ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

禅問答

 

頂に深い雪を抱く富士山。

その雄大な山容を車窓に眺めながら、早朝の東海道新幹線は軽快に駆けていく。

迷いも澱みもなく轟音を立てて過ぎ去るーーー

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

早朝の新幹線は客席の人影もまばらだった。

その中に並んで座る人影が数人。

「お弁当とお茶ありますよ~~朝ごはんまだですよね?」

「……Iさん、そもそも朝に朝ごはんを食べる習慣がある人っているの?」

「いるでしょ」

「ん~Iさんが言うと一番説得力ないよねwwwあれ、なんか隣が静かだな??やっぱ寝てるじゃんwww」

「GZくん?起きてー!?」

「ムニャムニャ…なんですか、もう着きました?」

「違うよ、朝ごはん食べてよ、今日は一日ウロウロするんだから食べないと持たないよ。」

「そういうとこだよ体調管理もちゃんとしなきゃ」

「それJ・Gさんが言いますか……え?僕?僕はいつも野菜をちゃんと食べてますからノープロブレムです。」

「…………(野菜とは)」

「…………(ラーメンのモヤシのこと?)」

(二人からIさんに向けられる白い眼)

 

 

この旅は、とある某秘密結社、表向きの姿は(株)G興業という謎組織のメンバーが京都まで出かけるところである。

旅のメンバーは3人。

・秘密結社のボスにして表の肩書は(株)G興業の代表取締役であるJ・Gさん。

・同(株)G興業の専務であるIさん。

・社員のGZさん。

といった、結局いつもの顔ぶれである。

 

【※資料:G興業の面々がたぶん初登場の回、2020/12/19投稿】

 

 

旅の目的

そこで朝食代わりにお弁当をほおばる面々。

「下見とか打合せとかいろいろ忙しいしね!」

「あの~このデザートのアイス、いくらなんでも固すぎでしょー」

(↑↑誰も聞いてない)

「お天気、本番当日は晴れてくれるといいんですけどねえ」

「どうかなあ、その頃ってちょうど長雨が続いたりするもんなあ」

「妙に寒さがぶり返したりしますよね」

「花冷えってやつですかー」

「あっGZさん目が覚めてきました?」

 

「テレビで予告もやってるみたいだな」

「Tさんのナレーション、イイ味だしてましたね!ステキですーー」

【放送日程】
2023年3月13日(月) 22:55~23:00 #1
2023年3月20日(月) 22:55~23:00 #1(再)
2023年3月27日(月) 22:55~23:00 #2
2023年4月4日(火) 22:55~23:00 #2(再)

 

「ていうかメンバーって言えば、Kさんも一緒に打合せしなきゃいけないんだけどね」

「Kさんは京都はよくご存じのようでしたし。この間久しぶりに会いましたけど、〇〇日はなんか用事あるんです?って聞いたらピアノの練習しなきゃって、時間がもったいないみたいでしたよ。」

「Kさんはなあ、今後も公演予定詰まってるからなあ、しょうがないか」

「そうですよこんな出張に時間を費やすより僕もピアノ練習しなきゃ……ブツブツ」

「はいはいGZくんはピアノ触れないと明らかに調子悪くなってクラいから、でも現地で関係者の皆様へ挨拶もしないといけないからね!」

「GZさんは京都自体が初めてですよね?色々遊べますよー」

「ちょっとIさん!?京都で遊ぶって何???あのね今年も色々忙しくってね?羽目を外さないようにね???」

「やだなーほら、水族館とか新しくできたじゃないですか、そういうとこですよ」

「そうだなIさんは神社仏閣を巡って雑念を払い、身を清めるといいよ」

「雑念……www」

「僕はいつも真面目に取り組んでるんですっ」

 

 

そしてGZさんはテーブルのお弁当を片付けると、何やら書籍を広げて読み始めた。

「何やってんの?」

「ええ?だってピアノ弾けないからつまんないじゃないですか」

「あのね、そのつまんないって基準がね?」

「この間から読んでる本あるし、目が覚めちゃったんで色々読みます」

「じゃあ僕は京都でどこで遊ぶか色々調べて……いや?だから水族館を……」

「僕は座禅できるお寺調べとくわ」

「忙しいんじゃなかったんですかJ・Gさん?」

 

そこでGZさんの手元の本を眺めると内容はこんなふうであった。タブレットも駆使してそつなく動画を漁ったり……ピアノがなくても楽しそうではある。

 

そして三者三様それぞれに、目的の情報を集めることに余念がなく、早朝に端を発した旅の時間は有意義に過ぎていくのであった。

 

 

京都駅の情景

「JR京都駅ってそういやストピあったな」

「昔ありましたよね。ちょっと場所ちがうけど、また再開したらしいですね!」

 

「うーん、今日は急いでるからな~~」

「僕も最近スタジオ収録が楽しいですし、別にストピは……」

「そうだなー僕は弾き語りやりたいんだよなーサザンの…また生配信で歌おうっと」

「ええ?せっかく駅ビルに置いてるのに?ちょっとくらい弾きましょうよ?」

「ほらっお寺の座禅予約しといたからさ、それに間に合わせなきゃ!行くよー!」

「Iさーん、走ってー!」

「ちょ、目的はそこじゃないでしょーー!」

 

 

水族館にて

待ち合わせていた関係者の皆様との打ち合わせは、滞りなく順調に進んだ。

「桜を見に来られるお客様に、いい音楽が提供できるといいね!」

「ふむふむ、アレをアレして、……」

「なんとか形になりそうで一安心ですね~」

 

そして一行は水族館見物に足を向けたのだった。

 

そこはクラゲ水槽エリア。ブルーの光が落ちる中、クラゲたちが静かに漂う。

「わあー幻想的だなあー」

「なんかさ、クラゲは静かにただ泳いでて、哲学的思索を投げかけてくるんだよね…」

「フワフワ泳いでるの癒されますねえ~~」

 

クラゲとの対話

「GZくんやっぱストピ行かないの、こないだの飲み会でも話してたけど」

「う~ん……コロナで自粛の風潮は一段落した感がありますがね」

「ストピはなあ、前から言われてるけど色々あるからなー」

「あー順番待ちとかありますよね」

「そうそう、待ってる人たくさんいるのにずっと弾いてる人もいるじゃん」

「それにね、最初に都庁ピアノ動画を投稿したころは、外で弾くのも楽しかったし、コロナ前だったから聴いてる人がストレートに反応くれて盛り上がって………それに」

「それに?」

「あのころは僕は単なる一般人でしたからね、働きながら休日にフラッとピアノ弾きに行くっていう。」

「今は、GZさんはピアノが職業だからなー」

「一般人ていうか?純粋に家に生ピアノがない人、何も家に楽器がないけど弾いてみたい人、そういう人が老若男女関わらず、楽器に気軽に触れる、気軽に音楽に関わるきっかけとして、ストピっていう場所は機能しててほしいっていうの、ありますよね」

 

クラゲの水槽に周りをぐるりと取り囲まれた、不思議な青い世界。

まるで海の中にいるような浮遊感。

実体のない生き物に包まれたような感覚に襲われる。

 

「そうすると、ストピって、楽器を職業にする人にはメインのステージじゃないじゃないですか?もしストピで弾くなら?僕はそばに聞いてくれる人がいるときは、その人たちにぴったりなピアノって感じでBGMみたいに弾きたいかなあ」

「俺のピアノ聞いてほしい!ってのとはちょい違うっていうか?」

「う~ん、その曲、その演奏を聴いてほしいんだ!っていうよりも、「聴いてる人のその時の気分って何だろうな?」みたいな演出っていうか……そんなの、通りすがりの人は色んな立場の人がいるじゃないですか、みんなに合わせるのなんて絶対無理です」

「まあ、音楽家として主張するステージは……チケット買ってもらって、コンサートへ聴きに来てほしいよね」

 

青白い照明が淡く光る水槽を、フワフワと漂うクラゲ。

輪郭だけが白く浮かび、その実体ははっきりつかめない生き物たち。

触手のような足を動かして緩やかな軌跡を描く。

彼らを眺めていると、現世の些細なことに囚われて身動きが取れなくなっている現状には、さして意義が感じられないようにすら思える。

 

「ホールは音響が最高ですが…。Youtube動画撮る目的で考えるとですけどね、スタジオなら環境はそこまでじゃなくても、手軽に借りれますし、きっちりアレンジ作り込んで準備できるし、何テイクでも録画できますし、スタジオ撮影ならそれぞれの曲を追求できるじゃないですか」

「ギリギリまでってやつ?」

「ぼくのアレンジの今の時点での決定版、みたいなのがYoutube動画なら可能だったりしますからね」

「スタジオも色々面白い所あるしなー、なんか引っ越し物件探すみたいなワクワク感あるよね」

「ストピの時間とか場所の雰囲気を踏まえてっていうのとは違って、動画撮影って、その曲でどんなことができるかの到達点を研究できる気がします」

「どっちがいいとか、うーん言えないなあ……」

 

GZさんは答えを求めるでもなく、クラゲの前でいつまでも佇むーーー

 

 

ペンギンの海

「ちょっとGZくん?ペンギンがぐいぐい来るんだけど!?ほら仲間いるよ?」

「あー……ぼくのペンギンとはちょい種族が違うみたいですね……ぼくの素顔はペンギンですけど、もうちょいシュッとしててスマートなんですよね、ここの子たちはカワイイ系っていうか?」

(参考資料ーかわいいペンギンが泳いでいる現地の水族館の動画:【360°カメラ】1階「ペンギン」 - YouTube )

 

「僕の素顔はほら、もっとスマートでしょ?」

「素顔はいつまでも変わらないんだなあ(棒読み)」

「なんだっけ、ほっぺが黄色っぽいのはコウテイペンギン……?」

 

「しかしよく考えると、ずっと10年来古代のニコニコ時代からYoutubeでも生放送を続けてきたGZくんが、いきなり再生数も登録数もバズりだしたのは、この素顔で生配信し始めたからだともいえるよなあ」

「あの頃ストピ動画も同時に出し始めましたけど、正体不明なオーラ出てましたよね」

「正体不明とは人聞きの悪い。やっぱ配信者は視聴者に親しみやすさを感じてもらってこそだと思います」

「そうだよね、えーっ素顔ってペンギンなの!?ってびっくりしてまず見ちゃうよね」

「それは親しみやすいっていうか何て言うか」

 

「でもあのころとは僕らの状況も、ピアノ界を取り巻く環境も変わったからなあ」

「ネットピアノ界はよりポピュラーになって、敷居が低くなりましたよね」

「素顔がペンギンって珍しいかというと、もうそんな事ないかもね」

「うん、興味を持ってもらうにしても、ファンとして定着してもらうにしても、問題点はそこじゃないな」

「でもGZくんももう不審者スタイルじゃないし」

「ちゃんと生配信ではあらゆるリクエストに応えているしなあ……」

「イベントとかコンサートも多様なものにコンスタントに出演してるんだけどなあ?」

「あらゆる需要に応えてるからコアなファンはリピートしないのかな……」

 

「逆だな」

「え???」

Youtube動画も配信も、アレンジがガチだからlightなファンがつかないんだよ」

「うーん、選曲もlightなファン向けというより、多岐に渡ってるからなあ」

「確かに、今週のサブスク配信人気チャート上位!ていう選曲してないな・・・」

 

「コアなファン向けにはそれぞれのジャンル縛りでの配信をやったら解決するけど、GZくんのレパートリーでそれやると、週一回の生配信ではジャンルを一巡するのに数ヶ月かかるよ」

「最新の人気曲をカバーしてれば、Youtube上で人目を引くかもしれませんけど、そういう傾向は逆にすぐ飽きられるとも言うかもね」

「いろんな分野にガチだから、何の仕事が来てもすぐ即応できるんだからさー」

「うーん。日本遺産物語の沖縄民謡アレンジ然り……」

BEMANI音ゲーも、ゲーム音楽アレンジに長けているGZくんならではだし、今回の桜のコンサートでは季節感が重視されるし」

「夏のフジロックフェス向けにはまたジャンルも客層も違うし」

「広げた風呂敷の大きさっていうか、懐の広さがそこで生かされるんだよ」

流行を追う付け焼刃だけだとそういう場面で早晩に行き詰まるからなあ

 

水槽には、陸上で愛らしく歩く姿とは似ても似つかない、飛ぶような勢いで泳ぐペンギンの姿。彼らが鳥類であることを思い出させる華麗なスタイルで、目の前を次々と優雅に泳いでいく。

 

「まさに水を得た魚だな」

「彼らはほんとは広い海でこそ真の能力を発揮するんだけどね」

 

「でも呼ばれたらそれなりにその場に合わせて対応しますし」

「ほんとGZくんのそういうとこ説明しようとしてもできないのが謎だよね……」

 

 

桜談義

水族館は京都駅の近く。都市型なのか造りはコンパクト設計、全体を巡る時間は思ったよりも短かった。

「どうする、お寺の坐禅体験まで時間あるよ」

「んーあの周辺でも散歩しますか?ていうか僕も坐禅するのですか…?」

「そりゃそうでしょ」

「なんで僕まで…?潔白なのに…」

「そりゃこの間、深夜にラーメンとケバブを食べた罪をね、償わなきゃねっ」

GZさんは心底ウザそうな視線でIさんに一瞥(いちべつ) を与えるのだった……

 

さて、目的地の東山は蹴上駅まで市営地下鉄を乗り継ぐ一行。

「打合せ目的とはいえ、折角ここまで来たんだから京料理食べたいな」

「和菓子もおいしいですよね」

「うんうん、京都って言えば出町ふたばの豆餅は外せないよねー!」

「瑞雲堂の生どら抹茶クリームもやばいよ~絶対クリームの量がバグってる」

 

ーーアナウンスーー
「(自動音声)蹴上、蹴上駅でございます。お降りのお客様はお忘れ物の無いように…」

ここは琵琶湖から流れ来る疎水が地上に顔を出す分水嶺浄水場産業革命の面影を色濃く残す、古びたレンガ造りである。

「どうかな桜、咲いてるかなー??」

「開花予想アプリによると、今は花の終盤から散る頃だってよ!???」

その通り、蹴上の廃線路沿いに並ぶ桜は盛りを少し過ぎていた。

地下鉄から出るとすぐの所にある、ねじるように組まれたレンガの短いトンネル。入り口には扁額として掲げられた揮毫の文字。

「なになに、『陽気発処』…?」

「なんすかそれ?」

「えーと(ググってる)、朱熹のことばで『集中して物事に挑めば何事でも成し遂げられる』らしいな……ふうん儒教か…」

 

そこから並木道を仰ぐと、視界は一面桜の海で埋め尽くされている。

 

Youtube動画って言えばさあー、この間上がってたスタジオ録画はシティポップだったな」

「ピアノはシュタイングレーバー・ゼーネでしたね。骨太で深みがある。」

「ショートサイズのグランドであのスケールと迫力、すげえ以外に語彙力失うわ」

「ミックスナッツは、まさにあの曲そのままに重厚な低音が生きてたよなあ」
ミックスナッツをウォーキングベースしつつ弾いてみた - YouTube

 

「でもさ、プラスティック・ラブって80年代前半でしょ、GZくんは何を狙ってるんだろ

「なんせGZくんだし。今更驚きませんよね何でもありですよ。そんなこと考えるより桜を楽しみましょ」

「だいたいさあ、シティポップって海外でも話題だったけどね、ガラパゴス進化した日本のカルチャーが今逆に新鮮ってさ 」

「ただあのムーヴはもうかれこれ2~3年前が旬だったんじゃないかな

「中古レコード店でも、当時そのジャンルが異様に売れてたらしいね」
(資料:2019年の記事 【シティポップ海外人気を検証】海外のキーマンたちが語ったシティポップブームの現在 | ARBAN )

「GZくんの無尽蔵のレパートリーから、どんどんソロアレンジ動画出していけば、昔動画にした曲でも、新しい解釈も生まれたりするかも?僕は単純に楽しみです」

 

「えっ?プラスティック・ラブですか?ああ、あれは、ミックスナッツが動なら、静のアレンジ作りたいなって感じで…んで同じピアノで弾き比べてみよーってノリみたいな…

「まあ、あの曲の別の面を見てるみたいで内省的だよね、あの動画」

「ちょい掘り下げて一歩踏み込んでみたんです」

「付き合ってる彼女の意外な一面?てところかなあ」

「そうそう、付き合ってるとそういう気持ちのすれ違いってありますよね、いつの時代も変わらないし、流行りとか関係ないです」

「海外で話題になってたのは、レア・グルーヴが関係してたみたいだけどね、YMOも関わってるってことか?」

「些細なことから気持ちが噛み合わずに、孤独を深めて冷えていく彼女の心…」

「洋楽を模して進化してきたJ-POPも、視線を変えて外から見るとそういう分析になるんだなー、面白いよね」

「他人からどう見えるか、そればかり気にしてる彼女を、僕の包容力でそっと癒してあげたいなあ……」

噛み合わない会話してないで、桜を見ましょうよ~~」

 

まさに繚乱と呼ぶに相応しい圧巻の眺め。両側に覆いかぶさるような枝にこぼれんばかりの薄桃色の花房。風に揺られて舞う白い花弁は世の理の儚さを現出するかのようだ。

桜にまみれて埋もれるかのように、3人はただそこに佇んでいる……

「桜は散る瞬間にこそ美を見いだせるのだよ諸君。日本人の美意識は無常観にこそ…」

「何言ってんのIくんwww大丈夫かな??

「どうしちゃったんですかIさんwww春だからですか?wwwww」

Iさんのセリフを最後まで聞かずにツッコミを入れる二人。ごもっともである。

 

するとその時、空がにわかに掻き曇ってきた。桜の背景に映えていた青い空はみるみるうちに濃いねずみ色に覆われていく。雲の流れが不自然に速い。…と思うが早いが、突風のような横殴りの風が頬を打ち、廃線路わきの舗道はみるみるうちに大粒の雨で濃い色に染まった。
《※BGM》モーツァルト 交響曲 第25番 ト短調 K.183 ワルター Mozart Symphony No.25 G-major - YouTube

「わーっっ雨が冷たい!ていうか雨が痛い!」

「なっ何なの?今は冬なの??」

「ちょ、うわー!!!!

と口々にわめきながら慌ててコンビニのレインコートを広げる人たち。しかし薄っぺらくて引っ張るとちぎれそうなビニール生地では被っていないも同然、そうする間にも驟雨(しゅうう) は容赦なく襲い来る。その姿、濡れ鼠とは言い得て妙だ。

そんな中Iさんのレインコートだけが無常にもほんとにちぎれて無用の長物と化した。

「うわぁぁぁーー僕が何悪い事したっていうんだー!!!」とIさんがわめく。

「……………」「……………」

雨宿りの軒下を探して一目散に駆けながら、その様子を遠巻きに眺めて白い眼を投げかける2人。

「滑稽だな」

「日頃の行いが全てを物語ってる」

「いやいや僕は常に清廉潔白なんですってば!ほんとだってば!!!」

 

 

深い森は(はい)()に煙る

 

)

3人は近くのお土産物屋さんで傘を手に入れ、なんとか事無きを得た。

「さっきの桜並木の向こうに、お寺への近道があるから行ってみましょうよ」

「そんな道あったっけ?」

「疎水の水路沿いに遊歩道があるらしいね」

「山のふもとだから、森林浴みたいになるのかなー」

「水路に山道、マイナスイオンたっぷりでイイですね!」

そして一行は南禅寺に向かうべく、蹴上疎水公園へ足を向けた。その先に待っている行程がどんなものか、彼らは知る由もないーー

 

 

鎌倉時代に端を発する禅宗の巨刹、南禅寺は広大な伽藍を東山の山麓に構える。

鬱蒼とした深い森、しかし人の手が行き届き美しく整えられた木々が整然と居並ぶ様はさながら都の奥座敷

また敷地を隣して、中世の歴史を動かしてきた数多の塔頭たっちゅう が いらかを連ねる。これらの塔頭には名だたる茶人や僧が手掛けた枯山水がしつらえられ、観るものに哲学的な問いを投げかけている。

 


(引用:天授庵 - Wikipedia )

 

商店の喧騒も、観光客の人混みもどこか遠くの世界のできごとのように、禅の世界では別の時間が流れているーー

 

 

さて疎水公園から分線沿いの遊歩道をゆく3人組。

辺りは深い森に包まれ、野鳥の囀りと水流のせせらぎ以外には物音は何も聞こえない。

一旦止んでいた雨脚は木々の梢を縫って段々と繁くなる。

(引用:松林図屏風 - Wikipedia より右隻)

 

蕭蕭と降る雨は、まるでほのかな霧の幕のように曖昧に視界を遮り、輪郭の見えない木の影だけが浮かび上がっている………

 

傘を手にした3人は、気ままに南禅寺に向かう杜の小径を逍遥(しょうよう) するのだったーー


(引用:琵琶湖疏水 - Wikipedia )

 

「ちょっと!?????あの、どういうことですか???」

「はい??」

「この道幅ダイジョウブなんですか????」

「オッケーですよヨユーです」

「なんでGZくんはダイジョウブなんですか???」

「柵も手すりもないからねー足元も滑ったらおしまいだからねー」

「いやいやいやいや」

「あっほらあそこ、野鳥がいるよ双眼鏡持ってくるんだったー失敗したなあ」

「上向いて眺めてる場合じゃないでしょ?」

「Iさん、今こそラーメン屋に通ってたことを後悔する時が来たんだよ」

「僕ですか?エアでリングフィットやってたから全然ヨユーっす!」

「ラーメン関係ないでしょ!???」

「あのさあ、僕らはどこにむかってるんだろう?」

「だから南禅寺でしょwww」

「J・Gさんドウシチャッタんですか………?」

 

やがて一行の行く手は開けた空間になり、足元を流れていた水路はローマ帝国の水道橋を模したようなレンガ造りの建造物の上へと流れていく。

右手には塔頭寺院の南禅院へという案内板、左手には南禅寺への順路が記されていた。

このレンガの水道橋は、水路閣という名称らしい。

よく考えるとここは南禅寺の境内でもある。その中を疎水のルートが貫いてるっていうことだ。いかに南禅寺の伽藍が広大かということが、このことからも体感できる。

 

西洋という概念


水路閣(引用:南禅寺 - Wikipedia )

そして口角泡を飛ばして力説するJ・Gさん。

「だからさあ、GZくんのピアノはあくまでGZくんのピアノなんだよ」

IさんとGZさんは黙って顔を見合わせた。

「なんですかその小泉構文は?」

「ボケになってないですねJ・Gさん顔を洗って出直してきてください……」

「JAZZとJAZZ風なアレンジは違うんだよ」

「違うっていうより、同じではないというか?ああっ自分も小泉構文じゃん!?」

「JAZZピアニストはその道の専門家だ。アドリブにもコード進行にも専門的な解釈が活かされてて、センスもないと通用しない。クラシックとかPOPSとは理論からして根本的に違うよね?その道をたどっていくのも面白いけどね …」

「でもGZくんはレパートリーを限定してないから面白いってのがありますよね」

「そうそう。GZくんの無尽蔵のポテンシャルと無限の叡智をわざわざその一点に注ぎ込んで集約するのは、文化史的に過ちを犯してると思うんだよ」

「んー僕は面白いアレンジのアイデアがあるとどうにかしてストックしたいだけかも」

 

「JAZZには厳格なルールがあるよね。クラシック音楽がピアノをアコースティックな存在として追及しているように。」

「でも、目に見えるそういうルールはGZさんには似合わないなあ。」

「方法論としてJAZZを使ってても、できあがる世界はGZさんにしか作れない世界だよね」

「こうやって原曲をとことん追求してるから、あそこまで音楽を掌中にして好きなだけ料理できるのかもね……」

「そのやり方はちょっと人間らしいよね、夢物語じゃないって感じで」

「宇宙人でもなかったことが証明されましたね」

「いろんな文化に均等に接しながら、それらをつなぐ手段としてJAZZを使ってるのかもしれないなあ」

 

 

ーーー和の空間、侘びと寂びの禅宗寺院に忽然と佇む水路閣

欧州から持ち込まれた産業革命の息吹。

それらの精神を取り入れつつ、独自に発展を遂げた明治期の近代日本……

思考停止してただ真似たわけでも、全く撥ねつけたわけでもなく柔軟に未知の文化を取り入れた時代。

 

「JAZZは血となり肉となってGZくんの遺伝子に組み込まれ流れている。それらを糧にしてどこへ行こうとしてるのかは僕にもわからない」

「でもさ、行先を知りたいだろ?どうなるのか見てみたいだろ?」

 

「今日もさあ新幹線でずっと本読みまくってたもんなあ。どんだけって」

「それも今までに足りなかった要素なんだな」

「あれだよ、実技はずっとやってきてるから、セルフ教養課程やってるんだね今」

「GZくんが満足です!とかがんばりました!とかちょっとでも言ってたらハリセンもってツッコミ入れにいくから安心しといて」

「ボケっぱなしを放置するのは重大な過失案件だしねー」

「もっと正面から見守っててほしいんですけど……(汗)」

 

 

修行が必要な人たち

ここ南禅寺臨済宗の寺院であり、教義に基づいて坐禅体験を受け入れている。また塔頭寺院も含めると、それらは有機的に融合した空間を展開していて、幾何学的な枯山水、歩を進めるごとに異なる景観を見せる池泉回遊式庭園などによって禅の思想を現出しているのだ。

 

 

3人は座禅の受付事務所へ行くと、寺院の奥、方丈を抜けて大きな広間へ通された。

ドラマやアニメでよく見る、坐禅体験は庭園を眺めつつ、っていうシチュエーションはどうやら違うようだ。

 

枯山水に配された大小さまざまな石、美しく手入れが施された砂利以外には何もない世界。石の配置、美しく曲線がつけられた砂利の模様、合間に配される小灌木。

 

端的に表現された枯山水の配置は、一説によれば宇宙を表現しているという。

「え・・・・?宇宙なの?この庭」

「てことはこの石は太陽系?」

「そうゆう物理的なものを表してるんじゃないと思いますけど?」

「もっとさ、精神世界を表現してるんだよ、現世を解脱して悟りを開かなきゃ」

「僕は常に俗世間の悩みから解放されてるから、修行なんて必要ないんですが……」

「そうですね、そういう現世の煩悩を心頭滅却して昇華し、真実を見つけられた者が悟りを開けるそうですから、Iさんはその境地に達するのは案外早いかもしれませんね」

 

坐禅の広間は小奇麗な座敷である。

枯山水の庭に面しているわけでも、鹿威しが聞こえる場所でもない。

しかし塔頭も含めて遥か俗世から隔離された寺院の深窓であるから、自身と対話して瞑想を深めるにはうってつけの空間である。

 

「何事もね、『敵は自分自身に在り』と言いますから」

「GZくんはある意味そうかもしれないな。」

「本来こうあるべきだ!っていう声はあらゆる所から聞こえますけど、彼らの発言の意味するところは、彼らの意識の底にある理想像に近づいてほしいってだけですし」

「その声に振り回されていると、拠るべきベースを見失いそうだなあ」

「自分の事を一番わかってるのは自分だしね」

「他人はいざという時自分を守ってくれるのか否かです」

「超えるべき壁もまた、結局は自分自身だし」

「自分って、敵を映しだす一番近い鏡ともいうからね」

 

 

「でもね、自己に打ち克つべきはIさんですからね!?」

「ここで解脱し悟りを開けたかは、人柄が清らかになったかどうかで一目でわかるよ」

 

「じゃあ坐禅に入りますから発言はここまでですよ、僕は自分の中の敵に向き合ってきます……」

「僕も、これから目指すべきものをしっかり問いただしてくるよ……」

「いえ僕は別に打ち克つべき自己、みたいな煩悩はありませんから……」

 

Iさんが解脱できたのかどうか、それぞれの胸の内の期するところで悟りを開けたのかどうかは、各自の胸の奥底に秘められたまま真実は明かされることはない……

 

 

 

 

 

※この記事はフィクションです。実在の人物、場所等とは全く関係ありませんのでご了承ください。

南禅寺での坐禅体験は早朝のみです。実際にご希望の方は、希望者の募集要項をよくご確認ください。