ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

ござの日後日譚と、5/15 生配信ライブ

 

初夏というにはまだ肌寒い5月の夜。

冷たい空気が都会の夜の底に沈む。

時折吹き抜ける爽やかな熱気が頬を撫でる。

午後の束の間太陽に照らされていた街の名残。

 

原色のネオンが路上を照らす中、ビルの谷間にわだかまった空気を縫うように歩く黒い影。

 

 

後日譚 ーーーござの日2022in大阪ソロライブ数日後

そこは都内の繁華街のはずれ、雑居ビルにクラブや小料理屋がひしめく一角、地味なオフィスビルの一室。外には「G興業」と小さな看板を掲げた殺風景な構えの建物である。

 

そこの地下フロアで口角泡を飛ばしながら熱弁を振っているのは、秘密結社のボスもとい、表向きはG興業の取締役であるGさんである。

「それでさあ、マーケティング的には全く新しいところからファンになってもらうことも意識していきたいんだけどさあ、要するに未知の領域を開拓することの重要さだよ。」

「………でもね、一番肝心なのは一度聴いて気に入ってくれたお客さんに、どのようにリピーターになってもらうかっていうところだよ。」

「僕らに必要とされてるのは、常に新鮮かつ斬新な角度からのエンタテイメントを提案していくクリエイティブな感性なんだ。」

「初めて聴いた時の感動をいつもお客さんに届けるっていう使命があるんだよ、我々アーティストには………!」

 

「はあ………………。」

GZさんは気のなさそうに呟きともため息ともとれる言葉を発すると、テーブルの上のお菓子を手に取り、そのまま大きな黒い革張りのソファに背を埋めた。

黒光りするテーブルに載っているのは、シンプルな部屋とは対象的な黄と黒のコントラストという関西ではおなじみのパッケージ。

 

「聴いてくれてるすべてのファンに行き渡る全員プレゼント企画!みたいのも発想としてはありだと思うんだよね、面白いし、絶対みんな振り向くよ。でもね、僕が重点を置きたいのはそこじゃない」

「GZくんの魅力はそんな平等に浸透するもんじゃないはずだ。噛むほどに味が出るスルメなんだよ。掘れば掘るほど、聴けば聴くほど抜けられなくなる魔境ていうか」

 

そこで手元のせんべいからふと目を離すとGZさんは眉間に皺を寄せ、Gさんにうさんくさそうな視線を投げかけた。

「スルメ・・・ふうん・・・??魔境ってwwwドラクエじゃないんですからwwww」

 

バタン!!!

その時、地下フロアのドアが重い音を立てて閉められた。そこに足取りも重く現れたのは仕事帰りらしくくたびれた顔色をしたIさんである。

 

「あ~~~っ!!お疲れーーっす!!!」

顔を入口に向け、目を細めて無邪気に手を振るGZさん。

「GZくん、せんべいから青ノリが落ちてるよ……」

 

Iさんはぐったりした表情のまま、ふとテーブルの上を見た。

「なになに、大阪下町の味…お好み焼き、せんべえ…?おお、お土産あざっす!!」

 

「Iさんもライブ来ればよかったのに何やってたんすかーー??招待状とパスチケット送ったでしょー?僕は寂しかったですよ~~~」

GZさんから屈託のない視線が投げられる。お好み焼きせんべえを頬張りながらIさんは言葉を濁した。

「ああ、……ちょっとヤボ用が、ね……」

Iさんの視線はどこを見るでもなく虚空を泳ぐ。

 

「何ですかそれ?水くさい。言えないヤボ用って何すか。Iさんてアレですよね。ピアノの練習と、彼女とデートでどっちって言われたら迷わず彼女取るでしょ。モテるには必須技能ですけど、僕は問答無用でピアノですけどね。」

 

その問いには答えず、Iさんはじっと手元のカラフルなパッケージを見つめる。

ああ何とでも言うがいいさ。

僕の気持ちはお好み焼きせんべえと一緒に飲み込んでしまうんだ………

 

 

「それよりも何かお土産話ないの、君たち?ほら写真とかあるでしょ」

苦し紛れに水を向けた話題にホイホイ乗るGZさん。

「あーーーよくぞ聞いてくれました!僕もね、ちょっとは爪痕を残さなきゃってね…!」

 

胸を張ってGZさんが並べた写真を、冷ややかに一瞥するGさんとIさん。

「……て目黒じゃん、ここ」

「東京に爪痕残してどうすんだよ……」

「だって!!!早く家に帰らないとピアノ弾けないし!」

(そこか)

 

「君たち、仕事が終わってからの余暇というのはこのように過ごすものだよ」

「わーーいろんなとこ行ったんですね~~すごいなーーー」

「GZくん他人事だな完全に……」

 

 

「いろんな所にストピもあったよ?GZくんも家でばっかじゃなくて、こーゆー色々アウェイな場所で弾くのも、思わぬ出会いがあって面白いかもしれないよ」

 

「んーでも僕、練習やりだすと何時間ってフツーに弾いてるしなあ……でもこの人通りの多い場所とかイイですね、色んな人に聞いてもらえそうだなあ」

 

「関西旅行でのおみやげは何かないんですか?」

「あー!そうそう、瓦模様のモナカ美味しそうだよ、食べるー?」

※商品リンク:最中 - 菊屋

 

「モナカってどうゆうことっすか、女子みたいな……あの、ほらあるでしょ豚まんとか肉まんとか551蓬莱は…?」

「何言ってんのIくん。僕は新幹線で帰って来たんだよ?満席の中に美味しそうなあの香りを持ち込むわけにいかないじゃない。お腹空いてる人にはもはや凶器だよねアレ。」

「えええええーーーーーーっ!!無いんですか豚まんとか肉まんとか!それだけを生きがいに今日までがんばってきたのに!」

「それだけが生きがいってどうゆうことだよ!??」

「………?」

「おみやげって……どこに売ってたんでしょうね?」

(アカンだめだこりゃ…)

 

 

わいわいと盛り上がる中、お好み焼きせんべえをかじりつつIさんは思った。

思えば初めて知り合ったときは学生だったんだよなあGZくん。でもそのとき既に常軌を逸してたというか、人智を超越してたからなあ。なんなんだこの人、実在するのか!?って思ったもんなあ。

色んな意味で僕の第一印象は今もそのままだし、ネットの世界から広く世の中に認知してもらえるようになって……もうなんかこれを本望と言わずしてなんというか……

やっぱさあ、聴く人が聴けばわかるんだよGZくんてどんな人なのか……

もう僕はリス君の着ぐるみで応援しなくてもよくなったんだなあ。

 

まあいいさ。僕は僕の道をゆく。

 

 

 

 

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事件勃発(未遂)

そしてまた時は巡り、いつもの生配信でござさんのピアノを聴ける日がやってきた。

 

しかし何もない夜はないのであった。

配信予告日は2022年5月15日(日)。

約束の夜8時。

滑り込みで自分は家事を終わらせたがしかし配信は始まらない。1~2分ずれるのはよくある事と思って自分は待った。

やっぱり配信は始まらない。あー、マンション?の回線の込み具合とか、ネット機材の繋がり具合とか、色々トラブルと紙一重で配信してるって言ってらしたからなあ。

 

うーん今夜はあきらめるか。(TwitterとかYoutubeのコミュニティでコメント上げてくれたら分かりやすいんだけど……)と自分は半ば撤収モードに入りかけていた。しかしござさんからは梨の礫である。ということは配信を繋ぐべく、ずっと作業中ということか?このまま始まらないのに?

自分の背中には変な汗が一筋流れ、忘れていた記憶がはっきりとよみがえってきた。

しかし安心してくださいというコメントが聞こえそうな、作業中のござさんの背中で突如配信は始まった。つまり事件は10分でめでたく終わりを告げたのだ。

あわやソーラン節案件(未遂)である。

 

ござさん、ネットの回線状況っていうのは水物。

いつどうなるか分からないんやから、絶対に毎回毎週、配信できるってわけじゃないやん。

ファン界隈にTwitterで告知してくれてるから皆楽しみに用意して待ってただろうけど、でもな、多くのスタッフが関わって予算も動くTV番組とかイベントとは訳が違うんやで。確か去年の9月くらいにグランドピアノスタジオで回線が途中で切れて、その後ツイキャスやってくれた事あったやん。

どうしてもだめな時はそういう手もあるし、対策なんてどうとでもできるやん。

 

でも去年の9月のトラブルの時も、途中で配信途切れたときの告知に「悔しい」っていうつぶやきが混じってたので、ござさん自身がワンオペで配信設定することにこだわり感じてるんやろうし、何よりも配信でピアノ弾けるのをござさん自身が毎週楽しみにしてるのが、傍で見てても手に取るように分かるので、がんばって回線の設定してくれるのを自分は黙って待ってることにするな。見てて始まらない時は家の神棚に手を合わせることにする。

(しかし、ほんと少しだけだけど、心臓に悪かったわ……)

本音になると方言が出がちな人

 

 

 

 

 

生涯学習キャンペーン

今回の生配信もきっちりソロライブ後に入れて下さったし、ござさんの勢いはあらゆる方面で機関銃のようにすさまじい。ツイートも色々ありすぎて自分はツッコミが追い付かない。

そこでこの図解だが、ここにござさんの最近のばねにのって爆発的に飛んでいくようなエネルギーを紐解く鍵がある気がするので貼ってみた。

 

要するに、

乾いたスポンジが水を吸い取ってる現象。

吸い取った水分はすみやかに圧縮されて、さらに水分をとりこむ。後から吸い取った水分のほうがより吸収が速い。

脳の構造上新しく入った断片的な情報は、寝てる間に整理される事で新しくスペースを確保できるため次の情報処理の作業をしたり、それをストックしたりできるって言いたいんですね。パソコンの仕組みみたいだな、ござさんはコンピュータだったんか?

 

いや、生きてる人間なんだから自然界に例を求めよう。吸収するために張ってるアンテナの精度が尋常じゃない的な?

その名も、奇想天外。

別にボケてるわけではない。自分はまじめだ。

ナミビアの砂漠に、根を深く張るだけじゃなくて空気中の分子レベルで水分を葉から吸収して成長するってやつがあるじゃん?ゆっくり成長するからいつからそこに生えてるのかも、誰も知らないってやつ。

(リンク貼りましたが写真で見るとけっこう怖い。てゆうか枯れた葉にしか見えない)
キソウテンガイ 奇想天外 Welwitschia | 植物発生進化学:読む植物図鑑 Plant Development and Evolution

ウェルウィッチア - Wikipedia

この奇想天外は、根の他に空気中から水分をとりこむ。維持できない葉は枯れさせながらも砂漠の過酷な環境で生きている。一説には寿命は1000年を超えるともいう。

 

………ござさんの図解ツイートを見て思った。この空白のとこに新しい情報をゲットしていくのが楽しいんだろうなって。このシビアなサイクルはライブ直前のリハならではのぎりぎりの攻防だったのかもしれないが、でも新しい事に触れて覚えていくのって楽しいよね?

なんとなくわかる。毎日同じことの繰り返しなんてつまらない。それを人はマンネリ化と呼ぶ。(自分も高2男子が小さい頃は新しい事に挑戦はできなかったけど、そのかわり子どもとの関わり自体が挑戦の連続だったから面白かった。自分的には今の挑戦はこの日記と本、ピアノだ。充分刺激的な毎日。)

ござさんが新しく吸収することをやめると=ピアノ弾かなくなると、2日と持たないのは実証済みだ。第一言語は音楽だし、ピアノ弾くのは息するようなもんだからやめると死んじゃうのは道理である。

生涯学習ってのは西欧的な考えだけどござさんはそれを本能的に実行してると思う。ピアノを練習する事それが目的なのではなく、楽しむ手段としてピアノがあるから続けられるんだろうな。そのためか?ござさんがおじいちゃんになってもピアノを楽しく弾いてる姿が容易に想像できる。

 

 

 

ビートルズと米津玄師の曲を弾くござさんについて

※過去動画。どちらも根強い人気ぶり。

ビートルズメドレー弾いたら静かな観衆が最後には拍手の嵐?! - YouTube

【米津玄師メドレー】つなぎが自然すぎる?!決定版メドレーinストリートピアノ!【全9曲】 - YouTube

 

このYoutube動画の例が示す通り、今回ござさんもメドレーで弾いてくれたけど、どちらも魅力的な楽曲で人気のアーティスト。

国境を越え、世代を問わず愛される名曲たち。様々な人に受け入れられる正統派。

ござさんのアレンジは、歌詞に込められた思いをより共感をこめて再現し、また誰もが知るサビを効果的に演出する等が効いているのか、何度でも繰り返し聴きたくなる。

またござさんの米津玄師関連のアレンジはストピとか解説動画でも取り上げられ、このように配信でも登場回数は非常に多いと言っていい。ボカロ時代から他歌手への提供曲まで幅広くカバーしていることからも、ござさんはこのシンガーソングライター(?)の作風に非常に共感していることが伺える。そのコード進行の妙について解説動画作るくらいだから。

(なんか自分めっちゃまじめだなあ)

ダラダラ書いてみたがこんなことは古来からの周知の事実。ござさんの動画や配信をちょっと見ればわかること、いちいちここで触れなくてよろしい。これらのメジャーな楽曲のすばらしさはいちいち挙げて行かなくても世界共通の認識であるし。

 

ござさんは最近これらのメジャー路線に傾倒しているってことが言いたい。

最近、というか登録者数がバズってから以降。

 

~~~風アレンジのメドレーで遊ぶ。

シンセのいろいろな音色で遊ぶ。

レアな曲を弾く。

色々コアな音楽解説を語る。

これら謎アレンジもすべてござさんのアレンジセンスあってこそのものだけど、しかし聴いてて何が飛び出すか未知数という面白さがあった。

最近影をひそめたござさんの遊び心。

結論から言えばこのような遊びの幅をもたせた配信は需要を考えると別に必要ではない。これからも、そのような仕事の依頼もないだろう。多くの視聴者に支持されるには上記の通り王道アレンジで定番曲を弾くのが順当かつ近道である。

 

ちょっと気の迷いみたいな事書いた気がしますが今の現状に1mmの苦言を呈するわけでも何でもありません。

選曲がメジャー路線を行こうが何しようが、ござさんの選ぶ和音は独特で奏でる旋律には説得力があり、聴き入らずにいられない所は何の曲にせよ共通であるから。

 

 

 

ござさんの生配信ならではの醍醐味ーーアニソンと音ゲー

今回アニソンメドレーも弾かれていたがメジャーな曲中心という意味では上記の論理に準ずる。最新人気曲かどうかという理論は横に置いて。高2男子に言わせれば「夜に駆けるってもう化石だよね。」って言われたし、そんな人たちについて行くのはござさんのレパートリーを維持するための労力を換算してると物理的に無理である。と思う。

 

ござさんのアニソンに関しては特筆すべきは曲目ではなく奏法だ。

「集中すべきは右手(のメロディや和音)であり、こういうときは左手(のウォーキングベース)は無意識に自動運転してるから、楽です」

このウォーキングベースというのは今回のアニソンでは廻廻奇譚とミックスナッツの左手の事をさす。

「いつもウォーキングベースやってたから考えなくていいんです。この曲のキーを思い出したらそれに乗せて勝手に左手が動くだけで、云々………」

これだけ聞いてたらウォーキングベースが挑戦しやすくかっこいいものに見えてきて、至極便利なツールに感じられるが素人はゆめゆめこのようなコメントを真に受けてはいけない……この境地に至るまでに、膨大な量のJAZZ演奏のインプットとさらに気の遠くなるような練習量が裏付けにある事は間違いない。

「フフフ……なんとなーくできてまーす」

というフワフワした言動はファンを惑わすフェイクである……

 

さらにミックスナッツに関していえば。

自分はこの記事を書くのもそこそこに、アニメを見てしまった。時間のロス(すいません)……とはいいきれない。ジャンプの人気連載が満を持してアニメ化、テーマ曲も超話題。

そんな話題には自分は普段は乗らないが、ござさんのミックスナッツがすごすぎて髯ダンの原曲も早速聴きに行き、それがかっこよすぎてアニメも試しに見てみた。

面白いじゃん……!

自慢じゃないけど読んできた漫画も見てきたアニメの数もはっきりいって半端じゃないはずなんだが、見てて素直に面白かった。でも子供時代とちがって今の自分が面白いと感じるってことは?大人向けなのか・・・?スパイに殺し屋に超能力で政治家が登場して舞台は東欧っぽいところ?が浦沢直樹のモンスターとMASTERキートンにそっくりである。そこがポイントなのか・・・・?あくまで設定が、だけど。

 

設定はともかく。

イントロから正確にキーボードの音を拾ってそこにイレギュラーなブラス音も正確に拾い、突然始まる旋律に正確につなげるリズム感がすでに人間業じゃない。

そこからの高速メロディにばっちりベースでついていきながらドラムの裏拍入れてるのも人間業ではない。

サビの最後のドラムソロをなんと黒鍵ワイパーで軽快に決めてて(おかしいな手が痛いはず?)、アレンジのセンスに脱帽というか降参というか……ほんとお洒落でかっこいい。

 

ミックスナッツだけは新曲と言って一向に差し支えないと思う。よくこの短期間でしかも厳しいスケジュールでレパートリーに入れてきたなって、初めて聴いた時耳を疑ったから。やっぱござさんは髯ダンのファンである説。

「だんだんアレンジが形になってきましたねぇ……」

こんだけキメといて完成形じゃないんかい……はあ、自分は頑張ってついて行きます…

生配信がアレンジを育ててる説も唱えとこう。自分らはその至高のアイデアを堪能しながら、さらにそれが進化していく様を目の当たりにできる幸せな観客だ。

 

 

 

 

音ゲー

自分は音ゲーをほとんど知らない。ファミコン時代のゲームならともかく、ゲーム音楽自体に明るくない。たぶんござさんのニコニコ時代と自分の子育て時代がもろかぶりしてるのも一因ではある。それより今ゲーセンに行って遊ぼうものなら3秒でそこらじゅうの近所コミュニティにバレて動物園のパンダみたいに噂になるので、行くに行けないし。

 

というわけで。今になってござさんの音ゲーアレンジ華やかなりし頃のレパートリーを思い返してみた。

ござで御座います。-ニコニコミュニティ

↑(から転載)

音ゲーの曲(音程がないもの(ラップなど)はざっくりと除外しました)
マクイル(サビ以外忘れた)/evans/red zone/蠍火/bag/my summer love/orion70/paranoia/paranoia respect/冥/the least 100 seconds/嘆きの樹/Sky high/AM-3P/Brilliant 2U/butterfly/can't stop fallin' in love/Dam Dariram/Dub I Dub/El Llitmo Tropical/I Believe in Miracles/If You Were Here/La Senolita/Let's Get Down/Magical Love/Witch doctor/CAPTAIN JACK - IN THE NAVY '99/Vol.4 - Ravers Choice/BOOM BOOM DOLLAR/Ska a go go/Kung Fu Fighting/FAXX/888/リナシタ/spica/Concertino in blue/この子の七つのお祝いに(ラップ以外)/ニエンテ/トイコンテポラリー(弾けない)/ pluto/pluto relinquish/Chronos/大犬のワルツ(弾けない)/僕の飛行機/アンセムトランス/隅田川夏恋歌/凛として咲く花の如く/BITTER CHOCOLATE STRIKER/ひつぎとふたご/たまゆら/little hearts/L.D./Freedom dive/L9/possession/HDV/サヨナラヘヴン/i'm so happy/smooooch/have you never been mellow(そよ風の誘惑)/

 

今回のメドレー聴いて、原曲も聴き込んでみると、このレパートリーがちょっとだけ分かった……ちょっとだけ。

このプロフィールにはほかにも膨大な曲が載せられてるが、恐ろしいのはこの頃ござさんはまだ大学生、コミュニティ開設時点でまだ20歳もなってないってところである。

この時点である意味完成してる。ここから現在までにJAZZが増えてるのと全体的にアレンジパターンが増えた、といったらいいんだろうか?さらにパワーアップ、恐ろしい。

「メドレーの音ゲー曲、大体どれも古い曲ばっかりなんですよねえ、ハハハ……」

そりゃこんだけ元々のレパートリーあったら新曲仕入れる余地もあるのかないのか、これらを維持するだけでもむしろ十分なのでは、物理的に新しいの入らないでしょこの中に?と素人は思う。

 

今次のコンサート、BEMANIのイベントに向けて音ゲーを弾きこんでるからか、今回のメドレーが真に迫るものがあってすごかった(語彙力)。いつも「音ゲー?分かんないし。」と素通りしてた自分も気付いたらなぜかここに延々と書いてる始末。なんなの。

 

ここでご本人から「どういうふうに真に迫ってるのか」という解説がきましたので貼っておきます。

 

なるほどそういうことだったのか(わかってない)。

ざっくりいうと、ゲーセンの機械で再生されることが前提の打ち込み音源であるので、原曲は当たり前に音の粒が一定で揃ってるってことで、それを人の手による演奏で楽器で再現するって点が、ござさんの腕の見せ所って感じでしょうか(わかってない)。

というかそのコンピュータの性能に楽器で挑戦するところに「ゲームしてる時みたいなロマン」を感じるってところが、ござさんの練習を頑張ってるというより、音ゲーにはまってた時代を思い出して演奏を楽しんでる感が出てて、聴いてるこっちもゲーム楽しんでる錯覚に陥って楽しい。(なんのこっちゃ)

 

余談だが、ふしぎなくすりって曲、歌詞やばくない?渋谷や原宿でふしぎなくすりを渡されて、なんか夢見たり色々なことになるって、やばいよね…?

 

 

今日のメインイベント

最後に早めに何を言い出すのかと思いきや

「今日はメドレーばかりで、リクエストに応えてたかというとそうでもないので」

最後のリクエストタイムを早々に始めるとのこと。

 

いやいや、メドレーでもリクエスト拾ってましたやん?

それじゃ全ジャンル拾えてないからって言いたいんですか?

要するにクラシックやボカロ、ちょい前のアニソン、ゲーソン全般、JAZZやフュージョンが抜けてたからそういう分野を補完したかったのでしょうか?

どんだけ完璧にするつもりなの。

 

というわけか何なのか、「さらに輪をかけて」最後のリクエストコーナーの演奏がすごかった。

 

ここで無理矢理、持論を提唱したい。

ねぴふぁびで色んなジャンルの人とコラボしたり、迫真の演奏を間近で聴いて、JacobさんとJAZZを2台ピアノでやったりして、ござさんの自分でも知らない世界が開発されちゃったんじゃないだろうか。

 

途中40分経過したあたりから何でもサティのジムノペディ風メドレーをはさんで休憩してるような気がしたけど、休憩してまでも、メドレーに全力投球したかったんですねわかります…………

H ZETT MさんのBeautiful flight まで飛び出して(ねぴらぼ以前よくやってましたよね?懐かしい)、もう何て言うんですかね、推してて良かったとしか(語彙力)

しまいに「星に願いを」でエフェクト使って遊びだして…というか我々が弄ばれていたのであったwwww

 

 

 

生配信とは

ファンの視点ーーーリクエストと、そこに投影される願望

ファンの数だけあるリクエスト曲。弾いてほしいのはみんな違う曲。ファンにも一人ひとりこだわりがある。だから自分の思い入れのある曲を弾いてほしい!と思ってリクエストが殺到する。それがファンの急増に伴って対応しきれなくなり、2020年9月をもってスパチャでのリクエストは中止されたのは周知の通り。

でもござさんの配信で見るリクエストは、なんとなく、いわゆるリクエストとは空気が違う。

「自分の大好きな、この曲を弾いてほしい!」

と思ってリクエストするじゃないですか、普通はね。

 

でもござさんの配信に流れて来るリクエストは、

「自分の大好きなこの曲が、ござさんが弾くとどうなるか聴いてみたい」

というニュアンスがあると思う。

 

ござさんに対するイメージはファンによって違う。

ひとりひとり、それぞれが持つ推しポイントがあるはずだ。

期待していることも、ファンの数だけ違うだろう。

 

 

アイドルはイメージを売る職業だ。邦訳すれば「偶像」。その見た目、歌う姿にファンは自分の好みと夢を見出す。

まさに理想、夢がそのまま形になったのがアイドル。

 

ではござさんは?

というか、ネットピアニストはそういうステレオタイプなのか?

いや、決定的に違う。

 

アイドルはファンに求められる夢を忠実に体現しているけど、

 

ピアニスト、音楽家、芸術家。

彼らは表現したい独自の世界を持っている。

ファンとは自分と感性が合う演奏家の元に本能的に集まってきた人達、といえるだろう。

 

アイドルがそのままの姿でいてほしい存在なら、

演奏家はどんな姿になっていくのかを期待されている存在だ。

 

しかしリクエストはある意味、賭けである。どういう結果になるか誰にも分からないからである。

こういう期待と不安がない混ぜになった渾身のリクエストが飛び交う中、どの曲が選ばれても劇的に変身を遂げ、ファンの意表を突く。

理想通りだったとしても、しかし想像のはるか上を行くのだ。

 

 

ござさんの立場ーーー生配信という形態

13年前の学生時代からござさんがペースをほぼ崩さず、何があってもコンスタントに生配信を続けているのには、レパートリーの維持という必然にして当然な理由がある。

 

なんでそれを生でやるのか。

アレンジやアドリブの即興力を磨くためである。

JAZZのアドリブは実際には膨大な演奏を聴き込み、色々なパターンを体に叩きこむ(無意識レベルまで?)のが近道と言われていた。

しかし実践が必要という意味では他のジャンルも同様だ。

膨大なレパートリー、さらに様々なアレンジパターンを生きた形で維持するには実践するのが一番だ。

 

………とかいう建前は横において。

(最近も書いた気がするが)

ここ最近、ござさんのスケジュールは騒がしい。

ねぴふぁび、ござの日ライブ大阪・東京、さらにBEMANIライブとその後の日本遺産物語ときて、全部セッションの舞台である。

セッションの現場ではござさんの全体を俯瞰する視線と他パートとの絶妙な連携が見どころの、ある意味ござさんが本領発揮できる場所だ。

 

しかしそのパート譜はがっちり決まってるはずで、菊池さんとストピ連弾してた時のような「お互いに何しかけてくるか分かんない怖い展開」っていう遊びの部分がない。

 

ござさんの命ともいえる自由な発想はその決まった楽譜の中では息を止めているはず、生配信ライブでの即興演奏は唯一ござさんが生き生きと動ける場所なのかもしれない。

そういう意味では生配信ライブは生命線ということになる。

ねぴふぁびとござの日ライブの合間、4/26という謎のタイミングで生配信がねじ込まれてきたのを思い出す。なるほどな?

 

というわけで水を得た魚のように自由に泳ぎ回るござさんを鑑賞する会……ではなく、聴いてるファンも自由に楽しくリクエストを投げるのであった。

 

上記の通りファンはリクエストに関してはギャンブルであるという認識が必要だ。演奏されたとして、どうなるか分からないからである。

さらに生配信は実験場である。人気曲を素晴らしいアレンジで弾きつつ、何かひねった発想をどこかに潜ませてくる。

 

昔みたいな突拍子もないアイデアは影をひそめ上品な配信になったと言われればそれまでだ。しかしイメージの改変を計りながらもファンを楽しませてくれる生粋のエンターテイナーだと思う。昔を懐かしく回顧するのもしみじみと味があるが、それよりも今まさに進化してるござさんの姿を見失わないように自分は必死で追いかけるのに精いっぱいである。

 

 

 

 

ーーおまけーー

・この部屋も住んで2年以上経つ。2年かなあ、もうちょっといるのかなあ?

2年経ってないと思います。引っ越ししたのは2020年のネピサマでソーラン節踊る前ですから、1年9か月です。(え?ツッコミが細かい?でもねえ。)

 

・こういう照明あったじゃんって思い出しました

そうそう、いつもは部屋中央の蛍光灯?で逆光気味でしたので。部屋の角に照明とかあるのは忘れていたらしい。

いやいや、だからほぼ2年前からこの部屋使ってるんじゃん・・・?

今ですか・・・?

 

 

 

 

 

ござの日2022 in大阪 ライブ現地レポート

 

ステージの青いライトアップにござさんのロゴが浮かび上がる。

自分は手を痛いくらい握りしめ、暗い席で息を殺してじっとその人を待っていた。

どのくらい経っただろう?永遠にも思えるその空白の時間。

やがて待ち人は飄々と、というか堂々とした足取りでステージに現れると、いつも通り全方向へお辞儀する。ほんとにずっとお辞儀してる……5回…6回?

実際の姿は思っていたよりずっと小さくて華奢?だった。細くて白い小さな手。一体どこからあんな変幻自在なアドリブや迫力ある演奏が生まれるっていうんだろう。

しかし客席を見渡してお辞儀をすると、小さくうなづくようにしてピアノの前に座る。

 

自分の席はござさんのマイクいらないんじゃないかという位、ステージの目の前だった。そんな場所も手伝って、今まさにそこにござさんがいる。ステージライトを華やかに浴びて、ちゃんとそこに立っている。ちゃんと挨拶して喋ってる。ほんとにいるんだござさん……

現実なんだこれ……夢じゃない……

 

今回の衣装は初めて拝見する(ような希ガス

カジュアルな雰囲気のノーカラージャケットには裏地に綺麗な模様が覗き、それにドットのネクタイ。海を思わせるネイビーと水色の組み合わせ。シャツは凝ったデザインのストライプ。ジャケットとシャツにワンポイントの赤が効いていて、ヘアセットもいつもの感じ。靴もかっちり決めている。

爽やかな新緑と五月の風を思わせる、初夏の候を先取りしたようなスタイル。

ござさんどうされました、ばっちりです……!

ステージから新緑の香りまで匂やかに広がってます……!

 

 

 

というわけで(どういうわけだ)、2022年5月3日。

 

やって来ましたJR大阪駅

今日の最大のミッションは、快速マリンライナーから大阪行きの新幹線へ無事乗ることであった。ヨカッタヨカッタ、これで今日の仕事は終わりである(←←違)

目的はほかでもない、ござの日ライブを聴くためだ。

 

「世界中の青空を全部大阪に持ってきてしまったような、素晴らしい五月晴れでございます」

(※引用:東京オリンピック開会式のアナウンスより、一部変更)

 

大阪駅ってこんなんだっけ?え???結構前から変わってた?ふうん……コロナで2、3年来てないとこの有様だ。というわけで文字通りお上りさんの自分はキョロキョロしながらも、今回のもう一つの目的・大阪城(の石垣)を見物して回ったのだった。ていうか石垣しか見なかった。

 

広い大阪城を一周歩きまわって疲れた自分は、ござさんファンとも落ち会って、夕方だけど開演まで時間もあるしちょっと座ってゆっくりしたいよね?と思った所で、近くのスタバへ目を向けた。

………というか目を剥いた。なんなんだあの大行列は?イヤだ。行列は嫌いなんだ(田舎民は並んだことがない)。

そこでカフェ難民となり路上を彷徨う我らござさんファン。地味に熱い太陽の光線が路上からじりじりと反射する。そんな我々の前に、古びた店構えの昭和風な喫茶店が現れた。えぇ…?自分はもっと都会的でお洒落な所がいいなと……あぁっちょっと待って……

「こーいう所、今時レアなんだよね。都会じゃもう中々出会えない店だよ」

「そうそう一周回ってレトロでお洒落ですよね~」

えぇ……その店入るんですね(お洒落とは)

 

ガチャッ……白い扉を開けると、そこはこぢんまりした空間にコーヒーの香りがゆっくりと漂っていた。

(画像はイメージです)

カウンターではマスターが黙って豆を挽いている。

 

(※この喫茶店は実在します。今回はG興業さん絡みではありません。)

そしてマスターは自分らが一見さんと分かるとすまなそうに、「カウンター席しかありませんが」と混んでいる旨を伝えてくれた。

………中々雰囲気の良い店ではないか。(手の平クルー)

自分はこういう純喫茶ではコーヒーのブラックを注文すると決めている。コーヒー本来の香りを楽しみたいからだ。

さてコーヒーを待つ間、挨拶もそこそこにござさんファン同士で先日のねぴふぁびの演奏の解釈から、今日の大阪城の混雑ぶり、それから今日グッズ販売あったっけ?プレゼントや手紙は用意した?ということまで話題は尽きることはなかった。

なんか不思議な感覚だな。

かれこれ1~2年の間ペンネームのままござさんについて熱いやりとりをしてきた割に実際会うのは初めてで、でもやっぱり意気投合して盛り上がる。自分は生ござさんを見るのも初めてだが、ああ、ござさんファンも実在するんだなあ……と感慨に浸っていた。

出されたコーヒーもおいしい。自分が注文したのはエチオピアモカ。やわらかな香りと上品な風味が楽しめる。(傍らのござさんファンに)「ブラックで飲むんですね!?」と言われたので自分的にコーヒーとはブラックで味わうもの、ミルク入れるとコーヒー風飲料という別物になっちゃう、と持論を主張した。さらに、モカ・コーヒーの起源や地名について語り出すとエンドレスになって終わらない( ´∀` )オタクだから……

モカとは世界最古のコーヒー産地、イエメンの古い港町モカから名前を取ったが、この店で出してるのは対岸のエチオピア産でどっちもモカという。イエメンの歴史は古く、旧約聖書でバビロン王に乳香を持って会いに行くシバの女王ベルキスで有名な、シバ王国があったところ。港町モカは紅海のアラビア海への出口という要衝にあり、その航路は古代インドから季節風貿易を通じて胡椒や香料がアラビア半島のイエメンと紅海へ、さらにエジプトのアレキサンドリアからローマへ運ばれた……

 

さて時間もちょうどよく、自分らはお会計を済ませて店を出ようとした所でマスターがなぜか赤いハンカチを持っている。それとスマホを。あれ?コーヒー豆じゃなくて?と、みるみるうちに赤いハンカチは自分らの目の前で、ちょっと窮屈そうにスマホの液晶画面の中央を音も無くすり抜けた。液晶画面は表示されたそのままで。

……エッ?ナンダッテー!?=͟͟͞͞(꒪ᗜ꒪ ‧̣̥̇)

 

口を開け凍りついた自分らの前で「ほ~らwww」と繰り返しやってみせるマスター。

( ;つд⊂)ゴシゴシ…見間違えか?

 

やっぱりスマホの液晶画面は光ったまま。

(;゚д゚)(つд⊂)ゴシゴシ(;゚Д゚)…?!

 

自分らはどよめきつつマスターにタネあかしを迫るも、「いや~気が向いたらやるんですよ(*^^*)」とニコニコされるだけであった。

自分らは狐につままれたようになって茫然自失のまま店を出た。

 

フラフラしてる場合じゃない、もうホールは開場時間を過ぎている。

と………とにかく気を取り直してライブを聴くんだ!

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

ござの日2022in大阪 ソロライブ

2022年5月3日(火・祝) クールジャパンパーク大阪 WWホール
配信チケット販売中:
ござ ござの日2022 in 大阪のチケット情報(Streaming+) - イープラス

※視聴可能期間 5月10日(火) 23:59まで

 

さて、ござの日ライブは自分はうどん県から日帰りで見に行きました。

念願のござさんのライブ、生で見る初ござさん、2年間ネット上で聴いてきたけど現場で聴くのは初めて、ほんとに実在するのかな???うわぁどうしよう、ドキドキ……

 

 

ステージのバックに写る、"ござーgozaー"のロゴ。ここに大きくランドマークとして掲出できるような公式ロゴができた点も、去年のござの日と大きく違う点だ。

 

 

宿願

ござさんの介護職をやめてからの音楽活動は、そのままコロナウイルスに翻弄されてきた歴史と言うことができる。(ここで唐突にBGM:American Wake 【ネピサマ】リベンジ!ござの新居お披露目Live! - YouTube より)

ござの日を冠するタイトルのライブは、今年3回目の挑戦である。要するに3度目の正直である。(心の声:コロナウイルスよ見ているがいい。いくら猛威を振るおうとも思い通りにはさせないからな、今回中止は断固阻止させてもらうよ。)

 

〘2020年の場合〙

この時計画されていたのは都内での30人ほどのライブ。でも当時既にYoutube登録者数20万人超えていたのに予定客席30人とは?(無理があるよね)

 

【※試しに比較:2019年3月のライブが定員30人位だった。2020年もこの時期と同規模の会場を考えていたということになる。ござさん……?おーい……?】

 

〘2021年の場合〙

ねぴらぼ・ねぴらぼinvention(無観客公演)などの舞台を経てのこのステージ。ござの日ライブはレストランでの公演が予定されていたがこれも無観客・配信のみとなった。

 

自分はこの知らせを受けてある意味メンタルを直撃され目標を見失った。周りの全てが輝いて見える中、どうやってござさんを応援していけばいいのかと、霧の中をさまよう毎日だった(8月まで)。

(その間のブログが色々病んでる感じになってる。無理してるのが目に見える)

 

〘2022年の場合〙

つまり今年のござの日は何が違うのかというと、バンド編成で有観客ライブができるという点である。ウイルスの動向は沈静化したわけではない。学校とか病院・介護等の現場ではまだまだ感染対策は従来通りである。しかし世の中はこの春から少しずつ行動制限の緩和に向けて動き出した。

バンド編成のライブといってもペンライトを振ったり歓声を送ったりする舞台ではない。観客はただ着席して拍手するしかなくて、その点クラシックコンサートのように静止して聴くだけだが、やはり目の前で鑑賞できるというのはファンにしても何物にも替えがたいものがある。

ござさんも(浜離宮に続き)今度はバンドメンバーと共に、新アレンジを引っ提げてファンの前で披露できるという点。

また同時に配信ライブでもあり、観客を来場者に限定せずファンのライフスタイルで自由に楽しめる文化として定着した点が、コロナ流行以前と比較しての唯一の改善点だろう。配信がなければ、東京や大阪等の都会で行われるライブ・演劇・バレエやオペラの舞台というのは、ツアーも来ない地方民にしてみれば、ほぼ縁のなくアクセスの難しいイベントだったのだから。

 

 

チームは家族

別にこれはお宮参りの写真でも入学シーズンの写真スタジオでもない。

どの辺が父親なのか?そうすると母役と息子役は誰なのか。深く考えない事にしよう。

彼らはねぴらぼinventionから(メンバーによってはねぴらぼから)戦場を共にしてきた盟友である。それにしては雰囲気が和気あいあいとしているが、チームワークの現場に必要なのは気軽で忖度のないコミュニケーションだ。一見障壁のない雰囲気のように見えるセッション。

しかし彼らは一瞬のわずかな閃きをも逃さず、紙一重ギリギリのところでせめぎ合っている。丁々発止のやり取りが繰り広げられ緊張感に満ちているステージ。バンドメンバー同士で絶えず目くばせし、ござさんは絶妙なタイミングで手を挙げアイコンタクトを取って指示を出す。

厳しいキメが次々と決まり見ている方は思わず息をのむが、しかしメンバーは誰もが目に余裕の色を浮かべていた、のは気のせいか。

 

 

ドラム Dr.:高橋 遥平さん

ドラムはリズムとビートを刻むバンドの要、今回ござさんのアレンジとよりシンクロしてて後半のバンド編成が以前にも増して素晴らしかった。

 

パーカッション Per.:直井 弦太さん

後述するが、今回の演奏ジャンル的にドラムスとパーカッションはやはり不可欠な存在である。パーカスの特殊楽器が加わることで、ござさんが脳内でイメージして鳴ってる音が絶妙な呼吸のアンサンブルで再現される。干しエビが入ったお好み焼きみたいに最後のパーツがキマるから。(←決してボケではない)

 

エレキベース Ba.:兼子 拓真さん(熊吉郎さん)

ベースの存在はバンド編成上の重要さとしてここで語るべくもない。さらに、ござさんはベース大好きなあまり、わざわざベースを曲に合わせて家で練習するくらいである。
【菊池亮太×ござ】ピアノ超絶技巧の二人の練習法を披露!月刊ショパン2月号ストピフリーセッション - YouTube

よってござさんアレンジでは、よりベースラインにこだわった楽譜になっているとみてまず間違いないだろう。演奏技法が奏者に優しいかどうかは置いといて。

 

以上、彼らバンドメンバーは去年以降様々なイベントの舞台を踏んできて、さらに頼もしくなっているように見える。

 

※どれくらい彼らが気の置けない仲か、裏付けは取れているのだ……

 

 

演出の工夫

音響

反響板とREMIX

ねぴらぼinventionでも配信があったが、今回との違いは譜面台裏にも新たにアクリルの反響版が2枚あることである。これで、ピアノの本体で共鳴してる音をよりリアルにマイクが拾う事になる。

浜離宮ではホール全体が反響する楽器として機能していたが、今回のWWホールはイベントホールであり、そこまでリアルにアコースティックな音は拾ってくれない。そこで、配信はいいとして現場の客席の隅々までどのようにピアノやバンドの音を届けるのか?ということで、マイクで精密に拾われた音は舞台両脇の巨大なスピーカーで増幅されていた。巨大というか、6~7個くらいで出来た複合スピーカー?

 

配信と実際の音

では実際の観客席と配信では音はどのようになっているのか?

忌憚なく言えば、これ以上ないくらい豪華な機材とシステムで配信は行われていた。しかも家のパソコンの超リアルサラウンドモード周辺機器で聴くと、まさにその場で聴いている音そのものである。これを家でいつでも聴けるすばらしさ。

しかし今回現実に客席で聴いた感じからすると?

特にバンドメンバーの音は配信の方がより鮮明に聞こえる。しかし、ござさんのピアノの音は、配信を2次元の音と仮定すると、生演奏は3次元の音だという事ができるだろう。

配信が平面的な抑揚のない音だとは言ってない。

配信もすごいけど、ござさんの生音はデジタル技術のさらに上を行くんだと言いたい。

自分のパソコンに接続したサウンドカードの性能が追い付かないござさんの音。

どんだけ?

 

 

遥かにスピーカーを凌駕するござさんの音、その本質を考える

上で、配信と実際の現場での聞こえ方の違いを書いた。

しかしここで疑問に思われる方もいるだろう。

「ピアノって楽器の弦を通じて音が鳴るんでしょ?アコースティック的な。現場で、スピーカーで増幅しちゃったらCDとか配信で聴いてるのと一緒じゃん。なんでそんなことすんの???」

理由は上記に書いた通りである。ホールの客席に隈なくリアルな音を届けるためだ。

しかしそれで増幅されてもなお、何故かござさんの弾くピアノは楽器から直接手元で音が聞こえるのである。

粒のそろった真珠の玉が舞台から五線譜に乗って客席に舞い降りるような、眩しくて綺麗な音が飛んでくるのだ。

音が飛ぶ。

(学生時代に部活で)管楽器をやってた自分は、ホールの奥まで素直に飛んでいく綺麗な音を追求していた。管楽器の場合は息が音質を左右するから姿勢や肺活量が問題になるけど、ピアノの音を綺麗に飛ばすすとはどういうことだろう?

ござさんの音はたとえ小さくてもピアニシモでも主張する。音の大小にかかわらず、遠くまでよく透る澄んだ綺麗な音。それが遠くでも聞こえるのが、音が飛ぶという事だ。(ピアノってたぶん、打鍵コンロトールによって音を調節してるんだと思うけど、詳しいことは知らない)はっきり聞こえるけど硬くない優しい音が、クラシックやラテンの様々なリズムに乗って自分らの手元にそっと降りてくる。

 

眩しい照明に照らされて。

 

 

照明と演出

今回の会場は比較的新しい。大阪には他にもクラシックならフェスティバルホール、イベントなら大阪城ホール、バンドのライブならZEPP、他にも数え切れないくらい会場があるはずだがなんでここを選んだのか?実際に見てちょっと分かった、気がした。

ピアノライブならスピーカー装置があるとは言えそこまで大きなホールは必要ない。

ここならちゃんと客席もありしかも舞台演出が様々にできるから、かもしれない。

ねぴらぼinventionの照明演出も十分凄かったけど今回さらにすごい(語彙力)。ステージ上のござさんのロゴをバックに、スモークが効果的に幻想的に広がる。その中を様々なライトがシーン別にドラマチックに、抒情的に、またリズミカルにと自由自在に演出してくれる。

ラテンのリズムに乗って細かく照明のスイッチが行き来する。どうやってリハしたんだろう?謎は深まるばかりである。

そんな綺麗な照明で浮かび上がる、ござさんの演奏する鮮明な姿。自分は思わずこれ以上見れないっていうくらい目を見開いて見ていた。この時ばかりは、自分の生体的な眼の解像度の性能に感謝するのだった(なんのこっちゃ)。

 

衣装

※去年のござの日。「攻めてた衣装」との事。

 

それから一年経ち、ござさんはものすごく垢抜けた、と思う。公演にはスタイリストさんがついてくれてるようだし、私服もファッション偏差値を爆上げされてるし、もういりすさんの指導は本格的に必要なくなったのかも、と思う。

 

あまりの垢抜けたこなれた感じに、舞台に登場された姿を拝見して自分は一瞬呆気にとられた。ポッケに携帯入ってるかどうとか、どうでもよかった。

ござさん本人はさわやかな感じがお気に入りの様である。これで最高のパフォーマンスが引き出されたと考えると、スタイリストさんには感謝してもしきれません。クレジットが上がって来ませんのでお礼が言えませんが。

 

 

自由自在のござさんワールド

ソロライブで、いやソロライブだからこそ全方向のファンに気を遣っているござさん。どうやったら会場に来てる老若男女の皆さん、配信を聴いてくれてるすべてのファンに広く楽しんでもらえるのだろう?そんな隅々までいきわたるホスピタリティを、ござさんの言葉の隅々に、一挙手一投足に、ステージを見渡す視線にも感じた気がする。

心ゆくまでお楽しみくださいませ、と。

 

ソロ曲ーーーござさん成分100%

しかしござさんの第一言語は音楽であるので、おもてなしもピアノ演奏であった。

あらゆるところまで計算され尽くされたプログラム。

いちいちジャンルも書いておこうか。

 

JAZZ  およげ!たいやきくん 

なんでこれなのか。大阪だから?(いや関係ないだろ)自分は最初、一瞬だんご三兄弟かと思った(昭和枠ということで)。生配信ではこのたい焼きくんアレンジが毎回すごすぎて、原曲のイメージがなんだっけ?となるからだ。

JAZZは実践が中心。「実践こそが基礎力維持につながる」(練習動画より)

結構大変!?クラシックもジャズも弾いてるピアニスト(兼YouTuber)の練習風景がこちら【解説付き】 - YouTube

ちなみにござさんが最近何の舞台を経験したか。それはねぴふぁびだ。あの個性の全く違う4人が集うことでお互いが刺激され、新たな化学反応が生まれるようにそれぞれの演奏に影響を与えた事は間違いない。

ござさんの演奏においても然り。

特にJacobさんともコラボされたし、どう見てもあの舞台での経験がござさんのアレンジにインスピレーション、ひらめきを与えたとしか思えない。上記の動画では「基礎力維持」となっているが基礎力維持のレベルを超えている。斬新なコード選びと洗練されたアドリブ、全てにおいてついこの間から2回くらい脱皮したんですかっていうくらい、アレンジが独創的で垢抜けた感がある。

しかしねぴふぁびの感想で「ござの日ライブではまた華麗に変身を遂げていることだろう」とかいう趣旨の事を書いたと思うのだけど、まさかほんとにこのレベルで変わってくるって思わないじゃないですか。今までのすべての経験がござさんには糧となっていると思う。あらゆることを凄い勢いで吸収されている気がする。

ありきたりな忖度なしに、今聴いてるござさんの演奏は、次聴く時はきっとなんか違ってるぞって安心して期待できる。ファンとしてこれほど嬉しいことあるだろうか。

 

アニソン  Get Wild 

ござさん曰く「オーソドックスにして王道なアレンジ」。ちょっとたい焼きで最初から羽目外したからですか。誰でも知ってるアニソンときて、ルパンかコナンだろうと思ったら。誰でも知ってるアニソン?そもそもジャンプ全盛期のシティハンターED曲をござさんが知ってる所からして世代ずれてるんだよね??いや、TM NETWORKの名曲だからか?

個人的にはこの曲大好きなので飛び上がるほど嬉しかった。ていうか、今日選曲攻めてるなと感じた。アルバム曲中心のソロコンから趣旨が変わってるのもあるし、ライブにおける新しい表現を模索してるというか?アニメのラストシーンと同時にかぶせてくる印象的なイントロ、ED曲なのに謎のワクワク感があるところも完コピ。これをバンド構成じゃなくてあくまでソロでやりきるあたり、ござさんならではの面目躍如。つまりポイントはござさんの代名詞といっていい左手のビートがさらに複雑になってる?のと、サビ直前の原曲には無いハイトーンまで弾くとキマる所にきっちりねじ込んでるところです。(伝わらない)

このアニメの名シーンの如く白銀に光るスポットライトが、ござさんの姿を克明に浮かび上がらせている。

 

 

オリジナル曲 アネモネ 

行灯に貼った厚い和紙を透してやわらかな光の輪が拡がるような、そんな温かさを感じる。心に響く音はまるで暗闇の中静かに灯る橙色の光。ござさんならではの特徴的なコード進行が、無言でしかし雄弁に語りかけてくるようだ。

 

この曲を作曲したきっかけは確かツイートによると「癒しが欲しかったから」。

ござさん自身も今回曲の解説で「こういうゆったりした曲を弾くと、場所の響きをよく感じられて非常に良い」と、この曲がもつ穏やかで静かな響きに愛着を感じていたようだ。

聴いてると自分も素人なりに、ござさんの独特なコード進行?和音の配置(リハモっていうんですかね?)が生み出す深い味わいある世界を存分に堪能できて、いつもは静かに黙って自分は涙を流す。というかライブでこの曲が来たら絶対泣く自信があった。でも今回客席に実際に座ってみると、演奏が流れてもなぜか涙は落ちてこない。

タオルも何枚も持ってきたのに必要なかったのだ。なんで?

想像というか仮定だけど、そうやって感情がボロボロになるのが分かっていただけに、本能的に自分の精神にバリアーを張ってしまったのかもしれない。そういう安全な繭の中で仮死状態になることで、身の安全を保ち平静を装うことができたのかもしれない。

精神のだいぶ前の方に防衛ラインを引いた。そこを超えようとすると、ピーーーーーとエラーが響くように。

だって。ステージに近い席で、目の前でござさんがピアノ弾いて喋るんですよ。やばくない???何の曲弾かれても正気を保てるとはとても思えなかった。(遠い席ならよかったのか?いや同じだろう)現に家で一人で聴いてると例えカレー用のうどんを茹でながらでもタオル握って号泣してますのでね。

 

ござさんの和音は、癒しというか、冬なら小春日和の日差し、春なら暖かな風を受けて庭の隅に咲く可憐な花のように、和音を噛みしめるほどにじんわりと気持ちがほぐれ、 しみじみと幸せを感じさせるのだ。

 

 

クラシック ショパンマズルカとCHOPIN syndrome

ショパンの曲は昨今特に人気が高い。それは去年秋のショパンコンクールが非常に話題となってネットで生中継もされ、日本人も入賞したのが大きいだろう。

ござさんもそういう世の中の流れを読んだのか?というよりは小さい頃から親しんできたクラシック曲がここにきて大きくクローズアップされているのを感じて、アレンジ曲を作ってみようという創作意欲が高まったのかもしれない。

ソロコンサートでもショパン即興曲の難曲アレンジ版を演奏されていたがあれはご本人いわく「すでにできている編曲版、既製品」であり、そこからさらにござさんのこだわりが詰まったショパンアレンジメドレーができあがったというところか。(こだわり過ぎて?Youtube動画では自動チャプターが全く的外れな構成になってて残念な限り)

 

生配信で時々顔を出すショパンの曲を思い出しても(ex.2020/1/10とか)、リクエストに応えて弾くレベルではなかった。でも自分のどこかに「これだけご存知なのだからもっと練習時間取れれば凄い事になるのでは…!」とどうしようもなくやり切れない気持ちがくすぶっていたので、この曲がYoutube動画で出されて衝撃だった。

「ストピでもなくスタジオガチ録音!遂に、キタ!(語彙力死滅)」ってその時思った。

しかもその難曲を今日は生演奏である。目の前で演奏してるのを聴けるのである(←改めて現場でも語彙力無し)。自分は思わずうめき声をあげるか万歳して立ち上がりたかったが前の方の席でそんなことはできない。よく考えよう、これは生配信中の公演だぞ?

このショパンのアレンジ動画がYoutubeに投稿されたのは4月上旬、そこからわずか1か月でライブで演奏できるレベルにまで仕上げてくるあたりは相変わらず人間技ではない。動画でよく聴いていたはずの演奏にライブならではの呼吸や表情が加わって、ショパンの曲のもつ明るさから哀愁まで繊細な感情を持って語りかけてくるようだ。

 

ござさんのどこから湧いてくるのかという無尽蔵のモチベーションはおそらく1/15のソロコンサートからもらった所が大きいだろう。あのよく響くホールにピアノとござさん、そして観客だけが存在した空間。その時の演奏に拍手をもらえたことでござさんははっきりした手応えを感じたにちがいない。

あのホールで聴いてくれたファン、見えない所でも配信で聴いてくれているすべての人々から、背中に大きな後押しをもらったことはその後の活動に影響していると感じる。この曲のようなアレンジ曲やオリジナル曲の作曲・編曲、コンサート、動画投稿、毎週の配信、その合間にひたすら練習し……そのすべての活動に、無言の自信が滲み出ている。

ということはまたコンサートやればモチベーション上がることは間違いない。次のござさんの動きが楽しみである。

(この曲のもととなったクラシック曲に関しては専門家の方のご意見を聞くのが適切でしょう。)

 

 

静かに一旦退場(ここはツッコミどころ)

ここまでソロ曲が続いたので、今から後半部、バンドメンバーが登場するんだな?と察しはついた。でもね、なんか喋ってから退場しましょうよ、ござさん。何でもいいじゃないですか。準備の間しばしお待ちを、とか。気がついたらステージから捌けられていて、次の準備までのビミョウな間が「どうすれば……?」と客席で見てて思った。

 

 

バンドの本領とござさんの研究ーーラテンコーナー

個人的にこのコーナーが一番このライブで大好き。つまり別名ラテンコーナーとも言う。なぜ大好きなのか。理由を考えてみた。

・去年もござの日はバンド編成だったじゃん?………たぶんあれから月日がたち、バンドの皆さんも多々ステージを経験されて演奏も変わって来た説。また、ござさんのアレンジもラテン音楽の本で研究されたり、より本格的になってきた。

・選曲の違い………去年のござの日は、En Visionの基となる曲が中心。今年はもっとバラエティに富んでいる。ござさんが、生配信ライブを通じて昨今の各有料ライブのセトリも勘案して、今回演奏するのに適した曲、として曲順、アレンジも考えてこだわりぬいて配置した可能性。バンド編成に向いた曲というのも選び方が上手い?気がする。(よく分かってない。)

 

小フーガト短調

今回のライブの10日ほど前に別のステージがあった。ねぴふぁびである。そこでストリングス編成でござさんはこの曲を演奏しているが今回はバンド編成である。

観客も、一粒で二度おいしいのである。

色々細かい所まで計算済みなのである。

事前に生配信(4/16)でコソッと演奏しといてステルスマーケティング

ねぴふぁびではストリングス編成で正統派バロック調に、

そして今回バンド編成で現代風……ラテン風?ではなくロック調であった。

 

バロックとロック、合うんだ…???

ござさんにしてやられたというか。

ござの日直前まで4/16の感想書いてた自分はこれ聴いて思わず膝を打った。バッハつながりやん!的な、よく考えたら自然な流れだ。しかしござさんは「クラシックはちゃんとやってないし」の一点張りを通してるが、バロックから古典派のモーツァルトやベートーベンも絶対にがっつりとやりこんでると思う。ござさんと菊池さんの連弾動画とかには、どっかにクラシックモチーフが必ず隠れてるし。そーいう西洋音楽の基礎となる曲の大切さを理論的に分かってるからなのではないか(何も知らない素人がすいません……)。

 

この曲でドラムやベース聴いてさっそく思った。

去年のござの日の配信より、(今回は現地で聞いたが)比べものにならない位音響がいい。新しいホールだから機材が最新なのかもしれないが。去年の会場がそもそもレストランだったのはあると思うがあの時はあれで十分感動してた。しかし今回のを聴くとどうだ、同じメンバーか!?っていうくらい印象が違う。

それほど設備と機材って大事なんだということだ。

しかしドラムスの大音量が現地で聴いてると体に直接響いてきて地鳴りみたいだ。ここに紙相撲を置いてたら置いてる関取の駒は全部一気に落ちちゃうんじゃないかと思う勢いだった。その大音量のドラムの中に対旋律的な低音が音程を動いてるがあれは何だ…もしかしてあれがベース音だったのか!?よく分からない。

 

ラテンのパーカッションに乗ってバンドメンバー紹介

このリズムを刻みながらのメンバー紹介も新鮮。BGMあるから楽しい。ござさんが一人ずつコールする声もはっきりとよく通り、なんか座長としての自信みたいのが感じられる。そして、お互いに信頼してる感じがよくわかる。お互いの才能を尊敬し合ってる。

何より、ラテンのリズムが心地いい。バンド編成、すばらしい。

何よりも存在感を放つのがパーカッション。普通のバンドにはない特殊楽器で普通とは違うリズムや合いの手を入れてくれる。だからドラムスは本来のドラムパートに専念でき、ござさんもピアノで思う存分和音で遊びたい放題。より楽曲の仕上がりが本格的に、豪華になるというわけだ。

 

 

Pretender

ござさんは曲名をコールせずに弾き始めた。なるほど有名曲……ん?よくこれ有料配信で著作権的にオッケー出ましたね…?あれか、交渉がぎりぎりで第1回ねぴらぼとかSummerRainはリハの当日に許可が下りるとかいう運営だったらしいので、今回も交渉を頑張ってくださったのだろうか。

おかげでござさんのノリが心底楽しそうである。髯ダン大好きですもんね多分。

 

しかもバンド紹介のノリのままラテンのリズムでセッションが始まった。ここでもガッツポーズやらを我慢し、縦ノリしたいのも我慢し、ひたすら大人しく優雅に聴くしかない。目の前で聴けるのは何にも替えがたい喜びとはいえ、いったいこれは何の罰ゲームだろう?

それはともかく、ござさん自身による一人バンド状態の配信はもはやお家芸というか看板の一つといってもいい。(どちらも配信切り抜き動画)

(※ドラムスの自動演奏と左手ベースによる一人合奏)
【作業用ピアノ】アニソンゲーソン17曲を即興でJazzアレンジしてみた【ルージュの伝言・宝島・マリオ他】 - YouTube

(※一人合奏じゃないけど:スチールパン音色によるメドレー)
【リクエスト即興ピアノ】アレをアレしただけで全てが南国風に!?【BGMにどうぞ】 - YouTube

これらの配信はリクエストを(自動演奏か打ち込みのバッキングに乗せて)ピアノアレンジするっていう生放送ならではの楽しみがあったと思う。しかしセッションライブが実現してバッキングがシンセではなくバンドによって流れる中、ござさんのピアノが楽しめるという、ずっと夢見てたものが聴けてもう思い残すことはない(←3回目…?)。

 

しかし。

去年のござの日も、何ならねぴらぼinventionもセッションライブだったのに。でもメンバーがほぼ同一だったとしても、自分の中では今回のソロライブとは全く別物である。

以降のバンド構成曲全てにおいて、以前のイベントとは全く別物の演奏になってる。

上の方のバンドメンバーの項でも書いたが、ござさんの編曲が垢抜けたのか、メンバー全員色々なステージを経験してきたからか?去年のバンドはそれはそれでかっこよかったが、今回よりセッションとして別次元っていうくらい聴きやすい。

ドラムスの刻むラテンのリズムにパーカッションがアクセントを加えて本格的に、それをベースが支えてそこにござさんが思う存分和音で盛り放題のアドリブ。(ほんとこれだけ書けば去年と一緒……何が違うっていうんだ……有識者じゃないからわからん←←)

 

 

ソロアルバムの曲で季節感からこの曲を選ぶ所に共感する。

季節感を出した和風の曲ながら近未来感がある。和音が斬新だから、だけではない。それは8分の7拍子から来てると思う。分類するとポリリズムってことになるのだろうか。絶対自分のわからない分野。(アフリカ音楽に起源を持つ?ソンとかクラーベもどうも乗れない)

流れるリズムとそれに静かに乗るパーカッション。対旋律みたいに動くベースがアクセントになっている。その後ろでゆっくりと回る花吹雪みたいなライトアップ。

独特の7拍子とバンドのバッキングが情景に軽やかに動きを与え、満開の桜というより、風に舞い散る花弁で視界が埋め尽くされるような華やかな景色が浮かぶ。

 

(ござさんの感じる細やかな季節感はこういう所からもうかがえると思う。)

 

 

 

葛飾ラプソディ

何といっても、ござさんのアレンジの振り幅にばっちりついてくるバンドの皆さんがやっぱりすごい。この葛飾ではベッタベタなJAZZアレンジにストライドが効いていたが、それをいいことにみんなアドリブやりたい放題である。

この曲もそういえばアニソンだった(遠い目)その片鱗はどこへ。これもジャンプ全盛期のアニソンですけどござさんはなぜご存知なのでしょう?そしてアニソン聴いてなんでこれがJAZZだってことに気づいたんでしょう?

(今更だけど参考リンク:ござさんいわく「結構古いアレンジ」)
葛飾ラプソディ(こち亀OP)ピアノで弾いてみた - YouTube

あのJAZZアレンジ動画からござの日、ソロアルバムときて、今回は羽目を外すにもほどがある。両さんのパトカー暴走するの巻。道路のガードレールをぶち抜き(いかんやろ)、見知らぬ家の壁を通り抜けて(アカン)絶好調であった。

ござさん「みんなどうしちゃったんでしょう」あのさあ?自分が一番飛ばしてたやん(小声)……椅子から体は浮き上がり、ソロでグリッサンド入りまくり、オクターブで高速16分音符ソロ…あれ、シフラ版ナントカで聞いたことあるような………

そこに照明がこれ以上出来ないくらい派手かつベタに駆使されていて火に油を注いでいるダメ押しである。

ござさんのよくそこまで詰め込んだなというアドリブから、ドラムとパーカスのソロ回しがさらに2周。彼らの本来の役目、セッションにおける拍の保持とスパイス的役割はどっかに吹き飛んで、見えない火花が散っているのか誰かが叫ぶ。

ベースソロは(専門的なことは有識者の方に任せて)アドリブも制限時間も自由だったんじゃないのか、ござさんの控えめかつよく透るコード?にのって楽しそうになさっておられたので素人はノーコメント、観客みんなでその妙技を堪能したのであった。

あんまり全力で消耗しすぎである。曲が終わるとござさんの足取りは絡まっておぼつかない。これからまだ曲は残ってるのにどうするんだ。

 

 

聴く人すべてを唸らせるトーク

そしてここでも曲の合間の解説トークが入るのであった。

だいたい最初から「念のためどうしてもっていう場合のために」サイドテーブルに置いてる進行表?カンペ?をカンニングしていたものの、それ以降のトークがあまりにも完璧といって余りあるものであった。

ござさん比で完璧というのではなく、イベントの座長としてその曲ごとに解説と分析をし、バンドメンバーと連携し、さらにお客さんの笑いまで取るという非の打ちどころのないまるで実況中継アナウンサーのようなプロの仕事であった。ねぴふぁびで曲名がまるまる飛んでた事を思い出せば、その直後のイベントでこうも流暢に変身するとは誰も思わないだろう。

すごい。

いつから噺家になったんですかござさん。これ以上完璧になってどうするんですか。しかし、実況解説は当事者ができればそれが一番的を得ているわけで、人に任せないに越したことは無い。

何より、聴いてる我らファンはござさん自身の言葉でリアルタイムでイベントの実況中継、解説や裏話、チャットへの対応や色々を全部聴けるわけで、生演奏も嬉しかったけどリアルタイムで曲解説を聴けるのがそれに劣らず嬉しかった。

ござさん自身が楽しそうに喋っていたことが一番嬉しかった、とも言う。

演奏を楽しんでいた、仲間とのセッションを楽しんでいた。そういう余裕が感じられたところが、見てて嬉しかったというか。

ソロコンサートから半年も経っていない。あのポッケからカンペ出して棒読みし、チャット欄でファンに総出で応援コメントもらってたござさんと同一人物とはほんと思えないのだ。

経験が糧になるって、こういうことをいうのか。(ここはひとつござさんには更にライブ開催を重ねていただき……)

 

なんか呟いておられるので追加で貼っておく。

やっぱりそういうことらしい。

 

 

新しいスタンダード

ここでEnVisionから2曲。この曲は去年のござの日ライブでも、ソロコンサートでもやっていた。いわばござさんアレンジ的にスタンダードの位置を占めつつある2曲。ござさんにとっても節目をそれぞれに飾って来た思い入れがある曲、だと思う。ただし編成とアレンジが違うが。

 

清新の風

厳密に言えばスタンダードといえる演奏はソロアルバムの方かもしれない。やっぱりライブではその時ごとに表情を変えてきた、いわばござさんと一緒に成長してきたというか、生きてる曲だと思う。

※この曲を初演で聞いたのはねぴらぼinventionだった。新曲ですっていうござさんのコメントに、画面の前ながら自分はどよめいて大騒ぎしてたのが懐かしい。ござさんの代名詞といえば独特なアレンジ演奏、逆にいえばベースとなる曲が必ずあったから、あの時全く新しいござさんの曲っていうのをリアルタイムで聴けるんだって思って、ほんと一人で画面の前で興奮のるつぼと化していた。(配信でそういう騒ぎ癖がついてた自分は、今回初めて客席に座ってみて、お行儀よくしなきゃいけない事に若干違和感を覚えた)

自分も初めてだったけどござさんのピアノとバンドの演奏があの時は恐る恐る、というかはじめの一歩を踏み出そうか迷ってるふうな初々しさがあった。曲がだんだん壮大に展開していくので自分は聴きながらござさんのまだ見ぬ未来に思いを馳せていたが。未来っていっても何も具体的な事は思い浮かばなかったけど、でもござさんはどこに行っても何やっても大丈夫、絶対仕事仲間の信頼を勝ち取るんだから、という自信を自分は勝手に持ってたので、一人で画面の前で胸張って聴いていた。

 

思い出せば1年前。あの初演を聴いてた自分に言いたい。大丈夫だったよって。

正確に言えばここでも過去形でいうべきではない。まだござさんご本人に言わせればピアニスト2年目なのだから。でも、あの1歩目を踏み出していいのかどうか躊躇してたぎこちなさは感じなかった。

バンドメンバーとのシンクロ率が高まったのもあって、ここでも見えない自信みたいなのを感じる。ござさん特有の複雑なのに透明で綺麗な和音が、明るく開けた大海原を体現しているのだ。そこには波がうねっててむしろ荒れてないことの方が少ないかもしれないけど、ござさんの日頃の訓練と長年の経験から、巧みに舵を取って乗り切っていく姿が見えるようだ。

自分の席からはござさんの背中しか見えなかったけど、その背中には見えない色々なものを背負っていてがっしりしているように見えた。演奏してる所も初めて見たけど、その鍵盤を押す指遣いに迷いは無かった。あの複雑なアレンジをほんとに生演奏してるんだと思うと、コードとか頭に入ってるんだろうとは思いつつ、これはひたすら練習の賜物だなとこの目で見てつくづく思い知った。

 

なんか、曲の感想なのか何なのか?よく分からなくなったけどすいません。

 

 

DannyBoy

郷愁を誘うベースソロとそれに絡むコンテンポラリーなピアノの単音。

バラード風?なドラムに乗って静かに抒情的に奏でられるピアノ。

 

このライブにおける、チルアウトにあたる位置づけと言えるかもしれない。

竹ひごスティック(ロッズっていうらしい)とスネアがしっとりと緩い歩調を刻み、ベースが静かに響き、ござさんのピアノの音はその中で例えようもなくただ美しい。

落とされた照明の中で、ほの暗く浮かび上がる微かないくつかの影。

時制でいえば一日の終わり、このライブを振り返ってかみしめる時間が我々に与えられたのだ。

この大阪での短かったけど楽しかった時間をそっと胸に抱いてお持ち帰りくださいと言われているかのように。

 

 

 

このライブ全体を見ても曲ごとの振り幅がすごい。演奏はメンバー皆で作り上げられているが、設計はござさんである。これを一人で考えるところが凄いの通り越して、怖い。

逆に言えばござさんファンは、このオールマイティなござさんの世界からどこかにヒットする自分のストライクゾーンを探してそのジャンルを重点的に聴くこともできるわけで、ほんとファンを選ばないなと思う。しかしどのジャンルのアレンジも秀逸であるから、そんな選り好みするような贅沢はやめてその世界にがっつり浸っていればいいだけである。

 

 

 

………と、ラストの曲であるとのコールを受け、自分は客席で勝手に総括していた。

アンコールくるかな?

アレですね、アンコール専用のピースがありますよね、ござさんなら……

やっぱルパンとかかな?意表をついてラジオ体操ナントカversion……はないか。

とこれも勝手に自分の中で大喜利を始めていた。

それがこの日一番の自分の過ちであった。

 

 

真の伏兵はアンコールに潜んでいる

それがここにきて

「アンコールは新曲です」

ですって。

なんですかそれ?心臓に悪いんですけど?ファンを何だと思ってるんですか(狂喜乱舞)。ここでも、わーい!!!と叫んで飛び上がりたいのを一生懸命我慢するのみ。ほんと客席で聴くのも一長一短(贅沢な悩み)。

 

発想としては?ソロコンサートからインスピレーションを受けたようだ。

オリジナル曲の発表に向けられる客席からの拍手にも恐縮するというより、それに応えるお辞儀にそこはかとなく、しかし確固たる自信を感じる。

 

にしては。いつも座るのを待ち切れないように弾き始めるのに、今回イスに座り、姿勢を整え、深呼吸していたような…

席で見ているこちらも固唾を飲んで見守る瞬間だった。

 

結論から述べますが、この曲も清新の風と同様、ピアノソロを想定して作られたものではないと思う。今回バンドもいるのにあえてアンコールにソロで初演をもってくるあたり、ござさんのただならぬ意気込みを感じる曲ではある。しかし和音というか、フレーズというか、どう考えても色んな楽器のパートが思い浮かぶのだ。勝手に自分の中で仕分けが始まって困る。

というかそっくりなイメージの曲を知っているはずなのだが喉まででてきてるのに曲名が浮かばない。それは置いといて、これも結果論ですが、ござさんにはクラシックジャンルのピアニストには収まってほしくありません。個人的に。クラシック奏者としてピアノを極めようとすると奏法もアレンジもごく限定されてしまいます。ござさんの広げた風呂敷はそういう固定概念の枠に入れてほしくありません。

 

曲としてのイメージは鐘というラフマニノフとかから連想する重いイメージ……というより、自分にはあくまで前向きな希望を抱かせるテーマに映った。

清新の風が海をイメージするなら、この曲は青年という印象。

途中短調になって照明が一転するけど、それも含めて未来ある若者というイメージを抱いた。

 

 

 

ある時代の終焉と始まり、そこで自分が思う事

 

さて、ここに一つの動画がある。都内のT辺りのピアノスタジオにて。時は2019年11月。

おそらくこの時話し合われた本当のお題は、第1回ねぴらぼだと思う。

 

(※スピンオフ動画もある)
史上最大級に豪華な伴奏で歌ってみた~ピアノYoutuberオフ会の様子 - YouTube

 

ここで(たぶん介護現場で利用者さんから噛みつかれた案件を受け)菊池さんから「ござさんの腕は、国宝だから!」発言が出たのだと思う。

ここで説得されてなかったらはっきりいって今のござさんはいない。と、断言できる。

Youtube登録者数の伸びが既にこの時凄い勢いでバズってたとはいえ)

 

【Live】重大発表!!!! 2020/02/15 - YouTube

それにより説得されたござさんが、そののち年明けに介護職やめて音楽活動のみでやっていく宣言になったのだと思われる。

この重大発表で語られていた「ソロライブします!」「東京以外でもライブやるかも」云々、チャットではCDも期待するなど様々な声が飛んでいたがそれらが実現するには今回のござの日を待たなければならなかったことを考えると、この間にコロナウイルス流行が入るので自分は複雑である(でもそれがなければ有料ライブ配信は普及しなかった、ともいえる)。

 

 

しかし、それ以前(2019年以前)の配信で楽しそうにピアノや音楽について語る姿、

緩く流れるチャット、

それに応えてリクエスト曲を弾き、

また質問に丁寧に解説している姿を見て思った。

 

今の活動はこの頃とは方向が逆なんだけど、

ござさんはどう思ってるんだろう?

本当に楽しいのかな?と、一瞬立ち止まって考えた。

 

……考えるまでもない、今の方が楽しいに決まってると思う。

何より介護士っていう仕事と両立させなくていいし、ただでさえ事務仕事とかは全部一人でなさってるけどそれにしても職業として音楽に全部の時間をつぎ込めるのは大きい。

「仕事としてやっていくには楽しいことばかりではない」とはよく言うけど、ござさんにはその論理は当てはまらないと思う。ござさんは音楽に仕事という制約がつけばその縛りの中で、自分なりにこだわりを見つけ楽しんでいる気がする。

職人気質ともいえるござさんのこだわりそのままに、音楽を無制限に追求できる環境が整っていると考えればそりゃ今の方がいいに決まってる。

 

とにかく。コロナ流行前に持ち上がっていたねぴらぼとソロライブの計画はここにきて一旦決着を見た。

紆余曲折を経て今全く違う姿で歩いていくござさんを見るのは感慨深い。

 

 

 

そこでくれぐれも繰り返すがござさんは音大には行ってない。

学ぶべき内容とその方向性

自分に適性あるジャンルの把握

モチベーションを保つこと

これらすべて独学。

 

さらに音大でなら専攻したであろう何らかの演奏分野にとどまらず、編曲、作曲、録音、スタジオ音響、セッションでのリードというか指揮的存在、……どの分野にもござさん独特のアレンジセンスが盛り込まれているから。

ある意味ソロライブは

あらゆる面からござさんならではの世界を味わい尽くすことができる夢の世界。自分にとっての理想郷、ユートピア

とも言えるだろう。

 

 

ファン同士の交流も楽しいが、みんな自分の胸の底に宝箱を抱えている。その中身はみんな違うから。

 

自分は自分の中に映るござさんの姿を追いかけて、見失わないようにまたこの記事に書いていくことにしよう。

 

 

 

 

運営といえば(ツッコミポイント)。

今回の公演、非の打ちどころがなく自分の中では完璧じゃないかと思うが、ツッコミを入れるとすれば。この告知が、なんで前日の午後なんだ?という点。どう考えてもおかしい。他の運営面では今回何もかも完璧なのになぜこれだけ。絶対わざとだ、故意にやったに違いない。なぜ?ウチの同僚は、コロナ対策であまりプレゼント等が寄ってこないよう直前に告知したのでは?ともっともらしい意見を述べていた。

いや逆だ。わざと集まらないように仕向けたんだ。きっとそうだ。なんか、「えっプレゼントにお花?そんな……ちょっとだけでいいです…」と打ち合わせでぼやいてるござさんの姿が目に見えるようですよ。

しかし自分はその策略には乗らない。

まかしてくださいそんな見え見えの罠にははまりません。前回ソロコンサートに行き損ねたので、今回手紙書いていいなら書きますよ。夜まとまらなくても、朝出る前にちょっと下書きしてさーっと便箋に書けばイイんです。日頃からこの記事に色々書いてるから手紙にまとめるのは早かった。

どうだ!

プレゼント多いとねぇ…?と渋ってる運営さんをギャフンと言わせてやるんだ!ふっふっふ。(後になって何を書き散らしてしまったのか思い出し、正気に返って泡を吹いてるがもう遅い)

 

 

 

 

 

反省点

もし次回ライブに行ける機会があるなら。

今度は余裕を持ってライブ本番を楽しめるようにしたい。

今回、当日が近づくにつれて動悸はするし呼吸はおかしいし、2週間前くらいから微妙に酸欠状態だった。全て現実と思えず、前日も寝れなかったし大変だった。行けてない人に暗殺されそうな準備不行き届きだが、これで自分にも免疫がついたことにして、もっと落ち着いて現実のござさんの存在というのを受け止めたいところだ。

 

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyondの感想その ④ ござさん編

 

ござさんがねぴふぁび直前に何やらつぶやいていた。

 

この「他者」というのはねぴふぁび他のメンバーかなあ。練習をする中で、他の出演者の方やスタッフ?と色々演奏上の打合せをするのに的確に伝えることができるっていうことだろうか。

ねぴふぁびとそれに続くござの日ライブに向けてのアレンジ楽譜も早めに用意されていたようで、色々な準備に余念がないござさんであった。第1回ねぴらぼのアレンジ楽譜も菊池さん曰く「めっちゃ早く上がって来た」ようなので。

で、できた時間で何してるかというと、家でひたすら練習らしかった。

その寝ても覚めてもピアノみたいな、休憩って言って結局ピアノ弾くみたいなとこもござさんらしいです。

 

 

〘 注1 〙:資料コーナー ねぴふぁび感想①

 

〘 注2 〙:資料コーナー ねぴふぁび感想②


〘 注3 〙:資料コーナー ねぴふぁび感想 ③

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyond  ピアノフェスねぴふぁびの感想その④

ござさん編

 

えーと自分は根っからのござさんファンであるから、感想もこのござさん編が一番長くなると思います。(Jacobさん編も長いじゃないかというツッコミはさておき)

このライブは進行を見る限り、前半はクラシック編、後半はJAZZ編のようです。ござさんはJAZZのターン。

いや?菊池さんがクラシック寄りの自由なアレンジだったように、ござさんもJAZZ寄りではあるけどあくまで自由なアレンジのはずです。いつものように。ござさんっていうジャンルだと思えばいいでしょう。

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

4者4様のピアノの音

登場するなりJacobさんとのJAZZで盛り上がり、グータッチなんかしてすっかり意気投合されていたござさん。マイクの声も一段と通りがよく、頼もしそうにさえ見えた。

 

しかしやはりござさんはござさんである。

一人になった途端いつものモードにスイッチが変わったかのように取りあえず深呼吸して、ステージのスモークについて真剣に客席に語り掛けている。そのスモークにツッコミしていただけたのはござさんが初めてである。そういう舞台装置に初めて遭遇するからか(自分もドライアイス以外では初めて見たけど)、一生懸命語ってくれている。

これで最初のツカミはOKというわけだ(←←←)

 

………と、自分も御託を並べるのはここまでにしよう。

だいたい、大トリで登場した割には落ち着き払っているのである。

「今まで皆さんの演奏を聴かせていただいて、最初の一音で、それぞれのピアノのタッチが様々に違うなあと感じた。そこが(僕が個人的に感じた)このライブの面白さですね」

というように、登場するまで他の人の演奏を聞いて緊張してたのかと思ったら冷静に演奏の違う点を観察までしていたという点。

 

でも確かに全く違った。例えばたくおんさんのモーツァルトから始まるクラシック、菊池さんのキエフの大門、そしてござさんの「花」に続くソロ曲、という風に、それらが全部同じピアノで演奏されたという事実。ちょっと聴いてて信じられないですね、確かに。ただJacobさんは一貫して上のピアノだった。それは好みの違いかもしれない。

たくおんさんの洗練された貴族的な演奏、菊池さんの壮大な力強さ、そしてござさんの華やか且つ優しい音。

以前のねぴらぼで誰かが言っていた。「このチケット、絶対お得ですから」普通ソロで活動するピアニストが4人揃ってそれぞれに才能を炸裂させているので確かに、お得である。ひょっとして一人のリサイタルでこれより高いチケットは普通にあるわけだから。

 

 

CDと生演奏

今回の出演者はみんなソロ演奏は、新曲とか新しいアレンジというのではなく代表的なレパートリーを持ってきていた。そこでござさんの代表曲は………いっぱいありすぎるわけだけど、公的に発表されているアレンジという意味か?ソロアルバムからの選曲であった。

ここにきてしみじみ思う。

今時楽曲はサブスクで簡単に手に入るが、やっぱり奏者の名前を冠したCDというのはこういう場面で「代表曲」として出せるから、形あるものでリリースするのは大きな意味を持つのだなあと。

 

花という曲にも色々あるが、ござさんのアレンジにおいては滝廉太郎作曲の方を指す。あくまでアルバムのラインナップからでも季節感から選ぶところがござさんらしい。

でもあくまでアルバムは公式アレンジ。

ライブの演奏はそれとは似て非なるものだった。

独特の間。

試すようなタッチ。

さらにどんどんアドリブというかライブオリジナルアレンジというか?このライブならでは、この季節ならではのさわやかなイメージへと変貌を遂げていた。

その場で考える演奏。やっぱりござさんは、現場のピアノと逐一会話しながら演奏を進めるらしい。ピアノのレスポンスを確かめるように、一音一音ござさんとピアノが互いに呼吸しているかのような絶妙な間がある。

その慎重さを保ちつつ、川の流れと舞い散る桜を彷彿とさせるような流麗な音が響く。

 

 

DannyBoy

ござさん、この曲もソロアルバムに入ってる代表的アレンジなんでしょ。なんか曲名がすんなりコールされなかった気がするけど?指差し確認しても舞台袖からもツッコミなかったよね?

それは気のせいである。

 

この曲は余計なことを考えずにただその世界に浸って、自分の故郷の風景や、それぞれが胸に抱える昔の記憶を思い出して密かに、静かに感動する場面。

スタインウェイの響きが華を添えている。

 

 

この2曲、CDのアレンジをステレオタイプ・公式見解とするなら今回のライブの演奏は、ござさん自身による新しい解釈と言えるだろう。

こういうところがライブならではの醍醐味というか、生で聴く最大の楽しみだと思う。

毎回違う曲に出会っているみたいな新鮮な感動が味わえる。

 

 

 

新しいセッションの形

嘘がつけないござさん。ストリングセクションがどこで登場するのか箝口令が敷かれていたっぽいが、「秘密にされていた方々」………なんか僕は言いたくてしょうがなかったけど秘密にしろってさ、運営さんがね……ってござさんの顔に書いてる。

それはさておき、ストリングセクションはまさかのござさんパートのみの登場だった。(そういや今まで出てきてなかったな)今までのござさんライブでも無かった組み合わせ、家のシンセでストリングスの音色で一人合奏するところは散々見てきたので、実際に現実で合奏する場面を見れてもう思い残す事ありません(←まだ演奏残っとるけど)

 

小フーガト短調

この曲名みて何か思い出しませんか…?この間の生配信で、バッハメドレーの冒頭を飾ってた曲ですね。あれが地味にネタバレだったわけですね。←いや分からんしwww見事に機密事項隠蔽に成功されております。

バロックや古典派アレンジはござさんのアレンジにこれまた嫌って言うほど登場するので、きちんと学んだことないといいながらもピアノ教室でちゃんとやってたはずだ。

室内楽は弦楽とチェンバロ(それからフルートとかオーボエとかホルンなどの管楽器も)で構成されているから、バロック音楽をアレンジに入れるたびにござさんの中では弦楽器パートも同時に発動していたはず。

ストリングスパートが参加することを聴いて、その案に飛びついたに違いない。この曲は弦楽曲じゃなくて、本来パイプオルガンで演奏される宗教曲だけど、絶対ストリングスとも合う!ってなったんだと思われる。でもシンセでストリングスの音色を入れるのとは話が違うのだ。ほんとにピアノと、弦楽4部に編曲してきちゃったよマジですか……と思ってちょっと震えた。もちろんピアノパートも主題が残されているだけのレベルにアレンジ入りまくり、やっぱ何でもできちゃうって本当だったんですねござさん、とファンのくせして今更ながらその才能に勝手にビビッている。

 

カトリックの教会で神に捧げられる敬虔な祈り。

菊池さんの演奏されたキエフの大門(は東方正教会だけど)も含めて、神に祈る時間が我々には与えられたのかもしれない。

 

 

清新の風

ストリングスについてマジレスすると、倍音が半端ないのである。

自然に発生する音に含まれている、一つの音から聞こえる色々な音。自分はちなみにバスクラリネットの出す倍音が渋くて好き。(←誰も聞いてない)

それらが合わさってハモると絶妙に深い響きを醸し出す。

ストリングスの合奏はそれだけで贅沢な和音なわけである。

 

さらに運営的にストリングセクションを招聘するにはそれなりに予算が必要で、これをライブに組み込むのはやはり贅沢な話だ。

そんな色んな意味でそうそう見られない、これからも見れるかわからないレアセッションを聞けてやっぱり思い残すことありません。(まだ残りの曲あるけどね)

 

清新の風という曲は合奏に向いている、と初めて聞いたねぴらぼinventionの時から思っていたし(自分の中では吹奏楽だったけど)。合間で入るピチカートとか、最初からそういう曲だったよねって思うくらいだ。

 

しかし。ござさんはやっぱ連弾でウロウロ動いてこっそりやってるピアノの精なだけではなかった。

ありがとうござさん。

ファンやってて良かったなあ。

ずっと応援してたらこういうご褒美があるんだなあ。

この日記もやめないで書いてて良かった(←

(号泣……しばしお待ちを)

 

 

色んな才能が炸裂していた。

見るたびに違うござさんに会えるっていう幸せ。

これはござの日にはまた違う生き物に脱皮して華麗に変身してるんじゃないだろうか?

 

 

菊池さんとのコラボ(夫婦漫才ではない。内輪ノリはいけない)

ござさんは登場時JacobさんとJAZZセッションだった。ではござさんが呼ぶ次のコラボ相手は誰なのか?

いうまでも無いだろう、菊池さんである。ござさんと菊池さんのアレンジは2人で一組とも言うし、コラボ動画も多い。

開始はござさんのカウントダウンだ。そういうシビアなタイミングのセッションなのだろうか。またしてもぎりぎりのキメだらけなのだろうか。どっちがアレンジ譜作ったのだろう。キメがシビアすぎて途中で空中分解しそうだけどござさんの手元が映って一瞬タイミング合わせた、ように見えた。

ああハラハラする(←喜んでる)

 

※ここで思った。

 

本番に向けての練習も相当な量だっただろうし(そしてござの日ライブはこれからだ)、編曲の楽譜も多数用意したはずで、ただ4/10生配信で「だいぶ前から周到に用意してたので慌てなくて何とかなった」と言われてた通り、アレンジの編曲作業はかなり以前に終わっていたとしても、この練習をこなしつつリハで修正しながら、その合間に毎週生配信されてツイートもされてたのかと思うと、つくづく凄いなあと思う。というか準備が用意周到すぎる。

 

 

ござさんとJacobさんのクレオパトラの夢もガチJAZZセッションだったが、このユーモレスクもお互いアレンジの手法という手の内を知り尽くしているという意味で、手加減無しのガチJAZZセッションだった。菊池さんもJAZZアレンジに名乗りを上げてきたわけだ。道場破りか?(違う)とハラハラしてみていたら勝手に古典派?バロック?アレンジみたいになっていた。

お二人とも楽しそうなのは演奏からあふれるほど伝わってきたので、トークで内輪で盛り上がらずに曲のポイントなど解説すればよろしかったのです。ここはセッションライブ、色んな出演者のファンの方々がおいでですのでいつもの夫婦漫才は控えめにした方がヨカッタのではないかと……

 

 

アンコールという名のメインイベント

この後トークがさらに迷走を極めるわけですが、この4人でセッションするのが初めて、かつ司会者を立てていないのでお互いいじりようがなくボケようもなかったのは否めない。そこは不可抗力というもの。

 

そんな中、ござさんの司会を1人で回してる感、もうねぴらぼのカワウソくんとリスくんは必要ない。介護施設での経験の賜物?そこに唯一有意義なコメントをしてくれてライブを振り返らせてくれるJacobさん、ありがとう。

 

革命

このようにビミョーなトークから始まったアンコールだがピアノを触るとそんなぎこちない雰囲気はどこかへ飛んで行った。

ひとり堂々と革命を弾くたくおんさん。たぶん、リズムを変えるだけで、革命をそのまま弾くっていうミッションだったのかもしれない。その傍らでいたいけな無垢な少年に群がってちょっかいを出すかのごとく、もう一台のピアノで3人で連弾しながら高音のふりかけをかけたりベースで遊んだりやりたい放題。

かわいそうなたくおんさん。(←違う)

みなさん、どんなに遊びたくてもこのライブはクラシック縛りなのです。主導権はたくおんさんが手綱を握っているのです。あまり羽目をはずしてはいけません。

 

ただ。ねぴらぼシリーズでこういう4人セッションでは手が空いた人はマラカスとかタンバリンとか持ってましたが……あっクラシック縛りだからそんなラテン風な打楽器はタブーだったのか。次の曲ではやっぱりござさんが合間で彷徨うピアノの精と化していた。

 

ラプソディ・イン・ブルー

これも正統派クラシックの流れをくむJAZZセッション曲である。

正統派なので自分はあまり意見はありません。解説の必要も無く。

たくおんさんと菊池さんの端正なソロで始まる雄大なアレンジ。

 

ただ自分として特筆すべきは、ござさんのエンターテイナー風アドリブと、そこに鍵盤いっぱいに使ってふりかけを施す菊池さん、さらにシビアなタイミングでアドリブを仕掛けるJacobさんとタイトなリズムのバッキングで返すござさんの応酬が息をのむ展開ですごいこと、でしょうか。

菊池さんに関してはピアノの横をたたいてたことと、某アニソンがこっそり混ぜられていた点に集約されるでしょう……すいません菊池さんのアドリブもすばらしいです。

さらにJacobさんのガチアドリブ(表現を思いつかない)だけは必聴です。

ラプソディインブルーのアドリブと聞いて抑えてたリミッターが外れ気味のJacobさん。

あくまでストリングスは原曲通りの部分に華を添える存在であり、こういったアドリブをもとの路線に引き戻してくれる、JAZZというよりストリングスはクラシック要素。

 

繰り返しますけどこの前後のトークを聞いてはいけない。みんな、演奏を聴こう。

ピアノで語った方が雄弁だから。

 

 

 

こういうライブを有観客でやれた意義

NEO PIANO をイベント名に冠してるし、公式Twitterの中の人は最初から同じだと思うけど、もう観客の代わりにだだっ広い無人のアリーナ席で一人で「キャ~~~かっこいい~~最高~~~!!!」と飛び跳ねて拍手するガヤ要員の着ぐるみのリスさんはもう必要ないんだと思うと感慨深い。

 

ネットピアニストの演奏が正当に有料配信として認識されるようになったから?

というよりこの人達の演奏はもともとお金を払って聴くレベルだ。

Youtubeというツールでいつも無料で聴けていたから、演奏に対価を払うとなると身構える感じがするが、演奏を職業にしてる人達にはそもそも料金を払うのが本来だからなあ。

(無観客だったのはコロナウイルスのせいであり、ウイルスの動向自体は沈静化も何も全くしていないが世の中は観客を入れる方向に動き出した。)

 

ピアノだけでこういったエンタテイメントのライブを開催できるまでになるには今までのピアニストさんの活動無しにはあり得なかった。

その代表的な存在は自分は事務員Gさんだと思う。(ストピ演奏の草分けとしてはまた別問題である)

ひとえに感謝するのみだ。

 

 

みんないい表情ですね!

それぞれのポーズに、全力出し切った感が出てますね!

なんかカメラ向いてない人いますけど、気のせいじゃないでしょうか。

 

 

 

 

やっぱりな(小声)。

ベースラインをわざわざピアノで練習するくらいセッション好きなござさん、一人でシンセの録音機能で合奏してしまうござさん。

ストリングスとの合奏、楽しかったんですね。

またそういう機会、あるといいな。

 

 

 

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyondの感想その ③ Jacob KollerさんとスタンダードJAZZ

 

〘 注1 〙:別名 自己紹介コーナー 感想その①から再掲

※これ書いてる人は、ござさんファンです。超絶熱血究極に単推しのござさんファンです。ござさんがちょっとでも関わってるとすぐ自動的になんか書いちゃう症候群。よってこの記事の内容は、セッションライブにしては不自然にござさんに偏ってます。ご了承ください。

あと、JAZZとかクラシックとかピアノとか全く分かんない人です。あっ違った。自分は学生時代が吹部だった関連で、管弦楽と器楽はちょっとだけ知ってる。ピアノは小さい頃習ってただけでまっっっったく何もわかりません。

 

NEO PIANO Far Beyond  ピアノフェスねぴふぁびの感想その

Jacob Kollerさん編

(この記事は4つ連続の記事の3つ目です。その① ② は下記を参照)

 

〘 注2 〙:資料コーナー ねぴふぁび感想①


〘 注3 〙:資料コーナー ねぴふぁび感想②


 

ねぴふぁびは、2022/4/24 立川で開催された4人のピアニストによるコラボフェスだ。

ほんとは自分はこのフェスのコンセプトも始まるまではよく分かってなかったし、この記事も何か感想かこうかな~~?くらいに思ってはいたが、具体的なイメージは全く浮かんでいなかった。(それよりも、5/3にあるござさんのライブに向けて準備のためによく寝て……と、そっちに気を遣っていた。)

しかしふたを開けてみると、

気がついたら感想を書いていた。

なんか4人の演奏全部がスッと馴染めたというか、溶け込めたというか、よく分からないけどこのライブの演奏全体がめっちゃ好き。ジャンルに関係なく。(音響と照明等が最高というのもあるが)

 

なかでも、特にJAZZ。

自分は理論がわからなくて馴染めず、ござさんがかっこよく弾いているからという理由でちょっとずつ調べてみてる、というレベルの分野。楽しめるところまでいけるのか甚だ疑問だったこの分野。

しかし、今回のライブはJAZZも面白かった。

(※クラシック音楽はもとから親しんでいたので入りやすかったし)

なぜ?って考えてみても理論は知らないので、分かる範囲で書いてみる。

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

今回のライブはクラシック分野がテーマということで菊池さんの演奏曲もオリジナル曲を交えつつ、クラシック中心であった。菊池さんのソロコンサートよりも、クラシック色が濃い。たくおんさんと菊池さんでその分野にまとめてきたのだろうか。

しかしこのライブはあと二人奏者がいる。

JAZZ奏者のJacobさんと、ジャンルは特に問わないござさんだ。

はたして、菊池さんに次の出演者としてコールされたのはJacobさんだった。水色のグラフィックみたいな鮮やかなシャツとグレーのスーツ、そこになぜか青いスニーカー。そんなフットワーク軽そうな衣装でJacobさんは現れた。(実際調べたら彼は非常にフットワークが軽かった)もっともYoutubeでもこの衣装での演奏が見られるので、これは決まったランドマークみたいなものとして演奏衣装を決めているのだろうか?スタイリッシュだけど親しみやすい、そんな人柄が見て取れるしそれは演奏にもあらわれている。

 

Jacob Kollerさんという人

そもそもの話、ねぴふぁびの出演者が告知された際、菊池さんとござさんは夫婦漫才(←違う)として、石井さんはクラシックの専門家、Jacobさんは……YoutubeでJAZZ演奏投稿してる人?というおぼろげな印象しかありませんでした。

そもそもJacobさんは、ござさんを知った頃にYoutubeの動画を見たことがあり、存在は知ってはいた。でもそれだけである。

JAZZって何?

この人ピアノうまいかどうかよく分からないなあー。

自分の好きなピアノはござさんだけだし!

という、ござさんを知った当初のよく分からないテンションで著しく視点が偏っており、当時はピアニストといえばござさんかそれ以外だったため、Jacobさんのチャンネルはその後自分は一度も顧みることが無かった。

 

しかし今回の演奏を聞いてみると、初めてすんなりJAZZの演奏を楽しめた気がする(今までは、理解しようとしてどこかで肩の力が入っていた)。今回の感想を書こうと決めたのもここに遠因の一つがある。それはきちんと調べてみてJacobさんの肩書を知ったからでは決してない。なんかある意味立ち直れない。今までの自分は何だったんだろう。何してたんだろう。この2年間の無駄な時間返して。

とやっていてもしょうがないので、遅ればせながらJacobさんチャンネルの動画は少しづつ見ていくことにしよう。

 

 

(ほぼござさんと同時に)初めて知った当時からの疑問点

・JAZZ奏者でアメリカ人なのに日本に住んでるみたいだけど?

JAZZの本場は言うまでもなくアメリカだ。発祥もアメリカ南部、NYにはその当時からの本格的JAZZクラブが軒を連ねている。なんならJAZZの大学もあって、学ぶのにも一流のJAZZ pianistを目指すのにも本場アメリカならではの環境が揃っているし、社会的にもJAZZへの関心と注目度は高そうだ。

そんなアメリカで活躍していたらしいJacobさんがなぜか日本に住んで活動しているだって?Youtubeを見る限り、日本語の流暢さからいうと結構以前からでは?と思っていたらやはり9年前に来日されていた。

どういうことだ。

第一印象ではなんでこの外人さん日本でJAZZやってるの?と不信感満載だったが、今回のライブ見て持論を変えた。

ひょっとして楽しんで日本で活動してるのこの人……?

まじですか……?

JAZZについて調べても主に英語のみでの情報が中心だったから、自分のようなJAZZ畑の楽しみ方がわからず彷徨っている初心者には、救済に来た弥勒菩薩みたいに存在が神々しく見える。よく考えてみてください。母国がJAZZの本場であり、そこで活躍して成功する未来もあったはずのところを全くの異国、アジアの端の辺境に来てわざわざ日本語をマスターして活動しておられるわけです。

その動機は謎に包まれているけどその行動力と熱意には感謝しかない。BLAVOと言いたい。

 

 

・偶然動画見たら、とある村(岩手県)でなぜか路上にあるアップライトピアノ弾いてたけど?そんな所にストピ無いだろうし、なんで?

知ったばかりのころ当時チラッと動画見ただけで、日本に定住されている人とも知らなかったし状況を分かっていなかった。それっきりその動画のことは忘れていた。

(自分が見た動画:【岩手県のストリートピアノ】おじいちゃん/おばあちゃん達の為に一所懸命超絶技巧ジャズを弾いた。「コナン」 「Mission Impossible」「Moon River」 - YouTube

 

今回ライブのMCにてご本人曰く

アップライトピアノを軽トラに積んで色んな土地をまわり演奏していた。山形県とか。そういうのが好きで。」

※山形のストピ動画の一例:
「カントリーロード」を田舎道の上にジャズ風に弾いてみた。【ストリートピアノ】by Jacob Koller - YouTube

【ストリートピアノ】山形県民の歌「最上川」を初見でジャズ風に弾いてみた... by Jacob Koller - YouTube

 

軽トラ?ウチで畑に使ってるあれ?鍬とか長靴とか肥料とか乗せてるあれ?

アップライトピアノを載せて?

えっ?

 

……動画見たらほんとだった。

"聴いてくれる人とコミニュケーション取るのが好き。聴いててくれる人見たら演奏曲思いついた。色んな所にでかけてピアノの演奏を届けたい。(Youtube動画より)"

なんかこう、JAZZの確かな演奏力があってのことなのは勿論ですが、それでいて、ここまでしてでも「聴いてくれる人がいるからピアノ弾く」っていう姿勢にどっかで共感を覚えた記憶が過去にも………

ござさんだ。

手法は違えど(ござさんは学生時代から一貫してネット上で投稿されている)、この人の音楽というかJAZZを演奏する姿勢がござさんと全く同じところがある気がして、妙に親近感を覚えた。動画も見てみたらいちいち全ての点がござさんと一緒で気がついたらどれも最後まで見ていた。一番既視感があるのは、フラッとやってきてストピ弾いてるだけの動画も、通りすがりの人は吸い込まれるようにピアノの演奏に釘付けになって全員が動かない所だ。

……ダメだ!この記事が終わらないじゃないか。

 

それにしても落ち着いていて的確なMCと自己紹介、音楽への姿勢、曲の解説、どれをとってもすばらしい。今回のライブで一番イベントを俯瞰できているのはJacobさんではないかとすら思える。人生の中での経験の豊富さがそうさせているのだろうけど、それぞれが音楽へのこだわりが人一倍深い中、Jacobさんの音楽の表現は一番誰にでも届くように分かりやすい所まで降りてきてくれてるから、かもしれない。

日本ではJAZZはけっして誰もが知る音楽ジャンルではない。少なくとも地方では。(無意識にTVなどのメディアで耳にするのは別として。)そんな日本で普遍的に演奏が受け入れられているのはひとえにJacobさんの人柄?聴衆に対する姿勢がそうさせるのだろう。

 

 

JAZZ standard とは

コールを受けて颯爽とステージに現れると、菊池さんによるともすれば滑りそうなMCを華麗にかわしながら、Jacobさんは自己紹介を始めた。片言ながらこの表現力。ひょっとして一番トーク上手いまである。すごい。

ここで提示されたセッション曲は、2台ピアノによる

「いつか王子様が Someday My Prince Will Come」

言わずと知れたスタンダードナンバー(らしい)。

 

だいたい、JAZZスタンダードって何だろう。と、素人の自分はそこから調べないとわからない。以前にも何度か書いたけど、理解できてるか?というと何ともいえない。

この曲も元々はディズニーの劇中曲だがJAZZとして演奏されるようになったのは「コード進行がJAZZ的だから」…そういう知識が要りそうな点をざくっと省略すると「コード進行と和音がJAZZ的展開が似合う曲」というほどの意味で、でもJAZZの真髄はアドリブらしい。

このアドリブでどのように自分らしさを出すか。

 

ここで突然ござさんの4/26ねぴふぁび振り返り配信からの発言を拝借すると。

「(JAZZにおいて)その展開でどういう音を押さえるかには無限通りの組み合わせがある。音選び、持ってる引き出しに、その人がどういう音楽の遍歴をたどってきたのかがうかがえる。また、下で支えるバッキングにも特色を出すことができる。クラシックとは別の意味で奥が深い。」

多分こういう意味で自分にはすんなりJAZZの演奏として素直に聴けたのだろうか?よくわからないけど。とにかく身構えることもなく、背伸びすることもなく、純粋にそのまま聴いていて楽しいのだ。そういう仕組みだったのか、みたいな。これでYoutubeのJAZZ動画も全く違った視点で聴けそうな気がする。

このセッション曲では菊池さんのほうを笑顔で優しくガン見しながら、手元はノールックでバッキングするJacobさん。もうコード進行のパターンは見なくても弾けるってことだろうか?(手元ノールックでバッキングっていう点もござさんを思い出すなあ…)

その上で自由に気持ちよさそうにアドリブしてる菊池さん。また、菊池さんのバッキングが安定してるのは周知の事実。でもキメが結構シビアな気がするが、ばっちり合っていてさすがだ。 

 

つまり裏を返せば、JAZZスタンダードにおいて決まってるのは旋律だけ、コード進行もどの音を押すかも全部奏者によって違うという意味では、ピアニストの数だけJAZZには違う楽しみ方があるということだ。その中で自分はござさんのピアノが好きということなんだ、とちょっとだけ理論的に説明できている自分にびっくりする。

しかしござさんとは別にかっこいいJAZZ奏者としてJacobさんもいると知るきっかけになった事だけでも、このライブ(配信で)を聞いた意味はあったというものだ。(世の中にJAZZピアニストは多々あれど、理論が難しすぎて?今まで楽しんで聴けてたかというと疑問符がつく)

 

 

「聴いてもらいたい」JAZZと「もっと聴きたい」JAZZ

続いてソロ曲として演奏されていたのは、日本のアニソンメドレーJAZZアレンジだった。 コナンに999 youtubeで人気の動画ばかりだ。

ここでまたしてもむくむくと疑問が頭をもたげる。

プロのJAZZピアニストがなんでアニソンなの?上記で書いたとおり、JAZZには定番曲のスタンダードナンバーというお題があるのだから、JAZZピアニストならそれを弾くべきじゃないの?

と、いつもござさんの配信でオールジャンル入り混じったメドレーを聴きなれていたはずなのに、うっかりこんなステレオタイプな発想をしてしまった。なんでだ?菊池さんとの連弾があんまりにも正統派にJAZZの演奏としてかっこよかったので、この才能でアニソン?もっとほかにJAZZの名曲とか色々あるじゃん?と思わず自分は画面の前で呟いたのだ。

 

そもそも、

「すごいJAZZ弾いたぞ!すごいでしょ?」

じゃなくて、

「どうやったらJAZZを気軽に聴いてもらえるだろう?しかもそこにJAZZの面白さを盛り込むにはどうしたらいいだろう?」

「JAZZの雰囲気を感じてほしい」(アニソン前のMCから)

という発想なのだ。

JAZZの事を全く知らない人にまず聴いてもらうには、聞いた事あるテーマを弾くのがいちばんである。自分もござさんの配信でJAZZに親しんだのだし。

JAZZはまず雰囲気作りが大事とのこと(ござさんの都庁ピアノJAZZ動画より)、イントロも衝撃的にして特徴的。007のジェームズボンドが出てきそう。ベースラインもコナンだから銃声を模してるのか?そして説明できないけどたぶんコード進行がかっこいい。

何よりも特筆なのがやっぱりアドリブである。

ござさんいわく「アドリブは理論で構築するより色々な演奏を参考にパターンを作り……」だそうだが、他の人を参考にしていたとしても独特な誰もを惹きつけるものがある。popsでいうところのサビってやつかもしれない。一度聞いたら忘れないその曲のクライマックス。

 

ここでござさんの4/26配信からもう一言拝借。

「足すべきところは足し、引くべきところは引く」

アドリブやウォーキングベースで高速で動くパートは目をひくが、それだけではないらしい。リズムの合間を埋める音が多ければいいのではなく、引き算の美学?というか空白の感じ方でJAZZならではの独特のリズム感を表現していた。

そこが垢抜けているというかセンスを感じるというか。

 

ずっと聴いていられる。もっと聴きたくなる。お洒落なという形容では片づけられない、気づいたら惹きこまれているリズムと音の魔法。

 

次の曲はJazzpiano Meguri。オリジナル曲らしい。Youtube動画でもBGMとして流されていた、かわいらしい曲。

この曲のもつイメージのように、色々な場所でJAZZを演奏するのが夢とのこと。そう、軽トラで山形へ演奏旅行されていたように。

ゆっくり回る観覧車のよう、小さなゴンドラが揺れるのが見えるようなかわいいJAZZ。

Jacobさんのセンスが光る。なにもコナンのアレンジのようなダークなものばかり弾いているわけではないらしい。どんなアレンジでも思いのまま?

ござさんのコメントを借りれば、JAZZの論法でいう最適解の音を選んで弾いている、ような気がする。不協和音とか奇をてらった音ではないが他の人とも違う。それでいてシャープに抜ける響き。

かっこいいです(語彙力)

 

地方住民としては。

ネット配信がなかった時代はそもそも、都会の情報は事後報告で雑誌で読むものだったし、都会でどんな公演が行われているのか知る由もなかったし、生演奏、しかも自分の行きたい推しの公演なんて一生に一度聴ければラッキーの世界だった。

だから今このレベルのライブをネット経由で見れているのは本当にありがたいことだ。

昔は現地で生の公演を聴くなんて人生のボーナスタイム、ご褒美だったのだから。(自分が生の音に慣れているのは吹部の現場で楽器演奏を聞いていたからにすぎない)

 

ここでワクワクする仕掛け。というか言ってるJacobさん自身が一番楽しそうです。

「次は軽快な曲です、皆さんも手拍子でご協力ください」

 

いとしのエリー

これも日本人にはおなじみ、サザンオールスターズの名曲をjazzアレンジされていた。桑田佳祐のボーカルのもつ哀愁をおびた旋律がPOPなリズムに乗って若々しく生まれ変わっている。

そこでJacobさんの手拍子の合図により、観客席も手拍子で裏拍を取ってアドリブに参加されていた。この2500席の観客から返ってくる手拍子からは、現場でライブに参加してるっていう高揚感が伝わってくる。ウキウキと手拍子にのってお客さんの気分も浮き上がってくるかのようだ。

その手拍子に乗って最高潮の中、最後の音を探すように低音の一撃で締めるところがかっこいい。(ほんとに探してたんだろうか、どの音にしよっかなーーーみたいな……)

これこそ自分が昨今見たかった光景だった。

出演者が何か問いかけたり話したりすると観客席から応えが返ってくる。

やっぱりこうですよね。

第一回ねぴらぼの、誰もいない客席に向かって大きく手を振るござさんの

「アリ〜〜〜ナ〜〜〜〜〜!!!!!」

は、できればもう聞きたくないものです。

 

さらにMCが観客の心を掴むのだった。客席を埋める拍手に深々と頭を下げ、

「手拍子のリズム感、バッチリでした!!!」

と言ってくれたことでお客さんはきっと、ああ自分もライブに参加できてるんだ!!と実感されたと思う。

「皆さんの手拍子からワクワク感が感じられて、かんばろう!っていうエネルギーを貰いました」

………これ、ほんとに心の底から言ってる感じがするんですよね、ものすごく楽しそうなんですよね、ステージと客席は演奏を通して一体となれてるんだなあと配信で見てるこっちは羨ましくなるような盛り上がりである。

英語で喋って通訳ではなく(日本生活も長いからであろうが)一生懸命こちらの言葉である日本語で表現してくれているだけでも、自分の中で好感度100万倍上がりました……

がんばろう!っていう気持ちも本音だと思うんです。

故郷はアメリカのアリゾナ州のはずです。

【ストリートピアノ】ジブリみたいな村にピアノを弾いたら、村人が演奏中に踊ってくれた!「ふるさと」「The Rose」「星に願いを」 - YouTube

この動画の字幕で触れられていますが、コロナ流行後、アメリカに帰省できていないはずで、その気持ちが演奏に現れていると思う。

でもこうやってイベントに出て元気に前向きに演奏してる姿を見ると、こっちもコロナ感染対策でげんなりしている事などはどうでもよくなって、元気をもらえる気がする。

 

 

そして次はセッションである。出演者も残す所はござさんのみである。

Jacobさんはネイティブアメリカ人ですので英語の発音もナチュラル。その声でコールがかけられた。

「Please Welcome、GOZA!!」

 

何してもかっこいいJacobさんである。

 

そこでこの洗練された空気の中ござさんが登場した。

お辞儀が1、2、3、……10回はしてるな。え?そこは問題じゃない……

ござさんの「どぉーもーーーーー!」という挨拶が目いっぱい響く。なんかウチの近所の人との立ち話みたいな雰囲気が一瞬にして広がった、と感じたのは自分だけだろうか?

ござさんの衣装もサラッと動きやすそうでナチュラルでいいですね!(え?どっかで見た事ある?きっ気のせいですよ!?)ござさんこそイベントの回を重ねてトークも安心して見れる感がでてきた。

 

このござさんとのトークでさらにJacobさんが嬉しそうなのは気のせいか。

「コテコテJAZZセッション!!クレオパトラの夢、いいですか!?」

わあどうなっちゃうんだろ……(汗)。

 

というわけで、「いつか王子様が」のセッションでお洒落に幕を開けたJAZZのターンはここで最高潮に達するのであった。

※自分が知るござさんのコラボ演奏と言えばまず菊池さんである。そのアレンジは二人とも手加減無しだが、どういう発想をねじ込んでくるか?何が出てくるか分からないという意味である。

この2台ピアノでのJAZZセッションは、冗談抜きで手加減無しだ。

 

自分はJacobさんのJAZZが素敵だと思ったので、ござさんファンとしてはこうやってガチでJAZZセッションを組んでいただき、光栄の至りです。

2人の間に黒い火花の閃光が散っている。二人とも体を精いっぱいに使ってこれでもかと応酬を繰り返す。ござさんの小さな体と小さな手がいつもより大きく見える。

アドリブやってるござさんの方をバッキングの合間で振り返るJacobさんは、微笑むというより「やってんなぁ」と不敵にほくそ笑むという表現があてはまる。

 

ござさんの隠された、秘められたJAZZの血に火がついたようだ。

Jacobさんの「ここまでか!?」という挑発に乗せられた風もあるがそれよりは、「ここまで来れるだろう!」と呼んでくれて意気揚々と追い付くござさん、みたいな……

とにかく菊池さんとのコラボ以外でここまで徹底的にリミッターなしでやってるござさんは、初めてみたというか。二人の前には楽譜があるけどどう考えても見てない。案の定、スタンダードJAZZの本によくある基本進行とコードしか書いてないやつである。何しかけてこられるか分かんないってやつである。

リハもやってただろうけど、そんな予定通りにいってるはずがない気がする。

(繰り返すがJAZZが何もわかってない人の感想)

 

ござさんファンの自分はガチセッションで思いっきりできて楽しそうなJacobさんと、新たな境地を開拓できた気がするござさんが見れてよかった。

これだけでも、このライブのチケット(配信だけど)買ってよかったと思う。

 

最後にJacobさんを目いっぱいコールするござさんが、一回り大きく見えた。

グータッチしてる顔も声も、ちょっとだけ自信が垣間見えている気がした。

 

ーー感想その④ ござさん編に続くーー

 

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyond の感想その② クラシックと菊池さん

 

NEO PIANO Far Beyond  ピアノフェスねぴふぁびの感想その

菊池さん編(この記事は4つ連続の2つ目です。その①は下記参照)

 

〘注〙 資料コーナー:感想その① たくおんさん編

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

クラシック音楽とは(その①の記事の補足)

クラシック音楽を定義するなら「アコースティックに演奏される楽曲に、規範から外れることなくどのように自分なりの表現を盛り込むか」だと思う。

 

どこで演奏するか。

その意味の中にはホールや場所に左右される音響も含まれる。その場に響き渡る音も含めて、音楽が構成されるのだ。

また、誰がどのように演奏するか。

演奏するフィジカルな部分も含めてその技法も問われるし、また奏者の個性が発揮されるところでもあるだろう。

 

この点を考えると今回のフェス会場はクラシックコンサートを主眼に造られた所ではない。(過去のねぴらぼも、1回目はZEPP羽田、ねぴらぼinventionは舞浜アンフィシアターであり、どちらも各種ライブ・イベントホールとなっていてクラシックに特化した造りではなかった。)

演奏の主題をクラシック音楽に置きつつも、今回のライブではそういう楽器での表現という物理的な塀を超えて、別のベクトルでのエンタテインメントを我々ファンに提示してくれたと思ってる。

 

 

たくおんさんが純粋にクラシック音楽表現者にして伝道者なら、他の3人の出演者はそれぞれに活動ベースのフィールドが違う。

比べるという意味ではなく、それぞれの特色を考えながら魅力を探ってみた。

 

 

 

セッション ①ー剣の舞 たくおんさん×菊池さん

ねぴふぁびでは、楽器がピアノ2台のみということもあって?ライブの進行は主にソロ演奏が中心、その間に連弾を挟みながらの展開となっていた。

ねぴらぼinventionのわちゃわちゃと入り乱れて次に誰の何の曲が来るか?とかいうのとは違う、やっぱりベースはクラシック、ピアノを聴かせるプログラムだ。

 

たくおんさんが次の出演者をコールする。マイクを両手で持ち、控えめに「きくち   りょうた君……」かわいすぎでしょ。え???いや何でもありません。クラシック演奏家のたくおんさんと連弾するのは同じくクラシックを研究テーマとしている菊池さんだった。

 

連弾曲は剣の舞。旧ソ連グルジア(今のジョージア)出身のハチャトゥリャンのバレエ組曲「ガイーヌ」のなかでもあまりにも有名な曲である。

というよりおふたりのファンにとっては、去年の9月20日たくおんさんの企画した鳴門ストリートピアノイベント(なんと自分で発案してグランドピアノを山上の展望台に搬入し、鳴門海峡の渦潮を見ながら演奏するという企画、素晴らしい(泣)で連弾されていた思い出の曲、といったほうが的確な表現かもしれない。このイベント動画はYoutubeに上がっているのでここにはリンクは貼りません。たくおんさんのチャンネルには、ウィーンの美しい街並みに置かれたストピでの剣の舞連弾動画がありますが、字幕で連弾の見どころを解説してくれていて、そちらも必見。

このような経歴からも息ぴったりのお二人による連弾でしたが、今回のライブが映像・音響共に最高の設備だったし、さらに演奏も息をのむスリリングな展開だった。

コーカサス風の旋律が、ハチャトゥリャンの大胆にして熱いリズムにのって響き渡る。

たくおんさんはさっきまでは猫かぶってたのか(違う)。いや、ちゃんとタッチはクラシックの弾き方みたいだけど?普段リサイタルでは絶対弾かないであろうアレンジをテンション爆発気味にやれて、思う存分はっちゃけているたくおんさんが楽しそう。

そう、これの見どころはピアノの蓋でのリズム取りです。観客はここで手拍子しなきゃならない所だったのです(違うったら)。(※ピアノの蓋でリズム取り?ねぴらぼinventionのラストのボレロ冒頭で菊池さんが、手でスネアドラムのリズム叩いてたな、そういえば?)

この上品で奥ゆかしいながらもはっちゃけるのが好きらしいたくおんさんのキャラが、クラシックピアニストとしては自分は意外に感じた。この正統派の演奏を踏襲しながらもどこかに忍ばせているユーモアが面白そうで、また動画が出たら見てみようかなあ?

その演奏の本質はやはり奥ゆかしく優雅でやわらかいピアノの音にあると思うけど。

リサイタルも多数計画されているようだしYoutubeの登録者数も増えている。ますますこれから人気が出ることだろう。ご活躍をお祈りします。

 

 

さて、この連弾ではたくおんさんを旋律に持ってきて、横で地味に左手の過酷なリズムや裏拍を刻んでいたのが菊池さんであった。

次は菊池さんのソロ演奏である。

菊池さんの考える変奏曲

菊池さんはピアニストとして様々な顔を持つ。バンドのキーボード奏者、ゲーム音楽やアニメ音楽の制作者、そしてYoutubeでは動画や生配信でピアノ演奏を投稿しつつ、様々なイベントにも出演されている。また大学院に入り直してクラシック音楽(主にリスト)を研究され、その音大で講義を依頼されたこともあるようだ。

MCとして曲紹介をする流暢な語り口も、もはや板についてきた感がある。

どの分野の経験も、お互いに影響しあっていてそれぞれが意義のある活動だという事だ。

 

今回のライブではたくおんさんの次の出番とされていることもあり、菊池さんのフェーズはクラシックに舵を切っていた。

( ↓ ↓ 資料:菊池さんの初有観客コンサートも、クラシックのホールでだったなあ)

 

この去年8月のサントリーホールでのコンサートでも演奏されていたのが、オリジナル曲の 「パガニーニの主題による変奏曲」である。

(※菊池さんのチャンネルにはこのソロコンサートからの切り抜き動画が上がっている。作曲の経緯と、それぞれの変奏への菊池さんのこだわり解説と共に。)

菊池さんの言う通り、この主題については名だたる大作曲家が揃って変奏曲を残しており、錚々たるラインナップが並んでいる。でも自分はこの曲がサントリーホールで演奏されてからもどこかで引っかかっていた。

主題を提示し、それをアレンジしながら様々に展開していく曲。

 

・・・・・・?

どこかで聞いたな?

主題を様々に変容させ、発展させて作られる……

 

それ、いつも菊池さんが投稿動画とか配信でやってることじゃないの?というか菊池さんの演奏は(バンドのバッキングとかアニメ、ゲームに提供する楽曲以外)いつも常に変奏曲状態じゃないの?しかもその展開はいつも奇想天外にして自由自在、縦横無尽に主題を操って思うがままに原曲を再構築してるんじゃないの?

(ていうかネットピアノ界隈は多かれ少なかれみんな同じ事やってるんじゃないの?)

わざわざ曲名を銘打って発表してるってことは、往年の名アレンジは多々あれど、そこに菊池さんなりの解釈を見える形で残したって意味だろうか。

それも有名なパガニーニの主題を用いて。

そこにただならぬクラシックへの思い入れを感じる。

そんな、菊池さんが心血を注いだであろうと思われるオリジナル曲、聞いてみよう。

「難しい曲です。緊張しますが温かく見守っていただければ………」

いや……見る限り堂々と落ち着き払っておられますけど?

 

それは置いといて。

菊池さんのアレンジといえば超絶技巧と、ひとひねりした和音進行。最初の冒頭からして「うっっっ!」と思わずうめいてしまう謎の和音がねじ込まれている。

そこから始まる怒涛の高速連打とアルペジオなのかスケールなのか。素人にはわからないけど鍵盤の上を残像を残して指が滑っていく。

青い光の中で浮かぶように乱反射する万華鏡?謎の分散和音、その中にこっそりエリーゼのためにを潜ませるのも忘れてはいないようだ……何かの警笛のような合図を境に、熱いラテンアレンジからの高速移動でオクターブ連打。これ以上ないっていうくらい全編菊池さんカラ―全開。

吹奏楽版アレンジの曲は知ってたけど)他にもある作曲家の、ピアノアレンジの常識の範疇を軽々と突き抜けて成層圏に飛んでいく勢いである。

どの辺が緊張していたのか、自分にはさっぱりわかりません。

 

自分が初めて菊池さんの演奏を聞いたのはござさんとのコナンのストピ連弾動画だったのだが、第一印象から暫く感じていた、ただただ怖いっていう恐怖感はもう感じない。

演奏がすごすぎて怖かったのだけど、それよりも生配信でのお話を聞いたり、Twitterでどんどん流れて来る笑えない寒いギャグとかを見ているとやっぱり人間味を感じて、ちゃんと実在する人なんだってそれで実感したというか(じゃあ一体第一印象は何だったんだ)。なんだろう?機械みたいで怖かったのかなあ。

しかし、その実態はただひたすらピアノ弾くのが趣味通り越して命賭けてる、寒いギャグと猫さんが好きな、実は帽子が本体の人だった。

こう書くと俄然親近感がわく。

 

 

修行中につき

そういえば菊池さんのピアノは誰が聴いてもこの超絶技巧が印象に残ると思うが、でも菊池さんとしては、ご自分で「練習不足を隠してる」とか「ああいう演奏になるのはどこかに不安があるから」と発言されていた気がする。

でも「不安な気持ち」は最近薄れてきたようだ。過去のものとしてとらえられているのだろうか。こういうつぶやきからも、不安な気持ちというのは練習によって解決できるというふうに前向きな姿勢が感じられる。

 

「不安な気持ち」があったからか?去年8月のサントリーホールでのコンサートも終わった秋ごろ、このような呟きをされていた。

 

この論点はソロコンサートを開催するかという点である。

結局、他人にどう思われるかという客観的なものではなく、菊池さん自身の主観的基準に合致してないと、コンサートという場所で自分を目当てにきてくれたお客様に提供できる演奏はできないという判断をされたようだ。自分の納得いく作品ができなかったら全部割ってしまう陶芸家みたいに。

ほんと根っからの職人気質である。寡作にして名作の造り手、菊池さん。

その後も冬から春にかけて菊池さんはバンドのスタッフとして、また各種業界に楽曲提供をしたりと、生配信ライブの頻度が落ちるくらい精力的に各方面で八面六臂の活躍であった。しかしあくまでそれは音楽業界の一構成員としてであり、このねぴふぁびも厳密にはソロピアノコンサートではない。

 

菊池さんの気持ちの中で満足いく演奏ができる!という自覚が持てたらその時にソロコンサートをなさるのかもしれない。菊池さんなりに、「いつかはお客さんの前で」というビジョンを描いて準備されている気がするので(オリジナル曲を用意しているという発言があったような……)、時が来ればご本人から発言があるはずだ。自分も内心ドキドキしながらその瞬間をこっそり楽しみにして待っている。

菊池さんが満足するレベルって、一体どんだけ?今の状態でだめだとすると?何ならいいの?と常々疑問に思っているから。

 

 

静かな世界

変奏曲が終わると「身体が温まったところで」という謎の発言が飛び出した。あれが準備運動だったのかなるほど。いやいやいや……で次は静かな曲なのか。何のために準備運動したんだ!

 

というコントまがいのコメントはさておき。

次はいわゆるNEO PIANO ライブシリーズでいうところのチル アウトに当たる部分じゃないんですかね。菊池さんはほら、休憩中もピアノがあったら弾いちゃうし、休日もピアノ弾いちゃうし、休みにならないから、こういう曲を間に於くことで休憩としてるんじゃないですかね?体力的に。

それは自分の想像の世界。

 

次はショパン24の前奏曲から第15番「雨だれ」だった。

ショパンの繊細な部分とダイナミックな部分を分かりやすく感じることができる曲」

に共感を覚える部分があるらしい。

 

パガニーニ変奏曲が、菊池さんなりに技術とアレンジの自分への挑戦だとすると、この雨だれは菊池さんの内面世界に自ら問いかけているような精神性を感じる。

原曲通りではないけど、ぽつんぽつんと落ちてくる雫を一粒ずつ表現したかのような静寂の中に広がる音。水紋みたいな同心円を描いて広がる音。その感触は水よりも繊細にしてふんわりと溶け合う和音に姿を変える。

左手の和音の変化だけで曲が進行するクライマックス、ここだけはあえて手を加えていないのかもしれない。菊池さんの内面に存在する機械的ではない繊細さとダイナミックな部分を表現したということか?

そのあとの、あたりにやわらかく溶けていくような、そっとピアノに問いかけるようなpppの音。

 

自分は配信で聞いていながら、時間を忘れて思わず聴き入った。

静謐な暗い空間にピアノが深々と響く中、天上から差し込んでくるかのような光の筋がはっきりと浮かび、菊池さんだけを浮かび上がらせている。

 

思わず息をのむ瞬間だった。

 

 

祈り

世界情勢つまりロシアがウクライナに侵攻している現状を鑑みて菊池さんが提示してきたのは、ムソルグスキー組曲展覧会の絵」から、「キエフの大門」だった。

( ※ 展覧会の絵について補足)

この曲はムソルグスキーの友人の亡くなった画家ヴィクトル・ハルトマンの遺作展からの印象が元になっている。もとはピアノソロの曲だったが、編曲としてはラヴェル管弦楽版が有名である。ラヴェル版以外は編曲として認めない。しかし管弦楽版も原則、ピアノソロ版を和音や構成的には踏襲しているので、菊池さんがアレンジしているのはどっちからなのか、はっきりしない。

ただ言えるのは、やっぱりピアノアレンジに際して菊池さんの特色が全開になってる所だ。

 

菊池さんは今の世界情勢に対して心痛を表明しているようだが、しかし「現状に際して自分にできる事」としてだた一つ音楽で表現することを挙げられて、音楽に罪は無いと言われている。

罪は無いというか、音楽に政治も人種も国境もないという意味だったのだろうか。音楽という言語を超えた表現で、人類同士の諍いは鎮められないものかという菊池さんなりの唯一の手段だったのかもしれない。

 

この曲を選ばれた理由を考えてみた。

舞台がキエフ(キーウ)という今問題になっている場所を扱ったものであるという事。

キエフウクライナの首都である。その起源は政治・経済的にも古く、宗教的にもビザンツ帝国から受け継いだ東方正教会のロシア地方での中心地、聖地であった。

この曲の題材もロシア正教会の讃美歌から取られている。

 

この演奏こそ菊池さんのキエフに対する解釈そのものといっていいだろう。

組曲の前の曲「バーバ・ヤガーの小屋」が終末のクライマックスから一気になだれこんでくるので、「キエフの大門」の冒頭は輝かしくフォルテッシモの最大音量で、華やかに始まる。のが原曲だが、今回のアレンジでは冒頭のこのテーマは静かにおごそかに扱われている。合間には正教会の讃美歌が出てくる。そこにプロムナードのテーマが絡んで壮大に曲は展開していく。

 

和音進行は菊池さんらしくひねってひねって、裏の裏を行っている(どうひねってるのかは詳しくは知らない)。原曲にはない低音も最大限にバーンと効いていて、体全体で思いっきりそのtuttiを表現することでその古都の偉大さを表し、また讃美歌の旋律にはキエフへの畏敬の念が込められていたと思う。

 

キエフは一国の首都、ウクライナは国際的に独立した主権国家だ。

(今の現状を遠くシベリアを挟んで海のこちら側から見ているしかない一市民の立場で、菊池さんは色々思う所もあったのだろうが政治的な発言は公式にはできない以上)精いっぱいできる事と言えばピアノを弾くことだった、と言われていて、自分も唇を噛んで見ているしかないのかともどかしさを感じた。

展覧会の絵全曲を、自分は学生時代に部活の演奏会で演奏した。パンフレットも作って曲目についてあれこれ調べたのだが、その頃はまさかキエフウクライナがこんなことになるとは夢にも思っていなかった。

キエフってどこ?ウクライナの首都で、川のほとりに広がる美しい古都。

ウクライナって?黒海沿岸の黒土地帯を有するヨーロッパでも有数の肥沃な穀倉地帯。

当時の認識はそういうものだった。

ソ連崩壊後の混乱の中とはいえ、その当時は未来は明るかったのだ。

 

ウクライナに栄光あれ。

 

 

 

ここから以降、コンサートは JAZZ色が濃くなっていった。

 

ーーその③へ続くーー

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyond  その①前書きと、たくおんさん

 

〘 注1 〙:別名 自己紹介コーナー

※これ書いてる人は、ござさんファンです。超絶熱血究極に単推しのござさんファンです。ござさんがちょっとでも関わってるとすぐ自動的になんか書いちゃう症候群。よってこの記事の内容は、セッションライブにしては不自然にござさんに偏ってます。ご了承ください。

あと、クラシックとかピアノとか全く分かんない人です。あっ違った。自分は学生時代が吹部だった関連で、管弦楽と器楽はちょっとだけ知ってる。ピアノは小さい頃習ってただけでまっっっったく何もわかりません。

 

 

〘 注2〙:資料コーナー 関連する過去記事を貼っときます。

 

今回のねぴふぁび予習記事

 

過去のNEO PIANO 関連ライブ 感想記事 ①:ねぴらぼ 2020/7/24(再々再掲?)


過去のNEO PIANO 関連ライブ 感想記事 ②:ねぴらぼinvention 2021/2/11


 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

 

NEO PIANO Far Beyond

愛称:ねぴふぁび

2022年4月24日(日)開催 

生配信チケット販売中!

(視聴可能期間:5月4日(水祝)23:59まで)

※ ↓↓ 配信チケの購入先リンクは公式Twitterからどうぞ(これ読んでるということは、まだ買ってない人はいないと思われますけど一応)

 

 

配信開始日時: 2022/4/24 (日) 18:00 アーカイブ: 2022/5/4(水)23:59まで視聴可能

えー、というわけでこの記事は上記の通り

NEO PIANO Far Beyond (以下、ねぴふぁびと呼ぶ)

についてです。

公式Twitterの表現を借りれば、

ストリングスを交えたクラシック路線のピアノフェス。

 

このTwitterアカウントが示す通り、ねぴふぁびは、「ねぴらぼ」、「ねぴらぼinvention」の流れを汲むピアノライブ公演の新しい形です。

 Far Beyond つまり、ピアノの概念を遥かに超えていく。

何でもあり、何しても許される世界線見てるファンも何が起こっても驚かない心構えが必要である。

 

以前のねぴらぼとは今回構成が大きく違います。

コロナウイルス関連の規制緩和により有観客下の開催

有観客になった事により、客席とステージでのコミュニケーションによりライブが進行する。演奏やトークへの観客の反応、また有観客で演奏することによる出演者の表現の違いなど。

・シンセ、バンド構成無し。グランドピアノ一本勝負によるクラシック路線

ねぴらぼでは演奏ジャンルは全く様々であったが今回はクラシック縛りである。実際には演奏曲はJAZZなど多岐に渡っていたが、主流はクラシック曲ベースという設定。

 

というわけで、今回のテーマはクラシック。

 

定義:クラシックって何だろう?

クラシック音楽(英: classical music、独: Klassische Musik 、仏: musique classique伊musica classica)は、直訳すると「古典音楽となるが、一般には西洋の伝統的な作曲技法や演奏法による芸術音楽を指す。宗教音楽、世俗音楽のどちらにも用いられる。

今日一般的に「クラシック音楽」と称されるものはバロック音楽古典派音楽、ロマン派音楽に当たる1550年頃から1900年頃の(欧米の)音楽であるが、それ以前のものも、それ以後のものも、同じ流れに属する音楽は今日あわせてクラシック音楽と呼ばれることが多い。また、古典派時代の宴席用音楽、ロマン派時代のウインナワルツなど、純粋に観賞用としてつくられたわけではない実用音楽も、今日ではクラシック音楽と呼ばれている。

クラシック音楽 - Wikipedia  から抜粋)

 

ということは、20世紀の音楽もクラシックなの??

現代音楽もクラシックって呼ばれてるよね??

作曲家の例:

アメリカ)コープランド、バーバー、ライヒ、グローフェ、シュワントナー
(南米)ヒナステラ、ヴィラ=ロボス、チャベス
(東欧)バルトーク、フーサ、コダーイグレツキクセナキス、ペンデレツキ
(イギリス)ウォルトンエルガーブリテン、グレインジャー、ヴォーン・ウィリアムス
オーストリア)ベルク、シェーンベルクヴェーベルン
(ドイツ)ヒンデミットシュトックハウゼン
(フランス)ラヴェルドビュッシールーセルオネゲル、ミヨー、プーランク
(イタリア)レスピーギ
(ロシア)ストラヴィンスキーラフマニノフスクリャービンプロコフィエフショスタコーヴィチ、ハチャトゥリャン………

 

あっこの辺でやめときます……(オタクのつぶやき)

 

これらの作曲家は新しい分野の音楽を開拓していったが、根底にはそれまでのロマン派までの流れがあり、つまり現代のクラシック音楽とはそこから派生していったジャンルといっていい。

(参考動画:これもクラシック。40代以上の人だけわかってください。)
グローフェ: ミシシッピ組曲第4曲:マルディ・グラ(懺悔火曜日)[ナクソス・クラシック・キュレーション #元気] - YouTube

 

これとは別の起源を持つ音楽ジャンル、それが JAZZ である。JAZZはアメリカ南部で19世紀~20世紀初頭にかけて生まれた音楽で、アフリカから奴隷として連れてこられた黒人霊歌にルーツを求めることができる。

 

クラシックとJAZZは理論がお互いに外国語か?っていうくらい違う。らしい。
(この動画でも練習の切り替え時に和音とか打鍵とかを変えると述べられている)
結構大変!?クラシックもジャズも弾いてるピアニスト(兼YouTuber)の練習風景がこちら【解説付き】 - YouTube

さて、クラシック作曲家の中にはJAZZの手法を用いて作曲した人達もいる。代表的なのは、カプースチンバーンスタインガーシュウィンといったところだろうか。

 

クラシックはこの通り、新しさを模索しながらもあくまで伝統的な話法に則っている。曲の構成にも演奏にも、暗黙の了解というか見えない枠によって世界の境界は定められていて、そこから出てくることはない。

 

※ここまでが資料コーナー。
(前置き長すぎ定期)

 

 

 

「4者4様」の音と表現

ピアノの音は弾く人の個性がそのまま出る、とはよく言ったもの。

今回の出演者はそれぞれに演奏の特色が全く違う。このクラシックとJAZZという決して相いれないジャンルをどうやって一つのステージに仕上げていくのか?この命題はござさんチャンネルの視聴者であれば慣れたものだけど、こうした大きな舞台でセッションという形でそれをどうやって実現させるのか、興味あるところであった。

 

さて、いままでのねぴらぼと違ってねぴふぁびではグランドピアノのみ、演奏も合間にセッションを挟みつつ、順番に登場して披露された。

ではそれぞれを思い出してみよう。

 

 

たくおんさん

メインチャンネル:TAKU-音 TV たくおん - YouTube

登録者数10万人達成おめでとうございます。クラシック演奏を中心に、食レポとか色々面白いチャンネルです。海外のストピ動画での素晴らしい演奏と盛り上がるオーディエンスも楽しい。

 

たくおんさんが運んでくる、音楽の都ウィーンからの端正かつ軽快な風でライブは幕を開けた。現在ウィーン国立音大在学中、リアルタイムで現地の空気感を知っているからこその演奏のように感じた。ってクラシックピアノの事は何にも分からないんだけど。

 

「ウィーンの夜会」はたくおんさんの代表的レパートリーのようだ。チャンネルにも多数動画が上がっている。演奏前に簡単に「ワルツ」と表現されていたが、この曲はいわゆるウィンナ・ワルツである。その特色は3拍子でありながら微妙に拍がずれている、独特の間の取り方にある。ウィーンフィルだけがその独特の拍子で演奏すると言われている(←別に根拠はない)このワルツ。たくおんさんはこの微妙な拍の感じ方を見事に表現している。

 

 

ウィーンっていう都は古くて、でも常に音楽家の注目を集める新しい都市でもある。ローマが日本の古都奈良なら、ウィーンはさしずめ京都みたいなもんである(だいぶ違うな)。

現在でいう音楽の都ウィーンの歴史は、ハプスブルグ家と共に歩んできたといっていい。東欧のスラブ人やマジャール人、またオスマントルコと国境を接していたことに起因する国際性と多民族国家であったことが、ウィーンにおいて様々な芸術を育んだ。(モーツアルトの時代に後宮からの逃走とか、トルコ風が流行ったのは有名)19世紀末には国としては末期だったが文化的に爛熟期をむかえ、都市としてもリングシュトラーセの設置などの大々的な都市改造が行われ、市街の外観は一新された。今も美しい街路はそのまま維持されて、旧市街そのものが博物館と言えるだろう。

たくおんさんの投稿動画に宮殿のベーゼンドルファーでの演奏があるが、このリングに面した宮殿で撮影されたもののようだ。

今も劇場では多様な演奏会やオペラが連日上演され、中には若者向けの安価な席もある。美術館や博物館では模写が許されていて、学生に開放されている(それはウィーンに限らない)。

 

つまり芸術への意識と関心が日本とは全く違うのだ。日常に根差した文化といおうか?ものすごく庶民に開かれていて敷居が低いと思う。

 

日本人にとってはクラシックとは、教養のある知識人が鑑賞する、難しくてよく分からないものという認識が大半だろう。チケットも高価、襟を正して聴く高尚な芸術。

 

そんな日本人に贈られた、たくおんさんの言葉。

"クラシックとは、敷居はそんなに高くありません。自分の心にスッと入ってきて寄り添ってくれるものなのです。"

この言葉からはクラシック音楽に対する深い理解と共感が感じられる。

 

今回のライブでただ1人クラシックを専門に演奏・研究されているたくおんさん。

物言いは控えめで静かだが、

クラシック音楽の本質をもっと普遍的に理解してもらえるように、コンサートを通して広めていきたい」

っていう確固たる信念を感じる。

たくおんさんはYoutubeを通じて最近幅広く知られるようになったようだが、しかしクラシック音楽の本質は概して

「アコースティックな楽器を通して自分なりに音楽を表現する」

ことにあると思うので、たくおんさんの演奏も本当はコンサートの現場でじかに聴く、というか体験するのが最善だ。今回は配信ライブだったがこれをきっかけにいつかクラシックコンサートも行ってみたいという人が増えたらいいなと思う。

(現地に行けない人もいるのは分かってます。いつかは、という願望を込めました。)

 

たくおんさんのピアノは、ご本人の人柄をそのまま反映してやわらかく奥ゆかしいが、その中に芯がある。

 

シューマン リストによる曲「献呈」

自分はクラシックピアノを徹底的に避けてきたので、ロマン派とかシューベルトもよく分からないしこの曲は名前は知ってたけど聞いたことはなかった。ロマン派???ロマンだけじゃ世の中生きていけないし(偏見の入った先入観)。という具合に。

 

そこで慌てて曲の背景だけでも調べてみたら。

結婚式の前夜に、妻となるクララに捧げられたという。

ステキ…

なんてロマンティック………!

(自分はそういう簡単な性格です。若い頃と感性が違うから?)

優しい雰囲気で始まる調べの中に華やかさが感じられ、希望に満ちた幸せな気持ちにさせてくれる。

 

音楽に乗せて伝えたいことはその人によって違うと思う。

たくおんさんは、優しい音を奏でてるけど癒しを与えたいというより、夢とか希望をこめて聞いてる人の人生に前向きな彩りを添える、というような演奏だと思う。

 

それを伝えるツールがクラシック音楽だった、ということかもしれない。

 

 

 

4/16生配信ライブ

 

ござさんからいつものように謎のつぶやきが来た。

いつも、うんうんとうなずいていいねを押すけど、これだけは賛同しない。ていうか好みの問題とも言う。嗜好の傾向の違いだな。謎の外国人のあやしい音って何なんだ。自然音ならなんとなく心地良いのはわかるとして、他人の発する音は自分にはよくわからない。

※資料ページ:ASMR - Wikipedia

 

なんかどっかで聞いた単語だなあ…?と思ったらこれだった。この間はCmペンタトニックだったし、何?民族音楽の研究の合間に自然音の分析も始めたんかな。素人にはよくわからない。

 

 

じゃなくて。

生配信についてです。

この間のスタジオからの生配信のことです。

この画面のライトの当たり方とか色の調整がどうだとか、画面に比べて顔が真っ暗で全然見えないとか(わざとかなあ)、そんなことはここでは考えません。スパチャ読みの時だけこっち向いてくれてたようですが、大体自分はスパチャ読みの時は画面を閉じて聴いてないので関係ありません。

 

www.youtube.com

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

最近レアなグランドピアノ配信

なんか久しぶりにグランドピアノって聞いたなと思ったら、前回のグランドピアノ配信はソロコン直前の1月5日だった。もはや一周回って懐かしい。

2020年秋、生配信がいったん途絶えてからの突然のグランドピアノ配信(11/5~)が始まった時はびっくりするやら嬉しいやらで大騒ぎしていたが、今回はなんか「スタジオへ、ござさんお帰りなさい」ってな感じで穏やかな気持ちで見ていられる。

 

なんでだろう?

生配信の背後に、最近ござさんの音楽活動が次々と新しい事へ挑戦していく様子が感じられるので以前よりハラハラしなくなった、という感じだろうか。(2020年11月当時、グランドピアノ配信が始まる前は自分は疑心暗鬼に陥るやら色々想像の記事を書くやら、平静を保つのに精いっぱいだったのでね。)

 

さて件のグランドピアノである。最近ござさんの発言ではスタジオやホール、現場のピアノ(ストピも含む?)は「ガチャ」であり弾いてみないと分からないとの事であった。(前回の記事でも書いたなあ、まあいっか)

 

グランドピアノ配信を開始してからというもの、ござさんは物理的に周到に対策をしていたようではあった。機材の関係からパソコンのメモリを増やしたり?配信ソフトを変えてみたり?さらにピアノの集音マイクやその他配信機器を充実させたり?(よく分かってませんけど)という風に。

 

でも結局(この場合はスタジオで既にセッティングされていたが)、どこのピアノでもこのように自由にピアノを弾きこなしてしまうのだから、ござさんの「弾いてみないとどんなピアノか分からない」というのは単なる杞憂では?と思う。むしろ、それぞれのピアノの個性を毎回味わって楽しんでいる節がある。楽器にどんな特色があってもそれに似合う曲を選んで弾きこなしてしまってる感じ。

このリハ配信(すいません現在はメンバー(ラーメン)以上の限定動画のようです)でも、置いてるピアノは初めて弾くやつだと思うけど、すっかり自分のものにしてしまってるようだ。ただ、トークは最新イベントのねぴふぁびリハ配信からすると、この一年前の配信は初々しくて……噛みまくりで面白い。

 

ねぴふぁびリハ配信でのござさんいわく

「ピアノを少々嗜んでおりまして、趣味はピアノ、特技はピアノといったぐあいです」

だそうだから。

 

 音楽がネイティブ言語

 ピアノを手足のように自由に操る

 ライブの下見に行ってもずっとピアノ弾く

 練習の合間にもピアノ弾いてりゃ幸せ(←いつ休むんだ)

 喋るほうがピアノ弾いてるより脳を使って疲れる

 (日本語は第二言語)

 

………っていうぐあいにピアノが大好きなござさん。

「ぼくが本気になってやりたいことし始めたらピアノ辞めちゃって絵描くかも」とか世迷い事を抜かしてましたけど 絶対に無理 だと思います。ほかにやりたいこともあるでしょうが、現実的には鍵盤を離れては生きられないのではないでしょうか。うん。

エラ呼吸の魚は水の中でしか生きられないように。

ござさんの住む世界はそこ。

音楽という最強の武器?を手にした途端、軽々と翼を羽ばたかせて広い海の中を自由に飛んでいくのだ。

(あれ?いや、ほらペンギンだから……)

 

 

楽しくて嬉しくてウッキウキなござさん

というわけで、ソロコン直前にグランドピアノ配信やって以来の久しぶりのスタジオとなったわけですが、ござさんにとっても実際久しぶりという実感があったのか何弾いても嬉しそうである。

生配信とかグランドピアノ弾いた時とか、何かにつけて大抵ござさんの感想は「楽しい!」だし。

 

 

こんだけ楽しく練習できてたら上手くもなるというものです(何だその上から目線は)。
……なるほど、楽しいって気持ちが大事なんだな、続けるというか上手くなるには。自分もがんばろっと。

 

ござさんがウッキウキなのは久しぶりにグランドピアノで配信できるからだ。

しかしそれよりも、春になったからに違いない。暖かくなったからだ。絶対そうだ。同じく、寒い間は冬眠から出てこない自分が断言しよう。

 

というわけで。(どういうわけだ)春になって自分も嬉しくて楽しくてウッキウキのため、このわけもなく盛り上がる気持ちというか、ちょっと吹いてくる暖かい風一つにもワクワクして逸る気持ちを漢詩で引用してみた。

 

というわけでちょっと漢詩コーナー。

定番中の定番、何のひねりもなく有名どころです。やっぱ、春が来たからには正統派の王道でしょ。素直にこの素晴らしい季節の到来を喜ぼうじゃないか。

[※ここに貼った写真と漢詩が、時間も内容も全然リンクしてないじゃんっていうツッコミはなしです。自分の写真フォルダからしか使ってないので持ちネタには限りがある。]

 

春の夜は、ひとときでも千金の値があると思えるほどすばらしい
花は清らかに香り、月はおぼろにかすんでいる
歌声や楽器の音が鳴り響いていた楼閣も、今はかすかに聞こえるばかりで
ぶらんこのある中庭では、夜が静かにふけてゆく

(蘇 1036~1101 北宋

 

 

 

 

千里四方のあちこちにウグイスが鳴き、赤い春の花が緑の木々に映えてなんとも美しい。
見渡せば水辺の村あり、山里の村あり。酒場の幟(のぼり)が風にはためいているのも見える。
南朝時代の四百八十を数える寺院。
たくさんの寺院の楼閣が春の霧雨にけぶっている。
(杜牧 803~852 晩唐

(※南北朝時代=A.D.420-589 特に北朝で仏教が広まった。)

 

 

 

世の中の傾向を調査し、求められている音楽を忠実に提供する理性的なチャンネル

巷では「抱き合わせセット販売」なるものが流行っているようですので、それに従って言及してみよう。(通販ではない)

 

リクエストへの対応が、抱き合わせセット販売(無料)です。ござさんのチャンネルは視聴者層がネット配信の中でも特にあらゆる年代に分布しているからなのか?ひたすら全年代向けにあらゆるジャンルを弾いてくれます。

「思い出の曲が青春の記憶と共によみがえる!あなたが聴きたい曲も、きっとあるはず。」

抱き合わせセット販売のキャッチコピーつくるなら、こんなところだろうか。

 

グランドピアノ配信では、音響機器も配信設備も最高のものを取り揃えておられます。

そこでござさんが本気になって原曲を再現するとヤバい事になることが実証された。

いや毎回だろと言われるでしょうけど、そのヤバさが毎回加速度的にレベルアップしてる件。

 

 

真にノリノリになってるのはアニソンコーナー

ワンピースのOPとか、最初のモノローグの背景の高速アルペジオ?まで拾って再現。すごすぎ。ドラゴンボールもそのほかの曲も世代じゃないはずなのになぜここまで迫真の演奏、驚異の再現率なのか。むしろ原曲をすっ飛ばしてキレッキレなのはなぜなのか。

そんなどっか別世界に飛びながらも、新曲も(とは言えないとウチの高校生はコメントしてたが) もはやうろ覚えでもなく完璧にマスターされて、かつ他の世代の曲もカバーするにはどうしたらいいか気づかいしながらリクを拾って魔法少女クリーミィマミになるという展開になっているwwwww(笑う所ではない)

各分野抱き合わせ販売と言いながらつい本来のノリが出ちゃったんでしょうか。

何がキレッキレって、やっぱ 休符を物凄く正確に、かつ曲の勢いに乗ってきっちりと感じてるところです。その絶妙な一瞬の空白がのビートをより鮮明に際立たせて、アニソンのPOPなリズムを見てるファンの当時の記憶そのままに再現してる気がします。

 

ただ。コナン弾いた事ない………?なんか言いましたか?

こんだけ好きにやってて弾いた事ないとか…?

【神回】不審者と変質者が駅で「名探偵コナン」を即興連弾したら史上最高の盛り上がりにwwwww【新百合ヶ丘駅ストリートピアノ】 - YouTube

★この動画の萌えポインツ…自由に暴走し放題の菊池さんと、そのアドリブをガン見しながら鍵盤ノールックでがっつりバッキングを合わせていくござさんです。

自分はこの動画で初めて菊池さんを知りました。で、この影響で半年くらい菊池さんの印象は「怖い人」でした。手加減無しでござさんと渡り合ってぶつかってるその勢いが怖かったですねえ(ねぴらぼ前の生放送での自己紹介聞いて印象変わりましたが)

 

 

バラードとボーカル

人にはそれぞれ歩いてきた人生がある。

今日を生きるのに精いっぱいである。

バラードって横文字だけど、そんな楽しくていいことばかりではない人生の喜怒哀楽を歌にのせてくれることで共感できる。がんばらなくても立ち止まってみたら、と肩をたたいてくれる。そうやって振り返る事で明日の生きる力をもらえる。

昭和で言えば演歌なのかもしれない。ただ耐えるのが美徳だった昭和の時代とは観点が違うとしても、生きづらい世の中であることに変わりはない。

そういう思いをのせて、ござさんのピアノはボーカルパートに感情がこもっている。技術的にいえば?旋律に装飾音を多用することでよりニュアンスが抒情的になる、と言えるのだろうけど、そういう理屈では説明できない情念のような物を感じる。

 

なんだろう?

ござさんは介護施設で仕事をしながらピアノを弾いてきた。ピアノの練習だけはいつも楽しかったはずだから苦痛だったことは無いと思うけど、介護施設での色々な経験がピアノの表現に奥行きと深みを与えているのだろうか。そしてその表現こそがござさん独特の透明な音を生んでいるのではないか。

今まで苦労した分だけ、また色々な人生を送って来た方々を介護施設でお世話して見てきた分だけ、人の痛み、他人の気持ちがより一層分かるのかもしれない。

だからピアノの音も優しくなるのかもしれない。

自分がござさんのピアノを好きな理由はそれかなあ。

 

 

バッハとクラシック

バロック音楽ってここらへんの時代だっけ?こういう宮廷とかでメヌエットが踊られていたのかあ(適当な野生のカン)。教会に行ってお祈りしたりもするわけですね。

  ↓↓ これはルイ15世時代のフランスだから18世紀。


(画像リンク:ポンパドゥール夫人 - Wikipedia

 

バッハ等バロック時代の音楽はオルガン曲として書かれたものも少なくない。教会に据え付けられてる大きいやつ、つまりパイプオルガンに向けて書かれたといっていい。

ルネサンス音楽古典派音楽の中間に位置するバロック時代はオルガン曲のような教会のために書かれた音楽が主流だった。というか文化の中心は教会であり、絵画も音楽も教会を権威の中心として存在していた。

※参考動画:トッカータとフーガ 二短調
J.S. Bach - Toccata and Fugue in D minor BWV 565 - YouTube

 

ござさんんがショパンに詳しいのはわかります。教室で習ってたんですよね。でもバッハとかその他ピアノ曲じゃないのにも詳しいのはなんででしょうね。

たぶん、ピアノ曲じゃないクラシック曲は、

 小学生の時に図書館でCD借りたり、

 吹部で吹奏楽用にアレンジされたクラシック曲をやってたり、

 TVやお店で流れてて耳コピしちゃったり、

そうやって覚えたのかなあ。とにかく「あんまり楽譜みたことない」でああいう精度で弾けるのは一体どうなってるのか分かりません………

 

相変わらず不思議なのは、J-POPのバラードの後にこのバロックメドレーをやって、さらにその後にはJAZZをやってるっていうことだ。

ふつうアレンジが全然違うから、そんな順番でやりませんよね。ていうか一つの配信でそんだけやってる人もあんまりいないですよね。

 

JAZZ

ここはあんまり自分は書くことはないですね。

なんとなくござさんのJAZZを「ふうん、バーにいるみたいでカッコいいな~~」と雰囲気で聞いていた。しかしござさんがこれを習得したのは大学でビッグバンドに入ってから、JAZZのコードやアドリブパターンを覚えるまではひたすらダサイのに堪えていたらしい。ござさんですら。

そこへ全くの門外漢にして素人の自分はJAZZに関しては知識も経験も皆無なので、ござさんが身につけようとしても何年もかかったのを聞くと、自分はこの分野を習得しようという気はない。しかしコード進行とか色々知っているとござさんのツイートや発言をより理解できそうな気がして、自分で教則本とか練習本を買ってみた。

ちらっとそういうの読んでみただけでも何年もかかりそう。新しい楽器ばかりでは音楽は作れないから。

長い人生、趣味をと思って昔やってたピアノをやってみることにした。が身をもってJAZZアレンジの長い道のりを実感。ぼちぼちやります。

 

 

 

最後のノンストップメドレー

ここはスパチャリクがあった頃はもっと短く高速で回していたコーナーだったと思う。あの頃は配信が長引いて最後に時間も無かったと思うし。

そもそもスパチャリクがあった頃の配信の、最初の1~2時間くらいの無言でノンストップで弾いてた部分にあたるんじゃないだろうか。っていうくらい、一曲ずつ丁寧に拾ってくれている。

抱き合わせセット販売に入れられなかったジャンルはこうやってその日のノンストップメドレーで補ってくれている気がする。

この辺も聴いてるファンのあらゆる世代に届くように、というござさんの気づかいを感じる。

「あなたのお気に入りのジャンルや曲は、ありましたか?今日の配信、楽しんでくれたでしょうか?」

って無言で問いかけてくれてるみたいだ。

 

どうやったらファンの隅々までサービスが平等に届くのか。ござさんは寡黙で(そうか?)多くは語らないけど、行動で示してくれてる気がする。

 

 

 

架空の雑誌「ネットピアニスト」編集部取材班ござさん番記者のとある呟きと、その顛末

でも。

もうちょっと変態アレンジなピアノも聴いてみたいなー、なんて……

ござさんいわく「いにしえの古代の配信」ではたびたび行われていた、ミックスジャンルアレンジ。音色もシンセの中から選び放題、やりたい放題。

たとえば?

演歌っぽい洋楽ロックとか……

JAZZのラジオ体操風とか……

壮大クラシック風なアニソンとか……

沖縄風アレンジ縛りでメドレーとか……

 

配信でやってくれてもイイと思うんだよね!??

 

 

と、そこに背後から近づく黒い影。

バシッ!

ドタッ!

一撃のもとに黒い影の足元に斃れた哀れな姿。そしてすげなく暗い路地裏の隅の方に、足蹴にされて転がされていった。

 

そこに姿を現したのは秘密結社(表向きはG興業)の構成員、GさんとIさんだった。

Iさん「任務完了しました!」

Gさん「ご苦労だった。」

Iさん「まったく、ちょっと目を離すと危険ですねえ…」

Gさん「危険因子は消すに限る。せっかくさあ、ファッションも涙ぐましい(僕らの)努力でやっと平均値へ上がってきて、トークも当たり障りなくできてて、ピアノも満遍なくいろんな世代に人気を博してるのに」

Iさん「ここで今までの努力をふいにされちゃ、たまりませんものねえ……」

Gさん「この取材班てやつは、ほっとくと何やらかすかわかんないからなあ。今大事なイベントをいくつも控えてて、失敗もスキャンダルも許されないっていうのに、困ったものだよ。」

Iさん「清く正しく爽やかで誠実な我らがGZくんですものねえ。」

 

 

それを電柱の陰から見ていた、取材班の別のメンバーがいる。

 

 

いやいや…… GZさんの生放送の文化はニコニコから生まれたんだし。あそこはネタ動画を投稿する場所だぞ。もっと前は2ちゃんスレでセッションしてたんだし、あそここそ昔からアンダーグラウンドだろ。

ひとひねりあってのGZさんじゃないのか?

この間の4/10、ボサノバメドレーと称してお洒落な演奏をする中、ムーンライト伝説が混ざってたっていうのはネタがあがってるんだよ。

GZさんのニコニココミュニティのプロフィール見たら、レパートリーはアニソンとかボカロとかゲーソンだらけじゃないか。

いわゆるサブカルチャーってやつだ。

でもそういう分野を十把ひとからげに「サブカルチャー」って随分な扱いだな。

だいたい、サブって何だ?

そういうサブカルチャー分野は今どき海外では「クールジャパン」の象徴として大人気じゃないのか。外貨の稼ぎ頭じゃなかったのか。ゲーム音楽は去年東京オリンピックの開会式でも演奏されてたのを忘れたとは言わせない。

 

GZさんの真骨頂はそんな音楽のジャンルをボーダレスに、自由自在に操るとこだろ。

曲を知ってたらさらにクスッと笑えるというか、吹きださずにはいられないようなウィットに富んだアレンジをリアルタイムの生放送でやるってのが醍醐味だったんだ。

GZさんの演奏聴いてたら、どんなにガチアレンジでやっててもどこかに一癖あるアレンジをねじ込んでくる、根っからのエンターテイナーってことが分かるはずだ。

ファンに演奏を楽しんでもらいたいってのが心底伝わってくるんだよ。

 

それが、エンタテイメントの世界から最も大切なお笑い要素を奪うとは、G興業はどうしちゃったんだ?

断じて許すまじ。

お笑い要素は最も大切にして、扱うのは最も難しいんだぞ。

ファンがそのネタにウケてくれなかったら滑ってオワリだからな。

お笑いネタってのは体張ってやるもんなんだよ。

何が清く正しく爽やかで誠実なんだ。

 

 

そう吐き捨てるようにつぶやくと、雑誌「ネットピアニスト」編集班のスタッフは、くるっと踵を返すとかぶってた帽子をますます目深にかぶり、スプリングコートの裾を翻して、電柱の向こうの影に姿を消した。

 

 

【突然画面上に現れるアナウンサー】

この記事は4/16生配信および最近の配信の動向をもとに構成しています。

イベント前につきG興業さんでは戒厳令を出していると思われます。(←そんなわけないだろ)

一連のイベントが落ち着いたら、また配信や動画にも違った傾向が現れてくると予想されます。

 

現場からは以上です。