ござさんの魅力を語る部屋

ピアニストござさんについて、熱く語ります

NEO PIANO Far Beyond リハ放送(ござさん関連の事中心に)

副題:ござさんファンが、ござさんファンの視点から、主にござさんの演奏を見て思った感想

 

この記事は2022年4月17日、eplusからStreaming+ で配信された「NEO PIANO Far Beyond 事前生放送」についてです。ただし、上記の通り、

内容は徹底的にござさん中心です。

この部屋はござさんについての部屋なので、内容は徹頭徹尾ござさんのことに終始しています。

ご了承くださいませ。

 

さて以前にもこのセッションイベント、通称「ねぴふぁび」について書いた記事があったので貼っておく。つまり、今回の記事はこれ関連では3つめである。本番は有料配信もあるから多分当日の記事、つまり4つ目も書く、はず。

 

事前資料1:告知の時点で

 

事前資料:ねぴらぼを踏まえて考える

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます。

 

 

 

 

お知らせは突然に

このイベントは位置づけとしては上記記事で考察した通り、ねぴらぼの系譜である。

そこで思い出すと第1回ねぴらぼではリハーサルの配信(2020/7/14)があった。確かコロナでステージ運営の先が見えず、無観客という当時としては未知数の選択肢だった手段で開催されたねぴらぼは、何もかも手探り状態だったようだ。(あれにいきなりござさんがサングラスもキャップもかぶらずパーマをかけて出てくるという、心臓に悪いサプライズだったのは今となってはいい思い出である。)

じゃなくてピアニスト同士のセッションという前代未聞のステージであったため、見る方のこっちも手探りだった。コロナでストピが閉鎖される中、実際にセッションの手腕を発揮されているのを見るのは新鮮だったし、リハでも十分実験的だったから、本番への期待は否が応にも高まったのだった。

 

今回の「ねぴふぁび」はというと。

こんなお知らせがぽつり。

ござさんさあ。

でした!

じゃないやろ。

他のメンバー二人はちゃんと自分の言葉でTwitterに投稿してるわけやんかさあ。写真も撮って載せて。あのさあ、これは有料イベントなんやで???リハはその前哨戦、その様子だけでも詳細にお知らせして、配信チケあるんやから宣伝に努めて広報するのが出演者のなすべきことじゃないの。

自分の言葉でイベントのみどころは!とかセッションはこういう感じでした!とかなんか、折角なんだから語りましょうよ。なんで人のツイート引用しとるんですか。

 

と、勝手に半ばキレていたら、写真だけじゃなくてほんとにリハ配信のお知らせがキタ。しかし急なお知らせやな。まあ本番までに新しい情報が入るとは思ってなかったので、自分は嬉々として飛びついた。リハ配信は無料らしいし。

これに関してはござさんお知らせありがとうございました。

 

 

4人の様子

夫婦善哉…じゃない。

夫婦漫才を繰り広げる菊池さんとござさん。

冷静沈着に話題を進めるジェイコブさん。

奥ゆかしく「セッションって慣れていないのでご指導賜りたく…」とおっしゃるたくおんさん。

 

ピアノのレパートリーという点でもリハを聴いてみるとそれぞれ個性があって興味深い。本番が楽しみである。

このメンバーでさらにストリングス(打ち込み音源?)が入り、お題はクラシック曲。どうなるんだ。

 

 

夫婦漫才から始まる自己紹介と全体の雰囲気

本体である帽子からブーツまで今日も真っ黒でキメキメの菊池さん。

センター分けのフワフワパーマがお気に入りらしい、今日もサラサラの髪と白いシャツが映えるござさん。(ちゃんとキマッてるからスタイリストさんいますねきっと。)

2人による漫才がこのイベントの最大の見どころです。

「こうゆう配信、全然慣れてないんですけど」「…(いやねぴらぼとかあったやん)」

「どうしたらいいんでしょう。どうですか「………(どうもこうも、知らんし)」

「ハハハハハ」「どうって言われても??何を?」

冒頭からさっそく滑りまくりつつ、自己紹介をと促され、いいかげんにしろという視線で 静かにじっと見守るござさんの横で「担当楽器はタンバリンで……」とまずボケる菊池さん、その横で見つめるござさんの視線がちっとも笑ってなくて怖い物を感じますwww。「菊池さんがさっそくボケちゃうと、みんなボケなきゃいけないからまず掴みはサラーっといってくれないと~~~」とござさんが苦しいフォローするも無理がある。

まずボケというのは、きっちりはまるには相当技術が要るものだ。それを普段のツイートからして滑る事を身上としている菊池さんがやると、真剣にMCが進まなくて救済の仕様がなくなるのは、イベントのプレ配信としていいものかどうなのか。

ガーシュイン……がしゅーいん……

ほらっもうそれ誰もツッコミできなくて場の空気凍ってるじゃないですか!

・・・・・などというまじめな一般市民からの視点は置いといて。

寒いギャグのボケあっての菊池さんですので今後ともよろしくどうぞ。「演奏ジャンルがね、色々彷徨ってるうちによくわかんない感じになっちゃった人」とか言われてますが頑張ってください。緊張してるっつってんのに「…ウソくさい…」とか囁かれてますけどめげないでください。

 

 

というわけで、期せずしてござさんがなぜかMCに回る羽目になっている。

ちょっと待った。

ござさんがMCですって???

あの、配信中に喋るとIQ3になってたござさんが!??

昨日の配信のトークもたいがい面白かったというのに!

いや、ござさんの流暢なMC……?

うっ頭が……

そうそう第1回ねぴらぼでは途中楽曲解説でSummerRainの説明を、事務員Gさんのカワウソ着ぐるみ君相手にノリノリでやってたなあ?あれは介護施設の職員時代に「レクリエーションタイム」をこなすため身につけたスキルだって言ってたな確か。

「死ぬ気の決死のノリでやってる」とか何とか。

(※介護時代のトークしてる配信の感想)

6/16 生配信ライブ - ござさんの魅力を語る部屋

(※介護時代の話してるかもしれないツイキャス)←いつの配信だったか忘れた

ちょっと雑談放送 - ござ 🎹 (@gprza) - TwitCasting

 

 

そうやって夫婦漫才が繰り広げられる中、「こういうセッションとかあんまり出た事なくって~色々教えてください~」という姿勢で奥ゆかしい姿勢のたくおんさん。

「クラシック曲なら……」という姿勢だったようだが配信が終わってみれば

「こういうセッションはいつもと違って禁断の果実という感じですね、面白いです」

という言葉をいただいた。自分ははたしてガチクラシックの人がこの中に放り込まれて一体どうなるのかこっそり心配だったけど結構面白そうとの事。あーよかった。

 

一番常識人のようで、やっぱり演奏してても冷静だったのがフェイコブさん。発言も「遊びがあるセッションでこういうのもありかなと思って、面白い」とその場を分析されている感じである。

そこで次の演奏曲で ねこふんじゃった が挙げられてもジェイコブさんは「フフフ、ジャズだから……まずスタンダードナンバーで……」とリクエストを待っていた気がするがなんとなく本当にねこふんじゃったになってしまって、巻き込まれ系の人である。かわいそうに。お察し申し上げます。

 

 

しかしお忘れないように、このライブはねぴらぼの系譜である。何でもありである。既成概念は存在しない。

第1回ねぴらぼのコンセプトを思い出すと、

「色んな鍵盤楽器を用意してそこにピアニストたちを放り込むとどうなるか?っていう実験みたいな……だから、あれはラボだったんだよ」

と語られていた。

今回はFar Beyondだから、ピアノをはるかに超えていく?みたいなコンセプト……

新しい概念を作るとかそういう感じだろうか……

 

というわけで。ねこふんじゃったが本当にリハで演奏された訳だけど、このリクエストは菊池さんからである。菊池さんとねこふんじゃったには長いアレンジと演奏の歴史がある。さすがの一言。なんのこっちゃ。いやボケでもツッコミ待ちでも何でもなく、自分はこの菊池さんのレパートリーのファンなんである。大好き。

 

今日のリハとの聞き比べをすると、けっこう共通点もあって面白い。

 

※参考動画コーナー:時系列には並べてない。

独断と偏見で集めてみた菊池さんのねこふんじゃった動画たち。それぞれに、すごい。

①都庁ピアノ動画。これだけで3つある。20秒版、1分半版、3分版。

制限時間20秒でねこふんじゃったを弾いてみた【都庁ピアノ】 - YouTube

制限時間1分半で「ねこふんじゃった」を即興演奏した結果がカオス過ぎるwwwww【都庁ピアノ】 - YouTube

【都庁ピアノ】ねこふんじゃったを超絶即興アレンジで弾いたらとんでもないことに - YouTube

 

②セッション動画。コロナ流行前の冬に録画されたと思われる。よってござさんは介護士時代。しかしサングラスと帽子がない。そのためここに貼るのはためらわれるが、セッション演奏があまりにすごすぎるので自分はこの動画が一押しである。

【ストリートピアノ】超絶タンバリンと「ねこふんじゃった」演奏したらまさかのサンバで神降臨!?【大石竜輔×ござ×菊池亮太】 - YouTube

 

③家での録画版。シンセとグラピ。なにげに左手で両手分弾きながら右手でアレンジとかいう謎の展開。昔から菊池さんは菊池さんである。(語彙力)

「ねこふんじゃった」って何にでも合うって知ってた? - YouTube

戦場のメリークリスマス風ねこふんじゃった - YouTube

 

 

 

それぞれの印象

4人が同時に演奏していたので固定カメラでもない限り正確にどの音がどの人かっていうのは把握しきれない部分はあるとして。

 

未知数で本番見ないとわからないのがたくおんさんだった。

クラシックを学びに留学してたし、クラシックではフュージョンもセッションもないし。連弾曲という種類はあっても、あくまでそこには決められた楽譜があってちゃんとした編曲者が存在してのものだ。

アレンジも弾き方も和音もクラシックにはセオリーがある。ていうかクラシックの人は即興アレンジをしないのでは。

なので最後に演奏されたラプソディーインブルーでもパートをあらかじめ決めているのか?たくおんさんの上品かつシンプルな演奏がアレンンジを彩っていた。

自分は心配である。この種のセッションを「禁断の果実」と称し、「めちゃめちゃ楽しい」とのたまっていたたくおんさんが、本来のホームグラウンドであるクラシック畑にライブ後演奏家としてちゃんと戻れるかどうかが、心配である。(まあ別に大丈夫だとは思いますけど、余計なお世話ってやつです)

 

ジェイコブさんは動画にも渋くて大人なアレンジを掲げている感じがするが、はたしてセッションでも、ソロに入っても、ベース弾いてても、がっつり渋かった。本格的JAZZ畑。自分はござさんと菊池さんの動画しか主に見ないので、色んなアレンジの演奏見て目からウロコだった感じがする。

いきなり照明が暗くなるみたいな錯覚?

他の3人にはない、洗練された大人のダークな魅力。

 

他の人が大人じゃないのかというとそういう意味ではない。

ござさんは相変わらずあっちで高音のふりかけを施し、こっちでウォーキングベースに入り、一人ソロで回して要所要所で曲のなりゆきの鍵を握っている(という贔屓目。)

ござさんの演奏は渋いというよりは、終始明るくて聴いてて楽しいのだ。

ござさんは第一言語が音楽なので。というか実体はピアノで、人間の姿をしてるだけ疑惑。ふんわり現れては最低限必要にして最適な音を加え、あっちでもこっちでも(以下略)、かと思えば一人でオケ再現か?みたいな迫力と再現度。(やっぱり贔屓目)

さらになぜかラグタイムのエンターテイナーが混ざっている。即興なのか何なのか、そこに古典派ふうな合いの手を入れる菊池さん。

2人して存在感半端ない。

 

菊池さんはなんていうんですか、いちいち書きませんが、昨今ツアーでも回っていたように、他楽器とのセッションに入るのもバンド出身なだけあって玄人肌である。

その場が一瞬にして引き締まるのである。

自分の中では菊池さんは職人なので。

出来ないことは何もないし、演奏にも一番こだわりがある、気がする。

 

 

 

エピローグ

この配信はリハおよびイベントの事前放送という体裁をとっている。

というわけで本番の告知を………夫婦漫才ではなくまじめな二人がやってくださった。

日時は4月24日。18時開演。

場所は立川のステージガーデン。

配信チケットも絶賛販売中。

ぜひお買い求めの上、遊びにきてください!!

 ↓↓ 配信チケット販売サイト

eplus.jp

 

告知として完璧である。さすがたくおんさん。漫才している場合ではない。

 

 

完璧と言えば。

パリッとアイロンの当たった白いコットンシャツ。フワフワパーマかつ、サラサラにセットした髪。ヘアバンド無くても大丈夫。

というスタイリストさんが入ってくれてありがとうという感じに仕上がってるござさんの衣装姿見て、自分は満足です。そこが最重要ポインツです。

 

 

本番は次の日曜日です。楽しみだなあ。

もっと重大な隠しネタって何でしょうねえ。

それぞれのソロ曲もあるって何でしょうねえ。

たくおんさんのソロ曲がクラシックの何になるのかも、楽しみです。

 

現場からは以上です。

 

 

 

 

 

 

 

忙しいから配信する件 4/10ライブ

 

忙しいから配信する。(最近の生配信のトークから?)

リハしてて休憩になったから、やったーピアノ弾こうってなる。(ねぴらぼ後?けいちゃんさんのセリフかもしれないが皆似たようなもの)

いつのセリフか忘れたが、ござさんのこういう所が好き。

 

 

ところで小耳に挟んだのだが、ある地域のイベントにござさんが出ていたようだった。

勝浦とは。

那智勝浦じゃなくて千葉県の勝浦?

どっちにしても地域の住民が参加する、ストピが舞台のコンクール?みたいな感じらしい。

(↑会員向け記事なので内容が分からないけど)参加者は地元住民限定。

 

ピアノの愛好家が集まるイベントで、ござさんは観客に見守られつつ楽しそうに弾いていたようで、自分は写真を見てなんだかほっこりしたのだった。

ござさんには有名になろうが名前が売れようが、こういう観客や参加者と交流されるイベントで演奏されるのはやめないでほしいなーと思う。やっぱりござさんのピアノは、そこで聴いてくれてる人がいてこそだ。それに応えることで生きてくると思うので。

後で耳にした限りでは多分この話をまとめてくれたのはGさんである。いつもありがとうございます。どうかこれからもござさんをよろしく(こんな所で何言ってるんだ?)

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

 

ござさんの活動は「マイペースがモットー」な件

(このセリフは3/31の配信で発言されたかもしれない?)

ござさんは静かにいつもの口調で話されていた。

しかしマイペースがモットーなのは自分も同様だ。

何を基準にマイペースなのかが違うと思うけど。

 

いま世の中のネットピアニスト界隈は、何かと賑やかな話題で持ちきりである。

コロナ流行前を思い出すとまさに隔世の感がある。

明らかにそれまでのピアノを取り巻く環境とは違って、聴く人もそして演奏する人も従来と変わったというか増えたと思う。そのきっかけとして以前からのストリートピアノの流行が根底にあった事は間違いないが、それはきっかけにすぎない。

というか「ピアノはクラシック界隈で演奏されるものという古来からの概念(JAZZ ピアノというジャンルもあったらしいが、自分はござさんのピアノからそれを知った)からとっくに枠を飛びだしたと言っていい。

ストピの流行という一過性の現象を通して世の中にはピアノの多様な可能性が提示された。それをきっかけに、ネットからすらも飛び出してピアニストさん達の個性が存分に発揮されるようになったというか、色々な個性が存在していたことに世の中が気づいたというか。

ピアニストさんたちは様々な分野で様々な経験を積むチャンスを、未だかつてない規模でその手に握っている。彼らは、柔らかい新芽が春の陽光を浴びるように柔軟にそれらを吸収し、経験を全て自らの音楽性に組み込んでいくことだろう。彼らにはそれを容易にするだけの、無限の感性が備わっているから。

 

人の人生において、無駄な経験というものは存在しない。過程無くして現在はない。

全てが実となり糧となって個性を形成するのだ。

彼らの個性はそれぞれに違う。

個性は比べるものではなく、違いを楽しむべきものだ。

 

そんな中自分はイマイチ違いを楽しみ切れていない。

自分の推しを推すだけ。

自分の推しとは、ござさん。

 

ほんとは色々な人に興味を持ち応援できればいいのだろうけど、

色々な違いがはっきりしてくるほど、自分の場合はただ

「ござさんを何が何でも推す!」

っていうスイッチがONになり、エンジンがかかり、新たなエネルギーが投下される。

 

ネットピアニスト界隈で活躍する人たちのすばらしさを痛感すればするほど、

自分は

「じゃあ、ござさんのいい所はそもそも何だ」

と原点に立ち帰り、自分の推し方をあらためて思い出すだけだ。

そうやって、

ござさんのピアノのここが好き、ござさんのピアノじゃないと嫌な理由…

と一つずつ自分の気持ちをゆっくりと反芻し、いくらでもわいてくる事に苦笑しながら今日もこの日記を書くのだ。

そういう意味では菊池さんのピアノは色々な点でござさんとシンクロしている(もちろん平行線をたどっている部分もある)ので、こうやって時々自分の気持ちを振り返りつつ、菊池さんのピアノも、常に自分の中でインストールし直している。そのたびに、いつも方向性が全くぶれていないことに安心するのだった。

 

 

本番イベント前の習性

さて、ござさんからはいつものお知らせがきた。

どーぞどーぞ気の済むまで練習なさってください。あれだけいつも弾けてるじゃんと思いつつ、さらに修行に励むと聴いてファンとしては安心するのであった。ござさんに言わせれば「練習するからあのレベルをキープできてる」とか言いそうだな。

※参照:以前ねぴらぼ直前のスタジオに缶詰の際の投稿動画

All the Things You Are - YouTube(2020年7月のねぴらぼ前、メンバーシップ限定動画)

 

毎日練習三昧。頼もしい限り。いつもあれだけ弾けてるのにこれ以上練習したらどうなっちゃうんだと別の意味で心配。

ゆっくり弾いてるのはクラシックアレンジ中心のねぴふぁび関連の曲でしょうか。ゆっくりに落として細かく演奏を確認されるのはプロでもやってることなのですね。自分もゆっくりから練習します。(←←←そしていつまでも速度は上がらないまま

 

ただ最近の生配信は家のFANTOM8つまりシンセでの配信が主になっている。ござの日ライブではバンドセッションだし、シンセも交えたアレンジが中心になるという意味だろうか?そうすると白いショルキーもワンチャン登場する可能性が微レ存。楽しみだなあ。

※参考資料:白いショルキー(音声なし)が使用されてる動画---去年のPIANICより

 

そんな中ござの日まで一か月、配信無いならゆっくり過去のアーカイブまでさかのぼり、書きかけのブログにも手をつけ、……色々画策していた自分のもとに、あっさりと配信のお知らせは届けられたのだった。

 

修行してるんじゃないんかい!??

缶詰になって練習するってのはどこ行ったんだ!!

(↑ そうとは誰も言ってない)

 

 

 

検証:結局ござさんって何なの

ござさんのピアノは単純にジャンルを分類することができない。

 

今読んでる本によると。

存在というのは時間を根拠に成立する、らしい。(違うかもしんない)

今のござさんをござさんたらしめているのは過去の時間だ。

今までの経験を積み重ねてきたことで、ござさんのピアノの今がある。

また演奏においてどういう指針を置いているのかは、これからの演奏活動を大きく左右する。

つまりござさんの現在の存在は、過去と未来無くしては語れない。

 

それに、生放送はリクエストによって成り立っているし、放送のチャット欄や動画のコメント欄はファンの書き込みによって構成されている。また、Twitterでござさんへリプしたり# つけてつぶやくのもファンである。このことから、このござさんの

「過去、現在、未来」

を構成するのはござさん本人だけではなくファンもその一角を組成しているといえる。

 

今回ござさんは自宅からの配信というのもあるがシンセ音源を新しく購入されていた。またチャット欄の入力制限?をされていて、コメントの流れが緩やかになったようだ。チャット欄の設定はあの早すぎる流れでどうリクエストを拾うか?という、他チャンネルでも話題かもしれない未だ解決を見ない案件である。速度制限にしたと聞いて、そういう手があったか!と思わず自分は唸った。誰も傷つかない平等な手段でござさんはこの問題の解決をはかったのだ。

配信で演奏されるリクエストの構成、演奏を聞くファンの姿勢、色んな意味でファンはその放送を写す鏡だ。

 

膨大なレパートリーを維持するという側面も生配信の役割としては挙げられるが、ござさんはやっぱり音楽を、ピアノの音をファンに楽しんでほしくて弾いてると言うのが生配信の本懐だろう。ファンのために配信するというより、最適な表現ツールが生配信だったという、目的のための手段ともとれるが。

ござさんの本領は即興演奏でありその場での化学変化、自然現象だから。

 

生配信があるたびに違うござさんがそこに居る。

演奏するたびに新しい表情をまとい、その音はより深みと味わいを増し、しかしどこまでも透明だ。

そもそもござさんという人格の中に色々な表現という引き出しが多すぎて、結局その全容を解析はできそうにもない。

 

配信では聴きなれたはずの曲もある。

またござさんの配信で初めて聴く知らない曲もある。

でもその中に隠されたひねった和音が、畳みかけてくる低音が、曲の合間を埋める細かい音符が作用するのだろうか?どれも聴いていて深層心理をえぐられる。

いちいちどの曲にも感動し、ワクワクし、懐かしい思いにしんみりと涙が滲んで、一つ一つが短編映画を観ているのかというくらい起承転結に富んでいるから、感情は目まぐるしく動いていそがしい。お気に入りの曲を聞いた後は観客がそのスクリーンの前から去って行っても、自分だけはそこに残っていつまでも余韻をかみしめている。

 

JAZZアレンジは経験を積むほど表現が豊かになるそうだ。最近のござさんの演奏にはリズムと言い和音進行といいJAZZの要素がふんだんに使われているのか?より洗練され垢抜けた、余計なもののない中に差し色のように光るものがある。

でもそれだけではない。

POPSやボカロの左手が刻む速いビートの疾走感。

感動的な旋律に向かって盛り上がっていく和音。

特徴的なリズムを刻む裏で細かく入る休符が軽快な印象をつくる。

いつも演奏してくれる曲も絶対に違うアレンジになり、かつその曲のまだ知られていない一面を露わにし、更にいっそう聴くものに訴えかけてくる。

 

 

配信が終わったあと。

祭りの後の静けさ。

その場所に係留された自分の心という船は、ロープで杭に繋がれて離れられないままだ。

 

 

 

春になると動き出す(どっかで聞いたような?)

 

何といっても今回の配信の白眉は、ござさんの日本語がIQ3じゃなかったことだ。

(そこ?)

 

たまに、Bill Evansの人」とか、演奏がハードになっていくのはリクエストするファンの責任だのという謎の政治家ばりの発言とかが飛び出しつつも、チャットからの嵐のツッコミも華麗にかわしてトークの調子は絶好調のようであった。

自分のブログはブラウザを二面立ち上げて、ブログを書きながらもう片方のブラウザでYoutubeの配信を流してこれを書いていて、時々マウスの操作を誤ってYoutube再生速度が気づかないうちに1.80倍になってて慌てることがある。

今回のトークはその勢いかというくらいすごかった。

どうしたんだござさん、新しく生まれ変わったのか?

 

まあ、ある意味そうかもしれない。

暑さ寒さも彼岸まで。花冷えの頃も過ぎて陽光は窓外に眩しく降り注ぐ。

 

桜色に 衣はふかく染めて着む 花の散りなむのちのかたみに

古今和歌集 紀有朋

(訳:桜色に衣(ころも)は深く染めて着よう。花が散ってしまった後の思い出(の品)に)

 

ござさんは寒いのが苦手らしく、真冬の寒い時期は(引っ越し前は特に)動画作成のペースも落ち、まじめに布団から出られない、どこにも出かけられない状態だったらしい。しかしここ最近の春の陽気に誘われて、ござさんはウッキウキの様子である。

夏に35℃くらいになっても全然平気らしい。

 

奇遇ですね。自分も冬に身動き取れないくらい寒いの嫌いなところから、春がこれから暖かくなるから気分的にウッキウキで、夏は35℃だろうが40℃だろうが別に扇風機で平気なところも一緒ですよ。

そうそう周りから温められないと体温上がらないですよね。自分は多分変温動物ですね。ヤモリとかカエルとかの仲間だと思いますね。

 

とにかくござさんのトークはとどまるところを知らない。

 

言葉のキャッチボール、

言葉のドッジボール

言葉のデッドボール???

当たってどうする!wwwwww

と、このように。

 

バラエティ番組のMCのように饒舌で、

実況アナウンサーのように冷静に、

落語家のようにオチを心得ている。

 

ござさんの言葉を借りれば「立て板に水のような」よどみない流暢な語りである。

 

最後の挨拶のところの語りなんかあんまりにも完璧だ。

 

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面白すぎるwwwワラwwwww

 

じめじめと陰湿な日影の環境というのは引っ越し前のござさんの部屋がそうだった。

(※メンバー限定動画:この配信の最後で部屋の湿気について語られている)

一人合奏放送 リクエスト受付中! / Piano live 2019/10/19 - YouTube

(※メンバー限定動画:ネピサマ振り返り。これによると引っ越し後はカビが無いらしい。当たり前である。)

【配信】20分雑談→スーパーチャット読み(予定)2020/09/04 - YouTube

 

過去とは違い、今の部屋はじめじめでも何でもないはずだ。

暑い?

もう夏日なんですよ?

エアコンをドライにすればいいじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピアノはガチャという説

 

確かに。

プロとして演奏を極めるとそれだけ楽器へのこだわりも細かくなると思うが、ピアノという楽器は基本的に持ち運べない。行くところで用意された楽器を弾くしかないという意味では不利かもしれない。

(その点管楽器や弦楽器はポータブルだから自分の楽器を使い込めるし、パーツを使い分けたりして演奏シーンごとに色々な演出を楽しんでいる)

でも言い方を変えれば奏者ごとに特性があるように、ピアノも楽器としての個体の特性はそれぞれにあるわけで、その楽器のくせみたいなものをつかめれば、逆にそれを生かした演出や演奏は可能かもしれない。

 

……とサラッと書いたが。

そもそも本番で緊張したりしないでいつも通りの演奏をできるだけでも凄いと思うが、さらに出先の楽器に合わせてパフォーマンスを変えるって、歩く万能頭脳じゃあるまいし。でもそんなAIみたいな機械的な思考回路じゃだめだし、やっぱりあの人たちの考えてることは素人には理解不能

 

※色々な場所のピアノを自由に弾きこなすといえば、自分の知ってるクラシックピアニストでは一人しか調べてないので引用する。

 

以下、引用:スヴャトスラフ・リヒテル - Wikipedia

ワルシャワでのドイツ・グラモフォンとの録音セッションでエンジニアを務めたハインツ・ヴィルトハーゲンは、この時使用したピアノについての証言を残している。スタッフが現地で調達したピアノはタッチにひどくむらのある粗悪な代物で、スタッフは当然リヒテルに拒否されるものと考えた。しかし彼は黙ってピアノの前に座ると、キーの感触を一つ一つ確かめながら、むらなく聴こえるようになるまで練習し、難のあるピアノを自在に操ったという。

 

 

1958年には、同年2月25日にブルガリアソフィアで行ったリサイタルの録音が西側でもレコードとして発売された。ムソルグスキーの『展覧会の絵』などを含むこの録音は名演奏と称えられ、リヒテルの当代一のピアニストとしての真価を知らしめた[3]。同年に第1回チャイコフスキー国際コンクールが開催され、この大会を制したヴァン・クライバーンが滞在中に聴いたリヒテルの演奏について「生涯で聞いたなかでもっともパワフルな演奏であった」と帰国後に語ったことで、このピアニストの評判はさらに高まることとなった。リヒテルはこの第1回チャイコフスキー国際コンクールで審査員を務め、クライバーンに満点の25点をつけ、他の全てのピアニストに0点をつけた。

翌1959年にはドイツ・グラモフォンのスタッフがワルシャワに乗り込んで録音が行われ、数枚のレコードが発売された。その中でも特にスタニスワフ・ヴィスウォツキ指揮のワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団と共演したラフマニノフピアノ協奏曲第2番の録音はこの作品の名演と称えられ、その評価は現在に至るまで揺らいでいない。

 

 

 

 

感性の氾濫(3/31生配信ライブの雑談を聞いて)

 

都内は多摩川沿いにある、隠れ家のようなカフェ。

春爛漫の陽気のなか日当たりのよいテーブル席で談笑する男性二人組。

それは言わずと知れた秘密結社のボス(表の肩書は(株)G興業取締役)ことGさんと共同出資者のIさんだった。コーヒーを片手に何やら話し込み、書類やら申請書やらを手に額を突き合わせて細部のチェックに余念がない様子である。

 

そのドアの前に現れた怪しい人影。

(……よし、ここだな。)

ガチャッ!バタン!

自分はそのカフェの重々しい木の扉を勢いよく開けた。

カラン、とドアについた乾いたベルの音が鳴る。

穏やかな陽だまりでコーヒーを楽しむ時間に突如侵入者が現れ、眉をひそめる他の客。その場の不穏な空気にはお構いなしに、自分はまっすぐ男性二人組のテーブルにつかつかと詰め寄った。

 

びっくりしている二人組にも、お冷を持ってきた店員にも構わずに、自分は同じテーブルに座るとここぞとばかりに思いっきりまくしたてた。

コーヒーカップがその勢いで倒れそうになりながら。

 

ちょっと!

聞きましたよ!??

ござさんがピアノ辞めちゃうってほんとですか!!!

ピアノの色んなアレンジ一通り弾けるようになって飽きちゃったから辞めるって!!!

ウチみたいなストーカー紛いな粘着ファンのためになんとかモチベ維持してたって!

(↑↑被害妄想)

IさんもGさんも知ってたんですか!?

おふたりとも長い間お互い刺激を受けながらピアノ活動やって来たんじゃないんですか!!黙ってないで何か言ってくださいよ!

 

ピアノは苦しい時も寂しい時もそばにいてくれるんでしょ??

ピアノがどんなときも心の支えになってくれるのを誰よりもわかってるのはIさんでしょ!

なんで止めてくれなかったんですか!??

(唐突に流れるマッキーの歌声)※リンク: 槇原敬之 - どんなときも。 - YouTube

 

 

あまりにも唐突過ぎて顔を見合わせる二人組。

ハッと気づいたようにやっとGさんが口を開いた。

「あ、ああ……GZくんならその辺のT摩川の土手で桜でも見てるんじゃないかな……さっきまでここ居たんだけど、天気いいからってフラッと……」

 

お二人とも分かってるのに止めないんですね!!!

あれだけの腕を持ちながら、それが埋もれていくのを黙ってみてろって?

どういうことですか!!!

ちょっと自分はGZさんの気持ち聞いてきます!

 

GさんとIさんは分かってくれてると思ってたのに!!

もう世の中何も信じられなくなりました!

うわああああああん!

 

 

そして台風か何かのごとく騒がしい影は、疾風のようにテーブルから消えた。

 

後に残された男性二人組。

コーヒーカップを手にしたままポカーーーーンと口を開け、もう見えなくなったその影を見送るほかはない。

 

「どっどうすんの、あれ……?」

「まあ大丈夫じゃないですか、本人に話に行くって言ってるんだし……」

「そうだね、本人に聴けばアレがなんかの早とちりの勘違いだってわかるだろう」

「そんなはっきり言ってたんですか、生配信で……?」

「いやちょっと落ち着いて配信聴いてれば、わかることだよ。GZくんがほんとにやりたいのは何なのか。」

 

 

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陽当たりのよい南側の窓際で、コーヒーの香りを楽しむかのようにカップを回してゆっくりと味わいながら、外の景色を眺めてGさんは静かにつぶやいた。

 

そうしておだやかな春の時間は静かに流れてゆく。

 

 

 

 

さて。

勢いでカフェから出てきたものの、T摩川の土手は広い。

あちゃー。どこだろ?

 

桜は右にも左にも一面に並木道が伸びていて、このわずかな期間を楽しもうと河川敷はたいそうな賑わいである。あちこちで家族連れのにぎやかな笑い声が響く。

 

 

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(※参考画像です。撮影地はうどん県S市I野山のふもとです。)

まるで生き急いでいるかのような、生命力を持て余しているような……

むせ返らんばかりの満開の桜。

細い枝にこぼれんばかりの花が、今を盛りと咲き誇る。

 

 

その花吹雪が散り敷く中、GZさんはいた。

土手に腰かけて陽光に輝く川面を見ている。

その手には午後の紅茶。なんでやねん。さっきまでカフェに居たんちゃうんかい。

まあいい。ここで会ったが百年目、洗いざらい喋ってもらおうか。

【※以下、凡例】黒字--自分

             の字--GZさん

 

 

ちょっといいですかGZさん!

自分の甲高い声にGZさんは驚いて振り向くも、「またあんたか、うるさいのが来たな……」みたいなウザそうな顔をして、プイと視線を元に戻す。

 

そんな態度は気にせず自分は機関銃のようにまくしたてた。

ねえなんでピアノ辞めちゃうんですか?

ござさんにとってピアノは言語なんでしょ?

話すより自由自在に表現できるんでしょ?

ピアノがないと2日と持たないんでしょ?

自分もござさんがピアノ弾いてくれてないと生きていけないんですけど!

 

人聞きが悪いな……

別にやめるなんて一言もいってませんよ。

僕は表現の仕方を色々な方法でやってみたいだけです。

その一つがピアノだっただけのことです。

鍵盤は一人で操作できますが、

それだけに自由度も拡張性も無限にあるツールですから。

 

いろいろできるなら、

いろいろやってみたいじゃないですか。

 

明るく晴れ渡る春の空の下。

ござさんの背後、遠くに多摩川にかかる南武線の大きな鉄橋が見える。

その上を、轟音を立てて貨物列車が通り過ぎていく。

 

みんな今やってることを出来るようになるまで極めると、次にやる事探しますよね?

ずっと同じことやっててもつまんないですよね?

え?

それが世の中に需要があって人気を得ててもですかって???

それをずっと続けることを人は「マンネリ化」と言うんですよ。

音楽を創造する側としては変化を止められることは即ち死を意味します。

 

鉄橋を揺るがす貨物列車の振動がかすかにあたりの空気を震わせ、桜の木から花びらが静かに落ちた。

 

次から次へとわいてくるものは止められないです。

考えることをやめると死んじゃうあたり、これに似てますよね。

これ?ああ、マグロですよ。

 

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(※画像参照リンク:海の弾丸、マグロが高速で泳げる秘密とは | ナショナルジオグラフィック日本版サイト )

 

今は「向上心」を故意に押さえつけてるんです。

魂を売ったわけではけっしてありません。

演奏もあまり改善とかできなくなって違う方向性を打ち出せなくなったとしましょう。

そのはけ口として今はそのエネルギーは例えばグランドピアノ動画の画質や音質をどこまで上げられるか?って方に興味が行ってます。

 

しかし本当にいいんですか?

個人的に追求するとみなさんをぶっちぎって遥か彼方に置いてきぼりですよ?

需要を無視して、ほんとにいいんですか??

何やってもいいんですか?

いいんですね?

じゃあピアノ辞めてイラスト描くとか色々ありますよね。

 

 

え?イラストを描く方向へ、ですか??

ピアノの他の選択肢としてって事は職業として考えてるってことですよね?

え?職業としてのイラストってこれのことですか?

 

は???

なんか言いましたか?

 

これもさあ、イラストですよね?

え??これ職業にするの?

ござさん正気ですか?

 

 

いいからそれは置いといて。

ていうか、やりたいこと押さえてると噴火して爆発しちゃうかもしれませんよ?

つまり地球崩壊の危機です。マジヤバい。

 

f:id:tushima_yumiko:20220403015521j:plain

(※画像引用:噴火 - Wikipedia より)

 

 

そのエネルギーは今の所世界史とかそれを基にした民族音楽を調べる方に行ってる。

 

地球崩壊はイヤです。

そんなのに巻き添えを食らいたくありません。

 

ていうか、え?

はい・・・・・・?

今までは需要をちょっとは気にされてたんですか?

どのへんがですか?

 

まあストピ動画のサムネを工夫されたり、テロップを派手にしたり、生配信でも視聴者のリクを拾う形でこの10年以上放送されてきたんですから、しかも仕事の合間に。ファンの期待に応えてくれてる、そのお気持ちは痛いほど存じ上げてますけど。

でも根本的に違いますよね。

あのね、需要を気にしてる人は、

・まず服とか髪形とか外見にこだわりますし、

・需要があるかな?って動画再生回数や登録者数を気にしますし、

・検索にヒットするように # にこだわりますし、………

何にしても「他者に評価されること」にしか行動の動機がありません。

 

ござさん、音楽活動のモチベは「他者に評価されること」に端を発してるんですか?

違いますよね?

言われてましたよね、”抑えきれない向上心に衝き動かされてる”って。

 

だったらさ、方向性は今までと何ら変わる所が無いじゃないですか?

ござさんはその向上心の進むところへ素直に向かっていけば良いのではないでしょうか。

 

 

専門性を追求すればファンのうち多数派の支持はどうやっても得られなくなります。

しかし活動の基軸を商業的ベースに置けば収入としては安定するのと引き換えに、ござさんの魂というか音楽性の命とでもいうべきものを失うんですよ。

 

ござさんは何を以ってござさんなのか?

コアな音楽理論のファンから、ストピ動画をたどってきた通りすがりの人まで、ござさんのファンは多種多様、千差万別と言っていいと思う。

でもそれらの人が何を聞きたくて集まってるのか?

 

音楽の表現は人それぞれ、

ピアノの音は演奏者の数だけ違う表現がある。

理論が分かってるかどうかに関わらず、ファンに共通するのはござさんの音が好きだからじゃないんですか。

楽家たるもの、個性をなくすのは死に値します。

誰がどこを切り取っても同じような、金太郎あめみたいな演奏聞きたいと思います?

そんなどこ行っても聞けるような音楽を聞きに集まってるわけじゃありませんよ。

 

大衆的文化というのは幅広く認知されてますが、広く浅く表現するゆえに一瞬で飽きられます。その世界では機関銃のように絶え間なく発信しないといけませんし、そうやって表現者はその過重労働と発想の搾取に耐えきれずに疲弊していくのです。

そういうござさん、見たくないです。

また、クラシックピアノの世界はござさんのおっしゃる通り、突き詰めれば予定調和の世界です。バロック絵画を見て安定した完成された芸術を見ている感じ。忠実に原曲を再現するのが使命であり、楽器としてのピアノを追求しなければならない。そこで求められるのは膨大な練習時間というのはその通りです。

需要はあったとしてもござさんのピアノが最も輝くのはそういう舞台ではない。

ニコ動やYoutubeから発信されるネットピアニストは、そういった音楽界に一石を投じる存在だったはずです。

ござさんのピアノはネットピアノ活動の嚆矢として、従来の世間の目を気にせず固定概念も置き去りにして新しい価値観を追求していたんじゃなかったんですか?

その新しさゆえに、ファンも従来の常識から一線を画した試みとしてござさんの音楽理論に刺激を受けてたと思うんですけど。

ギリギリのところを攻めてこそのござさんアレンジですよね。

ござさんの存在意義は、もっと別のベクトルから発される音、もっと思いもよらぬところから投げられる変化球です。

 

誰を対象に発信するのか?

専門的な音楽理論を聞きたい人か、

Youtuberとしての演奏を聞きたい人か。

 

結論からいえばそこは問題じゃありません。

発信される音楽をどう捉えるかは聞き手が感じ取ることで、発信者側からそれを選択も操作もできないでしょ。

人の感情ってコントロールされる性質のものではないんですよ。

音楽理論が分かる専門家のファンは、よりござさんの世界を味わい深く鑑賞することができるだけで、楽しむスタイルに差があるわけでもなんでもありません。

何もわからなくてもござさんの深遠な音楽の世界に触れることができる。言葉で語ってくれなくても肌で感じることができる。音楽を理解するのに言語も国境も関係ありませんし。それこそが私たちファンの特権であり、ござさんのもとに集まっている唯一の理由です。

 

 

好奇心を押さえつけるなんていう寂しくなることは言わないで、ござさんは思うままにご自分の世界を追求して下さってるだけでいいと思うんです。

その活動が充実していればいるほど、どんなファンであれ勝手についてくるものです。

 

 

ちなみに自分の職場は病院だけど、お医者さんの中には医局人事で関連病院を異動して回る中、大学病院の研究室へ戻っていく人がいます。なぜ?そういう組織の中で地位とか肩書きを目指すのかというとそうではなく、

「(自分の診療科を専門的に)もっと研究したいから

だそうです。医師という時点で修士課程は終わってるはずだけど、さらに掘り下げてもっと学びたいということらしいです。

もっと深くつきつめたい。

ござさんの方向性もつまるところはここに行きつくのでは?

生き方というか、研究対象へ取る姿勢に、双方似たようなものを感じるのは自分だけでしょうか?

 

 

………なんでここ来たんでしたっけ。

そうだった、ござさんにピアノをやめてほしくない一心で探し出したんでした。でも、その心配はなくなったと思っていいですか?

ござさんが世界史調べたり民族音楽研究されたりしてたので、そういう色々な経験は回り道に見えますけど精神世界にというか人生に厚みを与えると思います。やって無駄な事って世の中には存在しませんので。

研究に興味がおありなら、ござさんの興味ある専門分野が学べる何らかの教育機関へ今からでもお入りになられてはいかがですか。そういうところで別の顔を身につけられたござさんも、ファンとしては非常に興味あるんですけど。

向上心に蓋をして押さえつけてるより、はるかにそっちの方が健全な選択だと思いますがね。

じゃあ、桜ももう散りそうだし、あとわずかなお花見の季節、楽しんでください。

静かに見物なさってる所に乱入してすいませんでした。

 

 

そう言って自分は家族連れでにぎわう桜並木の土手を降り、多摩川河畔を後にした。

あの妙な焦燥感は、もう感じない。

 

 

土手の上では風が通るたびにヨメイヨシノの薄桃色の花びらが舞い落ちてくる。

ござさんは何も言わず、元通りに多摩川の静かな流れに視線を投げていた。

 

 

 

 

【おまけコーナー 1 単なるぼやき】

ピアノ、簡単・・・・?

コードもほ~ら3つか4つ抑えるだけの簡単なこと……?

いやいやいや。

それだけは口が裂けてもそんな事軽々しく口にしないでもらえますか。

ござさんの発する言語はまさしく外国語か宇宙人語、一般民にはそのアグレッシブな発想がどこから出てくるのかさっぱり分かりませんけど、そのコード論とかいうのも一般市民には宇宙人語なんですよ。

分かる人同士で暗号の会話をなさるのはプロ意識が垣間見えて大いに頼もしく思ってますが、一般市民に同意を求めないで下さい。

 

学校の授業でも音楽の時間でも部活でも、ちっとも習わなかったそのコードとかいう理論。

基礎の基礎の基礎から理解するのにも血を吐くような思いでやっと調べ倒し、なんとか界隈の謎の暗号を解読してる一般市民から言わせてもらいますけど。

 

コードを理解・習得するのもある程度の知識とそれを身につける膨大な時間が必要。

更にそれを使いこなすには音楽的センスが必要不可欠。

 

マニュアル本は世に多々売りに出されてますし、調べれば一般市民にも手の届かない世界では決してありませんが、簡単とか言う表現には同意いたしかねます。

ござさんには脊髄反射でどうにでも操作できるツールかもしれませんが「簡単」とかいうワードではなく「頑張って身につければもっと音楽は楽しめます」とかいう、一歩背中を押してくれる発言だったら嬉しかったかもしれない。

 

あ、文句言うつもりは0.000000000001ミリもありません。あいかわらずのござさんの飄々としたところが、らしいなあーと思ってほっこりして見てただけです。

 

 

 

【おまけコーナー2 過去の回想】

 

え?そんな配信でやらかしとか、回線トラブルとか、やった事ない………?

ん………?

ソーラン節はいうに及ばず。

ほほう?なんかこんな事もありましたよね……?

twitcasting.tv

 

 

 

あと、BGMが聞こえるとコードを聴き分けること?に意識が行って、IQ3になるござさん。今回も大きな古時計が視聴者にのみ流されていて、聴いてる方は穏やかな雰囲気で話が聴けて、かつござさんは無音状態だから集中できたようだ。

 

過去にBGMをその場で作ろうとした時にどうなったかという顛末を貼っておく。

知ってる人は知ってるでしょうから読まなくていいです。

 

それは2020年9月4日の生配信。(現在はメンバーシップのラーメンプラン限定動画)

 

 

ネピサマの伝説のソーラン節配信からのリベンジを無事果たし、振り返り雑談とスパチャ読みの配信をされた時の事。

BGM流しながらにしましょうかと言いつつ、BGM曲のコード進行に意識を取られて話ができなくなるというござさん。なんでもコンビニに入ってもBGMを分析してしまって何を買いに入ったのか忘れるほどらしい。

 

そこで名案を思い付いた!といいながらパートごとに録音を始め、一人セッションで曲を作って

「ばっちり、さあできた!BGM流すぞ!」

と演奏をかけてスパチャ読みを再開するも、その曲のコード進行を追ってしまってスパチャ読みにならないの巻。

 

「ダメだ!トークが進まない!」

 

何やってるんですか。

 

 

大きな古時計の参考動画:この動画の中間部

tomorrow(アニー/from Annie)/大きな古時計(My Grandfather's Clock)/どんなときも ピアノアレンジ詰め合わせ - YouTube

 

 

 

 

 

 

3/3 生配信 卒業の季節

 

 

ぼんやりとした不安が辺りに漂う。

自分はただの思念体で空気みたいなもんである。

 

これ書いてる時だけ現世にやってきて実体を持つ。

 

 

ピアノ練習してる自分は、まだまだ実体というにはほど遠い。楽器が鳴ってるけど鳴らしてるとはいえないポルターガイスト現象である。あー怖い。

 

 

※もう冬も終わりで関係ないですが、指先が冷えると言われていたので、以前はこんな手袋されてたからこういうのもありなのでは?(この配信の18分くらいから手袋はめてる)この時は二の腕まで袖をまくってたから寒かったのかもしれませんが。以前の部屋で、2月でしたし。

顔出しピアノ リクエスト受付中! / Piano live 2020/02/07 - YouTube

 

 

 

卒業の季節

 

世の中は卒業、そしてまた入学を控える季節。(※ただし欧米では9月に入学式だから季節が違うが)

 

学校を巣立っていく人たちを眺めながら、自分は卒業できたのか?って考える。

学生という職業はとっくにやめてるが、じゃあ何か得るものがあったのかといえば、何を一体学んだというんだろう。

 

 

高校までの学校という場所は、いわゆる教えてもらう場所だった。言われたことだけやってればよかった。学ぶというのは用意されたことを覚えることだった。

それから大学へ行ってみたが、ただしゆるーい学校だったが、先生は楽しそうだった。教えるのが楽しそうというよりは自分の好きな事を好き放題やれて楽しそうだった。自分のいたゼミは学校の中でも一番風変り、ガッチガチの点の取りにくい所として有名で、全く人気がなかった。しかし先生は専門分野の事になると途端にキラキラとオーラを発し、聞かれても無いのに語りだしたりしていた。

先生は、教えるプロというより学ぶプロだった。自分の好きな分野を追求して新しい事を発見することの楽しさを知っていた。

そういう姿を見て、今までの自分は指図されていただけだったんだと思い知った。じゃあ自分のやりたいことって何だ……?ゼミでやってた分野を飛び越えて本を色々読みたいことかな……?

 

それからの自分のモットーはこんなふうだ。

古今東西世の中のすべての事は本の中にある。文字ですべては表現できる。(ネットがあるから本は必要ない?ネット上にある情報は機動性はあるけどネット上に無い情報の方が圧倒的に多いはずだ。電子本になってんのはほんのわずか)

 

歴史、思想、科学、……文字で表されないことはない。政治だけは日々変わっていくから一瞬たりとも目を逸らしてはならないけど、政治の背景にあるものを理解せずにはそれを読み解くことはできない。

つまり文字から得られることは限りなく、一生かけて自分はそれを追い続けるだろう。

高1男子に言わせれば「母さんはしょせん70億人のうちの一人なんや」だそうだが、ほっといてくれ。自分が習った時は60億人だったぞ。そんなことはどうでもいいから、向上心を持って生きようと思っただけだ。

生涯学習って言葉もあるしな。

本というのは日本だけでも毎年70000冊以上新刊が出て、世界中でカウントすると毎日何冊発行されてるのかもわからない中どんどん絶版になっていく。自分が読んでいるのはその中のほんの一握り、世の中の片隅のほんのわずかな事象に過ぎない。

 

だから自分の中では卒業という言葉は、一生似つかわしくない、と思う。

 

そんな重症活字中毒の自分がある日ござさんのピアノを知って、なんでそこに傾倒したのか理由はわからないけど、本質的にピアノを追求してる気がしてそこに共鳴したのか、???自分が知った当時ペンギンかぶっててサングラス姿で素顔も正体も何も情報が無い中、ピアノで語るというか、ピアノで全てを表してるみたいなところに共鳴した、みたいな??

何か知らないけどあの音に無意識に引き寄せられる。

未だに生配信でも全然顔見せてくれないというのに。という点は全く自分にはどうでもいい。

 

でもござさんのピアノはああいうふうに自由にピアノでなんでも表現できたら楽しいだろうなあ、っていう純粋な夢が持てるのだ。

 

卒業がテーマの演奏には一段となにか思い入れを感じる。

ござさんなりに学生時代の想い出を込めてるのか。

介護職やりながらピアノ弾いてたことを思い出されてるのか。

 

中音域でシンプルに奏でられる旋律がストレートに訴えてくる。

色んなことがあったねと。

左手が映画のクライマックスからエンディングみたいに感動的。

そこにスポットライトみたいに華やかに光る左手のキラキラした高音。

 

ござさんの選ぶ曲はどれも時代を超えて名曲。最新曲でもござさんなりのこだわりを感じたりする。そもそも楽曲がどれも秀逸なのが揃ってる。

そこにテーマみたいな感じでござさんの演出が光ってて、1曲が1本の映画を観たような印象深さ。メドレーで通して聴いてるとさらに緩急自在に組み合わされた奏法に、思わず唸る。重厚な感動的演出の中にあらわれるswingのリズムとウォーキングベースやボサノバ風アレンジがメドレーに新鮮味を添えている。

 

みんなそれぞれこの季節には思い入れがあり色々思い出すこともあるだろう。

卒業する人は今までいたところに愛着と懐かしさを、またその時代はもう二度と戻らないということに一抹の寂寥を覚えるのだ。

 

ござさんは定番曲を弾いてくれながら、そんな複雑な気持ちを汲んでくれるかのように曲の展開に一風変わった音を入れ、含蓄ある味わい深い響きをもたせているようだ。

そんな音を聴きながら、自分は胸に去来する気持ちを噛みしめている。

様々な思いが色鮮やかなスライドになって昨日のことのようによみがえってくる。

 

 

 

星屑みたいな、宝石のようなもの

「月夜でないよ。銀河だから光るんだよ。」ジョバンニは云いながら、まるではね上りたいくらい愉快ゆかいになって、足をこつこつ鳴らし、窓から顔を出して、高く高く星めぐりの口笛くちぶえきながら一生けん命延びあがって、その天の川の水を、見きわめようとしましたが、はじめはどうしてもそれが、はっきりしませんでした。けれどもだんだん気をつけて見ると、そのきれいな水は、ガラスよりも水素よりもすきとおって、ときどきの加減か、ちらちらむらさきいろのこまかな波をたてたり、にじのようにぎらっと光ったりしながら、声もなくどんどん流れて行き、野原にはあっちにもこっちにも、燐光りんこうの三角標が、うつくしく立っていたのです。遠いものは小さく、近いものは大きく、遠いものは橙や黄いろではっきりし、近いものは青白く少しかすんで、あるいは三角形、或いは四辺形、あるいはいなずまくさりの形、さまざまにならんで、野原いっぱい光っているのでした。

引用リンク:宮沢賢治 銀河鉄道の夜より

 

 

ござさんのピアノは真っ暗な空に無数に明滅する星あかりのように、夜空を埋め尽くす星の流れのように、季節は違うけど上の引用の天の川みたいにきらめきながらその流れは絶えることはない。

よく見ると大小の星たちは、青白くぼうっと光っていたり、ほんのり紫がかっていたり、ピンク色の星雲が見えたり、緑色に見えるものからアンタレスみたいな真っ赤な星まで、それらはまるで姪っ子が持っている宝箱に集められた綺麗な色の石みたいだ。

 

絶えず流れているござさんのピアノっていう清流のほとりに立ち、自分はそっとかがんで、透き通った川床にきらめいている星たちを手に取って持っていた駕籠に集めて回るのだ。

 

お気に入りの星たちですぐに駕籠はいっぱいになりそうだ。

でも星たちはきれいな川に沈んでいるからこそ美しく光るのかもしれない。

拾って集めるのはここまでにして、水面を通してゆらめいて光る様を自分は遠くから眺めて楽しむことにした。

川面は深い所でもどこまでも透明で、怖いくらいだ。

 

 

自分はまた大きい駕籠を用意して、きっといつかまた綺麗な川の流れのほとりに立ち、今度はもっとたくさん、お気に入りの色の星を拾って集めてみたい。

それまでは空に光る星たちを地上から毎日眺めることにしよう。

憧れの星も今から決めておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広告をブロックする案

Youtubeでござさんのピアノを堪能なさっている皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

いろんなピアノ動画や、その他色々な動画を視聴なさっている方々も、サービスを楽しまれている事と存じます。

 

 

なんのこっちゃ。

………なんでこんなに出だしが堅苦しいんですか?

まあいっか、今日は火曜日、週の頭にしては意外と元気なので色々考えていた。

 

個人的に、自分のござさんの動画を見ている時間は相当長い。

ただし他の動画サイトも色んなのを見たりしてるけど。

 

ピアノに限ると、(tjさんのBGMと、菊池さんの動画以外で)ピアノ動画聴いても、なんか違うと思ってござさんの動画に帰ってくるループをたどっている。

 

投稿動画も常にリピしてる。

このブログのお題にしようと思って聴き込めば、ゆうに50~100回聴いてるかもしれない。関連する動画も調べてたらさらにYoutubeを見てる時間は長い。

 

生配信に至っては、ブログに書こうと思って内容を整理してたら何日間かは24時間寝てるのと仕事以外、ずっと聴いてる換算になってもうどうなってるのか自分でも聴いてる時間を計算していない。

 

 

そこで最近Youtubeの広告が気になって、対策出来ないものかと思って考えた。

あまりにも広告多すぎ問題。

 

しかしここで前提となるのが、Youtubeは広告料等をもとにした無料サービスだということだ。利用者は無料で見れるし、動画視聴をすることで投稿者に利益が還元されている。

 

ーーござさんの場合ーー

生配信ライブは一定期間すぎるとメンバーシップ限定公開動画になる。それまでの1~2週間くらい?はYoutubeの誰でも見れるところに動画があり、視聴すると当然広告が入る。この一般公開期間の生配信の広告も視聴すればござさんの収入になるはずなので、自分はせっせと見ていた。

Youtube投稿動画も変わらず見ていたけど。

 

しかし、いくらなんでも広告ちょっと多い。と、最近気になったので。

 

Youtubeの広告を削除する方法はいくつかある。

 

1.YoutubePremiumに加入する。

  300円/月 の有料動画サービスと思ったらいいだろう。

  動画ダウンロードその他色々サービスあり。

  自分はこの月会費?的なのももったいないので入ってない。

 

2. アプリで削除

  これがいいかなと思ったが、ちょっと引っかかったのでやめた。要するに動画視聴した延べ時間とか、動画投稿者に収入の根拠となる数字上、貢献できない可能性があるので。意味ないよね。

 ↓ ↓ これ。発想が短絡的。

 

というわけで欠点を発見したため他の機能を試してみた。

 

3. chrome拡張機能で削除

 というわけで、自分はこれにしてみました。

 

※その前に、Chromeの設定を確認しておこう。

 

 

 

すいませんね、スクショするとこんなふうに画質下がるんです(改善方法わからない)

この一番上の見たくない広告を非表示に……という設定を、あらかじめ確認しておく。

 

 

 

拡張機能による広告ブロックの手順はこのサイトに詳しい。

tech-camp.in

 

このサイトにあるリンクから飛ぶと、下の画面になる。

 

 

 

 

この右上の青いボタンで登録する。(自分の画面では既に登録してる状態)

Chromeの回し者みたいですいません。

でも無料だし、公認サービスみたいだし、今のところ不具合もない。

 

 

 

各サービスのメリットデメリットをまとめてみた。

iphoneでのブラウザ視聴は、デスクトップモードで見て、Googleにログインした状態でyoutubeサイトを見ています。

 


画質が悪いですね……スクショのやり方がよくわからない。うーん。

(※自分の鑑賞環境の場合)

ケータイ:iphone  パソコン:Windows8(Wi-Fiにる電源) タブレット:なし

つまり、Andoroidを持ってないので、そっちでの検証ができてません。

 

斜線になってる項目は、出来ない項目という意味です。

safari、使え無さすぎる。

Youtubeアプリも目も当てられない。最も要注意なのはiphoneyoutubeアプリからスパチャ飛ばしたとき、Youtube以外にappleからも上前をはねられている点だ。人がなけなしのスパチャ飛ばしてる時に何してくれてんの。ほんまにもう。

 

そこで動画視聴アプリの広告ブロック機能付きのBraveを使ってみて、快適なんだけど、どうやら視聴時間の累計とかで、ござさんチャンネルはそのアプリに認証されていませんなどというコメントが出たため、多分このアプリで動画見てもYoutubeの収入統計に貢献できないんじゃないかと思われる。

 

 

 

というわけで上の表作ってみて一番マシと思われる、このChromeブラウザの拡張機能の一種であるこれを登録して自分は使ってみてる。ほんとに広告ないし、公的機能だからたぶんYoutubeの累計視聴時間とかにも貢献できてるはずである。

もちろんiphoneからも同様にブラウザで見れる(この場合はシークレットモードのデスクトップ設定で)

また、基本的なYoutubeの機能も使える。

 

 ↓ 登録リンク

chrome.google.com

 

 

それにアプリからサクッと見たいときは、例の広告ブロックアプリで気軽に見れるし。

例のアプリのいいところは、どうやらWI-FIがなくても動画が見れる点だ。具体的に言えばウチの中のピアノ部屋とかWi-Fiが飛んでなくてもサクサク使える。ちょっと練習しながらピアノ動画参考にしたい時に使える。ピアノ部屋へ有線でモジュラーケーブルつないでは高齢者に「転倒しそうで危ないやないか!」と怒られ、練習するテンションがダダ下がりだった自分にはこのアプリは個人的に便利である。

 

なんかとりとめがなくなった。

Anndoroidの環境下ではどうなってるのか実証できないのでわからない。

いろいろ試してみてください。

なんか無責任な終わり方ですいません。

 

 

 

 

 

 

3/24生配信ライブ

それは3月24日の木曜日のことだった。

いつもの曜日にいつも通りござさんの生配信のお知らせがあった。

そこで見に行ってみたものの、配信開始時も、配信を通しての平均も、同時視聴者数がなんとなくいつもより少ない。1450人くらいだっただろうか。

 

年度末だから、世の中が全体的に慌ただしいからかなあ。

入試や進学、卒業と入学のシーズン。就職や異動。引っ越しして一人暮らしや単身赴任始めるひともいるだろう。家族もそれに合わせてバタバタする季節だ。今の時期送別会とかやってるのかは知らないが、出会いと別れが交錯する春。それぞれの人がそれぞれに新しい生活環境になる前の準備に大わらわだろう。

そもそも年度末に向けて社会人は締めとか色々仕事の区切りでもあるはずで、追い込みの残業とかやってる人も多いだろうし。

今の時期、じっくりイヤホンだけでもつけて配信聴くために2時間を割くのは実質現実的ではない気がする。(自分ですか?パートかつ年度末は関係ない職場です)

 

 

ござさんの生配信の視聴数を見ていると、いつも2~3日で同様な再生回数にはなっているので、(定期的にやってくれることが分かったから)最近はファンの何割かはあらかじめアーカイブに回っている可能性もある。配信の時間が早すぎて生では聴けない人も一定数いるはずだ。(8時ですか?ウチの男子が小さかったころは7時から8時にかけてお風呂タイムその後歯磨きでしたよ。ええ、自分の時間なんてもっと後でしたよ。)

しかし最近のござさんは4時起きの9時?就寝だという事情からいって生配信が早い時間にあるのはやむを得ない。昼間にライブのリハとかやってるのかな。

 

ござさんを取り巻く事情も刻一刻と変わってきている。1月15日のソロコンサート後の生配信で「そのうち皆さんにお知らせできるような事が色々と進行中です、お楽しみに…」と言われていたとおり、ござさんの環境は文字通り激変しているといっていい。

 

そんな中毎週定期的に生配信をいつも通りの演奏で行ってくださるだけでも、視聴者としては感謝するしかない。

 

毎週、

あのクオリティで、

生配信。

 

はっきりいって、

ファンにとってはこの上なく、

贅沢。

 

 

目次:クリックで各項目へ飛べます

 

 

今回のイントロ画面

ござさんの大きな古時計のピアノが優しく流れる中、ライブ画面はござさんが現れるまでの待ち受け画面になっていた。

青い蝶が飛び交っている。地面も光る苔?か、青く明滅しているのが不思議な雰囲気。

見たこと、ある人いますよね???

 

この懐かしの待ち受け画面、初出はこの時だった。

 

2020年8月16日の納涼コンサート。

それは、ねぴらぼが終わってその後色々模索されていたござさんが打ってきた次の一手だった。色々と斬新な企画だったと思う。(まだこの時サングラスですが)

 

(分割2画面はその前からだったけど)特筆すべきはバンド演奏の他パートを全部打ち込みで用意し、生配信でその伴奏トラックにピアノ演奏を合わせていく所謂「一人セッション」だったという点。一人セッションはそれまでも投稿動画とか、ねぴらぼ告知配信とかでもされていた事がある。

しかしこの配信では用意されていた伴奏トラックがすごかった。ござさんのピアノ生演奏もすごかった。

ただ一つこの生配信で惜しい点がある。

惜しいというより致命的。

配信が雑音で聞こえなかった。

そのためにせっかく作った打ち込み伴奏音源を削減し、データ量を減らして演奏とかいう、本末転倒なもったいないことをやっていた。

色々配信の中でござさんは原因を分かっていたようではあった。改善点もいくつか挙げられていた。しかし納涼コンサートは引っ越しする前の部屋だったから、改善の仕様もなかったのだろう。(ミキサーとオーディオインターフェースを繋いで……とか、配信して録音ファイルを再生し、音色ソフトも動かし……だと、パソコンメモりが致命的に足りないからとりあえずパソコンがもう一台要るとかなんとか)

※だから引っ越し後のこのリベンジネピサマが、余計に胸に刺さるのだけど。
【ネピサマ】リベンジ!ござの新居お披露目Live! - YouTube

※その後のこの放送(リアルタイムで録音)では音声の不具合はもう無かった。
一人セッション放送 2020/10/03 - YouTube

 

※資料:一人セッション生配信はその後もされている。どれもすごい(語彙力)。
2021/10/24  配信開始します / ござキャス - ござ 🎹 (@gprza) - TwitCasting
2021/8/28 この後半から一人セッションあり【ネピサマ】す ご い 配 信 Ⅱ - YouTube

 

 

今回の配信の角度はその納涼コンサート(の2画面だったころ)を思い出す。

画面・・・カメラをちゃんと三脚で固定なのか安定。

音・・・機材もあのころとは違うから音がきれい(相当投資してるはず)

またサングラスももうないし、あのころとは違ってござさんの音楽活動はとても快適そうな環境になったなあと思う。

 

聴いてる自分らファンにとっても、このクオリティで毎週決まって生配信をやってくれるということは、贅沢なことだ。

 

 

3月の生配信ライブ

自分は2月までは冬なのでほぼ冬眠していたため、この記事も毛布にくるまりながら書いてて、寒さでダメになるかどうかの境目をさまよいつつ(あながち誇張でも何でもない)どうにか春まで生き延びた。しかし来年の冬は無事に越せるかわからない。どうしよう(←知らんし)。

とにかく春になって3月の生配信は3/24で4回目、毎週きっちり木曜~週末にライブしてくれている。あれだけイベントを目前に控えてて多忙な中。本当に頭が下がる。

 

懺悔コーナー

しかし自分はせっかく暖かくなったものの、ござさんのピアノにどう向き合ったらいいかわからず、ピアノ見るとモヤモヤし、家で練習はしていたものの感想は書く気にならなかった。イベント告知の記事は脊髄反射で書いたけど、ピアノそのもののに事は向き合えなかった。

ある日突然書けなくなったと言った方が正しい。ござさんのピアノは小さい頃からの練習の積み重ね、またJAZZやPOPSの独自なアレンジは長年の生配信で積み重ねた即興演奏のパターンの多さに基づくもの……と考えると、自分がこの部屋でなんか言ってるのはまさに素人のつぶやき、そんな外野から考えたところで釈迦に説法的なトンチンカンで的外れなことやってるなーとある日突然思った。

あんまりにも上から目線の勝手な思い込みにあふれたこの部屋。ござさんのピアノを素人が考えたところで意味ないやん、もっと音楽が分かってる人が書けばいいやん。

という思考回路に切り替わって、ござさんの動画は見てたけど、生配信の感想はどうしても書けなかった。そこでリハビリに全く違うテーマ(震災の事を思い出してた)とか書いてみたり、黙ってても余計な事考えるだけだからピアノの練習がんばったりしてた。

というかTwitterにはブツブツと思いつきを連投してた気がする。ござさんに向き合わなければいいだけだと思って。

 

そこでリハビリを一回りして、ござさんのピアノはいままでの努力のたまもの、自分はある日偶然通りすがりにYoutubeで見つけただけだから音楽関係者じゃないし、見て思ったことを書けばいいだけだと開き直ったので、とりあえずこれを書いている。

 

以上、懺悔コーナー終わり。

あーすっきりした。

 

そんなこんなで今回配信を聴いてみたら、最初から髯ダンメドレーYoutubeストピ動画の曲バージョンで、その動画でござさんを知ったなあ……と感慨にふけっていたのだった。しかもきっちりYoutube動画とは違うアレンジに仕上げてくるあたり、ござさんはアレンジを「なんとなーく……」とか言ってるが絶対記憶をもとに、分かってやってるなと思う。

今回の弊害:この髯ダンメドレーでストップして先に全然進まない。永遠リピ。

エスタディの疾走感から宿命のドラマチックな展開、これ聞くとやっぱござさんのピアノいいなー、初めて知った頃思い出すなーって、作業とかの手が止まって仕事にならない。どうしてくれるんだ。

 

私たちは実験台……その通りですけど何か?

ここ最近こんな調子だったので生配信のチャット欄もずっと閉じてた(スパチャ以外)から、自分は最近ちっともリクエストを投げなくなった。というか、チャットの流れが速すぎて、自分は全然ついていけないし。変な横槍を入れるより、珍しいリクエストがどんどん来るので自分はそれを聞いて楽しんでる。

珍しいリクエスト、珍しいアレンジ。

 

昭和~90年代のPOPSも、人気曲を意識しているようでさりげなく名曲ばかりを取り上げられている。

ござさんにとってはコード進行?アレンジが?名曲なのだろう。

そんなこだわりは分からないが、どの曲もその時代を代表する名曲。それをござさんなりにストーリーを持たせて、劇的な展開に仕上げている。

自分は自分なりに思い入れのある曲ばかりだったが、再び昨日の事だったかのように新鮮なイメージをもって甦るというか、新たな命を吹き込まれてよりいっそう聴くものの心に訴えかけてくる。

大好きだった曲たちが、もっと好きになる。

一曲ごとに物語に仕立てられて、まるで一つづつドラマを見ているかのような臨場感。

 

アニソンは自分はくわしくないけど(這いよれ!ニャル子さんとか何の事かと思う)、それぞれ曲調が違うが怖いほどの臨場感で迫ってくる。(原曲聴いてみたら動画としてのアニメはかわいいけど)その再現度がすさまじい。

 

JAZZも知ってるようで知らない曲をと言いつつ有名曲ばかりやないかい!というツッコミはさておき、なんとなくアドリブとかちょっと考えてる?悩んでる?とやりながら演奏されている、気がする。

全体的にアレンジが実験的じゃん?という気がする(素人の感想は気のせいかもしれない)。なんか自分的にそこ……?と思うようなところでコードをいじってみたり、こういうのどうだろって試してるような。(一瞬考えてるような)

 

実験するならまず、その聞き役は自分らファンですよね。

 

別に気のせいかもしれませんけど。

ほら最近イベントを間近に控えてるからそういう本番に向けて色々試してるのかな?と思っただけです。気のせいかもしれんし。

聴いてるこっちはあいかわらずその音に釘づけになってるだけですが。(画面見ると悩むから最近画面見てない)←でも今回の角度は手元とピアノがよく見えていいなーとは思った。

 

いろいろ悩んでみたもののやっぱ聴いてみるとござさんのピアノいいから感想書こっと!で終わる、単細胞な自分。簡単な造りやな。

 

※参考動画……ござさん、新体操じゃなくて男子の体操です。そしてシドニーじゃなくてアテネです。(重箱の隅をつつく人)

アテネオリンピック男子体操金メダル 冨田(鉄棒) - YouTube

 

 

 

メインコーナー:ノンストップメドレー

最近のござさんの生配信は、ハイライトはこの最後のノンストップメドレーだと思う。

少なくともござさんはそういう意識でここを弾いてると思う。

リクエストの拾い方というか選曲が、ござさんは最大多数の最大幸福を目指してるからあらゆる分野から広く、有名な曲を拾う傾向にある。そうすると生配信の内容はいつも変わり映えが無く、ひいてはマンネリ化につながる危険性をも孕んでいる。

大多数に人気の曲を弾くと満足はしてもらえるかもしれないが新たなファンの掘り起こしにはつながらない。

新しい事をやったり珍しいネタを仕入れないと新規ファンというのはついてこないものだ。そこでリクエストで拾いきれてない曲や分野をこのコーナーで全部カバーするつもりなのかな?

 

 

 

さて、今回も生配信ではクラシック分野の曲も弾いてくれた。今回はショパンメドレー。でもござさんは「あくまで個人の見解です」と言って楽譜通りではないことを強調する。

聴いてる方も分かってますよ。よく存じ上げてます。

・まず今のござさんちに楽譜がない。らしい。確か小さい頃ベートーベンのソナタをご両親がよくCDで聴いてたのを覚えたくらい?要するに耳コピってこと?(ベートーベンのソナタ耳コピとは……?)あとピアノ教室でショパンは練習されてたはずだけど、もう持ってないという意味なのだろう。

・また「クラシックを楽譜通りに弾く」のはシンセの演奏は物理的に該当しないから。

・クラシック曲の演奏の質を常に一定に保つには膨大な練習時間がいるはずで、ござさんのレパートリーを維持していくうえでクラシックに全振りはできないだろう。

 

こういう背景はたぶんチャット欄を見て下さるとなんとなく情報は流れているような……みんなが分かってくれるといいな……

ファンはこれを踏まえて、かつ暗譜で、ショパンだけでもあれだけレパートリーを維持してることに対しての拍手を贈っているのだ。2週間に一度弾けば暗譜は保たれるそうだから、そういう在庫を維持する意味でも生配信は少しずつでも続けてくれたらと思う。

 

ござさんの最終目標は確か「あらゆるジャンルの曲をピアノで弾きたい」である。

 

世論調査とクラシック

ここで突然ですがこの間のアンケートを思い出してみよう。

 

結果論としては、このアンケートはクラシックの回答が一番多かったようだ。

ポップスと(ロック、映画やゲーム音楽、アニソン、ボカロ等を含むのだろうか?)JAZZピアノがその半数ずつを占めるという結果に落ち着いている。

 

でも注目すべきはその解答数だ。

投票数:4459票。

この間のひとくちおしゃれフレーズ動画やコードの考察のツイートへのいいねの数より断然多い。

 

ござさんのチャンネルには色んな人が見に来てると思うが、それらのファンの人達にたった一つだけの共通する点:

「ピアノとその演奏に興味がある」

接点はこれだけと言っていいくらい、ござさんのファン層は多岐に渡っているがアンケートなら誰でも気軽に投票ボタンを押せるという事を表している。

こうしてご多忙中のところ多数のファンの方々に投票いただき、ござさんのレパートリーの普遍さが立証されることとなった。

 

・・・・・って書こうと思ったら、違った。回答の半数近くがクラシックへの投票。なんだろう?クラシックってピアノ教室で大抵教えてるジャンルだから、それに学校の授業でも教えてるのはクラシックだし、なんとなーく「知ってる」とか「ちょっと弾ける」というか、一般人には一番身近な存在なのかもしれない。

このアンケートの目的は、ファンの人達の意識調査なのか何なのか。

 

それは置いといて、今回の配信でもクラシック曲をたくさん弾いてくれた。特にショパンの曲を。これだけ暗譜でレパートリーを維持されてるだけでも凄いと思うが、なぜかござさんは及び腰である。なんかブツブツ言い訳してる。(上の方でも書いたけど)

「憶測です」

「あくまで、個人の見解です」

 

ねえ、それ誰に向かって言ってるの?言っとかないとまずいの?

 

確かにまずいようだ。クラシックの曲には厳格な解釈が求められ、それに伴い表現も慎重に検討を重ねることが必要で………

 

あーーーーめんどくさいですね!(記事の最後のほうで叫んでるから、少々うるさいのは多めに見てください)

 

ござさんの家にあるのはFANTOM8という多機能なシンセ。

スタジオでのグランドピアノ配信を別にすると、むしろござさんの

「ドラムもベースもストリングスも、その他多数あるシンセの音色を自在に操る」

というマルチプレイヤー的な面を考えると、ファンとしては家での配信と聞くと、演奏も楽しみだけどどちらかといえば、そういう音色で一風変わった演奏や一人セッションが聴けるかな?と密かに期待する向きもある。

ガチのピアノの演奏が聴きたい人は、とりあえず間近に迫った数々のイベント、そしてグランドピアノ配信があるまで待てばいいのだから。

 

何にしてもござさんのシンセでの生配信で

「芸術性がー」とか

「もっと表現を工夫してー」とか、……………

 

本質はそこじゃないですよね。

 

自分はほんとはこんな事好きで言ってるんじゃない。ござさんのピアノはそういう客観的な視点を通り越してなんか魂に訴えかけてくる。理屈で分析する以前の問題、その音は謎を秘めた魔性の引力を持っている。

ござさんのシンセ配信がメインは色んな音色だ、とか興味を引く面白い演奏だ、と主張したいわけじゃない。個人的にはござさんの演奏は聴いてくれれば分かってくれると思っている。(……何の宣伝にもなってないじゃないかぁぁぁ!)

 

そもそも「芸術性」を求めるひとたちには、多分シンセの演奏は最初から評価対象として扱われてないのでは?と思ってこれを書いてる。

そう、本質はそこじゃない。

 

 

芸術性といえば。最近TV番組でピアノが出ていたらしい。見てないから知らんけど。音ゲーでおなじみの画面に合わせてピアノを演奏し勝敗を決める番組(だったっけ)。

説明がざっくりし過ぎやな……

これのことである。

 

 

この番組は、音楽を全く知らない、ピアノとか触った事も無い人から見れば、

「あ、この曲知ってる!」

「弾いてる人も知ってるよーこの前どっかで見たよね」

「わーゲーセンの画面みたい~おもしろーい!」

「ハラハラするなあーがんばれ~~!!」

という風にバラエティ番組の王道みたいなコンセプトで話題を集めている、ピアノ曲を楽しみつつスリルを味わえる人気番組である。(たぶん)

TV番組で取り上げるためにはある程度面白いキャッチコピーがないと成り立たない。それに音楽に普段全く関わらない人達を新たなファン層として開拓したいなら、こういう面白さを前面に出した企画でまず番組を見てもらうことが重要だろう。

とにかく一度見てもらわないときっかけとして始まらないのだ。

ねえそうでしょ、ピアノ界ひいてはクラシック界の方々。

 

この番組に対して

「演奏に芸術性がない」「当たればいいんか」「あれではまるでゲーム」「ピアノの本質とは……本当の良さとは………」

といった声が流れてきて煩わしいので、自分はTV番組自体を見なかった。

まるでゲーム?

そうそう、ゲームですよ。ピアノは分類的に打楽器なんだし。ゲーセンみたいで、面白いでしょ?

そこにマジレスしてどうするんですか。なんという的外れ。

 

ござさんが言い訳してるのは、この番組に「芸術性がー」って言ってる人達に対してなのかなと思った。

せっかくストリートピアノの流行からYoutubeを通じてピアノ界隈は空前の盛り上がりを見せている中、あの番組も新規ファンを獲得するのにこれ以上ない宣伝というか看板というか、むしろピアノを取り上げてくれてありがとうと感謝してもいいくらいだと思うが。

もう一度言う。世間へのTVの影響力は半端ではない。バラエティ番組でピアノを取り上げてくれるなんてこれ以上ない広告塔になってくれるはずだ。

 

え?それじゃ本来のピアノの芸術性が伝わらない?

はあ、TVでふと興味を持ってくれる人がいるとしたら、そこにつなげてピアノの「本来の」多様な魅力を発信していくのが、ピアノ界のプロの方々の役割では?

きっかけは作ってくれてるのだからその機会を逃さずに一緒に宣伝すればいいのにね?

待ってたらファンが増えると思ってるんだろうか。

そんな明治時代初期の士族の商法じゃあ未来は先細る一方ですよ。

 

ピアノの多様な魅力を伝えている人がいるとすれば、それが今のネットピアノ界隈だと思う。

クラシック一辺倒ではないという意味でござさんもその一員と考えていいと思う。

ストピブームの一時的な熱狂ぶりは落ち着いたとしても、「ネットで音楽を聞く」という文化は広く定着したと言ってよく、ここで定着してくれたファンにはもともと音楽を聞いてなかった人たちも含まれるし、いつでもどこでも楽しめるネットストリーミングは、サブスク文化の定着もあわせてまだまだ開拓の余地は広くあると考える。

 

ここで思い出してみる。

ござさんの目標は

「あらゆる分野の音楽をピアノで演奏すること」

であり、生配信で心がけていると思われるのは

「聴いてる人それぞれ皆に合ったジャンルの演奏」

だから、ある意味

「音楽にふと興味をもってくれた一般の方々」

にも楽しんでもらえるピアノ演奏という意味で、ござさんはピアノという文化の普及にまさに貢献してると思うが………

 

どうでしょうね。

 

 

 

来し方と行く末

先日自分はこんな記事を書いてました。ただその驚きから勢いでやってしまいました。あんまりにも発作的に書いたので手直しのしようもありませんでした。

 


この中で「大きな金属のタライ」扱いしてるのがあります。この日期待してたのが肩透かしを食らい、そこへこのお知らせ。実際この タライ が落下してきた衝撃からの脳震盪状態で、自分は事態をよく呑み込めないままに時間がただ過ぎて行きました。

 

しかしここでただ  金属のタライ 扱いして終わってるイベントは、その内容にしては自分は余りにも考察が足りなさ過ぎたというか、サラッとおざなりに打ち捨てていたというか、ふと落ち着いて考えてみたらあれは軽率な行動でした。

はい、反省しているので今回丁寧語です。

何が 金属のタライ でしょうか。ほんとにもう。

こないだの記事は、その衝撃の大きさで脳震盪起こした患者のうわごとか幻覚だったとでも思ってください。

すいませんでした。落ち着いて考えます。

 

 

目次:クリックで各リンクへ飛べます

 

 

 

 

【※現地チケット(抽選)、配信チケットのご購入はこちら】


NEO PIANO Far Beyond

金属のタライ、もといイベントのお知らせ。この公式サイトとしては設置されていないようだが、公式Twitterアカウントはあった。

ここにはっきりと掲載されている。

「NEO PIANOシリーズ」の、第3段(←弾じゃないのか)。つまりねぴらぼシリーズ……違う、今回はCO. LABO. が無いから厳密には続編ではない。Twitterの中の人つまり運営が同一人物なだけである。

 

通称「ねぴふぁび」だそうだ(これに# つけていいそうだ)。

 

つまり「NEO PIANOシリーズ」としての続編にあたると言えるだろう。

しかしそれはあくまでシリーズであり、「ねぴふぁび」は、ねぴらぼ第1回・ねぴらぼinventionとは似て非なるものだ。

 

Far Beyondとは直訳すれば「はるかに超えて」となる。NEO PIANOつまりピアノの新しい境地をはるかに超えて、という意味か。

ねぴらぼinventionのモチーフが変革・発明・探求といったものだった。

今回はそうすると「ピアノという楽器の未来を見据えて、可能性を切り拓く」といった意味だろうか?≪←← あくまで個人的な想像 ≫

 

このシリーズの演奏は、今までにない斬新な企画だと自分は捉えているので、分野が今回クラシック路線と原点回帰みたいなコンセプトになってるが、あえて新たに挑戦していくスタイルを期待したい。

 

 

 

 

では今までのNEO PIANOシリーズの過去を紐解いてみると、どうだったのか。

 

そもそもイベント開催の告知からして生配信のやり方から凝りに凝っていた記憶。

 

第1回ねぴらぼ すなわち NEO PIANO CO. LABO.


告知が4人同時の生配信、そこに一人づつ貼られたキーワード。という謎かけ。

コロナ流行後初めての有料配信、お客さんが入れば1000人規模のライブ会場での演奏。

ステージでライトに照らされてのピアノ、そして司会……の着ぐるみのカワウソくんとリスさん。

また、オンラインメディアや月刊ピアノの取材と特集記事を見たのも、ござさんファンの自分はこれが初めてだった。

横浜のみなとみらい駅で展開されたデジタルサイネージ広告。(上記ツイートのリプ欄に貼られた写真をご参照ください)

 

【※参考資料:感想】

 

自分にとっては、それまで静かにYoutubeでござさんのピアノを聴いていただけだったので、このライブは何もかもが初めてだった。(小声……ござさんに限って言えばジャージ着てない、サングラスじゃないござさんを見るのがそもそも初めてだったので、そこに全部意識を持って行かれたかも)

ほかの3人のメンバーはそれまでの経歴が全員違うから同じテーブルでは語れない。

ござさんファンの自分にとっては何もかもが新鮮だった、という視点からいきたい。

 

 

inventionーー発明そして変革

さらにその半年後(2020/12/19)、続編となるねぴらぼinventionの告知配信が行われた。

 


公式ビジュアル。

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【※過去記事から、コンセプトを考える編】

 

【※感想編】

 

 

このねぴらぼinventionの衝撃が色々な意味で凄すぎて、この世界から出てこれなかったのはある。

曲のアレンジや、楽器・バンドの編成も斬新。

演出も凝っていた。

何より演奏が第1回から進歩というか進化を遂げていて、ピアノという鍵盤楽器の枠を超えた別次元のライブだった。

 

それからこのメンバーの4人はまたそれぞれに活躍の場を求めて、様々な分野で新しいスタイルの演奏に挑戦し続けている。

何かニュースを聴くたびに、見た事も無いようなコラボだったりしていちいち度肝を抜かれる。

新たなスタイルは時代が求めてるのだと思うし、それに新たな発想で応えてるのは、この

「実験的コラボライブ」

で得た刺激がもとになってインスピレーションが生まれてるのではないか?

とねぴらぼ大好きなファンとしては思うわけです。だいぶ贔屓目かもしれませんけど。

あのステージは、今のそれぞれの才能が開花しているのを見ると必要にして必然だったというか。

 

 

しかし。

 

 

今はそれぞれの道を歩んでいる4人です。

ねぴらぼだけではなく、それぞれに違う経験を積みながら、着実に前へ進んでいる発展途上の真っ最中です。

みんな、あの経験あってこその現在だと思いますが、その経過は不可逆的です。

ねぴらぼinventionのアーカイブ公開期間は今年の6月まで。

ファンである自分は今までの道のりを回顧して想い出に浸っていますが、彼ら演奏家はクリエイターでもあります。

経験が演奏に活きることはあっても、そこに再び戻ることはないといっていい。

自分らファンもそういった彼らの進化を見るのが楽しみで応援しているのではないか。

 

唯一無二、素晴らしかったねぴらぼの想い出は永遠に色あせない。

あの時点での彼らにはもう二度と出会えなくなる。

そう思って、ファンとしてはアーカイブの残りが3か月を切った今、物理的記憶として手元には残らないから自分の心に取っておこうと思ってひたすら聴いている。(その割合がござさんと菊池さんコーナーに著しく偏ってるけど)

そうやってファンの胸の内にいつまでもいてくれたらいい存在なのだ、あのねぴらぼは。

 

 

演奏家としては?

前を向いて一歩ずつでも歩いててほしい。

過去の教訓を生かすというのは必要、また知識としての蓄積は大切としてもだ。

昨日の事はすでに過去の幻影であり、現在とは違う。去年のねぴらぼはいわんや思い出す必要があるだろうか、いやない。

 

絶対にもとの場所へなんか戻ってほしくない。

 

こんな感じ。

 

 

 

 

今回の"ねぴふぁび"

公式アカウントによれば愛称はねぴふぁびらしい。言いにくいな。まあいっか。

 

一言でいえば趣向を変えてきたなと思う。

ねぴらぼがJAZZやフュージョンをふんだんに盛り込んでいたとすれば、今回はクラシック路線とのこと。ストリングスを交えて。

(このストリングスというのが、シンセ打ち込みの音色によるセッション風演奏なのか、またはエキストラの演奏家による生の弦楽器演奏なのか、今の情報では不明)

 

つまり。

全く新しいセッションスタイルを志向しているといえるだろう。

クラシック路線のストリングスアレンジ。

菊池さんにはまさに王道だろう。

石井琢磨さんにとってはJAZZとの新たな邂逅があるかもしれない。

ござさんは多分知られてないクラシックレパートリーを披露するきっかけかも。

Jacob Kollerさんは自分はあまり聞いてこなかったのだけどJAZZ演奏とクラシックが合わさってどのように変化を遂げるのか、楽しみである。

 

どの人にとってもこういうコンセプトのセッションは初めてなのではないか?

個人的にはセッションと聞くや、ベースラインに嬉々としてまわって楽しそうにコード進行をひねり、わからない所でほくそ笑むござさんが見えるようだ。………すいません何でもないです。

 

 

彼らが活躍するネット上でのピアノ演奏は、自分が知ってから(2020年以来)というもの、曲のジャンルや作曲家という枠、また演奏の場所や形態もいままでの概念を大きく覆して広く認知されるようになったと思う。

従来のピアノ演奏視聴者の枠も超え、

自分みたいな前日までピアノに1ミリも興味なかった層も巻き込んで、

先入観とか固定概念も飛び越えていく。

 

 

今回のイベントは前回までのとは全く別物と書いた。

そう、今回はお客さんが入るのだ。

客席規模は2500人のイベントホール。

 

セッションで生み出される全く新しい音楽。

実際にその場で、目から、耳から入ってくる音は、さらに今までの常識を覆すような衝撃を観客に与えるに違いない。

それほど、ネットを通して聴く音と、実際にその場で聴く音は全くの別物だからだ。

こうやってイベントが徐々に開催されるようになり、リアルライブで聴いてくれるファンの人達が確実に増えていくと、ピアノ界、また幅広く音楽を好きになってくれる人は間違いなく増える、と思っている。