ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

みんなが楽しく応援できるようになるにはどうしたらいいか考えた

 

★★文責は自分にあります。

ご意見はTwitterへどうぞ。

またはこの記事のコメント欄へ。

 

 

 

ござさんへ。

 

なぜか手紙形式で始まる記事。

しかし別に自分はイタいポエム書いてる人ではない。このブログ自体がイタいポエムじゃないかって?それは置いといて。

 

自分は好き好んでこんな嫌がらせまがいの記事書いてるんではない。

 

先日発売された、ござさんのソロアルバムの楽譜集。

ござさんの業績の一つの到達点、目に見える形でのござさんのアレンジの集大成。

自分はもっと大きな声でおめでとう!!!って叫びたいんだ。

もっと表に向かって、華々しく「このアレンジが楽譜で買えるって、すごいことなんですよ!!!」って、色々お触れを出して回りたいところだ。

でもツイートの内容やら色々なタイミングやら、見ているとそう大々的に売り出したくないのだろうかという感じがする。

(↓記事にまとめてみた)


そういうところから、もっと派手に色々ぶち上げたいところを、喉まで出かかった色々を自分はすんでのところで飲み込んだ。

多くは語らなくても、別の案件でも相当根を詰めて何かにかかりきりのようだし。

 

自分は結局、表立って宣伝したりしないけど一途に音楽に打ち込むござさんをただ応援したいだけなんだ。

騒がれるのがダメなら、黙ってその頑張ってる様子を見ていたいんだ。(結局ここで騒いでるので黙ってるとは言えないが)

 

 

しかし自分は所詮、コロナ流行し始めてから、つまりござさんが介護職をやめたころにござさんを知ったので、ファン歴は2年半くらい、ござさんの13年におよぶネット配信歴からするとものすごく最近ファンになった部類である。

でもござさんのピアノが好きっていう理由にファン歴が長いかどうかとか、1mmも関係ないので、単にござさんのネット配信歴が長いっていう点を強調したい。そう、ござさんは学生の傍ら、そして介護職の傍らコンスタントにずっとネットで生放送とか動画投稿、その前は2チャンネルでセッション演奏とか様々な活動をされてきた。

 

でもその時代と、ファン界隈の人口が増えたと思われる昨今の状況は全く違うはずだ。

 

そこでチャンネルを取り巻く状況の変化に伴うござさんの対応を思い出してみる。

時は第1回ねぴらぼ、ネピサマ後。この生配信を最後にスーパーチャットに伴うリクエストは事実上受け付けられていない。この後生配信自体も中断され、再開は11/5のグランドピアノ配信を待たなければならなかった。

 

なんでスーパーチャットに伴うリクエストが廃止になったのか。昔の生配信の同接数ならそれでよかったのかもしれないが、ござさんのチャンネル登録者数が激増するにつれて生配信の同接人数もうなぎのぼりに増えていた時期だ。スパチャで来たリクを全部弾くとなると、長い時には5時間を超える配信もあった。

「物理的に対応するのはもう無理なレベルなのでは」

という段階に達していたのだろう。

それだけではなくてスーパーチャットに伴う、音楽以外のリクエストに関しては、ピアノ演奏が中心の配信においてはメインコンテンツの趣旨から外れるということもあって下記のツイートの通り、理由付きで否定されている。

 

 

 

それからしばらく(1年くらい?)概要欄にスパチャご遠慮くださいの文言があったこともあり、概ねござさんの配信ではスパチャリクはなし、というルールは浸透したのではないかと思う。

 

 

 

これにより義務として応えるリクエストの数が減り、配信の長さも2時間以内という認識が広く浸透してきたようで、常識的な長さで終わるようになったし、その分体力温存しなくていいからか、ござさんの演奏にかける熱量のリミッターみたいなのが外れて思う存分力のこもったアレンジが聴けるようになった。(それでも2時間弾き切るのがすごいけど)

 

しかしござさんの配信における懸念はスパチャリクエストだけではない。

 

この配信(当該箇所を頭出し済み)で、ござさんは一般的なネットマナーについて語っている。

ありがとうございますピアノ配信 2021/11/06 - YouTube

逆に言えば、一般論としてと前置きしているが、ござさん自身がチャンネルでやられたら困る案件でもあるはずだ。

いわく、他チャンネルで、自分の推しについてのコメントをしない。別コミュニティに突然自分のルールを持ち込んでも意味が通じない以上明らかなマナー違反だ。

いわく、ファン同士でルールについての指摘をし合わない。そのやりとりで、配信のチャットやTwitterが不必要に荒れるから。

さらに、他の人を注意するふりを装って故意に荒らす人が混じってくるから。

 ↑

この善意あって注意しあう人の中に混じって故意に荒らす人が出てくるのが最も懸念されるところだろう。

ここまでは一般論だ。

 

しかし実際に自分は配信のチャットで懸念を抱いている。

 

こんな意見を出すと、上記のござさんが避けたいという「ファン同士による落ち度の指摘」そのものになるから、この意見だけはずっと言わないできた。違和感を感じてるのは自分だけかもしれない。気にしなければいいだけかも。いちいちあげつらって騒いで、一番被害に感じるのがござさんだとしたらそれは自分でも心外だし。

 

しかし一度くらいはっきり書いとこうと思う。

大騒ぎして何かをたくらもうという意図はない。

事実をはっきりと指摘したい、それだけ。

 

ござさんの配信は上記の経緯があってスパチャによるリクエスト制を廃止してから、リクエストは単にチャット欄のコメントから拾われることになった。

ござさんのアレンジとは。

なんの変哲もない童謡とか昔からよく知ってる有名なJ-POPとか、あらゆるジャンルの曲が、ござさんの手にかかれば思いもよらない展開になり、しかも音ひとつ取っても含蓄のある趣深いものに変貌をとげて、リクエストしたイメージ以上のなにかを受け取った気分になるのである。

そんな結果がどうなるか分からないリクエストをワクワクした気持ちでチャットに投げるのは、youtubeを聴いてる全てのファンに平等に権利が与えられている。

強いて言えば曲の合間の、ござさんが画面を見てるときにリクエストすれば見ててくれてる可能性が高い、くらいだろうか。

もう一度書くと、配信を楽しむ権利はファンに平等に与えられた権利だ。

 

しかしござさんの配信では現状平等な数のリクエストが投げられているとは言い難い。

厳密にいえば、同接で見てるファンの何人が実際にチャットにコメントしてるかわからないけど、それでもチャット欄のコメントの流れ方はすごい。ありとあらゆるジャンルのリクが飛んでくる。メドレーの流れに合わせてコメすれば拾われやすくなるし、配信の空気的に流れが変わったなと思えば別のリクエストも投げてみる。これはコメント欄でよく見られるリクエストの手法だと思う。

どうやったら配信の流れに自然に乗るか。

どうやったらさりげなくリクを拾ってもらえるか。

 

 

これらの諸々の配信の空気感とか流れとは別に、あるアカウントによって延々と配信チャットにリクエストが投げられてるのが現状。回数にして10秒に1回。いや3秒に1回のこともある。自分は自然にござさんの配信、演奏とアレンジを楽しみたいから聴いてるのに、そんなリクエスト実際に自分でも飛ばしてみようとしたら配信どころではなくなった。

 

ではそのリクエストしてるアカウントをブロックすればyoutubeのシステムでは見えなくなるから快適じゃないかという意見もあると思うが、実際にチャットに流れてるリクエストにかなりの割合を占めてる現状に変わりはないわけで。

つまり「平等にリクエストを拾ってもらえる、みんなで楽しめる配信」には今の所なってないということだ。

 

リクエストを拾ってもらえるのがござさんの配信の看板、その醍醐味が失われる事態になって自分はあまりチャット欄を見なくなった。

 

いわく、リクエストしても一緒じゃん。

チャット欄見ない方が快適だし。

 

しかしそうすると配信に参加してるというワクワク感というか一体感というか何のために生で放送してくれてるのかという意義が見えなくなって、自分は無力感にさいなまれてる。

ござさんの演奏がただただ凄いだけに(語彙力)、この配信をもっと本来の状態でもっとたくさんのファンに楽しんでもらいたいけど、いまのところそれはかなわない願望だ。

 

この現状がチャンネルを表す様々な数字の指標に反映されてるかどうかは、定かではない。しかし自分は実際にチャットを楽しめない。脊髄反射的に吹奏楽とか管弦楽曲が聞こえてくるとこっそりコメントするくらいである。

 

ここでこういう発言すること自体がまさにござさんのいう「ファンによる他ファンの落ち度の指摘」なわけだけど、言わないで現状をただただ見てるのもやりきれなかったので書きました。

 

自分ができるのはここまでだ。

ござさんが嫌う事態にするつもりはない。

しかし、ござさんもこのようにTwitterではっきり意思表示するだけの表現は過去にもされてるわけで。

 

 

 

今の現状にも一石を投じてもらいたいと思わないと言えばうそになる。

以上、ひとりごとでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ござさんと楽譜

 

ござさんが先日、ソロアルバムの楽譜を公式発売された。

長年の宿願だったと思う。

控えめに言って、大事件だ。

祝杯案件。

 

楽譜販売サイトPiascoreからリリース。

このサイトで「ござ」と検索すると、下記の楽譜一覧がヒットする。

store.piascore.com

 

 

ござさんの公式サイトにも楽譜発売の情報が掲載されていた。

 

goza.jp

やっとござさんのHPのトップ画面が更新されたわけで、自分的には楽譜発売よりもそっちが大事件まである。

池袋の11月のコンサート情報は掲載されてないままだけど、そっちはソロ公演じゃないし大きく書くのを控えてるだけの可能性が高いので、自分も黙っとく。

 

とにかく公式HPのトップを書き換える重大発表だ。ほんとなんで事前告知しなかったのと思うが、コンサートみたいに日にちが決まってる系ではないのでじわじわ広まってくれたらいいなというところだろうか?

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

心当たり

ござさんの最大の看板といえば、生配信のその場でリクエストに応える即興演奏だ。

異論はないですね。

 

いわばござさんの演奏は生配信での一期一会というか、(投稿動画を含めても)どれ一つとして同じものはないわけで。

だから去年、ソロアルバムという公式な形でござさんの演奏が世に出たことは、より広く(音楽関係者にも)認識してもらえるきっかけになったと思う。サブスクとしても曲が上がってくるから気軽に人に勧めやすくなるし。CDショップの視聴コーナーに行かなくても聴いてもらえて、気に入った人は買ってくれるかもしれない点がネットのみの活動と決定的に違うところだ。

 

ただ自分はアルバム関連で公式に楽譜が出るとかイメージしたことはなかった。上記の通りござさんの演奏は生配信を聞いてても、かくも流動的でつかみどころがなくアドリブも自由自在。和音もいちいち違う。よく固定アレンジにしてCD録音にこぎつけたなと思ってるくらいなのに、どうやって楽譜にするんだ?ってなって想像もつかなかった。

最近話題のAIが楽譜に起こしてくれるという手段もあるようですけどね。

でも、どうやってござさんの演奏の細かい装飾音とかアドリブまで拾うんですか?無理でしょ。と、自分はたかをくくっていた。

だってこうなっちゃうんでしょ?

型にはめたように楽譜にするなんて無理でしょ。ってたかをくくっていた。

 

ござさんのアレンジ楽譜は無いことはない。ただ今までも数えるほどしか出ていない。

store.piascore.com

昔は介護職やりながらだったし、そもそも楽譜に起こすということは演奏者にとってはそれだけ難解かつ大変な作業ってことだろう(素人考え)。え?そもそもアレンジ楽譜をまず作り、それを弾くのが正しい順番だよねって?だから、まずコード進行とアドリブでアレンジ演奏を即興でやっちゃうござさんがそもそもイレギュラーな存在だからな………素人にはどうなってるのか分からない。

 

このとおり、ピアノ演奏できない素人観点から、演奏の事はわかってない人が書いてるので的外れな発言も多いというか、だから楽譜に関しては書かない方がいいんだろうけど思いついたので書いている。

 

そもそもいつから楽譜の編集してたのか。

この辺?

でもこの事務仕事、別の案件も絡んでるようで判別しにくいんですよね。

 

この採譜は今回のソロアルバムのどれかの曲で合ってると思うですが。

 

 

この近いうちに発表というのも、今回のソロアルバムの楽譜のことだったんだと思う。だって別の案件はまだ発表されてませんので。

 

 

 ↓↓↓↓ 別の案件絡みと思われる作業……??

 

 

どうやらそれがひと段落……?1日5000字って集中して書くとまあまあな量なので、ピアノ練習し、配信し、楽譜アレンジしながら文章書いてると確かに無理ゲーな量だったのではと思う。

でも精根尽きながらもやりきったというござさん、そこには滅多に口にしない満足感というかひそかな自信も垣間見える気がして、そう遠くないであろう告知が嫌でも楽しみになってきたのだった。

 

 

公式な存在

ござさんのアレンジはいわば水物だ。生配信ごとに違うし、それとyoutube動画の同じ曲を比べても違うし、一つのアレンジでも繰り返し部分は微妙にニュアンスを変えてくる。

ござさんのアレンジは絶対音感からくる耳コピが主体だ。

突き詰めて言えばこういう生活音に近いようなのも全部音階で聞こえてるってことだ。それはそれでしんどいかもしれないが………

 

ござさんのアレンジは、見つけたと思って見に行ったらもう遠くになっている逃げ水、実体はあるようで無い云わば蜃気楼のようなもの。手に掴もうとするとすり抜けていく。

そういう自由自在に変貌を遂げるのがござさんのピアノなのにそもそもCDとは。ってリリース当初思った。だから、その後ござの日ライブとかで手を加えられて演奏されることになる曲の数々だけど、CDとして出すだけにアレンジは相当作り込んでるなあ、という印象を受けた。曲の構成も、和音進行も、相当凝っている、と思った。

 

Secret baseに関して言えば、その前の年のねぴらぼで演奏された曲であり、この時に雛型としてはおおよそ出来上がっていたと思うが。

 

youtu.be

《この時のござさんがひたすら無心になって弾いているというか、その集中ぶりがもはや鍵盤と一体化してるというか、このアレンジをいきなりグランドピアノで聴いて衝撃だったというか、このステージは自分から見るといろいろ原点だなあと思う。有料ライブだったけどこのソロ曲は今もyoutubeで見れるようになっていることが有難い。》

 

 

……話が横道に逸れた。

なんか後出しじゃんけんって言われそうだけど。

CDとして公式にリリースするだけにアレンジもかっちり堅いのかと思ってたが、楽譜出版までトータルで考えてたから、アレかな、アレンジとか構成がいやにまとまりがあるというか起承転結がすごいはっきりしてるなと思ったらそういうことなんかな。(やっぱり後出しじゃんけんやな)

ござさんのyoutube動画とか生配信のアレンジとか聞いてたら縦横無尽どころか3次元にもう二つくらい座標軸が立っててどっか別世界に飛んでますもんね。ああいう掴もうとしたらすり抜けてたどころか別の生き物に化けてたくらいの変幻自在ぶりだと、楽譜アレンジどころじゃなくなりますもんね?

そういうんじゃなくて、ソロアルバムの演奏は、アレンジの難易度はもちろん素人には関係ないレベルですごいけどあくまで曲の構成としてはきっちりまとまってるなという印象は、楽譜出版を考えてたから、と思うと辻褄が合うんだよね(←結果論)。

 

 

さて。メンバーシップ制度が始まるまでは、ニコ動時代も含めて、生配信の動画は残らないことも多かったござさんの放送。

自分からしてみればその時代は介護士と兼業だったし、演奏に満足しないから残さないっていう意味もあったのかもしれない。

だからソロアルバムがリリースされて、あの時自分はついにここまで来たかあって感想を書いた。


この時貼ってた写真をもう一回出しましょうかね。え?重複するって?

だからもう一回貼りたいわけですよ。

 

 

はっきりいって、ここ最近のつぶやきを見ても、実際に上がってきた楽譜を見ても、介護士と兼業時代だったら絶対に実現不可能な仕事量とクオリティである。

ついにここまで来たかあというか、ござさんにとってはほんの通過点に過ぎないのだと思うし、今この写真見てみると来た道を振り返るというよりは、目の前はちょっとした木陰があるだけで進む道はまっすぐ示されてるっていう風に見える。

 

その類まれなるセンスと才能、

「実るほど頭が下がる稲穂かな」を地で行くような、どこまでも謙虚な人柄。

そして冷静に現在と未来を読んでいると思いきや、

普通にボケてきたりするので油断ならない。(耳コピすごいなあ)

 

 

とにかく大仕事だったことは、やり終えたところでござさんがしみじみと感慨深く回顧してることを見るにつけても容易に想像がつくというものだ。

いつもラーメンとかいってボケてるござさんだが。

宣伝に至っては皆無のござさんだが。

(断っておくが、そういえばござの日と、ソロアルバムとソロコンサートの時だけは目いっぱいつぶやいていた。いつもはやらない# までつけて。その時限定だけど)

ござさんは要するに売るためのものは作れないし、販促活動もしないんだよね。

それを人はマイペースと呼ぶ。

自分は、ござさんが音楽専業になった今、販促活動をしないでいつするんだろって思ってやきもきした挙句に、気になりすぎてこのブログはしばらく休むことにしてた。書いたとしても所詮、ござさん何やってんの的なことしか書けなかったので。

でもござさんの携わってることはござさんにしかできないことで、ゆっくりだけどしっかり歩を進めてると考えると自分のつぶやきは要らない横槍だった。

 

ねぴらぼまで位の生配信で何弾いても「ハイだめでしたー」ってしか言わなかったのを考えると、演奏と楽譜、即興と出版という違いはあるにしても、あの当時は自分の業績を振り返って肯定してるござさんの姿って想像できませんでした。

 

 

それにいつも多くを語らないござさんが、演奏を聴いてくれる皆さんとかサポートしてくださった方々とかにお礼を述べている。

これこそ初めて見た現象(?)。どうしたござさん。

それだけ、自分らファンも公式から出たCDも嬉しかったし、そのアレンジを本人が監修して全曲コンプリート出版(デジタル)って、ほんと夢じゃないだろうかと思わず頬をつねった。(その時は公式HPの更新がまだだったので自分の中でボケツッコミが繰り広げられてて複雑だったけど)

しつこいようだけどもう一回言っとこう。

本人監修の楽譜。

ござさん特有の不思議な和音、不思議な響きの秘密が今明かされる。大げさな番宣風?いや大げさでもなんでもない、本人でないと知りえないアレンジの全貌が明らかに!!!

 

……このくらい言ってもいいですよね公式から言わないんなら。

ござさんのアレンジは全編さりげなく、しかし頻繁に装飾音やらアルペジオの和音やら細かく鍵盤を上下するアドリブで埋め尽くされている。そういうどうやって記譜するんだというところまで完全網羅、コードもついて、ペダル記号も全部ついてて、しかも11曲。

さらに全曲集にはルパン三世(80‘版)の楽譜という特典つき。(誰かこの特典についてもっと宣伝しようよ)

もう色々ツッコミどこが満載というか、ルパンの特典の宣伝皆無だろとか1曲毎単品の価格と全曲集の価格が単純計算で合わないとぞか、ルパンも単品で以前から売ってるアレンジが3ページで500円なのに今回何ページあるんだそれを特典でつけちゃうってどういうことだとか、………

色んな意味で商機を逃してる感じがしますけど。

要するにござさんチャンネルの趣旨はそこじゃないということだろう。

 

自分はパソコン画面で、高速で動く和音の16分音符を見て、ああこりゃ自分は弾けないわってことを再確認して安心したのでした、よって安心して傍観者の気分でこれを書いている。

アネモネ弾けるかなあ、やってみよっかな……)

というかやっぱりツッコミモードに走っているが、楽譜の内容に素人は言及できてないだけの話である。

ピアノの腕さえあれば、いやなくても和音くらいは押さえれるし、というかだれでもござさんのアレンジにピアノ1台あれば挑戦できるのだ。

 

ござさんは決して手が大きい方ではない。というのを自分で言われていた。

演奏もアレンジも、日々の練習と研究の賜物だ。

この動画を見ても、手が大きいから演奏に有利とかいう論理ではないことがわかる。


あくまであの超絶技巧も、唯一無二の音楽センスも、こうした練習の(おそらく小さいころからずっと)積み重ねによるものに他ならない。練習と、あとお手本になる演奏を膨大な量聞き込んできたからこその、現在なのだろう。ござさんの即興演奏を天才だなあと一言で片づけるのはこうした背景を蔑ろにしてるに等しい。

 

ござさんの演奏はそうした練習を裏付けとしたものでまさに本人にしかできないと思ってるけど、でもそのアイデアを楽譜のリリースという形でファンが共有できるようにしてくれたことに自分は感謝したいと思う。

曲をそのリズムでその和音通りには弾けなくても、がんばって練習しようと思わせてくれるというか。

ちょっと弾くだけでも雰囲気を味わえて世界観に浸れるというか。

 

ござさんはピアノでしか語らないから、

ファンはピアノでちょっとでもござさんに近づきたいと思う。

そういう願望が少し現実味を帯びてきた、かもしれない……

 

 

 

 

 

 

ござさんは全てをピアノで語る

 

新月に近い秋の夜。

墨を流したような漆黒の闇。

遠くで聞こえる虫の声は、琴線をはじくように清らかだ。

 

ヘッドホンから流れてくる、清冽なピアノの調べ。

静かな水紋の輪を描くように、音は空間にそっと溶けて広がっていく。

毎週の配信コンサートはこうして幕を上げた。

 

ピアノ配信 リクエスト募集中 2022/09/24 - YouTube

 

 

澄み切った風が部屋に舞い込む。

ピアノ一本での表現にも、ござさんはちょっとした四季の移ろいを忍ばせてくる。

 

秋を題材にJAZZの物悲しい音とリズムに乗せて、童謡からStandardJAZZまでが物憂く侘びしい曲調でまとめられていた。

時折、ハイペースなウォーキングベースや、虫の音がリズミカルに混ぜられて、聴いていて沈みがちだった気持ちがちょっと上を向く。

 

秋萩のふるえにさける花見れば 本の心は忘れざりけり

凡河内躬恒 古今和歌集

現代語訳:

萩の古い枝に咲いている花を見ると、あなたへの真心は昔と変わらないことに気づく

 

 

ござさんの生配信は、リスナーの要望に沿って、あらゆる年代やジャンルに渡ってリクエスト曲を弾いてくれるところが楽しい。ただチャット欄に流れるリクエストも膨大な量なのでどれが弾かれるかは宝くじみたいな確率になっている。

自分はござさんのレパートリーの範囲の曲をほぼ知らないので、チャット欄に流れる往年の名曲や珍しい曲を見てるだけでも楽しい気分だ。

レパートリーの曲は流行りの曲ばかりという訳ではないが。ござさんの選ぶ曲にはそれぞれ独自のこだわりが見えると思う。知ってる曲も、知らなかった曲も、ござさんが弾いてくれると原曲を彷彿とさせるというかさらに曲のいいところを発掘されてる気がして、メドレーの構成の妙も加わって自分はただ聞き入るばかりだ。

 

ジブリメドレーも頻繁に弾かれてると思うが今回も新たな世界観が見えた気がして素晴らしい。

 

しかしござさんの独特の世界観が炸裂したのは今回でいえばクラシックとJ-POPでは?

 

ござさんの生配信て、遊園地のアトラクションなんだよね。

しかもシークレットアトラクションって感じ。

ふつうは何に乗るか予めわかってるし、スリルとかワクワク感を楽しむものですが。

ござさんの配信はなんていうか…目隠しされて直前に何に乗るか知らされる。絶叫系からファンタジー系まで、息つく暇のないスリルと感動が襲ってくるなか、意表を突かれてええっ?と足を踏み外しそうになる。

 

クラシックの曲はこうだったなとリズムに乗ろうとして、J-POPの曲はこんな感じで思い出がよみがえり……ってしみじみと感傷に浸ろうとしたところで。

すごい速さで180度逆方向へ持っていかれて、よく言えば目が回る、悪く言えば気を失う。ござさんの仕掛けた謎のばねに翻弄されて、その掌中でいいように転がされているというか。

 

でも包括的に振り返ると秋のメドレーとして不思議にまとまっている感もある(そうか?)のが不思議なところ。

秋の夜長の作業のBGMとしてもぴったりな哀愁をおびた音色。

 

しかしござさんにはここからが本番だ。

「宴もたけなわではございますが…」(今回は言ってないな)という時間帯になってからがござさんのお楽しみタイム。

 

最後のノーストップメドレーを欠かさないのは、いろんなアレンジで「どうかな、今日もリクエストに応えられたかな」と、今度はござさんが自由に選曲とかアレンジを楽しむコーナーだから。

毎週配信を欠かさないというかコンサート本番前ぎりぎりの時期まで生配信を絶対に欠かさないのは、(配信全体に言えることだとしても)即興で縦横無尽に弾きまくることがござさんのHPの源だからだと思う。

いつも思う。

この最後のメドレーコーナーが、ござさんが一番生き生きしてる。手が疲れようが体力がなくなろうが、ネジが壊れたというかタガが外れたというか高速道路をスピードMAXで飛ばしているような勢いが、聴いてても楽しいんだ。

 

いつも電池切れるまでこのように弾いてるのだと思うが、今回は22時開始と時間が遅いにも関わらず夕食はまだのようだった。確かに。ピアノはスポーツだし、スポーツ選手は試合の直前だとせいぜい件のウィダーとかバナナなど、消化がよくてすぐエネルギー変換するものしか食べないと思う。ござさんの生配信も2時間集中力を維持しようと思ったらそれ以外は食べられないだろう。

 

そうじゃなくて、なんで配信時間遅かったんでしょうね?昼間に何か仕事とか打合せとかリハーサルとかあったんでしょうか。

 

最近執筆されているらしい、1日あたり5000字がノルマの仕事に絡んでるのだろうか。

告知が待ち遠しいな。

 

 

 

 

通報案件

 

・このブログは個人が持論を展開しているにすぎません。

 

・ブログ名にあるピアニスト「ござ」さんはこのブログとは一切関係ありません。

 

・文責は自分です(Twitter@pEcXkXhkAeo0D6t )。

 

・ご意見ある方は自分までどうぞ。このブログ記事の最後にもコメント機能があります。そちらからもどうぞ。

 

 

別に自分は正義の旗を振りかざすつもりはない。

世の中いろんな人間がいて、主義主張も様々。憲法下で保障された言論の自由の名のもとに。

 

しかし自由だが人間は一人では生きられない社会的な生き物なので、人間同士のやりとりにおいて、円滑にコミュニケーションを図るには一定の範囲内のマナー、礼儀というものが必要になってくる。

 

挨拶の習慣などはその最たるもの。

そもそも、言葉、言語じたいがコミュニケーションを図るために生まれたツールであるから、何でも自由に発言してよいというわけではない。そこには言語の文法の枠を超えたルールが存在する。

思いやりとか、礼儀作法というやつである。

つまり相手の立場に立った時、何が最善なのか考えて行動するのが肝要。

 

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ネットリテラシーの変遷

対面のコミュニケーションにおいてもこの繊細さが求められるから、昨今世の中に普及しているwww【ワールドワイドウェブ】、通称インターネットでは顔も見えず正体を知らない同士のやり取りであり、いっそうの気遣いが必須になってくるのだ。

 

………というのは理想論。

ネット上は、実質個人の特定が簡単にはできないことから、特にWindows95が普及して以来、パソコンによる通信が急速に世の中に広まった頃は新規ユーザーも多く、マナーなど皆無のまさに無法地帯と化していた。

どれだけ無法地帯だったか?

WindowsなどのOSや、PhotoshopIllustratorなどの高価なソフトがごろごろ落ちていてダウンロードしたい放題というのはざらである。

漸くセキュリティという概念ができてきたのはもっと後だった。

コミュニケーションのルールが未熟だった時代という意味ではネット掲示板(いわゆる2ちゃんねる)も十分無法地帯。自分は怖くて入ったことがないけど。

 

パソコンという機器もインターネットもまだまだ一部の限られたユーザーしかいなかった世界から、スマホ・ブロードバンド通信に変わったあたりでインターネットを訪れる対象者が桁違いに増えて交流が多様になった反面、マナーも新しいルールが求められるようになったのが現代だ。

 

え?

ネット上は表面上は少なくとも匿名の世界だし、マナーなんて最初から無いだろって?

それはその通りです。

インターネットはいわゆるアンダーグラウンドの世界、詐欺や犯罪の温床・殺人の方法から麻薬、脱税、密売や密輸、果ては臓器売買から人身取引までありとあらゆる危険な情報が潜んでます。

 

そんな重い話題じゃなくても、言葉遣いとかそういう身近なところにこそトラブルの原因が潜んでる。言葉遣いが原因で誹謗中傷からの裁判に発展した事案もあるでしょ。

さらに。光ファイバーによるブロードバンドつまり大容量通信の時代。犬も歩けばネットに当たる、猫も杓子もスマホSNSの時代。

 

そんな誰でもいつでもどこでもネットを利用できるようになった時代ならではの問題が新たに出てくるようになった。(そんな問題ネット初期はなかった)

たとえばこういういわゆるバズってる動画や、写真。

それを全く関係ないアカウントが無許可で転載していて、それもまあまあバズってる現象をよく見る。転載元を伏せてても、Twitterだとそのリプ欄に不自然な大量の宣伝が続くのですぐ分かる。

 

いったい何のためにやるのだろう。

誹謗中傷とかこういう無許可転載は、単に自アカウントのアクセス数を稼ぎたいからというだけの構ってちゃん、幼稚園児レベルの動機なだけのことが多い。手軽にできるだけにこういう単純なことはもはや学校で禁止事項と教えてて、子供でもやったらいけない事と知ってる。

 

ただネット上にはこういう明らかにスルーするべき案件以外にもたくさん犯罪行為を見かける。(え?やってる人にその自覚が無い時点で犯罪ですよね)

いわく。公式を装った偽アカウント。

いわく。公式を装ったアカウントからの偽宣伝メール。

こういう輩が発する情報には概してフィッシング詐欺、またアダルトサイトや個人情報が強制的に引き出されるサイトへの誘導URLが何食わぬ顔で潜んでたりする。こういう系は明らかに組織が絡んでて儲け目的というか犯罪に巻き込まれがち。対策と言っても、オレオレ詐欺と一緒でこっちがパターンを知り、疑わしきには近寄らないようにするしかない。

 

 

ござさんファンを騙(かた)る犯罪者

さて。

上記の通りブロードバンドが普及して久しく、ネットリテラシーも世の中に広く流通するようになった昨今において。

ネット最初期にみられたような単純明快なマナー違反を見つけてしまった。

ほんとあの時代の原始的な動機が漂う。

落ちてるからもらっちゃおう。

俺のものは俺のもの。

お前のものは俺のもの。

ジャイアンか?

 

しかし。世の中の認識とマナーは随分と向上したものと思っていたが……こういう輩がいまだに横行しているとは。ネット上における倫理観も地に堕ちたもの。

ここは辺境の地のブログですが、看過することはできません。悪質ぶりが顕著に目につくので。

いたちごっこ

言っても無駄?

雨後のタケノコ?

タケノコもすぐ成長するし、放置すれば足を踏み入れることもできない昼でも薄暗い竹林になり、伐採することすら不可能な、焦げ付き債権みたいに手の付けられないことになるのですよ。

それをほっとくの?

ありえません。

(公式チャンネルから正式に抗議の発信はなされてませんので、あくまで自分の個人的抗議声明みたいなものですが)

 

件(くだん)の動画

youtubeには、動画のお勧め機能がある。

AIがユーザーの動画閲覧履歴や検索履歴から、関連性の高いジャンルの動画をピックアップしてyoutubeページのトップに並べてくれるのである。

自分はある日いつものようにyoutubeを開いてござさんの動画を見ようと、ふと画面を見た。

そこに何げなく投稿されていた、とある動画。

 

 

ここで動画の題名に【ござ】さんの名前を見つけて、軽率に「わ~~い!」と再生ボタンを押してしまったことを正直にご報告いたします。動画のスクショも載せときます。ダメだ、これじゃ商店街でありがちなキャッチセールスにホイホイついて行く浅はかな子みたいじゃないか。

《動画題名にピアノを冠してるので、ござさん自身が得意とする耳コピ動画、いわゆる弾いてみた動画か?と思ったのだ。という言い訳を試みる。(ほんとうにすいません)ござさんの演奏の耳コピ動画、弾く人によって印象が色々違ってて聴いてて楽しいから。どの人もござさんアレンジの複雑な和音を拾ってて感嘆のひとことしかない》

 

罪状の検証

チャンネル名だけ見ると、そういう単なるファンのチャンネルかと思う。

この偽装ぶりが余計に悪質だ。

なぜならこのチャンネルに上がってる動画は全部、弾いてみたではなくござさんの演奏動画の切り抜きだからだ。

無許可の動画加工は著作権法の違反案件。

動画の概要欄にあるように、

「ご本人様の許可がございませんので、問題や苦情があれば削除致します。」

と、チャンネル主は著作権法のことを分かっててやってるようだ。まあそのくらいの知識当たり前ですよね。常識です。つまり、確信犯ってことです。

 

ここで動画の転載元としてなのか?ござさんのチャンネルURLを概要欄に貼っているが、なぜかyoutubeサイトトップのリンクであり、動画リンクではない。

日付は

「2018/11/22 YouTubeLiveより」

となっている。

ここが最も悪質。

 

ござさんのチャンネルにはyoutubeのメンバーシップ制度がある。今の所、スパチャと並んで毎月の重要な定期収入源のはずだ。介護職もやめ、実家にも頼るふうもなく、あらゆることを一人でこなすござさんには、メンバーシップの会員料は生きていくうえで、音楽活動を続けていくうえでまさに生命線である。

メンバーシップ制度の主な特典は今の所、youtube生配信の過去アーカイブの視聴権。いまのところ2020/8/20以前のアーカイブがメンバー限定の動画。2018年なんてメンバーシップでも料金が高い方の設定じゃないと見れない時期だ。

つまりこの

ござさん愛好家 - YouTube

なるチャンネルの開設者はメンバーシップ登録者だと思われる。つまり月々の料金を払ってアーカイブが見れる人。逆に言えば、あの生配信動画は有料だと分かってる人だ。

決してストピ動画とかをうっかり動画編集しちゃって投稿した、という子供にありがちな知識不足からのアクシデント的投稿ではない。

有料動画の、ウケそうなのを曲ごとに切り抜き、勝手にサムネ動画をつけて、youtubeに公開制限無しにupする。

 

ここで、著作権法の違反に加えて営業妨害も追加。

メンバー限定配信動画の切り抜き、という事実を伏せて動画投稿してる点が、営業妨害だ。

何も知らない通りすがりの人は、「ござ」さんの演奏なのかー、と思ってそのまま概要欄に貼ってるござさんチャンネルのトップに飛ぶだろう。

この過程に、メンバーシップの宣伝、過去の膨大な生配信動画見放題という特典の説明がごっそり抜け落ちてた。

もう一回言う。

メンバーシップ会員からの収入は、ござさんの今の所の生命線の片翼を担ってる。

そこをピンポイントで狙ってきて足元を掬うような陰湿かつ悪辣な真似、絶対許せたものではない。

 

 

この人の目的はなんだろう。

目立つことして注目を惹こうとする構ってちゃんでもなく、

詐欺に引っ掛けるでもなく。

なんだろ、人を陥れて楽しむ愉快犯系だろうか。

そんな人の思考回路は自分には理解できない。

 

チャンネルトップ画面の概要ページからも確信犯であるっていう明確な意思を感じる。

ござさんの生放送から、個人的に好きな演奏を切り抜いていきます。リクエストは受け付けておりません。 ご本人様の許可を得ていませんので、何か問題があればチャンネルごと削除致します。

 

動画ごとの概要欄にも同様の趣旨のコメントを貼っているようですけど。

「リクエストは受け付けておりません」

いや、リクエストする場はそこではなくござさんチャンネルの生配信です。

「ご本人様の許可を得ていませんので」

無許可とはっきり書いていただいてありがとうございます。こちらもはっきり指摘させていただきます。

「何か問題があればチャンネルごと削除いたします。」

問題ありありですけど。チャンネルごと削除しなきゃいけないって自覚をもって投稿されてるわけですね。

まず普通こんなこと書かんでしょ?普通はね、自分が心血を注いで投稿した動画たち、少しづつ育ててきたチャンネル、いわば分身みたいなものでしょうに、軽々しくチャンネルを削除するとか言えんですよね。

 

 

技術的に言えばこの人のやってることは誰でもできると思う。youtube動画を編集して再投稿とか、ちょっと知識があれば簡単かもしれない。

でも上記のような事情を前提に、ござさんのメンバーシップに登録してるファンは、メンバーシップ制度の意義を理解してそのような行為は誰もしなかった。

そのファンの良心に頼るとかいう制度が危ういというか脆弱だったのかもしれないけど。しかしメンバーシップ制度はござさんに限らず多くのチャンネルで実施してて、メンバー限定動画も多数存在する。そんな中なんでござさんチャンネルが目をつけられたのかわかりませんけど。

 

現実問題、わずかながらできること

しかし明らかに違反行為の数々を犯しながらも、いち個人としてできる事はyoutubeにスパムとして報告するくらいである。

ござさん本人が動かない以上、できるのはここまでだ。

 

少なくとも報告して以降は、このチャンネルにアクセスせず素通りするしか対策らしいことはできない。

よって、下記のチャンネルリンクにまず行かない。

お勧めに単体動画が流れてきても、絶対再生しない。

見かけたらyoutubeに報告。

今の所、対策としてはこのくらいだろうか。

 

押してはいけないリンクとして貼っておく:

【ござさん愛好家】

https://www.youtube.com/channel/UCnZd46BKVJHqnlJl-cqfN4A

 

 

ござさんの周辺でこういう明確なアンチみたいな輩が徘徊してるのは今回が初めて?

見つけたらしらみつぶしに存在を消して回る、それしかできないのがもどかしいけど仕方ない。小火は初期に見つけるから小火なのであって、火の手が回ってからでは遅い。

 

 

 

 

補足:通報のやり方

ググったら出てくるとは思いますが。

上記の、チャンネルを開いてはいけないってのは間違いです。

通報したらあとは動画も全部スルーでよろしいかと思いますが。

 

手順を並べてみました。

(※ iPhoneの場合)

 

クリックする場所に印つけてます。

 



 

 

 

この画面で自分はスパムという意味でチェックしました。

 

 

 

 

チャンネルトップから報告すると、動画に一括でチェックつけて報告できます。
(個別にやらなくてもいいです)

 



 

以上、補足でした。

 

 

 

 

 

アカデミズムとエンタテイメント

 

★★このブログは、普段はネットピアニスト「ござ」さん単推しとなっています

★★よって今回の記事は番外編です

★★クラシックに全く知識のない人が書いています

★★ご了承ください

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

きっかけ

先日9月14日のこと。

自分は岡山にコンサートに行っていた。

 

聞きに行こうと思ったのは、Twitterで見かけたこのお知らせから。

一瞬思った。

「まだチケットあるんや!?」

 

 

自分は普段、ネット上でピアノ動画を聴いているのだが、その中で噂に上っていたかてぃんさんが今回の公演のソリストだった。

というより自分がチケットを買った決め手は、交響曲が「新世界より」だったからと言った方が正しい。

さらに。

うどん県の片田舎在住の自分でも、岡山シンフォニーホールなら日帰りで行ける。

海外オーケストラの地方公演でこの値段、S席でなければ格安チケットといえる。

その日は偶然有給を取っていた。

と思ってチケット状況を見ると、隅っこの席がまだ残ってた。

クラシックのピアノ曲はあんまり知らない。小さいころエリーゼのためにが弾けたくらいでよくわからない。

 

とはいえ、行くと決まれば前もって予習?したいというものだ。普段聞かない奏者だからよけいに。予習というか自分の認識の振り返り。


細かい事は抜きだ。

とにかく生演奏の迫力と臨場感は画面、スピーカーを通して聴くのとは全く別物だからだ。

 

そう思って、近所の自衛隊駐屯地で年に一回の一般開放日には必ず吹奏楽団が演奏するので聞きに行っているし(最近コロナで行けてないけど)。チャイコフスキーの序曲1812年が生で聴けるレアなチャンスだから。しかも曲の中で使われる大砲は、実物の空砲が鳴るという迫力。

母校の高校の文化祭も要チェック。今年、コロナ流行後ひさしぶりに聴く機会があった。彼らはあくまで部活動の範疇だけど、日々練習を積んでステージに立つというプロセスは楽器の演奏に携わるシーンではみんな同じことをやってるわけで。プロのステージと違って合間の漫才MCから衣装やダンスの演出から全部生徒たちで作る舞台は手作り感があるなか、演奏はさすが本格的、圧倒される。

 

 

何の楽器のどこの演奏でも、生演奏というのは理屈抜きで人々に訴える問答無用の説得力を持っている。同じ空間で響く音というのは、何らかの説明しがたい目に見えない力がある。CDの売り上げやTVでの歌番組が低迷していると言われてから久しいが、歌手やロックバンドのライブはコンスタントに盛況な業績をキープというかさらに盛り上がりを見せている。音楽を聴く者は皆、生演奏の魅力、それを体感して知っているからなのだろう。

 

プロのコンサートは自分も久しぶり。今回偶然からの思いつきだけど、生演奏、しかもプロの管弦楽団を聴けるという、もうあるかないかわからないチャンス、とにかく楽しんだもの勝ち。

海外の楽団なんて、学生時代に倉敷市民会館ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団聴いて以来。というか岡山へは通学してたので電車の車窓も別段珍しくない。シンフォニーホールも、地下の書店の丸善も懐かしい。目にする景色は当時と変わらない。

 

有給取ってたから早めに出発。

 

って到着早すぎる問題。

近隣の後楽園もよく知ってるというか講義で勉強したくらいなのでそっちの観光はせず、ここの正面階段の裏のベンチエリアで延々と上記の予習記事をスマホとキーボードで書いていた。どこから見ても怪しい人。服装も垢抜けなくてまさに不審者。(夕方になりぼちぼちお客さんが集まり始めたため怪しまれる前に撤退)

 

 

娯楽としての音楽

世代を超えた文化

このコンサートにソリストとして招聘されているのはピアニストのかてぃんさん。

ポスターには本名の角野隼斗で記載されている。

しかし予習記事に続き、自分はかてぃんさんとして聴いた。

 

上記の予習記事をホール正面階段裏のベンチで書いていると、公演時間が近づくにつれてお客さん、というかおしゃれに着飾った学生が保護者と一緒に集まってきていた。

小学校高学年?中学生?の子が、学生らしくもちょっとフォーマルなお洒落な服にアクセサリーとかつけて、保護者とかピアノ教室の先生?に連れられて来ている。みんな、今日だけ少し背伸びしているような、どこか緊張を浮かべた表情で落ち着かない感じ。

 

今回、コンサートのチケットはまともに買うと安くても9000円はする。

(学校に文化普及事業とかでプロの演奏家が招かれ、演奏が無料で聴けるていうのはしかし子供にとっては受け身の鑑賞機会になる。)

それにひきかえ、今回のコンサートには学生の無料シート枠が抽選で募集されていたので、ここに集まってるのは応募した子、つまり「音楽に興味のある10代」ってことだ。

生で感じる演奏って、音そのもののの豊かさだけではなく演奏家の息遣い、間合いの取り方、お互いのコミュニケーション、舞台の雰囲気、いろいろなものを肌で直接感じられるので、家のTVで通りすがりに聴くよりも絶対に心に残る何かを持って帰ってくれると思うし、印象に残ったシーンや音は、まるでフィルムの焼き付けのように一生忘れないと思う。その後の人生にも少なからず影響を与えると思うから、なにも構えないで聴けるあの年代の子たちがたくさん(確か招待枠は300人)来てたってことは素直に喜ぶべきこと。

若い世代が親しんでくれるというのは、広く音楽界にとってかけがえのない財産だ。

安く気軽に本格的な芸術を楽しむということは、欧米では広く庶民に普及してることだと思うので、日本でもどんどんこういう事をやってほしい。(うどん県では一般民の興味はまだまだ少ないといわざるを得ないけど)

 

 

かてぃんさんとクラシック

彼ら若い世代は、コンサートの触れ込みが何であったにしろ、その自由な感性で本能的に吸収するものがあったはずだ。

そちらではなく。

かてぃんさんが今回のツアーに協奏曲のソリストとして招聘され、全国を巡業する目的とは。

クラシックというか、ピアノ曲にさしてそれほど知識も興味もない層に、訴えかけることではなかったか。

 

実際は、ツアーのチケットが軒並み売り切れなのも、毎日ネット上で キーワードの # がトレンドに上がるのも、かてぃんさんの影響なのかもしれないけど。

シンフォニーホールの座席が上階までびっしり埋まるさま、自分は生まれて初めて見たので(クラシックだと滅多に無いと思う)。壮観というか圧倒的というか。

クラシックコンサートでここまでの集客力ある公演は、自分は実際には見たこと無い。いや人気のある奏者の公演ならクラシックでも満席になるのだろうけど、そういうステージとは今回の客層は決定的に違う。

 

なぜなら自分みたいな

「ちょっとクラシック興味あるけどピアノ曲は全然知らないし普段聞かない」

ていうヤツが、

「かてぃんさんって、最近よく聞くよねー」

程度の認識で

「なんとなく席空いてたから」

という理由で来てた人も多いのではないかと思われるからだ(実際に統計取ったわけじゃないけど)。

ここからは、そんなクラシックの解釈とか知らない一般市民の自分の基準で書く。

 

クラシック音楽って利益を追求しちゃだめみたいな風潮があるじゃないですか?

売るのが目的じゃない、

芸術を研究し、極めるのが本懐だからという風潮。

CDとか音源の売り上げに至ってはPOPS等の人気曲のほんの足元にも及ばないけど、クラシック演奏家は販促のための営業したりしない。

 

でもその芸術を極めるスタンスから、一般市民に一向に寄ってこないので世界が広がらない面はあるだろう。

それにクラシック音楽は減点するしかない世界観を持っている気がする。(あくまで自分の先入観だけど)

 

クラシック音楽にそういう疑義を抱いていたからか?自分が小さいころに苦手で辞めて以来、ピアノ鑑賞をふたたび始めたのはYouTube動画がきっかけだった。そこには評価基準もない、聴くのに教養も必要ない、好きな演奏家を好きなように感じればいい自由な世界が広がっていた。

そんな中、自分の推しではないがyoutube動画を聴く中でかてぃんさんのことを知った。クラシックの華麗な技術を擁し、そのレパートリーを踏襲しながらもアレンジ曲の作風は自由奔放。肩書から印象を受ける、既成概念にもとづく格式張ったピアノっていう自分の先入観はどこかに飛んで行った。

 

クラシック出身でありながらその演奏に全く新しいベクトルを感じていたところで、耳に入ったのが2021年夏のショパンコンクール予選へのかてぃんさんの参加だった。

そこで自分は盛大に路傍の見えない石につまづいてコケた。

「なんで今さらクラシックコンクールなんですか」

って思った。

今までにないフィールドで音楽のジャンルという垣根を越えて自由に表現するのはかてぃんさんならでは、他の人にはできないことだったんじゃないのか?

なんで、他者から評価されて順位を付けられるコンクールっていう舞台に回帰したのか?わかりやすい指標としてコンクールの順位は有用だけど、自分はそれ以後かてぃんさんの演奏を追うのはしばらくやめた。

そんな画一的かつ杓子定規な金太郎あめのような世界に嵌ってほしくなかったので。自分の中で描いていたかてぃんさんの未来像は、もっと流暢に自己主張していたから。いつから指示されるのを待つようになったんですか、かてぃんさん。

 

ただ。クラシック音楽の表現も追求すれば素晴らしい。

結局題材は何にしても、魂の入った演奏というのは観客の心を掴むものだ。

このコンクールの演奏なんか途中で観客が熱狂のあまり拍手している(が、その場の誰も咎めずに演奏は再開されているのもまたすごい)

Chopin Bunin - YouTube

 

その後、今年の夏にフジロックフェスへ出演しているところを生配信で見かけたが、自分の余計な横槍は単なる杞憂だったというか、かてぃんさんの独特の世界はしっかり領域を展開していて、自分は思わず心のどこかで「お帰りなさい」とつぶやいた。

 

 

クラシックをかてぃんさんが演奏すると

前置き長すぎ問題だが、そういうわけで自分は角野隼斗とクレジットされているコンサートのポスターを見た時点ではチケットに興味は無かった。

ネット上のどこかで耳にしたが、「クラシックも聴いてほしい」との発言もあったとのこと。しかし上記の通り、クラシック音楽の世界では評価するのはそれなりの教養と経験を持った知識豊かな聴衆であり、自分はクラシック奏者としてはかてぃんさんを見ていない。クラシックも演奏できるエンターテイナーという存在だろう。

 

エンターテイナー?

そう、音楽というのは評価されたり順番をつけたりするものではなく、聴いてる人が楽しいかどうかだ。上記のブーニンのコンクール動画を見る限り、コンクールなのに観客を巻き込んでリサイタルのオンステージと化している、そんな表現をしているかどうか?というところに自分は主眼を置きたい。

教科書通りに上手にできているか。

ではなくどれだけかてぃんさんらしいか?

っていうところに期待して自分はコンサートに出かけた。

つまりショパンの協奏曲がどういう構成で過去にはどういう解釈の演奏がなされ、今回はポーランド交響楽団とのマッチングで理想とされる表現は、云々………

そこは問題じゃない。

 

そういう知識がないので自分の感想は簡潔に終わるのだが(それにしては前置き長すぎ問題)。

かてぃんさんの音は、ねぴらぼ(2020/7/24)で配信で聴いたのが初めてだった。その時なんておしゃれな音で演奏するんだろう!って思ったのが第一印象、その知性と品性を失わないってところがルノワールの「可愛いイレーヌ」っぽい、と書いたのが最初。

(画像リンク:イレーヌ・カーン・ダンヴェール嬢 - Wikipedia )

 

(※おまけ:ねぴらぼ感想記事)

 

 

今回はショパンのピアノ協奏曲。

構成は3楽章だった(初めて知った)。詳細についてはいちいち書きませんけど。

 

おしゃれな音ってつくづく今考えると語彙力無いな…?

軽やか…

繊細でしなやか…

弾むような…

 

なんか違うぞ。

しいて言えば鈴を振るような音色ってところだろうか。

 

弱音が美しい……?

それはクラシック奏者全員に言える、最低限の装備というか技法みたいなものでしょ。

自分みたいな素人にはそれくらいしか演奏を理解するものさしは無いともいうけど、それ以外に決定的な特徴がある。

力強いオケとシンクロするフォルテのとこでも、穏やかに語るようなところでも、弱音だろうがどんな音だろうが、何?真珠みたいな小さくて綺麗な粒が空間を舞ってたという感じだ。そういう角の取れ具合がかてぃんさんにしか出せない音だなあ、と思いながら聞いていた。絶対に力で表現しない、その華奢な腕からは想像もつかないような意志のある音が、しかし爽やかな足跡を残して美しい軌跡を描く。

 

自分はぎりぎりでチケットを取ったので座っていた席はいわゆる壁から張り出したバルコニー席の奥まったところ。つまり背中は壁で少々ひとりごとを言おうがリズム取ろうが目立たない。その客席の奥まで、水滴のような瑞々しい陰影が漂ってきて優しく耳元で囁くのだ。

 

曲の構成とかは知りませんけど。

クラシック音楽の表現は与えられたものを鑑賞してる感じで堅苦しい

しかし、グランドピアノで、コンサートホールで、協奏曲とか聞いた事無い身としては、ピアノでここまで多彩な音出せるんだなあ!と素人らしく感動してて、ふと最近再開したのはいいがちっとも進まない自分のピアノ練習を振り返って、なるほどピアノってひたすら練習しなきゃならないんだな、とひそかに思った。

今回聞きに行って得たものはそれかなあ。1日空くだけでも、練習の進み具合は正直に元の状態にリセットするから。

 

かてぃんさんのピアノは練習したからといってどうなるという世界ではなく、かてぃんさんの描く世界を具現化したらそうなったという自然現象みたいなものだろうか。

知識がなくても伝わってくる、ピアノの魅力。

クラシックを知らない人にも遍く感動を伝えるかてぃんさんのピアノの世界。

わかりやすい表現、言い換えれば娯楽である。

かてぃんさんはクラシックピアニスト、だけではなく、エンターテイナー。

かてぃんさんの最大の売りはそこじゃないのかなあ?

クラシック曲の、教養を前提として鑑賞するという風習を根底から覆す自由な表現、それがかてぃんさんの真骨頂だ。(まあ楽譜通り演奏しているという点では、曲の知識があったほうがより楽しめるが。)

ピアノの音には、必ずはっきりと人柄が出る。

かてぃんさんのピアノにはユーモアという、理屈抜きに楽しめる要素がちりばめられているのだ。

 

自分はクラシックのピアノ演奏は聞かないけど、かてぃんさんのピアノにはクラシック曲の目に見えない敷居の高さが存在しない。今回のコンサート行こうかなと思ったのも「どうなるか分からないぞ!???」と期待したからというか、おもしろそうだ!と思ったからだ。

勧められたからじゃなくて、かてぃんさんのピアノに興味があって聴いてみた。それだけだ。

 

コンサートの評価は半ば出ているといってもいいだろう。

クラシックコンサートなのに、2000席あるのに満員。

その事実が全てを物語る。

 

 

戦略にして最大のサービス

かてぃんさんの強み?はSNSの効果的な活用だろう。

いちいちツイートが話題にのぼる。

本人は無意識な節すらある。そこが自然体でまた独特の魅力を醸し出す。

 

 

これの前後とかね。この間ドイツで急なコンサートを挟んでおられたはずなんですけどね?どういうこと?ってなる。

 

それで帰国したからってこれ。カップ麺に6000いいねって、ねえ?どういうこと?

 

かてぃんさん本人がこの調子、この合間にインスタライブを挟んできて、それが海外公演の前の現地練習とか、ほんと本人は自然体でやってそうだがその言動はファンにしてみれば嬉しいものばかり、自分は部外者ながら、楽しそうだなあと見ていた。

ファンが楽しそうなのである。ほんと、本人も誰も音頭取ってない(たぶん)のに、自然と盛り上がってて、あっちこっち忙しそうでほんとうらやましい。

 

今回のコンサートも、協奏曲のソリストとしての地方公演巡りだから演目はわかりきっているのだが、ネット上を見ると毎日 # つけて盛り上がってる話題がある。

それはアンコール曲らしい。

毎日違う曲をやってるらしい。

ファンの方々は曲目の予想を立てたりして、ネットでは大喜利大会が繰り広げられていた。

自分はかてぃんさんのレパートリーを知らないが、それまでの経緯からどうやら岡山公演ではトッカティーナかきらきら星なのではないか、という意見を見かけ、果たして当日のアンコール曲はトッカティーナだった。

【8つの演奏会用エチュードより  トッカティーナ Op.40-3】

 

ひょっとしてコンサートのメインはこっちじゃないのか。

というくらい、迫真の空気に包まれた演奏。

上に貼った、ショパンコンクールの途中で観客が拍手してしまうブーニンの動画、あれの勢いだ。2000席のシンフォニーホール、満場の観客を巻き込んで変拍子カプースチンのリズムが小気味よく響く。客席は皆誰一人として身じろぎもせず、固唾を呑んで見守るだけ。オーケストラメンバーまでニコニコしながら?(のように見えたのは気のせいか)、心なしかリズム取ってそのリズムの流れの行く末を見守っているようだ。

ひょっとしてお客だけじゃなくオケメンバーも、毎日日替わりのアンコール演奏を心待ちにして楽しんでる説?

なんかこう生粋のエンターテイナーだなあ、と見ていて感じた。

合間に指パッチンまで入ってませんでしたか?遠くの席ではっきりわからなかったけど。

 

客観的に言えば、毎日違うアンコールナンバーとか、しかも難曲ぞろい、これを難なくというかそつなくこなしてるように見えるがはっきり言って十分凄い事やってると思う。聴いててファンは楽しいのだが、そこにはかてぃんさんの鉄壁の演奏技術に裏付けられたものがあるからということを忘れてはならない。

 

普通はね?

演奏家というのはコンサートのプログラム自体に心血を注ぐ。その演奏の出来、評価の行方が今後の演奏家活動の趨勢を握っているようなもの。

アンコールというのは余興、プログラムの興奮と熱狂醒めやらぬ観客のリクエストに応えて有名な小品を演奏するというのがセオリー。

のはずなんですよね。

そこに全力で次々と難曲(よく知らないけど自分的に十分難曲でしょって思う)を放り込んでくるかてぃんさん。

 

なんというか、キャラは分かっていたけどそれを軽く凌駕してくる、凄みさえ感じるアンコール。

もうただただ圧巻である。

 

 

 

伝統を誇るオーケストラーーポーランド国立放送交響楽団

よし!ここからはピアノ関連じゃないので好き勝手に書きます。公的情報もなにも、私見盛り込み放題です。ご了承くださいませ。

 

でも一応公式情報は貼っておきましょうか。

ポーランド国立放送交響楽団 - Wikipedia

(※公式サイトー日本語じゃありません: NOSPR )

 

上のピアノ演奏の感想部分で、クラシックコンサートなのに満席のチケット完売状態と書いたが、この後半の交響曲のプログラム部分は従来のクラシックコンサートの体裁だったと言っていいだろう。

自分のお目当てはこっちだった。(最初は。)

チケットを買ったきっかけは、岡山公演の曲目が、ドヴォルザーク新世界よりになっていたからだ。それは個人的に、学生時代文化祭でやった曲だったからだ。正確には2,4楽章を。

色々思い出すのだ、必死でクラリネットやってたけど難しかったなあとか、練習よりもランニングと腹筋がしんどかったなあとか、がっつりみんな練習してんのにダントツサボってるトランペットの子がなぜか頭3つ抜けてうまくて、新世界よりとか目立つ曲も一人だけポーンと遠くに音飛ばしてたなー、等々……

 

そんな個人のつぶやきはさておき。

交響曲という演目、伝統的な交響楽団の編成。聴いてて落ち着くというか、どこからかフェイントでドッキリ演奏を仕掛けられることもないと分かってるので、和やかな気分で聴けるというか。ホームグラウンドに帰ってきたような安心感。

自分が部活でクラリネットやってたからか、オーケストラでまず聴くのもクラリネットの音。ベテラン奏者になればなるほど、芯がぴんと通ってるのに丸く溶けていくようなやわらかな音を出す。ピアノの弱音は美しいというけど、管楽器の弱音にこそ奏者のすべてがあらわれている。と思う。

ここのオケのクラリネットの音も、素晴らしく透明感がありその響きにうっとり陶酔しそう。やっぱり海外のオケはどの奏者もレベルがただただすごい(語彙力)。

この遠くまで飛んでくる弱音の味わい、

またオーケストラのtuttiの響きが一体となっている様、

それらをじっくり聴きたいので、こういう大編成の演奏会では自分は真ん中の列より後ろの席に座る。かつ席が中央あたりであれば文句なしだが、今回は右端のバルコニー席だった。(それはチケを取ったのが3日前だからであり今回はやむをえない)

 

簡潔に感想を述べると。

 

個人の予想(というか期待というか先入観):

チェコポーランドは隣同士。同じ旧ソ連の文化圏。ドヴォルザークアメリカで作曲したこの曲に、チェコの民謡要素をふんだんに盛り込んでて、きっとポーランドでもなじみがあるに違いない(っていう勝手な憶測)。だからガッツガツにチェコ節満載のベッタベタな土俗的演奏になってるんじゃないか。そこに東欧要素の渋い音色がかぶってきて、かっこよー!となるにちがいない。

 

 

ドヴォルザークの音には通奏低音のようにひっそりと哀愁のあるメロディが混ざっている。

この曲もテーマはアメリカだが、がっつりチェコ民謡ふうである。

ドヴォルザーク 弦楽四重奏曲 第12番 ヘ長調 作品96≪アメリカ≫ スメタナsq. Dvořák String Quartet "Amerikan” F-major - YouTube

 

楽団はポーランドからだし…そういう渋くて重厚な音作りしてくるのかなあ…(妄想)

 

というオタクじみた妄想は見事に反映されなかった。

当たり前である。

 

コンサート前半は協奏曲だからオケは裏方に徹し、かてぃんさんの煌びやかな音色がいっそう輝くように、でもオケと指揮とピアノで呼吸しながらやっていた。

この伴奏的なオケのバックが弱音続きで、逆にオケの腕の見せ所じゃないのと勝手に思ってる。

 

新世界よりも結論を言えばあっさりとスマートかつオーソドックスな演奏。

そういや当然か、こういう地方ツアーでは一見さんがほぼ全員なのだから、初対面の観客にはまずプレーンな印象を持ってもらわないといけないのだし。

 

チェコ風?な民謡風にノリノリで羽目を外すというか。

ここっていう聴かせ処で法外にパンチを効かせすぎ、道を踏み外してえらい事になってるところは取材できませんでした。

小声:(なあんだ・・・ふうん・・・)

現場からは以上です。

 

 

ただ(個人的には)第2楽章のソロのイングリッシュホルンです。ここがばっちり決まってるかどうかにこの曲のすべてがかかってます(単なる個人的見解)。

ホルンって名前ですがオーボエの仲間、ダブルリード楽器の一種です。これらの仲間は

(参考リンク: コーラングレ - Wikipedia )吹き口がダブルリードっていって葦の茎を二重にかさねたものを使うんだけど、このダブルリードの扱いというか調整が無茶苦茶に難しいのだ。湿気、リードの削り具合、息の通し方、諸々にものすごく繊細なコントロールを要求される。

プロの演奏でハラハラしたことは無いとはいえ。この曲のカギを握る第二楽章が来ると意味なく緊張してしまう。

という素人の余計なつぶやきは横に置き、静かな和音を背景にヴィブラートのかかった旋律が聞こえてくると、あとはただプロ奏者の醸し出す味わい深さにただ声もなく聞き入るのだった。

 

あとのなりゆきは皆さまご存じの通り。有名な新世界よりの第3楽章の軽快な舞踏のリズム?にのって所々でメインテーマがホルンのあたりから聞こえつつ、第4楽章になだれ込んでゆく。個人的に大好きなホルンとトロンボーンが大活躍するところも聴きどころ。

ホルンが要所要所で弱音を挟みながら、終盤で4管のピッチがバシッと合っててさらに盛り上がる。

 

後半のプログラムは伝統的な解釈に則った円熟の演奏といえるだろう。

いつもCDで聴いていた曲が現実に目の前で聴けて、それだけで感無量です。

同じ空間で奏でられるしかもプロの演奏、その音色は何物にも代えがたい。

 

 

結果論

新世界よりがお目当てだった自分も、結局かてぃんさんのピアノ聴いてすごーって思って、定番オケ曲を海外オケの盤石の演奏で聴けてこのチケ代はお得以外の何物でもない。

何度も行けるわけじゃない本格オケの公演。それだけに当たりチケット引いた感が半端なかった。

 

自分はうどん県の辺境住みなのでリアルコンサートはコスト的に半ばあきらめ気味、普段推してるネットピアノ配信は家のパソコンやスマホで聴けるから通常はそれで楽しむとして。

 

やっぱ生演奏っていうのは、人生の栄養として定期的に摂取していくべきだなあ、精神的QOL爆上げだよなあと思うのだった。

 

QOLとはーーー本来医療用語だけど、音楽は心を癒してくれるセラピーであるという視点で使ってみた。

QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ)は「生活の質」「生命の質」などと訳され、患者様の身体的な苦痛の軽減、精神的、社会的活動を含めた総合的な活力、生きがい、満足度という意味が含まれます。

 

 

 

 

 

 

先入観ーーかてぃんさんとポーランドの交響楽団

 

★★この記事は、ポーランド国立放送交響楽団の岡山公演に際しての、先入観です。★★

 

★★演奏聞いたら、感想をまた書くかもしれません★★

 

 

9月14日、水曜日。

今日は瀬戸大橋を渡って岡山にコンサートに来た。

コロナウイルス流行もあり、生でクラシックのコンサート聞くのは久しぶり。

クラシックに限って言えば、10年くらい行っていないかもしれない。

 

今日の公演は岡山シンフォニーホール

座席数2000を数え、3階席までの大きな吹き抜けの客席を持つ、豊かな響きのホールだ。

オーケストラピットをもち、クラシックからオペラやバレエなど数々の公演の実績を持つ。

 

今日聴きに行くのはポーランド国立放送交響楽団のジャパンツアーの一角、ソリストYoutubeでも人気のかてぃんさんを迎えてショパンのピアノ協奏曲1番、それにドヴォルザーク交響曲新世界より」全曲(?)。

 

このコンサートの出演者クレジットでは、かてぃんさんではなく本名の角野隼斗で広報されている。 

しかしこの記事の中では自分はかてぃんさんと呼ばせてもらう。

 

自分はピアノは小学生の頃苦手でやめたが、今ネットでピアノを聞いてるのも、このブログを始めたのも、

「ござ」さん

というピアニストの動画がきっかけだ。

そこから色々なピアノ動画を聴く中でかてぃんさんを知った。その頃自分の印象に残った人はほかにもけいちゃんさん、菊池亮太さんがいる。要するに、「ねぴらぼ」(かてぃんさんファンはご存じの事と思うが)のメンバーとしてである。

自分はクラシックピアノはいい思い出がなく、そっちは聞く気にならなかったというか、アプローチできない。

 

ねぴらぼには今までのピアノっていう既成概念を超える存在があったから、自分はその幻影を追っているのかもしれない。求めてる音楽像はそこが完成型なのかもしれないが、しかしねぴらぼを理想とするからには終着点は存在しない。

 

メンバーはみんなそれぞれに活躍の場を広げたことで、もうあの形式でのねぴらぼの開催は難しくなったのかもしれないが、自分の中で大切にしたい印象として残っている。

 

4人のメンバーにはそれぞれ強烈な個性がある。

(自分としては、理由はわからないけどあの音が好きという理由で、ござさんを追ってずっとここに記事を書いているが。)

他の人を追えないのは単に時間(とお金)がないからである。

 

しかし今回、(あくまで偶然に)かてぃんさんのことについて書く機会を得たので試しに綴ってみたい。

 

 

かてぃんさんの第一印象は、自分としては昔Youtubeに上がってた

・ヤンキーの格好したドッキリ動画

・オタクの格好したドッキリ動画

が挙げられる。

このお茶目な行動にして、そのピアノがとんでもなく衝撃だった。キャッチーな絵面に対して演奏がすごすぎた。

世間的には東大卒(しかも理系)、クラシックの全国コンクールで優勝っていう肩書きがあれば、社会人として生きていくのには何一つ不自由しないはずだ。でも大学院を出てからも、サラリーマンや起業の道は歩まなかったらしい。

当たり前か。

 

第一回ねぴらぼで、それまでのピアノの演奏、というか「クラシックの楽器としてのピアノ」という既成概念、そういった従来の障壁は物理的に一気に取り払われたと思う。

 

かてぃんさんの本領もそこだと自分は思ってる。

 

クラシックピアノの盤石な基礎技術を武器にしているからこその可能な変幻自在な表現。クラシック奏者だったのは、それへの手段つまりアドバンテージだ。

 

世の中の一般論として。

クラシック曲は伝統に基づいた解釈に則って演奏される。その解釈は目に見えない生垣で囲まれていて、そこから決して逸脱してはいけない。

 

かてぃんさんはその解釈に第3の方向から柔らかく切り込んでいる。

クラシックの語法を操りながらも、ピアノという楽器そのものに全く新しい印象を盛り込んでいる。

 

………いや正統派のクラシック奏者でもあると思いますけどね。

音楽とは世界共通の文化です。

うーん語弊があるな、ピアノは西洋文化をもとにした楽器であり本場は欧米ですが、しかし国際コンクールには世界中から参加者が集まります。歴史もルネサンス以来と非常に長い。

CDのヒットチャートやニュースといった流行・話題にのぼることはほとんどありませんけど、クラシック音楽の世界というのは奏者も聴衆も、深い教養に基づいた非常に厚い層を持っている。簡単に切り込める世界では無い。

彼らはクラシック音楽の解釈・研究と演奏に生涯を捧げている。

 

かてぃんさんのピアノにはそういう拘束がない。

こうあるべきという縛りがないから、いかようにもなれるという限りない可能性を感じる。

 

発想の自由さ、それがかてぃんさんの演奏の生命線、それこそが魅力。

クラシックの楽譜というあたえられたツールを飛び越えて自らの言葉で語る、独創性。

 

あと、ピアノ演奏以外、演奏家としての姿勢。

それこそが、いちピアノ奏者からかてぃんさんが国境を越えた人気を獲得した要素。

それは一言で言い換えられる。

ホスピタリティ、だ。

日本語で言えばおもてなしの精神だ。

 

商業的成功を目的とするなら、サービス精神というのは最低限の前提だ。(しかしそこには利益が出てこそのサービスしか普通は存在しない。利益を目的としないサービスはボランティアというのだ。)

 

いわく多種多様なコンサートの出演。(その過密スケジュールを支える、徹底した体調管理があると思う)

 

しかしかてぃんさん自身の人柄と多様な表現力、柔軟な顧客サービス…そのどれもが自然とファンのみならず、ピアノに待ったっく興味なかった人までも惹きつけるのかもしれない。

 

魅力があるから仕事が来るのか、多様な演奏活動がさらにファンを虜にするのか?

ファンクラブでも何でもない自分でも、風に聞く噂だけでもその活動の幅広さには舌を巻く。

 

いわく、TV、CM、ラジオ番組といった、ホームグラウンドのネットを飛び出したメディア戦略。

いわく、過密な公演を縫ってでも提供されるインスタライブなどの、かてぃんさんを身近に感じられる配信。

さらに、安価で敷居の低い、ファンクラブとメンバーシップ=ラボの会費設定。それにしては豪華すぎる特典ラインナップ。ラボの配信内容も充実、有料サービスに入ってみようかな?という魅力に満ちている。

 

本格的クラシックとは言わない。あくまで。演奏の内容についてはその道の専門家が批評することだ。

あくまでファンの意識の外からの意見、だけど。

 

かてぃんさんにはクラシックの枠にこもってほしくない。クラシックはコンクールの評定を活動の基準としている。かてぃんさんの演奏はそういう相対的な、というか一方的な基準で測れるものじゃない。

 

それは、Youtubeや各種snsアカウントの登録者数、各公演の評判(ファンからだけではなく)、次々と依頼されてる演奏や公演の多様さが、無言かつ雄弁に物語っている。

 

ねぴらぼinvention以来、かてぃんさんについて全く書いてなかった、というか動きが活発すぎて追えなかったので、偶然演奏を聴きにきたので書いてみた。

 

これは予習、というかコンサートまでの先入観だ。(長いな)また演奏を聞いたら感想書くかもしれない。

 

 

 

ポーランド国立放送交響楽団

新世界より

 

自分がこの公演のチケを買ったのは、オケ曲のプログラムが岡山では新世界よりになっていたからだ。そういう気軽な気持ちでネットで申し込んだ。

高校の時に吹部で、文化祭でアイーダ凱旋行進曲と共にやった曲。自分はクラリネットで、4楽章の中間部が大変だった思い出。同級生の上手い子がトランペットの音をカーーーーンと飛ばしててすごかった記憶。

 

今日のそもそもの動機はそこだ。自分は吹部繋がりで管弦楽もCDとかYoutubeでよく聞いていた。新世界も大好き。

どちらかというと東欧の作曲家が好き。

ショパンポーランドの作曲家だがピアノが主なので自分には縁がない。

 

この楽団もワルシャワフィルと同様、第二次世界大戦を経験し、その後本拠地を移して再建を果たしている。その間、楽団は想像を絶する歴史を経験しているはずだ。

ポーランドはドイツや西欧と、ロシアの中間という国際政治上の要衝にあり、絶えず領土を目的とする戦争・紛争の舞台となってきた。

エカテリーナ2世の時代のポーランド分割など。

ショパンエチュードの革命を作曲したのも、ロシアに対するワルシャワの革命とその失敗に対する激情からくるものだ。

 

2度の世界大戦、その後のソ連の支配を経て祖国の自由を勝ち取ったポーランドの楽団の演奏に自分は注目したい。

曲目は上述のショパンと、ドヴォルザーク新世界より

ポーランドと同様、数々の戦乱により国土が蹂躙された歴史をたどってきたチェコの作曲家の曲。アメリカからという標題音楽ではあるが、使われている旋律は土俗的なまでのチェコ民謡が多様され、よりドヴォルザークの祖国愛をひしひしと感じる作品となっている。

 

チェコもまた、ポーランド同様にソ連による支配下において辛酸を舐めてきた歴史を持つ。

 

東欧諸国はどの国も事情は違えどこのような歴史背景をもち、そのためか、作曲家に取り上げられることの多い各地の民謡にも天真爛漫な南欧のラテンの明るさとは違った風合いを感じる。

 

曲目もだけど、こういう海外のオケという、わがうどん県の高松には絶対に来なさそうな楽団が来るっていうのもチケ買った動機だ。

海外の楽団は日本の楽団とは音が明確に違う。

とくに決定的なのが弦楽器。

日本の楽団は全否定とかいうわけではない。

ただそのアンサンブル力、個々の技術力が段違いなのだといいたい。

それはスポーツにおける競技人口と同じで弦楽器を嗜む文化的土壌の層の違いといったらいいのか。ヨーロッパではお祭りでも、大道芸人も身近なところに弦楽器の演奏が存在する。演奏者の層の厚さも全く違うはず。音楽の教育機関の数も違うと思う。そのような文化的背景をもとに育まれた音楽性の違いというか。

 

ソリストとしてのバイオリン奏者は別問題。

楽団としての弦楽アンサンブルは、欧米の楽団の右に出るものはない。

それがCDじゃなくて身近なところに来ているというので、そのチケは買いでしょうというわけだ。

 

ここまで予習。

 

あとは公演を聞いてから。もうすぐ開場なので行ってきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言いにくいことを敢えて言う

 

目次:

 

 

 

9月11日。

 

今日は葛飾でコンサートがあって、ござさんも伴奏で出るらしい。

本来2月19日だった公演の振り替えである。

 

www.bsfuji.tv

伴奏っていえば、ソロ奏者の音楽が引き立つという意味ではござさんはこれ以上ないっていうくらいぴったりな役回り(ファンのひいき目といえばそれまで)。

 

去年も、TV番組のBGMで伴奏されてたが番組の雰囲気にぴったりな音楽になってた。
(ファンのひいき目)

私を泣かせてください - YouTube

 

生配信ライブではなかったのでコンサート自体には自分はノーコメントです。

奄美にゆかりのない自分はコメントする立場にありません。

 

 

客観的事実として、去年ソロコンサートを翌年明けに開催することが発表されていたござさんに、新しいニュースとして舞い込んできたのが、自分が耳にした第一報だった。

 

ただコンサートについては自分はノーコメントです。

歌手の方のサポート、なんだろうなあ。

と思っていたので。

 

 

南西諸島と世界遺産

今回のコンサートは南西諸島の一部が世界自然遺産に2017年登録されたことを受けての開催らしい。2018年にも同じホールで開催されたようなので(コロナ流行を挟んだとして)4年ぶりということになる。

ござさんは今回が初めて。こういうイベントに招聘されるようなピアニストとして認識されたんだなあと思うと感慨深い。ネット上でずっと活動はされてたけど、ネット以外にも知名度が広がったからと考えていいと思う。

 

タイアップ番組なのか、コンサートの趣旨はこの番組にまとめられていると思う。

城南海_日本遺産物語~奇跡の島々世界自然遺産奄美・沖縄を巡る旅~ - YouTube

 

世界自然遺産というとイリオモテヤマネコ(西表島)とかヤンバルクイナ(沖縄本島北部)と並んで奄美大島にはアマミノクロウサギなどの固有種がいる。どれも絶滅危惧種

そういう動植物の生態系保護を目的とした、世界遺産指定なのかな。

 

(画像引用:世界遺産シリーズ<第14集>奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島 | 日本郵便株式会社 )

 

この指定エリア以外にも、屋久島など以前から世界遺産に登録されている地域はあるが指定されたからといって自然保護に強制力があるわけもなく。原生林でしか生きていけない固有種はその存続が脅かされている状況に変わりはないと言っていいと思う。

原生林って、人間の考える自然というのは所詮人間に都合のいい自然でしかない、というのを体現してると思うのだ。自然がいったん牙をむくと、人間なんてホコリの一粒でしかなく、一瞬で消し飛ぶ存在。

 

人間の文明が興るよりはるか前から繰り返されてきた自然のサイクルはしかし、人間の暴力で簡単に消滅しようとしている。

いわく自動車による交通事故、観光客の増加、河川の汚染、外来種による被害。

マングローブ林も確か包括的に生態系を司ってたような…地球温暖化防止にもつながってるというか。

そういう自然保護を目的とした世界遺産指定だと思うけど、それには法的拘束力も何もないので、結局目的を果たせてない説もある。

なんか無力感が漂ってきたが、そういう南西諸島の現状に目を向けてもらおうという機会なのだろう、このコンサート。

 

延々と自然保護とか書いたが、世界遺産に関してはそうだけど沖縄の現状としては米軍基地が実質占領してるというのがあるわけで。でも基地で沖縄経済は成り立っている側面があるはずで、一概に基地がどうとかは横から口をはさむことはできない。それでも沖縄の有効求人倍率は全国でもぶっちぎり低い数字のはずだ。

 

世界遺産指定だから現代の沖縄のことばかり書いてるけど、江戸時代までは琉球王国であって日本じゃなく、独自の文化圏を持ってたし。江戸時代には、特に奄美大島鹿児島藩からの植民地支配状態で、黒糖の生産において過酷な収奪を受けてるはずだし。太平洋戦争末期には地上戦で壊滅的被害を受けてるし。

 

沖縄のたどってきた道は色々複雑なので、今回の世界遺産指定からコンサートに至るまで色々当事者の方々、現地の人々、思う所は多いはずで、全くの部外者の自分はノーコメント。(それにしてはここまでが長いな。)

 

 

コンサート

そんな長い前置きはさておき。

コンサートで奄美がテーマというと、思い浮かぶのは沖縄民謡。というところからしても、演奏曲も予想もつかなかったので自分はノーコメント。

ござさんファンの自分としては、ござさんに新しい分野の仕事をもらえたと思って、ソロコンサート開催に続いてのニュースだったからさらに飛び上がるほどうれしかったのだ。告知サイトに名前と写真もクレジットしてくれてる。クラシックとかピアノとか関係なく、民謡で沖縄関連のコンサート。なんかござさんの新しい未知の分野を垣間見れるんじゃないか。

果たしてござさんはその前の9月ごろから?ラテン音楽を調べたりしていたようだ。

具体的には語られなかったけど沖縄民謡についても同様に勉強されてたのではないでしょうか。独特ですよねなんとなく、沖縄って民謡も方言も。なんせ江戸時代以前は日本じゃなかったので。だからござさんは陰で色々調べてるんじゃないかと思いつつ、その内容は予想もつかなかったので自分はノーコメントです。

 

とにかく、今回のコンサートは現地開催のみで、ネットピアニストの公演ではつきものだった配信がなかった。配信無いのはPIANIC以来のこと。しかし自分はしがない一般市民なのでしょっちゅう現地の東京に行けるわけもなく。

(※韓国とかアジアの近場の方が、関東行くより安上がりな時すらある)

 

上演の内容も予想つかないし分からないことには触れないことにした。

ござさんから何かお知らせとか、あるでしょう。

 

 

あっお知らせありましたね。ありがとうございます、お忙しいところ。

 

楽譜付きでコメントもされてました。

ござさんにとっても初めてのジャンルのコンサートなのではないでしょうか。

 

 

テンションがなんかこう、初めてな感じですよね?

それで踊ったってのはどういうノリだったのでしょうか。

舞台袖とか、ステージで挨拶してるとことか、なんか様子を感じられるのは無いんでしょうか。

ほら、写真とか。

いや今回のコンサートは伴奏なので別に気にしてませんけどね。ねぴふぁびもござの日も写真ありましたよね。無いんですかね今回。

 

ってやきもきしてたら写真つきツイート上がってきました。ブツブツ言っててすいませんでした。

 

なんかこう、入ってくる情報が初めてのものばっかりなんですけど…

ツッコミどころが多すぎる。

BSフジが関わってるので、忘れたころにTV放送で部分的にでもやってくれるかもしれない。そっちに賭けよう。無ければ諦めよう。

青のパリっとした三つ揃えにタタミ色のネクタイとシャツ?さらにタタミのバッジ。

たぶんおニューのかっこいい秋っぽい革靴。昨日美容院行ったんですか的なさっぱりした髪。なぜか太鼓持って真ん中でお立ち台状態?

状況が分からな過ぎるんですけど?

 

 

広報の意味

コンサートの内容は上記の通り、盛況にして成功だったようだ。

 

そうじゃなくて情報がお粗末すぎる点。

あらゆる意味において。

自分が事前にあらかた調べてもコンサートの公式サイト以外の情報は出てこなかった。

それぞれの歌手の方の過去動画を見ることはできるとしても。

ござさんからの情報はあの去年のツイートのみなのだから。

どうしようもないですよね?

 

コンサートに実際行く人も、準備しようにもプレゼントとか手紙は持参していいのか?分からなかったと思うんですよね、何もお知らせないから。

 

 

それ以前に、チャンネル登録者数が全く動かないことが、色々今の状況を物語ってると思います。

生配信のお知らせもTwitterやってないと前日の告知が来ないからわかりにくい部類だと思いますが、しかしyoutubeで配信時間に偶然チャンネルを見てくれた人がいると仮定して。

チャット欄の流れが滝なのはやむを得ないと思います、リクエスト制度だから。

それにしても、生配信の # はござLive。そんな一般名詞じゃない単語で誰が検索するっていうんですか。

そこにアルバム情報を貼ってくれるようになって嬉しかったんですけどね。

 

実際に概要欄に貼ってるのはアマゾンとかの購入ページではなく公式HPリンクです。

え?公式HPのリンクだからいいじゃんって??

ござ オフィシャルサイト

じゃあこの公式サイトに飛んでみるといいですよ。

ALBUMの項目がサイト内にあるから別にいいんですけどね。

サイトの一番上、冒頭はいまだにござの日ライブとござの日アンコールのご案内なんですよね。

ちなみにこの状況は、再生数多い順に並んでるyoutubeチャンネルのトップの各動画の概要欄も同じようなものです。「チケット先行受付は明日から開始」……明日っていつ!?

オフィシャルサイトの冒頭の情報がこれだけ古いと、初見さんはこれ見て、せいぜい「あら、もう今は更新されてないのねこのサイト、活動もしておられないのかしら…?」って思われるのが関の山だと思います。

古いというか実際に日にちが経過してるだけでなく、今日実施された日本遺産コンサートとか新しいイベントが実際に行われた、もしくは来る11/3実施予定の「豊島区制施行90周年記念事業 イープラス presents  STAND UP! CLASSIC FESTIVAL’22  in TOSHIMA」というイベントに出演予定、チケットも売ってる状況という中で、新しい情報はござの日の5月で止まってるわけです。

 

どんだけ練習して、どんだけ本番でいいパフォーマンスをしようが、たぶんというか絶対に一見さんの視聴者に新しいイベント(いまんとこ2つ)の情報がほぼ伝わってないと思われる以上、その努力も糠に釘です。

 

ちなみにTwitterですらもごらんの有様です。

ござ 🎹 (@gprza) / Twitter

プロフィール欄も固定ツイもなくイベントについての事前周知は全くなし。

日本遺産コンサートに至っては去年の11月のツイまでさかのぼらないと本人からの情報は出されてない。

これでどうやって盛り上がれっていうんですか?

 

ござさんの生配信ライブがあらゆる意味で素晴らしいのは論を俟たない。

しかしそれだけでは現実問題マーケティングになってないのはそろそろ結果に出てきてるのでは。

youtube登録者数が全てとは言ってませんけどね、あれは無料で気軽に登録できるし、youtube以外にこうやって多様な仕事が来てるからそこに収入を依存しなくてもいい状況にはなってると思います。

しかしファンの動向もまたyoutube登録者からおぼろげにでも察知できると思う。(素人考え?)

 

少なくとも新規ファンに全く不案内で優しくないシステムなのははっきり言えると思いますが。

 

あんまり派手に動くと昔からの静かな配信を聴いてくれてた古い時代のファンの人々が離れていくという説もあるかもしれないけど。

 

 

でも必要にして最低限の情報が自分らファンには届いてきてないのもまた事実です。

 

最後に公式サイトについて言うと。

更新が止まってる公式サイトと、もうひとつHPがありますよね。

 

gozapiano.com

 

これです。コロナ流行の初期、ステイホームが長引いてた時期に、ずっしーさんの全面協力のもと、立ち上げられた公式HP。

現在このサイトには月刊ピアノのお知らせが毎月ブログページに掲載されています。

 

というか公式サイトが2つ存在することになってて、この仕組みも初見さんが調べるとなんのこっちゃさっぱり分からないって事になりませんかね。

Googleで検索するとこっちのサイトはかなり検索結果の順番が下位なので、あまり混同される可能性は無いにしても。

 

自分みたいなござさんのそういうとこ分かってて応援してるファンはいいですけど。

あまりの不便さに黙って離れてくファンはいるかもしれない。

 

 

 

………と、ござさんのピアノが好きなので結局聞いちゃっていつも感想書いてるような盲目的活動ばかりしててもアレなので変化無いし、気になってたことを書いてみた。

なんでこのタイミングなんだっていうツッコミは無しです。

思いついたときにしか書けない習性なのでご了承ください。

 

 

というかほんとなんでブツブツ言ってるかというと?

日本遺産コンサートに来たお客さんこそ、沖縄にゆかりは多少あってもござさんの事は初見だよって人は多かった可能性が高いです。

そんで、今日のステージが大成功だったなら、「あのピアノ弾いてた人は誰なの?」ってなって、ググるかもしれません。

youtubeチャンネルから入ってくれればまだマシです。生配信も何回分かはメンバーシップ限定にならずに残ってるので、聴いてくれればこっちのものですが。

 

でもふつう、全く分からないときはまず公式サイトから色々リンクあるかなー?そっから調べようってなるじゃないですか。

無いですもんね、Twitterアカウントとyoutubeチャンネルしか、外部リンクが。

 

もっとほかにござさんの全容を把握しようと思えば色々あるはずです。貼っておくといいリンクが色々と。

 

おそらく、みすみす初見さんのファンを全部逃してるんじゃないかなーと思われたのでやっぱこれを書くことにした次第です。