【 注 意 喚 起 】
※こ の 冒 頭 部 分 は 前 の 記 事 の コ ピ ペ
この記事はネタバレを含みます。
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ござさんのツアー、2026/6/14 名古屋公演に行ってきた感想を書きます。
がっつり内容を書くので、まだツアー参加していない方、内容を知りたくない方はここでお戻りください。
≪ここから以後、目次を含めてネタバレを含みますが、ご同意いただけますか?》
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・ネタバレに同意しない----
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伏字なしで全部書いてるため、今後のツアー東京公演に行かれる予定の方はツアーが全部終了してからお読みになる事をお薦めします
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・ネタバレに同意する-----
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ほんとに読みますか?(注意喚起3回目)
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ほんとにいいんですか????
はい、しつこすぎて心が折れかけてる方々、ここから記事の本編です。
ではどうぞ~
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目次:クリックで各項目へ飛べます
資料コーナー:ツアー関連記事
※ござさんのツアー 尼崎の感想
※グッズとアルバム発売ライブのスピンオフ編 in 関西
※ござさんのツアー 静岡の感想
※名古屋公演の日、午前中に行った犬山周辺の記事(ピアノと関係ない)
この記事はござさんのソロツアー 6/14の名古屋公演の記事です。
上記の資料通り、当日はぎりぎりに会場に着いたわけだけど、ぎりぎりといっても開場時間にちょっと間があるくらい。なぜか開場時間まではロビーに入れない?とかいう謎の事態になってて(ロビーがそんなに広くないから?)、なぜか入り口から非常階段含めて会場に入れるまで並ぶっていうよくわからんことになっていた。
アレルギー出るくらい行列苦手な自分としては、待つ場所が無いなら、自由にロビーに入れるようになるまで1階とかで時間潰せば?(ホールは9階)って思ったが、並んでる人はまあいつもコンサートで会う面々だったので、話をしながら待つのも悪くないかーと思ってとりあえず並んだ。
……いうてコミュ障の自分は結局、FFさん以外とはあんまり話できなかったんですけどね(汗
ミクロな視点からマクロな活動
今回初めてツアーを複数個所(札幌以外の全部)回ってるんですが、去年言われていた通り、どの会場の演奏も同じ曲なのに違って感じられた。
(曲によっては、部分によっては同じ解釈だなと感じるものもあった)
こうした多角的な表現は毎週欠かさず続けられている(ツアーも合間を縫っての)生配信と、また月刊ピアノの連載などに裏付けられた膨大な量の出力による賜物なのだろう。ござさんは何かに教わるとか学ぶとかいうより、ご自身で実演し、試しながら身に着けていくタイプらしい。
恩師というならござさんが通ったピアノ教室の先生は、基礎と技術を叩きこんでくださったという意味では教えを仰いだ師といえるだろうが、しかし真のステップは実際の音楽の世界そのものな気がする。ピアノの先生はござさんのこうした探求を妨げなかったという意味でも恩師なのではないか。
誰にも指針を求めずに独自に学びを究めていく姿勢は、先例とか道標とかないだけに、行き先を見失っているようにも映る。
しかし折々のインタビューでは、活動において足元がはっきり見えている気がする。
※2ndアルバム時のインタビュー
ござさんは、あくまでも現場のフィールドワークという足場を離れずに、ひとつひとつ検証して学びを深めていっているようだ。
これらを踏まえて、一見すると個としてしか存在しないものが、線として、面として繋がってきたのかもしれない、とコンサートを回ってみて感じた。
それぞれの曲のアレンジ、毎週の配信、毎月の月刊ピアノ連載と楽譜。
投稿動画の収録、そしてアルバム音源の収録。
様々なテーマでの演奏会。
ござさんは寡言にして語らないけど、アルバムタイトルになっている進化と変化というのは、折々の演奏が彩りも鮮やかに鍵盤の上に映し出してくれる。
はっきりした展望を持ちながら道程を歩んでいることが伺えるのだ。
この点がござさんのピアノを楽しみにして待ち続ける理由なのかもしれない。しかもこの歩みは歩調も変わらないけどしかし決して止まらないのだろうなと、根拠のない確信をもって断言できるので(シロートなので理由はわからないけど)。
格調高い場所(噂はあてにならない)
さて今回、静岡のホールは小さなシューボックス型のサロンみたいなところで、ステージも身近な感じだったけど、名古屋の会場はどんなところなのか。
そこで事前にFFさんの声を聞いてみたところ、
FFさんA:「今池でしょ~?あそこ地下鉄駅から直結でね、便利なんだけどちょっと古めかしいんだよねえ」
FFさんB:「いやー名古屋はいいホールいっぱいあるんだよ。なかでもあそこのガスホールは老舗でみんなおなじみというか、要するに設備が、音響が(以下略)」
とかいう話を耳にした。
自分は前述の通り東海地方には修学旅行で来たっきりで土地勘がないのでネットで調べてみたけど、綺麗なところじゃないですか?という感覚でしかなかった。音響が、設備がってどういういことですか?という疑問を抱いたまま、現地へ赴く。
(開演前のホールのようす)

現地に着いてみたらロビーも豪華なレリーフが施されていて華やかだったし、ホールの中もこのとおり古めかしい感じとかしなくて、端正なビジュアルでかっこよかったんですが。
築40年くらい経ってると言われればその通りでちょっと懐古調っぽい雰囲気はあれど、FFさんが言葉を濁してる理由が自分にはわからなかった。
当日の楽器はスタインウェイのグランドピアノだったようで、スタインウェイの本来の響きとホールの関係をどうこう言ってる人もいたようではあったが、自分らはござさんのピアノを聴きに行ったのでありスタインウェイの音色を聴きに行ったのではない。
楽器から発する自然な音色を大切にするコンサートとはござさんの演奏は一線を画すると思っている。ござさんの演奏とピアノの相性は自分はいつも気にして聞いているので、そういう意味ではいいコンビだったなあと思っている。
ロビーには今回もグッズとアルバムの販売ブースが並んでいた。
少なくともこのグッズ販売スタッフ、またアルバム制作やアルバム連動の楽譜を通じて、ござさん以外の人たちがボランティアではなくちゃんと職員として携わっていることが可視化されてきた感じがする。
ござさんが全部手弁当で作っていたコンサートとグッズの時代を思い出すと、その頃とは別次元で各分野にプロが関わっるのがはっきりとわかってきて、ござさんはますます純粋にピアノの練習と公演、楽譜のアレンジに没頭できる環境が整えられてきたのだなあ、と思うと感慨深い。
アルバムに収録された音源が、いつものYoutube配信が、さらに洗練されてきていると感じるのは気のせいではないだろう。
ござさんはいつも通り開演時間どおりに(そらそうよ)、拍手に迎えられてステージに現れた。拍手と言ってもこのこぢんまりした会場は満席になっていたわけではないが、しかしツアーの目的は現地民のござさんのピアノをはじめて聴く人に楽しんでもらう事なのだろうと思ってるので、たぶんチケ買えなかった人はいなかったと思われるからいいんじゃないか。
衣裳は昨日の静岡と同じと思われるパリッ?とした生地のスーツに黒いシャツ、赤い光る素材の蝶ネクタイ。
赤い蝶ネクタイ………?
ござさんコナン君になったの…?それ取り外してトランシーバーにして喋り出すの?(気のせい)
エリーゼの変容
忘れられた街
名古屋のコンサートは後から振り返って見ると静岡と曲順は変わらなかったという事実に驚いた。
でもそれは結果論だ。聴いてる途中ではまさか曲順まで同じだったとは夢にも思わなかった。それくらい毎回違う演奏に思えたので。
でも曲想の大枠は外してこなかったと思う。
というかツアー行って3か所目になってくると、アルバムをスマホのiTunesに入れて聴き倒してたのもあるけどもう曲自体を暗記してしまって、(百人一首の上の句と下の句を競技かるただと一瞬で連想できるっていうくらいのレベルで)だいたいござさんのアルバム曲は思い出せるようになってしまったから、というのもあるかもしれない。
だからござさんの演奏が羽目を外してるのかどうなのか分かってきて、聞いててアドベンチャー気分が削減された気がしてきた。
曲全体のイメージとしては、仕上がりがクラシック枠に設定された2曲なのかなと思った。
しかし大枠は外さない範囲で、ちょこちょこ遊んでた気はする。
エリーゼの変容で短調ぽい左手アルペジオがイントロの中に織り込まれて、なんとなく全体が不協和音でまとめられてたり。
忘れられた街も中間部はテーマが変形、変化していくとこでアドリブの即興ぽいのが入ってみたり。
アルバムの副タイトルがJAZZ Collectionとなってるが、毎回違う即興性と創造性をJAZZ風と呼ぶならござさんの演奏にはJAZZ風の傾向を帯びている部分もあり、そうしたアレンジの変化する途中という意味では確かにJAZZ Collectionかもしれない。
ただ、保守的なスタンダードJAZZを想定して聞くと予想とは違うものになるだろう。
突発的な事案(個人的に)
この回の感想、特に前半部分がさっぱりした内容にとどまってるが、というかその影響で後半もさっぱりしがちだと思うが、名古屋で見てた席が船酔いみたいな気分で演奏もステージもあまり確認できなかったからだ。
なぜかというと自分の前の席のひとが、なんか時計の振り子運動みたいな感じで常に揺れてて、ちょうど自分の視線とステージのピアノを結ぶ線上にその揺れてるひとの席があったため、演奏をよく見ようとして目を凝らすと酔ってきてて駄目だった。
そっか目をつぶればいいんだ?と悟るも、それじゃ現地に来た意味なくない?と割り切れなくてスタッフさんに申告し、中間の休憩時に席を変更していただいた。そのため後半の視聴は船酔い状態からは免れたが。自分の斜め後ろに座ってたひとも同様に自分が移動した付近に来たが、やっぱ周りのひとも同様に見てて酔ってきて駄目になったらしい。
しかしあくまで個人的意見を聞き入れてくださり、席変更に対応してくださったスタッフさんに感謝です。いままで吹奏楽も含めていろんなコンサート行ったが、こういうこと初めてだった。しかし無理な時は我慢せずに申告することも大事だなと思った。
コンサートの前半の感想はこういう船酔いみたいな感じでメモしてたので、いまいち解像度が低いか、または焦点がぼやけているが、長い間ピアノ聴いていく中でこういうこともあるよなと妙に納得できた。ホールにはいろんな人が聞きに来て、いろんな座席に座ってて、そのなかではこういうことも起こりえるんだなと。
-----MC-----めんつゆの考察
ここで挟まれたコンサート最初の挨拶は通常の内容の範囲を出なかったので詳しくは割愛する。
すっきり前髪をタイトにセンターで分けて知的な印象だけど、それにしてもどんどん痩せてきてる気がするな?ピアニストはコンサートごとに2~3kg痩せるっていうけど、それならこの連日の設定は無理があるのではと思ってしまった。だって尼崎の時点で明らかに痩せてましたもんで。スリムとかかっこいいとか表現は色々あるけど、あのエネルギー全力放出の演奏に耐えられるのか、スタミナ不足で倒れないのかいつもハラハラする。
ピアニストはアスリートですので体が資本だと思うから。
(でも時々自炊のメニューをツイートされていたのでちゃんと食べてるんだなと安心はしているが)
ここ最近は起きてから大体夜までピアノ練習→料理、と言うシンプルな流れで生活しております(豚キムチと鮭バターご飯) pic.twitter.com/d0QCVhjJbW
— ござ🎹 (@gprza) 2024年10月23日
今日の夕飯はは冷や汁でした pic.twitter.com/MwKNiJd6PC
— ござ🎹 (@gprza) 2024年7月10日
MCの内容はざっと思い出したところでは、静岡のコンサートで後半にアルバムリリース記念ツアーだったなという事を思い出して最後にアルバムの宣伝を挟んでみた、などと述べられていた。
そうそう、Youtube動画からアルバム音源、それからYoutubeの毎回の配信とこのコンサートツアーという括りで聴いてる身としても、演奏とアレンジと楽譜の流れは一連のものとして確かに実感できる気がする。
ここで述べられてる宣伝というのはコンサートの現地に来られてる一見さんに伝わってるといいのだけど(消極的)。
そんな通り一遍の尼崎でも言ってたかもしれない内容はおいといて。
ござさんのトークとしては、
・個人的には年末に引っ越しをしたというのが大きな変化といえる
・新居の特徴はハエが出ることで、別に生ごみを出しっぱなしにしてるわけでもないので原因がわからない
・ハエに効果的なのはめんつゆという知識をみなさんと共有したい(何のことだか)
だいたいこういうセリフを言われてたような。(曖昧な記憶)とにかく、話題は全部はハエとめんつゆがかっさらっていってしまった。なんでピアノコンサートでハエとめんつゆになるんだ?どうして?
これを素で言ってるのだとしたらそれはそれで才能じゃないですか?
静岡の、ピアノの音も綺麗でみなさんもお綺麗で…のくだりに続く、活きのいい天然ネタ。なんのこっちゃ。
でも閉鎖的空間のマンションで虫が発生すると確かにちゃんと駆逐するのは大変そうである。ピアノに専念できない環境っていうのは問題だ。
※ちなみにマジレスすると。ござさんの言ってたのは種類別にはハエじゃなくてコバエらしく、コバエは市販の薬品トラップの原料を見ると中身はやっぱり酢の物みたいな材料のゼリーが入ってて、要するに醤油と酢の成分がコバエの好物だから引っかかるらしい。あと、網目というか渦巻をたどる性質があるからフタは渦巻き状にスリットがあるといいらしい。
ということは?
めんつゆは醤油とダシとみりんだから酸っぱい成分は無いはずだ。どうせ仕込むならぽん酢というか、ぽん酢醤油がまさにそういう成分構成だからピッタリなんじゃないの?どうせトラップを手作りするならちゃんと対策取れば?と思う。
(ピアノコンサートの感想です念のため)
ハミングがきこえる
THE GARDEN OF EVERYTHING 〜電気ロケットに君をつれて〜
(この二曲は尼崎・静岡とアレンジというか曲調が同じだったので感想メモは省く)
曲調が静岡と同じだったというか、この辺から上記の船酔い現象がひどくなってきて自分のメモが曖昧になってるため。ピアノ聴いてるどころじゃなかった。一瞬、帰ろうかと思ったレベルでひどかった。次の曲との間のMCも含めてここから前半終わって休憩までの記憶があんまりない。
この二曲は冒頭のクラシック風な枠とは区別して、自分的にアニソンポップス枠と呼ぶことにした。ござさんはJAZZっぽい要素の枠として採用されたとMCで言われていたが。
エチュード幻想曲
「津軽海峡・冬景色」によるパラフレーズ
ここもピアノの演奏はほぼ聴けなかった。ただこの二曲に限っては、ここのホールとピアノの音は好きだなと自分は思った。スタインウェイでいうところのステレオタイプとは違うと思ったけど、
ござさんはホールに合わせてピアノの響きをコントロールして最適化してるように感じた。
それ地味に難しいと思うんですよね。(シロート感覚)
曲の感想から逸れるけどエチュード幻想曲は、アルバムのインタビュー記事にあるとおりCHOPIN SYNDROMEとは違って全体的に癒し系にアレンジされている。優美な黒鍵のモチーフが穏やかにホールに響く。前のJAZZとPOPS枠が左手16分ビートを駆使した忙しさだったぶん、ピアノそのものの美しい音色がストレートに味わえた。
「津軽海峡・冬景色」によるパラフレーズも展開はドラマチックだけどこの曲は全体がクラシック曲のサビみたいなノリ(の展開形)でここは素直にピアノの良さに浸る時。
(このとき船酔い状態がひどかったからか、自分のメモにはピアノがいい感じとだけあって、ほんとに演奏そのものに癒されていた)
ここで津軽海峡の終わりかけのタイミングでフライング拍手がきた(と思う、たぶん)。そこで計算高い自分の脳内では船酔いも吹っ飛んで一瞬にして演算されて
「えっそれって今回は一見さんもいるってことですよね、この多くない客数のなか、ありがとうございます、よかったらござさんのピアノ好きになってくれたらいいんですけど」
とかなんとか不謹慎な思考がよぎった。いえ、演奏会としてはフライング拍手は無い方がいいのは存じてます……ていうかフライングでもなんでも、演奏終わるなり拍手したいなって思う人がいてくれたという事実に感謝したいです……
そういえば。エチュードの前のMCだったか、いきなりござさんが左手でマイク持ったまま曲の解説をし始めたのが静岡とは違う点だったかも。右手だけで曲に編み込まれてる三つのエチュードのモチーフをなにげなく弾いていく。そのようすがなんともスマートで見ててうっとりするのだった。
ここまでの感想は省略形です。上記の通り、自分の手元のメモもほとんど残ってないので。
(休憩を挟んで)間奏曲
後半は他の公演と同様、休憩後にMCを挟まずに演奏から始まった。
静岡のときは跳ねるような軽いステップで全体を刻んでたけど、あの時はピアノが好きなタイプだったからか、東京から初めての場所に来ての演奏でちょっとわくわくしてたのか、実際のところはわからない。
名古屋では穏やかで落ち着いた演奏でコンサートの後半が幕を開けた。前日に比して違いを出す意図もあったのか、ツアーのアレンジがだんだん地に足をつけたものになってきて、息するように操れてる?というかござさんの実験場と化してるのかもしれない。いつも家で電子ピアノで配信してるし、そのノリをこうした現地のホールでの演奏に持ち込めてるというのは、非常に普段通り、落ち着いた冷静な状態でやれているといえるんじゃないだろうか?
(ここまで全部想像)
このあとのMCにおいて、ござさんが楽曲を解説されていたところでは
・シンプルだけどおもしろい曲
・他の曲がアルバム候補に入った後、オリジナル曲を考える過程で考えた
・エリーゼの変容と共にゲーム音楽風というか民族音楽風の曲が欲しいなと思って作った曲
そう考えると、コンサート前半がクラシック枠?とPOPSアニソン枠だった可能性があるのに対し、この間奏曲とエリーゼの変容(←クラシック枠でもある)=ゲーム音楽枠っていうつもりなのかもしれない。
RPGゲームの戦闘曲以外の場面で、BGMに使われてそうな感じがある。
(みんな大好き)リクエストコーナー
今回のツアーではリクエスト曲はチケット注文時に(おもにネットで)応募というか投票する形になっていた。そのため採用されるかどうかはともかく客席からの挙手により曲を募集する形式は今回は姿を消した。
おもむろにA4コピー用紙を取り出し、譜面台に並べ始めるござさん。
やたら手際よくなってきた。
ステージの場数を踏むことで、段取りだけではなくて演奏自体にも影響が出てきてる気がする。
アルバムのインタビューで
「(デビューしてすぐの頃に)コンサートで演奏しながら、客観的な耳で自分の演奏を同時に感じられるようになった」
とあるから、最近のアルバムにもそうした感覚が取り入れられているらしく、聴いててより自然なアレンジに聞こえるのはそのおかげかもしれない。
今回のリクエスト曲一覧を見ながら、ござさんはひとりで「ふーん、なるほどー」とか言う(言ってたと思う)。
それから譜面立てを眺め、いつもの配信でメドレーを弾く時みたいになにげなくアルペジオのイントロから入った。あまりにも自然すぎて配信の現地収録でも見てるのかと錯覚するくらい。いつもと違う点を挙げるとすれば?
やっぱり有料コンサートにお運びいただいたお客様がリクエストしてくださった曲という背景があるからか。リクエスト曲は静岡の演奏に比べても、より原曲に近いイメージで再現されていた。この曲のここが好き!こういうイメージが好きだから演奏してほしい!という熱意に応えたという気がする。お客さんからチケット料を代償に出された希望なのだからどの曲にも様々な思いが込められているはずだ。
・スペイン
アランフェス協奏曲のモチーフで始まるイントロ含めて原曲を踏まえた演奏。それからメインテーマをSwing調に崩してて、時折ラテンのリズムに戻りながら熱量が高まっていく。そしてスペインと言えばっていうオクターブ高速ユニゾンでおなじみの有名なキメからアドリブになだれこみ、客席も巻き込んで鬼気迫る展開。その勢いはもう誰にも止められん。
・パリは燃えているか
そして、はたと思い出したように、物悲しい雰囲気にがらっと変わったかと思うとこのテーマが流れ、きっと客席の誰もがあのNHKスペシャルの白黒の画面を思い出したに違いなかった。
・All The Things You Are
演奏自体は、昨今の配信ではもう珍しくなったオーソドックスなスタンダードJAZZだった。
ただこの曲がきて、客席の方々はそれぞれに思うところがあったかもな?と推察する。
自分もいろいろ考えた。配信で最近多く演奏されてるのはJAZZ風アレンジで、こういった元々JAZZ曲として知られたいわゆるスタンダードは影を潜めたというかあまり姿を見なくなった。
それだけに、またアルバムタイトルにもJAZZコレクションとあるだけに、そして何よりござさんの独特の和音運びによるJAZZアレンジはみんな大好きであろうだけに、ここでリクエスト曲として弾いてくれて、自分はしみじみと感慨深く懐かしいJAZZの音に耳を傾けたのだった。
しかしアルバムタイトルにJAZZと掲げられてるのは、ある意味こうした世に知られたJAZZをやるというよりは、アレンジやアドリブが自由とかそういう意味なのかもしれないなと思った。そういう方向に進化してる途上っていう意味というか?
今は昔となった第一回ねぴらぼの直前(2020/7/17)、おそらくピアノスタジオで缶詰になってグランドピアノをひたすら弾き込んで練習してたであろうござさんが、その合間に、ファンにとってはファンサービスとしての(メンバー限定公開の)動画として、当時は珍しかったグランドピアノの動画でこの曲をYoutubeにあげてくださったことも懐かしいです。
思えば遠くに来たものです。
これ書いててもしみじみと感慨深いです……
・幻想即興曲
ここまで原曲に忠実にやってきて、ちょっと魔が差したのか、今までも投稿動画や配信で散々アレンジしまくってきた幻想即興曲だから思わず手が滑ったのか。ござさんならではのいたずらっ子な一面が顔をのぞかせるかのように、ちょっとだけ右手がショパンエチュードのエオリアンハープみたいな変則型で、それから原曲に戻ったかと思うとさらに短調?か何か不穏な感じに変えられててこの曲だけ自由に走り回っている感じがした。
・ラストに四曲の短縮メドレー
それから思い出したように一曲目のスペインのテーマに戻り、それから順に四曲を短くしてダイジェスト版と称するかのように弾いていく。
個人的にはこのラストのダイジェストコーナーが好き。尼崎と静岡でもあった(たぶん)と思うし、投稿動画のストリートピアノでもラストによくダイジェスト版をつけていた。
メドレーを聞いてどのアレンジも心に刺さるものがあるなーと浸ってるとこに、もう一回多く回しときますねってちょい出しして並べてくれる。最後まで詰め込めるだけ詰め込んできて意地でも手を抜かない。
「もっと楽しませてやる」っていうあふれ出るサービス精神を感じる。(思い込みですか?そうかもしれませんが勝手に解釈するのはファンの特権なのでそっとしといてもらっていいですか?)
(下記動画の字幕から引用。え?情報が古い?すいませんね……)
自由なコーナー
リクエスト曲に続き、MCのマイクを執るやいなやござさんは「もうちょっと自由にやるコーナーにしましょうか」とかいう趣旨のことをつぶやく。(台詞は要約で、そのままではない)
客席は一瞬「えっ」とか「Σ_('ω'_ )_ファッ!?」とか、一瞬だけ呆気に取られてた気がするが、しかしすぐにホールの空間は歓声とわずかなどよめき、少しの苦笑と万雷の拍手で埋め尽くされた。
ござさんの真骨頂は即興演奏とアドリブです。その場で自由にやるのが一番輝く。そこに異論はないですね?(強制的)
だからこそ曲名だけその場で決めてつないでると思われるリクエストコーナーを楽しみに会場に足を運んだファンも多いと思うが、それに続き実質即興コーナーのいわゆるアンコール状態としてもう一曲やってくれるとはまさか誰も思ってなかったはずだ。
なので青天の霹靂というか、降ってわいたご褒美というか、運を使い果たしたというか、なんでもいいから客席のファンはみんなこの幸運な時間を共有すべく、運命共同体として(大げさな……)静まりかえって演奏を待った。
そこに一定のシンプルな伴奏系の右手で始まる有名なイントロ、つまり久石譲のSummerだ!と客席は暗黙の了解のうちに無言で顔を見合わせるかのように胸を高鳴らせた(ように見えた)。夏の曲!ござさんはやっぱ夏男!みたいな、客席の無言の盛り上がり。
イントロのシンプルなリズムに左手が高音部にクロスしながら夢幻なイメージで演奏は始まり、それから自由なパターンに姿を変えていく。
高速スタッカートの分散和音を伴いつつさらに左手がクロス
↓
2連打和音によるテーマなどモチーフを様々に変化させていく
↓
ワルツ風から壮大風のクライマックスへ怒涛の展開、さらにダメ押しでこの部分を2連続繰り返してラストへ
シロートが思い出した限りではこういうアレンジ。
はっきりいってこういう一曲を無限に組み合わせて編曲してるの大好きなんですよね?
そういう発想あったのか!って聞いてて度肝抜かれて常に驚きっぱなしなのが楽しいです(もはや中毒)。しかし全体として統制が取れててちゃんとスマートにまとまってるというなんか手品みたいな、職人技。それを一瞬で考えてるという謎の現象。
(↓ 参考動画。つまりこういうパターン。え?資料が古い?すいませんね……)
-----MC-----
ござさんによると、Summerについて「弾いてみた動画でおなじみということで、やってみた。夏の思い出の曲でもあります」という趣旨の説明をされていた。
しかし今年の夏はエルニーニョ現象にはならないのではないか、ここ二年ほど続いた酷暑にはならないのでは、という見通しも話されていたようだがさてどうなるか。
ワルツ第1番
「名探偵コナン」メイン・テーマ
ここでのワルツは、静岡と同様にアルバム音源に沿ったものだったと思う。というか楽譜第一弾として紙媒体でコンサート会場で売られていた曲リストにこの曲も入っていて、要するに、シンプルな展開で速度もアレンジもおとなしめで初心者に優しいですよってアピールなのかも、と聞いてて思い始めた。
簡単ですというアピール。
しかしそれは甘言を弄して近づいてくる幻術師みたいなもので、ござさんの不断の努力と貪欲な探求心、そして何よりピアノ練習自体が心底楽しくて三度のご飯より大好きっていうござさんだからこそ、結果論として簡単になってるにすぎない。
ござさんのアレンジはどれも一筋縄ではいかないし、単純には解釈できない和音が豊富に盛り込まれてるし、リズムもこっそりと難解なのを紛れ込ませている。練習すればするほどやりがいを見いだせるというか、噛めば噛むほど味が出るスルメみたいなものか(違)。
それに対し次のコナンのテーマもまたアルバム音源に沿った解釈で、これもまた公式楽譜第二弾としてアルバムタイアップ(電子版のみ)の楽譜があとから発売されていたと思う。この曲もまた練習したら演奏できるよってアピールですか、ござさん。そんな冗談はともかく。
コナンはこの日の公演の白眉だったといっていい。
素晴らしい仕上がり。息を呑む展開。客席もステージと一丸となってまんじりともせずに、ござさんの指が鍵盤を走るその一挙手一投足を見守る。
ホールの素晴らしい響き、スタインウェイの重厚な音はコナンによく合っていたと思うしこの曲の劇的な展開と演奏効果を存分に引き出していたと思う。
そのくらい、この曲のリズム感というかダイナミクスというか解釈が板についてきた気がする。
飼いならしてきたていうか、掌中に納めつつある。
-----MC-----
コナンのYoutube動画(アルバム収録時なのかもしれない)について語られていた。
・録音が一番大変な曲だった
・苦行というにふさわしい
・この曲の5分に何十テイクと繰り返したことか
・やってるうちに左手がゲシュタルト崩壊してたのがトラウマとしてよみがえる
もうなんか涙なしには聞けない。どの曲も、少なからぬこだわりと、こうした苦難を乗り越えて獲得された末の境地なのだ。そう思うとなおさら愛おしく、大切にしたくなる。
確かに全然曲が弾けなくて、延々繰り返してるうちに曲のリズムがゲシュタルト崩壊してきてよくわからなくなり、しまいに脳内をエンドレスで回り出すってことならありましたけど。シロートの自分にも。
え?シロートの練習とこの曲を一緒にするな?
すいませんでした……
そして「次でコンサートの最後の二曲となります」ということが語られると、客席からお約束のコールとして「ええぇ~~~~~!」と親しみを込めて野次が飛ぶ。ござさんは苦笑しながらツッコミをいれてきて「なんか、いいともみたいですね」とのたまった。そしてすぐ「あ、通じないですね、すいません……」と修正される。
いやいやいや、いいともは来場してたファン層からいって全員に通じてたと思うんですけど……ござさんの年代から一回り下はもうわからないようですが。
家路
リクエストコーナーと自由なコーナーで自由なござさんの素顔を堪能したつもりだった。
しかし自由なござさんの真骨頂はこっちの家路で存分に発揮されていたのだった。
それもコンサート後に感想書いてるから言えるのであり、現地では、他の曲同様にアルバム音源に準拠してるのであろうという先入観から聴いていただけに余計衝撃だったというか。
既定路線で音源通りに演奏を発表していくのは見合わせたのだろうか。
ファンとしてはこっちのが面白いですけど。
もうアルバム発売して半月経つから、あらかたファンの間には行きわたったし演奏の内容もひととおり聞いた事があるっていう設定になって、じゃあアレンジのセオリーからちょっと逸脱していこうか!?という方針に切り替えられたのだろうか。
なんか僅かな間隙を狙ってきっちり遊びを入れてくるスタイルですか?
油断も隙もないですね……(喜んでる)
アルバム音源は、いわば原曲のドヴォルザークの楽章をそのままバラード展開した感じだ。そこにテンポというか拍にJAZZ風なゆらぎを持たせている。
そこで名古屋での演奏は全く同じ体裁を辿らず、正反対だった。
冒頭、16分音符のトリル?アルペジオ?の中にメインの旋律が混ざる。テーマはシンプルだから隠されてもすぐわかるのだ。
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その次は、原曲風というかゆったりバラード風になるが、しかし使われてる音が現代的でどうやらシティポップ風に仕立てられている。
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その後アルペジオで豪快なキメを入れつつ一気にヤマ場へ盛り上がっていく。
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そこで左手に謎和音がねじ込まれ、テーマは壮大風に展開してて重厚な聴きごたえ。
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キラキラ宝箱からはじけ飛んだみたいな可愛いコーナー
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シンプルで穏やかな和音とリズムに戻る
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静謐に幕の合間を一区切りする
アレンジはコンテンポラリースタイルのテーマになりつつ、次の宝島に変わっていく。
宝島
そして宝島はアルバム音源の展開通りで演奏された。
このアルバムアレンジが既に十分複雑で難解だからというのはあるかもしれない。ござさんは吹奏楽部でたぶん演奏されたことはあるのであろう、おなじみの曲のはずだが、しかしこれを暗譜で演奏できるのは驚異に値する。
T-SQUARE&吹奏楽版 の両方がミックスされていてしかもパートごとに分散して埋め込まれてる感じだから、ちょっと目を離すとわからなくなる。
吹部民の自分としては、この曲はイメージ通りにやってほしいところなのでまたホールで聴けて嬉しかった。
アンコール---少年時代
少年時代って?夏は今からなのにもう終わるんかいっていうツッコミはなしです。ていうかまじで夏はこれからなのだから、夏は来ぬとか、サザンとか、夏っぽい曲ほかにもあるんだけどなんで少年時代になったのかは知らない。
とにかく、ここで前回の尼崎と静岡同様、影アナウンスが流れてアンコールの撮影やネット投稿のルールが語られた。
ちなみに名古屋ではこの角度から客席の映り込みもなく撮れたので、載せてみます。しかしほかにもたくさん画質も音質もいい動画がたくさんTwitterに上がってるので、各自検索してください(この記事の投稿が遅いだけで、これ読んでる方は全員とっくに動画を色々検索済みとは思いますが、念のため)
今日のアンコール
— かまたまうどん (@pEcXkXhkAeo0D6t) 2026年6月14日
型落ち機種のため画質も音も微妙だけど
(さらに録画スイッチ押せてなくて途中から、それに画面揺れてて見て酔いそうになるかもですが、いちおう上げてみます) pic.twitter.com/9C4ylyXwSx
ござさんの大盤振る舞いなところはツアーのどの回のアンコールもフル尺でネット投稿可能って点です。
ござさんのファンやってて良かったなと思う。
(※やっぱこうした即興演奏がござさんのアレンジで最も光るところであるので、クラシック曲みたいな既知の筋書きと違ってフル尺じゃないと動画見ても何なんだかアレンジの意図が伝わりにくいというのもあるとは思いますが)
自分は今年は都合がついたので4か所回ることにはしたが、来年は無理かもしれない。そうした制限が誰しも個人的にある中で、しかし場所ごとに違うアンコールをこうして分かちあえるのは、ファン冥利に尽きる。
このアンコールの多彩さも含めて、今年のツアー回ってて感じたのは、あらゆる点で総じて次があるなと感じることができたことが大きい。
そんなどっかの広告代理店の営業みたいな売り込むことばっか考えてどうするというツッコミもあるとは思うが、ござさんの演奏とアレンジと発想が素晴らしいのは論を俟たないし自分も今までのここでの記事を350くらい弄して散々語ってきたのでそこはいいだろう。
そうじゃなくて、このアレンジで、この形態で、ツアーのもとになったこのアルバムで、もっとほかのパターンも聞いてみたいな、楽しみだなって実際に未来像がはっきりみえてきた気がして、見てて個人的にはそこが収穫だった気がする。
いうてまだ東京公演が最後に控えてるわけだが。
最後に全体を総覧するのはその後になるが、自分は安心して東京公演を待つことができそうだ。







