台ピアノ)
- #ござぶどう #ぶどうござ の二台ピアノのスタイル
- 目指すところのデュオの概念---クリスタルコーラ
- 7 サン・サーンス「カルメンファンタジー」編曲:ホロヴィッツ(Budoさんソロ)8 モーツアルト「魔王」編曲:リスト
- 9 トロイメライ(ござさんソロ)
- 10 チャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」から情景(2台ピアノ)
- MCでも意思疎通できてる説
- 11 バレエ音楽「ガイーヌ」から剣の舞(ハチャトゥリアン)(2台ピアノ)
- 12 ノクターン Op9-2(2台ピアノ)
- アンコール 革命
- 賽(さい)は投げられた
《もしこの部屋を初めて読むひとがいたとしたらという前提で》
この日記部屋はござさんファンが書いています。
今回の記事は、Budoさんのピアノを初めて生で聴くにあたり、コンサート前後の自分の印象を忌憚なく申し上げるものである。
「信用に足る」という結論を得るに至った経緯について
ところで結局Budoさんてどういう人なの
Budoさんのキャッチフレーズといえば。
コンサートで開口一番に口にされている「ごきげんよう、みなさま~~~!!!!!」という、従来のクラシック演奏会ではあまり見かけない賑やかな挨拶が筆頭に挙げられるだろう。
逆に自分はこの賑やかなキャッチフレーズがどうにもなじめなくて、ピアノを聴く以前の問題でBudoさんが苦手だった。(ござさんのトーク量が限りなく必要最低限なのに比べ、対角線上にあるからだ。)結局Budoさんのピアノってどういうものなのか自分はあまり知らないままだった。
そして自分は用心深く、他人を全く信用してない。石橋を3度叩いて結局そこは使わずに自分の持ってきたスペアの石橋のほうを渡るくらいには、他人の言動を頼みにはしない。
よってBudoさんとかいうネットピアノ界隈に彗星のごとく現れた謎の存在など簡単に信用するわけもなく、ましてYoutube動画チャンネルなど簡単に登録するわけもなく、
なんか視界に入ったけど目の錯覚やろ
気のせいちゃう?
そのうち視界から消えるまで放っとこうか
と思っていた。
苦手なものや正体が謎の存在は初めから認識の外に置くという、ある意味で自己防衛本能が発動していた。人間の精神構造における無意識のフィルターが働いたとも言う。
ござさんが、いきなりなんでBudoさんと2台ピアノ?
特に今年3月の岡山にはじまりその後の4月の桜音夜、8月のバレエ音楽とピアノのコンサートと続く2台ピアノDUOの報を聞いたが、このコンビが今年に入って突如降って沸いたように結成された経緯がまず謎だった。自分の中ではござさんと二台ピアノといえば、菊池さんとのコンビだったからだ。ふたりのピアノには即興があるからこその緊張感、衝撃、昂揚感があって、聞いてる方も演奏する方に負けず劣らずスリルを味わっているので、エンタメとしてはこれ以上面白いものないんじゃないかと常々思っていた。
Budoさんとござさんのデュオとなると即興演奏とかアドリブをやるというイメージがわかない。自然とレパートリーはクラシック寄りになるのではないのか?ござさんの守備範囲の中ではクラシック曲はほんの氷山の一角でしかないのに、このデュオはお互いに強みを相殺してしまうのではないのか?という疑念が消えなかった。
(この疑念は3月の岡山公演でキングクリムゾンの曲をやっていたことでちょっと修正されたけど)
被害妄想
さてBudoさんとの二台ピアノはクラシックが基調であり即興要素がないとなると、どのような演奏になるのだろう?と全く予想がつかなかった。結局自分はBudoさんの生演奏はまだ聞いたことがなかったので。
そんな中舞い込んできたこのツイート。
\\ござ×Budo 2台ピアノコンサート//
— Budo News【Official】 (@Budo_info) 2025年9月8日
実力派の名コンビ(いや、迷コンビ!?)#ござぶどう が鹿児島&山口に登場!
🎟 第2次オフィシャル先行
⏰ 9/14(日)23:59まで
🍇🐧お待ちしております!
👉 https://t.co/ErEVxXO1UE pic.twitter.com/eycOFocvpP
今思えばこのツイートは当時コンサート行こうか決めてなかった自分みたいな浮遊層へ働きかけるリマインダーだったのだろうけど。結局自分はこれ見て行くことに決めたからまさしく役割を果たしてたのだけど。存在感ありすぎてリマインダーを通り越してるんですよねこれ。
(前からツッコミたかったが)このインフォメーションアカウントのアイコンが紫の背景を背負った少女漫画。ベルばらかガラスの仮面みたいな。Budoさんは少女やったんか。なんでやねん。
さらにこのツイート、動いてて喋ってる。ふたりの距離がなぜか近いんですってばよ。
視線の焦点がいまいち合わないイラスト動画、AIか?ござさんの衣装が和服なのは桜音夜のスタイルをAIに読み込ませてるからなのか?というかござさん、こんな顔だったか、そんな外人みたいな彫り深いイラン人みたいなのじゃないような…?AIの精度ってこんなもんなのか、いまいちだな……
じゃなくてBudoさんはそっくりじゃないですか、なんか18世紀ロココ調の王侯貴族みたいな恰好してて似合ってるし、なんなんだ…?本人が華やかイケメンだからか、あ、そうか……
っていう具合に一瞬でいろんな考えが瞬間風速的に過ぎていった。
とどのつまり、
このAIイラストござさんは、「鄙びた里に都から謎の文化人が現れ、上手いこと言って勧誘する口車にまんまと乗せられて、黙ってついてく純朴な演奏家」に見えた。
今思えばまんまとBudoさんのプロモーションに嵌まっていたのだが。
さらに妄想が捗る------------
時代と設定を変えて解像度を上げてみると。(←上げんでいい。)あのAIイラストはさしずめ、ござさんが
※女衒…女を遊女屋に売り飛ばし仲介料を取る職業。特に甘言を弄してだまして連れてきたりする悪徳業者。
※拐騙…かたる。だまし取る。かどわかす。油断している婦女や子供をひっかけてさらう、かたって騙すの意。
この構図のBudoさん、信州や上州、東北の寒村に東京からやってきて「いい就職口を斡旋するから」と拐かして農家の娘を連れ去る
んで実は上州や諏訪、東京の紡績工場で栄養失調になるまで働かされ、体を壊して労咳(=結核)に冒され、使い物にならなくなったからってぼろ雑巾のように吉原の女郎屋に売り飛ばされ、亡くなると供養もされず無縁仏として遊郭の隣の投げ込み寺に捨てられるんだよ、きっと!ござさん、その話しかけてくる一見きらびやかな恰好してる人は実は悪徳詐欺師の誘拐犯かもしれんのですよ?????「準備はいかがですか?楽しみですね♬」とかいって見つめ合ってる場合じゃないですよ!!!!!どうか目を覚まして、こっちの世界へ帰ってきてくださいお願いござさん~!
(----ここまで実際にコンサートに行くまでの自分の被害妄想)
結果論からいうと、ござさんは甘言にかどわかされて連れ去られたのじゃなくて、吉原の投げ込み寺にも放り込まれてなくて、ちゃんと目的地で素敵なピアノを弾いていた。(そらそうよ)自分が今回行ったのは防府だったが、現地までピアノ聴きに行ったのは、その事実を目で確かめに行ったからだと言っていい。
なんでこういう妄想になったのかというと、要するにBudoさんの生音で実際に演奏を聴いたこと無かったからで、先入観って怖い。
自分は知らない人は信用しないのだ。知らん人にござさんが攫われようとしてたらそりゃ警戒しますって。(だから違うって。)
「結局Budoさんは信用できるのか」という2023年以来の疑惑とその収束
ござさんファンとしては2023年のSummer Piano Junction以来、Budoさんのことがよくわからなかったためその存在を正面から認知しようとするには至らず、あくまで素通りし続けてきた。
ここにきて上記の「2台ピアノコンサートっていっても結局Budoさんは信用できるのか」という疑惑がもちあがったため、現地に行って演奏を聴いた結果
防府でコンサートを聴いてきたが、ござさんはちゃんとピアニストとして舞台に立っててちゃんとBudoさんの奏でるクラシックと見事な対を成していた。自分の疑っていた「胡散臭いプロモーションに巻き込まれて客寄せパンダみたいに使われ、弾きたくない曲とかつまんない演出に加担させられるかも?」という不安は見事に
ではござさんのアレンジの世界観とBudoさんのクラシックの表現はどのように対を成していたのか、以下に具体的にレポを述べていく。
防府のござ×Budo 2台ピアノコンサート レポ
(気を取り直して)えー、妄想にお付き合いいただきすいません。ここからちゃんとピアノの感想書きます。
ああっ石を投げないでください。
なんで開催地が防府なのかという考察
今回の二台ピアノコンサートは、前日の鹿児島公演に続き、山口県の防府市で開かれた。ときは2025年11月24日。多分に漏れず今回も前日から中国地方は快晴、ござさんの晴れ男の威力のおかげである。
市の規模は自分の居住地と非常に似てて人口11万人、そこにこうした攻めた企画を招致いただいて、なんというかその慧眼に敬服するばかりです。自分の住んでる辺りではこんな冒険的なイベントは見かけない。
鹿児島もそうだが、こうした地方都市を回っていただく事で、その距離なら行けるファンがいたり、または全く新しい客層を発掘できたりする可能性はある。こういう興行は利益にはつながらないとは百も承知ではあるが、ステージも非常に身近に感じられるこうしたコンサートはファンとしては色んな意味でありがたい存在だ。
謎の声だけオープニング
会場はJR駅前の地域交流センターアスピラート。円い外周とガラス張りが印象的。このほかにもっと大きな収容人数のサルビアホールというのも近くにあるようで、掲示板を見ると多種多様なイベントが活発に開かれている雰囲気だった。
現地でいつものござさんファンと集合して、コンサート前から高まる期待で話は盛り上がったが、しかし羽目を外してはいけないと心のどこかで自重しながらホールに向かう。
さて現地に行ってみると前日の鹿児島から追っかけて連日参加の人が意外と多くて驚く。何よりこのコンサートはBudoさんのファンもたくさん来られていたから初めて見かける人も多かった。そんな中ござさんファンとしてどのように振舞えばいいのかと意識して、自分は無駄に肩に力が入って緊張していた。自分たちの振舞はすなわちござさん界隈という標識をつけられて見られていると思えばいい。
このホールはチケを取るときに自分で座席が選べたので、任意に前寄りの列を取ったファンたちでホールは前のめりに埋まっていたようだ。
暗転する客席に突如流れてくるBudoさんのアナウンス。
「ごきげんよう、みなさま~!クラシックからポップスへ、音楽と歴史が織りなすグラデーションをお楽しみください」
内容を要約すればこんな感じのBudoさんの落ち着いた語り。自らコンサートの水先案内人として姿を見せずにナレーション入れるという演出は自分には新鮮に映った。単に突拍子もない挨拶でインパクトを与えてただけではなさそうで、この演出に共演としてござさんも参加するとはどういう展開になるのか?見てて気持ちの整理がつかなかったが、そうこうしているうちにBudoさんが登場し、演奏が始まった。
1ベートーベン ピアノソナタ「悲愴」第二楽章(Budoさんソロ)
2スクリャービンのエチュード Op.8-12 嬰ニ短調
Budoさんが演奏を担当した映画の「ベートーヴェン捏造」から劇中使用曲?タイアップ企画?でYoutube動画も出ていた曲、ピアノソナタの悲愴。
ピアノの音は演奏者そのものを表現し写す。生の音がホールに響く様は、どんな肩書を連ねた名刺よりも演奏家としての真の姿を如実に偽りなく描き出すのだ。
Budoさんの音は、明るくやわらかな手触りで、ビロードのように広がる素敵な響きだった。
イメージと違っていてとても意外だった。Budoさんといえばストリートピアノの月光くらいしか動画を見てなかった自分には非常に新鮮に聞こえた。Budoさん体格よさそうだし(?)ガンガン鳴らす大音量一辺倒だったらどうしようとか、色々考えていたパターンを全部素通りしていって、少し自分はほっとした。
アスピラートホールはステージの形を含めてオーバル型つまりゆるやかな楕円形の輪郭をとっていた。ピアノという元来は室内楽の小さな空間で演奏するように設計された音が、繊細な響きはそのままに伸びやかに天上に抜けていくような音響効果が感じられる。
Budoさんの天真爛漫な素直な音にはクラシック曲がもつ陰鬱で哲学的な雰囲気がない。自分は知らなかったが一度海外へ行かれてたときはピアニストへの夢を絶ってた時期があったそうで、そこから再び音楽を志したという点に、迷いとか何もかも吹っ切れた覚悟みたいなものが見える気がする。どんな形でも音楽が好きなら結局人生はそこに戻ってくることを目の当たりにして、今耳にしている音にも心なしか別の角度からの色彩が載せられ、奥行きと深みを増したように感じた。
(タイアップ参考動画:)
もうひとつのプログラム、スクリャービンの悲愴。この曲は名前こそ悲愴とつけられているが、ショパンの革命に曲の構成が似ているらしい。でもロシアの曲には凍てつく冬を耐え忍ぶ精神みたいなのが隠されている気がして、作風がロマン派であれその後の現代音楽であれ、雄大かつ壮大なスケールの大地を思い起こさせて渋くて好きだ、みたいなことをMCで言われていた(たぶん)。こういうの好きなんですよ、クラシックをひととおり学んで修めてるひとのこだわりの一曲みたいなのが。いわゆるCDのB面曲みたいな選曲にひそかに名曲がある。
過去動画より:あくまで楽曲としての参考までに。
以下、コンサートの曲の参考に、既存の動画をそれぞれに貼っていきますが、あくまで楽曲としての参考です。
今回の素晴らしいホールでグランドピアノでの音響とは本質的に別物の録音状況が多いことをご理解いただいた上での視聴をお願いいたします。
コンサートのイメージが壊れるという方は、ぜひ次回の2台ピアノ公演まで待っていただき、ご自身の耳でほんとうの二人のアンサンブルを体感されてはいかがでしょうか。
妍を競うわけではないビジュアル
#ぶどうござ 鹿児島公演無事終演しました!いつもの曲から初披露まで、トークも含めて盛りだくさんでした!明日は山口公演、行ってきます! pic.twitter.com/Fh8Y9he092
— ござ🎹 (@gprza) 2025年11月23日
(※この写真は鹿児島の公演です。防府ではござさんの髪が巻いたのではなく、センターでふんわり分けた風になっていた)
この日の衣装は、Budoさんが前身頃にタフタ?じゃなくてフリンジのついた凝ったジャケット、ゆったりしたワイドパンツになぜか黒いエナメル調の下駄ふうな靴。相変わらずおしゃれ。いつも衣装にこだわってるふうで、それこそ事務所の仕立てたスタイリストがセットアップ決めてるんでしょと思っていたが、でも言われるまま着てると、まるで衣装に着られてるみたいな違和感を感じて不格好にうつるものだ。たぶんBudoさんのもとからのセンスなのかもしれない。そう思って桜音夜の衣装を紐解いてみると果たして私物を合わせてコーディネートしていた。エナメル調の下駄もこのときに和服と合わせてたらしい。なるほど。
しかし下駄だけあってピアノのペダルに支障が出るだろと思っていたら、下駄を脱いで演奏を始めるBudoさん。最初のごきげんよう、みなさま~!の挨拶で感覚がバグっていた自分はもうそこは気にならなくなっていた。ピアノが素晴らしければなんでもありだ。
ござさんの衣装はスタッズのついた襟のジャケットにギンガムチェック?千鳥格子?の蝶ネクタイをつけてグレーの革靴ていう、これでキャスケット被ったら古き良き19世紀の新聞記者かな?みたいなクラシカルスタイルだった。コンサート後半でジャケットなしのベストになってたのもかっこよかった。
ござさん、Budoさんと共演する際には気のせいか衣装の着こなしがすっきりしてて似合ってて、ヘアメイクも気のせいか?ちゃんとしてると思うんですよ。気のせいかもしれませんけど。いえご本人はいつもピアノにただ真剣に向き合ってるだけだと思いますけど。こういう凝った衣装がだんだん自然と板についてきたみたいな、水が合ってきた感じがする。
このスーツをずっと着こなすために太れないからダイエットしてる説を聞いたが、そうじゃないやろ練習しすぎで痩せてるんやろと思う。リサイタルだと1公演で2~3kg痩せると言われてるピアニスト界隈、ダイエットしてどうするんだ、演奏家生命を縮めてちゃ意味ないですよね、もっとちゃんと食べて体格維持しててほしいところですが。(滲み出る大阪のおばちゃん風の余計なお世感感)
ただ、後で考えたら全体的に正統派クラシックの曲が多かったから、この衣装はBudoさんのピアノともちょうどイメージが合っていて、コンサートとして統一感があってよかった。
Budoさんと絡んだ仕事がふえてきたことで、公式からの情報が質量ともに段違いに増えて嬉しい。供給過多で追いつけない(喜んでる)。
3エリーゼのために 民族音楽ふう(ござさんソロ)
Youtube動画でゲーム音楽風アレンジと題して投稿されている最新曲のアレである。民族音楽ふうに、とMCで言われていたが、要するにRPGのBGMは中世ヨーロッパふうだから、つまり古のケルト音楽とかそういうイメージで名づけられたのではないだろうか。イメージはゼルダとかファイナルファンタジーとかそういう展開。
Budoさんから「じゃあ僕もベートーベン風なお題で」と引き継いでソロ演奏を担当したござさんだが、まずふたりでお互いに看板曲を持ち寄って披露し合ったというところか。この看板曲を含むプログラム全体のラインナップが、前回の岡山2台ピアノで演奏されたというプログラムと比較しても段違いにこなれてきているというか、単に機械的に代表的持ち曲を交互に並べたのではなくて、衣装だけじゃなくて演奏自体がトータルコーディネートされてる感じがした。(いや演奏がメインではあるのだけど)
ワルツになり、ケルト風?の音階でスケールが入り、さらに転調するという、題名こそゲーム音楽風とつけられているがこれ以上ないくらい実験要素だらけで斬新だ。最近出されたばかりのアレンジをまず最初のあいさつ代わりのカードで出してくるあたりが攻めてるなござさん。
【参考動画】
ここでござさんは短いMCを挟んで次の曲を紹介されていた。なにげない季節の話題をしながら世間話のようなとりとめもない自然なMCをコンサートで聞けるとは、ほんと生きててよかった……(大袈裟)。と思うくらいにござさんが自然体だったのが印象的。
BudoさんのMCからの流れを受け継いで、「クラシックからだんだんPOPSにうつりかわっていく(?)演奏をお楽しみください」とか?なんとか、コンサートの最初のソロ演奏を飾る挨拶をされていて、こういう冒頭の挨拶はいつもは曲の説明とか手短に言って終わりだし、何かと勝手が違うコンサートで新鮮だった。
ん……?基本的にはソロでやってきたござさんが、このコンサートでのデュオをもしかして楽しんでる…?と思ったのはこのときだ。なんでもセッションですらも一人シンセ録音でやってしまうござさんが、ひょっとしてクラシックが基調のコンサートを楽しんでる………?
あれ………?この仕事は仕事として受けたビジネス需要案件じゃなかったんですか…?(しつこいな)
このへんで自分の強固な被害妄想がだんだん認識が変わってきたと思う。
4 冬の曲セレクション(ござさんソロ)
-----演奏曲リスト-----
雪 バロック風
白日(King Gnu)バロック風(部分的に)
Subtitle(Official髭男dism)
ロマンスの神様(広瀬香美)
ジングルベル
MCをしながらござさんは次の曲について、いつもみたいに何にしようかなーと考えている風で、季節の曲でもう寒くなってきたから(?)冬メドレーにしましょうか!??と言いつつ、イントロを弾きながら曲目を思案するふうにスケールを流して演奏しはじめた。
自分は聞きながら、今日の実質メイン曲はこれだなと勝手に認定した。
ござさんの即興って短い一曲から配信とかの長い尺全体まで、どういう捉え方しても演出が映画なんですよね。なんならフレーズそれぞれにさえも、ござさんの演出が仕込まれてる。その演出が真に迫ってて魅入られるんですよね。映画って、監督以下様々な専門スタッフが長い年月かけて作り上げる総合芸術だと思ってるんだが、そういう丹念に練られ熟成されたストーリーを感じる。ござさんがすごいのは、このストーリー性のある音楽を、長い音楽活動の中でも毎回違ったものを提供してくるところ。
時間、季節、場所、客層、あらゆるものを考慮してお客さんに寄り添った音楽を、しかもその場で、上記の通りの熟成されたクオリティでサラッと用意してくる様は何回生で見ても驚愕でしかない。
童謡の雪やこんこが今回のクラシカルなスタイルにぴったりのバロック風?バッハみたいなアレンジでかわいらしく、かつ格調高くメドレーの冒頭を飾る。それから白日も冬の歌詞だったか、これも原曲通りから一転してバロック風な装いになっていた。INVENTIONみたいな律動のなかにメロディとリズムが浮かぶ。それからヒゲダンのsubtitleがきて(これも歌詞が冬かな)客席から思わず小さな歓声が漏れた。ドラマチックな展開と切々と歌い上げる旋律から一転してスキー場で必ずかかってたロマンスの神様になり、最後に短くジングルベルのフレーズで締める。
これから間もなく到来するであろう木枯らしの季節、雪が舞う厳しい気候のなかにささやかな楽しみを見出す人々の心情を鮮やかに描き出す。
この短い中にも起承転結というよりは人生の生と死、裏表、喜怒哀楽すべてを詰め込んだかのような、圧倒的な表現力が垣間見えるのだ。
ござさんの中に無意識に育まれてるエンターテイナーの精神。なんとしてでも楽しませてやるという気概と胆力にあふれている。
自分らファンはござさんの奏でる音楽に惹かれ、またその根底に流れる静かな情熱に敬服しながら、今日もピアノの周りに集う。
現場での市場調査アンケート……生身のファンとの邂逅
さて、ここでBudoさんも登場してのトークになったが、ござさんからの発案で、ソロコンサートではもはや定番となった感のある「今日来られてるお客さんの地元はどこかアンケート」が実施された。
山口………ちらほらと手が挙がる。この人数が、人口11万人という自分の地元と同規模の地方都市にしては、この攻めたジャンルのコンサートにチケット買ってくる人がこれだけいるということが自分にとっては意外だった。ほんとうにありがたい。
鹿児島から連続で来られてる人は???………お二人が想像するより多かったようで、驚かれていた。いや自分も意外だった。でも鹿児島に飛んでる航空便多いから、時間さえ余裕あればそういうことも可能なのか?と驚いた。
関東………こっちはもっと多かった?ような気がする?なぜなのか。関東で開催される芸術・音楽関連イベント、演奏会はクラシックだけでも年間1万件を超える規模で自然と音楽ファンの絶対数が多く、普段から音楽を聴く習慣があって、こうした2台ピアノという攻めたジャンルのファンも従って多いだろうと想像はつく。さらに、首都圏発着の交通機関の便利さ、また住民の所得の高さからくる財力も、遠征を容易にしていると思われる。
海外………そこでBudoさんかござさんかどっちだったか、じゃあ海外から来られた方はいらっしゃいますか?とお題を振るも、手は挙がらない。
沖縄………いったんアンケートは終わりと言いかけてござさんが「あともう一つお聞きしたいんですが?沖縄から来られたという方は?」ともうひとつお題を投げかけるも、やっぱり手は挙がらなかった。
「ですよね~~~!」と、さもネタだったというように顔を見合わせて微笑むふたり。
……………ちょっと待った。
海外にも沖縄にもふたりのファンはいることに変わりはないのでそこを失念してもらっては困る。というかふたりはネットで活動するピアニストを公言してるなら、全国、世界各国、どこにでもファンはいることを自覚しなければいけないのでは。
このござさんのアンケートが「通信回線を通してモニター越しに会話するバーチャルな演奏家とファン」というござさんの従来の視点から脱却するためなのは百も承知なのですけどね。ええ。
バーチャルじゃなくてリアルに実在するファンの実態をもうちょっと解像度上げたくて、現地に足を運ぶファンはどこから来てるのかを知りたいだけという素朴にして純粋な疑問があるのはわかります。そこに重箱の隅をつつくようなこと言って誠に申し訳ありませんけど、ここで目に見える範囲のファンの実態を、ファン界隈の全ての総意と誤解しないでいただきたいのです。
沖縄と海外は単に物理的にコンサートにアクセスする手段を得るのが難しいだけであり、それは地方民の自分もあんまり変わらない状況であり、ネットを通じて相変わらず今日も元気にござさんのピアノを待ち望んでることに変わりはないので。
5キングクリムゾンの「21世紀のスキッツォイド・マン(精神異常者)」(2台ピアノ)
自分は単なる吹奏楽オタクなのでこういったロックミュージックは全く不案内であり、この曲もふたりの2台ピアノで初めて知ったため通り一遍のことしか書きません。ご了承ください。
(このアレンジの初披露は前回の岡山公演だった。そのときの予告動画があったので参考に置いときます。ただし、このときは初演もまだの練習動画だっただろうから、ふたりの呼吸が微妙にずれていた。Budoさんもタイミングを慎重に計っているように見える。)
あれから4~5回?の本番を重ねてきたからか、今回、特に一瞬の僅かなずれみたいなのがぴたっと合うようになってて、曲として仕上がってきたなーと思う。
今までの2台ピアノ曲でいう所のルパン三世みたいな物だろうか、JAZZとPOPSとロックの要素があってリズムというかキメを合すのが難しい曲。そういう経緯をへて新たな境地を開拓するふたり。客席からみて左側のスタインウェイにはBudoさん、右側のピアノにはござさんというフォーメーションで挑んできたがござさんはタブレット楽譜?を譜面台に置いていたようだけど全然見てなかった気がする。持ってきたものの、もう見なくても呼吸が合うということか。
前回の岡山公演でたぶんメイン曲に据えられていたのに今回コンサート中盤でこれ出してくるの(実際この後コンサートは休憩に入った)、じゃあ今回のメイン曲はいったい何なんだと内心自分はちょっと戸惑っていた部分はあるが、メモを取るのに精いっぱいでそんなことをツッコミいれている暇はなかった。
(※追記----事前にTwitterで練習動画が公開されていたハチャトゥリアンの剣の舞が今回のメイン曲のひとつでした。事前にわかってたのに感想に抜けてたのでここに補填します。感想自体は曲順通りに書きます)
勝手にコンサートの概要を分かったつもりになっていた。
アドリブとJAZZとベースラインと16分ビートの牙城がそびえるところに、Budoさんの雄大かつ繊細なクラシックの表現が融合するんですねわかります。
この曲はBudoさんから提案されたと耳にして今回のコンサートで自分はそこが一番以外だった。だって少なくともこのデュオでは、こういう曲はござさんの専売特許ですよね、従来は。それにしては始まってみると聞いてた話と違うじゃないの!(←喜んでる)となって、なんか調子狂うぞ。
「やってみたかった」とはBudoさんの談というのをどっかで聞いた。確かに調べてみたらプログレッシブロックの金字塔であり次代を超えて色褪せない名曲。
殴られるみたいな重い冒頭のフレーズから始まり見事にこの聴きごたえある原曲が再現されてて、ロックファンの人には特に印象深かったのではないだろうか?原曲の重厚でシンプルな構成、ギターソロと一人倍音かな?っていう癖のあるボーカル、それらの中に聞こえてる倍音まで逐一ピアノの内声で全部拾ってる気がして、それがピアノアレンジをして原曲のゆがんだ迫力を的確に表現してる気がする。ござさんのアレンジの妙がなせる業。
その下で
圧巻は、中間部のアドリブ。何かがはじけてる。Budoさんのパートはアドリブなのか最初から決めてるフレーズだったのかわからない。ふたりとも時間も数字も拍もわすれて魂の応酬に没頭してる観があった。
【原曲の背景を勝手に補足---無駄に長い】
この曲名の、21世紀というのは20世紀に生きたロックバンドの当事者から見ての架空の世界であり精神異常者はつまり当時の精神分裂病、今でいう統合失調症のことを指すらしい。
キング・クリムゾンはイギリスのロックバンド、そしてこの曲が作曲されリリースされたのは1969年。
1969年に何があったのか思い出そう。というか、何があったのかというよりは何が行われていたのかというと、それはベトナム戦争の惨禍が全世界に知られ広まることで欧米社会に反戦運動、ひいてはアメリカの公民権運動が高まりを見せた時代だ。カラーテレビで一般人に戦争の悲惨な実態が知らされた初めての戦争ということも大きく影響しているだろう。真の独立を目指して道半ばで斃れた革命家ホー・チ・ミン亡きあとゲリラ戦で徹底抗戦する北ベトナム。彼らの泥沼の罠に苦しむ傀儡政権南ベトナム軍ことアメリカ軍が報復に北ベトナムを激しい北爆に晒すことで、(ガソリンが原料の)ナパーム弾、7000万L以上のダイオキシン、その他あらゆる弾薬、化学薬品、そして地雷をベトナム人の土地に撒き散らした。
フランスとのインドシナ戦争を入れるとベトナムの独立戦争はかかった時間が膨大で利害関係も一枚岩ではなく、ここに簡単に述べることはできないがベトナムに降った火薬の量はアメリカが絡んだ分だけでも第二次世界大戦の数倍、地形が変わるほどの爆撃は隣のラオスとカンボジアにもおよび、そして対人地雷と化学物質に汚染された国土はいまもなお人々を蝕む。
今も世界のどこかで戦争は行われていると言うが、それを言うならベトナム戦争は世代を超えて後遺症や地雷など被害は再生産され、今も続いているし終わることは無い。
こうした中で米軍のベトナム帰還兵は今でいうPTSDに侵されて廃人になり、また自ら命を絶つ者も多かった。今でいう軍の後方支援としてメンタルケアとか行われていなかったと思われる。(参考にベトナム戦争の動画を貼りたいが、ひたすら残虐すぎてこの感想記事の本筋からずれてくるため自粛)詳しくはNHKスペシャル映像の世紀第9集の「ベトナムの衝撃」を参考にされたい。キング・クリムゾンが歌う精神異常者とは、米軍の帰還兵およびベトナムで戦火にさらされたすべての丸腰で無実の一般民を指すのだろう。欧米で熱を帯びていた反戦運動とヒッピーの群れはあまりにも戦争の現場から乖離していてここで語るのは控えたい。
ちなみにナパーム弾とは。ガソリンを主原料にした爆薬で、原型は第二次世界大戦で日本の木造家屋を効果的に全焼させるために開発されB29に搭載されて空襲で投下されたあれである。飛び散った爆薬は粘着性を持ち、また研究によってなお遠くまで飛散するように進化した爆薬がベトナムの熱帯雨林や木造の民家の村に投下されたらどうなるか、考えるまでもないだろう。
【引用サイト:歌詞と和訳】
【資料:ナパーム弾による北爆の無音動画】
-----休憩時間------
ここでIntermezzo 休憩を挟んで、後半冒頭の曲は2台ピアノだった。Budoさんがお色直し的にジャケットなしの白いブラウスで登場。前半の曲が盛りだくさんの重い曲が多かったのでイメージを一転する目的かと思われた。
6 フォーレ「ドリー組曲」より子守歌(2台ピアノ)
結論からいうと、この曲はコンサートから4日後の11/28にこの動画シリーズ第二弾として出されたメドレー動画に収録されている。
※もう一個資料、このメドレー動画の感想。
さらに結論からいうと、コンサートのホールでの演奏は、動画収録の音響も相当高度な処理がされてるけど、しかしやはり生音の演奏は別格に素晴らしかったことを申し添えておきたい。
自分はこの日を待ちきれずに、前日鹿児島公演に参加した方から、演奏曲情報をリークして入手してたのでこの曲が演奏されることは予想範囲内ではあった。そのときはまだこの動画が出される事を知らないので、自分は予習したい派のため曲名を知っておきたかったのだ。
#ござぶどう #ぶどうござ の二台ピアノのスタイル
この曲と、そして後半の白鳥の湖、そしてノクターンの曲が、それまで自分がピアノ、そしてござさん、2台ピアノに対して抱いていた素人ならではのイメージの息の根を止めたというか、完全にとどめを刺したと言っていいだろう。
ここでフォーレの子守歌がコールされ、一瞬自分は「その曲目当てにここまで来たんじゃないんや」と心の中でつぶやいた。やっぱりコンサートといえば舞台に映える派手で華麗なクラシック曲が登場すると思うじゃないですか。前半最後がキングクリムゾンのプログレだったから余計に。なんだろ、シューマンとかグリーグか、モーツアルトか?とか想像してたとこにフォーレ?
あれ?2台ピアノ曲で弾く曲なのそれ?(曲名はリークで知ってたものの納得できてなかった)
……元々2台ピアノの曲でした、ドリー組曲のの子守歌。ブツブツ言ってすいません。
ええ、ほんとにピアノ曲に詳しくないんで。全く知らないんですいません。
要するにパートがたくさん分かれてるから鍵盤でやると2台ピアノか連弾か、になるらしい。
え???でもござさんとbudoさんなら、それぞれ一人で弾けちゃいますよねこの曲?という疑問はこの際挟まないでおこう。そういう問題ではなく、一人で弾けるからどうこうではなくて、このコンサートではふたりで弾くことに意味がある、のではないか?という仮説がどこからか出てきた。
ピアノは基本的にソロの楽器だけど、アンサンブルはそれぞれの個性的な音色が交錯して一つの物語を紡ぐところが面白い。この2台ピアノの曲は、お互いのパートが呼応し合うように互い違いにパートが分かれていて、一人が呼べばもう一人が答えるというようにフレーズは進んでいく。
夢のような響きのホールにBudoさんの奏でる明るく伸びやかな旋律がゆったりと巡る。
ござさんが刻む伴奏はそれに優しく歩調を合わせて寄り添う。しかし伴奏のリズムは時計よりも正確に思え、控えめながらもはっきりとした輪郭を以て旋律を導いているように見える。
この曲ばかりは、現地で聴かないと二台ピアノの正体は見えてこなかったかもしれない。この曲を聴きに現地に行ったのかもしれない。後で思えば。
ホールに拡がる、触れば壊れそうな儚い調べは聴く人すべてを包んで夢の世界へいざなう。曲調が愛らしいから、だけではない。この体験を思い出したくて、自分はおやすみクラシック動画をヘッドホンとサウンドカード装着のサラウンド環境で繰り返し反芻している。
そう、まるで繭が揺りかごの中でまどろむように。
目指すところのデュオの概念---クリスタルコーラ
ここまで聴いてきて、コンサートの最初から演奏でもトークでも印象的だったのは、Budoさんがござさんをひとりのピアニスト、演奏家、アレンジャーとして立ててくれてたというか、前に出してくれていたというか、距離感を正しく保ってお互いに音楽家として認識し合ってくださってたことだ。
いやそれ当たり前やろと思われるかもしれないが、菊池さんとござさんの二台ピアノを見慣れてきていてトークも最小限に、休憩の隙あらばピアノ弾いて、どっちかがアレンジすればアレンジで無言で返すとかいうやりとりを見慣れてきた身には、会話でコミニュケーション取られてるのは逆に新鮮だったのだ。
いや?違うぞ?
ござさんはオールジャンルを手掛けてて、逆に言えば何かをメインに武器にしてるということはなくて、ご自身はといえばセッションするとベースラインで支えるのが好きとかいうあまり前に出ないポジションのことも多くあって、自分らファンは個性的なベースラインを聞くみたいな楽しみ方してたので。(え?少なくとも自分はいつもそうだ。ソロでやってても目が行くのは左手のベースラインだ。)
対等な演奏家として対峙してくださってるということが自分には目から鱗だった(なんか表現違うけどまあいっか)。
これを演奏会半ばではっきり認識して、客席で自分は涙が出そうでしたよね。いや別に当たり前の事でしかないのかもですけど。大袈裟すぎるやんちゃんとピアノ聴きなよと言われればそれまでですけど。嬉しかったんで個人的に心の中で喜ぶくらいは許してください。
ござさんのピアノの音をクリスタルみたいな音?クリスタルガイザーと言われていた。なんていうんですか?ファンとしてはそれは初めて聴いたときから思ってたんですけど、ござさんのアレンジにはほかのピアニストさんが様々に言及されてたと思いますけど、こういうふうにクラシックピアニストさんの口からござさんのピアノの音自体について表現されてるの聞いたことなかったんで(自分が知らないだけかもしれないが)、ああ他の人もそういう風に思ってくれてるんだとそこが嬉しかったです。
ござさんはBudoさんのピアノをどう思うかとお題を振られ、うーんと考えた末にござさんはネタに走ろうと思われたのか?ちゃんと砂糖が入ったコーラと答えられていた。ガツンと重くて刺激的だから、という意味らしい。(?)クリスタルガイザーがミネラルウォーターだから飲み物つながりだろうか。
いや、ネタではなく、最近糖分ゼロのコーラとかあるからそういうのじゃなくて、重みと厚さのあるピアノだという意味なのだろう(と思う)。Budoさんの音はそういう迫力を兼ね備えている。
そこでコンビ名をつけるとすれば、クリスタルコーラですね!?ということになり、ここに晴れてピアノデュオ"クリスタルコーラ"が誕生したのだった……
じゃなくて。
"ふたりの目指す音楽を一言で表すなら「New クラシック」ということになるだろうか、もうそれは #ぶどうござ #ござぶどう という新しいジャンルですよね、これを新しいジャンルとして確立できるようにがんばりましょう!!!"
会話をそのまま描き出すとこうなるのだけど、なんですかねこの自分の想定から大きく外れた展開は????
ここに来るまで、記事の前半の通りにヒネクレてた自分はこの展開が現実のものかどうかもいまいち把握できてなくて、ただBudoさんの圧倒的な牽引力に引きずられるように、半ば夢遊病患者みたいに機械的に客席でうなずくのだった。
新しいジャンル、それは自分がこの日記部屋でひとりでブツブツつぶやいていた「ござさんていう新しいジャンル」とほぼほぼがっつり被るやん………?え?Budoさんはござさんの軌道を修正することなく、クラシック分野と融合させて、新しい #ぶどうござっていうジャンルに挑戦してくれるってことなん????まじで?????
えええ?ちょっと展開早すぎて……置いてかないでください………
7 サン・サーンス「カルメンファンタジー」編曲:ホロヴィッツ(Budoさんソロ)
8 モーツアルト「魔王」編曲:リスト
BudoさんはMCで「ここのホールの響きが素晴らしいので、昨日演奏した曲(ベートーベンの協奏曲「皇帝」?)から、ちょっと変えてみます。」と言われ、カルメンファンタジーはそのままで、もう一つの曲を変えてリスト編曲版の魔王にしたようだ。
( ↓↓この二台ピアノプロモーション動画の中に、8月のバレエとピアノの夕べのコンサートの演奏が短く挟まれていて、そこでカルメンファンタジーのラスト部分が収録されている)
カルメン・ファンタジーはござさん曰く(確か言ってた)「日本人でこれ演奏してる人は何人もいない」という難曲?らしい。
サン・サーンスのバイオリン曲といえば序奏とロンド・カプリチオーソとか、超絶技巧の曲を思い浮かべるがこのカルメンファンタジーも多分に漏れずバイオリンの難曲で、それをピアノに映したのがホロヴィッツだけに、弦楽器の技巧とは別の意味で超絶技巧。跳躍あり、高速パッセージのカデンツにオクターブの16分音符フレーズ(シフラの熊蜂的な)とかもう何でもありの、サン・サーンスの作風がもつ優雅で洗練された雰囲気が一転してガチ勝負曲に変貌していた。(自分はふと思った。菊池さんもこれ好きそうだが演奏してたっけ…?菊池さんはリスト好きだからフランス系の作曲家は通ってないのかもな……)
クラシックの美しい旋律を愛でるのは他の曲に譲るとして、カルメンの名フレーズにのせたまるで手品みたいな妙技を堪能する時間。Budoさんの真の姿が垣間見えるとき。
キング・クリムゾンの曲がござさんとの共演で回を追う毎にどんどん息が合ってきたように、この曲も舞台を経るごとに演奏がこなれてくるのかもしれない。公演に通うのは、こうして演奏家と曲がそれぞれに場数を踏んで変貌していく様を目撃できるところに醍醐味があるのかも。
それはいいが、ホールの響きの良さにさそわれて二曲目に魔王をもってきたのは迂闊だったのではないでしょうかBudoさん?カルメンファンタジーがすでに超絶技巧曲なのに、続けてリスト編曲高速オクターブ連打だらけの乳酸地獄曲。しかしBudoさんの剛腕により、不可能の領域は捩じ伏せられ見事ソロパートの〆として実装されたのだった。アナログな世界で目の前に繰り広げられているとは信じ難い離れ業。
9 トロイメライ(ござさんソロ)
自分のメモは曲の事はちゃんと書いてる(シロートながら)のに、なぜかMCのことは概念しか残ってないのでしょうがないから意訳して書いておく。内容が通じればいいだろう(言い訳)。
「Budoさんの編曲ものにインスパイア(?)されたので、昨日は黒鍵エチュードアレンジだったところを僕もちょっと変えました。」
ということでBudoさんの激しい2曲の次は箸休め?という意味か、ござさんの選んだソロ曲はトロイメライだった。穏やかにクールダウンする目的か?要するにプログラム中のチルい要員なのだろう。
リハモフェチ時代の産物「トロイメライ」 pic.twitter.com/eAsuVwCYid
— ござ🎹 (@gprza) 2017年7月5日
このアレンジの歴史は古く、もうこの時点で完成を見ている。さらに楽譜も有料サイトに出されている。
(※このアルバム版アレンジになると後半の二周目はアドリブとウォーキングベースが加味されていてJAZZの香りが漂う)
今回のコンサートはここまでJAZZに振り切ってはいなかった。
今回ござさんの演奏を始めて聴く人というか、防府の地元の人だったりBudoさんのファンつまりクラシックファンもたくさんいたことを
Budoさんの2曲連続で超絶技巧曲というアドレナリンを投与された身には、まるでほうじ茶とこしあん饅頭を出されたくらいにはこの郷愁を誘う曲が身に染みた。
ござさんが黙って出してくるひねりのある和音は、シューマンの夢見る甘い展開に微かな刺激と渋みを添えている。中間のJAZZふうなリズムから原曲のゆったりとやわらかな音に戻ってきて、ふたたび心が安らぎを得るのだ。一歩進むごとに違った景色を見せるような不思議な展開がゆったりと刻まれていき、最後の一番感情が高まる音に聴き入ろうとして、そこで一瞬音の流れは故意に停められた。
ござさんの手は鍵盤に向いたまま。
わずかだが生まれた空白の
さてここでBudoさんが登場し、ふたりによるMCが始まった。
フォーレの子守歌はほんとはこのコンサートに先行して公開されているはずだったんだけど、それが大人の都合か偉い人の予定か何かでコンサートの演奏で初披露となりました。順番が逆になってしまったが、まあそれもいいでしょう?関連して、次に演奏する白鳥の湖ももうすぐ、来週位には公開されて聴けるのではないでしょうか~~お楽しみに!
--------およそトークの大意はこんな感じだ。
なんなんですかその大人の都合やら偉い人の予定って?もうすぐ公開されるってことは、フォーレの子守歌はエンドレスで楽しめるようになるってことですか?あの夢のような時間をまた体験できるってほんとですか?ていうか次に演奏する白鳥の湖も??
と、サラーっとMCで触れた割には情報量多すぎてさっぱり頭に入ってこなかった。あんなに疑いながらこのコンサートに来た割には、自分はフォーレの子守歌の演奏がそのくらいには気に入っていたからだ。
そして次に演奏する白鳥の湖もなんか動画になって投稿されるの???まじで??
(※この動画はおしなべて上記のBGMになるという意味で疑問は後日解けた)
10 チャイコフスキーのバレエ音楽「白鳥の湖」から情景(2台ピアノ)
ここでいう白鳥とは、サン・サーンス「動物の謝肉祭」の白鳥ではなくチャイコフスキーの作った三大バレエ音楽のひとつである「白鳥の湖」から情景の場面のことである。
参考音源:オケ版
いわゆるクラシック音楽って詳しくない人でも、耳にしたことある旋律の筆頭に上げられることは必至だろう。チャイコフスキーの曲って、今でいう人気CMのキャッチフレーズかな?っていうくらい、親しみやすくて耳に残るものが多い。彼がもし現代に生きてたら、間違いなく広告代理店からあらゆるメディア・あらゆる広報向けにひっきりなしに仕事が来る売れっ子つまり、出す曲全部ヒットして、街で、TVで、ネットで毎日どこかで人気のフレーズが流れてるようなヒットメーカーになってたこと間違いなし。
当日実際に演奏されたアレンジで、翌週に動画でも投稿された白鳥の湖を貼っておく。メドレー形式の最後の曲。
ふたりの手元が客席からは見えなかったのでどういう役割分担で演奏を進めていたのかは当日わからなかったけど、どうやらBudoさんが旋律をシンプルに担当してたらしく、高音キラキラふりかけをござさんが合間で入れる担当なのはわかった。
シンプルな有名な旋律に左手は単純にデフォルメされた最低限の伴奏、オケの細かい動きは一切省略してひたすら綺麗な高音キラキラで旋律の合間が埋め尽くされる。
これを生で聴いて、控えめに言って最高だったわけです。
この曲がもつ優雅な魅力とバレエの舞踏から離れたゆったりしたアレンジ、高音が埋め尽くすことで加味される宝石みたいな輝き。迫力ある管弦楽の息吹をそのままイメージとして残しながら、幽玄の世界へいざなう。
バレエ音楽でこういう楽しみ方もあるのかと、今まで鑑賞してきた価値観がひっくり返される様子をまざまざと見せつけられた気がした。
夢見るドリーの子守歌、そして優しい白鳥の湖。この特徴的なプログラムの並びを眺めて、自分はこれらのベクトルが指すところは何なのか必死で考えた。
だってちょっと考えてもおかしいでしょ。
ソロでクラシック界隈でも屈指の難曲カルメンファンタジーに魔王も弾けちゃうBudoさん。
ござさんに至っては生配信で即興アレンジして、いろんなパターンでクラシック曲を弾いてたりする。
二人とも2台ピアノであのアレンジやるキャラで売り出してないと思うんですよね?
あまりにも美しい白鳥の湖の余韻に浸りながら、自分は思考の片隅でいろいろシュミレーションを展開しつつ、しかし答えは出なかった。
MCでも意思疎通できてる説
白鳥の湖とドリーの子守歌に感じた違和感に対する回答の片鱗が、その後Youtubeに上がったBGM動画だったんですが。
BGM動画単体の感想記事でも述べたが、この動画は単なる個人が投稿したものではなく、録音環境、音響処理、映像、すべてにプロの業が関わっていることは明白だ。そこに動いている資金を考えても、コンサートと連動するプロジェクトとして何らかのスポンサーまたはプロデューサーが動いていることを匂わせている。
つまりこれらの曲、演奏、そしてこの二台ピアノコンサートも全部トータルで演出された既定路線という仮説を立てることができるのだ。
だとすると、ここのMCで話されてることも全部台本があって台詞を喋ってるだけということになる。
自分がコンサートに来るまでに感じていた被害妄想はこのときも完全に消えたわけではない。この時点でBudoさんが女衒でないという保証はどこにもなかったし、ござさんが連れ去られるという危険性も否定できたわけではないのだ。
素晴らしい夢みたいなピアノに酔いしれながらも自分はどこかで正気を保っていた。ござさんとBudoさんの一挙手一投足、セリフの端々まで神経をとがらせ感覚を張りつめて見ていた。
しかし。
ござさんの表情、発言は明るく前向きで、Budoさんへの隠し切れない信頼感がにじみ出ていて、和やかな雰囲気に思わず客席の我らも顔がほころぶのだった………
おかしいな、どう考えても台本通りの営業トークにしては呼吸が合いすぎているぞ?
ござさん曰く「二人で、こうきたらこう、みたいな通じ合ってる気がすると思ってます」
Budoさんもまた、何かとござさんにMCでも演奏でも焦点を当ててくれていた気がする。「ごきげんよう皆さま~!」という賑やかな挨拶はあくまで第一印象であり、Budoさんの本領はこうして素のまま相手の懐に飛び込んでコミニュケーションできる所なのかもしれないぞ?と思えてきた。そう考えたらあの明るく伸びやかで素直なピアノの音にも説明がつくぞ…?
( ↑↑ まだ完全にBudoさんを信じてるわけじゃなかった)
ここでござさんの二人が信頼し合ってる的なトークに対し、Budoさんの言うには
「ござさんは東京を出るときの空港に集合する電車を乗り間違え、今日は右肩をどっかにぶつけてました」
とかいう返しであり、鹿児島に行った人から聞いた「ふたりが泊った所の窓からの景色が、Budoさんは桜島見えて最高でした~!って言ってんのにござさんは冷静に駐車場しか見えませんでしたよ?って返してておもしろかった」という夫婦漫才みたいなやりとりの続きですか?みたいなお笑い要素まで盛り込まれてて、なんかこうエンタ―テイナーとして完璧すぎませんかBudoさん。
人を笑わせるって高度なコミニュケーション技術だと思う。一種の才能。難しい。人って簡単に笑わない。むしろ冷静に見てる。っていうピアノメインのコンサートで自然にお客さんを笑わせれるピアニストって貴重だと思います個人的には。
そこでBudoさんが何やら取り出したるものはなんと、ござさんの来年のソロツアーのパンフレット!!!!!!?????こうやって宣伝コーナーの話を振ってくださるんですよ、ありがたい……ござさんはライブではほっといたら演奏する曲のことしか頭になさそうだし……
ということで、来年もコンサートツアーが決定しました!最初の札幌公演は早速明日から受付開始です。定番から新しいアレンジ、リクエストコーナーと色々弾きます! #ござEvolution https://t.co/xJuxEPfPj0
— ござ🎹 (@gprza) 2025年11月7日
そしてBudoさんも12/4に予定されてる重大告知について、あらためて伝えられていた。
(↑ この動画の内容は記事の最後で考える)
何から何まで予想通りというより理想通りになってて、旨い話には裏があるという定説を思い出してふと我に帰ったりする。どこからどこまでが現実…?いやーそれにしてはピアノのアンサンブルの仕上がりが尋常じゃないんですよね…?
ござさんが楽しそうなのが何よりもここが現実世界であることを物語る。それは営業用のポーズではなくて…?信じていいんですか…?
それからBudoさんによる最後の曲の紹介。
「残念なことを言わなきゃならないんですが、なんとこのコンサートは次の2曲でラストなのです・・・・」
「え~~~~~!!!」
と、自分は今回もライブの醍醐味である客席から(何か)コールってのを思いっきり(小声で)叫んできた。ブーイングだけどそれはご愛敬。
「なんと!この曲は前菜みたいなもので、メインはもうひとつの曲なんですよね?」
「メインとしてノクターン、有名な9-2を用意しました」
か何かトークの詳細は置いといて、なぜか剣の舞は前菜でメインはノクターンとかいう謎理論が展開されていた。うんうんともっともらしく語りうなずきあう二人。全然わかってない客席の皆様を置き去りにしてふたりは演奏の準備に行ってしまった。
どっちがメイン曲かそれは置いといて、まず剣の舞を聞こうじゃないですか。
11 バレエ音楽「ガイーヌ」から剣の舞(ハチャトゥリアン)(2台ピアノ)
この曲は予告動画ふうに事前に公開されていた。
らっらっらっらっらっらっらっらっ⚔️#ござぶどう in 鹿児島山口
— Budo (@budo_pajamas) 2025年11月14日
来週だ〜〜楽しみ!🍇🐧 pic.twitter.com/UUXedZfvou
(コンサートの構成上、この曲がメインっていうふうなチラ見せ。菊池さんとの2台ピアノにおけるファランドールとかアイガットリズム変奏曲の位置づけみたいなもの。このチラ見せにまんまと引っかかり、自分はこれがメイン曲じゃん!と思い、ガイーヌ全曲の抜粋メドレーくるかもなと一所懸命に調べて予習に
果たして当日演奏されたのは純粋に剣の舞の部分だった。いわゆる演奏家のアンコールでも人気、クラシック知らない人でもどっかで聞いた事あるであろう有名なフレーズ。
この曲のフォーメーションは客席から見て左側にござさんが陣取り、跳躍するベースラインをやる。原曲でいうティンパニがひたすら一定のリズムで繰り返すアレ。ティンパニだから鍵盤に移すと音が飛んでシビアな動きだが、右手は別の内声をやってるので左手で跳躍せざるを得ない。さらにござさんは大好きなベースラインだから(?)4拍ごとにアクセントつけたりして変化つけて遊んでるようにすら見えた。
客席から見て右側に、連打および中間部の旋律(内声含む)を担当のBudoさん。厳しい連打が続くのは周知の事実だが、魔王に引き続きこの曲も短距離走みたいな瞬発力を発揮しててむしろ連打なのにフレーズ歌ってる感があって優雅。中間部のアルメニア民謡風フレーズも流麗な歌い方。ここが平盤になると曲全体が薄っぺらくて硬直した印象になるところで、民謡ならではの表現が生きる。
作曲者ハチャトゥリアンはアルメニア出身のソ連時代の作曲家だが、作風は社会主義リアリズムの王道を行くと揶揄されつつも強烈な民族色を前面に打ち出し、アルメニア民謡が随所に盛り込まれた曲を多く作っている。社会主義リアリズムとはソ連の労働者を賛美する大衆にも分かりやすく写実的な描写を主とした、共産党が主導する芸術のイデオロギーだ。政治の道具として個性を消され党の要請する偶像的な創作を強制されたとして今では批判されている。そんな中でロシアの一地方の民謡を主題とするという王道を行きながらも強烈な個性を遺したハチャトゥリアンは、当時から傑出した存在だったと言っていい。
21世紀の精神異常者もシビアな合わせのキメが連続していたが、剣の舞こそ一触即発のバトルの様相を呈していた。その一瞬のすきに下降グリッサンドが華麗に入る。掛け合いの中に二人一緒の16分音符の和音で動くフレーズが入ったり一瞬の油断も許されない。客席全体が息を呑んで行方を見守っているようだった。
その張りつめた空気の中間部でなぜかBudoさんが立ち上がったかと思うと、フラ~~~~~っと2台ピアノの隙間が形成するS字カーブを抜けてござさんのピアノの手前、ちょうどスタインウェイマークがある所に来た。
「いやこれは演出だよね・・・?」
と見守っていたがBudoさんはござさんがガン見?している譜面台のタブレットをそ~~~っと持ち上げてパタンと閉じて譜面台の横に置く。ござさんは?????という反応しつつ楽譜閉じられても普通に弾いてて、やっぱ楽譜見てなかったんかい!と自分は心の中でツッコミを入れた。そうこうするうちにBudoさんはござさんと交代してスタインウェイの方に座り、ござさんは代わりにBudoさんの居たほうのピアノに移動した。
今思えばピアノを交代しただけで、なんてことは無かったのかもしれないが、あのもはや魂で合わせてるレベルの応酬の中をいきなりBudoさんが立ち上がって歩いてくるとか、見てる方は控えめに言って息が止まりそうなスリリングな瞬間だったことを報告しておきたい。
これを演出の妙と言わずして何という。
誰の発案なのか?たぶんあの場面もう一回見てももう一回息が止まりそうになる自信がある。
演出といえば曲の後半、合いの手の拍をござさんが手拍子と足のリズム取りで代替していてそれにも度肝を抜かれた。リズムもまさに二人で同調してて素晴らしかった。
※参考動画:タイミングで言えばこの部分(頭出し済み)。
一定の旋律が繰り返される中、突如挟まれる別のリズム。
歌うとするなら、スタタ スタタ スタ(×2回) と言えばわかりやすいか?
ござさんはこの下線部の ス 部分を手拍子、 タタ 部分を足リズムでやってて、特に足リズムがめっちゃ強調されてて、ござさんの隠された情熱がこの短い瞬間にほとばしるようだった。
はい、見てるそこのあなたも画面の前でご一緒に。いきますよ?
スタタ スタタ スタ(×2回)
はいもう一回、スタタ スタタ スタ(×2回)
できましたか???
やっぱ自分でリズム取ると面白さが段違いですね!
たぶんこの剣の舞はまたどこかで2台ピアノでお目にかかる事ができる、ことになるのを祈っておこう。
12 ノクターン Op9-2(2台ピアノ)
剣の舞は前菜でこれがメインと表現されていたのはなんなのか。
あの迫力の曲をして前置きとのたまい、このロマン派を体現したような夢見る曲をコンサートの主軸に据えるとは?何言ってるのかちょっとわからないんですけど・・・?
と自分はまるで狐につままれたような心持でただ言われるがまま、舞台上の進行を追うしかなかった。こうなると完全にBudoさんの術中に嵌まったというか掌中で転がされてるというか、うまいこと演出に呑まれたネギ背負った鴨というか。
まるでまな板の上の鯉のごとく、次のノクターンにいいように翻弄されるだけの客席の面々。
アンコール 革命
賽 は投げられた















